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仏教議論スレッド100

1 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 04:04:57.73 ID:UdeyzZDt
仏教に関すること全て扱います
仏教 質問箱スレッドで議論になったら
または、議論に発展すると感じたら
或いは、話題・論点を拡げたい時は
ここに誘導し、質問箱の機能の確保に御協力ください

前スレ
仏教議論スレッド99
ttp://ai.2ch.net/test/read.cgi/psy/1399735525/

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2 :ノスタルジア:2014/05/20(火) 07:42:39.73 ID:Uq9ruG3J
>>1-999 オール・F・ゴール

仏教議論スレッド100 記念碑 ばんばん!!

3 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 10:43:42.43 ID:Y+pNW2zv
 
> 仏教議論スレッド99
http://ai.2ch.net/test/read.cgi/psy/1399735525/998
> 「私」も「あなた」も死んだら終わりですよ。ただの構成要素の有機物です
> 脳も死んだら脳の作用であるところの意識も消滅するでしょう

http://www28.atwiki.jp/buddha/pages/17.html
此れ有るが故に彼れ有り。此れ起るが故に彼れ起る
無明 → 行 → 識
此の陰滅し已らば異陰相續す

http://www.daitouryu.com/iyashi/voice/voice03.html
我愛を滅させることが出来なかった場合は
この現世において肉体を捨て己(おわ)っても

異蘊相続という
因と縁の縁起の働きに依存して
又、次の、この世の生に戻り来る

4 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 10:44:00.80 ID:0RtU6bsA
向こうに告知レス貼っとけよ乙>>1

5 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/20(火) 11:18:21.25 ID:QIw1JURf
>>1
そろそろ寝ます。おやすみなさい。

6 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 11:31:25.88 ID:hZKPa56a
ケイティペリーのロアーのプロモーションビデオが
悟りを上手く表現している。
自然条件や妄想に怯える姿が通常の私達そのもの。
悟り後は解放感に満ち溢れる。
悪(五感による恐怖と妄想による怯え)に打ち勝つだけで悟れる。

7 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 11:41:47.66 ID:hZKPa56a
前スレのカーラーマ経
人々の耳に伝えられるもの、例えば秘伝や呪文、神の啓示などに頼ってはいけない、
古くからの言い伝え、伝説、風説などに頼ってはいけない、
自分たちの聖書や教典に書いてあるからといって頼ってはいけない、
経験によらず頭のなかの理性(思弁)だけで考えることに頼ってはいけない、
人間がもともと持っている見解等に合っているからというような考察に頼ってはいけない、
自分の見解に合っているからというようなことだけで納得してはいけない、
説くものが立派な姿かたちをしているからといって頼ってはいけない、
説いた沙門が貴い師であるというような肩書などに誤魔化されてはいけない、

>これらは、人間が元から持っている「信じる」と言う行為そのものを全否定している
>仏道はこれを用いないのである、人間以外の一切に、信用や信仰など有り得ない

そして人間以外の一切とは運命です。

8 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 11:49:55.32 ID:hZKPa56a
ウダーナヴァルガのギルギット写本も運命論そのものを語っている。
ウダーナFの最後のからだ(samucchraya)は極めて正しい
表現とは思われるが、輪廻とは全くの無関係。
おおかた、最後のからだ(samucchraya)という表現そのものが
誤解を生んだものと思われる。

9 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 12:08:13.92 ID:hZKPa56a
めんどくさいので最終奥義を引っ張り出します。
私は鳥に巣立ちに解脱を見ます。
巣の中のぬくぬくとした環境が私達の居場所なのです。
涅槃作用があり解脱感とともに鳥は巣から飛びたつことができるのです。
それは、遥か昔に私達が置き去りにし忘れてしまった機能なのです。

10 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 12:16:42.47 ID:hZKPa56a
つまりは野生動物で独り立ちした状態は全て悟った後の状態といえます。
ただし、涅槃、悟り、解脱と仏性は別物です。
仏性とは抑制機能なので野生動物に仏性ありや?と問われるならば、
無いと答えるのが正解です。

11 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 12:21:06.25 ID:00osSke7
自分の中に世界はある!

12 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 12:37:18.08 ID:IsLywUlk
>>10
>仏性とは抑制機能なので

何故抑制するのか?生存のために必要なものは、一切抑制してはならない。
本来的に動物である人間の本質が歪められてしまう。肉体を離れた精神性
の遊戯が、精神にとって最も有害。

13 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 12:56:42.58 ID:IsLywUlk
>>10
>仏性とは抑制機能なので

一体誰が、そんなアホなことを言ったのか。名を挙げよ。

14 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 13:07:19.41 ID:hZKPa56a
>>13
とりあえず巣から飛びたてば自然と理解できます。
仏教とは抑制機能と解脱がごっちゃになっている故に
わかりにくい側面があります。
一体誰が?といった妄想は捨てて下さい。

15 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 13:09:47.05 ID:Y+pNW2zv
 
> ウダーナFの最後のからだ(samucchraya)は極めて正しい

「〔これがもはや輪廻しない〕最後のからだ」というものが
どういうものなのか? わからないけど
もう少しだけ詳しく ↓ 貼り付けさせて頂きます

http://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/BR/0095/BR00950L017.pdf
迷妄を性質として壊滅するもの
その〔ようなもの〕を離れることは
思弁の領域を離れた寂静なる境地であり
苦しみを性質とするものの滅尽であり
形成作用の寂滅であり

縁起したものを離れ(出離して)

udana-F (verse) Udanavarga 26.28,Pali Dhammapada 351
究極に到達し、恐れるものなく、驕慢もなく
後悔もなく、生存の矢を断ち切った人、彼にとっては
〔これがもはや輪廻しない〕最後のからだ(samucchraya)である

16 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 13:10:01.69 ID:hZKPa56a
>>13
>>7のカーラーマ経の体得の時点でも理解できると思いますが

17 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 13:15:13.34 ID:hZKPa56a
>>15
解脱の特徴として脱皮感を思わせるようなビリビリ感が解放感とともに
丸2日は持続します。

18 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 13:15:53.41 ID:IsLywUlk
>>14
>とりあえず巣から飛びたてば自然と理解できます。

仏性は、出生の瞬間からある。そこから「飛び立っては」ならない
のである。勘違いも甚だしい。

19 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 13:20:20.54 ID:IsLywUlk
>>15
小乗仏典は、釈迦の論理矛盾、勘違い、誤りの塊だから、引用してはならない。
日本の仏教は、大乗仏教である。

20 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 13:32:38.34 ID:0RtU6bsA
http://ai.2ch.net/test/read.cgi/psy/1393015324/

21 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 13:54:06.68 ID:Y+pNW2zv
 
>>17 ID:hZKPa56a さんへ

私は実践したことがないので、わからないけど
ID:hZKPa56a さんは、解脱への実践をしたことが、あるんですか?

