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カレル・ヴァン・ウォルフレンの日本分析 第3巻

1 :名無しさんの主張:2013/03/24(日) 17:58:40.43 ID:???
K.V.ウォルフレンは舌鋒鋭く、日本社会、政治構造などを鮮やかに分析、全く新しい視点を
提供してくれた。
今日においても、価値の高い彼の日本社会分析について考える。

●カレル・ヴァン・ウォルフレン Wolferen,Karel van
 一九四一年オランダ生れ。十八歳より世界各国を巡り、八二〜八九年、オランダの「N
RCハンデルスブラッド」のアジア特派員。現在アムステルダム大学教授。 89年に『日
本/権力構造の謎』を出版し、国際的ベストセラーになる。
 その他の著書に、人間を幸福にしない日本というシステム、なぜ日本人は日本を愛せな
いのか―この不幸な国の行方 、ウォルフレン教授のやさしい日本経済 、日本という国を
あなたのものにするために、ブッシュ/世界を壊した権力の真実 、支配者を支配せよ―選
挙/選挙後 、アメリカを幸福にし世界を不幸にする不条理な仕組み、怒れ!日本の中流階
級、アメリカからの“独立”が日本人を幸福にする、民は愚かに保て―日本/官僚、大新
聞の本音、快傑ウォルフレンの「日本ワイド劇場」、日本の知識人へ など多数。

2 :名無しさんの主張:2013/03/24(日) 18:00:11.67 ID:???
前スレ

カレル・ヴァン・ウォルフレンの日本分析 2.0
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/soc/1289604894/

3 :名無しさんの主張:2013/03/25(月) 18:50:44.55 ID:???
ヴォルフレン信者はある意味かわいそう。
ヴォルフレンの論法は、何か人を引き付ける作用がある。俺も騙されかかった。
だがヴォルフレンの理論を冷静に検討すれば、的外れなことが多い。予言も見事に外す。
さらに悪いことに、外れたことについて全く釈明しない。
説明責任という言葉は、奴自身に求められるべきだろう。

4 : ◆znwiARPvOs :2013/03/26(火) 21:48:58.64 ID:YWocbkuL
 
/// なぜ日本は変わらないか 1 ////////

『ウォルフレンを読む』、関昿野(編集)、窓社1996年5月発行より

・・・・
なぜ日本は変わらないか
  ――ウォルフレンの日本権力論が提起したもの――

関 礦野
【せき・ひろの】
@【生年】1944年
A【現職】文筆業
B【最も重要と考えるウォルフレンのキーワード】正統性(正しい秩序をめぐる認識)

   誤解されるウォルフレン

 在日オランダ人ジャーナリスト、カレル・ヴァン・ウォルフレンの名は、今や日本でも広く
知られた名となった。これは一九八九年に刊行された大作『日本/権力構造の謎』がまき起こした
世界的な反響に氏が満足することなく、その後も日本における権力行使のあり方をめぐるすぐれて
論争的な著作を精力的に日本の公衆に向けて発表しつづけてきたせいである。

/////// ウォルフレンを読む ///

5 : ◆znwiARPvOs :2013/03/28(木) 20:39:50.95 ID:pWTbkI9q
 
/// なぜ日本は変わらないか 2 /////

しかし知的な刺激にみちた『日本/権力構造の謎』(以下『謎』と略記)はもちろん、その後
日本の読者のために書かれた『民は愚かに保て』や『人間を幸福にしない日本というシステム』
(以下『幸福』と略記)などの一連の著作で氏が示した姿勢は、たんなるジャーナリストと
いうよりは知識人のそれであった。氏の問題提起をめぐる日本の保守派論客との論争も、日本の
現状に対する知識人の責任にかかかわるものであった。そして最近では、テレビの政治討論会の
席上などでアカウンタビリティという“ウォルフレン用語”が聞かれても、われわれはもはや
驚きはしない。日本の公衆にとって氏はすでに、ジャーナリストというよりは在日の国際的知識人
といっていい存在である。

//////////// 出版社: 窓社 ///

6 : ◆znwiARPvOs :2013/03/30(土) 20:08:33.05 ID:iLfo0SiD
 
/// なぜ日本は変わらないか 3 ////////

 しかしながら、三〇年以上もジャーナリストとして付きあうことになった日本という国の
現状に氏が知識人としてかかわったことは、さまざまな誤解の原因にもなった。昨今はさすがに、
氏を日米貿易紛争でアメリカの肩をもつ日本たたき屋とみなす偏見はなりをひそめたが、氏の
主張に共感する人々のあいだでさえ、内政干渉めいた政策提言をしているとか特定の党派に
テコ入れしているといった誤解が根強くある。また、『謎』は批判ではなく分析を意図した
書であると氏が強調しているにもかかわらず、同書を痛烈な体制批判の書だと思って読み、
喜んだり怒ったりしている人々も少なくない。氏が『謎』を書いた狙いは日本のユニークな
異質さを説くことにあるなどと、氏の主張とは正反対のことを信じている人々もいる。

///////////// 価格:¥1,916 ///

7 : ◆znwiARPvOs :2013/04/01(月) 20:56:37.07 ID:ppFaQ7GI
 
/// なぜ日本は変わらないか 4 /////

思うに、こうした誤解がはびこる原因の一つは、『謎』が欧米人の読者を念頭に書かれた著作
であるために日本人にはわかりにくいところがあるせいなのだ。例えば、『謎』の中心的な
テーゼは「日本には国家のかわりに“システム”がある」というテーゼである。このテーゼを
展開しているがゆえに『謎』は批判ではなく分析の書なのである。ところが、氏や欧米人の
読者には自明な「国家」のイメージは、大方の日本人にはなじみがないものであり、そのために
氏が国家とシステムを区別する理由も日本の読者にはピンとこない。他方で氏は、日本の実情に
うとい欧米人読者のために、中央官庁から農協や暴力団にいたるまで現代日本の諸相を詳しく
説明しながらそのテーゼを立証していかざるをえない。

///// 関 曠野 (編集) ///

8 : ◆znwiARPvOs :2013/04/03(水) 21:13:13.83 ID:WpQGNNJ6
 
/// なぜ日本は変わらないか 5 /////

そして日本の読者も見慣れた光景が出てくるそうした枝葉の部分に興味をひかれ、そこから
『謎』は体制エリートの横暴や腐敗を批判した痛烈な内幕暴露ものだという誤解が生じてくる。
こうして「日本には国家ではなくシステムがある」という同書の中心的なテーゼは理解されない
ことになる。実際、このテーゼにショックを受けたとか、その当否をめぐって論争が起きたとか
いう話を私はきいたことがない。その意味で『謎』とそれ以後の氏の一連の著作は、むしろ
これから日本人によってじっくり読まれ論議さるべき書なのである。もちろんかく言う私が氏の
主張を正しく理解しているという保証はないが、以下私が理解しえたかぎりで氏の日本権力論に
コメントしていきたい。

///// 1996年5月出版 ///

9 : ◆znwiARPvOs :2013/04/05(金) 21:12:54.48 ID:/eK/F5Vx
 
/// なぜ日本は変わらないか 6 ////////

    ウォルフレンの出発点はどこにあるか

 まず最初に、ウォルフレン氏の主張は「日本異質論」であるというよく見かける誤解を
とりあげたい。この誤解は、氏の問題の立て方が理解されていないところからくる。氏は
きわめて普遍的な問題から出発し、日本はその問題を探究するうえでの一例として論じられて
いるにすぎない。氏にとっての普遍的で根本的な問題、それは人間と社会にとって正しい
秩序とはどのようなものか、という問いである。そしてこの問いはただちに権力という問題、
権力の正しい使われ方とはどのようなものか、という問いかけに結びつく。文明の発展とは、
ますます人間が大規模で複雑に組織され人々の相互依存が深まる世界に生きるようになる
ことを意味する。

/////// ウォルフレンを読む ///

10 : ◆znwiARPvOs :2013/04/05(金) 21:23:02.64 ID:/eK/F5Vx
 
/// 窓社 (1996/05発行) //////////////////

★ウォルフレンを読む
 関 曠野(編集)

出版社: 窓社 (1996/05) 単行本: 292ページ 価格:¥1,916
ISBN-10: 4943983901  ISBN-13: 978-4943983903

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///////////////////////// 絶賛発売中! ///

11 : ◆znwiARPvOs :2013/04/07(日) 08:55:51.01 ID:qvHyDxKN
 
/// なぜ日本は変わらないか 7 /////

こうした世界は、なんらかの形の強力な政治権力なしには統合されえない。ゆえに文明が発展
すればするほど権力は不可避で不可欠なものになり、政治の影響を受けない人間はいなくなる。
だからこそ文明の発展に伴い、権力行使の正しい在り方という問題はすべての人の最大の関心事
とならねばならない。現代においては、権力を正しい秩序を実現し維持するための手段にする
試みは、民主主義と呼ばれている。大規模で複雑な経済や技術の上に成立している現代社会に
おいては、権力なしには何事も生じず、それだけに民主主義は理想家向けの贅沢品ではなく
万人にとっての必需品なのである。

/////// 出版社: 窓社 ///

12 : ◆znwiARPvOs :2013/04/09(火) 21:31:16.15 ID:SioMlJXX
 
/// なぜ日本は変わらないか 8 ////////

 権力という事実、権力の必要をリアルに認めることなしには民主主義はありえない。ところが
第二次大戦後の西側諸国、とくに米国の社会科学の一大特徴は、権力の概念を排除してしまった
ことである(『謎』上巻、六三ページ)。米国流の行動論的社会科学においては、権力は漠然とした
「影響力」の概念に置きかえられたり、さらに多元的国家論においては権力現象に経済モデルが
あてはめられ、権力は市場取引によく似た方法でさまざまな勢力グループのあいだを移動すると
されている。権力概念を排除した結果、この社会科学は現存する西側の秩序や政策を暗黙裡に
受け容れ肯定するものになってしまっている。

/////// 価格:¥1,916 ///

13 :名無しさんの主張:2013/04/09(火) 21:40:24.16 ID:???
新自由主義、競争社会、それにともなく格差の容認。

すでに10年も前に、
小泉の郵政選挙で、国民の賛成をいただいていますね。

14 : ◆znwiARPvOs :2013/04/11(木) 20:45:55.17 ID:lF9Oo2wD
 
/// なぜ日本は変わらないか 9 /////

西側には権力などという不愉快なものが存在しないかに見せかけるこの行動論的社会科学は、
実は東西冷戦を西側がイデオロギー上で闘いぬくために発展させられたものであって、それは
同じように権力という現実を否認した旧東側諸国のマルクス・レーニン主義に等価なものと
いえよう。『謎』における知識人ウォルフレンの最大の攻撃目標は、この行動論的社会科学に
ほかならない。そして、この科学に密接に結びついているのが、日本を含む西側諸国は米国と
ウリニつの国となる方向にほとんど自動的に進化するという、冷戦期の米国の独善的な信念である。

///// 関 曠野 (編集) ///

15 : ◆znwiARPvOs :2013/04/14(日) 07:47:45.53 ID:Xf6CU91a
 
/// なぜ日本は変わらないか 10 //////

六〇年代に流行したライシャワーやロストウの近代化論を想起していただきたい。実際、
冷戦期とは東西双方においてあきれるほど粗雑で知的に有害な経済決定論や社会進化論が
まかり通った時代だった。そして氏を修正主義者と呼ぶことが正しいとすれば、それは氏が
権力の民主的統制という視点に立って、冷戦の副産物である行動論的社会科学や近代化論の
見解を「修正」したという意味においてなのである。
 してみれば『謎』が刊行された八九年が、天安門事件以来、旧東側諸国で民主主義――
資本主義ではない――の嵐が吹き荒れ、ベルリンの壁の崩壊とともに冷戦が終結した年でも
あったのは偶然とは思われない。

////////// 1996年5月出版 ///

16 : ◆znwiARPvOs :2013/04/16(火) 20:00:53.34 ID:lwT/lX73
 
/// なぜ日本は変わらないか 11 ///////

『謎』の問題提起と東欧民主革命による冷戦終結のあいだには、深い歴史的同時代性がある。
そして冷戦終結が冷戦期イデオロギーの死をも意味するものならば、われわれは経済決定論や
社会進化論がまき散らした幻想から現実へと立ち戻らねばならない。それは、世界のどの国も
固有のナショナルな過去をひきずり、過去をきちんと政治的に克服する努力なしには民主的
立憲国家になることはできない、というきびしい現実である。かつてカントは「恒久平和論」の
中で、商業の精神が平和な世界公民秩序をもたらす可能性を考察し、すべての国がまともな
立憲国家であることをその付帯条件とした。おそらくポスト冷戦の世界とは、すべての民族に
このカントの命題がナショナルにして普遍的な課題として課されている世界であろう。そして
この課題の実現のためには、すべての国の現状を権力の民主的統制という視点からきびしく
分析する必要がある。

/////// ウォルフレンを読む ///

17 : ◆znwiARPvOs :2013/04/18(木) 20:53:19.01 ID:MguimXDM
 
/// なぜ日本は変わらないか 12 ////////

そうした分析の対象としてウォルフレン氏は、庶民の日常から政財官界のトップまで永年くまなく
取材してきた日本を選んだ。そして分析の結果、氏は二つの重要な結論に到達する。その一つは、
日本人はいまだに「国家なき民族」であり、日本にその名に価する立憲国家は存在していない、
ということである。もう一つは、経済大国日本は民主主義の世界的な再生と発展にとって大きな
障害や脅威になっている、ということである。というのも、ポスト冷戦の世界における最大の問題は、
世界の現状を見渡せばわかるように、政治的民主主義の経済発展の論理への従属にあるからである。
そして民主主義の経済発展至上主義への従属という点において、日本は極端で不幸な例なのである。
ゆえに日本は異質どころか悪しき典型であり、氏の所説は日本典型論と呼ばれていい。もちろん
日本がそうした国になった背景には、日本人が過去からひきずってきた歴史的に特殊な権力行使の
在り方がある。だが氏によれば、そうした伝統も制度的にはせいぜい明治国家をへて徳川期に遡る
ものにすぎない。

/////// 出版社: 窓社 ///

18 : ◆znwiARPvOs :2013/04/20(土) 12:08:48.04 ID:mOQY7tph
 
/// なぜ日本は変わらないか 13 ///////

   <変化の制度化>か<現状維持の制度化>か

 そしてベルリンの壁が崩壊する以前に、すでに世界の関心は東西冷戦から日米の貿易紛争に
移っていた。したがって氏が『謎』のなかで欧米の読者に日本の権力構造を説明するにさいして、
まずジャパン・プロブレムをとりあげたのは当然のことだった。それに日米関係はジャーナリスト
としての氏の当面の最大の関心事でもある。というのもこの二大経済大国の争いは、両国の局地的
利害をこえて現に全世界に巨人な衝撃を与えているからであり、場合によっては世界恐慌の導火線
ともなりかねないからである。しかし、日米関係をめぐる欧米人の発言は、必ずといっていいほど
日本の体制エリートの経済ナショナリズムに立った感情的反応を呼び起す。氏の場合もその例外
ではなかった。米国の立場を代弁する日本たたき屋という見方は論外としても、いまだに氏のことを
ひたすら日本に市場開放と規制緩和をせまる英米型の経済的自由主義の信奉者と思いこんでいる
日本人は多い。

/////// 価格:¥1,916 ///

19 :名無しさんの主張:2013/04/20(土) 20:43:34.73 ID:7slaiAUx
小泉の郵政選挙で国民はそんなものに賛成なんぞしとらん。実態を知らされないまま雰囲気で流され騙されただけ。TPPと同じ

20 : ◆znwiARPvOs :2013/04/21(日) 22:31:39.25 ID:5R2N/nDx
 
/// なぜ日本は変わらないか 14 //////

しかし「私は、究極的に自由市場原理に立脚した経済のみが成功すると信じる、新古典経済主義者
ではない。日本の場合は、これが正しくないことを示している」(『日本の知識人へ』六四ページ)。
氏は日米交渉というゲームのプレイヤーでもレフェリーでもない。ジャーナリストとして氏が注目
したのは、日米交渉に見られるコミュニケーション・ギャップだった。そしてこのギャップに関しては、
明らかに日本の側により大きな責任があるのだ。米側にも独善と錯覚がある。しかし、日本側は
この独善と錯覚をうまく利用し、いろいろな嘘をついている。米側はそれなりに現状を変えようと
しているが、日本側には現状を変える意志も能力もない。そして何よりも重大なのは、攻撃的
敵対的な貿易によって異常な貿易黒字をかかえこんだ日本経済が世界の通貨貿易秩序の最大の
撹乱要因になっていることに、日本側が無自覚であることだ。

////////// 関 曠野 (編集) ///

21 : ◆znwiARPvOs :2013/04/23(火) 06:10:10.84 ID:awsgMQNw
 
/// なぜ日本は変わらないか 15 /////

日米間の知覚の行き違いということが言われるが、日本側は日本に関する基本的な事実を知覚していない。
そして欺瞞にふけっている。自己満足し傲慢になった経済大国日本は、その力の正しい使い方を学んで
おらず、その結果は、国際的コミュニケーションにおける不誠実さとなって現われている。しかし
ウォルフレン氏は、交渉の日本側当事者たちが邪悪なペテン師集団でないことはよく知っている。
空文になった前川リポートを見てもわかるように、日本はその政策や方針を変えたくとも変えようが
ない国なのだ。そしてここにこそ、日本という謎を前に首をかしげる欧米人に対し氏が説明しなければ
ならない問題の核心がある。。それは、なぜ日本は進路の変更ということがまるで不可能な国なのか、
という問題である。それゆえに『謎』は、日本という国をひとえに変化の可能性という点に的を絞って
分析した著作であり、この視点に立った一貫した徹底的な分析の試みとしては日本人の書いたものを
含めて前例がない。

///// 1996年5月出版 ///

22 : ◆znwiARPvOs :2013/05/07(火) 20:59:25.20 ID:Pyh7N6Xx
 
/// なぜ日本は変わらないか 16 ///////

 民主主義についてはさまざまな定義がありうるが、その最も重要な定義の一つは「変化の制度化」
であろう。民主主義とは、暴力や独裁に訴えなくとも国家の政策や制度の変革が市民の自由な発意と
政治家のリーダーシップによって実現されうる政治体制のことなのだ。そしてこうした変化の
制度化が可能であるためには、少なくとも以下の五つのことが条件となる。それは、@有益な情報と
その論理的で私心なき分析が入手可能であること、A人心を変化に向けて動かしまとめる政治的
リーダーシップの存在でB変化の意味、目的および政治的意思決定の過程を討論可能なものにし、
討論による政策の変更を可能にするアカウンタビリティ(権威者の説明責任)の存在、C市民が
変革を実現するための効果的な手段の存在、そしてD紛争や反対を変化の契機として評価し、
民主主義にとって最も意義のある政治的過程として承認すること。

/////// ウォルフレンを読む ///

23 : ◆znwiARPvOs :2013/05/09(木) 21:54:07.92 ID:VTTdCs8h
 
/// なぜ日本は変わらないか 17 ////////

 以上は、変化の制度化をめぐる氏の主張を私なりにまとめてみたものだが、とにかく日本には
右の五つの条件がどれも存在していないのである。だから日本は制度上は一応民主主義国家なのだが、
民主政治の最も重要な課題をまったく果たしえていない国なのだ。それというのも日本の現実の
政治体制は、変化の制度化どころか、その中にがっちりとビルド・インされた「現状維持の制度化」
の論理によって動いているからである。そこで後者の特徴をわかりやすいように図式化してみる。

   【変化の制度化】
    @情報と分析
    Aリーダーシップ
    Aアカウンタビリティ(説明責任)
    C効果的な手段
    D紛争と反対

   【現状維持の制度化】
    @リアリティの管理
    A権力の拡散、権力中枢の不在
    B非公式のヤミ権力の排外的秘密主義
    C立法と司法の無力
    D“調和”と“集団主義”のイデオロギー

/////// 出版社: 窓社 ///

24 : ◆znwiARPvOs :2013/05/10(金) 22:54:37.16 ID:e02gZPFv
 
/// なぜ日本は変わらないか 18 ///////

 まず@だが、情報とその分析なしには、そもそも何か変革や改革の対象であるのかさえ、わからない
ことは自明の理である。いっさいの変化は、情報とその分析を手がかりとした学習から始まる。
ところが日本のジャーナリズム、学者、知識人は公衆に必要な情報をちゃんと提供していない。
また情報の明確で政治的に有意義な分柝もやっていない。ゆえに彼らほど現状維持の制度化に貢献
している存在はない。とりわけその最大の功労者は大手マスコミであり、彼らは市民に必要な情報を
サービスするという姿勢に欠け、体制の一環として美しい日本の秩序について道徳的に説教することに
関心をもっている。さらにジャーナリズム、学名、知識人は情報の提供やその分析を怠るだけでなく、
現実の管理者として振舞うことによって、政冶的に能動的な市民になるための知的手段を人民から
二重に奪っている。

/////////// 価格:¥1,916 ///

25 : ◆znwiARPvOs :2013/05/11(土) 17:52:59.42 ID:Ze0GmZ7P
 
/// なぜ日本は変わらないか 19 ////////

こうして日本では万人に公開された共通の現実というものはなくなり、現実は政治的な交渉や取引
によって現状維持のために管理されうる対象と化し、現実についての偽りのイメージによって洗脳
された市民たちは体制に対して手も足も出なくなる。ウォルフレン氏は日本の官僚王国の批判者と
思われていることか多い。だが、氏は日本の官僚が概して有能で勤勉なプロフェッショナルである
ことを認めており、官僚制を分析したことはあっても官僚を攻撃したことはない。日本の官僚の問題は、
彼らが憲法の規定に反してまであれこれと仕事をやりすぎることにあるので、彼らに職務怠慢の
疑いはない。しかし、ジャーナリズムに関しては話は異なる。ここには世界最悪の職務怠慢と背任の
実例がある。一連の著作において氏の怒りにも似た批判は、官僚や企業経営者ではなく、日本の
ジャーナリズム、学者、知識人の怠慢と同胞市民に対する裏切りに向けられている。

///////// 関 曠野 (編集) ///

26 : ◆znwiARPvOs :2013/05/12(日) 10:09:50.23 ID:srgB97lx
 
/// なぜ日本は変わらないか 20 ////////

 人間の保守化しがちな性向と物事の惰性からすれば、変化は自動的に生ずることはなく、変化を
求める社会的合意も自然に形成されるものではない。変化のためには、そのための世論の焦点を
つくりだすような問題提起的リーダーシップが必要である。民主国家における社会的合意や協調は
そうしたリーダーシッブの求心作用がもたらすものであって、初めから与えられているものではない。
そしてリーダーが提起した問題をめぐる論争や反対も結果的にはそうした合意や協調を生み出す
ことに寄与するのである。そのためにはリーダーは、自分が提起した問題を公的に明確に定式化
しなければならない。そしてリーダーの決定か承認された場合には、彼にはその決定を実行する
ための権力が与えられていなければならない。ところが日本国家の一大特徴は「政治的説明責任の
中枢の不在」(『幸福』七九ページ)であり、変化のためのリーダーシップというものが根こそぎ
不可能になっている権力構造である。

///////// 1996年5月出版 ///

27 : ◆znwiARPvOs :2013/05/13(月) 23:31:31.77 ID:3PwMgOf9
 
/// なぜ日本は変わらないか 21 /////

民主国家においては世論が究極の権威の源泉であり、この権威に対して説明責任を負うことを条件
としてリーダーには強大な権限が与えられている。だが、日本においては、権力は公的に国家権力に
統合されることのない幾つかの有力な政治的グループの間に分散していて、それらのグループは
自分の流儀で勝手に権力を行使している。代表的なグループとしては政財官界のほかマスコミ、
農協、警察、暴力団などが挙げられるが、これらのグループはグループ間や仲間うちで派手な
勢力争いをすることはあっても、一方が他方に従属して公的な国家権力を構成することはない。

/////// ウォルフレンを読む ///

28 : ◆znwiARPvOs :2013/05/14(火) 20:59:36.45 ID:QbStrURi
 
/// なぜ日本は変わらないか 22 ///////

「日本の権力は、自律的でかつ、なかば相互依存的な多数の組織に分散されていて、それらは
主権者としての選挙民に対して責任を明確にすることもなければ、互いの組織の間に究極的な
支配関係もない。政府のさまざまな活動に、このような組織すべてが関わっているが、ある組織が
他の組織に命令を下すことはありえない。どの組織ひとつをとってみても、国の政策の最終責任を
とったり、緊急を要する国家的問題について決定したりするだけの力はない」(『謎』上巻、九八ページ)。

/////// 出版社: 窓社 ///

29 : ◆znwiARPvOs :2013/05/15(水) 21:20:56.88 ID:eYhtdeoT
 
/// なぜ日本は変わらないか 23 /////

 変化への決定を下し説明責任を負うトップの座にいる者はない。官僚は国家体制におけるその
位置からして巨大な権限をもっているが、彼らとて究極的な決定を下しうる立場にはない。財界とて
しかりである。自らの力と威信を追求するさまざまな組織があるだけで、国家を公的に代表し国家の
ために選択や決断を行なう者はどこにもいない。そして「こういった日本の状況は、各種の利益団体
からの政府攻撃や内部抗争のために政府が意思決定できないというような、ほかの国の現状とは
まったく異なるということである。つまり、ロビー(院外団)の活動が政治を左右するという
状況ではなく、これまでの政冶理論のどの類型にも当てはまらないひとつの構造的現象なのである」
(『謎』上巻、三七ページ)。

/////// 価格:¥1,916 ///

30 : ◆znwiARPvOs :2013/05/16(木) 22:09:31.28 ID:0ta6iNnU
 
/// なぜ日本は変わらないか 24 /////

 だから、日本を特定の人間が牛耳る一枚岩の国家とみなす部の欧米人の通俗的な日本観は、
間違いなのだ。日本は東洋的専制国家でも、疑似共産国でも、権威主義的官僚独裁国家でも、
大企業と官僚が一体となって支配する日本株式会社でもない。さまざまなロビーが政府に圧力を
かける多元的国家とか職能団体・利益代表と政府が協調するコーポラティズムといった戦後の
欧米諸国をモデルにした政治理論も、日本には当てはまらない。こうした理論は政府が政策決定の
中心であることを前提にしている。究極的な中心や頂点のない日本国家の権力構造は、同じ
東アジアの韓国や中国にも見られないものである。

///// 関 曠野 (編集) ///

31 : ◆znwiARPvOs :2013/05/17(金) 23:57:12.31 ID:3fUAOl8I
 
/// なぜ日本は変わらないか 25 ///////

 だが、間違えてはならない。日本の権力者たちは意思決定ができないのではない。政財官界
その他の有力グループは、市民や選挙民に対し何の説明責任を負うこともなしに、社会に重大な
影響を及ぼす政治的感思決定を毎日行なっている。こうして、誰がいつ何のためにどんな権限に
基づいていかにして下したのかわからない政治的な選択と決足が、日本の社会を動かしている。
そして有力グループは説明責任を負わないばかりか、その政策決定過程に排外的秘密主義の
ヴェールをかぶせる。というのも決定は現状を維持する目的で、すなわちグループの力と威信と
既得権益を保全する目的で、グループ自身のためになされるからであって、この真の動機は市民を
前にして公言できるようなものではないからである。組織エゴと秘密主義は常に不可分なのだ。

///// 1996年5月出版 ///

32 : ◆znwiARPvOs :2013/05/18(土) 22:19:47.51 ID:YVCvk5rF
 
/// なぜ日本は変わらないか 26 ////////

これに対しウォルフレン氏の説くアカウンタビリティの原則は、組織の行動をめぐる変化を
可能にするルールといえよう。それは政治的意思決定の過程を公開することで討論の対象とし、
討論による政策の変更や旧習の廃棄を可能にする原則である。この原則は、権力を行使する
人間に対して、人間のいっさいの行動や決定には他者への奉仕という愛他的要素があることを
思い起こさせ、それによって権力に対する民主主義的な統制を実現する。きちんと説明責任を
負う者は、自分を公衆に対する奉仕者として自覚している者である。

/////// ウォルフレンを読む ///

33 : ◆znwiARPvOs :2013/05/19(日) 10:50:25.75 ID:rOK3etbt
 
/// なぜ日本は変わらないか 27 /////

 組織エゴと秘密主義に密接に関連しているのが、日本の権力構造に特有のタテマエとホンネの
区別である。暴力団以外の日本の有カグループは、公的には民主国家の名誉ある成員として
国家の権威すなわち世論と選挙民の総意という権威に従属し、公衆への奉仕によってその高い
地位を得ていることになっている。しかし現実には彼らは、半自治的グループとして、市民が
委任したものではない権力をきわめて恣意的に自分自身のために行使しており、その力の及ぶ
範囲や他のグループとの関係は法の公的ルールに従っていない。それゆえに、民主国家という
タテマエと現実のエリート間の人脈を中心とした寡頭制というホンネのずれは不可避になる。

/////// 出版社: 窓社 ///

34 : ◆znwiARPvOs :2013/05/20(月) 22:41:45.68 ID:m0HA0Emn
 
/// なぜ日本は変わらないか 28 //////

もちろんタテマエとホンネが完全に一致している国など世界のどこにもないし、ある程度の
二枚舌や面従腹背は世の常であろう。しかし日本の場合は、話が違うのだ。日本においては
夕テマエとホンネの違いは、現状維持をはかる権力エリートの力の源泉として制度化されており、
ゆえにタテマエとホンネの差をなくそうという努力など皆無なのである。例えば大蔵官僚の
絶大な権力は、タテマエとしての民主国家があってこそのものであり、しかもタテマエ上は
「公僕」である彼らは独裁者とされて政治的打倒の対象とされる心配はない。しかも日本の
エリートがホンネの世界で行使する権力は、非公式な「ヤミ権力」(『幸福』九九ページ)に
ほかならない。そして非公式な権力に対しては、人々が選挙、訴訟その他の公僕としての権利を
駆使して闘いを挑むことが初めから不可能なのである。

/////// 価格:¥1,916 ///

35 : ◆znwiARPvOs :2013/05/21(火) 20:26:16.82 ID:IdH9UHqv
 
/// なぜ日本は変わらないか 29 /////

だから現状維持をはかる権カエリートにとっては、タテマエとホンネがずれたまま民主主義が
空洞化した日本ほど往み心地のよい国はない。ところが日本人は、この制度化されたずれが生む
ヤミ権力という問題を認識していないことが多い。それはタテマエを原則と解釈するからである
(例えば権成ある研究社の『新和英大辞典』でもprincipleと訳されている)。この解釈に従えば、
タテマエとホンネのずれは日本人の柔軟なプラグマティズム(?)を意味するように見えるが、
これは開違いである。タテマエはむしろfacade, appearanceなどと訳されるべきであって、
この言葉は日本的なウチとソト、インサイダーとアウトサイダーの区別から解釈されなければ
ならない。つまりタテマエとホンネの区別は、強力な組織のインサイダーがもっともらしい
見かけの下に無力なアウトサイダーを操作することを意味しているのである。

///// 関 曠野 (編集) ///

36 : ◆znwiARPvOs :2013/05/22(水) 21:05:38.49 ID:UG3VxI9G
 
/// なぜ日本は変わらないか 30 //////

 民主国家において市民が体制を変革するための究極的な手段は立法と司法である。日本が
変わらない最大の理由は国家の立法部と司法部が無力なせいなのだが、この問題については
後で述べる。ともあれ、国家の権威がタテマエにすぎない世界で立法と司法ががまともに
機能することばありえない話である。そしてウォルフレン氏は、現状維持の制度化がエリートの
意向に即してはぼ完全に実現されている日本の社会を、市民社会と正反対のものとして
「政治化された社会(『幸福』五一ページ)と呼ぶ(この区別は、一九世紀ドイツの法学者
オットー・フォン・ギールケが人間社会を「支配結合」Herrschaftsverbandと「仲間団体」
Genossenschaftに大別したことによく似ている)。

///// 1996年5月出版 ///

37 : ◆znwiARPvOs :2013/05/23(木) 21:29:16.14 ID:Go9R7rey
 
/// 窓社 (1996/05発行) //////////////////

 ウォルフレンを読む
 関 曠野(編集)

出版社: 窓社 (1996/05) 単行本: 292ページ 価格:¥1,916
ISBN-10: 4943983901  ISBN-13: 978-4943983903

http://www.amazon.co.jp/dp/4943983901
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4943983901.html
http://honto.jp/netstore/pd-book_01340133.html
http://books.rakuten.co.jp/rb/item/806104/
http://www.junkudo.co.jp/detail.jsp?ISBN=9784943983903
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1101338255/subno/1

/////////// 絶賛発売中! ///

38 : ◆znwiARPvOs :2013/05/24(金) 22:22:55.58 ID:N5FXdE1h
 
/// なぜ日本は変わらないか 31 /////

民主国家の公的権威が確立している場合には、国家が市民から委任された権力をもって支配してよい
範囲とそうでない範囲は、法と世論によって明確に区別される。市民社会とは、市民の自由に
委ねられ国家の支配や介入があってはならない領域である。ところが日本においては、中央官庁と
大企業を中心にした有力グループが非公式なヤミ権力を行使して社会に重大な影響を及ぼす決定を
勝手に行っているので、そうした政冶的決定がノーチェックで社会を左右するという意味で、
社会は「政治化」される。この無制限の権力にとって官と民、公と私といった区別は意味がなく、
その支配と干渉は家族生活や職場環境に及ぶ。

/////// ウォルフレンを読む ///

39 : ◆znwiARPvOs :2013/05/25(土) 14:40:43.86 ID:0MpJRvVZ
 
/// なぜ日本は変わらないか 32 /////

ここでは企業組織も、寡頭制エリートの権力追求のために存在しているので政治化しており、
その従業員を社会的に統制するという政冶的機能を果たしている。しかし、いかにエリートの
ための現状維持を目的として政冶化された社会においても、社会から変化がなくなることは
ありえない。そして社会が変化する必要は、紛争や反則によって表面化することが多いのだから、
エリートは全力をあげて日本の社会に紛争や反対が実在することを否定しなければならない。
彼らは昔から各種のトラブル・メーカーを体制のインサイダーとして取りこむ手法にたけている。
そして恐るべきは、人々が発作的本能的な紛争や反対を契機に現実を直視することを学び、
考え始め、思想をもつに到ることである。

/////// 出版社: 窓社 ///

40 : ◆znwiARPvOs :2013/05/26(日) 08:32:44.03 ID:Ri+Wbk3f
 
/// なぜ日本は変わらないか 33 /////

人間社会の決定的な変化は思想によって起こる。だから日本のエリートは、現実を管理する
ことによって、人間の思考能力をも社会的に統制しなければならない。彼らは体制派の知識人や
学者の手をかりて、変化への可能性を神話と儀式によって封じこめようとする。こうして
現存する秩序は、唯一の不動の秩序とされ、それはエリートの権力行使によって生じたものではなく、
文化の産物、日本民族のユニークな先天的素質が“調和”や”集団主義”といった形で発現した
ものとされる。この種の神話によって日本は、変化に向かって開かれた出口をもたない、檻のような
社会として完結する。それは、ひたすら現状維持を志向する、いや、より正確にいえば、変化への
恐怖にこり固まったエリートに支配された世界である。

/////// 価格:¥1,916 ///

41 : ◆znwiARPvOs :2013/05/27(月) 21:28:07.63 ID:ybNGNj4q
 
/// なぜ日本は変わらないか 34 /////

    日本を呪縛する“組織の記憶”

 ウォルフレン氏の著作においては日本の官僚機構が大きな比率を占めている。それだけに、氏の
主張を官僚王国批判に矮小化して受けとめている日本の読者も少なくない。しかし、先述したように、
氏の本来の意図は官僚批判にはない。氏がその日本権力論で官僚制をクローズ・アップしたことには、
構造的および歴史的な理由がある。まず第一に、氏が問題にしているのは官僚制自体というより、
官僚が絶入な権力を揮うことを可能にしている日本の政治風土である。変化への恐怖にとりつかれた
世界においては、万事に保守的なルーティン・ワークの専門家である官僚は、まさに水を得た魚
である。それゆえに日本の政治風土を深く理解するには、その典型的な住人であり代表者である
官僚の行動を分析するのが一番よい。

//////// 関 曠野 (編集) ///

42 : ◆znwiARPvOs :2013/05/28(火) 21:57:00.90 ID:85CKAG+1
 
/// なぜ日本は変わらないか 35 /////

第二に、日本のように立法と司法が無力な国の政府を分柝しようとすれば、立法と司法を押しのけて
異常に肥大した行政の権力がその中心とならざるをえない。実際、歴史的事実としても、近代日本の
政治を動かし歴史を作ってきたのは行政官僚なのである。彼らをぬきにして近代日本の歴史は語れない。
 そこで氏は『謎』において、官僚が勝手にヤミ権力を行使できる不思議な民主国家の実情を欧米の
読者のためにあれこれ実例を挙げて説明している。そして同書のクライマックスというべき一四章
(「支配力強化の一世紀)と一五章(「不死鳥の国」)において、いかにエリート官僚と官僚出身の
管理者型経営者が戦後日本という巨大な生産マシーンをつくりあげてきたかを、明治期にまで
遡りながら分析している。