> 解脱の特徴として脱皮感を思わせるようなビリビリ感が解放感とともに丸2日は持続します

(とりあえず仮に「ID:hZKPa56a さんの場合は」という意味で)了解です

22 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 14:18:11.06 ID:siB4Syfk
アホが解脱した悟ったていうのはもういいわ
俺が五日以内に見性してみせるから楽しみに待ってろ

23 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 14:31:14.04 ID:Y+pNW2zv
 
>>22 ID:siB4Syfk さんへ

何を見性してみせてくれるのか? わからないけど楽しみに待ってます

四如意足(四神足)によって現れる(とされている)神通力とかを楽しみに待ってます

24 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 14:34:59.16 ID:voqbYSku
僧雲門に問う、「如何なるかこれ法身?」
門云く、「六不収(りっぷしゅう)。」

上のそっけないほど簡単な問答に出てくる六とは六根・六識を指すと言われている。
従って、「六不収(りっぷしゅう)。」とは法身は六根・六識には収めきれない
(六根・六識だけでは説明できない)という意味であることが分かる。

25 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 14:46:47.04 ID:Y+pNW2zv
 
>>24 ID:voqbYSku さんへ

例えば
六根・六識、以外では、何がありますか?
ご教示、願います

http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/6299/repo1.htm
上座部である部派仏教徒の一部は
析色入空により、実体我の存在は否定するけれども

三科の分類である五蘊(色・受・想・行・識)
十二処(眼・耳・鼻・舌・身・意の六根処と色・声・香・味・触・法の六境処)
十八界(六根処と六境処のほかに眼・耳・鼻・舌・身・意の六識を加えたもの)
などの法は存在するという「我空法有」を主張し、そしてその法は現在だけでなく
過去にも未来にも三世にわたって常恒であるという説一切有部の
「三世実有法体恒有」の思想を展開させた

これに対し
大衆部は「現在実有過末無体」を唱えた
現在の一刹那のみが実有であって、過去と未来は実有はないとするのである

26 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 15:04:49.89 ID:voqbYSku
>例えば
>六根・六識、以外では、何がありますか?
>ご教示、願います
末那識(まなしき)と阿頼耶識(あらやしき)

27 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 15:15:26.38 ID:0MhkYmeh
>>24
>僧雲門に問う、「如何なるかこれ法身?」

 『法身』などという混ぜるな危険を侵犯した妄想には応えようがない。
 経験主義的検証不能の事柄は実践仏道においてはガラクタ概念として無視するのが当然だ。

 問答無用、
 無視(無記)である。

 
 

28 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 15:17:51.29 ID:Y+pNW2zv
 
> 末那識(まなしき)と阿頼耶識(あらやしき)

了解です

>>25 の補足 ↓ 追加

http://blog.livedoor.jp/takotubo/archives/50719923.html
唯識論をまとめてみた。十八界・六根・六境・六識・阿頼耶識・空

六根 − 眼耳鼻舌身意の感覚器官を六根といい

六境 − 色声香味触法の認識対象を六境といい

六識 − 六境を認識することを六識という

29 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 15:36:31.79 ID:uQ/ONA8i
>>25
路傍の石ころに十二処は有り得ない
法身とは法体そのものを言うのであり
法体とは、諸法実相である限りこの世界そのものの事である(不一不異)

30 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/20(火) 16:05:04.29 ID:QIw1JURf
前スレより。
998:神も仏も名無しさん2014/05/20(火) 10:02:35.20 ID:QIw1JURf (7)
>>997
> ア ホ ? w w w、死んだら終わりやん(大爆笑)

「私」も「あなた」も死んだら終わりですよ。ただの構成要素の有機物です。脳も死んだら脳の作用であるところの意識も消滅するでしょう。
ですが、我々を構成している「成分」は残りますよね、たんぱく質や水分や何かとして。それらは分解され形を変えて何か別のものに再構成される、それが輪廻。
そういう風に世界の存在は繋がっていて、たまたま現在その世界の一部が「私」や「あなた」という現象を構成しているけれど、大局的に見るとそれは世界の一部であって世界から区分できるものではない。
それが存在論としての無分別。
また、「あなた」という存在は「あなた以外」との区別のもとに認識されるのであって、例えば「2ちゃんねらー」と括ったときには「2ちゃんねらー/非2ちゃんねらー」という区別においては「あなた」という個は消える。
それが認識論としての無分別。

だから「私」や「あなた」が「無我」なんです。死んだら終わり、というミクロ視点をマクロで見た時には生きるも死ぬも無い、ただ世界が様相を変えているだけ、それが不生不滅なわけです。

> 仏教って只の『苦を無くそう人生論』やん。

そうでしょう。苦悩から逃れたいからどうしたらいいの?という問いに対する「『仏』陀の『教』え」ですよ。

31 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/20(火) 16:09:22.43 ID:QIw1JURf
前スレより。
999:にしてつ ◆oZtcZx4E.M 2014/05/20(火) 10:04:40.69 ID:QIw1JURf (7)
> それに涅槃や縁起は科学で証明されていないから形而上の理論体系だ。

涅槃は、ある特定の心理状態を形而下にそう名付けただけのことで、形而上のことではないよ。
縁起は存在や現象の関係性であり、形而下の仕組みのことであって、これも形而上のことではないよ。

> ※縁起は仏教徒としての信抜きには(信解でなくては)理解不能だ。

こういう「盲信無くして理解は不能」という神秘主義的な態度が、今日の仏教徒どもの怠惰や退行を招いたのだと自覚した方が仏教徒のためでしょうね。

> もう一度言う。お前が形而下のみが確かであり、形而上は全て妄想と言うのだから
> 先に言った説明責任を果たせよ。人類の真善美に関わる学問やその指向の全て代わりとなるものを

形而上が妄想であることは、「形而上の存在が確認できない」ことを論拠にしている。
それに対してあなたが「形而上の存在がある」と主張するならば、その立証責任はあなたに生じる。
(「立証責任」、「悪魔の証明」、「検証と反証の非対称」、「反証主義」)
再度いうが
「『あなたが、形而上の存在を主張するならば』立証責任はあなたに生じる」
恥の上塗りや幼稚な糊塗抜きで逃げずにレスしてくださいよ。
ではお願いします。
「形而上の存在があると主張するならばその証明を」
逃げないでね。

32 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 16:12:01.00 ID:siB4Syfk
私」も「あなた」も死んだら終わりですよ

断見に囚われたアホが偉そうに仏教を語るのはじつに滑稽だね

33 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 16:12:18.27 ID:uQ/ONA8i
>>30
>それが存在論としての無分別。

大間違い
無分別に存在論は無い

34 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 16:19:36.14 ID:uQ/ONA8i
>>32
お前も断見を間違えている
俺・お前は死ねば人として終わるのは当たり前
人としては終わるが、それは心と言う概念上の思いが
肉体依存の何ものでもない限り、終わって当たり前なのである
しかし、肉体は物質的成分の塊なので、腐敗や焼却などの効果や行為を以ってしても
変異は起こせども一向に無くなったりなどしないのである
焼けばガス・灰・骨になるのであり、それは無くなった訳ではない
この世界には物質的に忽然と消滅出来るものなど一つも無いのである
必ず何がしかの形に変異して変異して変異して、残り続ける
それをして「諸行無常」とも言うのである

35 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 16:21:07.34 ID:siB4Syfk
>>34
お前みたいなアホとは会話にならんわ

36 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/20(火) 16:22:33.03 ID:QIw1JURf
前スレより。
465:神も仏も名無しさん2014/05/16(金) 09:08:48.39 ID:CW8BnKQI (26)
>>462
人間も動物も、畢竟は物理的な機構つまり機械です。
思考というのは有機的な機械が演算しているにすぎないわけです。
プログラムに従って情報を処理し演算し機構を作動させるその過程が思考です。
そういった形而下の機械が為す演算において、形而下の何らかの理由で(あるいはエラーで)、我々は形而上の世界を妄想するだけで、
そのことは、実際に形而上の世界が存在することの担保にはなり得ません。

37 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/20(火) 16:23:46.89 ID:QIw1JURf
前スレより。
666:神も仏も名無しさん2014/05/17(土) 16:31:42.42 ID:2Ivc5jlN (9)
例えば運動には実体があるでしょうか。
現実に即しているか現実から離れているか、という言い方の方が的確だと思います。勿論、前者が形而下で後者が形而上です。
そして現実から離れているならば現実の諸行無常の様相によって形而上が左右されることはない、そういう現実を超越したものが形而上というわけです。
現実と関わって生じたり変化したりするものは、運動であれ意識であれ何であれ形而下のものということになります。
形而上のものとは例えば、時代や種や年齢や性別や立場などの形而下の諸条件にかかわらない「正しさ」とか「美しさ」とかそういったもののことです。

38 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 16:25:52.90 ID:uQ/ONA8i
>>35
真実の話はお前の様な増上慢には聞き入れ難い
とは経典にも明らかに説かれている
釈尊はそれを説く事を躊躇した位だ
お前みたいなバカには理解出来ないからってな

39 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/20(火) 16:26:26.56 ID:QIw1JURf
前スレより。
878:神も仏も名無しさん2014/05/19(月) 10:39:23.20 ID:rGH50Dx3 (18)
> 無形文化財は、形がないのに文化と認められているのだよ。
> 例えば和食もね。
> これが形而上だ。

違いますね。
[和食のイデアなりエイドスなりが、「『ある』のを人が『見付けた』」]というのが形而上的な見方。
対して形而下的には[和食という定義を人が『作った(意味付けた)』]と見ます。当然、人が作る(意味付ける)前に和食というイデアなりエイドスなりは『無い』わけです。
「形而上の世界にあるものを見付けてくる」とするのが形而上学の認識論。
「形而下の世界に主体が対象を意味付ける」とするのが形而下の認識論。
わかりますか?

40 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 16:29:49.81 ID:uQ/ONA8i
無分別に形而の上下も有り得ない

いつまで形而の上下の話を引っ張る積もりなんだか

41 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 16:36:37.58 ID:aNIoWIzf
>>40
形而下(何らかの物があるか、ないか)には分別は不要。五感の知覚のみ。
形而上は、分別の塊。

宗教は、分別の塊。

42 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 16:39:42.00 ID:siB4Syfk
馬鹿は自分が馬鹿であることを理解できないから馬鹿なのである

43 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 16:40:34.85 ID:uQ/ONA8i
>>41
五感も知覚も分別しなくては識別にならない
よってこれも分別以外の何ものでもない
お前は仏教の言う無分別が何だか解ってない
だからダメなんだよ

44 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/20(火) 16:42:21.00 ID:QIw1JURf
前スレより。
914:神も仏も名無しさん2014/05/19(月) 17:01:57.64 ID:rGH50Dx3 (18)
>>901
> もとより生死自体が人間の考え出した概念に過ぎない
> この世界のどこに生死など有り得ようか

生死は我々の時々の状態を指して、ある状態を生と呼び、ある状態を死と呼んでいるだけのことですから、
現象としてあるといえばあります。
ただ生死も私も机も象も、それは人間が対象を意味付けたり定義したりして形而下において分類しているだけで、
形而上に「生とはこういうものだ」とか「ウナギとはこういうものだ」というお手本がアプリオリに存在し、それに照らして「ああ、これはウナギなんだな」と認識するのではない。
形而下においてアポステリオリに我々がこしらえた定義にしたがって「これはウナギ、これはアナゴ」と分類しているにすぎない。それが形而下の認識論です。
これは、仏教の無分別という考え方と非常にシンクロしています。
「私」というものは「私以外のものとの差違」によって「私以外のもの」と区別(分別)されている、というわけです。
形而上に「私」が自性としてイデアなりエイドスなりとして「ありてある」のではなく、形而下での様々な分類の仕方によって概念が生じたり滅したりするわけです。

45 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 16:52:31.12 ID:uQ/ONA8i
>>44
涅槃に形而の上下は存在しない
西洋哲学信者にこれは理解出来ない
現にお前が理解出来てない

一切の戯論が無条件で寂滅する、それが涅槃なのであり、涅槃には涅槃すら寂滅する

お前の目の前のどっかにある筆記具も、既に涅槃に住している
だが、お前に筆記具は見えても、それが涅槃に住してる事が解らない
それが西洋哲学かぶれの限界

46 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 16:58:14.29 ID:aNIoWIzf
>>43
>五感も知覚も分別しなくては識別にならない

何らかの物質(何でもよい)が「実在するか否か」は、五感の知覚のみに
より、分別を要しない。知覚した物質が「何であるか」は、専ら、「共同体
に置ける合意に記憶」により、己の分別ではない。

ここを誤解するから、混乱が生じている。六処の「意」が、五感の一部で
あることを理解しない故である。

47 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/20(火) 16:58:27.90 ID:QIw1JURf
>>33
> 無分別に存在論は無い

形而下の存在において個々の事象は繋がっている、それを我々の都合で切り取って分類しているに過ぎないということ。

>>34
同意。

>>40
無分別に形而上・形而下の別が無いのではなく、
・形而上が存在しないがゆえに
・形而下が無分別
なんだよ。もとより分別は形而上という妄想により生じるということで。

48 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:02:49.57 ID:voqbYSku
仰山が洪恩に尋ねた、「仏性(本来の自己)とは何ですか?」
洪恩は答えた、「譬えてみるとここに一つの家があるとしよう。その家には六つの窓があって、その中に猿が一匹居る。
この猿を東の窓から『猿さん、』と呼ぶと、その猿は『うん、うん』と言って返事する。他の窓から呼んでも同じことで、
六窓倶(とも)に喚(よ)べば倶(とも)に応(こた)うである。こんなものだ。」
仰山は、「御垂誡誠にありがとうございます」とお礼を言って、次ぎのように尋ねた。
「お話の趣、一一承知しましたが、未だお尋ねしたいことがあります。
内の猿めがくたびれて睡っている時、外の猿めが何とかして相見したいと申しましたら、どういうことになりましょうか?」
こう問われて洪恩は小僧の仰山の質問がなかなか核心をついたものであるのに驚き、この小僧(仰山)はただものではないと気づいた。
そこで洪恩はうれしくなって、自分が坐っていた縄床から下りて仰山の手を取って一さし舞い出した。
そうして言った、「お猿さん、おまえとの相見はもう済んだよ」。