/////// 1996年5月出版 ///

43 : ◆znwiARPvOs :2013/05/29(水) 21:36:28.55 ID:Kuqoi+i1
 
/// なぜ日本は変わらないか 36 /////

本書の読者諸賢は氏のこうした文章をすでに読んでおられると思うので、ここでその内容を
長々と祖述することはしない。その代わりに、氏の論点のなかで日本の読者が今後ともじっくり
考えてみる必要があると思われるものを以下幾つか列挙したい。

 (1) 氏によれば、戦後日本の経済大国化は占領軍の民主化改革がまったく皮相なものだった
ことを示している。日本の経済成長は、内務省の流れをくむ経済統制官僚が三〇年代に戦時産業体制を
確立するために全体主義の影響下で作成した産業・金融の統制政策にのっとって推進された。
占領軍は彼らを軍部と財閥というライバルから解放してやった。いわゆる一九五五年体制は革新官僚が
三〇年代に唱えていた大政翼賛体制をほぼ実現したようなものだった(『謎』下巻、二二四ページ)。

/////// ウォルフレンを読む ///

44 : ◆znwiARPvOs :2013/05/30(木) 22:32:41.93 ID:XmwpcExC
 
/// なぜ日本は変わらないか 37 ///////

そして経済成長は新たな国家総動員の試みだったのだが、計画として公的に呈示されなかったので、
誰からも攻撃されずに済んだ。こうした氏の見解はさほど新しいものではなく、日本現代史に
関心のある左翼知識人なら周知の事実とさえ言える。だが問題なのは、この事実か国民の常識に
なっていないことだ。庶民はいまだに日本の経済成長は民主主義と日本人の勤勉さの賜物だなどと
思いこまされている。つまりここには、日本には知識人向けの知と大衆向けの宣伝という二種類の
知があるという、氏が『幸福』の中で指摘したことの典型的な例があるのだ(『幸福』二二ページ)。

/////// 出版社: 窓社 ///

45 : ◆znwiARPvOs :2013/05/31(金) 21:56:50.55 ID:B4P/bqOn
 
/// なぜ日本は変わらないか 38 /////

 (2) 官僚は、日本を巨大な生産マシーンにせよという至上命令に盲目的に従う。というのも
彼らは生産力の増大だけが日本国家の存立と安全を保障すると信じているからだ。戦後日本は
官僚が統制する経済的国防国家であり、国家の安全という至上命令を前にしては個々の国民など
使い捨ての消耗品にすぎない。その点では特攻で戦死した学徒兵も、旧満州に置き去りにされた
開拓民も、過労死するサラリーマンも、焼け跡に放り出された大震災の罹災者も、薬害エイズの
犠牲者も、みな同じことである。官僚の国防幻想があるかぎり、人権、自由、幸福といった言葉は
日本では虚ろな言葉であるだろう。そして経済力という力しか信じない日本の官僚の思想と行動を
国際社会が承認することは決してないだろう(念のため付け加えれば、氏が指摘するように日本には
真に自由な資本市場と労働市場が存在しない以上、日本は市場経済の国ではないのである)。

/////// 価格:¥1,916 ///

46 : ◆znwiARPvOs :2013/06/01(土) 07:35:06.76 ID:2weGXMwZ
 
/// なぜ日本は変わらないか 39 /////

 (3) 氏によれば、日本の官僚制を欧米のそれと分ける重要な特徴は「組織の記憶」にある。
組織とその成員の一体化や終身雇用を特徴とするこの官僚制は、形状記憶合金のような組織の
記憶を持っており、それによって敗戦ショックを生きのび強力に再生することができた。独裁的な
旧内務省を解散させた占領軍は「組織の記憶の生命力や強さや死後にも残る力にまったく気づいて
いなかった」(『謎』下巻、二一二ページ)。この非人格的組織の記憶こそが、日本の真の支配者
なのかもしれない。

///////// 関 曠野 (編集) ///

47 : ◆znwiARPvOs :2013/06/02(日) 07:59:10.09 ID:jVgpDMFB
 
/// なぜ日本は変わらないか 40 /////

それゆえに日本の権力エリートは変化に対応して方針を転換することができないし、その権力と
支配の結果に対して人格的な責任をとることができない。日本は組織の記憶による自動操縦に
委ねられた国家であり、船長も舵手もいない五〇万トン・タンカーである。しかしこの記憶に
日本の政治化した官僚制の究極のアイデンティティがあるのだとすれば、それを一種のプログラム
として分析することによって官僚の権力を解体する途も開けてくるはずである。日本民族が
ユニークであるとか先天的に調和を好むといった神話も、万邦無比の国体とか家族国家という
戦前の官僚制のイデオロギーが組織の記憶によって再生したものであろう。

///// 1996年5月出版 ///

48 : ◆znwiARPvOs :2013/06/03(月) 22:34:24.45 ID:Wmd0Rmko
 
/// なぜ日本は変わらないか 41 ///////

 (4) 日本の官僚の特徴は、自分たちだけが何が善であるかを知っており間違いを犯すことが
ないと信じこんでいることである。善を認識し間違うことのない存在とは、ルソーが一般意志と
呼んだものである。すなわち、官僚は自分のことを勝手に一般意思の体現者とみなしている
のであり、だからこそ彼らは管理者として政治化しているのだ。ウォルフレン氏によれば、
日本の官僚が政治化している原因は、彼らの原型が戦前の内務省の官吏、つまり社会統制官僚に
あるからである。ざらに氏によれば、この官僚制は明治の元老山県有朋の政党政治と民主主義に
対する深い恐怖と嫌悪から生まれ、いっさいの社会的変化を阻止すべく山県によって仕組まれた
ものである。これは大いに傾聴に価する見解といえよう。

///// ウォルフレンを読む ///

49 : ◆znwiARPvOs :2013/06/04(火) 22:40:59.84 ID:7je29WWb
 
/// なぜ日本は変わらないか 42 ///////

というのも従来の日本の歴史学は明治の元老といえばもっぱら伊藤博文に注目して、山県という
陰険な権力亡者の役割を軽視してきたきらいがあるからだ。山県に関する研究を深めることも、
日本の官僚を公僕に変えるためには不可欠な、一歩といえるだろう。しかしながら、氏が分析した
日本の官僚制の問題は、役所に対する情報公開の要求、オンブズマン制の導入、市民による
監視機構の設立といった方策で片付くような問題ではない。そうした試みもちろん無意味ではないが、
根本問題は官僚の無統制なヤミ権力をはびこらせる政治風土であり、氏の言う「システム」
なのである。

//////// 出版社: 窓社 ///

50 : ◆znwiARPvOs :2013/06/06(木) 19:25:09.78 ID:W/qR8Xjb
 
/// なぜ日本は変わらないか 43 ///////

    押しくらまんじゅうの日本社会

 「日本には国家ではなくシステムがあるだけだ」とウォルフレン氏は言う。ではシステム
とは何か?それは変化の反意語であり、変化というものを不可能にしている日本社会の
組織原理である。それは普遍的で基本的な組織原理なのだから、大蔵省、暴力団、農協、
マスコミ、教育機関のどれにでも当てはまる。つまりこれらの組織のあいだには、その
異質さにもかかわらず、その組織の力学と成員の動機においてきわめてよく似た構造的
特徴があるのだ。ゆえに官僚制も、システムの最も強力で危険をはらんだ一例にすぎない。

///// 価格:¥1,916 ///

51 : ◆znwiARPvOs :2013/06/07(金) 22:04:32.92 ID:bx8PAdqe
 
/// なぜ日本は変わらないか 44 ///////

普遍的な組織原理であるかぎりにおいて、システムには官と民の区別はないし、システムに
取りこまれた家族もざらにあるのだから、公と私の区別もない。システムの影響力は個人の
内面にさえ及ぶのだから、精神と物質の区別さえないのだ。こうして日本においてはシステムは、
一種の宇宙的運命の観を呈し、そこからシステムがもたらした結果に対してはなにごとも
「仕方がない」とする庶民の反応が生じてくる。そしてシステムのこの捉えどころのない
包括的な性格のおかけで、日本の権力者が「日本には権力の行使などというものはなく、
美しい日本文化があるだけだ」などと主張できることにもなる。

///// 関 曠野 (編集) ///

52 : ◆znwiARPvOs :2013/06/08(土) 07:46:26.40 ID:W4WidkeA
 
/// なぜ日本は変わらないか 45 ///////

 システムが生じてくるのは、日本の社会に何が正統な支配であるかについての合意がなく
ルールに則した服従ということが不可能なせいである。誰が最終的な支配者であるかは誰も
知らない。ゆえに日本の有力な組織は可能なかぎり自らの力と威信を追求しようとする。
この力と威信の迫求は当然他の組織との紛争をひき起こすが、そうした紛争を解決するための
合意された予見可能なルールは存在しない。正当性を承認されたルールに代わるものは、
脅しと威嚇が生み出す力関係であり、そうした力関係に基づく不安定な疑似秩序である。
そして組織間に公的な支配と服従の秩序が存在しないこととは裏腹に、各組織の内部では
組織に対するその成員の軍隊的な服従が要求される。システムのこの側面は“イエ原理”と
呼ばれていいだろう。

///// 1996年5月出版 ///

53 : ◆znwiARPvOs :2013/06/09(日) 16:53:05.12 ID:5g4pVkxK
 
/// なぜ日本は変わらないか 46 ///////

こうして力と威信を追求する組織間の紛争は、力の対抗と均衡からなる力の相対的配置図を
つくり出し、それはまるで意図的な合意や計画から生じたかのように見えることがある。
例えば日本の政治がシステムの所産であることを知らない欧米人は、日本人に経済的な
世界支配の計画や陰謀があると思いこみやすい。しかし「日本政治の歴史は、政治的目標
というものは、それが完全に意識されていなくとも実現は可能であるという事実を立証していると
筆者は思う。至る所で接することのできる日本主義的な宣伝活動は、強力な中核機関が源として
あるわけではなく、それぞれ別個の権力集団が共通の必要性から自然に発しているものだ。

///// ウォルフレンを読む ///

54 : ◆znwiARPvOs :2013/06/10(月) 21:21:52.10 ID:IYQY6ji+
 
/// なぜ日本は変わらないか 47 ///////

同様にして、それぞれの権力集団が、各グループの政治的な生き残りを確かにし、最良の
生存条件を得ようと努力する結果、その個々の尽力が緊密につなぎ合わさって社会構築の
青写真にもとづいて実行されているかのように見えるだけだ」(『謎』下巻、二七二ページ)。
しかしシステムがもたらす力の相対配置図は、結局、合意された計画ではない。それゆえに
システムを構成する諸組織は、現存する力関係に予見不可能な変化が生ずることを極度に恐れ、
状況の変化に対する警戒を怠らない。システムの影響は個人の行動にも及ぶ。日本では
人間関係が力関係になっていることか多く、日本人はレーダーを張って自他の地位や状況を
正確に判断しながら行動しなけれはならない。

//////// 出版社: 窓社 ///

55 : ◆znwiARPvOs :2013/06/11(火) 22:43:08.72 ID:kuxeSEC6
 
/// なぜ日本は変わらないか 48 ///////

 全体としての日本社会をシステムとして見るならば、それはさまざまな有力な組織が
押しくらまんじゅうをしている社会と言えよう。各種の業界を主役とするこの押しくらまんじゅう
においては、当然図体の大きな者が勝つ。そして支配と服従の明確なルールのないこの社会に
おいては、被害者意識が正当性の代用品になっている。この意識が押しくらまんじゅうを
道徳的に正当化するのだ。ゆえに日本では、中央官庁や大企業のエリートでさえ精神的には
被害者意識のかたまりであることが多い。

///// 価格:¥1,916 ///

56 : ◆znwiARPvOs :2013/06/12(水) 22:03:18.60 ID:J0rpgxxa
 
/// なぜ日本は変わらないか 49 ///////

そしてこの社会で最も悲劇的なのは、有力な組織へのアクセスを持たない弱者の孤立と
無力である。押しくらまんじゅうで動いている国に、本来の意味での権利という思想はない。
当然の権利の代わりに権力者の慈悲や恩恵が強調される。そして弱者のほうも、その権利の
主張を脅しや威嚇という形で行なうことが多い。民主主義を推進するはずの労組や民主団体も、
組織の力と威信の追求に狂奔しているのが普通である。また日本では有力な組織への所属が
ただちに特権的な政冶的地位を意味するので、そこから人脈による貴族階級が生まれる。

///// 関 曠野 (編集) ///

57 : ◆znwiARPvOs :2013/06/13(木) 21:57:30.59 ID:Hj30EEN5
 
/// なぜ日本は変わらないか 50 ///////

 要約しよう。正しい秩序についての社会的に共有された認識と何が正統的な支配であるかをめぐる
合意が存在せず、現世的な力関係がすべてであるような社会においては、システムはほとんど自動的に
生成してくる。そしてシステムについて最も強調さるべきことは、変化に対するその抵抗である。
というのも、ここでは対抗と均衡による力の相対的配置図が秩序と安定の唯一の保証なので、新規な
事態による配置図の変更は、秩序の全面的崩壊につながりかねないからである。さらに忘れては
ならないことに戦後の状況がある。日本が国家ではなくシステムとしてやってこれたのは、日本が
一人前の近代国家として荷なうべき義務や責任を米国がずっとおんぶにだっこで引き受けてきた
からなのだ。

///// 1996年5月出版 ///

58 : ◆znwiARPvOs :2013/06/15(土) 09:50:52.01 ID:mwttxNSe
 
/// 窓社 (1996/05発行) /////////////

 ウォルフレンを読む
 関 曠野(編集)

出版社: 窓社 (1996/05) 単行本: 292ページ 価格:¥1,916
ISBN-10: 4943983901  ISBN-13: 978-4943983903

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http://books.rakuten.co.jp/rb/item/806104/
http://www.junkudo.co.jp/detail.jsp?ISBN=9784943983903
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///////////// 絶賛発売中! ///

59 :名無しさんの主張:2013/06/16(日) 08:27:37.82 ID:???
★談合文化論 何がこの国の「社会」を支えるのか     1/2

宮崎学/著 出版社名 : 祥伝社
出版年月 : 2009年9月

[目次]
土建屋の逆襲;日本の基層社会で起こっていること;
日本に「自由社会」などない;
談合の起源;
官製資本主義が談合を生んだ;
近代法とともに談合が生まれた理由;
官僚文化と土建文化の接点で;
顔役、金筋、新聞屋;
談合文化が高度成長をもたらした;
談合を変えた田中政治;
自治型談合から癒着型談合へ;
談合の復活が日本を救う;
日本に本当の自治社会をつくるために

[出版社商品紹介]
“突破者”による「談合」擁護論であり、「談合」を通じた日本文化論。

60 :名無しさんの主張:2013/06/16(日) 08:30:49.78 ID:???
★談合文化論 何がこの国の「社会」を支えるのか     2/2

出版社・メーカーからのコメント

土建の現場を知り尽くしたアウトロー・宮崎が世に問う! 日本が日本であるために必要な
「法を超えたもの」とは。 「談合は悪」――なのか? この国に流れつづける「話し合いの文化」
談合とは、徳川時代まであったムラの自治に根ざしたもので、自治を運営する自分たちの掟をつくり、
それにもとづいて自己統治していくうえでおこなわれた構成員全員による話し合いのことであった。
近代になってからムラの自治は奪われ、国家行政に組み込まれたが、社会の基層には談合文化が残った。
日本は建前上「法治国家」になったが、社会のトラブルが司法の場に持ち込まれて、それを一つ一つ
解決していくことを通じて法が具体的に形成されていく、というヨーロッパ近代では成立した過程が
日本近代では成立しなかった。問題が発生した具体的な現場で、公式のルートには乗らない非公式な
話し合いで解決されてきたのである。(本文より) 談合の歴史を見ることで、この国の姿が見えてくる

(本書の主な内容)
■「一般競争入札」は土建屋に何をもたらしたか
■土木王国=田中角栄政治を崩壊させた小泉改革
■なぜ「談合坂」という地名があるのか
■明治政府の殖産興業が「土木建設請負業」を生んだ
■戦時統制経済と高度成長経済はつながっている
■「単なる談合なら無罪である」という地裁の判決
■「談合文化の否定」はアメリカからやってきた

http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refISBN=4396613431

61 : ◆znwiARPvOs :2013/06/18(火) 22:00:31.84 ID:mD1HKHZW
 
/// なぜ日本は変わらないか 51 ///////

    求められる法の支配と道徳的リーダーシップ

 それではどうすれば日本は名実ともに近代国家へと脱皮できるのであろうか。それには、
市民が自由な討論をつうじて正しい秩序についての認識を共有すること、および正統的な
支配をめぐる社会的合意が成立することが必要である。しかしながら、ウォルフレン氏が
トップ・ダウンのピラミッド型権力構造の必要性を説きながら、他方で市民的自由の価値を
強調してやまないことには、とまどいを覚える日本人が多いのではあるまいか。戦後民主主義の
感化を受けた日本人には、民主主義をある種の粗雑なアナーキズムとごっちゃにする
傾向があり、そうした人々にとっては権力と自由は対立概念なのである。

///// ウォルフレンを読む ///

62 : ◆znwiARPvOs :2013/06/20(木) 23:07:35.01 ID:rQdUCwXu
 
/// なぜ日本は変わらないか 52 ///////

しかし真にリベラルな政治思想は、民権としての権力を強調する。すなわち@権力の所在と
行使は誰にでもすぐ見分けがつくように公示されていなければならない。そうであってこそ
討論の権力に対する監視や統制が可能となる。A法の最も基本的な役割は、社会の統制ではなく、
権力に対する人民の統制を可能にすることにある。人民と為政者の問に緊張がなければ法は
存在しない。ゆえに国家と市民社会、組織と個人の間に明確な境界線を引き、後者を前者による
干渉や侵害から守るということも、法の基本的な使命なのである。Bそうした法は人民の間に
共有された正しい秩序についての認識を究極の源泉とし、そこから派生するものでなければ
ならない。

//////// 出版社: 窓社 ///

63 : ◆znwiARPvOs :2013/06/22(土) 08:27:50.67 ID:BhiXH3Dq
 
/// なぜ日本は変わらないか 53 ///////

 そして、このリベラルな民権思想の核心にあるものこそ、法の支配 the rule of low の
原則にほかならない。法の支配、すなわち独立した立法と能動的な司法は、人民の世論による
権力の統制を可能にするだけでなく、紛争や反対を社会変革の契機に変えることで変化の制度化を
実現する。民主主義の問題は、法の丈配の実効性の問題に尽きるといっていい。そして日本が
国家ではなくシステムにすぎないのは、まさしくこのタテマエ上の民主国家に法の支配が
存在していないからである。

///// 価格:¥1,916 ///

64 : ◆znwiARPvOs :2013/06/24(月) 19:59:59.96 ID:J+Zu/Afe
 
/// なぜ日本は変わらないか 54 ///////

 「たしかに、日本の社会にも多くの法律がある。事実、ときに外国人から日本には法律が多すぎると
指摘されるほどだ。日本の役所では、上から下まであらゆるレベルで、当局者のそれぞれの仕事に
関連して、秩序維持のために自由に発動できる多くの法律がそろっている。
 しかし日本では、私がしばしば述べてきたように、最も重要な事柄は正規の法の規制を受けないのだ。
日本の政治構造の事実上の本質部分も、一切、法体に基づいていない。前段で述べた、日本の巨大な
経済システムの最も重要な側面も、法律の条文規定にまったく基づいていない。実際は、日本人の
経済活動は、多くの側面で法律の文言を組織ぐるみで破っている。たとえば、系列構造が存在すること
自体、日本の独占禁止関連法(米国の独禁法を真似たもの)を、そっくり虚仮にしている。(中略)
法律は何にもまして官僚の道具だ。官僚が社会秩序を保つための道具になっているばかりでなく、
彼らの望みどおりの制度や条件を確実につくり上げるための道具としても使われている」(『幸福』
一〇一−一〇二ページ)。

/////// 関 曠野 (編集) ///

65 : ◆znwiARPvOs :2013/06/27(木) 21:48:50.86 ID:EcX/v47T
 
/// なぜ日本は変わらないか 55 ///////

 しかし「戦後の正規の法規に定められた通り、真に独立し、政治に従属しない司法があり、
人びとか少しずつ訴訟になじんでくれば、戦後の<システム>が今日ある姿にまで強化される
ことは阻止されていたはずである。独占禁止法か一貫して公平に通用されてきていれば、
阻止できたはずだ。公職選拳法を厳正に適用してもそうできただろうし、大企業と自民党との
腐敗した関係、その他の<システム>を存続させるさまざまな非公式の人間関係や慣例について
司法の審査がおこなわれていれば、阻止できただろう。

///// 1996年5月出版 ///

66 : ◆znwiARPvOs :2013/06/29(土) 09:20:17.38 ID:YyEkIWyf
 
/// なぜ日本は変わらないか 56 ///////

民衆が上手に訴訟戦術を展開すれば、今日、いろいろな活動を制限しているあらゆる法制外の
行政措置について、裁判所に訴えることができたにちがいない。実際に企業家が官僚を裁判所に
訴える可能性があれば、<システム>管理上の目的の多くが根底からくつがえされていたはず
である。さらに言えば、無数の人脈によって動かされている現在の<システム>は、法的な
手続きを一貫して適用することによって可能になる政治的な検分に耐えてまで、存続することは
できないだろう」(『謎』上巻、三六二ページ)。

///// ウォルフレンを読む ///

67 :名無しさんの主張:2013/06/30(日) 10:18:41.64 ID:???
★あれこれ   弁護士 飯島奈絵

次に、感じたのはアメリカ人、そして、ここに住む日本人の方々の参政意識の高さ。
日本では、多くの国民が「政治は政治家が密室で利権がらみであれこれ決める何だか
よくわからないおどろおどろしいもの。」といった意識を持ち、政治に関わろうとしない。
露悪的にいえば、政治に関心があるのは権力意識がよほど強いか、妙に純粋で理想論
ばかりを述べる「青い」人か、宗教関係で動員がかけられた人といった意識がある。なぜ
このように違うのか。単なる「国民性」ではすまないであろう。日本人も米国の政治は
面白いと思っているのだから。違いは大統領選か?二大政党制か?

勤務先法律事務所で『民主主義』を感じたことがあった。クライアントの日本企業が
州法に抵触した。勤務先事務所は「州法の制定手続、規制方法に手続的瑕疵がある。
当該法の規制範囲は広範に過ぎる点でも問題がある。争おう。」という。しかし、
日本企業は煮え切らない。日本では訴訟を提起したということ自体、新聞沙汰になる。
人聞きが悪い。企業イメージが下がる。その上、監督官庁にたてついたら、どのような
不利益があるか。国にたてつくとの構図も企業イメージを下げる。日本企業のそんな
思考方法を説明したところ、米国人弁護士に呆れられた。「法律に瑕疵があれば、
その是正を求めることは、民主主義における市民の権利であり義務でないか。」と
言われた。やはり日本はムラ社会なのか、出る杭は打たれるのか。国は「お上」なのか。

http://www.wjwn.org/views/05summer/sakairijima.html#_ftn2

68 : ◆znwiARPvOs :2013/07/01(月) NY:AN:NY.AN ID:l79TzQ/b
 
/// なぜ日本は変わらないか 57 ///////

 そうなのだ。まるで宇宙的運命のように見えるシステムは、日本に真に独立した司法と
能動的な立法さえあれば、太陽の前の雪ダルマのように消えていくものなのてある。しかし、
日本の司法と立法は事実上行政に従属し、絶望的なほど無力である。氏が指摘するように、
法務省は最高裁事務局をつうじて司法の独立を骨ぬきにしてしまっており、長らく政党の名に
価しない自民党に支配されてきた立法府は、中央官庁の資金を建設業などをつうじて地方に
ばらまく利害誘導政治に従事することで行政を補完してきたにすぎない。

//////// 出版社: 窓社 ///

69 : ◆znwiARPvOs :2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:fc3nsURz
 
/// なぜ日本は変わらないか 58 ///////

そして司法と立法のこの目を覆いたくなる現状は、あれこれの制度的手直しや、ましてや
金権政治家を道徳的に非難することで打破されるようなものではない。司法の独立と立法の
能動性を確立するためには、おそらく日本の政治風土を一変させるようなある種の精神革命が
必要なのだ。というのも、日本に法の支配が不在である原因は、官僚が法を権力の道具として
使うことを当然とみなすような日本人全般の法意識にあり、それには日本の宗教的、知的伝統が
深くかかわっているからである。

///// 価格:¥1,916 ///

70 : ◆znwiARPvOs :2013/07/06(土) NY:AN:NY.AN ID:BHSQm7YY
 
/// なぜ日本は変わらないか 59 ///////

 大方の日本人は法ときくと警察や役所を思い浮べる。実際、世界の主要国の中で日本は、
その国民が法の原点は司法にあることを理解していないおそらく唯一の国である。欧州に
おいては中世の王権は司法権と不可分であったし、欧州の法の源流をなす古代のイスラエルや
ギリシアやローマの法はいずれも裁判官や弁護士の法であった。欧州では文学でさえ
『アンティゴネー』から、『ヴェニスの商人』や『罪と罰』にいたるまで、法や裁判を主題と
したものか少なくない。その一方で法に基づく行政が確立するのは欧州では、近代法治国家の
成立以降のことにすぎない。また中国語でも法という言葉は、もともと堤防で囲まれた水面の
平らな様子を表わし、転じて訴訟の公平さを意味するようになった、司法起源のことばである。

///// 関 曠野 (編集) ///

71 : ◆znwiARPvOs :2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:M+2esh4m
 
/// なぜ日本は変わらないか 60 ///////

ところが日本では、八世紀に律令国家がつくられて以来、鎌倉時代の一時期を除けば、
法は常にたんなる禁令か行政の手段とみなされてきた。そして司法権がその権威を確立する
ためには、「正しい秩序とは何か」という問いをめぐる一貫性のある宗教的、思想的伝統が
不可欠なのだが、政治的便宜主義によって神仏儒の三者を使い分けてきた日本には、そうした
伝統は生まれようもなかった。ちなみにウォルフレン氏は言論における論理的一貫性の重要さを
よく強調するが、西洋の倫理学もその起源は法廷弁論にある。

///// 1996年5月出版 ///

72 : ◆znwiARPvOs :2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:NsDLCUFT
 
/// なぜ日本は変わらないか 61 ///////

 近代国家の三権分立の原則は、日本ではたんに抑制と均衡の原則として理解されがちである。
そうした理解は、三権の間に権威の序列があるということを見落としている点で、不充分な
ものである。この権威の序列からすれば、行政は立法に、そして立法は司法に従属しなければ
ならない。この司法を頂点とする権威の序列こそ、国家による権力の行使が許容される条件であり、
支配の正統性の根拠である。そして司法のこの卓越した権威は、民主主義の原理が多数決に
ではなくて正義にあることを示している。

///// ウォルフレンを読む ///

73 : ◆znwiARPvOs :2013/07/10(水) NY:AN:NY.AN ID:X71JE61F
 
/// なぜ日本は変わらないか 62 ///////

多数決の原則は、自由と平等の原理とある程度まで両立可能とみなされた次善の策にすぎない。
司法によって民主主義の原理が正義であることが明らかにされた具体例を一つ挙げよう。
七〇年代の日本は水俣などの四大公害訴訟に揺れたが、そうした激甚公害の主な被害者は
日本全国でも総勢三五万人にすぎない沿岸漁民だった。彼らは国民中の極少数派である
ばかりか、経済成長路線を突き進む官僚や財界にとってはいてもいなくても同じ虫ケラの
ような存在だった。そして四大公害訴訟の判決内容をどう評価するにせよ、沿岸漁民は
司法という手段によってのみ、権カエリートに彼らがなした不法行為を公に認めさせることが
できたのである。

//////// 出版社: 窓社 ///

74 : ◆znwiARPvOs :2013/07/12(金) NY:AN:NY.AN ID:P04DkqGd
 
/// なぜ日本は変わらないか 63 ///////

 ここで私がウォルフレン氏とともに民主主義の原理は正義であることを強調するのは、
正義という思想なしには権利という言葉が何を意味しているのか理解できなくなるからである。
そしてこの正義という問題に関連して、氏が説くアカウンタビリティの原則もやはり司法起源の
ものだといえる。判決理由の付いていない、あるいは意味不明の文章で書かれた裁判所の
判決など誰も承認しないだろう。裁判所の権威は、たとえ相手が被告席の凶悪犯であれ、
裁判の当事者を人格をもつ他者として認めその決定をきちんと説明する姿勢に結びついている。

///// 価格:¥1,916 ///

75 : ◆znwiARPvOs :2013/07/13(土) NY:AN:NY.AN ID:sHBSrNae
 
/// なぜ日本は変わらないか 64 /////////

そして司法において法とはそうしたものであるなら、同じ基準は行政と立法における法の
あり方にも適用されなけれはならない。すなわち行政と立法委においても、法はその意味や
目的や決定の過程が公的に明記されたものでなければならず、口頭による指令や怪しげな
メモなどがまかり通ることがあってはならない。強大な国家権力の存在が承認されているのは、
ひとえにそれが人民に奉仕するものてあることを根拠としてのことであって、ゆえに権威者の
説明責任を伴わない権力の行使は許されないのである。

///// 関 曠野 (編集) ///

76 : ◆znwiARPvOs :2013/07/14(日) NY:AN:NY.AN ID:pTFexZW3
 
/// なぜ日本は変わらないか 65 //////

 戦前の日本帝国と戦後の新憲法下の日本国家の最大の違いは、日本が戦力を放棄した平和国家に
なったこと――これは嘘である――ではなくて、戦前の行政国家から司法が最高の権威である
司法国家になったことである。しかしこの司法国家日本は、口にするのも恥ずかしいタテマエ
にすぎない。戦後の革新勢力がそのお題目めいた平和主義に注いだ熱意とエネルギーを、せめて
その半分でも日本をその名に価する司法国家にするための運動に注いでいたら、日本はどれほど
今日とは違う国になっていたかもしれないのだ。

///// 1996年5月出版 ///

77 : ◆znwiARPvOs :2013/07/16(火) NY:AN:NY.AN ID:vyoH2mRQ
 
/// なぜ日本は変わらないか 66 ///////

(ちなみにここでウォルフレン氏の平和主義批判にも一言触れておきたい。氏が問題にして
いるのは憲法第九条と自衛隊の存在との間にあるズレである。そして氏の目からすれば、
護憲派は必死になってこのズレを維持しようとしており、その結果、世界有数の戦力が
法的に無統制のまま放置されている。民主主義者を自認する護憲派は自ら、その頼みの綱
であるはずの法の支配の原則を掘り崩しているのだ。ゆえにここでも氏が主張しているのは
ルールの確立であって、重武装の自衛隊をどんどん海外に派兵せよといった政策提言
などした覚えはないのである)。

///// ウォルフレンを読む ///

78 : ◆znwiARPvOs :2013/07/18(木) NY:AN:NY.AN ID:8qmlPXIv
 
/// なぜ日本は変わらないか 67 ///////

 それでは、立法の能勤性の回復という問題についてはどうか。これは、リーダーシップの
創出という問題に尽きるといっていい。民主的な社会とは、誰もが勝手な方向を向いている
支離滅裂な社会のことではない。民主主義の下においては、リーダーシップだけが社会的な
求心力や合意や協調をつくり出し、変化と可能性に向けて道を開く。しかしながら大方の
日本人はリーダーシップときくと、ワンマンとかファッショとかいかがわしい野心家とかを
連想するのではなかろうか。日本の政冶風土では、リーダーシップそれ自体に対する不信感が
根強い。正統な支配という思想が欠如している世界においては人は、リーダーを選ぶことより、
リーダーとなりそうな者の足を引っ張って自分の地位を守ることに懸命になるのだ。それゆえに
この世界で可能になるのは、故田中角栄に代表されるような、システムのヤミ権力に対応する
黒幕やヤミ・リーダーである。これでは立法の能動性の回復など期待すべくもない。

//////// 出版社: 窓社 ///

79 : ◆znwiARPvOs :2013/07/20(土) NY:AN:NY.AN ID:vHB8dicr
 
/// なぜ日本は変わらないか 68 ///////

 そして、こんな状態がつづくのも、この世には二種類の異なったリーダーシップがある
ことを日本人がよく知らないせいである。われわれは、剣によるリーダーシップと杖による
リーダーシップを区別しなければならない。リーダーシップの一つの原型が剣、すなわち
戦場における軍隊指揮権にあることはローマ人のインペリウム imperium や栄光 gloria
という概念に明確に示されている。この種の軍事的リーダーシップには二つの特徴がある。
その一つは、リーダーの命令に対する服従の代償として保護と安全が強調されることである。

///// 価格:¥1,916 ///

80 :名無しさんの主張:2013/07/20(土) NY:AN:NY.AN ID:???
宇野病院

俺が死んで仏壇
トランクスで外に出るな
夏の合宿
猫が来た
もーお前はー早く書けよー。
ガンジー
お風呂
鏡が倒れてきた所
トイレ
東日本大震災担当大臣
杉浦政権法務大臣
うんこがいろんな人のうんこと変わる
ヘブンズ・ドライブの蛇

81 : ◆znwiARPvOs :2013/07/21(日) NY:AN:NY.AN ID:VjgJtwcp
 
/// なぜ日本は変わらないか 69 ///////

もう一つは、ひとたびリーダーが征服と覇権の確立という軍事的目標を達成してしまうと、
そのリーダーシップはひたすら現状の維持を図るだけの極端な保守主義に転化すること
である。そうした例は歴代の中国の王朝やマホメットによる大征服後のイスラム世界、
そして何よりも家康による天下統一後の徳川幕府に見いだすことができよう。人類は長い間、
この種の暴力と戦争に起源を持つ野蛮なリーダーシップしか知らなかった。NHKの大河
ドラマやビジネス誌の表紙などにやたらと戦国武将が登場するところをみると、日本人は
いまだにこの種のリーダーシップしか知らないように思われる。しかし、軍事的リーダーシップ
の行くつく先は、極端な保守主義による麻痺状態なのである。

///// 関 曠野 (編集) ///

82 : ◆znwiARPvOs :2013/07/22(月) NY:AN:NY.AN ID:h5ZjRvXD
 
/// なぜ日本は変わらないか 70 ///////

 これに対し杖によるリーダーシップとは、杖によって迷える羊を導く羊飼いに象徴される、
変化と成長のために道案内をつとめるリーダーシップである。それは保護と安全ではなく
人格の成長を目的とし、そのために善と悪の判断と選択をめぐって問題を提起し道徳上の
範を自ら垂れる、垂範的問題提起的リーダーシップである。軍事的リーダーシップにおいては、
リーダーの力に脅威を感ずる者が必ずライバルとなってその足を引っ張るから、前者は
自分の地位を守ることに汲々としてリーダーシップの発揮どころではなくなる。したがって、
杖による道徳的リーダーシップだけが、真にリーダーシップの名に価する権威と効力を有する
ことは明らかである。この種のリーダーシップの代表的な例としてはローマ法王があるが、
これは原利としては、神の命令の下にヘブライ人を奴隷の家エジプトから約束の地カナンヘと
導いたモーセに遡る。

///// 1996年5月出版 ///

83 :13242:2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN ID:rclLMbVq
痴漢被害を受けて被害申告したのにヘラヘラ笑う女

男性からの好意による行為を暴力的に排除して犯人扱いすることに生きがいを感じる愉快犯
そんな女が登場します
http://www.youtube.com/watch?v=hbvkrbN2flw&list=PLo0Cmune1s00QBFb7GcOzpQAHJXSSXIk_

84 : ◆znwiARPvOs :2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN ID:MGM7x9HG
 
/// なぜ日本は変わらないか 71 ///////

そして現代のわれわれに身近な例を挙げるならば、教師が存在する。教師は、垂範的問題提起的
リーダーシップの典型的な例である。そしてここに、ウォルフレン氏が戦後の日教組の闘いを
賞賛してやまない理由があるのだ。氏の賞賛は、たんに日教組がシステムの巫女たる文部省と
果敢に闘ったということにのみ基づくものではない。教師たちの闘いは、民主主義の発展に
不可欠な道徳的リーダーシップを確立するための闘い、そうしたリーダーシップに従うことの
できる市民たちをつくり出すための闘いだった。彼らは文部省の教師聖職者論にマルクス主義の
教条で対抗し、自分たちを学校労働者と規定したかもしれない。しかし、実際には彼らは、
道徳的リーダーシップを体現すべく努めなければ自分たらは教師と呼ばれるに価しないと
感じていたのである。

///// ウォルフレンを読む ///

85 : ◆znwiARPvOs :2013/07/26(金) NY:AN:NY.AN ID:A+6ppOg2
 
/// なぜ日本は変わらないか 72 ///////

彼らが取り組んでいたのは、剣から杖へのリーダーシップの質的転換という、戦後日本の
最大の課題だった。そして今日の学校と教師の状況がどれほどやるせないものであろうと、
日本人を道徳的リーダーシップの観念に馴染ませるという大仕事に関しては、やはり教師の
役割は決定的なものであろう。立法府の現状を改善するための努力は、もちろん無意味ではない。
しかし長期的には、日本の政治改革は教育改革を出発点とするしかない。市民の教育だけが
この日本の風土において司法の権威と立法の能動性を確立することができ、司法と立法を
手段として体制を変革する市民たちを育てることができる。そしてたとえ天国であっても、
その住民から体制変革の効果的な手段が奪われているような天国は、檻の一種であろう。