49 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:04:28.56 ID:aNIoWIzf
>>43
今まで誰も見たことのない物質を見た場合、その「実在」は判るが、
それが「何であるか」は判らない。「意」の働きも無効である。

従って、「実在・非実在」の判断は、五感の知覚のみにより、分別を
要しない。

50 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:05:23.39 ID:uQ/ONA8i
>>47
>・形而上が存在しないがゆえに
>・形而下が無分別
>なんだよ。もとより分別は形而上という妄想により生じるということで。

そうではない、無分別の境地とは涅槃の境地の事なので
形而と言う概念そのものが存在しないんだよ
もとから無いのに有ると言ったり思ったりしてただけの話
一切皆空とか畢竟空と言うのも、全ての認識は妄想だっただけの事を言ってる
我々が言葉を操って色々言うのも戯論に過ぎない
だから、例えば道元師などは「修証一如」と言った訳で
戯論を重ねて愚考を展開しても境地を知る事は出来ないが
修行を行い続けるその行為そのものが畢竟空と合致した、言語を超えた悟りである
と教えている

無分別には言葉も無い
だから勝義も語れない訳で

51 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/20(火) 17:10:58.44 ID:QIw1JURf
>>43
> 五感も知覚も分別しなくては識別にならない
> よってこれも分別以外の何ものでもない

五感は知覚神経への刺激。そこに意味付けをするのが分別。
その意味付け(分別)は形而下においてその時々に恣意的に為されるだけであり、
形而上に分別すべき理由がアプリオリにあるわけではない。
>>41
しかしながら、そういったアプリオリな分別の根拠が形而上にあると妄想する人がいる。その意味では、つまり
・(恣意的に分別が為されるとしても)本来形而下は無分別であり、
・形而上に分別の根拠を妄想する人がいる
という意味では>>41に同意。

52 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:13:41.47 ID:uQ/ONA8i
>>49
>それが「何であるか」は判らない

判らないと言う分別をしている
無分別に「判る・判らない」の二項相対も有り得ない
もっと言えば、五感の知覚の有無も二項相対(感受した・しない)なので
無分別には有り得ない

53 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:15:23.26 ID:aNIoWIzf
>>50
>無分別には言葉も無い
>だから勝義も語れない訳で

対象が「具象物(実在)」であれば語れるな。言語とは、具象物を指示する
「記号」に過ぎないのだから。具象物を指示しない「観念語」は、その解釈は
百人百様だから、そもそも伝達の機能を果たしえないのである。

54 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:16:23.99 ID:uQ/ONA8i
>>51
如何なるを以って形而上下なるか
これを思料分別を以って伺い知ろうと躍起になる姿は最早仏法者のそれではない

無分別とは出世間の境地なので、思料分別では知り得ない

55 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:16:43.75 ID:NYjaYCh0
無分別には「無分別」という言葉、表現すら不可。
言葉で表現する事自体が分別である。
無分別を何かしら表現した刹那に無分別ではなくなる。
つまり無分別は表現不可能なもの。
無分別とさえ言えないものを何と表現して説明するのか?www

56 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:18:52.93 ID:uQ/ONA8i
>>53
>対象が「具象物(実在)」であれば語れるな。

路傍の石ころがお前の名を呼ぶのか?石ころがお前に愚痴でもこぼしたか?
石ころと人間は”違う”、と思ったらそれが分別なのである

57 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:19:35.27 ID:tfrvU4R3
違う。

無分別には言葉がある。

物事が分かっていないので、形而上や形而下という概念に
振り回されるのだよ。

君は食事をした、妻は、君や子供たちが元気が出るようにと、
草や魚をそのままテーブルに置かないの。

料理して、美しい器に盛り付け、君たちを元気づけるの。

そのまま食さなければならないことも、もちろんあるだろう。

が、そのまま食すことと、料理することはケンカなどしないの。

形而下と形而上は、分裂していない人間ならば平気なのだよ。

王子であっても乞食であっても、平気だというのと似ている。

君たちの情弱から形而上や形而下を語るでない。

58 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:20:18.99 ID:uQ/ONA8i
>>55
負け惜しみ乙www

お前見たいなのは必ずそうやって不可知論に逃げるんだw

59 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:20:59.16 ID:siB4Syfk
無分別ってのは自分の好き嫌いで判断を下さないってこと
お前ら難しく考えすぎなんだよ馬鹿

60 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:22:51.08 ID:NYjaYCh0
無分別とは〜と何かしら語れば既に分別ww
こんな簡単な理屈も分からない人間は益々無分別なんて語れないなあw

だから無分別になんて意味は無いんですよ。意味があるのは分別。無分別を語る奴は全部偽者。

61 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:24:24.90 ID:aNIoWIzf
>>52
最低限、何らかの物質が「あるか、ないか」を知らなければ、人間は
一瞬も生存できない。目の前の大地が実在しなければ、一瞬にして奈落
の底である。分別もへちまもない。従って、五感の知覚による「有無」
の感受は、分別ではなく、生存そのものである。

62 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:24:36.77 ID:uQ/ONA8i
>>60
>無分別を語る奴は全部偽者。

本物の証明よろしく

63 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:27:51.55 ID:uQ/ONA8i
>>61
お前真光をどう思う?

64 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:28:44.28 ID:NYjaYCh0
鈴木大拙は無分別の分別と言って説明した。
無分別の分別? ハァ? なんだそりゃ? 無分別なのか分別なのか
言っている本人も何が言いたいのか分からなくなっての喘ぎでしかない。
だから私の中では鈴木大拙も偽者。

65 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:31:01.85 ID:uQ/ONA8i
>>64
お前みたいなそう言うカタルシスを貪る奴が一番ダメだと思うよ

66 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:32:16.58 ID:aNIoWIzf
>>64
鈴木大拙は、バター臭いw。

67 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:39:16.71 ID:siB4Syfk
>>64
日常において分別があるのは当然だろう
分別は良くないといって味噌と糞を一緒にするのか?

68 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/20(火) 17:42:05.40 ID:QIw1JURf
>>45
> 涅槃に形而の上下は存在しない

それはそもそも形而上が存在せず、涅槃が形而下のものであるから
涅槃に形而上が無いというだけのことだよ。

> 西洋哲学信者にこれは理解出来ない

そういう神秘主義的な態度だから西洋哲学に遅れを取るのですよ。

> 一切の戯論が無条件で寂滅する、それが涅槃なのであり、涅槃には涅槃すら寂滅する

涅槃とは形而下に対して形而上的な妄想をやめること、ともいえる。事物の意味付けは単に恣意的なものに過ぎず、形而上も形而上における本質としての分別基準などもそもそも存在しない、という無分別の精神的境地。

> お前の目の前のどっかにある筆記具も、既に涅槃に住している
> だが、お前に筆記具は見えても、それが涅槃に住してる事が解らない

筆記具が筆記具としての意味を持つのか、背中を掻くための物としての意味を持つのかはその時々に観察者が意味付けるだけである、というのが筆記具についての無分別。その意味では、筆記具が涅槃にある、ということは言えるだろうね。

69 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 17:43:19.32 ID:dU12itBj
無分別が何のことか知りたい奴は座禅しろ座禅
身心脱落と道元さんは教えてる
身と心や自と他などの区別を文字通り脱落させる(取り払う)
これは無分別そのものの事で、それを体験するのが座禅だ