//////// 出版社: 窓社 ///

86 :名無しさんの主張:2013/07/27(土) NY:AN:NY.AN ID:???
★議論が行われず、事前の筋書き通りに進む日本の立法府   1

 おかしいのは公選法だけではない
 河野太郎公式ブログ ごまめの歯ぎしり 2013年07月23日 11:50

新しい国会の枠組が決まった。
強い与党のリーダーシップのもと、国会改革もやるべきだ。
もちろん野党の意見も取り入れながらだが。
以前に、ここで公職選挙法の問題をとりあげたが、公職選挙法だけがおかしいのではない。
例えば、国会の本会議の採決で議長が「賛成の諸君の起立を求めます」と声をかけ、賛成の
議員がどっと立つ起立採決。
衆議院本会議の起立採決で、誰が立って(賛成して)、誰が座っていて(反対して)、誰が
棄権したか、実は記録されていない。
本会議が始まる前の議院運営委員会で、各党の理事がその日の議題ごとの(各党の)賛否を
そこで報告していく。
「自民党は賛成」というその報告が記録に残る。だから、議員一人一人の賛否は記録されない。
(「自民党は賛成」というならば「自民党の議員はみんな賛成」という建前だから。)
東日本大震災の後、菅内閣が通常国会の会期を延長しようとしたのに対し、谷垣総裁、
石原幹事長率いる自民党は、会期延長の動議に反対することを決めた。
岩屋毅代議士と私は、こんな非常時に国会を閉じるなんて馬鹿なことがあってはいけないと、
自民党執行部の決定に逆らい、会期延長の採決に賛成した。
それを執行部に咎められて、党紀委員会にかけられ、役職停止一年という処分を食らった。

87 :名無しさんの主張:2013/07/27(土) NY:AN:NY.AN ID:???
★議論が行われず、事前の筋書き通りに進む日本の立法府   2

しかし、もし、我々が党紀委員会で、我々が造反した証拠を示せと突っ張ったら、執行部は
とても困っただろう。国会の公式な記録には、岩屋、河野の造反の記録はないからだ。
もちろん谷垣・石原執行部は誤った対応をしたのであり、我々二人が正しい対応をした
のだから、我々は胸を張って処分を受けたが。
本会議では、異議なし採決というものもある。
議長が本会議で「ご異議ありませんか」と諮って、異議がなければ満場一致ということで
可決される。
本会議前の議院運営委員会で反対する政党がないことがわかった議題については
この異議なし採決が行われる。
かつて綿貫民輔衆議院議長時代に、「鈴木宗男君の議員辞職勧告決議案を議題として
とりあげることにご異議ありませんか」と議長が諮ったことがあった。
鈴木宗男代議士の評価は別として、「議員辞職勧告決議案というもの」に反対する
立場として、私は自席で起立して右手を挙げて大声で、「異議あり」と叫んだ。
綿貫議長は間髪入れず、「ご異議なしと認めます」。
議院運営委員会で「反対がない」ことになれば、本会議で「異議あり」と叫ぶ者が
いても、その者は存在しないことになってしまう。
衆議院では、「呼び出し」という役職があって、本会議での動議はすべて、この
呼び出しが出す。(呼び出しの席には、マイクがあらかじめ設置されている。)
「ギッチョーーーーーーーーーッ」「XX君」「緊急動議を提出いたします。
XXをXXし、XXすることを望みまーーーーす」「XX君の動議にご異議ございませんか。」

88 :名無しさんの主張:2013/07/27(土) NY:AN:NY.AN ID:???
★議論が行われず、事前の筋書き通りに進む日本の立法府   3

(「異議なし」と叫ぶ者あり)「ご異議なしと認めます。よって動議の通り....」
この動議もすべて事前に議院運営委員会で了承された当日の本会議の流れに沿って出される。
その昔、岸田文雄外務大臣も当選二回当時に、この呼び出しをやっていた。
ある日、岸田代議士、動議を出すタイミングを間違えて「ぎっちょーー」とやってしまった。
しかし、議長はこれを完全に無視。何事もなかったように本会議が続いた。
つまり、本会議は事前の筋書き通りに進むのだ。
諸外国の議会と日本の国会のもっとも違うところは、日本の国会では議論が行われない。
メディアが「国会の議論を通じて」などと報道するが、国会で行われているのは、
政府や議員立法の提出者への「質問」であって「議論」ではない。
質問は、質問者に対して答弁者側からの逆質問はできないので、言わば、安全地帯に
いるものが相手を一方的にぶん殴るだけである。
委員会や本会議で「討論」が行われることがたまにあるが、法案の採決の前に、
なぜ(わが党は)その法案に賛成あるいは反対するのかという理由を一方的にしゃべるだけだ。
採決の対象について、一人々々の議員の個人的な意見が述べられることはない。
だいたい本会議での発言の機会というものは、めったに回ってこない。十年間、本会議で
発言する機会がなかったという自民党の議員もそう珍しくない。
私自身、小泉総理の環境サミットの報告に対する質問が一回と外務委員長として委員会で
可決した条約に関する委員長報告が数回。
年に数本の重要な法案については、委員会審議の前に本会議での趣旨説明と質疑が行われる。

89 :名無しさんの主張:2013/07/27(土) NY:AN:NY.AN ID:???
★議論が行われず、事前の筋書き通りに進む日本の立法府   4

しかし、大多数の法案については、いきなり委員会で審議(これも「質問」だけという
ケースが多い。)が始まり、委員会で採決されると、本会議では委員長が委員会審議の
様子を報告する委員長報告というものを数分やり、そのまま採決が行われる。
自民党の場合、委員会での質問に立てるのは、ほんの数人だけだから、ほとんどの議員は、
ある案件について、国会で意見を言うこともできない。
これで国会で審議しているとは言えないのではないか。
与党の場合、そんなことで文句を言うならば、その法案や条約が事前審査される
党本部の部会に来て、そこで意見を言えということになる。
問題は、党本部の部会は、公開されていないということ。
さらに、その場で役人から説明された法案について、その場で意見を言わないと
いけないということ。
何センチもある法案を、お役所はだいたいA4一枚にまとめたもので説明する。
関係者や専門家の意見を聞く機会もない。事前に内容の説明を受けているのは、
族議員と政調審議会、総務会のメンバーだけでは、事前審査も形式的になってしまう。
民主的な統制をしっかり行うためには、今の政府・与党の在り方も変えねばならないし、
国会の運営も変えなければならないのだ。

 河野太郎公式ブログ ごまめの歯ぎしり 2013年07月23日 11:50
http://www.taro.org/2013/07/post-1376.php

90 :名無しさんの主張:2013/07/28(日) NY:AN:NY.AN ID:???
★本当の議論がなく、議案の多数決をするだけの日本の地方議会

竹原信一の市政報告 1  2009/04/26 (日) (抜粋)
(前略)
 私達は学校教育、そしてテレビや新聞を通じて社会の事を知っていると思い込んでいます。
しかし、肝心な事は何も知らされていません。
年金問題や、公務員給与の事など、現実が知らされていれば今のような状態であろうはずが
ありません。これ程大事な事を新聞とテレビは伝えてきませんでした。議会についても
同じです。
皆さんは全議員が集まって、議会としての阿久根の施政方針などを議論していると
お思いでしょう。しかし、そのような話し合いをした事は、いままでただの一度も
ありません。市長が召集した時にだけ来て、議案にケチをつけて賛成、反対の多数決を
するだけです。年間30回ぐらいの仕事で415万円も貰っています。アルバイト程度の
仕事振りです。本来ならば、議会も市長もそれぞれがまっすぐ市民の方を向いて、
あるべき阿久根を議論すべき所です。しかし現実は自分たちのための取引を繰り返しています。
例えば、総額400万円程度の手数料の値上げをする一方では職員に3800万円あまりの
退職金を出しました。市民は日常的に裏切られてきたのです。

http://www5.diary.ne.jp/user/521727/

91 :名無しさんの主張:2013/07/28(日) NY:AN:NY.AN ID:???
★竹原信一 阿久根市長ブログ 住民至上主義
 やればできる、市民参加の大改革 2009/06/06 (土)

松下政経塾月例レポート
(アメリカ地方議会と住民の主権者意識)より抜粋
http://www.mskj.or.jp/getsurei/ohba9707.html

アメリカ デトロイト
市政への不満や要求を、住民は電話一本の予約さえすれば、本会議において誰でも自由に発言ができる。
当然話題も環境、建設、教育、福祉など多岐にわたり、この中から立法化の必要があるものは議員のみの
委員会で審議され、さらに住民、そして専門家も呼んでの公聴会も開かれる。すべてが公開されており、
住民が参加しやすいよう夜7時30分より開催される。私の閑古鳥という予想に反し、この日も
約100人が傍聴席を埋めた。質問者は老若男女を問わず18人、各々制限時間いっぱい発言し、
熱気に溢れるその審議は夜11時まで及んだ。

傍聴して感じたことは、政策の是非に加えて、情報公開と住民の知る権利についての質問や意見が
多かったことである。一例として、ホームレス寮建設に関してだが、どうしてここかという場所選定の
決定過程が不透明性であったこと、また、住民への説明会の事前告知が小さく、かつ遅すぎたため、
殆どの住民がその開催すら知らなかったことに対し、厳しい意見や質問が相次いだ。また、質問者を
よくみると、フリーに加え地元NPO代表が多く登壇し、このまちの地方自治にNPOが大きな役割を
果たしていることを痛感した。

議員は男性6人、女性5人のたった11人、(人口は約20万人)日本でこの人口規模なら35人以上はいるだろう。
議会事務局Jan Chapin氏によれば、選挙は2年ごとに市内18歳以上の有権者の投票で行われる。
議会での党派会派は存在せず、与党も野党もない。もちろん国会議員との系列関係もない。報酬は
毎月730ドル〔約8万4000円〕。商店主、企業経営者、銀行員、学者など多彩な顔ぶれで、
平均年齢は38歳と極めて若い。また、議会の様子は1957年からラジオ放送、81年からはテレビ生中継が
行われ、さらに毎月ごと議会レポートを作成し、全住民に配布している。

http://www5.diary.ne.jp/user/521727/

92 :名無しさんの主張:2013/07/29(月) NY:AN:NY.AN ID:???
★アメリカで、私が学んだこと・・・「自己」を育てる教育  上
松野良一fromBoston

私が留学していたハーバード大学メディカルスクールでも、このクローン羊ドリー事件を巡り
倫理的に許されるかどうかについて、議論が始められていた。私も、生命倫理の授業で、
人間クローンの誕生の可能性について、ディスカッションをさせられたばかりであった。
私が驚いたのは、小学校5年生のクラスで、すぐにこの新しいトピックスについて、
ディベートの授業が行われていたからである。
担任の先生に聞くと、人間のクローンについて、クラスを賛成、反対2班に分け、事前に
インターネットで資料を収集させ、各班に戦略を練らせたという(ボストンの小学校での
インターネットの普及率は7割近い)。
小学校5年生のディベートとはどういうものであったか。実は、ディベートの内容は、
ハーバード大学で行われた内容とほとんど同じであったのだ。これには、本当に驚いた。
生徒たちは、3日間を準備に当て、人間クローンに関する材料をほとんど読破していた。
ディベートの間は、ずっとビデオカメラが回っている。そして、すべてが終了した後に、
録画されたビデオを再生して、全員で寸評し合うのである。最後に、どちらが勝ったかを
挙手によって決める。そして、一番最後に、各班の所属に関係なく、自分の意見を主張する
時間をあたえられるのである。

93 :名無しさんの主張:2013/07/29(月) NY:AN:NY.AN ID:???
★アメリカで、私が学んだこと・・・「自己」を育てる教育  中

この時の担任の先生の助言には、私はアメリカの教育の原点を見たような気がした。
リズという愛称の女生徒が、「私は、トムと同じで、○○・・・」というような発言をした。すると、
担任は「トムと同じというのは、リズはトムのクローンなの。リズ、あなたの意見が聞きたいのよ。
あなただけの意見を」と迫るのである。その生徒は「トムとはここが同じだけど、私は、
○○だと思うの」といい直すと、ようやく担任は「うん、リズの意見が聞けて良かったわ」と答えた。
アメリカの教育は、個人主義という言葉で表現されるけれども、私は日本でいう個人主義とは
大きく違うように思う。1人1人の「個性」を大事にし、「自己」というものを幼年のころから
育て上げていこうというようなことである。
日本は、アメリカの個人主義で、モラルや秩序がなくなったと良く言われるが、それは
間違いのような気がしてならない。日本の個人主義は、公衆道徳を守らない、自己中心的な
感じだが、アメリカの個人主義は、しっかりと物事を考え、発言できる「大人の自己」を
育てる事によって成り立っているものだと思う。
最近日本で起きた伝言ダイヤル事件も、いろいろインターネットなど顔の見えない新しい
メディアが生み出したように報道されているが、私は、根本は日本が「自己」を育てる教育を
してこなかったところに問題があるように思う。現代の日本人の中で、本当に「自己」を
持っている人はどれくらいいるだろうか。高校生や中学生で、自分で考え自分で責任ある
行動が取れるのはどれくらいいるだろうか。付和雷同型、友達がやってるから、というような
「自己喪失型」の人間が、日本ではたくさん育てられているように思う。

94 :名無しさんの主張:2013/07/29(月) NY:AN:NY.AN ID:???
★アメリカで、私が学んだこと・・・「自己」を育てる教育  下

アメリカでは、小学校から「自分の考え、意見」を持つことを教育され、それを発表する
訓練を受ける。アメリカは、集団の中に個性を埋没させがちな日本の教育とは180度違う
教育を施し、「大人の自己」へ向って子供たちを成長させようとしているように思う。
アメリカの大学の授業では、ディスカッションの時間があり、どれくらいそれに参加(Participation)
できるかも、評価の対象になる。単なる講義形式の授業に飼い慣らされた日本人留学生が、
この「参加」に皆惑わされるのは、ただ単に語学力だけの問題ではないように思う。
日本の学校も、そろそろ「大人の自己」に向けて子供たちを成長させるようなカリキュラムを
組んだほうが良いのではないだろうか。窮屈な集団の和だけを説くような教育、公共道徳も
守れないような生徒を生み出しているような教育では、いつまで経っても国際社会では、
日本は子供扱いされる。これからの時代、公衆道徳を持つことは当然のこと、自分で考え、
自分の意見を持ち、自分の責任で行動できる人間を育てる必要があるように思う。

<アドバイス>
自分で考え、自分の意見をもち、それを主張していく訓練というのは、日本でもこれから
重要になると思われる。
さらに、ディベートやプレゼンテーション能力も国際社会では欠かせない。
学校でもこういう授業を組んでも良いのではないだろうか。
留学する人は、必ず「participation」の訓練をしておいたほうが良い。
「I think・・・」とまず切り出せることが大事。

http://www.tbs.co.jp/ryuugaku/old/boston10.html

95 :名無しさんの主張:2013/07/30(火) NY:AN:NY.AN ID:umyjCsic
>>86-94

カレル・ヴァン・ウォルフレンの日本分析のメモ日記のようなスレッドで、
本人の利他的行為に感謝しながら、参考にさせてもらっている。
そこに自分の衝動的な思いだけでスレの趣旨と無関係な内容を投稿されても
混乱させるだけになる。

96 :名無しさんの主張:2013/07/30(火) NY:AN:NY.AN ID:umyjCsic
>>86-94

ここのメモ日記を書かれている同じ方だと思うが、あなたの自己分析に大いに
参考になると思うので、一度目を通してみたらいかがか。

http://uni.2ch.net/test/read.cgi/soc/1368859669/l50

97 : ◆znwiARPvOs :2013/07/30(火) NY:AN:NY.AN ID:21EF6LfH
 
/// なぜ日本は変わらないか 73 ///////

   日本の権力者のアキレス腱としての正統性の問題

 すでに見てきたように、司法と立法がまともに機能するのに必要な正しい秩序をめぐる
認識や道徳的権威が欠けていることは、日本の歴史に深く根ざしている。日本人は異質でも
ユニークでもない。しかし欧米のみならず中国、韓国、フィリピンといった同じアジアの国にも
存在しているような宗教的知的伝統のほぼ完全な欠如という点において、日本の社会には
歴史的な特殊性があるといえる。政冶体制に関するかぎり、日本にあるのはユニークな個性や
文化ではなくて特殊な欠陥なのである。しかしこの欠陥は、権力の行使によって作られたもの
にすぎないのだから、権力行使の在り方を変える知的、道徳的、政治的努力によって克服可能
なものであることを忘れてはならない。

///// 価格:¥1,916 ///

98 : ◆znwiARPvOs :2013/07/31(水) NY:AN:NY.AN ID:z0b54uIY
 
/// なぜ日本は変わらないか 74 ///////

 それでは、日本のいかなる歴史的的特殊性が条件となって、この欠陥が生じたのであろうか?
 まず第一には、日本の地理的孤立が挙げられよう。アジア大陸の東端に孤立した島国であった
ために、日本は長らく国際的な思想や文化の交流の機会に恵まれなかった。こうした地理学的
偶然性は、もちろん日本人の責任ではない。しかし二〇世紀の今日になってもなお、孤立した
島国という地理学的条件のために生じた思想や政治体制のヒズミを直せないのだとしたら、
そんな民族は文明国民の名に価しない。

///// 関 曠野 (編集) ///

99 : ◆znwiARPvOs :2013/08/02(金) NY:AN:NY.AN ID:5A0oRYs2
 
/// なぜ日本は変わらないか 75 ///////

 もう一つ決定的だったのは、帝政中国の圧倒的な影響である。そもそも「日本」という国名自体、
中国から見て日の出の方角にある国を意味する中国中心主義の産物である。本居宣長は古代の
詩歌の中に中国人の理屈っぽい漢心と対照的な日本人のあかき心が見いだされると信じたが、
和歌の詩型は漢詩の影響なくしては考えられないものであり、中国の影響はそれほど圧倒的な
ものだった。そのために、古代日本を支配していた族長たちの国産の政冶的神話を発展させよう
とした試みは不可能になってしまった。ウォルフレン氏はその種の試みがうまくいったかどうかは
明らかではないとしているが(『謎』下巻、一二一ページ)、私としては神道は胎児期に外部から
大きな衝撃を受けたために流産してしまった宗教とみたほうがよいと思う。そして「古事記」や
「日本書記」も、当峙の国際情勢に対応するために外交目的であわててでっちあげられた
プロパガンダ文書にすぎず、そこに一貫性のある神学を求めても無駄である。

///// 1996年5月出版 ///

100 : ◆znwiARPvOs :2013/08/04(日) NY:AN:NY.AN ID:5G9XzFo6
 
/// なぜ日本は変わらないか 76 ///////

しかし神道こそ日本の支配者にその権力の正統性を保証する神話となるはずのものであったから、
その後も何回となく北畠親房や平田篤胤らによって、雑然とした伝承から神学をつくり出す
試みが重ねられたが、流産した宗教が生き返ることはなかった。こうして日本の権力者は、
支配の正統性という問題をめぐって解決しようのないトラブルをかかえることになった。
彼らはやむをえず神道が流産する原因となった中国渡来の仏教や儒教を使ってもトラブルに
対処しようとしたが、まったくの政治的便宜主義によって神仏儒の三者を使い分けたことは、
長期的には正統性問題の解決を絶望的なものにした。力によって制するしかない不安定さが
日本の権力の特徴となった。

///// ウォルフレンを読む ///

101 : ◆znwiARPvOs :2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN ID:0BTyirnQ
 
/// なぜ日本は変わらないか 77 ///////

 さらに日本が八世紀に律令国家体制をつくったことも、日本の政冶文化に大きなヒズミを
もたらした。半ば未開の国だった日本に、当時の世界で最も完成された統治システムが先進国
中国から外形だけ真似て導入されたことは、日本人が自力で道徳的思索を重ねながら政治文化を
つくりあげる必要をなくしてしまった。中国の統冶システムは、孔子のような思想家による
長期にわたる政治教育の所産だったが、日本は制度が形成される過程をぬきに完成された制度
だけを輸入した。その結果、やたらと制度と権力を偏重する事大主義的な傾向が、それ以後の
日本の政冶風土を特徴づけることになった。また日中の歴史と国情の途方もない違いを無視して
中国型国家体制が導入されたことは、日本の政治風土のもうひとつの特徴であるタテマエと
ホンネの使い分けが生まれる遠因となった。

//////// 出版社: 窓社 ///

102 : ◆znwiARPvOs :2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:SHGjvjyS
 
/// なぜ日本は変わらないか 78 ///////

すでに八世紀の時点で天皇の権威と権力はまったくのタテマエであり政治の実権は豪族の手に
あった。そのうえ中国の国家体制は春秋戦国時代の暴力と無秩序を政治教育によって克服する
試みを意味していたのに、遅れた日本はまるで映画フィルムのリールを巻き戻すように、
これから国土の開発と土地所有権をめぐる内戦の時代に入ろうとしていた。こうして公家を
押しのけて武装せる土地開発業者ともいうべき武士が擡頭し、日本は世界でも例がないほど
政冶が軍事に還元される国になった。この武家支配の行きついた先は、古代エジプトにでも
比すべき徳川幕府の徹底的な保守主義であり、しきたりに違反することはすべて重大な刑事犯罪
とみなされるような一種の封建的警察国家だった。

///// 価格:¥1,916 ///

103 : ◆znwiARPvOs :2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:CrgIzJH0
 
/// なぜ日本は変わらないか 79 ///////

先述したように、軍事的リーダーシップは必然的にこうした保守主義を生む。そしてこの保守主義は、
制覇という目的を達成した暴力のヘーゲル的自己否定であるかぎりにおいて、ある種の道徳の実践
でもあるかのように見せかけることができる。事実、徳川幕府は権力者に対する軍隊的服従の代償
として与えられる保護と安全という、軍事的リーダーシップの表現にすぎないものを、イエの論理
として道徳用語で表現した。だから権力の行使を文化の表現といいくるめる日本の権力者の習慣は、
徳川幕府とともに始まるのである。日本ではいまだに、徳川期の日本には中韓両国並みの儒教的
政治文化があったかのような言説がまかり通っているが、ハーマン・ウームズが『徳川イデオロギー』
の中で指摘しているように(Herman Ooms "tokugawa Ideology," Princeton University Press,
1985, p76.)、これは当時の御用知識人林羅山の家康に対するゴマスリ的宣伝文句を後世の学者が
鵜呑みにしたせいであろう。

///// 関 曠野 (編集) ///

104 : ◆znwiARPvOs :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:pJVX4GH/
 
/// なぜ日本は変わらないか 80 ///////

幕府はその権力を特定の思想によって正当化する必要を感じておらず、その保守主義を正当化
してくれる権力の道具としての思想ならどんな思想でもよかったのである。ただし徳川期には
民間の一部に伊藤仁斎などの儒教的リベラリズムの芽生えがあったこと、および幕藩体制の
危機の深まりとともに儒教による体制のイデオロギー的再構築か図られたことは事実である。
そして僅かばかり本格的な儒教の種が播かれただけで、たちまち「仁政」が農民一揆の合い言葉
になったことに、支配の正統性の問題が日本の権力者のアキレス腱であることがくっきりと
示されている。

///// 1996年5月出版 ///

105 : ◆znwiARPvOs :2013/08/16(金) NY:AN:NY.AN ID:eItqBmXd
 
/// なぜ日本は変わらないか 81 ///////

この問題が体制の重大な危機にまで発展したのは、島原の乱においてであった。幕府の
鎖国政策にはさまざまな権力政治上の理由もあったろうが、水も漏らさぬ鎖国体制がしかれた
最大の要因は、島原の乱がもたらした衝撃にあった。いかなるこの世の人間も主人としない
超越的人格神への信仰に支えられた農民反乱のすさまじさは、成立してまもない幕府を
震撼させた。ゆえに幕府はこれ以後、思想に対しても鎖国体制をしき、神仏儒の伝統を体制の
イデオロギーというよりキリスト教の流入を阻止するための魔よけの呪文として使ったのである。
徳川幕府に思想があったとすれば、それは、キリスト教だけはなんとしても排撃しなければ
ならないという思想であった。

///// ウォルフレンを読む ///

106 : ◆znwiARPvOs :2013/08/18(日) NY:AN:NY.AN ID:R4WTCHG5
 
/// 窓社 (1996/05発行) //////////

 ウォルフレンを読む
 関 曠野(編集)

出版社: 窓社 (1996/05) 単行本: 292ページ 価格:¥1,916
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107 : ◆znwiARPvOs :2013/08/19(月) NY:AN:NY.AN ID:etYMpT58
 
/// なぜ日本は変わらないか 82 ///////

   明治維新とはなんであったのか

 しかしながら、近代日本の<システム>は、徳川幕府の遺産をそっくり受け継いで成立した
ものではない。<システム>はあくまで明治国家の産物であり、ゆえにこの国家が日本の過去から
何をどのように継承したのかが問題になる。ウォルフレン氏は一連の習作において、明冶国家の
内奥には民衆に対する権力者の深い不信と恐怖があるとして、その体制をきびしく批判して
いるが(例えば『謎』上巻、三一六ページ、『幸福』一三八、三三六ページ)、この国家を
生んだ明治維新そのものは批判の対象とはしていない。

//////// 出版社: 窓社 ///

108 : ◆znwiARPvOs :2013/08/21(水) NY:AN:NY.AN ID:gaSvklQ/
 
/// なぜ日本は変わらないか 83 ///////

 しかし、維新なしには明冶国家の体質はありえない以上、ここで私は氏の議論を一歩進め、
維新とはいったい何であったのかを改めて問題にしてみたいと思う。
 一般に日本では、明治維新は日本の近代化を成功させた栄光にみちた出来事として回想され、
「維新」なる語の本来の意味がお上の命令によるすべての一新にあったことなど忘れられて
いるのが普通である。こうした肯定的評価は、政治的事業としての明治維新と文明開化の
過程一般が混同されているせいである。

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109 :名無しさんの主張:2013/08/23(金) NY:AN:NY.AN ID:???
★波紋を呼ぶ前内閣法制局長官の発言。やはり日本では三権分立は無理なのか?   1
 ニュースの教科書 2013年8月22日

 前内閣法制局長官で最高裁判事に任命された山本庸幸氏は21日、記者会見において「政府に
よる憲法解釈の見直しによって集団的自衛権の行使を認めることは困難」という見解を示した。
最高裁の判事が憲法解釈という重大事案について裁判以外の場所で個人的見解を示すことは
異例であり、山本氏の発言は大きな波紋を呼んでいる。菅官房長官は「非常に違和感を感じる」
と不快感を表明した。
 今回の発言は、最高裁判事として裁判以外の場所でどこまで個人的な発言が許されるのか
という問題に加え、山本氏が前内閣法制局長官であるという点でさらに状況を複雑にしている。
秋の臨時国会における憲法解釈論議にも影響を与えそうだ。
 山本氏は就任の記者会見において「政府解釈の見直しで集団的自衛権の行使を認めることは
非常に難しい」と述べ、さらに「集団的自衛権を実現するためには、憲法改正をした方が適切だ」
との見方を示した。
 最高裁は法律が憲法に違反していないのかを判断する違憲立法審査権を有している。だが
それはあくまで判例を通じて実施するものであり、裁判官個人が憲法解釈について自由に発言して
よいということを意味しているわけではない。政治家とは異なり、裁判官は専門職であり、
国民から選ばれた人物ではないからだ(最高裁判事の国民審査は政治家の選挙とは異なる)。
この点で菅氏の指摘は正しいといってよいだろう。
 裁判官はこの状況をよく理解しているがゆえに、これまで裁判の場以外において個人的な
見解を示すことはほとんどなかった。今回の山本氏の発言はまさに異例中の異例ということになる。

110 :名無しさんの主張:2013/08/23(金) NY:AN:NY.AN ID:???
★波紋を呼ぶ前内閣法制局長官の発言。やはり日本では三権分立は無理なのか?   2

 さらに問題なのが、山本氏の前職が内閣法制局長官であるという点だ。日本は官僚主導の
国家であり、三権分立があまり機能していない。内閣法制局は、日本の憲法解釈を事実上
担ってきた官庁だが、それは議員立法がほとんどなく、議会制民主主義が未成熟であることの
象徴でもあった(本誌記事「憲法解釈の見直しに、何故か内閣法制局が障壁となっていた
日本の不思議」参照)。
 それでも内閣法制局の見解が一定の権威を持っていたのは、総理大臣をはじめとする選挙で
選ばれた政治家による政治判断がその背後に存在したからである。菅氏が説明する通り、
憲法解釈の権限は、判例が確定するまでの間は、選挙で選ばれた政治家によって構成される
内閣にあるのであって、公務員の集団である内閣法制局にあるわけではない。
 内閣法制局の職員は、あくまで政治家のスタッフであり、極論を言えば、憲法解釈において
個人的見解を持ってはいけないのである。行政府の人間で職務上、憲法に関して私見を持って
良いのは、選挙で選ばれた政治家のみである。
 山本氏の発言は、最高裁判事としてのものなのか、前内閣法制局長としてのものなのか
定かではないが、いずれにしても、その発言には問題がありそうだ。
 最高裁判事としての発言であれば、判例をもって見解を示すという司法の原則を逸脱して
いるし、前内閣法制局長官としてのものならば、現在は職務を離れている以上、コメントする
立場にはないはずである。行政府から最高裁判事という人事そのものは必ずしも否定すべき
ものではないが、行政府にいた人物が容易に最高裁に移り、個人的な憲法解釈を披露できる
土壌というのは、かなり異様である。

 ニュースの教科書 2013年8月22日
http://news.kyokasho.biz/archives/16166

111 : ◆znwiARPvOs :2013/08/24(土) NY:AN:NY.AN ID:iYENkzJh
 
/// なぜ日本は変わらないか 84 ///////

 しかし、文明開化は咸臨丸の航海をみてもわかるように幕府によって開始された過程であり、
開化の成功も徳川後期の社会に蓄積されたポテンシャルや民間のイニシアティブに負うところが
大である。明治政的が幕府よりうまく文明開化を推進しえたという証拠はないし、むしろ
この政府の本質は開化があたかも政府の民衆に対する恩恵から生じたかのように見せかけ、
文明開化を民衆の教導に利用したことにあったと思われる、今日、必要なことは、明治国家が
振りまいたこうした錯覚から脱却し、維新を一つの純粋に政治的な事業として評価し直すこと
である。そして、この視点から改めて維新の過程を振り返ってみると、一つのきわめて印象的な
事実が浮かびあがってくる。それは、大政奉還から廃藩置県や秩禄処分にいたるまで世界史上にも
そう例がないような革命的変革が大した流血もなしに遂行されたという、維新の過程の驚くべき
スムーズさてある。当時の社会全体に共有されたなんらかの合意なしには、この種の“平和革命”の
成功は説明できないであろう。

///// 関 曠野 (編集) ///

112 : ◆znwiARPvOs :2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN ID:GcmVzguM
 
/// なぜ日本は変わらないか 85 ///////

 まさしく、そうした合意は存在した。それは欧州列強がインド、ビルマ、ベトナムを
次々に植民地化し阿片戦争以来中国に進出するという国際情勢から生じた、日本は列強による
植民地化の脅成に直面しているという恐怖感、民族の独立と安全が脅かされているという
恐怖感の共有がもたらした合意だった。もちろんこれは新しい見解ではない。ただ私が
強調したいのは、欧州列強の東アジア進出から日本人が受けた心理的ショックの大きさ
なのである。このショックの大きさを考慮に入れなければ、維新の過程の異例のスムーズさは
おそらく理解できないだろう。

///// 1996年5月出版 ///

113 : ◆0JFEyIQD1s :2013/08/27(火) NY:AN:NY.AN ID:lCD2GR9Y
 
/// なぜ日本は変わらないか 86 ///////

 例えば、大政奉還前後の状況など実に不思議である。なぜ支配層の大勢が充分に道理のある
公武合体の方向で固まっていたのに、大久保、岩倉ら極少数派の強引な倒幕クーデターが
まかり通ったのか?なぜ幕府がかなりの余力を残してへなへなと崩壊し、勝海舟が江戸城
明け渡しの手びきをするにいたったのか?
 これは、暗黙の恐怖感に支配された世界においては大多数の人間が政治的能動性を失い、
安全や生存を大義名分とした一部の人間の強引な行動が状況をリードするということではないのか?