70 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/20(火) 18:05:22.14 ID:QIw1JURf
>>50
> そうではない、無分別の境地とは涅槃の境地の事なので
> 形而と言う概念そのものが存在しないんだよ

いや、だから、形而上妄想患者が形而上妄想から離れて無分別の境地に至る、ということをいってるのであって、
その意味で、涅槃は形而上妄想(分別)から離れたところ、すなわち無分別(形而下)の境地なんだよ。
確かに、形而下という概念は形而上に対して用いられるから、形而上が無ければ形而下という分別も無い、ということは言えるけれど、
涅槃でないところ(形而上妄想を持つ者)に対して涅槃を説明するには、形而上妄想に対して便宜上「涅槃は形而上でなく形而下」ということは可能だろう。

> 一切皆空とか畢竟空と言うのも、全ての認識は妄想だっただけの事を言ってる

それは形而上妄想に取りつかれた妄想狂に対して、「形而上はありませんよ」という説明をしているだけで、つまり私が論じていることと同じです。

> 無分別には言葉も無い

涅槃には意味付けというものが無くなる、という意味で言葉が不要になるとしても

> だから勝義も語れない訳で

涅槃に至る過程においては(非涅槃の視点からは)「涅槃とは形而上妄想から離れたところ」と言えるわけで、その意味で「涅槃は形而下のもの」と言えるでしょう。

71 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 18:11:08.77 ID:00osSke7
身と心が何から脱落するん?

72 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 18:14:51.95 ID:00osSke7
すべての認識が妄想だったら不死身になったりもできたりするん?

73 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 18:15:22.64 ID:siB4Syfk
>>70
しかし良くそれだけ中身の無いことをグダグダと書き込めるね君

74 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 18:19:47.57 ID:dU12itBj
>>70
形而上を「存在しない」と認めたなら形而下も有り得ない事になる
何か拘って居たいようだが、いい加減認めろ
上が無いなら下も無いんだよ、そこに留まる事が既に分別だと言われてる
相対対立を離れた先に答えがある
因みにそこで言う「無い」は、「存在しない」の無いではなく
対立概念として成立しない、の無いだ

>>71
区別や分別

75 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/20(火) 18:20:09.38 ID:QIw1JURf
>>54
> 如何なるを以って形而上下なるか
> これを思料分別を以って伺い知ろうと躍起になる姿は最早仏法者のそれではない

そういう神秘主義的な態度だから(略)

> 無分別とは出世間の境地なので、思料分別では知り得ない

釈迦は方法論を言語で説いたわけでしょう。

76 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 18:22:49.88 ID:aNIoWIzf
>>70
「涅槃は形而上でなく形而下」という言葉は面白い。つまり「形而下
(生存の現場)」における分別は、もはや分別ではなく、生存そのもの
であるということ。即ち「悟り」である。

77 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 18:28:18.96 ID:dU12itBj
>>75
>そういう神秘主義的な態度だから(略)

釈尊の教説は神秘主義だと思ってるのか?

>釈迦は方法論を言語で説いたわけでしょう。

八万四千法蔵とも言われてるが、方法は端的に言えば「禅定三昧」
果報は「智慧による解脱」に尽きる
要するに、座禅して智慧使って悟れ、と言う事

78 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 18:29:57.60 ID:dU12itBj
>>76
それ、現世涅槃論って言う邪見の一つだから
それじゃちっとも仏教の目標達成に至れてない

79 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 18:39:52.91 ID:tfrvU4R3
>>70
違う。

>その意味で、涅槃は形而上妄想(分別)から離れたところ、すなわち無分別(形而下)の境地なんだよ。

形而上と形而上は分裂を示しているのではないのだよ。

君が分裂しているから、解釈を捻じ曲げるのだよ。

無分別の境地(形而下)というのは、前レスでも言ったが、

そんなものは、境地ではなく、徒歩の人なら当たり前、

問題外、知っているのだよ。

君が分裂して分からなくなってしまっているのだよ。

形而下に感動するなよ(笑)。

80 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 18:42:01.47 ID:aNIoWIzf
>>78
「仏教の目標達成」って一体何?生存に無関係なそのような目的を設定
することこそ、分別、我欲の典型であり、無我や悟りとは程遠い。

無我(悟り)は、我(生命)を精一杯生き、文字通り「我を忘れる」こと
によってのみ、初めて達成される。

「求めよ、さらば与えられん」というイエスの言葉は誤り。道元は、
「悟ろうとすると悟れない。悟ったと思う者は悟っていない」と言って
いる。

81 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 18:52:19.15 ID:aNIoWIzf
>>78
>それ、現世涅槃論って言う邪見の一つだから

大乗仏教の中心教義は、「煩悩即菩提」「生死(現世)即涅槃」なのだが。
君はどこの国の仏教徒?「生」を否定する釈迦仏教こそ、人間界(生存
共同体)では邪教である。

82 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 19:03:17.13 ID:dU12itBj
>>80
>「仏教の目標達成」って一体何?

涅槃を身で証して一切の煩悩を克服する事

>我を忘れる

誰の説だそれw
無我は「我などどこにもない」と言う事だよ
「我」、要するに「我執」が妄想だと気付く事が悟りの一つだ
忘れる事じゃ無い

83 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 19:08:50.05 ID:dU12itBj
>>81
>「煩悩即菩提」「生死(現世)即涅槃」なのだが。

先ず菩提とは即ち悟りの事、一切の苦悩の原因が煩悩に有ると気付く事が即ち菩提(悟り)となる
次に涅槃も即ち悟りの事、生死を憂う事は迷いなのであり、その憂いも結局は煩悩が原因だと気付けば
即ち涅槃(悟り)となる
生死にわざわざ括弧結んで現世付け無くとも、生死自体が概念なので現世にしか有り得ない

84 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 19:12:32.79 ID:aNIoWIzf
>>82
煩悩とは、状況に応じて肉体(生命)を維持するために発動される、
不可欠な心的作用。煩悩をなくしたら、「死」という最大の苦に至る。

「我などどこにもない」と言いながらあたりを見渡しているのは、釈迦の
我w。釈迦の幼稚な初歩的論理矛盾と勘違いは、滑稽極まりない。

85 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 19:15:02.48 ID:dU12itBj
>>84
真光はオカルトだろ?

86 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 19:24:05.27 ID:tfrvU4R3
>>80
違う

>「仏教の目標達成」って一体何?生存に無関係なそのような目的を設定
>することこそ、分別、我欲の典型であり、無我や悟りとは程遠い。

君の知能が低いから分別し、我欲しているのだ。

説明するのには、仕方がないことがあるだろうが。

形而上とか形而下とか、リンゴとかみかんとか言わなくてならないことが
あるだろうが。

しかしだ、何を言わんとしているのか分かるんだよ、低能でなければな。

君は、一言で言うなら、そういう意味でもまったく無明。
自覚できないだろう、これを無明というのだよ。

>無我(悟り)は、我(生命)を精一杯生き、文字通り「我を忘れる」こと
>によってのみ、初めて達成される。

忘我か、ある意味賛同はするが、何度もいうが丁寧であれ。

つまりな、アホが忘我したならアホなことをやらかすのだよ(笑)

87 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 19:25:02.34 ID:tfrvU4R3
>「求めよ、さらば与えられん」というイエスの言葉は誤り。道元は、
>「悟ろうとすると悟れない。悟ったと思う者は悟っていない」と言って
>いる。

これは神を求めよ、神(父)はご存じだ。
君が手を伸ばす事をいつでも待って、そして君が手を伸ばす前から
神は手を伸ばしている。

といった、君の捻じ曲げと違うはなしであり、
欲を現わした言葉ではない。
(私は所謂キリスト教の信者ではないが、そしてとりわけ教養があるわけでもないが、
翻訳の問題もあるのかもしれないが、

君のような読解は、どうして、そんなにも汚らしいのだ。
君の汚らしさを説明すれば、
知能が低いのにいいがかりを付けることにおいては、知能が高い。

つまり、君が邪悪であることに知能が高く、
清浄であることに低能でなければ、誤解され易い翻訳に左右されない。

88 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 20:03:07.56 ID:oxCYfO4Q
>>70>西哲、正しくは西の轍(蹉跌)
>以後、アホ哲、西轍

> 涅槃に至る過程においては(非涅槃の視点からは)「涅槃とは形而上妄想から離れたところ」と言えるわけで、その意味で「涅槃は形而下のもの」と言えるでしょう。

善きもの、悪しきもの、正しい、正しくない。
こういう判断を無くせば単に滅却のみがあるべき姿となる。こういう類いは出家にあらず。

八正道とはテーゼがある、仏教が科学でなく精密な歩みをとるということは
こういった判断を無くす事ではない。仏教徒として生活を見失わず仏道を行ずる。
形而下形而下というのはこういう事が出来ず、世間から遁走したい消滅したい虚無主義という事だ。
生活を捨てて遁走したい怯懦なる者、形而上の全てを形而下という妄想に帰して(あれも形而下これも形而下)

消滅を欲する虚妄神秘主義(⇔神秘主義)者、である事を表明しているに等しい。
お前は単に仏教に寄生している低級唯物の虚無主義者(⇔非エゴの唯物的な視点保有者)に過ぎない。
お前は偏頗教育の反動で、言っているに過ぎない。何ら、仏教における方角を見ていない。

単に教育の失敗者としての憐れな否定論者なり。それゆえ仏教が理解出来ない。

89 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 20:09:06.93 ID:oxCYfO4Q
>>80
> 「求めよ、さらば与えられん」というイエスの言葉は誤り。道元は、
> 「悟ろうとすると悟れない。悟ったと思う者は悟っていない」と言って
> いる。

「求めよ、さらば与えられん」…@
「求めれば得られない、求めざれば得る」…A

お前はうつけだ。

@=A


両者は同じ事を言っている。

宗教書を読む段階にまだないのだ隠居よ。

90 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 20:18:21.30 ID:oxCYfO4Q
隠居よ

目を閉じ過ぎた者に『開け』と言っている。
目を開け過ぎた者に『閉じよ』と言っている。


言葉の表面をなぞるからこれが理解出来ない。


思考が浅い。

91 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 20:35:20.05 ID:zUs3bFUF
中ロ首脳「歴史改ざんに反対」=戦勝70年へ対日共闘も−共同声明を発表
http://www.jiji.com/jc/c?g=int&k=2014052000669

【上海時事】中国の習近平国家主席は20日、上海を訪問した
ロシアのプーチン大統領と会談し、共同声明を発表した。
共同声明によると、両首脳は「ドイツのファシズムと日本軍国主義に対する勝利70周年」を迎える来年、
記念式典を開催することを確認。その上で「歴史の改ざんと戦後秩序の破壊に反対する」と明記した。
 靖国神社参拝や沖縄県・尖閣諸島の問題をめぐり安倍晋三首相をけん制したい習主席が主導し、
プーチン大統領との対日共闘を進めた形だ。
 首脳会談の大きな焦点は、10年以上も交渉しながら価格面で折り合わず、
両国の懸案となっているロシアからの天然ガス供給契約。
ただ共同声明は「包括的な中ロのエネルギー協力を強化し、
早期の供給開始に向け協力することで一致」という表現にとどまった。(2014/05/20-16:52)

92 :山頂王国国王:2014/05/20(火) 20:43:41.30 ID:8rHWKYtf
偽り人間安倍晋三は情けないですね。

http://ameblo.jp/21point/entry-11856100805.html

93 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 20:57:49.57 ID:0RtU6bsA
唯物隠居vs唯物西洋哲学vs唯物不可知論vsイデア是認論

って感じか・・。   >今の流れ

94 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 21:02:35.08 ID:mMbqCcvK
そもそも偽りのない政治家がどこにいるだろうか?

95 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 21:21:27.54 ID:Ecd2cCKG
政治家も仏教勉強したらいいのにね

96 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 21:21:38.41 ID:9PbAXI76
>>89
>両者は同じ事を言っている。

「求めよ、さらば与えられん」は、「求めなさい、そうすれば、与えられる」
の意味(マタイ福音書7:7)。両者の意味は、真逆。

イエスが、「与えられる」という甘言で、己への回心を迫っている場面。

97 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 21:26:03.44 ID:Ecd2cCKG
求めざる境地に達するには求めなくてはならない

98 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 21:41:49.85 ID:9PbAXI76
イエスの唯一の関心は、「人が己(イエス)を信じてくれることであった。
彼は、「俺を信じない者は、死ね、殺せ」という趣旨のことまで言った(マタイ
10:39)。あきれ返った、イエスのエゴである。

イエスは、「隣人を、『そしてすべての人間を』愛せよ」とは、口が裂けえも
言えなかった。イエスにとっては、己を信じてくれない者は、「裁かれるべき
存在」に過ぎなかったからである。

一方では、イエスは、「人を裁くな。裁けば自分も同じ理由で裁かれる」と
言っている。言行不一致は、すべての宗教の開祖に共通する特徴。

99 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 21:48:53.26 ID:Ecd2cCKG
そんな酷いこと言ったのに、どうして尊敬されたの?

100 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 21:53:36.27 ID:zUs3bFUF
アジアで覚せい剤取引急増 日本が主要密輸先と国連
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2014/05/20/kiji/K20140520008198820.html

101 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 22:06:04.68 ID:9PbAXI76
>>99
イエスの統合失調症の感染という、精神医学的現象。麻原でも、信者に
あれほど尊敬・愛着されている事実を見よ。

フロイトも、「精神性は特に伝播する」といい、「ユダヤ・キリスト教は、
精神病の症状以外の何物でもない」と言っている。

102 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 22:07:25.68 ID:Ecd2cCKG
変性意識状態での催眠を意図的にしたと考えているんですね?