///// ウォルフレンを読む ///

114 : ◆0JFEyIQD1s :2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN ID:aKDVMQFF
 
/// なぜ日本は変わらないか 87 ///////

 つまり私見では、前述の心理的ショック下の幕末の社会を条件として維新は可能になった
のである。日本人は伝統的に中国を世界の中心とみなしてきたから、阿片戦争における清帝国の
敗北が強烈なショックとなったであろうことは想像するにかたくない。黒船以前の日本の
国際政治上の経験といえば、蒙古襲来と秀吉の朝鮮出兵しかなかったこともショックの一因
となりえたであろう。
 そして列強に対する恐怖感を除けば、倒幕派を行動に駆り立てたものは党派的な権力欲でしか
なかった。だから彼らが維新によってでっちあげた明治政府は、思想も理念もない中身が
がらんどうの政府にすぎなかった。このことは、倒幕の立役者西郷隆盛が維新後に脱け殻の
ような人間になってしまったことによく示されている。

//////// 出版社: 窓社 ///

115 : ◆0JFEyIQD1s :2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN ID:q3DK5kcD
 
/// なぜ日本は変わらないか 88 ///////

がらんどうの中身は、さしあたり天皇と神道で埋めねばならなかった。そして新政府を
憂慮させたのは、徳川幕府が幕末に播いた種だった。黒船の来航を国家的重大事態と見た
老中の阿部正弘は一八五三年に、ペリーの艦隊か携えてきた開国を求める米国の国書に対して
身分の上下を問わず広く国中から意見や提案を求めるという措置をとった。これに対しては、
吉原の遊郭のオヤジをふくむ各層から回答が寄せられた。そしてこの頃から幕府は盛んに
「公議興論」とか「天下公共の道理」といった言足を使うようになる。こともあろうに
幕府の官僚がこうした言葉をロにするとは恐れ入るが、この事実はまた、公論による統治
という市民的でリベラルな政治理念が決して西欧の特産物などでないことを鮮やかに示して
いる。

///// 価格:¥1,916 ///

116 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/01(日) 10:03:22.68 ID:zdEhn6SH
 
/// なぜ日本は変わらないか 89 ///////

こうして幕府が維新までに公議興論という言葉を世に広めてしまったために、新政府は
引っこみがつかなくなってしまった。そこで木戸、岩倉らは姑息にも、天皇に人民の前
ではなく神前で「万機公論ニ決スベシ」と誓わせることで問題を厄払いしようとしたが、
自由民権運動がこの天皇の誓文を逆手にとってフルに活用することは阻止できなかった。
そして中身ががらんどうの明治政府のアイデンティティは、権力奪取と政府樹立の後で
つくられていくことになった。すなわち明治国家は、維新前後に全国を揺るがした農民一揆と
それにつづく自由民権運動を制圧する過程、そして教育による思想統制を確立してゆく
過程をつうじて、一歩一歩そのアイデンティティを創出していったのである。当時の庶民が
「上からは明冶だなどといふけれど、おさまるめいと下からは読む」と詠んだのも当然の
ことだった。

///// 関 曠野 (編集) ///

117 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/03(火) 22:01:10.83 ID:eWGRpLjZ
 
/// なぜ日本は変わらないか 90 ///////

 ところで明治維新を評価するうえで決定的なことは、維新の暗黙の前提になっていた
列強による日本の植民地化の脅威はまったく存在しなかったことである。ロシアもふくめて、
火山だらけの貧しい島国をわざわざ苦労して征服しようと考えた国は一つもなかった。
それだけではない。日本人の危機感が煽られる原因となった中国においてさえ、植民地化の
脅威は存在しなかった。外国人の租界や居留地はできたが、押しかけてきた「蛮族」に
自治的なな居留地を与えて税金をとるのは帝政中国の昔からの慣行であり、さらに列強諸国は
中国人が属領化に甘んずるような民族でないことを認識していた。しかし日本人の心理的
ショックから生まれた、事実に反する植民地化の恐怖という錯覚こそが、明治維新を可能に
したばかりか、その後の日本帝国の膨張主義を正当化することになった。

///// 1996年5月出版 ///

118 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/05(木) 21:29:24.99 ID:BOPz6DGS
 
/// なぜ日本は変わらないか 91 ///////

近代日本の支配層は、帝国主義諸国による包囲を口実に独裁やテロを正当化したスターリンに
よく似た手口を使ったのである。明治初年の日本人が主権を問題にしていたあいだは、有司専制の
国権か人民の民権かをめぐって活発な論争が展開されたが、やがて山県有朋か利益線の論理を
主張し始めると論争は焦点を失ってしまい、帝国主義的な勢力圏の論理は琉球処分、日清戦争、
日韓併合へとつながっていった。おそらく士族出身の自由民権論者も心理的ショックに無縁では
なかったのだ。こうして明治の日本は、根拠のない被害者意識に基づく帝国主義、植民地主義
という奇妙な代物の生みの親となった。日清戦争の空しい成果は、そうした帝国主義の行く末を
暗示していた。そして今日なお保守系の閣僚が日本の戦争や植民地主義について再三“失言”を
繰り返して懲りない理由は、この被害者意識に基づく帝国主義にある。被害者なら自分のしたこと
について反省する必要はない。彼らは失言することで、明治国家の理念を再確認しているのである。

///// ウォルフレンを読む ///

119 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/06(金) 20:27:01.43 ID:ohLPuqXQ
 
/// なぜ日本は変わらないか 92 ///////

 そして明治維新は、結局どのような国家をつくり出したであろうか? 維新の目的は、民族の
独立と安全だった。しかし近代日本の権カエリートは、維新でしかれた富国強兵の軌道に乗って、
異常に外部からの打撃に弱い人口過剰の無資源国をつくり出した。この傷つきやすさこそ、
近代日本国家の一大特徴である。第一次大戦に際しての昭和天皇の宣戦の詔勅は経済封鎖の脅威を
強調していだが、国家の傷つきやすさのゆえに、戦前のABCD包囲陣や戦後の石油ショックは
繰り返し日本の権カエリートをヒステリー状態に陥れる。実際、日本は、庶民はそれなりに常識ある
リアリストなのに権カエリートは恒常的にヒステリー状態という、世界にも稀な国である。

//////// 出版社: 窓社 ///

120 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/08(日) 07:01:56.17 ID:wMKIrvou
 
/// なぜ日本は変わらないか 93 ///////

だから日本ほどエリートの権力に対する民衆の統制が必要な国はない。この国には常に、エリートの
ヒステリーによって破局に直面する可能性が存在しているのだ。そして政治的事業はその本来の
政冶目標を達成しえたかどうかで評価すべきであるならば、民族の独立と安全を目標としながら
異常に傷つきやすい国をつくり出した明治維新は、完全な失敗としなければならない。維新を
国民的栄光に包まれた出来事などと信じているようでは、われわれはレーニン一派のクーデターを
「十月革命」などと思いこまされてきた旧ソ連の市民と選ぶところがない。

///// 価格:¥1,916 ///

121 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/09(月) 21:34:12.73 ID:HWbKRBSI
 
/// なぜ日本は変わらないか 94 ///////

 それでは明治以来の国策がつくり出した傷つきやすい人口過剰の無資源国日本は、<システム>
によって使い捨てられる不幸な人間として生きることを日本人の宿命とするものであろうか? 
そんなことはない。日本の傷つきやすさは、力しか信じないエリートがひたすら力によって
保証された安全を追求してきたことの皮肉な結果なのである。そして政治とは何よりも、一見
宿命に見えるものを自由への機会に変える英知であり技術なのだ。人口過剰の無資源国という
ことなら、ウォルフレン氏の母国オランダもそうである。しかしオランダは、軍隊にさえ
労働組合があるような成熟した民主主義国として名高い。

///// 関 曠野 (編集) ///

122 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/11(水) 20:07:05.03 ID:q7JY+2zb
 
/// なぜ日本は変わらないか 95 ///////

オランダにかぎらず、スイス、ベルギー、デンマーク、スウェーデンといった欧州の小国は、
その宿命的な傷つきやすさを民主主義の徹底がもたらす国民の団結、国際協調そして法と正義に
基づく国際秩序を実現するための努力によって相殺してきた。実際、大国にとっても、民主主義と
国際正義以外に国家の安全という問題を究極的に解決する方策はないのである。そして明治の
日本においても、日本が背のびした富国強兵策に列強という国際強盗団に仲間入りしようとして
いることをきびしく批判し、道義に大なる小国たるべしと説く声は少なからずあった。その一人
中江兆民はいう。

///// 1996年5月出版 ///

123 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/13(金) 22:05:49.62 ID:3GxyvdWS
 
/// なぜ日本は変わらないか 96 ///////

 「もしそれさい爾たる小国にして敢て大国のために傚ふときは、何を以て日を保つことを得ん。
顧ふに小国の自ら恃みてその独立を保つ所以の者は他策なし、信義を堅守して動かず、道義の
ある所は大国といへどもこれを畏れず、小国といへどもこれを侮らず、彼れもし不義の師を以て
我れに加ふるあるか挙国焦土となるも戦ふべくして降るべからず。隣国内訌あるも妄りに兵を
挙げてこれを伐たず。いはんやその小弱の国の如きは宜しく容れてこれを愛し、それをして
徐々に進歩の途に向はしむべし。外交の道唯これあるのみ。
 かく論ずるときは世の英雄手段を喜ぶ者必ずいはん、公らの論は陣々腐々実に聴くに堪えず、
しかのみならず儒生学士の常話にして国家の上においては決で用ゆべからずと。ああ曷ぞ
それしからん、欧米諸国の中もまた現に吾濟の旨趣とする所を実行する者あり。その諸国は
何とかいふ、曰く小国にありては瑞西、白耳義、荷蘭即ちこれなり。大国にありては北米聯邦
即ちこれのみ。彼の英仏虎狼の国は何ぞ則とるに足らんや」(「論外交」、松永昌三編
『中江兆民評論集』岩波文庫、一二四ページ)。

///// ウォルフレンを読む ///

124 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/14(土) 14:58:31.84 ID:zTYZpSH2
 
/// なぜ日本は変わらないか 97 ///////

 そして、日露戦争によって日本が虎狼の国になった後にも、こうした声は絶えることが
なかった。この戦争への抗議の意志をこめて、キリスト者内村鑑三は「デンマルク国の話」
を書き、社会主義者の安部磯雄は「地上の理想国スイス」を世に問うた。正統的自由主義の
立場から日本の中国進出に反対した石橋湛山の小日本主義も忘れてはならないだろう。
これにひきかえ経済大国などという醜悪な言葉がまかり通っている戦後の現状は、異常
というしかない。そして宿命としてのシステムに支配されたこの現状は、明治維新を失敗と
認めてすべてをゼロからやり直すことによってしか克服されえないのである。

//////// 出版社: 窓社 ///

125 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/15(日) 19:32:52.51 ID:1hCHvavw
 
/// なぜ日本は変わらないか 98 ///////

    日本に民主主義の倫理的基盤が確立しない理由

 日本の政治風土は権力を至上の価値としてきた。この点では、日本人は色即是空の仏教的
相対主義者だというのは真赤な嘘である。システムは、この世の地位や権力という相対的な
実在が絶対視され、超越的正義をめぐる緊張した問いかけが存在しないところ、垂範的
問題提起的リーダーシップが欠如したところに生ずる。そして近代日本において、この世の
権力に究極の価値はないことを痛切に悟った最初の人々は、維新で敗者となった旧幕臣だった。
近代日本のキリスト教、社会主義、労働運動および批判的ジャーナリズムは旧幕臣系の
人々によって創始された。そして明治国家に対し、「日本はユダヤ=キリスト教的伝統を
受容することなしにまともな近代国家をつくりうるか」という重大な開いを突きつけたのも
彼らだった。

///// 価格:¥1,916 ///

126 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/16(月) 12:28:04.09 ID:7V+REn8X
 
/// なぜ日本は変わらないか 99 ///////

 中村正直や内村鑑三に代表されるこの問いは、欧化という時代の風潮に感化されて出てきた
ものではない。彼らは、すでに幕末に偉大な儒教リベラル横川小楠が提起していた問題を
継承していたのであり、日本の政治風土から内発的に出てきた問いを発していたのである。
小楠は筧一線の政治家にして思想家でもあるという日本では稀有な存在であり、パワーブローカー
ばかりの維新の執行部の中で唯一人、維新に思想と理念を与えることができたはずの人間だった。
彼は儒教に内在するリベラルな伝統を踏まえたうえでのキリスト教との対話を考えていた。
この小楠がキリスト教への好意のゆえに明治初年に暗殺されたことは、おそらく近代日本にとって
取り返しのつかない損失だった。

///// 関 曠野 (編集) ///

127 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/17(火) 22:25:28.64 ID:qGboiAjU
 
/// なぜ日本は変わらないか 100 ///////

 マッカーサー元師は日本国民がそろってキリスト教に改宗しなければ日本に民主主義は
根づかないと信じたが、改示は不可欠ではない。だが小楠が志向したような対話は必要である。
というのも近代国家はユダヤ教やキリスト教会の政治的遺産のうえに成立しており、それを
ぬきにしては近代的な憲法や民法の精神も三権分立の原則も理解不可能だからである。これは
キリスト教びいきとか西洋中心主義といった開題ではない。この事実を認めたくなければ、
日本人は幕藩体制にでも戻るしかない。横井小楠が洞察していたように、日本の開国と近代化には
一つの倫理的決断が潜在していたのである。そして明治のキリスト者と同じくらいこのことを
よく理解していたのは、明治の元老伊藤博文だった。

///// 1996年5月出版 ///

128 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/20(金) 20:54:30.90 ID:3yDryVGs
 
/// なぜ日本は変わらないか 101 ///////

だからこそ伊藤は、キリスト教の代わりに国家神道、モーセの十戒の代わりに教育勅語を
でっちあげ、この両者を防波堤としてユダヤ=キリスト教的伝統なしのまがい物の近代国民国家、
つまり<システム>をつくったのである。してみれば伊藤や山県がこしらえた天皇制国家の
自滅と敗戦は、日本人がユダヤ=キリスト教的伝統との対話を再開し開国と近代化を一つの
倫理的決断として再確認する好機だったはずである。だが敗戦は国民的な自覚と反省の契機
とはならなかった。その倫理的使命を完うする好機が到来したにもかかわらず、皇国の臣民
として戦争に協力し信仰をないがしろにしたキリスト教界の威信は地に堕ちていた。キリスト教の
威信の失墜は、戦後民主主義の発展にとって大きな打撃となった。

///// ウォルフレンを読む ///

129 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/21(土) 19:49:45.97 ID:z43U7voi
 
/// なぜ日本は変わらないか 102 ///////

そして天皇制国家に対する闘いでキリスト者に代わって殉教者や聖者を出したのは、共産主義者
だった。それゆえに戦後の一時期、共産党は宗教的信仰の対象となり、とくに知識人のあいだでは
党は法王庁のような権威を持っていた。ウォルフレン氏が認めるように(『謎』上巻、一五八ページ)、
日本の左翼の最良の部分は冷血なスターリン主義者などではなく真にリベラルな精神の持ち主だった
ことは確かである。だがマルクス主義はさまざまな悪影響も残した。日本人の法意識の変革が
必要な時代に、法はブルジョア支配の上部構造とするマルクスの経済決定論は有害な影響を及ぼした。

//////// 出版社: 窓社 ///

130 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/22(日) 09:51:54.99 ID:Fbnwv3Ze
 
/// なぜ日本は変わらないか 103 ///////

近代西欧のブルジョアジーが法の支配と政治的自由という西洋の古い伝統を自分たちの階級利益の
促進のために使ったことは事実である。しかしマルクス主義者が見落したことは、まさにそのために
ブルジョアジーは古く偉大な伝統にさまざまな形で拘束されることを余儀なくされたことである。
経済的自由は古く良き政治的自由から近代になって派生したものにすぎず、ゆえに政治的自由を
害するような場合には統制の対象になるのだ。やたらと「科学」や「理論」を強調するマルクス
主義者の主知主義的スコラ的な傾向も、民生生義の倫理的基盤の確立という時代の課題に水をさす
ものだった。

///// 価格:¥1,916 ///

131 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/23(月) 08:24:45.69 ID:J1PI0iP7
 
/// なぜ日本は変わらないか 104 ///////

そしてマルクス流の階級闘争論は、軍事的発想を好む日本人の伝統的体質に大いに迎合する
ところがあり、それだけ市民的政治文化の発展に対する障害となった。だが一番の問題は、
戦前の天皇制国家に対するマルクス主義者の教条的、党派的、スコラ的な分析が、五○年代の
大事な時期に、明冶国家という過去を克服するための具体的なプログラムを民衆に提起できなかった
ことであろう。彼らは占領軍の民主化政策と新憲法によって日本も近代国家の仲間入りをした
と思いこんでいた。不毛でアカデミックな主知主義に自足していた彼らは、伊藤博文ほどにも
近代国家におけるユダヤ=キリスト教的伝統の意味を理解していなかった。戦争協力による
キリスト教界の失権がなければ、たんなる知的研鑽や啓蒙だけで民主主義が実現できるという
錯覚が、これほど戦後日本に広まることはなかったであろう。

///// 関 曠野 (編集) ///

132 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/24(火) 20:51:57.30 ID:YWL4utx8
 
/// なぜ日本は変わらないか 105 ///////

    権威と権力ならびに善と悪の区分欠く日本

 権力をめぐるウォルフレン氏の考察は、五世紀のローマ法王ゲラシウス一世の説に負う
ところが大きい(『謎』上巻、三五一ページ)。ローマ帝国が崩壊しゲルマン人が国家を
つくり始めた西洋史上の大転換期に、この法王は権威auctoritasと権力potestasをを区別する
必要を説き、この説は後の西欧の政治理論の定礎となった。西欧の政治理論は、この世には
権力、支配、強制といった事実があることをはっきりと認め、だからこそ権力を行使する者は
きびしい道徳的責任を自覚し道徳的権威に服従しなければならないとする。そしてユダヤ=
キリスト教的伝統においては神だけが唯一の権威であるから、これは、権力者の法の上に
神の掟である愛と正義の原則があることを意味する。

///// 1996年5月出版 ///

133 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/26(木) 22:51:51.46 ID:UybTr5wA
 
/// なぜ日本は変わらないか 106 ///////

法は、権力の行使と道徳の間にある緊張を表現するものにほかならない。日本では近代国家の
原則である政教分離はひたすら世俗国家を肯定するものと受けとられがちなのだが、宗教改革の
所産であるこの原則も、西欧の政治史をつらぬく聖と俗の間の緊張ぬきには理解できるもの
ではない。近代の世俗国家は、権力者と市民の双方がきびしい道徳的責任感を共有している
ことを前提として成立しているのである。そしてこうした権威と権力の間の緊張関係は、
おそらく旧約聖書の『サムエル記』に遡る。聖書によれば、カナンの地に定住したヘブライ人たちが
周囲の危険な大国から身を守るため王を選出しようとしたとき、神ヤハウエは預言者サムエルの
口をつうじて、王権という彼らの選択を罪と断じた。なぜならば、王とは民を奴隷にして税金を
絞りとり戦争をする者のことだからである。そして神は、王が神の掟に服従し神に奉仕する者
となることを条件としてのみ王権を認めたのである。

///// ウォルフレンを読む ///

134 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/28(土) 08:43:25.14 ID:knuo4EPI
 
/// なぜ日本は変わらないか 107 ///////

 権力がこうした道徳的に正しい秩序をめぐる認識によって統制されない場合には、社会は
なんらかの形でインドにその典型が見られるようなカースト制によって秩序づけられる。
インドの場合、ヒンドゥー教はカースト制を正当化する宗教、仏教は解脱の論理によって
カースト制を補完する宗教といえよう。これに対し超越的普遍的な正しい秩序についての
思想として歴史的に大きな影響を及ぼしたのは、儒教とユダヤ教、中国人の「天」とヘブライ人
「唯一なる超越的人格神」という思想である。天とは、天下は誰のものでもなく人間は基本的に
平等であり皇帝の権力は天命に左右されるという一種の自然法的正義の思想である。

//////// 出版社: 窓社 ///

135 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/29(日) 07:54:09.94 ID:SFF6qwu1
 
/// なぜ日本は変わらないか 108 ///////

日本の天皇制は、天というこの危険な思想を無意味なものにすることをその歴史的な使命と
していた。天皇制が表現していたのは、天下は私物化でき人間には生まれながらに貴賤の
差があり権力者への不服従は神に逆らうことに等しいという思想だった。そして丸山真男が
すでに指摘しているように、幕末の開国に際して日本人は、この中国渡来の天とか天道という
思想を導きの糸としで国際法というものを何とか理解しえたのである。しかし儒教的な天の
原理の限界は、それが基本的に既成秩序の安定と均衡を志向する原理だったことである。
なるほどこの原理は易姓革命を可能にしたかもしれないが、革命が意図したのは帝国の統一と
安定の回復であって体制のラディカルな変革ではなかった。

///// 価格:¥1,916 ///

136 : ◆0JFEyIQD1s :2013/09/30(月) 20:37:26.55 ID:rYTbelpO
 
/// なぜ日本は変わらないか 109 ///////

 これと対照的にヘブライ人が常に変化と変革に向う正義の思想を生み出したことは、彼らが
中国人のような帝国の建設者ではなく反対に凶悪な大国に圧迫される小民族だったことに
関係していよう。彼らの神ヤウハエは造物主であり、世界を創造しただけでなく人間をみな
平等に人格をそなえた神の似姿として創造した。歴史は神の創造の延長線上にあり、日々に
新しく再創造されている。そして人間は人格神でもあるヤハウエとの盟約を介して歴史と
関係する。神はその愛ゆえに人間と盟約を結び、人間が神の似姿として成長し愛と正義と
平和の秩序を実現できるようになることを歴史の目的として設定した。ゆえに聖書は、
神の教えと導きに従って人面的に成長した者に対する神の祝福、および神との盟約に背いて
既成の不正な秩序に安住し偶像崇拝に陥った人間に対する神の裁きの物語である。

///// 関 曠野 (編集) ///

137 : ◆0JFEyIQD1s :2013/10/02(水) 22:29:10.41 ID:cfK8nfGG
 
/// なぜ日本は変わらないか 110 ///////

人間性の発展と暴力の克服を至高の正義、歴史の目的とするこの思想が、モーセの出エジプト以来、
人類の歴史を揺さぶりつづけてきた。そしてここで、中国人の「天」にも人格神の要素がある
ことに注意すべきである。天は天子に対し天命を与えたり撤回したりしているのだから、半ば
人格神として振舞っているわけであり、その意味で天の原理は中途半端なのである。人に超越的
人格神へと発展する必然性が内在していたことは、太平天国の乱の指導者洪秀全がキリスト教に
関する粗末なパンフレットを読んだだけでユダヤ=キリスト教的伝統の核心をほぼ完全に理解できた
事実によく示されている。そして歴史ということでいえば、日本の世論が東京裁判に勝者の正義
しか見ない傾向があるのも、神の裁きとしての歴史という思想に日本人が馴染んでいないことに
原因がある。実際、開国当時の日本人は、「世界」をもっぱら世界地理への関心から把握し、
世界史というものを理解できなかったのだが、この状態は今も変わらない。戦後の日本が対米
追随外交しかできなかった一因は、皇国史観消滅後の世界史をめぐる思想の空白にある。

///// 1996年5月出版 ///

138 : ◆0JFEyIQD1s :2013/10/04(金) 20:39:26.94 ID:OKuReSum
 
/// なぜ日本は変わらないか 111 ///////

 それゆえにウォルフレン氏が変化の可能性を求めてやまないのも、人格を成長させる秩序こそ
正しい秩序と氏が信じているからである。「日本について述べる際、個人の人間的成長を理想と
考えることは、西洋の自民族中心の発想であると片づけてしまい、日本人には日本人独自の
個人の扱い方があると想定するのが、ここ数十年ほどの一般的な傾向になってきた。だが、
文化の違いにはよらない、普遍的な人間の成長の基準というものもありうる。小さな花芽から
バラが花ひらき、猫にみまがうトラの幼獣が立派な親トラに成長するように、成長する人間には
本来、円熟し完成した、より統一のとれた一人の人間になるという目的が組み込まれている。
日本以外のアジアの国ぐにや、もののわかった日本の人だちとの体験を通じて、筆者のこの
信念はいよいよたしかなものとなった」『謎』上巻、六七−六八ページ)。

///// ウォルフレンを読む ///

139 : ◆0JFEyIQD1s :2013/10/05(土) 20:55:09.37 ID:nUx2xHbb
 
/// なぜ日本は変わらないか 112 ///////

 しかし、日本では、人権の核心といえる、この人格的に成長する権利が組織的に否定
されたり抑圧されたりしているために、政冶体制に起因する人格障害や精神障害が蔓延
している。とくに私が強調したいのは、人格の成長を阻害された人間は各人の人格に固有の
歴史的=実存的統一を失いやすいことである。そうした人間は、昨日と今日で言動を百八十度
変えて平然としていたり、時と場合で言うことが違う支離滅裂な人間になったり、自分の
言いたいことを一貫した考えにまとめて人に伝えることができなかったりする。人格の
歴史的=実存的統一を欠いた人間には、真の記憶は存在しない。日本の世論の戦争責任に
対する鈍感さも、この種の人格障害の症候である可能性が大きい。

//////// 出版社: 窓社 ///

140 : ◆0JFEyIQD1s :2013/10/06(日) 20:13:14.90 ID:xnwbjhQf
 
/// なぜ日本は変わらないか 113 ///////

 ウォルフレン氏は、日本の識者のあいだで再三、西洋中心主義者の嫌疑をかけられてきた。
氏にそうした嫌疑をかける人々は、人格などというものは日本人には余計な贅沢品だとでも
言いたいのだろうか?もしも氏が、欧米諸国は昔も今もユダヤ=キリスト教的理想を模範的に
実現してきたと主張し、その立場から日本人に先生ぶって説教するなら、氏は西洋中心主義者
であろう。しかし、十字軍や植民地主義からナチズムにいたるまでの歴史を見ても、欧米人が
その理想や伝統に常に忠実であったとは到底いえない。そして氏は、昨今の欧米諸国における
民主主義の混迷やカジノ資本主義の頽廃を深く憂慮している。欧州は自分がかつてキリスト教
世界と称していたことを忘れて久しいのだ。そのうえ、「人間は神の似姿として創られた」
という思想は、欧米人がユダヤ人から学んだ思想である。そしてユダヤ人は、どちらかといえば
東洋人に分類され、それこそ悪質なタイプの西洋中心主義によって再三迫害されてきた民族
なのだ。

///// 価格:¥1,916 ///

141 : ◆0JFEyIQD1s :2013/10/09(水) 21:10:24.74 ID:I6vUElNk
 
/// なぜ日本は変わらないか 114 ///////

 ウォルフレン氏に西洋中心主義の嫌疑をかける人々は、意識的無意識的に文化相対主義の
立場に立っている。そして「十人十色」という文化相対主義は、刺身とステーキといった
生活習慣上の相違に関するものなら問題はない。しかし正義と不正、自由と隷属のあいだに
相対主義などあるはずもない。氏が指摘するように、道徳や政治の領域における相対主義は、
理想と熱情を失った現代知識人の頽廃から出てきたものなのである。そして氏は、人類の
歴史を究極的に左右するものは思想であると信ずるがゆえに、いっさいの現代の病弊の
根本原因は、この知識人の頽廃であると断言する。民衆は知識人の腐敗と怠慢の犠牲者なのだ。

///// 関 曠野 (編集) ///

142 : ◆0JFEyIQD1s :2013/10/11(金) 22:19:28.66 ID:+H7uRfih
 
/// なぜ日本は変わらないか 115 ///////

 現代という時代は、科学技術をつうじて知識が生産力となり政治経済を動かしている時代
である。そしてわれわれがそうした時代に生きているからこそ、知識人は、真の知識とは
善と悪についての知識であることをなおさら強烈に主張しなければならない。この知識を
人類が見失えば、アウシュヴィッツとヒロシマの悲劇の再現は避けられない。知識人とは、
人類の宗教的知的伝統の中からこの善と悪についての知識を受け継ぎ発展させる、現代世界に
おけるその相続人である。ジョージ・オーウェルが気づいていたように(オーウェル『ライオンと
一角獣――社会主義とイギリス精神』平凡社ライブラリー、『オーウェル評論集4』に所収)、
現代の知識人の課題は政治教育という側面において伝統を継承することなのだ。かつて
マックス・ウェーバーは世界宗教の経済倫理の探究をその生涯のテーマとしたが、現代の
知識人に要請されているのは、おそらく世界宗教の政治倫理の探究であろう。

///// 1996年5月出版 ///

143 :名無しさんの主張:2013/10/11(金) 23:56:45.64 ID:???
このスレ、ウォルフレンだけじゃなくて
他の外国人の日本分析を紹介するスレに変えたほうがいいと思うけど
あまりにも一方的すぎるから

144 : ◆0JFEyIQD1s :2013/10/12(土) 09:27:53.52 ID:bftwnShP
 
/// なぜ日本は変わらないか 116 ///////

    憲法改正のための討論を始めよう――民主主義の再生のために

 社会学的な分析からすれば、昨今の日本が明冶どころか古代以来の大転換期を迎えている
ことは明らかである。日本史をつらぬくダイナミックスは、人口の絶えざる増大と飽くことなき
国上開発であり、それが状況への適応を強調する日本人の現世的、経済至上主義的な発想を
つくったように思われる。そして日本史の構造的な特徴は、アジアにも類例を見ないような
農村の排他的で孤立分散した性格であり、農村のこの性格は上からの力による支配を容易にし
都市のリベラルな文化の発展に対する障害になった。私見では、戦後の高度成長期にもこうした
伝統的な要素はなお支配的であり、その結果、農村部から大都市への人口の移動と集中、
大都市を支えるための国土の乱開発、市民としての結束力をもたない政治的に未成熟な都市
中産階級を犠牲にした輸出志向経済といったものが可能になった。

///// ウォルフレンを読む ///

145 : ◆0JFEyIQD1s :2013/10/14(月) 23:35:00.24 ID:FKwGGDUk
 
/// なぜ日本は変わらないか 117 ///////

こうして形成された戦後の一連の<システム>が今日急速に破綻しつつあることは、誰の目にも
明らかである。しかし社会学的な変化の要因は、市民が体制を変革するための効果的な手段が
なければ、混乱と破局に行きつくものでしかない。そうした混乱と破局の兆候は、すでに
現われてきている。それではわれわれはどうすればよいのか。ウォルフレン氏の著作から
学ぶところのあった読者諸賢には、すでにその答はおわかりであろう。今、最も必要なものは、
あれこれの政策提言や制度の手直しや現状の学問的分析といったものではない。

//////// 出版社: 窓社 ///

146 :名無しさんの主張:2013/10/15(火) 00:05:28.90 ID:???
143 名前: 名無しさんの主張 Mail: sage 投稿日: 2013/10/11(金) 23:56:45.64 ID: ???
このスレ、ウォルフレンだけじゃなくて
他の外国人の日本分析を紹介するスレに変えたほうがいいと思うけど
あまりにも一方的すぎるから

147 : ◆0JFEyIQD1s :2013/10/16(水) 21:17:33.50 ID:s1XgdvUj
 
/// なぜ日本は変わらないか 118 ///////

さまざまな開題の提示や提起に先立って、まず問題を政治的に解決するにあたっての方式と
原則が確立されねばならないのだ。そうした方式や原則が確立され、それに従った人民の
公的な合意と協力が可能になることなしには、どんな現状分析や政策提言も徒労に終る。
そして日本人が改めて一致協力して確立しなければならない原則とは、法の支配の原則である。
日本人全体がこの原則を支持し、これに従うことなしには、どんな形の体制の変革も不可能
なのだ。そして先述したように、日本の風土に法の支配という思想を根づかせ、司法の権威と
立法の能動性を回復するためには、教育の全面的な改革が不可欠である。教育の力なしには
法の支配こそ自由の楯や砦と考える市民が生まれてくるとは考えられない。

///// 価格:¥1,916 ///

148 : ◆0JFEyIQD1s :2013/10/18(金) 20:42:22.19 ID:3rKX4USO
 
/// なぜ日本は変わらないか 119 ///////

 日本の民主主義の再生のためには、司法と教育の改革は戦略的最優先事項である。そして
問題をこの点に絞って考えた場合、現行憲法はいったい使いものになる憲法であろうか?
私は旧式の左翼イデオロギーではなくあくまで法の支配の視点から、象徴天皇制を問題にしたい。
この天皇制のせいで、現行憲法では国家の法と権威の源泉がどこにあるのか不明になって
しまっている。人民が法と権威の源泉であることが明紀されていないために、それは近代
立憲国家の憲法ならば当然そうであるはずの権利の宣言になっていない。そして現行憲法の
最大の問題は、その中に天皇制と主権在民原則が精神分裂症的に同居しているために、憲法に
基づく一貫性のある政治教育が初めから不可能になっていることである。民主主義とは本質的に
人民の不断の政治教育の過程にほかならないことを考えるならば、これは重大な問題である。

///// 関 曠野 (編集) ///

149 : ◆0JFEyIQD1s :2013/10/19(土) 11:02:18.83 ID:sMsoFPpX
 
/// なぜ日本は変わらないか 120 ///////

こんなことなら、いっそのこと首尾一貫した反動憲法があり、それに対しはやり首尾一貫した
憲法改正運動が起きたほうが、よほど人民の政治教育になる(ちなみに読売新聞の憲法改正案は、
憲法裁判所の設置といった見るべき点もあるが、基本的には世論操作を狙っただけの思想も
一貫性もないずさんな代物である)。そして憲法が政治教育の任務を果たさないということは、
戦後日本には学校制度はあっても教育の原理はなかったことを意味する。象徴天皇制は、
教育勅語が失効した後の教育原理の空白を象徴するものでしかない。

///// 1996年5月出版 ///

150 : ◆0JFEyIQD1s :2013/10/20(日) 10:29:03.72 ID:i6EG7+66
 
/// なぜ日本は変わらないか 121 ///////

もちろん、日本よりはるかにすぐれた憲法をもつ欧米諸国においても、経済発展の論理への
民主主義の従属が見られることは事実である。しかし、これらの国々においては、容易
ではないとはいえ、世論に対し建国の理念への復帰を訴え、民主主義再生のための公論を
形成すべく努力することが可能である。ところが建国の理念の代わりに天皇制があるだけの
日本人の場合は、どうしたらよいのか?人民の権威を象徴天皇制に置きかえないかぎり、
日本における法の支配の確立はどうみても不可能である。

///// ウォルフレンを読む ///

151 : ◆0JFEyIQD1s :2013/10/21(月) 21:58:59.27 ID:5jmufwc/
 
/// なぜ日本は変わらないか 122 ///////

 そして司法と教育の改革を同時に進めることができる一石二鳥の名案がまさしく存在している。
それは、憲法改正のための討論を始めることである。この点で、私はウォルフレン氏と完全に
意見が一致する。いずれ憲法改正は不可避なのだから、少しでも早く草の根の市民レベルで
そのための討論を始めたほうがよい。そうした討論は、家庭、学校、職場そして居酒屋で、
日常的でくつろいだ仕方で、サークルなどをつくって始めることができる。そしてこの一国の
憲法の制定という、これ以上のものはない政治参加の行為には、多忙なサラリーマンも、
寝たきり老人も、山谷のホームレスも、いじめられた中学生も討論によって参加できるのである。

//////// 出版社: 窓社 ///

152 : ◆0JFEyIQD1s :2013/10/22(火) 21:23:07.47 ID:YIzTW3t4
 
/// なぜ日本は変わらないか 123 ///////

実はフランスの革命憲法も、一八世紀に津々浦々に普及したサロンや読書サークルにおける
討論の成果だった。そしてこうした試みは、近年の日教組の文部省との妥協をむしろ一つの
好機として、市民の手に教育をとり戻す運動を始めることでもある。日教組の闘いは、それを
支える市民社会がなかったために敗北し、日教組は業界代表に堕してしまった。だからこそ、
これからは市民社会のほうが立ちあがって自らの教育の理念と運動をつくり出し、良心的な
教師を包みこんで市民主導の教育改革を進めていく必要があるのだ。そして近代教育の本質は
市民のための政治教育ということにあるのだから、憲法改正のための討論は、それ自体実り
ゆたかな教育運動でもありうるのだ。われわれは建国の理念をこれから創造し自らを教育する民、
未来の民であり、そうした民としてのみ愛国心という言葉を悪びれずに使うことができる
ようになるであろう。

///// 価格:¥1,916 ///

153 : ◆0JFEyIQD1s :2013/10/23(水) 21:23:15.57 ID:QBJ2t/jv
 
/// なぜ日本は変わらないか 124 ///////

 自由な市民が良き法をつくるのであろうか?それとも良き法が自由な市民をつくるので
あろうか?このニワトリと卵のどちらが先かという問題に対する答は、一つしかない。
すなわち、人民は自らを市民として教育し解放する過程で、良き法をつくり上げるのである。
ゆえに討論による政治教育なしに、そして人民の参加なしにつくられた明治憲法や現行の
象徴天皇制憲法は不正な法である。そして日本においても、人民が自ら討論によって憲法を
つくろうとした時代があった。その当峙、自由民権運動の時代には、地方の壮士演説会には
いつも大勢の女性や子供が詰めかけ、七歳の子供の演説に聴きほれて大人が涙したといった
記録も残されているのだが、日本にもそうした時代があったことをわれわれは忘れ果てている。

///// 関 曠野 (編集) ///

154 : ◆0JFEyIQD1s :2013/10/24(木) 20:32:18.72 ID:uyfatcV1
 
/// なぜ日本は変わらないか 125 ///////

しかしながら、どんな混乱と頽廃の時代にあっても、人間は政治への関心を捨てることが
できない。なぜならば、出生による世代の継続は、社会の最大の関心事だからである。
人間は子供を生み育てる。そして動物と異なり、人間は自らの意志と選択によって子供を
生んだことに責任を感じ、子供にとって出生が祝福であるように世界を整えようとする。
ここに法と政治の原点があるのだ。政治という問題を深く考えたユダヤ人や中国人が世代の
継続を最大の関心事とした民族でもあったことは、偶然ではない。出生と世代という事柄に
思いを凝らすこと、おそらくそこから、われわれは憲法政正のための討論を始めるべき
であろう。

・・・・

///// 1996年5月出版 ///

155 :名無しさんの主張:2013/10/26(土) 00:50:49.55 ID:???
>>143
>>146
スレタイ読めないの?