103 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 22:20:51.58 ID:X7yaolg5
>すべての宗教の開祖は統合失調症
いまさらそんなこと言われても
イスラムで言ったら死刑だね 
日本で身元を特定し事故死
南無阿弥陀仏

104 :山頂王国国王:2014/05/20(火) 22:41:10.17 ID:8rHWKYtf
政治家も宗教教祖も
魂が段々抜かれているのが現状です。

南無阿弥陀仏

105 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 22:48:47.07 ID:9PbAXI76
>>103
ムハンマドは中年過ぎて発病し、長い山篭りに入り、そこで啓示(変性
意識)を得た。彼の伝記を読めば明らか。

イエスを身近に知る家族、郷里の人々、仲間のユダヤ教徒は、聖書の
中で、イエスを、気違い、悪霊憑きと証言している。

最古の創唱宗教であるゾロアスター教の開祖は、大麻の常用者であったと
言われている。

ユダヤ教の開祖と言われるエジプトのファラオイクナートンは、その彫
像から判断すると、男女の区別さえ定かではない不具者であった。

106 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 22:56:35.17 ID:9PbAXI76
>>102
精神病は、患者に接する者に感染するのです。「感応精神病」と呼ばれ、
現代の精神医学の定説。

精神科医は、患者からの感染(逆転移)を極度に警戒します。

107 :山頂王国国王:2014/05/20(火) 23:03:41.88 ID:8rHWKYtf
精神科医と心療科医は似ています。


心療医者Aさんの奥さんは絶対難産と診断され、

仕方なく、Aさんは夫立ち会い出産を選びました。

分娩室内、Aさんはひたすら妻を励まし「頑張って、頑張って・・・」

あまりの痛さに奥さんは声を荒げて

「頑張って、頑張って、あたしはどう頑張ったらいいの?」

「私は出産経験がありませんから分かりません!」

「じゃ、普段はどういうふうに患者さんと接するの?」

「患者さんは最も痛いところを隠しているから、患者になっている。もし、患者さんが最も痛いところを吐き出したら、私たちの位置は忽ち逆転します。つまり私が患者になり、患者さんは先生になる。」

http://ameblo.jp/21point/entry-11826016116.html

108 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 23:05:06.51 ID:9PbAXI76
>>105への追加

釈迦は、「一切皆苦」などとふさぎこんでいながら、突然、「楽しい、
楽しい」と叫びだす。仏典にちゃんと書かれている。双極性障害(躁う
つ病)の典型的症状。彼が、途方も無い長距離を歩き回って布教したのは、
躁状態における行動。躁状態では、疲れを知らず行動するので、体重が
減少する。

109 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 23:17:32.25 ID:0RtU6bsA
>>108


少し真面目な質問をしてみましょうかw

>などとふさぎこんでいながら、突然、「楽しい、楽しい」と叫びだす
どのくらいの時間・期間でのことですか?
数分後?数時間後?数日後?数週間後?数ヵ月後?数年後?
どの段階で叫び出したら双極性障害なのかな。

で、 >仏典にちゃんと書かれている のは、
数分後?数時間後?数日後?数週間後?数ヵ月後?数年後?
どれ?

そこまで詳細分析してるんだから、当然、症例としてデータ把握はできてますよね?w

110 :神も仏も名無しさん:2014/05/20(火) 23:19:31.13 ID:U7pmiPvl
108さん
すべての宗教を否定てことですか
結局 信じるものは自分だけ
自分がしんだら無でなにも残らない

111 :コレ悟りかよ!?w:2014/05/20(火) 23:20:27.63 ID:hYUHBzoF
>>108
つまり、双極性障害と統合失調症を併発している俺は釈迦やキリストに等しい。
もしくは彼らを超えている、ということです。

112 :コレ悟りかよ!?w:2014/05/20(火) 23:30:45.95 ID:hYUHBzoF
>>109
人それぞれ波があるんですよ。
俺の場合は年に一回ぐらい「楽しい!悟った!」状態になります。
釈迦は抗精神病薬は飲んでなかったので、毎日が苦しい、楽しいのラピットサイクラーだったかもしれません。
>>110
いや、逆に宗教の肯定ですよ。
精神病患者は神や悟りに等しいということです。
みなさん、家族友人職場の同僚がキチガイになったら喜びましょう。

113 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 00:07:07.75 ID:CuUNrEau
ID:9PbAXI76氏

こんな事を様々に書き込んで、どうするんだ。

いいかがりは、自分も他者も大事にできず、だよ。
ストーカー殺人だとか、誰彼なしに刃物で襲いかかったりだとか、
そういった犯罪は、いいがかり行為の行き着いた姿だね。

何かとっても不満があるのかもしれないが、
こういった書き込みばかりすると、症状固定化の
拍車訓練をしているようなものだ。

私は子供の記憶教育は、子供の精神を傷めると考えている。
しかし、学問に対してではなく、教育方法に対してもっと工夫ができないものかと
いった意味だ。

そんなふうに、世の中でもっと改善されるべきだと思われる課題はあるよね。

これは、社会全体の幸福を願ってだ、分かるよね。
自分が気に入る気に入らないだとかの我がままからではないよね。

いいがかりというのは、その点どうだろう。

114 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 00:25:46.50 ID:leNTykie
>>113
病人を放置するのは、人道にも公益にも反する。

私は、信者ではなく、専ら開祖を批判している。信者は、開祖の精神病の感染
による痛ましい犠牲者に過ぎないからである。

親でもない、大昔の赤の他人の開祖を批判されて、そのように興奮するのが、
まさに宗教の病理。開祖が自分の心の中に住み着いているから、開祖を批判さ
れると、自分が批判された、否定されたと感じるのである。

115 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 00:44:23.25 ID:CuUNrEau
>>113

>病人を放置するのは、人道にも公益にも反する。

君はね、自分をそうやって追い込んでいるのではないか。
開祖と君は別なんだが、開祖にいいがかりをつけ病人扱いするのは
君の病気を無関係である開祖に被せて、
他者が、そのトリックひっかかってくれれば、君は一時的にでも
救われた感を感じる事ができるのか。

>親でもない、大昔の赤の他人の開祖を批判されて、そのように興奮するのが、
>まさに宗教の病理。開祖が自分の心の中に住み着いているから、開祖を批判さ
>れると、自分が批判された、否定されたと感じるのである。

君は批判など出来ていないだろ。

親でもない、大昔の赤の他人に
君はいいがかりをどうしてつけているのだ。
話しにまったく筋がない、いいがかりだからだ。


それと親でもない赤の他人というが、私は、友達でも君のような者から
いいがかりを付けられれば、おかしいと言う。

それと興奮などしていない。
君は話しが無茶苦茶+印象操作は巧みだな。
どこのカルトか知らないが、悪癖だけは身についているようだね。

116 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 00:52:00.86 ID:cUfjf/HE
>>114
明日でも明後日明々後日でもいいけど、>>109にレス付けといてねw

117 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 01:00:02.22 ID:leNTykie
>>115
病気がある程度進行すると、君のように病識がなくなります。

コレサトさんには病識があるのは、薬の効果だと思われる。

開祖の症状を正確に分析することにより、信者は自分の病気を客観的に理解し、
認知の歪みを是正することが可能になります。これは認知療法と呼ばれ、広く
使用されている精神療法です。

118 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 01:00:17.20 ID:cUfjf/HE
>>116