156 : ◆0JFEyIQD1s :2013/10/31(木) 20:03:17.47 ID:1BS83RuK
 
/// 窓社 (1996/05発行) //////////////

 ウォルフレンを読む
 関 曠野(編集)

出版社: 窓社 (1996/05) 単行本: 292ページ 価格:¥1,916
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157 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/02(土) 14:42:52.35 ID:fHcWV11Y
 
/// 夜明け前の暗闇 1 //////

『What’sジャパン?―日本「再統一」の脅威』, NPQ (編集), 関 元 (翻訳),
吉岡 晶子 (翻訳)、出版社: JICC出版局, 1991年2月発行 より

・・・・

    カレル・ヴァン・ウォルフレン
    夜明け前の暗闇

 【インタビュアー】 『日本/権力構造の謎』の最初の章で、日本について「決定的な要因」は、
「どのような状況にも常に通用する真理、法則、原則あるいは倫理があるのだとする考え方が
皆無に近いことであり……倫理規範が普遍的ではなくむしろ状況次第で変わる」点にあると
言っておられます。
 したがって、あなたの説によると、日本には責任の中心が存在せず、時の権力が状況しだいで
変わる自己利益に従いながら、非公式な関係からなるシステムで現実を操作できる柔軟性があるだけ、
ということになる。そうした状況に応じて変わる倫理観は、どのような形の矛盾にも寛容なことや、
内側からの変化は不可能だということを見越しているためなのでしょうか。

///// JICC出版局 ///

158 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/03(日) 08:12:17.09 ID:tPTlGkf0
 
/// 夜明け前の暗闇 2 //////

 <ヴァン・ウォルフレン> もちろん、超越的価値観は一世紀以上も前から日本にも入ってきた。
キリスト教の宣教師によって徳川幕府の長い鎖国より前の時代、明治時代、そして一九四五年に
アメリカの占領が始まった時、と持ち込まれたわけです。だが、そうした価値観はけっして根づかず、
世界観までには至らなかった。一三世紀、仏教文化の鎌倉時代にも、借り物でない超越的なものの
考え方が発達したけれど、理性による話し合いという伝統を残しはしなかったのです。また、
自然と祖先を崇拝する日本固有の宗教である神道も、つねに曖昧で漠然としたままで、教義を
生み出すことはなかった。

///// 1991年2月発行 ///

159 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/04(月) 09:12:01.58 ID:4b/p2LUB
 
/// 夜明け前の暗闇 3 //////

 ものの考え方というのは、別の考えを採り入れたり、削ったりできるし、反駁を受けたり、
大きく変わったりするものであり − 批判精神をもって社会・政治秩序とは距離をおいている
ものだが − 日本にはそうしたものの考え方が発達しなかったのです。
 他の社会では、この重要な視点が、既成の現実に挑戦あるいは反対するときに、そのことに
正当性を与えている。ローマ帝国に反抗して起こったキリスト教を考えても、ヨーロッパの
資本主義的秩序に反抗してドイツ思想から出現したマルクス主義を考えても、そう言える。

///////// What's ジャパン? ///

160 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/05(火) 20:49:52.10 ID:qpmmCqCk
 
/// 夜明け前の暗闇 4 //////

 超越的なものの考え方をその判断基準として受け入れない社会・政治秩序では、社会は
本来調和に向かうといった神話には勝てないものです。個人的な体験から言うのですが、
日本の社会を本気で批評すると、けしからん奴だと思われる。罪人扱いされるのです。
 日本というのは自己崇拝の社会なのです。外部の基準や標準を基にその社会や政治を
評価したり判断したりできないとすれば、日本自体が全ての徳を体現した存在であり、
自らを評価する唯一の尺度であり、自らを判断する唯一の判断基準となる。自分で自分を
正当化する社会は、内側からは基本的に変化できない社会であり、それは、変化に訴える
正当な基盤がないからに他ならない、例えば、フランス国旗に象徴される「自由、平等、友愛」
のような、信奉や離反の対象となる物がないからなのです。

///// 日本「再統一」の脅威 ///

161 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/06(水) 23:52:47.00 ID:z+lQu7eW
 
/// 夜明け前の暗闇 5 //////

 <−> オクタヴィオ・パスのような批評家は、この絶対的なものの不在と柔軟性を、
問題視せずに、むしろ「和の特性」と見なしている。この「和の特性」のおかげで、
日本は本来の文化を危機に陥れたり、西欧の例に見るような社会変化を伴う革命的急転回を
もたらしたりせずに、変化できると言っていますが。

 <ヴァン・ウォルフレン> パスの出身文化であるラテン文化には、組織化された反乱と
革命の伝統がある。実体はないが意識の中に存在し、現存体制への決定的な影響力として
利用できる超越的次元の現実に訴える能力がなければ、そうした反乱や革命は不可能でしょう。

///// NPQ (編集) ///

162 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/07(木) 20:46:44.31 ID:ufrqFF5+
 
/// 夜明け前の暗闇 6 //////

 <−> 日本は状況しだいで変わる倫理観と集団的相対主義の国であり、正当性について
独自の定義をし、独自のルールで動いているというあなたの説に、全体主義的共産主義社会に
対する批判を思い浮かべてしまいます。
 伝統的にものごとを相対主義でとらえる気質があるため、日本人はその大義名分には
歴史的な必然性があるとマルキスト的に思い込むだけで、人権とか法規制といった倫理基準を
受け入れなかった。

///// カレル・ヴァン・ウォルフレン ///

163 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/08(金) 23:42:52.19 ID:4AzMOn71
 
/// 夜明け前の暗闇 7 //////

 <ヴァン・ウォルフレン> 実は、相対主義の倫理観とか絶対的価値の不在といった考え方が
初めて頭に浮かんだのは、『真昼の暗黒』の著者として最もよく知られているアーサー・
ケストラーの本を読んだ時でした。彼は、あらゆる状況に置いて、適用される絶対的価値が
存在してないことも、全体主義の決定的要因だと警告していた。
 ケストラーが取り組んだ主題は、私が追求している主題と本質的に似ている。つまり、
社会や精神の正しい秩序をいかにして見つけるかという問題で、これは、言うまでもなく、
最初にソクラテスが系統的に語ったものです。また、これは全人類の関心事でもある。

///// 関 元, 吉岡 晶子 (翻訳) ///

164 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/09(土) 16:56:45.21 ID:UFjGa+qz
 
/// 夜明け前の暗闇 8 //////

 もっとも、ソクラテスは日本の知的伝統の一環を担っているわけではないのだから関係ない、
と日本人に主張されると、西欧の知識人は引き下がってしまう傾向があります。
 だが、私はそうは思わない。好ましい統治とは何かという問題はすべての人の関心事だ。
政治体制を批判するのにう何らかの普遍的な基準を持たなければ、好ましい統治が存在するか
どうかを評価することはできません。

///// JICC出版局 ///

165 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/10(日) 06:33:49.98 ID:NM+ofRxm
 
/// 夜明け前の暗闇 9 //////

 当然のことながら、社会がよく統治されているかどうかという問題は、「なぜ従うのか」
という問題でもある。力の行使が時の権力によって危険視されるのはなぜかということです。
そして、従順の問題を提起するのは、日本ではオフリミットの問題、つまり社会への順応と
個人の自由な発達を対比させて問題を提起することになります。
 と言っても、もちろん、日本と東欧の元・共産主義国家には大きな相違がある。東欧諸国は
外国の支配者に従順だった。日本は、支配者がいないので、自らに従順なのです。

///// 1991年2月発行 ///

166 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/11(月) 21:04:47.95 ID:6NIZFtT+
 
/// 夜明け前の暗闇 10 //////

 <−> それはどういうことですか。

 <ヴァン・ウォルフレン> 日本のパワー・エリート層は底辺が広く大きいので − 最終決断の
下される場所がない、つまり責任の所在がない、そして中心に責任ある権力をもたないという、
先端のないピラミッド型であるため − 抑圧が目立たないということです。事実上支配者は
存在せず、あるのは全てを包含するクモの巣のような<システム>だけだ。
 その<システム>の管理者も<システム>の従僕であり、したがって<システム>の犠牲者です。
徳川幕府や少数独裁の明治政府の管理者から受け継いだ自己欺瞞の犠牲者だ − 自己欺瞞
というのは、つまり、権力を行使していないふりをするとともに、その権力を規制するための
普遍的に受け入れられるルールの必要性を否定することを指します。

///////// What's ジャパン? ///

167 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/12(火) 23:12:30.92 ID:E+227oBM
 
/// 夜明け前の暗闇 11 //////

 日本のパワー・エリートがはっきりしたリーダーシップを受け入れにくいのは、この
「ふりをする」ところに原因がある。そのリーダーシップを受け入れる代わりに、<システム>の
管理者は、相互援助によって広がる複雑な人脈を培ってきた。彼らの主要な仕事は、その
関係とルールを非公式なものに保ち、裁判所や法律が社会の最高調整機関にならないように
することだったのです。
 パワー・エリートは自己防衛から、非公式な権力が<システム>を実際に統治しているという
現実を否定し、何もかも、日本「文化」独自のやり方だという言い方をする。完全に組織化
された社会というプロイセン的幻想と、社会の無秩序に対する強烈な不安とが、彼らの動きを
制限している。秩序を維持するのに、最終的には、普遍的な妥当性をもつ法律その他のルールに
頼れないというのは事実であり、そうなれば、そうした幻想や不安が生じるのも当然です。

///// 日本「再統一」の脅威 ///

168 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/13(水) 21:57:32.19 ID:f7eEL7bX
 
/// 夜明け前の暗闇 12 //////

 政治体制は理にかなった議論、批判、真の政治論争にはふつうは敏感に反応するものであり、
たいていの欧米諸国の政治家や官僚や知識人はその利点を享受しているのに、<システム>の
管理者はそうではない。実際、<システム>を支配下に置けないと認識して、多くの管理者が
恐慌をきたしています。

 <−> そうした理由で、<システム>を変えられないということですか。

 <ヴァン・ウォルフレン> <システム>を内側からは変えられない、と言っているのです。
<システム>という具体的現実以外には訴えるべき普遍的な妥当性がないので、知識人からの
有効な批判が不可能なのです。知識人は骨抜きにされている。

///// NPQ (編集) ///

169 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/14(木) 21:31:51.95 ID:olGWyk7y
 
/// 夜明け前の暗闇 13 //////

 変化を求める政治運動は中産階級からは発生しない。それは彼らが会社文化によって
骨抜きにされているからだ。そして、サラリーマンは、精神的なエネルギーが残っていても、
政治活動をするとなれば、自分のキャリアを深刻に損なうことになるでしょう。
 政府にしろ産業界にしろ、官僚体制がおのれの立場を有利にしようと巧みに立ち回ること
ができるとはいえ、そのなかの一人の人間が、ほかの者たちを拘束するような決定を下す
指図をすることはありません。
 意味のある変化という観点に立つと、本質的には日本の政治体制は麻痺している。日本は
無限の経済発展という目的をもって、日々のペースではきわめて順調に進んでいるが、国家の
長期的な目標とか方向を決める能力はない。第二次大戦で敗戦国になって以来、国家として
どのような目的と方向をもつべきかについて論争が行われてきていないのです。

///// カレル・ヴァン・ウォルフレン ///

170 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/15(金) 23:14:25.09 ID:kw/Yicbc
 
/// 夜明け前の暗闇 14 //////

 <−> 核となる権威、責任の中心がなければ、反抗するにしても相手がいないということ
になりますね。

 <ヴァン・ウォルフレン> これは、麻痺の原因を作っているきわめて重要な条件です。
日本の強圧政治はソフトである。社会を囲む壁の感触がないので、それをよじ登ったり
穴を開けて逃げ出す方法も思いつかない。日本はしとね張りの小部屋みたいなものだ。
壁はぶつかっても柔軟性は持っているが、壁に閉じこめられていることに変わりはない。

///// 関 元, 吉岡 晶子 (翻訳) ///

171 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/16(土) 08:29:40.62 ID:BFcjJLbt
 
/// 夜明け前の暗闇 15 //////

 反抗する相手がなかなか見極めにくい。それに、結局は、批判精神をもっていても、母親に、
そして国家という血のつながった虚構の家族に反抗しているような気分に追い込まれる。
 その極めつけが、法に則った反対はなじまないという儒教的な考えです。韓国や中国や
ベトナムにもこの儒教の遺産は残っているが、彼らは伝統的に、政府そのものによってだけ
でなく「天命」によっても正当化された強力な中央政府をもっています。
 中国では、「天」はつねに皇帝を超越した存在と見なされている。「天」が皇帝の上に
あった。日本では、伝統的に天皇は神格化され、天皇が「天」なのです。

///// JICC出版局 ///

172 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/17(日) 08:23:43.97 ID:qInyMrLN
 
/// 夜明け前の暗闇 16 //////

 <−> 全体主義的共産主義社会との比較に戻りますが、行動的な市民社会 − つまり、
自律的な競争集団を積極的に仲介する役割を果たす部分 − を発達させる必要が日本には
あると、あなたは指摘されているようです。社会学者のラルフ・ダーレンドルフは、健全な
市民社会から発生する創造的混沌が、開放された社会を唯一保障するものであり − ひいては、
自由を唯一保障するものだと言っていますが。

 <ヴァン・ウォルフレン> それは非常に重要な見方だと思います。日本が輸出市場として
異常なほど依存している世界と両立していくためには、問題は、日本がその市場を開放する
ことだけではなく、日本の政治体制の本質と国際社会に占めるその位置とを真剣に理解しよう
とする政治論争が、日本国内から持ち上がってくる必要があるということです。

///// 1991年2月発行 ///

173 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/18(月) 21:47:30.24 ID:B2DZSAAo
 
/// 夜明け前の暗闇 17 //////

 <−> 日本の政治指導者の一部はそのことを理解していないのではないでしょうか。
中曽根康弘は、首相を務めていたころ、日本は門戸を開放し、「世界の中にある」だけ
ではなく「世界とともにある」べきだと説いています。

 <ヴァン・ウォルフレン> いや、中曽根は、政治責任の中心を首相に置かないかぎり、
日本は国際社会でその国益を推進できないと理解していたナショナリストです。国際主義
(インターナショナリズム)と世界主義(コスモポリタニズム)を混同してはならない。
 もっとも、中曽根は民主主義者ではない。それどころか、統制のための社会統制に深い
関心を抱いていた。彼は、本質的には軍国主義かつ日本主義の理想を支配体制にふたたび
導入したがったのです。

///////// What's ジャパン? ///

174 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/19(火) 22:22:45.84 ID:MYvIZkU3
 
/// 夜明け前の暗闇 18 //////

 <−> なぜ統制のための統制をしようとするのですか。

 <ヴァン・ウォルフレン> 私が前に指摘したのと同じ理由です。日本が何より恐れている
のは無秩序だ − それも当然だが − それは日本が、法をはじめとする普遍的に有効なルールを
社会政治体制の最終的な調整役としているのではないからです。つまり、日本は非公式な手段
によってしか秩序を維持できないということです。社会では、閥をはじめとする利害関係者の
集まりによって統制を維持している。それに、数多くの非公式だが組織的な社会的圧力 −
穏やかな、そして時にはさほど穏やかではない脅し、顔をたてる必要など − そういったもの
が異常に強い。

///// 日本「再統一」の脅威 ///

175 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/20(水) 21:46:55.41 ID:gji3E4Qn
 
/// 夜明け前の暗闇 19 //////

 経済体制は自由裁量的権力によって統制されるものです。日本は人類の歴史で最も強固な
社会統制ネットワークの一つを発達させてきた。われわれはそのことを理解するべきです。
 最近の日米構造協議のように、たいていは外圧が加わって、公式な統制が外されたとしても、
その時にはすでに必ずや、その同じ分野で非公式な統制システムが強化されてしまっている。
そこで、一見変化したように見えるだけで、実際には変化していないことになる。

 <−> 高く評価されている日米構造協定は守られないと思いますか。

 <ヴァン・ウォルフレン> 守る守らないの問題ではありません。流通機構が公式な統制を
外しても、非公式な関係がいぜんとして統制しており、それが通商交渉で約束された変化を
骨抜きにし、結局は現状のままということになる。

///// NPQ (編集) ///

176 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/21(木) 21:09:18.50 ID:ie7hW5T6
 
/// 夜明け前の暗闇 20 //////

 <−> この無秩序恐怖症は、日本の、世界に対するアプローチにどのような影響を与える
のでしょうか。

 <ヴァン・ウォルフレン> 日本人は外の世界を統制するのが苦手なので、外の世界は彼らに
とって常に脅威の存在なのです。気まぐれで、予測できず、危険だというわけだ。日本人は
外の世界に対して恐怖感をもって育つ。外の世界が日本をやっつけるのではないかという
不安を持って育つのです。
 この脅威に対抗するために、日本は今世紀の初めに、経済拡張と軍事拡張のどちらかが
日本の安全を保障する最善の道かと論争した。軍国主義の活動家たちがむりやり主張を通し、
それが中国侵略に進み、そして結局は真珠湾攻撃に結びつく一連の出来事を引き起こした
わけです。

///// カレル・ヴァン・ウォルフレン ///

177 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/22(金) 20:54:46.50 ID:S8pOCT53
 
/// 夜明け前の暗闇 21 //////

 一九四五年以降は、軍国主義者の選択は締め出され、一九三〇年代に満州への経済進出を
主張した(一九四〇年代にそれは実行されるのだが)「革新官僚」が実権を取り戻し −
アメリカの占領のおかげだが − 戦後の日本「経済の奇跡」を推進してきた。戦後の大蔵省、
通産省、日本銀行などの中心人物は − 一部の有名な政治家とともに − この満州進出計画の
体験者たちだったのです。
 皮肉なことに、アメリカの占領は、官僚主導による日本の経済拡張体制の助産婦の役目を
果たした。国家の代理をする大政府と大企業の関係について、何よりもナチス・ドイツの
例に誘発された考えを持つ経済官僚の存在を容認することによって、先例のない強力な
「日本株式会社」を設立したのです。

///// 関 元, 吉岡 晶子 (翻訳) ///

178 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/23(土) 18:29:10.20 ID:hMwMYRDt
 
/// 夜明け前の暗闇 22 //////

 <−> 国内の無秩序に対する不安と外の世界の力に対する強迫観念があるとして、
西欧はどう反応すべきでしょうか。

 <ヴァン・ウォルフレン> 日本の労働者の生活の質の向上と、必要とされている社会基盤の
改善を犠牲にした飽くなき経済拡張は、日本の権力を握っている者たちが強い不安感に突き動か
されているかぎり続くものと思われます。そうだとすれば、世界のほかの国が「日本問題」に
ついてどのような解決策を採るにしても、底辺の広い日本のパワー・エリートから、世界が
彼らに反対しているという考えを取り除くようなプログラムを含めるべきです。冗談にせよ、
日本叩きといった言葉を使ったり、日本の政治体制を真剣に調べることを「アンチ日本」と
解釈することによって、日本人のあいだのこうした考えを刺激するのは、きわめて無責任な
ことです。

・・・・

///// JICC出版局 ///

179 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/24(日) 10:03:40.62 ID:Zd3fIs+W
 
////////////////// JICC出版局 ///

What’sジャパン?―日本「再統一」の脅威
NPQ (編集), 関 元 (翻訳), 吉岡 晶子 (翻訳)
単行本: 164 p ; サイズ(cm): 19 x 13
出版社: JICC出版局 ; ISBN: 4796600922 ; (1991/02)

【目次】(「BOOK」データベースより)
第1章 冷戦後の日本(敗戦苦の克服 中曽根康弘/NOと言える日本 石原慎太郎/SORRYと
言える日本 土井たか子)/第2章 日本は文化の模範か、世界の脅威か(夜明け前の暗闇 ウォルフレン
/森の文明 梅原猛/アジアのポスト近代主義 加藤周一)/第3章 日本株式会社を越えて
(日本の正常化 コトキン/日本は勝てない相手ではない クルーグマン)

http://www.amazon.co.jp/dp/4796600922/
http://books.rakuten.co.jp/rb/452294/
http://www.junkudo.co.jp/mj/products/detail.php?product_id=0191078758
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1100974063/subno/1

/// NPQ (編集), 関 元 (翻訳), 吉岡 晶子 (翻訳) //////

180 :名無しさんの主張:2013/11/26(火) 21:44:14.42 ID:???
★内部からは変われない、変わらない日本の組織     1

 みずほ銀行の不正融資やホテルの食材偽装表示にある「日本の病」
 田原総一朗 公式ブログ 投稿日: 2013年11月11日

2002年、僕が塾頭となって「大隈塾」を母校の早稲田大学に開設した。60代の後半くらい
からだろうか、母校のために何かできないかと考えるようになったからだ。さまざまなゲストに
来ていただき、学生、あるいは社会人の塾生たちに講義をしてもらっている。こうした経験は、
若者たちの血となり肉となるだろう。

時には僕も、彼らの前で話をすることがある。先日は、いま世間を騒がせている、みずほ銀行の
不正融資や食材偽装表示をテーマにして話をした。テレビでは毎日のように、大企業のお偉方が
謝罪会見する場面が、繰り返し放送されている。なぜこのような不祥事は、なくならないのか、と。

僕は、ひとことでいえば、「空気」のせいだと考えている。組織内で流れる空気に、多くの人は
いつしか慣れてしまう。暴力団への融資、食材の偽装表示、客観的に見ればいけないことはわかって
いる。だが、その空気の中にいると、誰も「やめよう」と言えなくなってしまうのである。

181 :名無しさんの主張:2013/11/26(火) 21:45:53.40 ID:???
★内部からは変わらない、変われない日本の組織     2

彼らはまた、謝罪の仕方も下手だ。当初、みずほ銀行は、「頭取は把握してなかった」と弁明
していた。阪急阪神ホールディングスの社長は、偽装ではなく「誤表示」だと説明した。彼らは、
心底責任を感じていないのだ。ずっと会社がやってきたことが、「たまたま」自分が社長である
ときに、発覚してしまった。「ついてない」くらいにしか、思っていないのだ。

独自の視点からの日本人論を展開した山本七平さんは、著書『空気の研究』で日本人の持つ
この特質を見事に指摘している。

住友銀行(現三井住友銀行)の当時の頭取、磯田一郎さんが、世界的なコンサルティング会社
マッキンゼーに組織改革の依頼をした。当時、取材をしていた僕は、磯田さんにこう言った。
「外国のコンサルティング会社に頼まなくたって、自分たちでできるんじゃないですか」すると
磯田さんはこう答えたのだ。「日本の会社は話し合いを何度しても、前と同じようなことを
ぐるぐる話しているだけなんだ」いわゆる「小田原評定」だ。

そして磯田さんはこう続けた。「外国の名の通ったコンサルティング会社の言うことなら、
みんなが従う」日本人が変わるには、今も昔も「外圧」が必要なのだ。

182 :名無しさんの主張:2013/11/26(火) 21:51:48.22 ID:???
★内部からは変わらない、変われない日本の組織     3

安倍内閣が法制化を進めていたのが、「社外取締役」義務化だ。事態を客観的に見ることができ、
左遷などを恐れず発言できる存在が組織には必要である。つまり、空気を破る「外圧」が必要
なのだ。社外取締役が、そうした存在になる。

ところがこの社外取締役義務化の法制化は、経団連などの反対で流れてしまった。組織全体が
腐っていくことに気付かず、空気を乱さないことを大事と考え、それが心地よいと考える。
そんな経営者がいまだに多いということだろう。そのなれの果てが、いま続けて起きている、
大企業の不祥事なのだ。

僕は講義で塾生たちに言った。「空気を乱すことを恐れるな」。大隈塾で学んだ若者たちが、
きっと日本を変える原動力になる、と僕は信じてやまないのである。


 みずほ銀行の不正融資やホテルの食材偽装表示にある「日本の病」
 田原総一朗 公式ブログ 投稿日: 2013年11月11日
http://www.taharasoichiro.com/cms/?p=1145

183 : ◆0JFEyIQD1s :2013/11/30(土) 20:36:33.66 ID:0IEJySvK
 
/// リアリティの管理 1 /////////

 カレル・ヴァン・ウォルフレン(Karel Van Wolferen) (著)、篠原 勝 (翻訳)、
 原著1989年発行、邦訳 早川書房1990年発行
 「日本/権力構造の謎」(下巻)  The Enigma of Japanese Power より

・・・・

9章 リアリティの管理

 理論と現実の違い、。すなわち人びとがこう生きてきたと称するところと実際の生き方が
違っているというのは、人間につきものの状況といえる。この違いはいたるところで経験
するが、日本では特に目立つ。違いが時として途方もなく大きいばかりか、人びとがそれを
意に介していないように見えるのである。

///// K.V.ウォルフレン著 ///

184 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/01(日) 12:50:13.87 ID:uIvioDPx
 
/// リアリティの管理 2 //////

 公式上の現実と実際上の現実が違うことは世界共通だが、日本と西欧では、その差が
あまりにも大きいので、程度の問題ではなくて、むしろ、まったく異なった状況だという
レベルにまで達していると言うべきであろう。日本では、物事が外観どおりであることは
ほとんどないだけでなく、おまけに表向きの現実と実際の現実との違いが制度化されている。
日本での権力行使には、このことが不可欠だからだ。また日本では、現実がいくつかの
レベルで同時に存在することが許容されている。その様子は理論と実践、すなわち形式と
実態との間の、よく見られる分裂の限界をはるかに超えたものである。さもなければ、
非公式な関係に基づいてすべてが進行する<システム>は存在しえないであろう。

///// 「日本/権力構造の謎」 ///

185 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/03(火) 21:09:36.78 ID:rhcnZhox
 
/// リアリティの管理 3 //////

  矛盾の政治的利用

 現実を理論に一致させようとする強い衝動が欠けていることは、政治的、社会的な緊張を
少なくしようとする管理者にとって都合の良いことである。日本式の論争では準拠している
理論的枠組みを変えることが許されでいて、枠組みを機敏に変えることによって衝突を丸く
おさめたり解決したりできる。こうして日本の官僚と政治家は、自分たちの行動の正当化や
カモフラージュに必要なたちまわりをすることができることになる。表向きの現実と実際との
くいちがいが、制度化されて当然のこととして受け入れられ、あらゆる目的のために利用
されるかぎり、現におこなわれていることの是非はほとんど問われもしないし、脅かされも
しない。

///// 原書1989年刊 ///

186 :名無しさんの主張:2013/12/05(木) 00:09:17.58 ID:za26atUh
【不買運動】オレンジページは男性を侮辱した女性専用車両広告を使う反社会的企業です

オレンジページは女性専用車両という卑劣な男性排除によって生じた女のみの状態となた場所に広告を出して金儲けをしようとする反社会的企業です。

「オレンジページの女性専用車両広告」
http://www.youtube.com/watch?v=Walk--7hq2c&feature=channel&list=UL

<女性専用車両にはこんな女が生息しています>
http://www.youtube.com/watch?v=7QyHmAe2c-0&list=PLzeFCSP7xRziIIipBhtKgGQ-aCrLXq8Hi

187 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/05(木) 21:34:06.90 ID:BA86BCwn
 
/// リアリティの管理 4 //////

 日本の形式としての法の構造は、官僚の行動に正統性を与えるのに役立つ多くの行政法を
許容している。その一方で官僚は、法律に訴える一般国民の動きに少しも邪魔されることなく、
法の枠組みから外れることが自由にできるのである。<システム>は、人びとがそれをつっこんで
批判的に見ることはないので、大きなダメージを与えられることはないから、あくまでも
強力で、その影響は広くいきわたる。形の上だけの現実と実質的な現実の間のギャップは
制度化され、それは優位な立場から弱者を支配するには、理想的な手段となっている。

///// 邦訳 早川書房発行 ///

188 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/07(土) 10:54:26.52 ID:2Sqrlj+u
 
/// リアリティの管理 5 //////

 近代日本におけるこのようなギャップの記念碑的存在は、明治憲法であった。この憲法条文に
記してあった公民権は、当時存在していた他の法律によって実行不可能にされていたのだから、
無意味だった。それは今日、主に共産圏に存在する疑似憲法のはしりであった。現在の憲法は、
旧憲法ほどあからさまに実際の施行のされ方がくいちがってはいないが、理論上、保証されて
いることが、実際には適用されない。米軍占領時代の遺産である新憲法は、日本人の共同体的な
態度が根本的に変わることを期待してつくられたが、期待された変化の多くは、起こらなかったり、
生き残った官僚組織によってつぶされた。

///// 篠原 勝 (翻訳) ///

189 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/08(日) 17:11:35.92 ID:CpBsPAQH
 
/// リアリティの管理 6 //////

 理論と実際の乖離は、現在のたいていの国家で、政治の多くの部分についていえる特徴
である。だが、民主主義国では普通、市民の集まりが、社会・政治的な問題で理論と実際との
不一致を不満とし、かなりの数の人がその問題についてなんとかしようとするものだ。
たとえば、社会的に不利をこうむっている少数派のための行動などである。市民は行動を
通して、一般に共有されている原理に訴えるのであるが、官僚や政治家から、近所の人びとに
いたるまで、共有された原理があることは理解している。

///// The Enigma of Japanese Power ///

190 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/11(水) 21:58:30.89 ID:uW9M/Olz
 
/// リアリティの管理 7 //////

西洋の民主主義国家でも、民主主義という建て前で、権力主義的な行為がある程度隠ぺい
されるが、それには限度がある。"悪者をたたき出す"手があるし、法律に定められた制度的
手続きに訴える手もあるからだ。日本では、両方の手段とも不可能である。自主憲法期成
議員同盟の清原淳平事務局長が述べるとおり、「欧米人は、法と現実の状況の間に大きな
矛盾があると、不安になりがちだ。だから、彼らはつねに新しい状況に合うよう法律なり
憲法を変えるよう勧められる。しかし日本人はそのような矛盾を解消しようという思いには
駆られない」

///// Karel Van Wolferen ///

191 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/13(金) 23:36:50.35 ID:nyGPG0V6
 
/// リアリティの管理 8 //////

 日本では、実際に履行されえない憲法があっても、それが問題だとは一般に思われない。
逆に、今の憲法は、憲法改定が忌わしい戦前の条項の復活につながるのではないかと恐れる
人びとにとっては望ましい。一方、権力者にとっても現実にそぐわない法律的な取決めを
結ぶのに、現行憲法は都合がいい。憲法が<システム>を支えるいろいろなインフォーマルな
政治的な仕組みを維持するのに役立つからである。公然の批判や公の議論は必然的に表向きの
"現実"に向けられ、たいていの政治批判は、だれも真剣に受けとめない口先だけの理想論に
すぎない。こうして、現実の力関係は安泰で手つかずというわけである。

///// K.V.ウォルフレン著 ///

192 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/15(日) 06:56:38.19 ID:BRPTUkFz
 
/// リアリティの管理 9 //////

 そこで、産業界の首脳たちは理屈の上では、古典的な自由市場経済を実践しているという
考えをゆずらず、官僚の介入を歓迎しないという建て前になっている。建て前では、一般大衆の
政治的意向は彼らが選び国会に送った政治家が代表して提示する仕組みになっている。
同じく公式の現実では、独占禁止法や公正取引委員会かカルテルを防ぎ、司法が民主主義的な
自由と個人の権利を守るはずである。労働組合は労働者の不満を公正に聞いてもらえるよう
にするし、そのほか多くの制度化された保障が"民主主義的な自由市場制度"を敵から守る
とされている。

///// 「日本/権力構造の謎」 ///

193 :名無しさんの主張:2013/12/16(月) 17:02:31.63 ID:WIB30uJ+
私たちの目・耳・口をふさぐ秘密保全法案:清水雅彦 - 法学館憲法研究所
http://www.jicl.jp/hitokoto/backnumber/20120723.html

カジノ議連の主な顔ぶれwwww法案成立は確実
http://www.log-channel.net/bbs/poverty/1382942111/

「 東 日 本 大 震 災 で 亡 く な っ た 人 達 の “ 遺 体 " で 裏 ガ ネ を 作 っ て い た 警 察 3 万 体 9 0 0 0 万 円 」
http://straydog.way-nifty.com/yamaokashunsuke/2011/04/post-9f7c.html
4月25日発売の写真週刊誌『フラッシュ』(5月10・17日合併号)が、大スクープしている。
http://www.amazon.co.jp/FLASH-(フラッシュ)-2011年-5月10-17日合併号-光文社/dpB00B7E7N76

東日本大震災で亡くなった方の遺体の検案(「変死体」扱いのため、警察が検視し、
医師が死因を決定する検案を行う)で、医師に遺体1体につき3000円払ったことにして、裏ガネを作っているというのだ。
この記事を書いたのは、本紙でもお馴染みのジャーナリスト仲間の寺澤有氏だ。
以前から、記者クラブ制度の問題もそうだが、警察の裏ガネ作りについても精力的に取材している。
寺澤氏は6年以上前、会計検査院に警視庁会計文書について情報公開請求し、入手した約38万枚を分析。

その過程で検案における裏ガネ作りの可能性に気づいていたが、被災地を取材した際、
実際に検案した医師の証言を得ることができ、今回のスクープに結実した。警察庁は1体に3000円払うといっているのに、
今回記事に登場した医師は約20体検案したが、一銭ももらってなければ、今後、もらう予定もないと証言したからだ。

従来の警察の裏ガネ作りといえば、捜査協力への謝礼の架空計上が真っ先に思い浮かぶが、いくら何でも遺体の検案、
それも未曽有の大震災におけるもので、未だ関係者は大きな心の傷を負っていることを思えば、
さすがに警察に対してこれまでにない反発の声が挙がってもおかしくない。
それだけに、警察はこの記事に対し、いつも以上に過剰に反応をしたようだ。 2011年4月30日掲載。
寺澤有のホームページ「インシデンツ」 http://www.incidents.jp/profile.html

194 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/16(月) 21:40:25.75 ID:aDstA633
 
/// リアリティの管理 10 //////

 ところが実際には、独立した司法も、労働者の利益を第一に代表する労働組合も、
経済界と官僚の市場操作を防止する効果的な保障もいっさい存在しないという事実は、
隠されたままである。このように、制度化された表向きと実際の現実との相違がなければ、
戦後の経済的な"奇跡"はありえなかっただろう。

///// 原書1989年刊 ///

195 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/18(水) 21:49:04.42 ID:PNsJAbvw
 
/// リアリティの管理 11 //////

 矛盾を目前にしての精神的な麻痺、つまり矛盾を知覚すらしないという状況がある。
そのおかげで特権階級はそれ以外の人びとに対して思いどおり力を行使できる。日本の
典型的な状況に存在する服従と支配の力学は、実際には理不尽でありながら同時に表向きは
理に適っているかのように見せるということと密接に関わっている。このことが究極的に
表われているのが禅問答である。師は意味不明の答えで弟子を困らせ、弟子はしまいには
知的な防衛をあきらめて、師のまったく勝手きままな権威に服従してしまうのである。

///// 邦訳 早川書房発行 ///

196 :名無しさんの主張:2013/12/20(金) 21:19:02.61 ID:???
★8割の企業が法令違反、速度オーバー並?    1
 金融そして時々山 2013.12.17

本日(12月17日)の夕刊によると厚労省は9月に実施した「ブラック企業」取り締まりの
ための調査結果を今日発表した。それによると、調査対象5,111社の内、82%にあたる4,189社で
賃金不払いや違法な時間外労働という違法行為が確認された。8割以上の会社が法令違反を
犯しているというのは、法治国家として異常ではないだろうか?

法令違反といえば、車を運転する人の大部分の人恐らく8割近い人(勝手な推測だが)が一度は
法令違反を犯していると私が推測するのが、道路交通法(施行令)で定める制限速度オーバーだ。

もっとも速度制限というのは、私の経験した限りでは多くの国でガチガチには守られていないようだ。
例えば制限速度時速40kmの道を45kmで走ったからといって、まず捕まることはない。日本でも
アメリカでも。5km程度はノリシロとどこの警察も思っているのである(と我々は思っている)。

197 :名無しさんの主張:2013/12/20(金) 21:20:31.13 ID:???
★8割の企業が法令違反、速度オーバー並?    2

その裏には現在の速度制限が少し実態に合わない・・・という思いもあるのかもしれない。

さて自分の会社生活経験を踏まえて言うと、恐らくかなりのサラリーマン、つまり上司も部下も
今の労働基準法が少し実態にそぐわない・・・と考えていて若干のスピードオーバーを起こして
いるところがあるのではないかと私は感じている。無論私は違法な時間外労働の強制など悪質な
法令違反を擁護するつもりは毛頭ない。それは交通法規に例えるならば、信号無視などの危険行為
そのものだからだ。

だが「労働時間と成果が連動しない業務」において、長く働いたものが残業代の形で多く賃金を
貰う制度に固執すると変なことが起きる。たとえば勉強熱心なAさんは休日に自宅でパソコンの
勉強をして、タイピングやスプレッドシートの取扱いが早くなり、与えられた仕事を勤務時間内に
終了させることができるようになった。ところがBさんはそのような努力をしなかったので、
勤務時間内に仕事を終了させることができず、残業が恒常化した。その結果Bさんの所得の方が
Aさんより多くなった。これでAさんとBさんを公平に取り扱ったといえるのだろうか?

198 :名無しさんの主張:2013/12/20(金) 21:22:49.65 ID:???
★8割の企業が法令違反、速度オーバー並?    3

「職場における労働時間と産出物は比例する」という古い工場労働者モデルをベースにものを
考えるとこのような誤りを起こす。

ザックというと私は8割以上の会社が法令違反をしている、という中には本当に悪質な法令違反を
行っている会社もあるが、法律が時代遅れになっているという面もあると感じている。

とはいえ8割以上の会社が法令違反をしていて「ああそうですか」というのでは、青少年に対して
「法律を守りなさい」と胸を張って言える大人がほとんどいないことになってしまう。その時々が
求めるfairnessを機敏に判断して、皆が守ろうと思う法律を作り、そして作った法律はキチンと
守るというのが法治国家のあるべき姿だとすれば、現状はお寒い限りである。


 金融そして時々山 2013.12.17
http://kitanotabibito.blog.ocn.ne.jp/kinyuu/2013/12/post_1aef.html

199 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/21(土) 15:06:07.50 ID:5gg5co5Q
 
/// リアリティの管理 12 //////

   競い合うリアリティの茶番劇

 日本における"真実"の管理は、しばしば、二層だけでなく、三層、四層の現実と関わっている。
<システム>の上位にいる者はそれらの間を泳ぎまわってそれぞれの目標を達成する。その見事な
例が、以下に述べる形だけの政治闘争なのだが、この例はまた、5章でふれた近年の政治史に
おける重要な力関係を一層明らかなものにするであろう。
 日本に一九八三年一〇月と一一月に、"政治的危機"を経験した。この危機は東京地検が
ロッキード収賄事件で、政界のボス、田中角栄に有罪判決を下した時に始まり、野党の四七日間に
わたる議事ボイコットと中曾根首相に対する不信任決議案上程で頂点に達した。

///// 篠原 勝 (翻訳) ///

200 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/22(日) 13:05:24.09 ID:aET8L2f2
 
/// リアリティの管理 13 //////

 田中は判決に対し控訴したが、それ以上のことは何もしなかった。規定は、このような
場合の議員辞職について明記していない。だが野党は、田中が辞職という形だけでも何かしらの
態度表明をしなかったために、非難し大騒ぎしたのである。少数野党は、田中の議員辞職勧告の
審議という前例のない動議を提出し、中曾根がその要求を拒否するや、席をけって退場してしまい
国会を麻痺状態にした。
 ここで思い出しておくべきだが、田中はその時点ですでに中曾根の率いる自民党の一員では
なかった。田中はその七年前に離党していたのである。自民党の幹部たちが、収賄容疑で起訴
された人物が自分だちと同列にいてははために悪いと判断したのだ。

///// The Enigma of Japanese Power ///

201 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/23(月) 10:41:09.47 ID:Aif1O73s
 
/// リアリティの管理 14 //////

つまり、彼らにとっては田中が汚職をしたということ自体ではなく、検察官に取調べのために
呼び出されるということこそが問題なのである。とはいえ、田中は先に見たように、他の正式の
党員のだれよりも自民党を牛耳る力を持ち、すでに三人の後継首相を選んでいた。中曾根は
田中のおかげて首相の地位についたから、苦境に立たされることとなった。議事ボイコットは
日本の首相の威信をゆるがす。御しにくい野党を抑えるのが、首相の指導力を示す数少ない
チャンスのひとつだからである。さらに中曾根は、多くの法案を可決させる必要に迫られていた。
田中への恩義はさておいても、彼が年末まででも首相の座に留まっていようとしたら、田中の
支持が必要だった。彼はそのため、野党に屈伏して議会の危機を収拾するという安易な方法を
とることもできなかった。

///// Karel Van Wolferen ///

202 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/24(火) 21:17:11.35 ID:mkxsywDw
 
/// リアリティの管理 15 //////

 騒ぎ立てていた少数党が妥協案に同意して、緊張のうちに待たれていた解決がやっと可能になった。
野党はとりあえず首相に対する不信任案を出す。これは少数党にも何がしかの力があるという事実を
国民に示すひとつの方法である。中曾根は、野党が審議拒否という懸案の法案への儀式的な抵抗を
しないという条件で、自分に対する不信任案提出という野党案を"受け入れた"。正式のボイコット
でさえなければ、野党議員が懸案の法案承認の票決時に欠席しても問題ではなかった。彼らが投票
したとしてもどうせ議決は変わらないのだ。重要なのは、野党が正式に国会ボイコットを中止した
という点たった。ボイコットが進行中でも、自民党の議決投票を禁じる規則があるわけではない。
しかし、それをすると、野党が"多数党の一党独裁"だと叫んだろうし、世論や、国民に世論がどう
あるべきかを説く新聞の論調(これも現実のもう一つの層だ)に、与党にとってまずい影響を与えた
であろう。

///// K.V.ウォルフレン著 ///

203 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/27(金) 20:21:15.37 ID:17gV2Rza
 
/// リアリティの管理 16 //////

 日本の政治という「不思議世界」を一見するだけでわかるのは、なにはともあれ、議会制
民生主義の規則というものは何の威力も持っていないという点てある。もしそのような規則に
従って物事が進行するなら、危機は生じなかったはずだ。田中が国会に留まることをめぐる
抗争もなかったであろうし、多数党である自民党はいつでも好きなだけ法案を出して投票できた
だろう。だがこれは、相競う"現実"から生じた茶番劇のはじまりにすぎなかった。

///// 「日本/権力構造の謎」 ///

204 :名無しさんの主張:2013/12/28(土) 01:25:53.17 ID:9zeGhFrw
外道集団である女性専用車両反対派のせいで通勤客が大迷惑。
http://matome.naver.jp/odai/2138807378232514401

反対派ってのは創価並みの外道やのう

205 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/28(土) 18:32:08.93 ID:DmgbqqO+
 
/// リアリティの管理 17 ////////

 野党と中曾根との妥協は、マスコミが伝えた表向きの現実だった。マスコミの評論家は
ほぼ一致して、中曾根が不承不承妥協案に同意したと述べた。こう解釈された現実によれば、
不信任案提出と衆院解散後の選挙は、首相のもともとの計画ではなかったということになる。
ところが、一般に信じられたこの解釈は、関係者が先に新聞に漏らし報道されたのに忘れられて
しまった情報と矛盾していた。各紙とも以前には、早期の議会解散と大々的な選挙準備を
報じていたのである。

///// 原書1989年刊 ///

206 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/29(日) 10:33:00.68 ID:Ozd2XtU3
 
/// リアリティの管理 18 ////////

 こうしてマスコミに合唱をさせた情報の操作者たちは、中曾根を大いに助けることになった。
中曾根の最大の問題は、田中から離れようとしているという印象を国民に与えつつ、田中に
そう思わせないことだった。さらに、野党に譲歩することによって、自分がいかに"民主的"
であるかを見せることができた。それに加えて、彼が当初から計画していた選挙がありがたい
ことに早ばやとおこなわれることになったのである。要約すると、一番表に政治のタテマエがあり、
その下に、誰もが予想できる儀式的な行為という半公式の現実がある。さらにその下に、力関係
という本当の現実がある。これらのいくつもの現実が、本当の(裏舞台の)動機を"暴露"する
ことに生きがいを感じる記者によってさらに混乱させられる。マスコミはこの過程で、知らぬ間に
もろもろの動機を歪めて報道してしまう。報道界もしばしば、最終的には操作されてしまうから
である。

///// 邦訳 早川書房発行 ///

207 : ◆0JFEyIQD1s :2013/12/30(月) 10:05:09.47 ID:cfwLgAYu
 
/// 早川書房 //////////////////////

 カレル・ヴァン・ウォルフレン(Karel Van Wolferen) (著)、篠原 勝 (翻訳)、
 原著1989年発行、邦訳 早川書房1990年発行
 「日本/権力構造の謎」 The Enigma of Japanese Power
 日本 権力構造の謎〈下〉 ハヤカワ文庫NF、945円(税込)
 ISBN-10: 4150501777
 ISBN-13: 978-4150501778

 http://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784150501785
 http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1101172636/subno/1
 http://www.amazon.co.jp/dp/4150501785/
 http://honto.jp/netstore/pd-book_01055139.html
 http://books.rakuten.co.jp/rb/650747/
 http://www.junkudo.co.jp/mj/products/detail.php?product_id=0194197373

////////////////// 絶賛発売中!///

208 :名無しさんの主張:2013/12/31(火) 08:25:58.13 ID:???
★靖国参拝という非合理主義    1
 池田信夫 blog 2013年12月26日17:00

安倍首相が靖国神社を参拝したことで騒ぎが起きているが、これはもともと招魂社という天皇家の
私的な神社であり、国家の戦死者をまつる神社ではなかった。国家神道という国定宗教をでっち上げ、
靖国神社をその中心にしたのは明治政府である。
この奇妙なカルトが、天皇制を支えた。それを福田恆存は近代社会の「空虚を埋めるためにもちだされた
偶像」だといったが、丸山眞男も同じ指摘をしている。拙著『空気の構造』87〜8ページから引用
しておこう。
---
天皇は、幕末にはほとんど実態のない地位になっていたが、尊皇派は幕藩体制の割拠的な性格を
克服して「日本」という国家的な統合を体現するために、儒教のイデオロギーを利用し、形骸化
していた天皇を皇帝の地位に置いた。伊藤博文は帝国憲法制定の際に、天皇を中心にすえる目的を
次のように述べている。

  欧州に於ては憲法政治の萌せる事千余年、独り人民の此制度に習熟せるのみならす、又宗教なる
 者ありて之か機軸を為し、深く人心に浸潤して、人心此に帰一せり。然るに我国に在ては宗教なる者
 其力微弱にして、一も国家の機軸たるへきものなし。[中略]我国に在て機軸とすへきは、独り皇室
 あるのみ。(丸山「日本の思想」)

209 :名無しさんの主張:2013/12/31(火) 08:28:50.95 ID:???
★靖国参拝という非合理主義    2

ここでは欧州に比べて日本の弱点は、宗教的な「機軸」がないことだという自覚があり、国家を
統一するためには法律や官僚組織だけではなく宗教が必要だということが意識されている。明治以降の
「一君万民」型の天皇制は、このように列強の宗教(キリスト教)に相当するものをつくるために
明治初期に意識的に設計されたものであり、日本の自然な伝統ではない。

それは明治維新のイデオロギーだった尊皇思想の中では、儒教的な「一君万民」の思想として学問的な
実体をそなえていたのだが、明治政府によって国民統合のイデオロギーとして利用され、それが大衆化
するに従って正体不明の無責任の体系になったのだ。その根底には、神道(と呼ばれる固有信仰)にも
通じる「無限抱擁」的な日本の伝統がある。
---

国家神道は伊藤など明治憲法の創設者がつくったキリスト教のイミテーションだが、それはできそこない
だった。神との契約で世俗的な権力を拘束するキリスト教の合理主義は法の支配の原型になったが、
国家神道の中身は不明で、国家がそれをどう利用してもよかった。「現人神」だったはずの天皇には、
開戦の拒否権さえなかった。

210 :名無しさんの主張:2013/12/31(火) 08:31:13.55 ID:???
★靖国参拝という非合理主義    3

靖国神社は、日本を無責任体制に陥れた国家神道という非合理主義の中心だった。特攻隊員は
「靖国で会おう」といって出撃して行った。それを首相が参拝するのは「日本はあの非合理主義に
戻りたい」という意思表示と受け取られてもしょうがない。中国や韓国がそれを非難するのは感情論だが、
安倍氏も「英霊」がどうとかいう感情論では議論にならない。

私は国家安全保障会議や秘密保護法などの安倍政権の戦略的政策を支持するが、靖国参拝はそういう
合理的な政策を台なしにし、アジア外交を感情的攻撃の応酬に引き戻すものだ。これでしばらく外交も
経済交流も止まるだろう。その代償に、日本は何を得るのだろうか。


 池田信夫 blog 2013年12月26日17:00
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51882442.html

211 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/01(水) 00:05:42.32 ID:NqocWBWq
 
/// リアリティの管理 19 //////

   政治家が作り出す現実

 近年の日本の政治史で、自民党のボスが作り出した衷向きの現実を根づかせるのにマスコミが
一役買った顕著な例は、一九七六年後半の三木降ろしであっだ。公式な説明によれば三木武夫
首相は終わったばかりの選挙で自民党が大敗した「責任を取る」ために辞任したということに
なっている。この公式説明は納得のいくもののように見えた。日本の首相は、自分に無関係の
失敗でも象徴的な責任をとったり、関わりのない功績を賞賛されて光栄に浴したりする。

///// 篠原 勝 (翻訳) ///

212 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/02(木) 11:17:18.47 ID:cgPw3RI9
 
/// リアリティの管理 20 //////

 しかし、この場合、説明はまったく妥当とはいえなかった。たしかに同年のロッキード事件は、
戦後のどのスキャンダルよりも深刻に自民党に悪影響を及ぼした。だが三木が首相の座にいる
ことでその傷を最小限に抑えることができた。日本のマスコミはその年の大半、自民党に
徹底的な"倫理"問題との取り組みを促し、三木("ミスター・クリーン")が真剣にやっていると
賞賛していた。三木がもし選挙前の一年余、舵取りをしていなければ、自民党はもっと議席を
失ったであろうと広く信じられていた。

///// The Enigma of Japanese Power ///

213 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/04(土) 07:37:07.71 ID:6Th2PVfo
 
/// リアリティの管理 21 //////

 三木辞任の本当の理由は、まったく別のところにあった。田中の逮捕以来、自民党内の批判の
重砲が三木に向けられていたのである。彼が田中の逮捕を防ぐための手をなにも打たなかった
からである。三木を首相の座に就かせた実力者である椎名悦三郎は、「三木には側隠の情がない」
といって、彼の日本人らしくない行動を暗に非難した。自民党の指導者たちは、三木の"改革熱"が
高じて"やり過ぎ"になるのを恐れて、挙党体制確立協議会をつくって三木解任をめざした。
もともと三木が首相に選ばれた唯一の理由は、大平正芳と福田赳夫の激しい競争だった。

///// Karel Van Wolferen ///

214 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/05(日) 13:18:55.63 ID:q6asibeX
 
/// リアリティの管理 22 //////

挙党協の主唱で、二人は競い合いを止めるよう説得され、首相になる順番が決められた。
こうなると、三木が首相の座にしがみつくと自民党に分裂が起きるのはほぼ確かだった。
三木はその責任を取る気はなく、二大政党制を導入する機会も逃し、引き下がるほかなかった。
彼は、党内(総裁)選挙の規定改定を受け入れさせ、面目を保ったうえで辞任した。マスコミは、
約九ヵ月間三木を力づけ、日本の政治の浄化のために励ましたのにその後、選挙の責任を取っての
三木辞任という現実を作り出すのに主要な役割を果たしたのである。

///// K.V.ウォルフレン著 ///

215 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/07(火) 22:35:16.62 ID:ReL3bvkc
 
/// リアリティの管理 23 //////

   メディアがスポンサーする現実

 日本のマスコミは世の中の出来事を画一的に解釈し、自分たちに都合のいい"現実"をつくる
力をもっている。この点、共産主義圏の統制された報道界と肩を並べるものだろう。ただ、
外国人の観察者は共産圏の報道を大して信じないのに、日本の報道は信じてしまいがちである。
 日本のマスコミは、日本についての情報と誤報のもっとも主要な源である。日本のマスコミが
東京に駐在する外国特派員に与える影響は、他の主な首都においてその地域の新聞が特派員に
及ぼす影響よりも大きい。マスコミ以外の情報源だけに頼るのはかなり狭い分野を専攻する
専門家だけである。一般ニュースを扱う特派員は、どれほど言語に長けていて、助手が働き者で
あっても、情報を直接取れない分野がかなりあり、情報の多くを日本のメディアに頼るしかない。
これは、条件が整備された大使館や外国企業についてもいえる。

///// 「日本/権力構造の謎」 ///

216 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/10(金) 00:35:10.79 ID:dpiTPV5u
 
/// リアリティの管理 24 //////

 外国人記者、外交官やビジネスマンは、日本の新聞が非常に画一的だから、紙面にある
情報を信じがちである。各紙が政治の出来事について一致している様子や、"国民の声"を
伝える雰囲気ほど現実を描くのに好都合なものはない。基本的には、外の世界は、一つの
フィルターを通して日本を見ているわけである。疑念と注意をもって接すべき日本の報道が、
そのまま信じられがちである。その結果、しばしばひじょうに誤解を招きやすい日本像が
報道されてしまう。

///// 原書1989年刊 ///

217 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/11(土) 19:36:40.47 ID:+ZGL3kN8
 
/// リアリティの管理 25 //////

 たとえば、一九八三年一二月、前述のとおり不信任案と衆院解散によって、"危機"が
終わった後の、選挙報道を例にとってみよう。日本のマスコミは、論説と多くの報道記事で、
自民党が三六議席を失ったのは政府の"政治倫理"への対処に対する国民の不満のためだとした。
外国の主要紙の社説は、多分この点に関して日本の新聞ほど強気ではなかった。大半が、
中曾根の背負わされた"田中の重荷"にふれたり、与党内の汚職に対する国民の反応について、
平凡な論説を書いた。

///// 邦訳 早川書房発行 ///

218 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/12(日) 08:28:11.65 ID:zOJUiEg4
 
/// リアリティの管理 26 //////

実際には、"政治倫理"や中曾根の政策が自民党の支持票に重要な影響を与えたわけでは
なかった。自民党の票はニパーセント減少したが、これは天候のせいで投票率が極度に
低かった事実と(これはつねに自民党にとって不利になる)関係していた。日本のマスコミが
説明しなかった皮肉な結果は、田中批判派の候補者のほうが、田中と結びついていた候補者より、
はるかに成績が悪かったことだ。

///// 篠原 勝 (翻訳) ///

219 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/13(月) 07:04:29.32 ID:Qyd1bgDX
 
/// リアリティの管理 27 //////

 マスコミが一致して、衆院選の結果を「自民党内で政治倫理を復活させようとしない中曾根の
姿勢に対する厳しい評決」と言及するとき、述べられるのは合意済みの現実なのである。
堅い内容を扱う月刊誌はいくつかの記事で、因果関係を論理的に説明しようとしたが、それは
いかにも弱々しくまた、記事が出る頃にはそのリアリティはもう論議の対象ではなくなっている。
 もし中曾根が、具体的な数字をあげてメディアの出した結論は間違いであると説明でもしよう
ものなら、大笑いされたであろう。人為的に作られた現実があまりにも確固としていたから
である。自民党は、新聞の支持する現実を公に承認していた。そして、何度目かの(まやかしの)
"政治倫理確立"計画を掲げて、歓喜する野党に反撃した。現実の管理のための数ある方策の中で、
悔悟するふりをするのは、有権者に"誠実"だという印象を与える理想的な方法である。

///// The Enigma of Japanese Power ///

220 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/14(火) 22:57:17.06 ID:xPsLKYKh
 
/// リアリティの管理 28 //////

 新聞が果たす現実管理の役割は、一部の管理者グループに不利に働くだろうが、一方、
他のグループには有利に働くのがオチである。前記の出来事に関していえば、自民党内に
数多くいる田中と中曾根の政敵が得をした。
 <システム>を支える人為的な現実に習慣的に服従することは、新聞編集者たちにとって
習慣のようになっている。一九八七年の最後の数力月、関係者を当惑させる問題が起きた。
企業の投機と、暴力団と関係ある地上げ屋が借家人を脅迫して住居から追い出したり、
所有者に不動産を売却させたりしたおかげで、地価が高騰した。

///// Karel Van Wolferen ///

221 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/17(金) 21:38:16.59 ID:FJwzhOJ2
 
/// リアリティの管理 29 //////

マスコミはなにも手を打たない政府を責めた。ところが一九八八年一月には、この問題は
紙面からいっせいに姿を消した。かわって政府の地価対策としての遷都計画が報道され
はじめた。マスコミはおよそ一〇年か一五年ごとに、多くの官庁や大学を東京の外に移転
させる(あるいは、富士山麓に新首都を建設する)という計画を伝える。一九八八年の
場合にも、政府のだれも本気で計画実行を考えてはいなかった。しかしマスコミは、地価高騰
というもともと緊急な問題を追求せずに、対策が考慮されているかのような幻想を国民の
間に広げる手助けをしたのである。

///// K.V.ウォルフレン著 ///

222 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/19(日) 08:56:05.70 ID:h9CsBhCm
 
/// リアリティの管理 30 //////

 管理者は公益を守るという幻想を広めるのに、メディアが一役買った例は多い。一九八八年
一月に、大阪地検が"政治献金"は賄賂だと決めた時の、マスコミの反応はその例だった。
たまたま選ばれて犠牲者になったのは、公明党の参院議員、田代富士男で、役職を利用して
便宜をはかった礼に一〇〇〇万円を受け取ったとして起訴された。一〇〇〇万円は建設業に
コネを持つ自民党の大物にとっては取るに足りない金額である。この公明党議員は、全国
砂利石材転用船組合連合会が、同会の会員を差別する規制を一部改正するよう運輸省に提案し、
その返礼として金を受け取り、罪に問われた。

///// 「日本/権力構造の謎」 ///

223 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/20(月) 22:49:30.77 ID:2R2/YqtW
 
/// リアリティの管理 31 //////

ここで思い出しておくべきだが、この種の団体は省庁を裁判所に訴えることができない。
そのかわりに仲介役を務めるのが、日本の政治家の仕事になっている。自民党の議員がその
役を引き受けなければ、コネのある少数党の議員でもよい。にもかかわらず、この野党政治家は、
潔白だと熱心に抗議し、金も政治献金として受け取ったものだと強調しながらも"道義的責任"を
痛感し参議院議員を辞任して国民に深く謝罪した。彼がもしこうしなければ、新聞が総力を
あげて怒りを彼に向けたであろう。記者なら本能的に、なぜ検察官が突然一野党議員の政治生命を
破滅させてもよいと判断したのかという当然の疑問を持つだろうが、それもなかった。

///// 原書1989年刊 ///

224 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/23(木) 22:07:26.47 ID:W5cXHZpz
 
/// リアリティの管理 32 //////

かわりにマスコミは、政治家たちは反省する必要があるという、お決まりの説教を流した。
このようなことは日本では許されないと社説が主張することは、一般大衆を承知のうえで
欺く振る舞いであった。このようなことは許されているばかりか、この一〇倍、一〇〇倍もの
金が動く数知れぬほどの同様の取引が、5章でふれた日本の政治体系の基盤となるというのが
実際の現実なのである。リクルート・スキャンダルさわぎのなかで真にスキャンダラスな
部分は、実業家が政治家を買収する新手(上場直前の株式を使って)を編み出したことでは
ない。日本の検察の異常な熱心さと、マスコミの道徳的な怒りが、こういった振る舞いは
日本では許されないし、それへの対策が講じられているとの印象を作り上げたことにある。

///// 邦訳 早川書房発行 ///

225 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/25(土) 07:35:18.03 ID:XoNXzrda
 
/// リアリティの管理 33 //////

 現実の操作がどのくらい外から見えるかは、場合によって異なる。鈴木善幸首相が「国際的な
貿易問題によりよく対処できる」よう抜本的な対策として新内閣をつくる、というニュースが
世界中に流れた。いくらかでも経験のある者はこれがナンセンスだと見てとった。内閣改造は、
自民党議員が熱望する大臣ポストを報酬として与える、一年に一度ほどある定期的な行事である。
鈴木が選んだ大臣たちも、前任者と異なるやり方で国際問題と取り組む意図などなかった。
もしその意図を持つ大臣がいたとしても、決して実行に移せなかったであろう。

///// 篠原 勝 (翻訳) ///

226 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/26(日) 17:38:42.46 ID:pYI5wnxQ
 
/// リアリティの管理 34 //////

 派閥解消が必要であるという、自民党内でよくなされる論議も似たようなケースである。
派閥が政界の汚職の大きな原因になっているとの理由で、派閥をなくそうという計画がくり返し
発表されてきた。一九七〇年代の末には、一部の派閥が解散を発表し、派閥の事務所を引き払う
写真が新聞に載ったりもした。しかし政界の事情通は、自民党から派閥をなくすのは生き物から
骨格をすべて抜いてしまうのに等しいことを知っている。

///// The Enigma of Japanese Power ///

227 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/28(火) 23:36:33.95 ID:QNPSIOC/
 
/// リアリティの管理 35 //////

 だが多くの分野において現実が管理されていることによって正確な分析は難しくなっているし、
不可能でもある。その結果、一般に信じられている歴史の大部分が信頼できないものとなる。
日本の記者のうち情報を豊富に持っている者(彼らは高度に専門化している)でさえ、彼ら
だけが知りえた知識はにぎりつぶし、公式に合意された現実を採用する傾向がある。外交や
政治の出来事で一般に知られるようにならない事実は最近の記憶だけとっても数多くある。
これらの事実はそれを隠ぺいしておきたいと考える外交・政治関係者以外の、数多くの日本人の
知るところなのであるが、それにもかかわらず一般には伝えられないのである。

///// Karel Van Wolferen ///

228 : ◆0JFEyIQD1s :2014/01/30(木) 23:01:19.74 ID:38/5htK8
 
/// 早川書房 //////////////////////

 カレル・ヴァン・ウォルフレン(Karel Van Wolferen) (著)、篠原 勝 (翻訳)、
 原著1989年発行、邦訳 早川書房1990年発行
 「日本/権力構造の謎」 The Enigma of Japanese Power
 日本 権力構造の謎〈下〉 ハヤカワ文庫NF、945円(税込)

  ISBN-10: 4150501785
  ISBN-13: 978-4150501785

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 http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1101172636/subno/1
 http://www.amazon.co.jp/dp/4150501785/
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229 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/01(土) 19:27:10.38 ID:yiHmSoRV
 
/// リアリティの管理 36 //////

     社会に是認された欺瞞

 さまざまな現実が競いあう世界においては、外見が非常に重要になる。スキャンダルに
関係したり関係したと疑われた政治家は、汚名を"清める"のに選挙運動を利用する。神道の
清めの儀式に由来する"禊"である。彼らは選挙演説でも「禊」を口にし、潔白を主張していた
者でさえも、禊の期間が終わったなどと言う。日本では、何かに関係したと疑いをもたれた
だけで、責任をとることになるのだ。

///// K.V.ウォルフレン著 ///

230 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/02(日) 09:11:14.70 ID:kgPxXkYN
 
/// リアリティの管理 37 //////

 "正しいイメージ"という表現が、表面を塗り直してごまかすさまざまな行為について慣習的に
使われる。"意見調整"というしばしば使われる表現は、なんの問題であろうと合意に達する
という意味である。つまり"現実"は交渉しだいで変わると考えられているのである。日本の
代表が、国際会議や、主要な出版物とか助成金で発行される見栄えのよい雑詰で好んでおこなう
"本当の情勢"の"説明"の大部分も、以上の点に留意をして受け取る必要がある。権力者は、
きわめて熱心に合意事項を皆が"理解"するよう望んでいる。

///// 「日本/権力構造の謎」 ///

231 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/03(月) 22:32:20.46 ID:9ei2SqZp
 
/// リアリティの管理 38 //////

 日本のエリート階級のライバルたちは、実際的な理由から、ある状況についての勝手な
解釈に同意することもしばしばある。そこから皆が同調する公式現実が生じるのである。
交渉で決める現実(コンセンサスと混同してはならない)は、はっきりとした政治指導性と、
明瞭な指揮系統を欠く状況においては、非常に重要になる。政治体系にあるこのような弱点は
収拾不可能な混乱をひき起こすだろうと考える人もいよう。しかし交渉で決まる現実が、
混乱を未然に防止するのに役立つのである。

///// 原書1989年刊 ///

232 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/04(火) 22:11:58.64 ID:Dkpb31o3
 
/// リアリティの管理 39 //////

管理者が、一致した見解を示すということの理由は、このようにして、彼らが共有している、
暗黙のうちに合意された勝手な現実の見方に一部由来している。彼らの学歴は似かよっており、
絡み合った人的つながりもあるので、彼らのものの考え方の枠組みは類似していたり、同じ
であったりする。このような考え方の枠組みは個人としての状況評価をほとんど反映して
いないもので、個人的な世界観とまったく別なものとして存在するのである。

///// 邦訳 早川書房発行 ///

233 :名無しさんの主張:2014/02/06(木) 16:32:11.42 ID:???
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/kinema//1003251566

234 :名無しさんの主張:2014/02/06(木) 16:36:00.37 ID:???
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/kinema/1003251566

235 :名無しさんの主張:2014/02/06(木) 16:37:37.58 ID:???
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/movie/1003251566

236 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/06(木) 22:01:51.56 ID:0RbTzOMP
 
/// リアリティの管理 40 //////

 日本人は日常の生活においても、互いに相手の立場を失わせないよう大いに気をくばる。
自分が今しゃべったことが事実としての現実とは異なるかもしれないなどと、はっきりいう
ことさえしばしばあるのだ。必要なのは、ちょっとしたヒントをとらえることである。そして
外国人も当然同じやり方に従うだろうと思われている。というのは、日本人が国際的なやりとりで
時に口にする言い訳や"説明"は余りにお粗末すぎて、とても本気とは受けとれないからである。
日本人のために、さらにことを容易にする便利な用語がある。"建て前"の意味するものは、
相手に提示するべきもの、表向きの動機、公式の真実、正面の顔、見せかけ、あるべき姿
である(日本人は"建て前"を"原則"と一緒にするが、これは間違いである)。"本音"は本当の
動機、客観的に観察された現実、つまり知っていたり感じとれる真実である。

///// 篠原 勝 (翻訳) ///

237 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/07(金) 21:50:44.58 ID:+wVll6Xr
 
/// リアリティの管理 41 //////

 本音と建て前の使い分けは日常的におこなわれ、普通、日本社会の良い面とはされない
までも、そのことの倫理的な是非は問われない。しかし、この使い分けが、ある考え方の
枠組みを生み、いろいろな欺瞞が社会的に容認される素地ともなっている。日本人は、
西洋人に真似できないほど自分のまやかしについてあっけらかんとしている。日本人には、
その不正直さを叱られる恐れなしに正直ぶることが許されているのである。

///// The Enigma of Japanese Power ///

238 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/08(土) 12:00:50.58 ID:T7zcViVk
 
/// リアリティの管理 42 //////

ある人類学者のことばを借りれば、こうなる。「真実と道徳は……そのときどきの状況に
おける相互作用に依存するものである。……日本人は、明らかに矛盾するいくつもの事柄の
存在を、ひとつの真実のもつさまざまな側面として受け取る傾向を示す。彼らは一貫性に
こだわることがほとんどなく、厳密な論理にこだわる人を理屈っぼい、すなわち"理屈好きの
かわりもの"と見なしがちである」。

///// Karel Van Wolferen ///

239 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/09(日) 12:15:24.36 ID:ULHrOHMd
 
/// リアリティの管理 43 //////

     外国人に対する不信感

 日本人は自分たちが、本当の動機と表面的な動機の間に制度化されたギャップを持つので、
外国人や外国の動機も疑いがちである。彼らは、日本の状況や二国間の関係についての
外国の分析の背後にある、隠された"本音"をあくまでさがそうとする。この本音と建て前の
二分法を使えば、かつて日本が主張していた言い分を説明できる。日本人は第二次世界大戦前
および大戦中に、日本の真意がアジアでまったく理解されず、西洋諸国の本当の動機は見せかけ
よりはるかに陰険だと言い張ったものである。

///// K.V.ウォルフレン著 ///

240 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/10(月) 22:16:47.76 ID:ANbF49yx
 
/// リアリティの管理 44 //////

 筆者は、日本と西洋の衝突が拡大する原因は、両方の誤解にあるとする新聞記事を書いた
ことがある。すると日本の高官が、筆者の記事は日本の信用を傷つけようとする欧州共同体の
試みだという彼の考えを共同通信を使って流した。筆者はまた、アメリカ政府が一貫した
対日政策を持たないところから生じる影響を分析し、<システム>の特徴を列記した論文記事を
アメリカの出版物に書いた。この時も筆者がアメリカの利益代表と結託している可能性を
それとなくさぐるような質問を受けた。筆者の罪といえば、長年、日本の役人と親密につきあった
のに、彼らの世界向けの"建て前"の宣伝に協力しなかった点にある。日本において"本音"は
あくまで私的なものであり、酒を飲みながら論議したり冗談のネタにされるものである。

///// 「日本/権力構造の謎」 ///

241 :名無しさんの主張:2014/02/11(火) 19:19:12.24 ID:iy6HzOrl
>>1 漆間巌警察庁長官が「捜査費」で宴会を開いていた!
http://incidents.cocolog-nifty.com/the_incidents/2005/09/post_cc21.html
漆間巌(うるま・いわお)警察庁長官(60歳)が愛知県警察本部長時代
(1996年8月20日〜1999年1月8日)、「捜査費」(国費)で宴会を開いていたことが、
筆者が情報公開法により入手した「3月分捜査費明細書」という文書からわかった。

「捜査費」はその名前のとおり、「捜査」に使う費用。それが漆間本部長(当時)らの飲み食いに
使われていたとなれば、国民から強い批判が巻き起こるのは必至だ。
漆間本部長(同)が「本部長激励慰労」なる宴会を開いていたのは、
「平成9年(1997年)3月6日」。場所は「名城会館」(名古屋市北区・現在は存在しない)で、金額は「150,000円」。

このような宴会が「捜査費」でまかなわれているのは違法ではないのか。
愛知県警総務部会計課は、次のとおり説明する。
「捜査費の激励慰労費は、捜査活動に要する経費のうち、長期にわたる重要事件および
困難な重要事件の捜査等に従事する捜査員等に対する簡素な激励のための経費です」

あくまでも「捜査」にかかる「経費」だから、違法ではないということらしい。
しかし、いくら「激励」という名目があっても、身内の飲み食いが税金で支払われなければならない理由はない。

財務省主計局は、こう話す。

「警察庁から『激励慰労費は、単純な飲み食いとは違い、現場の捜査員の率直な意見交換に必要な経費』と説明されています」

だから「経費」として認め、予算をつけているということらしい。

しかし、「飲み食いしながらでなければ、率直な意見交換ができない」などという理屈は、税金支出上、
絶対に認めるべきではないし、そのような組織が捜査しているから、検挙率が26.1%(2004年)と低迷しているのである。

筆者は漆間長官にもインタビューを申し込んだが、
「個別案件についての長官へのインタビューは応じておりません」(警察庁広報室)と拒否された。

242 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/11(火) 19:38:30.48 ID:UzbscyNM
 
/// リアリティの管理 45 //////

   論理性の蔑視

 政治、社会状況のどんな論議でも、論理こそが確固とした論点の枠組みと一貫性を与える
ものである。論理のルールは、その場で即席でつくられるものではないし、毎月の討議に
よって改められるものでもなく、もちろん、政治家が指図できるものでもない。また、論理の
ルールはわれわれが意識しなくても、存在しつづける。こういうと、明々白々な点について
改めて説明しているように見えるかもしれないが、日本では、知識人が、"論理"は西洋人が
論議に勝つために西洋で発明されたものだと言い張ったりする。日本人の間には、過去の
何世紀もと同様、今も自分たちは論理なしでやっていけるという考えが行き渡っている。
もちろん、これは真実ではない。日本の技術者や科学者は他国の技術者や科学者と同じく、
論理的な考え方になじんでおり、その結果、ノーベル賞受賞者も何人か出た。

///// 原書1989年刊 ///

243 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/12(水) 21:54:37.37 ID:AOl94/8B
 
/// リアリティの管理 46 //////

 だが、社会的、政治的な問題になると、日本人は、逆説に気づいたり矛盾を解決したい
という強い欲求にかられることはなさそうである。日本の三大精神体系(神道、仏教、儒教)も
科学思想も、日本人にとって環境に働きかけるためのテコとならなかった。徳川時代の数学面
での業績は相当なもので、一七世紀末にば微積分の発明に至ったのに、チェスと似たりよったりの
位置づけしか与えられなかった。それはゲームとして扱われ、宇宙の本質、またそのなかの
日本の社会と関係があるものとは考えられなかったのである。近代の科学理論とてほとんど
変わらず、科学理論上の"現実"は社会の現実から切り離されたままである。

///// 邦訳 早川書房発行 ///

244 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/14(金) 22:48:11.76 ID:6jP/jTst
 
/// リアリティの管理 47 //////

抽象思考はそれ自体が最終目的となりがちで、人間の関わり合いの本質を見きわめるのに
活用されることはない。一方、社会研究は研究のための研究にとどまり、それは経験から
獲得された論点とは完全に切り離されている。
 学校がこのような態度を助長している。あるアメリカの人類学者は、日本と西洋の教育を
比較して、こう結論を下した。「論理教育は、所洋文明そのものと同じように古い。これと
対照的に、日本は伝統的に……暗記と模倣を強調してきた。前者のアプローチは道徳的、
知的な考え方の枠組みを内面化するのに役立ち、後者は環境への適応を助成する」

///// 篠原 勝 (翻訳) ///

245 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/15(土) 19:35:06.73 ID:RS4XJNdi
 
/// リアリティの管理 48 //////

    知的真空の列島

 政治的な方策のせいで、日本人は何世紀にもわたり、無形ながら非常に重要な文化的財産
すなわち自由な論議の場を奪われてきた。非常に理路整然と考え、知的な発見をする日本人を
筆者は個人的に知っているが、過去にも、多数の人が人間として当然の欲求に従って哲学的な
思索をしたはずだ。だが、忘れてならない重要な点は、これらの人びとは自分ひとりだけの
知的な世界を作り出さなければならなかったことである。

///// The Enigma of Japanese Power ///

246 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/16(日) 16:58:37.79 ID:fzK+yrNL
 
/// リアリティの管理 49 //////

日本に欠けていたのは、これらの人びとの思索をつなぎ合わせて、思考の枠組みとする
という壮大な知的伝統だった。反論したり新しい論を加えようにも、哲学的な思索の
秩序だった体系がなかったのである。論理的に秩序だった抽象概念の体系は現実を把握する
長い間の知的努力の産物である。こうした知的なベースがないと、競合する証拠の実態、
関連、重要さ、比重、均衡などを正確に把握できないのである。

///// Karel Van Wolferen ///

247 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/17(月) 22:40:37.85 ID:AOfuTnKw
 
/// リアリティの管理 50 //////

 日本の学問的な議論は、ごく小規模な自己充足的な論議の領界として知的真空の中に存在
することになる。論述を展開する学者たちは反対されるのが嫌なので、反論をほとんど不可能
にする程度にまで自己の論点を不明瞭にしがちである。知識人は自分の言った仮説を証明
したり反証するように求められることはめったにないから、批判的評価をするのがあまり
得意ではない。丸山真男は、日本の知識人は日本と外国の新しい考えを次々とすばやく取り
入れると言う。「新しい思想は、元がなんであれたちまちにして知識人を征服してしまう」
と彼は書いている。

///// K.V.ウォルフレン著 ///

248 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/20(木) 21:56:14.34 ID:2K8p8H5a
 
/// リアリティの管理 51 //////

新しい考えを、それまでの確信に照らして検討する努力もしない。急進派の学生は、同じ
傾向をはっきり示す例である。彼らは、日本以外の国でなら改宗にも匹敵するような、
知的・精神的過程をくぐりぬける。ところが、このような経験を何回も繰り返すので、
しまいには信念がほとんど残らなくなってしまう。ひとつの知的信念を固守しつづける
のはまれであり、固守しても報いがないばかりか、身近なところからくる社会・政治的な
要求としばしば衝突してしまう。多くの西洋人が日本人と有意義な会話を交わしたと思っても、
後になって、その時の結論が完全に忘れられているのに気づくことが多い。

///// 「日本/権力構造の謎」 ///

249 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/21(金) 22:48:02.35 ID:9KbnRO4V
 
/// リアリティの管理 52 //////

 日本の中学・高校では、相反する西洋と日本の思想が、学生に混乱を起こさせないよう
努力することなく、横並びで出てくる。政治や歴史にふれる教科書は、望ましい政治の体系と
望ましくない体系との区別もしない。

   そこには情熱がない。判断も欠如している。学生が教えられるのは、歴史に登場した
  勢力の独自性、活力や衝突ではなく、項目の暗誦である。全体主義、資本主義、
  共産主義、さらに自由と民主(日本語ではどちらも"主義"になる)なども含め、多くの
  "主義"の名前が揚げられるが、具体的な詳細は検討されることはない。

///// 原書1989年刊 ///

250 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/22(土) 09:17:03.82 ID:4IGhBsOj
 
/// リアリティの管理 53 //////

 さまざまな"主義"は立替え可能であり、どれも同じような妥当性をもって、われわれの
尊敬の念を要求できるとの印象を与える。
 日本の知的伝統の貧しさは、例の熱意を欠く機関――つまり大学――に反映されている。
日本の学生のもっとも際立った特徴は、一般的に見られる無感動だろうが、そのことを
知ってもだれも驚きはしない。筆者は早稲田大学などで教えたことがあるが、学生が知的な
追求のおもしろさを発見するとしても、それは彼らが自分で発見するのであって、学生に
知的な影響を喚起するような教授はまれである。高校と同様、知力を育て拡げるという
意味での教育はほとんど存在しない。日本の一部の大学教授が知的な案内人として機能
していても、それは親切心からで、そういう役割があると期待されているからではない。
学生のうち比較的才能に恵まれたものの多くは、極端な虚無を経験することになる。

///// 邦訳 早川書房発行 ///

251 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/25(火) 22:51:03.47 ID:P/swgH12
 
/// リアリティの管理 54 //////

    ばらばらに存在する知識

 西欧の場合がそうであるように、知的伝統が権力者の方策から究極において独立性をもって
存在しているなら、それは政治の問題にある程度の知的コントロールを行使できるのみならず、
何か新しい思想が出現したときにもある種の知的整合性を育むことができる。宇宙の仕組みに
関する中世の諸理論が、異端であったコペルニクスやガリレオの仮説に耐えられなくなった時、
ジョン・ダン(一五七三〜一六三一、英国の詩人・聖職者)は「すべてはばらばらに砕け、
もはや整合性心なし」と嘆いた。だが、彼はギリシャの伝統的な論理的思考の力を過小評価
していた。そもそも彼自身、この伝統なしには整合性についてなげくこともなかったであろう。
新しいものに次々と直面しながらも、日本人は知的生活の面でこのような伝統の継承者には
ならなかった。

///// 篠原 勝 (翻訳) ///

252 : ◆0JFEyIQD1s :2014/02/27(木) 23:07:28.67 ID:UEu3YEtB
 
/// リアリティの管理 55 //////

 まぎれもない秩序が社会的関係を律しているのに、個々の事象や考え方は、不調和の饗宴
よろしく共存し、外国人を困惑させたり、おもしろがらせたりしている。日本を訪れた者が
すぐに気づくのは、そこがさまざまな思想や方法やトリックが常習的に集められる国である
という点である。まったく異なる建築様式を七つとか九つとか混ぜた喫茶店や建物がある。
マンドリン演奏クラブが大学にある。

///// The Enigma of Japanese Power ///

253 : ◆0JFEyIQD1s :2014/03/02(日) 09:59:35.71 ID:Lg4Kyozc
 
/// リアリティの管理 56 //////

この種の例は数かぎりなくあるが、もうひとつ挙げると、日本にはヨーデル愛好協会があり、
ヨーデルの歌い手たちがスイスの民族衣装を着て舞台に並び、コンサートを開く(コンサート
にはスイス大使館の文化担当官が招かれる)。思想も大量に輸入される。英語、ドイツ語、
フランス語から訳された書物が本屋に所狭しと並ぶ。原著の新しい思想は訳本にもいくらか
滲み出るのはまちがいないにしても、原著の精神や目的を伝えそこなう翻訳もかなり多い。

///// Karel Van Wolferen ///

254 : ◆0JFEyIQD1s :2014/03/03(月) 21:46:28.67 ID:MatoI4AP
 
/// リアリティの管理 57 //////

 これまでの人類の歴史で、明治維新後の一九世紀後半の日本人ほど、新しい思想を多すぎる
ほど大量に吸収する必要を感じた人びとはほかになかったであろう。国の改造が進む中で、
おびただしい雑誌やや研究会が新思想を日本中に広めた。だが、武士階級であったエリートや
教育を受けた平民の新しい階級が心酔した諸思想は、一般的にいってもともとの思想が発生
した文脈から外れて伝えられたものであった。新思想を紹介した知識人は、多くの場合、
実際的な目的を念頭において思想選びをした。外国は知の大露店市となった。日本は近代化、
国の強化、他国に追いつくための道具として使える宗教、道徳規範、芸術、政治体系をそこで
選んでは買いこんだのである。

///// K.V.ウォルフレン著 ///

255 : ◆0JFEyIQD1s :2014/03/05(水) 22:23:01.62 ID:Fs+XFaKh
 
/// リアリティの管理 58 //////

 日本人の哲学者のうちで、ある程度国際的に知られた唯一の人である西田幾多郎は、
彼の先生でドイツで教育を受けたラファエル・ケーベル博士が、一九一四年の東京帝国
大学での講演において日本の知識人の生半可な理論を痛烈に非難した様子を覚えていた。
ケーベルによれば――「(日本の学者は)根を移そうとせずに、ただ人目を驚かすような
花だけを切り取って来ようとする。その結果は、その花をたずさえた人がひどく尊敬された
というだけで、その花を咲かすような植物はわが国(日本のこと)には育ってこない
のである」

///// 「日本/権力構造の謎」 ///

256 : ◆0JFEyIQD1s :2014/03/07(金) 23:01:31.83 ID:DfG9zvF/
 
/// リアリティの管理 59 //////

 フランス語、ドイツ語、英語からの翻訳物の寄せ集めや、堰を切ったように入ってきた
種々雑多な意見はたしかにあった。しかし、そこから一連の一貫した思想にもとづいた、
広範な人びとにとって説得力のある人生の指針は生まれなかった。特に真剣な思想家は、
自国の伝統的な学問の正当性に疑問を持ちはじめ、あまりに激しく反応するあまり、知的な
方向を完全に見失ってしまうこともあった。ごくまれな例外は、リベラルな学者、吉野作造
(一八七八〜一九三三)だった。彼は、まとまった社会観を作り上げ、日本の政治体系が
発達し進むべき方向について独自でかつ現実的な考えを持っていた。

///// 原書1989年刊 ///

257 : ◆0JFEyIQD1s :2014/03/08(土) 16:35:59.80 ID:/xGda6ii
 
/// リアリティの管理 60 ////////

 日本の一部の知識人は、類別の細部をめぐって果てしなく議論する習慣を身につけた。
たとえば、いまだに、日清戦争が"国家主義的"であったか"帝国主義的"であったかと激論を
戦わす知識人がいる。日本のマルクス主義者は、第二次世界大戦前もそういうことがあったが、
戦後にもまた、日本社会がまだ"封建的"であるかどうかと論争して分裂した。もし封建的
であるなら、社会主義的革命が起こる前に、ブルジョワ段階を一応経過する必要があると
いうわけだ。

///// 邦訳 早川書房発行 ///

258 : ◆0JFEyIQD1s :2014/03/09(日) 11:34:15.86 ID:EYOMn0xu
 
/// リアリティの管理 61 //////

この大論争が学界のかなりの部分を講座派と労農派に二分する原因になったが、労農派は、
資本主義が労働者階級を十分に育てたから、プロレタリア革命の準備をすすめることが
できると信じた。西洋の思想を批判し、それに対抗するのに、別の西洋思想がしばしば
利用される。どちらの西洋思想も日本の経験に関連づけられないままに使われる。抽象的な
西洋の学問の大食らい現象は、明治時代から国家主義台頭の一九三〇年代まで続いた。
この結果、その後の日本に残ったのは、支離滅裂で未消化の知識の断片の寄せ集めだった。

///// 篠原 勝 (翻訳) ///

259 : ◆0JFEyIQD1s :2014/03/10(月) 22:29:29.59 ID:SoF9G8bi
 
/// 早川書房 //////////////

 カレル・ヴァン・ウォルフレン(Karel Van Wolferen) (著)、篠原 勝 (翻訳)、
 原著1989年発行、邦訳 早川書房1990年発行
 「日本/権力構造の謎」 The Enigma of Japanese Power
 日本 権力構造の謎〈下〉 ハヤカワ文庫NF、945円(税込)

  ISBN-10: 4150501785
  ISBN-13: 978-4150501785

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260 :名無しさんの主張:2014/03/12(水) 22:52:40.29 ID:???
★「内閣法制局」問題で表面化した法治国家の弊害    1
 北村 隆司

内閣法制局の憲法解釈をめぐり安倍首相が「憲法解釈の最高責任者は私だ」と答弁した事に、
与野党から批判が出たそうだが、首相の答弁が「憲法解釈の(行政府に於ける)最高責任者は
私だ」と言う意味であれば、安倍首相が正しい。
なぜかと言えば、「内閣法制局設置法」の第七条で「内閣法制局に係る事項については、
内閣法 にいう主任の大臣は、内閣総理大臣とする」と内閣法制局の最高責任者は内閣総理大臣
であると定められているからである。
それにも拘らす、この当たり前の答弁が問題になる背景には、「立憲民主制」である筈の
日本を、事実上「立憲権威制」に堕落させた象徴的存在である内閣法制局の「権威主義」がある。
法制局のうぬぼれと厚顔振りを物語る実例として、退官後に最高裁判所判事に天下り(天上がり?)
した故高辻正己元法制局長官が現役時代に新聞インタビューで内閣法制局の存在意義について
述べたコメントを紹介したい。
「何のために法制局があるかと言えば、政府の施策が法の支配、法の定めるところに従って
実施されることを担保するためですよ。……内閣は行政各部を指揮監督できるんですが、内閣が
法制局を指揮監督するというのは考えられない。法の支配を考えると、法律判断というのを
内閣がやっていたらきりがない。だがら、法制局が重視されざるをえない」

261 :名無しさんの主張:2014/03/12(水) 22:54:57.53 ID:???
★「内閣法制局」問題で表面化した法治国家の弊害    2

この「内閣が法制局を指揮監督するというのは考えられない」と言う、何とも非論理的で傲慢な
発言には怒りを覚えるが、これに反論もしないマスコミや識者の権威への屈服振りも見事なものである。
政治的システムとしての権威主義の特徴は:

@ 政治的権力は被統治者に対して何ら憲法上の責務を負わない。
A単一の指導者または少数エリートに集中される反民主性。
B指針となるイデオロギーの欠如。
B 社会的機構に幾らかの複数性を許容する。
C 他人の意思や意見への関心が欠ける。

等があげられるが、内閣法制局はこの全てが当てはまる。
故高辻元長官の意味する処は「政権交代があったとしても、一義的に導き出される憲法解釈の
変更を認めない」と言うに等しい。
この事は「一度示した憲法解釈、法律解釈は誰が首相でも、政権交代があっても従来の見解は
頑として変更しない」と選挙で示された国民の意志を含む全てからの「超然性」を求める暴論で、
これを崩すには首相が法制局内の順送り人事を無視して自分の信頼できる人物を持って来る
他に方法がない。

262 :名無しさんの主張:2014/03/12(水) 23:02:21.15 ID:???
★「内閣法制局」問題で表面化した法治国家の弊害    3

安倍首相が、新長官に小松氏を連れて来たのもこれが理由であろう。又、設置法に定められた
法制局の担当職務が内閣の相談係である以上、首相が自分の信頼する人物を長官に任命する
のは当然である。
英米法の泰斗で少数意見の多いことで知られた故伊藤正巳元最高裁判事(東大名誉教授)が
退官される際に「先輩には、補足意見は無駄な独り言だと言われもした」と嘆いた通り、
法制局や最高裁に限らず、日本の司法幹部には長いプロセスに於ける少数意見から学ぶ利点も
知らない時代に遅れた余りに不適格な人物が多すぎるのも問題である。
支配の形式である前にその中身が正義・公正の原則に合うものでなければならないとする
「法の支配」と異なり、法律の文言や形式に重きを置く「法治主義」は、法律によれば解釈次第で
何でも出来ると言う「法律万能主義」に陥り易い欠点がある。
国家の近代化で一歩先行していた英国に追いつこうとした独仏などの大陸欧州諸国は、分散的な
封建主義から中央集権的近代国家に移行しようとして、中身・内容は二の次にして体裁を整える
事を優先してローマ法を発展させた法制度(大陸法系の法治主義)を導入した。

263 :名無しさんの主張:2014/03/12(水) 23:11:45.58 ID:???
★「内閣法制局」問題で表面化した法治国家の弊害    4

その結果、法文解釈の「硬直化」や「権威化」が広がり、(1) ジャコバン党の恐怖政治(フランス)
(2) ナチスの席巻(ドイツ)(3) ソ連の全体主義支配(欧州全体)。と三回に亘る制度危機に
直面し、その度にコモンローの英米両国に救われて来た。
この傾向は第二次大戦後も変らず、頻繁に憲法や統治形態の変更を迫られ、1945 年の第二次
世界大戦終結から2010 年に至るまでに、成文憲法の無い英国は別として、アメリカが6 回のみ
であったのに対し、フランスは27 回(1958 年の新憲法制定を含む)ドイツは57 回も憲法を
改正して制度の陳腐化を防いで来た。
大陸法的な憲法運用をする日本が戦後一度も憲法を改正していない事実からも、法制局による
「恣意的解釈」で誤魔化して来たことは火を見るより明らかである。
近代国家で唯一成分憲法を持たない英国が「憲法の祖国」と言われる理由は、国民の権利・自由を
保障しそれを守る為に民主主義的な政治制度を定めた1215年のマグナ・カルタに遡る気の遠くなる
様な昔から、中身・内容を重視する「法の支配思想」を守って来たからである。

264 :名無しさんの主張:2014/03/13(木) 21:09:05.61 ID:???
★「内閣法制局」問題で表面化した法治国家の弊害    5

又、独立した精神と自由への愛着の強い裁判官が「法の支配」を実現する上で最も大きな役割を
果たすと信ずるコモンロー国家では、裁判官の独立性を保障する為に日本の様に昇進、昇給,
更には任地についてまで最高裁事務局や上司を気にして行動しなければならない官僚制度の適用を
意識的に排除している。これは、裁判官の好みや恣意的判断を防ぐ重要な智恵でもあり、アメリカや
カナダでも踏襲している。
法律を学んだ事のない私には、ケルゼン純粋法学も修正自然法論も理解の外だが、ここに挙げた
例でも判る通り「法の支配」を採用するコモンローの国と大陸法系の「法治主義」を採用する
諸国の統治制度や憲法の永続性や安定度を比較すると、「法治主義」国家の劣勢は明らかである。
1889年当時から既に時代遅れだと言われていたプロイセン憲法を真似て、大日本帝国憲法を
制定して「法治国」入りした日本は、内容も理解もせずに殆ど直訳して沢山の法律用語を
整える事で形式的な近代化を果たした。
この慣習は現在でも継承され、アメリカの強い影響を受けて制定された日本国憲法でありながら、
英米とは全く異なる戦前からの日本の伝統に沿った権威主義と仲間意識を中心とした運用と
解釈が横行し、永らく行政訴訟は門前払い、憲法判断は回避する時代が続いた。

265 :名無しさんの主張:2014/03/13(木) 21:13:07.35 ID:???
★「内閣法制局」問題で表面化した法治国家の弊害    6

そのため、憲法第八十一条 で「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に
適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」と規定しているにも拘らず、
政治とのかかわりを嫌い違憲判断を避けたい最高裁の意向を知る内閣法制局は、何の法的根拠も
なしに「法制局、法の番人論」と言う流言飛語を流し、憲法上の責務を負わずに実態的な単一
憲法解釈権を手に入れた。
その背後には、最高裁と司法行政当局との互助会的な談合もあると思われるが、この点は
改めて触れる事にしたい。
法治主義のもう一つの欠点は、いくら細かく規定したとしても解釈の余地が全く無い法律と
言うものはあり得ない事で、例えば、「白馬」の売買を禁止する法律を制定しても、法解釈の
責任者がその馬の背中に数本の黒毛を発見して「この馬は白馬ではない」と解釈できる
「恣意的な判断」が容易な点である。

266 :名無しさんの主張:2014/03/13(木) 21:17:03.03 ID:???
★「内閣法制局」問題で表面化した法治国家の弊害    7

しかも、内閣法制局は相対立する法解釈に弁論の機会を与えすに「白馬でないと言う結論が
論理的な帰結である」と問答無用の宣言をしても誰も抵抗出来ない組織に変えてしまった。
米国の大統領制の三権分立統治とは異なり、英国や日本の議院内閣制に於いては必然的に行政が
強くなる宿命にあり、今回の「内閣法制局」問題を契機に、我が国も明治以来継承して来た
大陸法的な「法治主義」の弊害をきちんと認識した上で、英米流の「法の支配」原理を日本の
法体系に融合する時期である。
以上の事からも憲法改正は喫緊の課題であるが、次回は米国司法省法律顧問局(OLC)と日本の
法制局の機能を比較しながら、現憲法下でも現実の政治課題を迅速に処理出来る具体策を論じたい。

2014年2月27日
北村隆司
http://agora-web.jp/archives/1584161.html

267 :名無しさんの主張:2014/03/14(金) 23:27:19.34 ID:???
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」       1
  元裁判官が最高裁の「人事支配」を厳しく批判
 弁護士ドットコム 2014年02月28日 17時12分

33年間にわたり、東京地裁や大阪高裁など日本各地の裁判所に勤務し、最高裁判所の調査官を
経験したこともある元裁判官・瀬木比呂志氏が2月27日、外国特派員協会で記者会見を開き、
日本の裁判所の「病巣」を厳しく批判した。
裁判所の内部に長く在籍した人物による表立った組織批判は、異例のことだ。2月中旬に『絶望の
裁判所』と題する新書を出した瀬木氏は、同書の内容を引用しながら、「最高裁長官の意を
受けた最高裁事務総局が、裁判官の人事を一手に握ることによって、容易に裁判官の支配・統制を
おこなうことが可能になっている」と指摘した。
そのうえで、「裁判官たちは、ヒラメのように最高裁事務総局の方向ばかりをうかがいながら
裁判をするようになり、結論の適正さや当事者の権利は二の次になりがちだ」と、現在の裁判所の
人事制度がもたらす問題点を批判した。
スピーチでは、最高裁長官による「大規模な情実人事」や、最高裁の暗部とされる「思想統制工作」に
ついても触れており、組織内部の体験者ならでは生々しさが感じられる。以下、瀬木氏のスピーチの
内容を紹介する。

268 :名無しさんの主張:2014/03/14(金) 23:35:58.93 ID:???
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」       2

●「思想統制工作」を自慢げに語る裁判官たち

「日本の裁判所はどのような裁判所かということですが、大局的にみれば、それは国民・
市民支配のための道具・装置であり、また、そうした装置としてみれば、極めてよく
できているといえます。
なぜ日本の裁判所・裁判官が、そのような役割に甘んじているのかを多角的に解き明かす
のが、この書物(『絶望の裁判所』)の目的です。
私は思想的には、広い意味での自由主義者であり、また、個人主義者でもあると思いますが、
いかなる政治的な党派・立場にも与してはいません。
以下、書物の内容に沿いながら、論じます。
まず、私が最高裁で経験した2つの事件について、述べます。1つは、私が事務総局民事局の
局付裁判官だった時代の経験です。
ある国会議員から入った質問に対してどのように答えるかを、裁判官たちが集まって協議
していたとき、ある局の課長(裁判官)がこう言いました。『俺、知ってるんだけどさ、
こいつ、女のことで問題があるんだ。質問対策として、そのことを週刊誌かテレビに
リークしてやったらいいんじゃないか』

269 :名無しさんの主張:2014/03/15(土) 00:17:15.91 ID:???
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」       3

もちろん彼のアイデアは採用されませんでした。(裁判官からこのような言葉が出たことに)
他のメンバーはショックを受けていましたが、その課長は平然としていました。彼は、のちに
出世のヒエラルキーを昇り詰め、最高裁に入りました。
また、私が最高裁の調査官時代、最高裁判事と調査官の昼食会の席上、ある最高裁判事が
大声をあげました。『実は、俺の家の押し入れには、ブルーパージ関連の資料が山とあるんだ。
どうやって処分しようかな』。すると、『俺も』『俺も』と他の二人の最高裁判事からも
声があがりました。
このときも、昼食会の会場は静まりかえりました。『ブルーパージ』というのは、大規模な
左派裁判官排除、思想統制工作であり、最高裁の歴史における代表的な恥部です。そのような
事柄について、6人の下級裁判所(地裁・高裁)出身の裁判官のうち3人もが、自慢げに
このような発言をおこなったことに、他のメンバーはショックを受けました」

270 :名無しさんの主張:2014/03/15(土) 09:05:05.33 ID:???
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」       4

●最高裁事務総局を頂点とする「上命下服のピラミッド」

「2000年代以降、長く人事上劣勢にあった刑事系裁判官は、裁判員制度導入を利用して、裁判所の
支配権を握りました。彼らがおこなった情実人事については、本書でも詳しく記しています。
このような状況について、ある元裁判官は『最高裁長官・竹崎博允(ひろのぶ)氏が進めた
このような人事は、言語道断である。こうした大規模な情実人事が、下級審裁判官たちに
与えた影響は計りしれない』と述べています。
竹崎長官の就任後、最高裁判所のいわゆる『学者枠』に元裁判官である女性学者が任命されました。
しかしこの人事については、学者の間から『彼女の業績は非常に乏しいものではないか』という
批判が数限りなく聞かれました。
この人事についても、元裁判官の有力者は次のように述べています。
『筋の通った反対意見を書くことが多く、影響力が強い《学者枠》の裁判官に、そのような
人物ではない人を得るというのは、裁判所当局にとって都合の良いことであろう。たとえば、
必ず提起されるに違いない《裁判員制度違憲》を訴える訴訟について、全員一致の合憲判決を
得ることが容易になるに違いない』
この合憲判決については、彼の予測は当たることになりました。

271 :名無しさんの主張:2014/03/15(土) 09:08:22.23 ID:???
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」       5

日本の裁判所のもっとも目立った特徴は、あきらかに『(最高裁)事務総局中心体制』であり、
それにもとづくところの上命下服の『ピラミッド型ヒエラルキー』です。そのヒエラルキーは、
たとえば横綱から幕下力士までの名前が細かく掲げられた相撲の番付表にも似ています。日本の
裁判所が、およそ平等を基本とする組織ではなく、むしろ、その逆であることを認識してください。
最高裁長官、事務総長、そして、その意を受けた事務総局人事局は、裁判官の人事を一手に
握ることによって、容易に裁判官の支配・統制をおこなうことが可能になっています。こうした
人事について恐ろしいのは、裁判所当局による報復が何を根拠としておこなわれるのか、いつ
おこなわれるのか、わからないということです。
そのため、裁判官たちは『最高裁や事務総局の気に入らない判決を書かないように』という
ことから、ヒラメのようにそちらの方向ばかりをうかがいながら裁判をするようになり、
結論の適正さや当事者の権利は二の次になりがちです。
事務総局は、気に入らない者については、かなりヒエラルキーの階段を昇ってからでも、たとえば
『もう、あなたは東京には戻さない』といったことを告げ、公証人など別の職業を紹介する
といった形で、切り捨てることができます」

272 :名無しさんの主張:2014/03/15(土) 09:24:15.02 ID:???
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」       6

●『それでもボクはやってない』はいつでも起こりうる

「日本の裁判官は、このような事情から、たとえば国が被告になっている、あるいは行政が被告に
なっているような困難な判断につき、棄却・却下の方向をとりやすい。また、困難な判断を避け、
当事者に和解を強要する傾向が強いといえます。
最高裁の判例の一般的な傾向については、このように言えると思います。すなわち、統治と支配の
根幹はアンタッチャブルであり、しかしながら、それ以外の事柄については、可能な範囲で
一般受けの方向を狙うということです。
刑事裁判については、日本では『それでもボクはやってない』という周防正行監督の映画が話題に
なりましたが、実際には日本の法律家にとって、あの映画はショッキングなものではありません。
ああいうことは、いつでも日本の刑事司法で起こりうる。つまり、あなたがたにも起こりうる
ことだと考えます。
裁判員制度についても、そのあるべき姿がゆがめられてしまったといえます。被告人選択制の
陪審制度に移行すべきです。

273 :名無しさんの主張:2014/03/15(土) 09:54:34.18 ID:???
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」       7

日本の裁判官は、かつては2000名あまり、現在も3000名足らずと非常に少ない。一般的にいえば
エリート集団ですが、その非行はかなり多く、ことに2000年代以降、8件もの事件で、多くの裁判官が
罷免等されています。ほとんどが性的な非行です。これは裁判所の荒廃の端的なあらわれではないか
と思います。このような事態を生む裁判官の精神構造の病理については、本書で詳しく触れています。
日本においても、たとえば大学では、ハラスメントに関する適正な規律がなされています。しかし、
裁判所には、そのようなガイドラインも、相談窓口や審査機関もなく、いわば野放しの状況に
なっているといえます。
つまり、裁判官たちの非行については、収容所的な組織がもたらす悪影響と個人的な原因が
あるということです」

274 :名無しさんの主張:2014/03/15(土) 12:41:20.46 ID:???
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」       8

●日本の裁判官は「見えない収容所」の囚人

「日本の裁判官たちは、見えない『檻』『収容所』の中に閉じ込められた『制度の囚人達』である
といっても良いと思います。それはある意味で、旧ソ連の全体主義的共産主義体制すら
思い起こさせます。
日本の社会はそれなりに充実した民主社会ですが、その構成員にとって、あるいは日本に住む
外国人にとって、息苦しい部分があると思います。
その原因の一つは、おそらく社会の二重構造、二重規範にあるのではないかと思います。つまり、
法などの明確な規範の内側に、それぞれの部分社会特有の『見えない規範』があるのです。
人々は、どちらかといえば、その『見えない規範』によって縛られています。
日本の裁判官の社会は、この『見えない規範』が極めて強固であり、またそれに触れた場合の
制裁が極めて過酷な社会なのです。
日本国憲法76条には『すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法
及び法律にのみ拘束される』と記載されています。

275 :名無しさんの主張:2014/03/15(土) 12:43:31.61 ID:???
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」       9

しかし、日本の裁判官の実態は、『すべて裁判官は、最高裁と事務総局に従属してその職権を行い、
もっぱら組織の掟とガイドラインによって拘束される』といったものになっています。この憲法の
条文は、日本国憲法の他の数多くの輝かしい条文と同じように、愚弄され、踏みにじられていると
いえます。
日本の裁判所・裁判官制度が根本的に改革されなければ、日本の裁判は、本当の意味において良くは
ならないでしょう。また、現在の裁判所はもはや自浄能力を欠いており、法曹一元制度の採用による
根本的な改革が必要だと考えます。
まとめの言葉として、次のように述べておきたいと思います。
本書はある意味で、司法という狭い世界ではなく、日本社会全体の問題を批判する書物です。
バブル経済崩壊以降の日本社会の行き詰まりには、私がこの書物で分析したような問題に起因する
部分が大きいのではないでしょうか。

276 :名無しさんの主張:2014/03/15(土) 12:47:22.88 ID:???
★「適正な裁判や当事者の権利は二の次」       10

日本の裁判官組織は、法律専門家エリートの非常に閉ざされた官僚集団であるために、
そのような問題が集約・凝縮されてあらわれていると考えます。その意味で、本書で
私が提起した問題には、かなり大きな普遍性があるのではないのかと考えています」

【瀬木比呂志氏プロフィール】
1954年名古屋市生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験に合格。1979年以降、裁判官として
東京地裁、最高裁等に勤務、アメリカ留学。並行して研究、執筆や学会報告を行う。2012年
明治大学法科大学院専任教授に転身。民事訴訟法等の講義と関連の演習を担当。

(弁護士ドットコム トピックス)
http://www.bengo4.com/topics/1243/

277 : ◆kw91xaRjPU :2014/03/16(日) 07:46:45.07 ID:zLZeIOAo
 
/// リアリティの管理 62 //////

 政治理論家の丸山真男や彼の信奉者など、戦後日本の一部の知識人は、普遍的原理が
政治過程や個々人の目的の是非が判断される場合に適用されないことに悩んでいるようだ。
彼らは、こうした原理を適用しないことが日本社会の多くの欠点の原因だと言う。しかし、
国家主義的な傾向のある日本人は、日本人の考え方の"柔軟性"を美点だと考えているようだ。
中曾根首相は一九八四年八月に全国向けに放映されたテレビのインタビューで、日本人は
その柔軟性のために、西洋人に比べ有利な立場に立てると示唆した。彼はこの点を誇りに
しているようだった。

///// The Enigma of Japanese Power ///

278 : ◆0JFEyIQD1s :2014/03/20(木) 22:51:39.18 ID:AV7fsGH3
 
/// リアリティの管理 63 //////

彼は、その時、日本人は個人として神道やキリスト教と共に仏教を受け入れる多神教
であると説明した。彼によると、日本人の考え方は「一神教の西洋人」の考え方より
寛容であることになる。究極的に相容れない信念を同時に受け入れるのは、実際には、
どれも信じないのと同じだと、彼が思ってもみなかったのは明らかだ。
 このような説明の例があると、一般の人びとは、ケーキを食べてしまえばケーキは
なくなるという事実を理解しづらくなってしまう。エドワード・サイデンステッカーは
こう言う。

///// Karel Van Wolferen ///

279 : ◆0JFEyIQD1s :2014/03/20(木) 22:52:26.69 ID:AV7fsGH3
 
/// リアリティの管理 64 //////

   学生は、明快な説明が求められると……思考を思考でなくしてしまう折衷主義の傾向を示す。
  ある研究者が、調査のために選ばれた一団の学生にどのイデオロギーの影響を受けていると
  思うかをたずねた。彼女が選択させたイデオロギーは、「マルクス主義……非マルクス主義的
  社会主義……自由主義……ヒューマニズム………プラグマティズム……無政府主義……ニヒリズム
  ……実存主義……ナショナリズム……理想主義……快楽主義……ノンポリ……その他」であった。

///// K.V.ウォルフレン著 ///

280 : ◆0JFEyIQD1s :2014/03/21(金) 17:29:46.32 ID:zi+dPwva
 
/// リアリティの管理 65 //////

  活動家だと述べた学生四七人のおよそ半数がマルクス主義だけを選んだ。三人が自由主義、
  一人がヒューマニズムを選び、残り全員が往々にして互いに対立する多数のイデオロギーを
  信奉していることを明らかにした。回答者のうちの二人は一〇項目に、一人はリストにある
  「その他」以外の全項目に印をつけた。他国の政治的文化では、こういうことはユーモアの
  一部とも考えられるだろうが、日本では違う。日本人の頭の中ほど、まったく異種のイデオロギーが
  仲良く隣り合わせになっておちついているところはない。結局そのことで生じる効果は、
  もちろん猛烈な反主知主義である。

///// 「日本/権力構造の謎」 ///

281 : ◆0JFEyIQD1s :2014/03/22(土) 19:45:59.03 ID:OR/Dq/6k
 
/// リアリティの管理 66 //////

メソポタミア、ペルシャ、インド、西洋、そして中国の宗教、哲学は伝統的に弁別法および
二分法を欠かせないものとした。これに対し、日本人はそれを避けることを日本的なものの
真髄とし、讃えてきた。一八世紀まで遡ってみても、日本最大の古典学者のひとり、本居宣長は、
善悪を峻別しないことに憧憬の念を抱いていた。彼は日本固有の神道を外国の教義と対照させ、
こう述べた。「すべて神の道は、儒佛などの道の、善悪是非をこちたくさだせるやうなる
理屈は、露ばかりもなく、ただゆたかにおほらかに雅たる物(神々の道には、儒学者や仏教の
道のように正と邪などと、煩わしくも物事を善悪によって評価するような議論はひとつとして
含まれていない。神々の道は富裕にして寛大で優雅である)。」

///// 原書1989年刊 ///

282 : ◆0JFEyIQD1s :2014/03/23(日) 16:48:42.17 ID:qlAnnJa6
 
/// リアリティの管理 67 //////

日本の伝統的な思想には根本的に、二元性が存在しないという主張は、今日でも賞賛されている。
現代の理論家は日本の国民的特性にふれて、日本人は知的なあいまいさを好む、と誇らしく
宣言している。西洋で禅を大衆化して有名になった鈴木大拙は、「文章には表わすことのできない」
はずの真実を約四〇冊の英語の本にして一財産築いたが、彼はひたすら西洋の「二元的論理」の
欠点を指摘しつづけた。武士階級の間で盛んだった日本の禅は、ある歴史的な役割を実際に
果たしてきた。我を"滅し"、心を"無"にするという禅の一般的なイメージからも推察されるように、
それは盲従を期待された個人が感じる抵抗の気持ちを弱めるようにするという役目だった。

///// 邦訳 早川書房発行 ///

283 : ◆0JFEyIQD1s :2014/03/24(月) 21:54:34.05 ID:0K9vfkk8
 
/// リアリティの管理 68 //////

    鈍化された儒教

 融通性に富み、相対的で、話し合って決めることができる日本の真理。あり余るほどある
とされる理屈。強靭な知的伝統の欠如。管理者への法の屈従。無節操を受け入れるどころか
賞賛すること。これらのすべてがいうまでもなく、互いに原因となり結果となって絡み合っている。
これらは、日本の力の行使におけるもっとも重要な決め手であると筆者が述べた論点を強めている。
すなわち超越的真理や普遍的価値に訴えるという伝統の欠如である。現存する他の文明においては
みな、社会・政治的な関心を超越した真理の存在を認める宗教や思想体系を発達させてきた。
しかし、日本では神道も仏教も役に立たなかった。

///// 篠原 勝 (翻訳) ///

284 : ◆0JFEyIQD1s :2014/03/26(水) 23:51:58.36 ID:UmyedmkQ
 
/// リアリティの管理 69 //////

 日本の政治的伝統の精神的背景を検討する際には、中国の知的、精神的生活と比較するのが
有益だ。中国における支配的な力は儒教だった。社会的経験に根ざした儒教は代用物としての
宗教であったから、日本の権力者にひじょうに好都合だった。儒教の倫理観は、人間性と社会の
力学への洗練された深い理解にもとづいていた。したがって形而上学の入りこむ余地はなかった。
中国の「天」の概念は、西洋(もとはメソポタミア)の神が創造し支配する宇宙の概念とは
ずいぶん違う。中国の「天」は、もちろん地上のなにものよりも上位にあると考えられたが、
宇宙の創造主とはみなされず、具体的な形には描かれなかった。

///// The Enigma of Japanese Power ///

285 : ◆0JFEyIQD1s :2014/03/28(金) 21:29:40.13 ID:+nVrNcQ+
 
/// リアリティの管理 70 //////

それはまた、社会の知の源としても重要だとは考えられなかった。儒教の行動規範は、
現世志向だとしかいえないだろう。だが、儒教が発達させた原理は、普遍的な真理であり、
すべての状況に適用できると考えられた点は重要である。
 こうして、中国人に、社会的秩序とは別個の道徳的秩序があるとの考えを抱かせる下地が
整った。中国の倫理観は、超自然的存在にはもとづかず、形而上学的な仮説に支えられても
いなかったが、世俗の権威や生々しい社会の関心事を超越していた。この点、中国の儒教は
結局キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教、仏教の伝統的な超越概念に類似
している。

///// Karel Van Wolferen ///

286 : ◆0JFEyIQD1s :2014/03/29(土) 11:14:39.52 ID:9s9yPstz
 
/// リアリティの管理 71 //////

 日本人はさまざまな事柄に関して中国の模範に大いに学び、また権力者は従順な被統治者を
つくり出すことに熱心であったが、卓越的抽象原理を導入して道徳的な市民をつくることには
関心を示さなかった。日本の権力者たちが中国人に習って、社会的に望ましい行動から普遍的
道徳原理を抽出することによってもう一歩を進めたとしても、不公正な社会的慣習に異議を
申したてかねない個人の良心というものを発達させることなど、思いもよらなかった。中国の
個々人は、社会よりも自己の道徳的判断を優先させよと教える伝統にたよれる。孔子自身が
次のように言ったとされている。「有徳の仁は、社会でとるに足りない者ではなく、協力的な
一員でなくてはならない。慣習が道にもとり、有害だと思えばいつでも、順応するではなく、
慣習を変えるよう他をよく説得すべし」

///// K.V.ウォルフレン著 ///

287 : ◆0JFEyIQD1s :2014/03/30(日) 09:13:54.87 ID:aIExdroB
 
/// リアリティの管理 72 //////

 孔子は皇帝への絶対忠誠を拒み、「道」つまり原理への忠誠を選んだ。その結果、「生命を
捧げて道を守った、殉教者の高貴な一団」が生まれた。この伝統が中国人に統治者の正統性に
ついて考えてみるというひとつの自由を許した。彗星の出現、地震、洪水、疫病などが起こって、
天の怒りというべきものの存在が明らかになったときなど特に、そうであった。中国の歴史を
画した革命や王座強奪は、天からの命令だとしてつねに正当化された。多数の一般大衆も
政治的、経済的な方便を超越する道徳的秩序の概念を拠りどころとした。彼らはすくなくとも
原理として、権力者の独断専行から自由になるために、この概念に訴えたのだった。

///// 「日本/権力構造の謎」 ///

288 : ◆0JFEyIQD1s :2014/04/02(水) 00:04:37.15 ID:HAi6RZYF
 
/// リアリティの管理 73 //////

 中国人がいかに理念的な原理に重きを置き、イデオロギーに力を与えてきたかは、
彼らが最近何十年かに体験した「大躍進」と「文化大革命」という社会変革によく
表われている。それらは世界歴史上、最大級の恐るべき事件として数えられるもの
であるが、ともに社会の上位に位置するとされる歴史的"真理"に訴えて正当化された
のであった。

///// 原書1989年刊 ///

289 : ◆0JFEyIQD1s :2014/04/04(金) 00:41:58.77 ID:Yu6LnMKS
 
/// リアリティの管理 74 //////

    イデオロギーのカメレオン

 日本は中国や他のアジアの国ぐにより比較的容易に近代工業世界の仲間入りができた。
その理由のひとつは、超越的信念にもとづく強固な戒律がまったく欠卸し、物質面での
変化に対処するのに必要となる精神面の変化を妨げるものがなかったからである。まさに、
この国は近代化のために多くの新しい考え方を必要としたが、その影響を押しとどめるほど
強い知的抵抗も道徳的抵抗も存在しなかったのである。
 "自己にとっての真理"に行動を制約されるという伝統がなかったから、日本人はあることを
"信じ"ながら完全に別のことができる。形式的に西欧の政治制度や理想を取り入れるのは
比較的やさしかった。というのは、外国の概念や信条を、日本自体の必要性に適するように、
その本来の目的とは異なった道具として使うことに伴う道徳的矛盾を感じなかったからである。

///// 邦訳 早川書房発行 ///

290 : ◆0JFEyIQD1s :2014/04/05(土) 11:53:27.12 ID:5C+bU/Mf
 
/// リアリティの管理 75 //////

 日本人は社会状態の変化に伴い精神面を素早く調整する能力を持つ。この能力のおかけで、
それまで慣れていた状況がまったく異なる状態に移っても、行動面でもカメレオン並みの
驚くべき変化をやってのける。日本人の行動を研究したルース・ベネディクトは、彼女の
古典的な著書『菊と刀』で、西洋と日本の兵士のもっとも劇的な違いは、捕虜になった時に
後者が連合軍にいかに協力したか、その協力ぶりに表われていると指摘した。「彼らは模範囚
以上であった。老練な兵士と長年の超国家主義者が、弾薬集積所の位置を教え、日本軍の
配備を念入りに説明し、われわれの宣伝文を書き、われわれの爆撃機に同乗してパイロットを
軍事標的へ案内してくれた」

///// 篠原 勝 (翻訳) ///

291 : ◆0JFEyIQD1s :2014/04/06(日) 08:38:37.36 ID:fgyeNqyT
 
/// リアリティの管理 76 //////

 シベリアの捕虜収容所に抑留されていた日本人元捕虜が次のように書いている。収容所の
ドイツ人、イタリア人、朝鮮人、中国人は、日本人ほどソビエト軍に「惨めな降伏ぶり」を
さらさなかった。日本人捕虜は度胸も気骨も捨て去って赤旗を振り、日本を敵性国だと
言い放ち、スターリン、バンザイと叫んだ。彼はこれを日本の知識人の行動に見られる
楽天的日和見主義と同じだと見ている。知識人は当初、日本の天皇が現人神だという神話を
信じているかのように振る舞った。後には米占領軍当局者に頭を下げて「民主主義」を唱え、
ついで「ソ連の脅威を感じると、ソビエトが世界平和の砦だと賛美の歌をうたいはしめた」。

///// The Enigma of Japanese Power ///

292 : ◆0JFEyIQD1s :2014/04/08(火) 23:49:57.65 ID:IthJtpeO
 
/// リアリティの管理 77 //////

 似たようなことは、シベリアの捕虜収容所の残酷さ、苦難、たえまない恐怖が存在しない、
まったくかけはなれた状況下でも起きた。日本企業の代表たちは文化大革命中の中国を訪れて
毛沢東語録を振りまわし、しかるべきスローガンを口にした。また、日本人は石油危機の
直後、アラブ諸国に対する態度をあからさまに、それまでの軽蔑と無関心からへつらいと
気くばりに一変させた。アラブ諸国が悪く見える映画は、日本ではいっさい上映されない。
朝日新聞は、電話が一本入るだけで中東のある代表のいやがるラナン・ルリーの漫画を
紙面から消してしまう。

///// Karel Van Wolferen ///

293 : ◆0JFEyIQD1s :2014/04/12(土) 10:56:01.25 ID:FAtM1orw
 
/// リアリティの管理 78 //////

 日本の知識人が環境によって政治色を容易に変えるという最近の好例は、日本の大半の
マスコミと中国政府との関係であろう。産経以外の主要新聞が、中国、毛沢東、文化大革命
について好意的な記事だけを書き、二国間の友好関係を促進すると合意した。交換条件は
中国政府がこれらの新聞の北京特派員を追放しないという保証だった。どの新聞もこの合意を
読者に隠していたから、日本の国民は、巨大な隣国で実際に何が起こっているか、長年の
あいだわからなかったのである。

///// K.V.ウォルフレン著 ///

294 : ◆0JFEyIQD1s :2014/04/13(日) 08:04:05.71 ID:PpFGMnLa
 
/// リアリティの管理 79 ////////////

  *

 日本の政治文化におげる重要な点を要約しよう。日本人はずっと、一思想の力が一国の
政府を作り上げるほどの具体的な力になりうるなどと考えないよう仕向けられてきた。
日本の権力関係を理解する鍵は、権力関係が超越概念の制約を受けないことだ。国民一般は、
生活の中にある政治的な諸側面に筋のとおった判断を下すだけの知的手段を持たない。
弱者、すなわちイデオロギーに支えられてはいるが力の弱い政治的な団体にしても個人にしても、
時おりわずかばかりの感情的な圧力を果敢にかける以外、現状に影響を与えるだけの手段を
なにも持っていない。要するに、日本の政治慣行は、強者から弱者に与えられることが保証
されている形だけの"恩恵"に装われてはいるものの、「力は正義なり」が実施されている
ということである。

・・・・

///// 「日本/権力構造の謎」 ///

295 :名無しさんの主張:2014/04/14(月) 00:10:57.73 ID:u554oQGW
馬鹿げてる
アホ左翼はこういうのを読まされてるからいつまでもアホ左翼なんだよ

296 :名無しさんの主張:2014/04/15(火) 09:33:09.46 ID:???
>>295
どこが馬鹿げてるの?

君の方が馬鹿に見えるよ

297 : ◆0JFEyIQD1s :2014/04/16(水) 00:09:12.19 ID:NlbnKtj7
 
/// 早川書房 /////////////////

 カレル・ヴァン・ウォルフレン(Karel Van Wolferen) (著)、篠原 勝 (翻訳)、
 原著1989年発行、邦訳 早川書房1990年発行
 「日本/権力構造の謎」 The Enigma of Japanese Power
 日本 権力構造の謎〈下〉 ハヤカワ文庫NF、945円(税込)

  ISBN-10: 4150501785
  ISBN-13: 978-4150501785

 http://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784150501785
 http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1101172636/subno/1
 http://www.amazon.co.jp/dp/4150501785/
 http://honto.jp/netstore/pd-book_01055139.html
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///////////// 絶賛発売中!///

298 : ◆0JFEyIQD1s :2014/04/19(土) 17:45:50.53 ID:MMNCATGq
 
/// 文化にかこつけた権力 1 /////////

 カレル・ヴァン・ウォルフレン(Karel Van Wolferen) (著)、篠原 勝 (翻訳)、
 原著1989年発行、邦訳 早川書房1990年発行
 「日本/権力構造の謎」(下巻)  The Enigma of Japanese Power より

・・・・
 10章 文化にかこつけた権力

 <システム>の結束力すなわち、国民に網をかけ、めんどうな批判家を封じこめ、脅威に
なりそうなグループを骨抜きにする<システム>の見事なやり方。これは日本に支配の中心が
ないということに気づいた人を不思議がらせるにちがいない。政治の中核のない国が、一人の
鼓手の太鼓の音に合わ造て国民全員を行進させられるなどとは、とても考えられないであろう。
実際、そのような現象は見られない。しかしそれなら、多くの鼓手の音に従って日本人が
行進する際、それらがみな、たまたま同じ音楽を奏でているのは、なぜであろうか?

////// K.V.ウォルフレン著 ///

299 : ◆0JFEyIQD1s :2014/04/20(日) 15:24:11.00 ID:Z31PuqP1
 
/// 文化にかこつけた権力 2 /////////

 その答えの一部は、日本人の個人的な志向がしっかり抑制されている点にある。この
抑制ははとんどの社会的状況とすべてのレベルで見られ、予想どおりに規律正しく振る舞う
ようにさせる人格形成の過程で加えられる。大勢の日本人はレジャー活動ですら、どこに
いって何をしろという姿を見せたい者の強力な声に従ってしまうようだ。もろもろの人間関係を
とりしまる責任者は、たいてい、それがみごとに統制のとれたものであることを当てにできる。
統制する立場にある日本人なら、予期せぬ出来事に困惑することは、まずない。

////// 「日本/権力構造の謎」 ///

300 : ◆0JFEyIQD1s :2014/04/23(水) 22:04:09.12 ID:YCe6mmoi
 
/// 文化にかこつけた権力 3 /////////

    "日本人らしさ"のイデオロギー

 日本社会の調整力や推進力に思いをやる日本人はほとんど、それらの力の源は"日本文化"
だと言う。日本人は人と調子を合わせて働き、自分の個性を抑え、完全に会社に身を捧げ、
権威に協力すると彼らはみずから述べている。調和と忠誠が日本文化で最高の価値を持つと
されるからである。同じ意味あいで、彼らの文化では訴訟やその他の対決行為はよくない
こととされているので、裁判ざたを避けるのだとも説明する。

////// 原書1989年刊 ///

301 : ◆0JFEyIQD1s :2014/04/26(土) 21:28:42.99 ID:Tyo8znKq
 
/// 文化にかこつけた権力 4 /////////

この種の説明は表面的にはいたって無邪気なので、反論するのはむずかしい。つまるところ、
文化をもっとも広く定義すれば、個人としての人間の社会行動のすべてに対し規範的な影響を
与えるものであり、代々受け継がれていくものである。どの社会においても、文化が集団
としての活動のまとまりと共通の目的を保証する。文化は「人間の産物の総計」とも定義されたが、
それは、イデオロギーも、あらゆる種類の権力の仕組みも含むものである。

////// 邦訳 早川書房発行 ///

302 : ◆0JFEyIQD1s :2014/04/29(火) 20:45:30.35 ID:i4MCKa1v
 
/// 文化にかこつけた権力 5 /////////

 しかし、文化を通して日本を説明する場合、「こうするのがわれわれの文化であるから、
こうする」(つまり「われわれはこうするから、こうする」)となるのであるが、この
言いまわしが同義の反復だとは意識されない。このような説明は、その政治的な意味合いは
どこかに忘れ去られて、あらゆる慣行を受け入れるための正当な理由であると考えられている。

////// 篠原 勝 (翻訳) ///

303 : ◆0JFEyIQD1s :2014/05/01(木) 22:55:02.54 ID:j2NwuJHP
 
/// 文化にかこつけた権力 6 /////////

こうして、文化が、体系的な搾取、法律の悪用、不正な取引、その他あらゆる形の
歯止めのない権力行使の言い訳になる。文化は国際的な領域においても言い訳となる。
約束を守らなかったり、責任を果たさなかったり、貿易の相手国からの圧力に直面しても
行動を起こさなかった場合の言い訳として、文化が使われるのである。日本の広範にわたる
政治的局面は決して批判的な目で調べられることはない。というのは、それは最初から
"文化的特性によって決定された"として正当化されているからである。

////// The Enigma of Japanese Power ///

304 : ◆0JFEyIQD1s :2014/05/02(金) 21:28:37.57 ID:6c45R1mC
 
/// 文化にかこつけた権力 7 /////////

    イデオロギーとしての"文化"

 日本人はみずから日本文化を始終引き合いに出すが、この自己意識に、イデオロギーの
機能があるのに気をつけるべきである。事実、"文化"が、すべての状況下のすべての
日本人の動機を説明するのに酷使されすぎる。往々にして、日本人には文化によって
決められた動機のほかにはなにもない、国民全員が同じ自律神経に支配されているとでも
言いたいかのようだ。広く行きわたった公に支持された見方によると、日本人が自分と
家族の生活を犠牲にして会社のために働くのは、グループのために自分を犠牲にする
文化的な傾向があるからで、会社が最小限のコストで事業成長するためではない。

////// Karel Van Wolferen ///

305 : ◆0JFEyIQD1s :2014/05/05(月) 16:42:25.31 ID:A2xP9Tlh
 
/// 文化にかこつけた権力 8 /////////

会社の寮が軍隊の兵舎のようであるのも、若者を見守るという日本の文化的伝統を受けついで
いるからであるという。日本の利益団体が官僚にキバを抜かれているのは、政治家が団体を
利用するからでもないし、不満を除くための法的機構が欠如し、官僚の温情にすがるより
ほかに道がないからでもなく、団体の代表に"調和"という文化的規範が染みこんでいるからだ
とされている。なにかを調べようとした際、どこでもこのような文化論的な説明が出る。
文化論は日本の社会、経済、政治を研究する外国人学者の大半をがっちり押さえている。
この状況では、本来、政治体系は吟味・批判されるべきだというのに、日本の社会・政治的
生活の基本を決定する要素が、暗黙のうちに精密な調査や批判の外にあることになる。

////// K.V.ウォルフレン著 ///

306 : ◆0JFEyIQD1s :2014/05/06(火) 09:52:38.23 ID:7dxmpq98
 
/// 文化にかこつけた権力 9 /////////

さらに"文化"が議論に持ちこまれると、絶対不変のものを前にすることになり、そこで
すべての論議は中止されなければならないことになる。日本のスポークスマンは、そこに
包含されるものはすべて非難の対象から自動的に外されるかのように、日本の文化を扱う
のである。企業内組合が支持する調和や、夫を家庭から引き離す会社への忠誠、国内市場から
外国人を締め出す絡み合った流通組織の関係は、神聖で侵すことのできない文化的な偉業
となる。批判的で感謝心の薄い否定的なコメントは、まったく必要がないと感じさせられる。
そのようなコメントは、一九八○年代後期にはともすれば公式スポークスマンや新聞から
"日本叩き"ときめつけられる恐れさえあったのである。

////// 「日本/権力構造の謎」 ///

307 :名無しさんの主張:2014/05/08(木) 22:36:42.73 ID:???
★南極海への遠征という文化        1
 非国民通信 2014-04-04 23:24:26

   調査捕鯨に中止命令=「科学研究」逸脱―日本が敗訴・国際司法裁(時事通信)
   【ハーグ時事】南極海での日本の調査捕鯨は国際法違反だとして、オーストラリアが即時中止を
  求めて起こした訴訟の判決が31日、オランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)であった。
  ペテル・トムカ裁判所長は、日本の調査捕鯨は「国際捕鯨取締条約」が例外的に認める「科学的
  研究のための捕鯨」の範囲を逸脱していると述べ、豪州の主張を支持。合法的活動だとの日本の
  訴えを退け、日本に現在の形での調査捕鯨の中止を言い渡した。1987年から南極海で調査捕鯨を
  実施してきた日本は、捕鯨政策の大転換を迫られることになった。

  裁判は一審制で、上訴はできない。判決後、日本訴訟団を率いた鶴岡公二政府代表は
  「判決に従う」とのコメントを発表した。日本がICJの裁判で当事国になったのは初めて。 

 ……とまぁ、至極マトモな判決が下されたわけです。それはもう日本の行為を科学的研究だと思う
人なんて、よほど頭がアレな人以外にはいないでしょう。科学的な調査ではない――と国際的に
認められたからには、今後は調査捕鯨という体を表わさない呼び方も改めた方が良いように思います。

308 :名無しさんの主張:2014/05/08(木) 22:39:15.83 ID:???
★南極海への遠征という文化        2

もちろん税金漬けの赤字垂れ流し事業であって商行為としても成り立っていない以上は商業捕鯨と
呼ぶのも似つかわしくないですし、ここは一つ「遠征捕鯨」とか「威力偵察捕鯨」とか、そういう
呼称に改めれば日本人の間にも理解が浸透するのではないでしょうか。
 捕鯨を日本の伝統あるいは文化だなどと主張している人が日本国内にいて、どうしてそこまで自国
である日本のことに無知でいられるのか首を傾げるところです。戦後の一時期に限定的に見られた
代替的な食材が「伝統」と呼ばれるのなら、脱脂粉乳だって日本の伝統になってしまいます。鯨食は
せいぜいが一部地域の珍しい文化であって全国に広まったのは日本の歴史において一瞬に等しい間
でしかない、もとより南極海くんだりまで遠征するのが伝統なんて言い出された日には、それこそ
臍が茶を沸かす話と言うしかありません。

309 :名無しさんの主張:2014/05/08(木) 22:41:11.24 ID:???
★南極海への遠征という文化        3

 せめて地域の風習として細々とやっている分には伝統との言い訳も立ちそうですが、例えば2002年の
IWC(国際捕鯨委員会)年次総会において日本代表団はアラスカのイヌイットに認められていた鯨の
捕獲枠に断固として反対し、一時はイヌイットによる伝統的な生存捕鯨の存続が危ぶまれる事態
にまで持ち込みました。言い分としては「日本に認められないものがイヌイットに認められるなど
許せん」ということらしいのですけれど、こういうレベルの捕鯨にまで反対するのは日本の他には
シーシェパードくらいしか思いつきません。ともあれ日本が拘っているのはあくまで「遠征」捕鯨
であって伝統的な漁民による細々とした捕鯨には、むしろ理解がないようです。
 あるいは2008年のIWC中間会合でも、日本の沿岸での捕鯨を認める代わりに(自称)調査捕鯨を
止めるようオランダとアルゼンチンから提案されるなんてことがありました。もちろん日本は提案を
一蹴し、あくまで「遠征ありき」の立場を鮮明にしてきたわけです。ついでに同会合ではオーストラリア
から「非致死的な」鯨の調査に協力する旨の申し出もあったそうですが、言うまでもなく日本は
拒否しました。どうしても遙か彼方の海の果てまで遠征して鯨を殺してこなければ、日本の気は
済まないと言うことのようです。こんなの、ヨソの国から理解が得られるはずもないでしょう。

310 :名無しさんの主張:2014/05/08(木) 22:43:41.28 ID:???
★南極海への遠征という文化        4

 民主党政権は官僚への憎悪を煽り続けてきましたが、典型的な天下り組織であるはずの鯨研に
矛先が向けられることはありませんでした。どうにも日本国内ではイデオロギーありきの盲目的な
捕鯨支持が目立つところですけれど、もうちょっと合理的な判断はできないものかと思いますね。
税金の使い道は、ちゃんと考えられなければならないはずです。「世界から理解されない日本」と
被害妄想に酔いしれるよりも、意味のある金の使い道かどうか自省する方が先でしょう。遠く離れた
遙かな海で鯨(ついでにシーシェパード)と闘うロマンを追い求めるよりも、他にやるべきことは
あります。

 非国民通信 2014-04-04 23:24:26
http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/2f5db6e378642f18fc854aa1bfc6a580

311 : ◆0JFEyIQD1s :2014/05/09(金) 22:19:54.92 ID:Dpo9FPIF
 
/// 文化にかこつけた権力 10 ////////////

    世界には目隠し

 日本の役人、評論家、ビジネスマンは、外国人が指摘する日本が当然すべきことを実行
しない理由として、いつもきまったように"文化"を持ち出す。日本人は、「貿易紛争において、
伝統的な社会的調和、長年の孤立や微妙に敏感な国内事情といった文化的な事情を根拠に、
自分たちの側の事情を理解してほしいと訴えるのであって、……それは国内業者にとって
望ましくない外国業者との競争を強いることになるとはけっして言わない」。ソニー株式会社の
盛田昭夫の意見によれば、通商における互恵主義は「われわれの文化に適さないかもしれない
外国のシステムを受け入れるよう、法律を変えることを意味する」。

////// 原書1989年刊 ///

312 : ◆0JFEyIQD1s :2014/05/10(土) 20:57:21.49 ID:aXQMpjnd
 
/// 文化にかこつけた権力 11 //////////////

 "文化の違い"はまた、日本の会社が契約を守ろうとしない時に好んで使う表現である。
有名な一例は、世界の砂糖価格が下落した一九七〇年代末の、オーストラリア政府との
交渉である。"契約的社会でない"日本に対して、外国文化の規則に従うように追ったとして、
日本はオーストラリア側を非難したのだ。西洋人、とくにアメリカ人は、このような議論に
まったく弱かった。一九八○年代なかばのある期間、米国が相対的に閉鎖的な日本市場を
批判したのに対し、日本側は外国人が日本の文化を変えようとしているという、おなじみの
反論を打ち出した。この反論を受けて一部の批判者は、アメリカの要求が多分ある種の
神聖冒漬罪になるかもしれないと心配して静かになったのであった。"文化的防衛"の策略は
このように効果がある。西洋人は一般に、自民族中心の思想の持ち主だと思われることを
嫌がる。というのは、それは人種差別主義者と五十歩百歩だと多くの人が考えるからだ。

////// 邦訳 早川書房発行 ///

313 :名無しさんの主張:2014/05/12(月) 11:54:50.73 ID:???
まともに論破できないから、頭のおかしい馬鹿のブサヨID:u554oQGWが火病って難癖つけてきました
どうか幼稚で陋劣な妨害にくじけず、このスレを存続させてください

314 : ◆0JFEyIQD1s :2014/05/14(水) 22:49:47.18 ID:FPcLAne7
 
/// 文化にかこつけた権力 12 /////////

 政府高官は、彼らの行動や国際的に日本の責任だとされるすべてのことは日本文化に
よって説明できるのだから、許容されなければならないと思い込んでいる。日本の役人や
マスコミは外国の批判が高まると、批判を分析して反証するかわりに、日本側の事情を
理解させるようさらに一層の努力が必要だと声を高める傾向がある。世界向けの日本解説は
著述や出版界の一大ジャンルになった。政府機関や主要経済団体がつくった民間組織は、
国際的な宣伝を広めるのに活躍する。いろいろな省庁、経団連の経済広報センターやそのほか、
半官半民の団体や私企業が見栄えのする出版物を広い分野においてつぎつぎに発行する。

////// 篠原 勝 (翻訳) ///

315 : ◆0JFEyIQD1s :2014/05/17(土) 10:42:36.82 ID:CmqEJSxy
 
/// 文化にかこつけた権力 13 /////////

これらの美しい刊行物は、外国人、とくに日本に苛立ちを感じている貿易相手を対象に、
日本の文化的な背景を説明して、海外の批判を受けても日本の慣行は変えようがない
という説得に努める。外国人の弁解者も説明に協力しており、その多くは文化論的議論を
受け入れる学者や外交官である。
 このような努力は宣伝であると思わせる徴候が時どき現われることがある。筆者は、
日本では自由市場機能は支配的でないし、国策の指揮をとる中心もないという記事を、
アメリカの『フォーリン・アフェアーズ』誌に書いたことがある。そのすぐ後、ある
在米領事から外務省に、日本が金とエネルギーを注いでおこなった近年の広報活動の
半分ぐらいが筆者のこの論文により水泡に帰したかも知れないと報告が入った。

////// The Enigma of Japanese Power ///

316 :名無しさんの主張:2014/05/18(日) 11:45:30.06 ID:???
★法務省試案では取り調べは可視化できない      1
 ビデオニュース・ドットコム ニュース・コメンタリー (2014年05月03日)
 ゲスト:指宿信氏(成城大学法学部教授)

 国連の拷問禁止委員会で「中世」とまで酷評される日本の刑事司法制度。その改革を議論している法務省の
諮問機関に4月30日、法務省から最終答申の試案が提示された。この諮問機関は司法関係者が多数を占める
こともあり、よほど世論の反発が無い限り法務省の試案がそのまま最終答申に反映される可能性が高い。
 この試案は刑事司法の改革を議論している「捜査と公判の在り方を見直す法制審議会」の特別部会に、
事務局を務める法務省から最終答申のたたき台として提示されたもの。警察及び検察に対して取り調べの
録音・録画の原則義務づけが謳われており、一見本気で可視化を進める意図があるようにも読める内容と
なっている。
 実際、マスコミ報道でも「可視化義務づけ」などこれを評価する見出しが躍っている。
 しかし、古くから取り調べの可視化を提唱し続けている指宿信成城大学法学部教授は、この試案で可視化が
進むかどうかについて疑問を呈する。それは試案が原則として可視化を謳っているものの、様々な例外が
設けられており、しかも例外を適用するかどうかの判断が警察、検察側に委ねられているからだ。

317 :名無しさんの主張:2014/05/18(日) 11:47:57.84 ID:???
★法務省試案では取り調べは可視化できない      2

 確かに試案では取り調べの可視化について、逮捕から起訴までの全過程で録音録画を行うよう義務付ける
案が提示されている。しかし、まずその大前提として、裁判員裁判のみを対象とするA案と、検察官の取り調べ
については身柄を拘束する事件すべてを対象とするB案との2案が出される中、検察や警察関係者がB案に反対の
意見を表明しているため、最終的にはA案の裁判員裁判の対象事件のみが可視化の対象となる可能性が高い。
 これは例えば本審議会の委員を務める村木厚子厚労次官が冤罪被害にあったような郵便不正事件や、同じく
委員を務める周防正行氏が監督した映画「それでもボクはやってない」のテーマとなった痴漢事件、また
そもそも今回の制度改革が必要とされたきっかけとなった志布志事件や4人の誤認逮捕と2人の無実の被疑者の
自白まで生み、現在公判が進む遠隔操作ウイルス事件などは、いずれも可視化の対象にならないことを意味
している。そもそも裁判員裁判の対象となる事件は、起訴された全事件の3%に過ぎない。

318 :名無しさんの主張:2014/05/18(日) 11:49:24.96 ID:???
★法務省試案では取り調べは可視化できない      3

 また、司法改革の大きな論点の一つだった検察による証拠開示の義務づけについても、試案では日弁連などが
求めていた証拠の全面開示ではなく、証拠一覧、つまり証拠そのものではなく、そのリストの開示に止まっている。
しかも、この点についても、録音録画同様、検察官は「犯罪の証明又は犯罪の捜査に支障が生じる恐れがある」
時は一覧を開示しなくていいとなっており、リストすら開示されない可能性もある。
 いずれも事実上の無限裁量を警察や検察に認めるもので、改革どころか改悪である。これでは典型的な
「総論賛成、各論反対、実質ゼロ」どころか、実質マイナスの火事場泥棒である。
 今回の試案では可視化以外の部分では、盗聴対象事件の拡大や自白や証言を得やすくするための司法取引や
刑の軽減制度など、あたかも可視化や証拠開示で譲歩したことの交換条件として、数々の捜査権限の拡大が
謳われている。可視化や証拠開示も実質ゼロか、むしろ捜査権限の拡大に寄与するような内容で、その上、
更に捜査権限の拡大を図ろうとしているというのだから、その厚顔無恥ぶりにはまったく驚きである。

319 :名無しさんの主張:2014/05/18(日) 12:20:33.43 ID:???
★法務省試案では取り調べは可視化できない      4

 今回刑事司法のあり方を議論している法制審議会の特別部会はそもそも元警察幹部や検察幹部などの
利害当事者が多数派を占めるお手盛り有識者会議だ。そのような会議の人選を許している自民党政権も、
またそのようは根本的な問題を指摘せずにデタラメな試案を法務省側の意図に沿ってもっともらしく報じて
いるマスコミも、一体全体日本の司法制度が本当にこのままでいいと考えているのだろうか。それとも
彼らもまた利害当事者ということなのだろうか。
 法制審議会特別部会に提出された刑事司法改革案の試案の中身とその背景について、ジャーナリストの
神保哲生と社会学者の宮台真司が指宿教授と議論した。

 ビデオニュース・ドットコム (2014年05月03日)
http://www.videonews.com/news-commentary/0001_3/003279.php

320 :名無しさんの主張:2014/05/20(火) 14:57:32.27 ID:???
佐藤伸弦 というビックカメラ札幌店の副店長が暴行を起こしていた

佐藤伸弦は暴行バレて

ファイスブック消してない?

逃亡か

ビックカメラ札幌店のフェイスブックで追及しないとな
https://ja-jp.facebook.com/bic.sapporo/posts/327271294020875

犯罪者を逃がすな

321 : ◆0JFEyIQD1s :2014/05/20(火) 22:45:46.12 ID:1uHT7LO9
 
/// 文化にかこつけた権力 14 /////////

     イデオロギーによる服従の強制

 一般の日本人に見られる異常なほどの画一化と順応は、服従の態度を体系的に教えこまれる
ことで維持される。服従をとおして忠誠心を育て個性をなくすような人格形成が、日本の
子供のしつけと教育を支配しており、大人になってからの生活でももっとも重要視される。
この教育方法に力を与えているのは、一般にはイデオロギーとはみなされていないイデオロギー
である。それは"文化的分析"という立派な衣装で装われたイデオロギーである。くる世代
くる世代にわたって、日本人は集団の命令に従うように言って聞かされる。

////// Karel Van Wolferen ///

322 : ◆0JFEyIQD1s :2014/05/23(金) 22:51:51.72 ID:4teEfbFP
 
/// 文化にかこつけた権力 15 /////////

日本人であるからには、集団に忠実で誠をつくしたいと思う固有の性格を持っているはずだ、
というわけである。日本人の思考プロセスは、西洋と対照的に、非合理的、非論理的、
状況即応的、感情的で社会依存的だといわれる。そしてこれらが欠陥ではなく、優れている
ことのしるしとされるのである。この服従の文化が一般に日本人の言う"典型的な日本の文化"の
エッセンスであり、共同体の感性を養い、政治的方策を支え正当化する、強力で広く普及した
教義の中身である。

////// K.V.ウォルフレン著 ///

323 : ◆0JFEyIQD1s :2014/05/24(土) 22:24:09.57 ID:9Hw1L3Tl
 
/// 文化にかこつけた権力 16 /////////

 すべての思想体系や信条の体系がイデオロギーだということではない。実際、イデオロギーは、
深い思索を余計なものとして排除する目的を持つものである。それは思想の冒険を禁じ、
いっさいの説明の代用となる。こうして、イデオロギーは、知識や社会.政治的現実に対する
認知のしかたを萎えさせる。それゆえに、イデオロギーは、現存する力関係を偽装するもの
として使えるし、また政治の状況を不明確にしておくことがみずからの利益に一致する
者たちによる、その不明瞭な状況を永続させようとする不断の努力の一部として利用される
のである。

////// 「日本/権力構造の謎」 ///

324 : ◆0JFEyIQD1s :2014/05/26(月) 22:50:19.28 ID:DNAN32LV
 
/// 文化にかこつけた権力 17 /////////

もちろん、日本的なものを信奉するというイデオロギーは、政治のエネルギーをユートピア風の
未来実現のために活用しようと努めるイデオロギーとは異なる。逆に、その任務は、現在の
日本の社会・政治的な世界を完全に容認させ、大きな変革の提唱に対して、それを受けつけ
ないための免疫性をつけることである。西洋のイデオロギーと異なり、社会の当面の要求を
無効にするものでもなく、社会の期待に反する思考や行動を正当化しようとする際に個人が
それに訴えられるようなものでもない。

////// 原書1989年刊 ///

325 :名無しさんの主張:2014/05/28(水) 13:13:17.53 ID:iRnjib2b
株式会社リブセンスという会社に恐喝されています。
どう対応したらよろしいでしょうか。

326 : ◆0JFEyIQD1s :2014/05/30(金) 00:13:29.37 ID:xHxK8EWL
 
/// 文化にかこつけた権力 18 /////////

膨大な数の書物が日本らしさというイデオロギーを力あるものにしている。しかし聖典と
いえるような一冊の書物はないし、もちろん、教義の純粋性を守るための中心になる機関も
ない。この日本イデオロギーが奉仕するグループは、ひとつの特定の権力者グルーブで
代表されるわけではないので、ただちに見きわめられない。これが、このイデオロギーが
概してイデオロギーとして認知されない、ひとつの理由となっている。イデオロギーの
宣伝活動には、通常、かなり強力な中枢からの指導力をなによりも必要とするとされている。

////// 邦訳 早川書房発行 ///

327 : ◆0JFEyIQD1s :2014/05/31(土) 20:36:28.23 ID:CCUMgqj/
 
/// 文化にかこつけた権力 19 ////////////

 しかし、イデオロギーの宣伝活動は、ひとつの、秘術を練る源によってなされるとは
限らない。単に自己の利益を守ろうとしているだけのいくつかの勢力が星座のように
集まったもので、それは私利私欲に適い、しかも全体として統合された世界像を提示できる
のである。日本の権力集団は、互いに対抗しあい利害関係も異なるのだが、"共謀"によって
それぞれの領域を、すくなくとも部分的には制していて、共に<システム>が優勢である
ように努力するのだ。こうして、全員が互いの立場を強めることのできる共通の社会・
政治的現実を支持し、広めることに協力するわけである。

////// 篠原 勝 (翻訳) ///

328 : ◆0JFEyIQD1s :2014/06/04(水) 23:55:57.07 ID:x9CJC55V
 
/// 文化にかこつけた権力 20 /////////

<システム>は宣伝活動の源だが、必ずしも、その手助げをする者全員が自分たちを宣伝
活動員であると知る必要はないのである。逆に、日本イデオロギーが人を誘惑の罠にはめる
力を持つ一つの理由は、宣伝活動をする人が、それを宣伝とは知らず、一所懸命につとめて
いるということだ。日本の権力者の大半が、宣伝がまやかしである点に気づいているか
どうかを推理してみるのは一興ではあろうが、その答えを出しても、日本の権力関係の
分析にとって意味がない。いずれにしろ宣伝の効果は同じだからである。
 文化論のイデオロギー機能は、その主成分となった思想の歴史をたどれば、はっきり
してくる。それらの思想はかつて日本人の優位性を明確に説いていたからだ。

////// The Enigma of Japanese Power ///

329 : ◆0JFEyIQD1s :2014/06/06(金) 22:40:23.66 ID:4rwN+fYv
 
/// 文化にかこつけた権力 21 ///////////

     四世紀間の宣伝活動

 法制外の権力の行使の説明と正当化に、現在使われている議論の多くが登場したのは、
約四〇〇年も前のことである。議論は、数世紀にわたる内乱後の政治的決着を強化するために、
道徳論や形而上学的た理論のさまざまな糸をより合わせたり、修正を加えてできたもので
あった。徳川の権力が強くなるとともに、諸学派の思想はそれまでのいかなる政治的な
独立性をもすべて失い、人生の意味や正しいおこないに関する、さまざまな教えがひとつの
正統派的な説としてまとめられる一方で、以前に影響力のあった仏教の一部の宗派やキリスト教は
"異説"として抑圧された。

////////// Karel Van Wolferen ///

330 : ◆0JFEyIQD1s :2014/06/07(土) 20:55:45.29 ID:7eb1dMMr
 
/// 文化にかこつけた権力 22 ////////////

徳川幕府が受け入れた思想上の諸学派は、正統派の枠内での精神的あるいは知的"運動"と
呼ぶほうがよいだろう。学派のいくつかがしだいに独自の異説に発達し、一九世紀初期に
徳川の支配権の根拠をくずす一因となった。とはいえ、異説があったにもかかわらず、
これらの諸学派はほぼ二〇〇年間、変化のない政治制度の知的基盤であった。そしてこの
ことは、計りしれないほどの意義を持っている。開国に伴う激変と明治の指導者が革命的な
変化を実現しつつある間は、比較的自由な政治談論が問奏曲のようにあらわれたのだが、
それはまもなく政府主唱のイデオロギーに道を譲った。

////// K.V.ウォルフレン著 ///

331 : ◆0JFEyIQD1s :2014/06/09(月) 22:07:37.03 ID:oK+fbRs/
 
/// 文化にかこつけた権力 23 /////////

"伝統的な文化的価値観"はなりゆきに任せられたのではなく、大臣や官僚の助けによって
"復興"されたのだ。明治時代につくられた公式の国家イデオロギーは、一九四五年まで
支配エリート階級に活用されたが、その中身は徳川の武家支配を弁護した理論の断片に、
日本の政治的文化の独特な優位性を加えて強調したものだった。日本はアメリカを敵にした
戦争に負け、マッカーサー元帥に同行した社会工学者の努力もあって、法律にもとづいた
議会制民主主義を求める国内の熱意が高まった。

////// 「日本/権力構造の謎」 ///

332 : ◆0JFEyIQD1s :2014/06/13(金) 22:10:45.00 ID:cbRxDkiC
 
/// 文化にかこつけた権力 24 /////////

その間は、戦前の国家イデオロギーは排除されていたが、やがて、日本をユニークだとする
古いイデオロギーの切れぎれのこまかい残滓が、文化論的な説明をぬいあわせるため、
そして現代日本の政治的統制を正当化するために使われるようになった。だが、現代の
状況について観察を進める前に、徳川時代と明治の日本人が信じるよう教えられた思想を、
もっと詳しく見ておく必要がある。歴史的背景のこの知識なしには、日本人独特の心理と
社会について彼らみずからが説明する際の知的主張の大部分が、わけのわからないものに
なるからである。

////// 原書1989年刊 ///

333 : ◆0JFEyIQD1s :2014/06/15(日) 12:18:12.54 ID:2UPv4HHf
 
/// 文化にかこつけた権力 25 /////////

     武士道と禅

 徳川幕府権力者の最大関心事は、社会的な流動性のまったくない秩序を維持すること
であった。被統治者は、正式に定められた階級の中の決まった位置を与えられた。階級の
間の力関係は自然のなりゆきによって変わったが、そのような変化の可能性は理論的には
認められなかった。幕府がこの至上の関心事に固執する素地があったから、服従と忍従の
命令は、出所がなんであれ、正しい教えとして歓迎された。

////// 邦訳 早川書房発行 ///

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