ああ、ちなみに、私は
お釈迦さんは鬱の傾向があった、或いは鬱病だったと言っても良いだろうとは思っている。
その解決・緩和法を(或る意味自分のために)探った人だと思っている。

ただ、その方法が、
(たとえばサラリーマンが仕事を通常通りこなしながら、というものでなく)
環境をガラリと変えて、身心共に一旦弛緩させ、生活の殆どを構築し直す手法だった
という点で、厳しく、歩み得る者を選んでしまった面はあるかもな、と。
だから、
間口を広げる大乗運動が生じねばならなかった、と。

119 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 01:02:27.25 ID:cUfjf/HE
>>117
>開祖の症状を正確に分析することにより

正確に分析できていらっしゃるなら、>>109に答えるのも容易いですよね?w



ノシ

120 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 01:09:46.44 ID:cUfjf/HE
Ctrlキーで目に入ったので一言だけ。

>> 112
>俺の場合は年に一回ぐらい
>毎日が苦しい、楽しいのラピッドサイクラー


どっちだよw
一年前塞ぎこんでいた少年が、一年後に積極的に活動するようになったら、
(逆でもいいけど)、彼は双極性障害なのかw


サスガ センモンカノ イウコトハ チガウナー (-_-)

121 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 01:17:29.45 ID:leNTykie
>>119
うつ症状や躁症状が一定期間継続すれば、それは病気です。双極性における
その間隔は、コレサトさんがいうように、サイクルの問題です、一般に、
ラピッドサイクラーのほうが、治療が難しい。

122 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 01:23:02.22 ID:CuUNrEau
>>117

コレサト氏を便利使いしなさんな。

君は開祖でも誰でも、そうやって自己弁護の道具に使うな。

自分が相手の動きを収めず、どんどん挑発して(事件になるように仕掛けて)それを解決するには、
集団的自衛権が必要だとかに話しを作り上げていく、
一人芝居、サル芝居とそっくりだな。


>開祖の症状を正確に分析することにより、信者は自分の病気を客観的に理解し、
>認知の歪みを是正することが可能になります。これは認知療法と呼ばれ、広く
>使用されている精神療法です。

君の入信歴と君の入院歴と君の病歴と
とにかく、人に被せんな。

123 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 01:30:09.99 ID:leNTykie
ちなみに、統合失調症では人格の崩壊を生じるが、躁うつ病は気分障害(感情障害)であり、
一般に人格の崩壊は生じない。イエスが統合失調症、釈迦が躁うつ病だとすれば、両宗教の
相違は、この病態の相違による。

124 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 01:47:38.79 ID:CuUNrEau
>>123

君の自己紹介に、イエスや釈迦を使うな。
コレサト氏も便利に使うでない。

125 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 03:21:16.95 ID:6uGKBs++
>>76
> 「涅槃は形而上でなく形而下」という言葉は面白い。つまり「形而下
> (生存の現場)」における分別は、もはや分別ではなく、生存そのもの
> であるということ。即ち「悟り」である。

形而下のみが現実であり、形而上妄想から離れてあるがままの唯物的な現実世界と一体であることを知ると、
形而上に由来する分別から自然に離れて無分別に至るってことですね。

126 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 03:25:47.68 ID:6uGKBs++
>>77
> 釈尊の教説は神秘主義だと思ってるのか?

違うね。釈迦の教えは非常に明快な形而下のものだが、教説を誤読して神秘主義に陥っているこのスレの駄坊主を指して言っています。

> 果報は「智慧による解脱」に尽きる
> 要するに、座禅して智慧使って悟れ、と言う事

使うのは知恵であって神秘的形而上霊能力ではないってことですよね。

127 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 04:35:23.40 ID:6uGKBs++
>>79
> そんなものは、境地ではなく、徒歩の人なら当たり前、

徒歩かチャリンコかはどうでもいいよ。当たり前というが、釈迦は当たり前のこと(道理)を知るに至って、知らないやつらにそれを教えただけじゃないかな。
私があなたにしているように。

128 ::2014/05/21(水) 05:18:47.71 ID:m5Nr/DMM
>>108
>釈迦は、「一切皆苦」などとふさぎこんでいながら、突然、「楽しい、
>楽しい」と叫びだす。仏典にちゃんと書かれている。

釈尊が誰にでも「一切皆苦」と説かれた場合はそうかも知れません。
実際は常見者向けの対機説法(四悉壇)で「一切皆苦」と説かれたと龍樹は解説済みです(参考:大智度論の冒頭)。

まあ大智度論の解説を知らなくても、「一切」に「涅槃入りした如来」まで含めれば論理矛盾なことは明解でしょう。

129 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 05:29:36.58 ID:6uGKBs++
>>88
> 善きもの、悪しきもの、正しい、正しくない。
> こういう判断を無くせば単に滅却のみがあるべき姿となる。こういう類いは出家にあらず。

ほう。では善悪正邪の別は何によって為されますか?

> 八正道とはテーゼがある、仏教が科学でなく精密な歩みをとるということは

八正道とは涅槃に至るまでの方法論のたった一部であって、それが本分ではないでしょう。
山の麓のちょっとした林道を山頂と勘違いしては滑稽でしょう。

> 形而下形而下というのはこういう事が出来ず、世間から遁走したい消滅したい虚無主義という事だ。

そう思い込みたいあなたの理由に興味があります。

> 生活を捨てて遁走したい怯懦なる者、形而上の全てを形而下という妄想に帰して(あれも形而下これも形而下)

いや、形而上が妄想でないというなら、
「形而上の実在を証明してください」
これは前スレから散々尋ねていますがいまだに答えを頂いていないwww
今度こそお願いしますよ。

130 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 05:38:19.07 ID:6uGKBs++
>>128
> 釈尊が誰にでも「一切皆苦」と説かれた場合はそうかも知れません。
> 実際は常見者向けの対機説法(四悉壇)で「一切皆苦」と説かれたと龍樹は解説済みです(参考:大智度論の冒頭)。

これと同じように、
「涅槃に至ったならばもはや分別無く形而上も存在しない、ゆえに『形而下という概念も生じない』」
ということを

形而上妄想に取り憑かれている駄坊主に対して説明する時に、
「涅槃とは形而下のものだ」
と表現することになるわけです。
なぜなら、形而上妄想に取り憑かれている駄坊主は、形而上妄想あるゆえに形而下を認識できるから。
涅槃にいる者に形而上・形而下を説いているのではありません。形而下において形而上妄想にしがみつく者に涅槃への導きを説いているのでしょう、釈迦は。

131 :○○○:2014/05/21(水) 05:38:44.05 ID:m5Nr/DMM
>>105
>イエスを身近に知る家族、郷里の人々、仲間のユダヤ教徒は、聖書の
>中で、イエスを、気違い、悪霊憑きと証言している。

後にイエスの母も兄弟もイエスの教えに帰依しております。同じく新約聖書の中で。
もうそろそろ貴殿もイエスや釈尊への執着は断った方が宜しいでしょう。

精神科医ネタがお好きなのでしたら、天才精神科医で潜在意識の権威であったユングが
15歳の霊媒少女を研究して論文まで書いた経緯を調べたら如何でしょうか。

私も彼の長い論文を6割ほど読んだところですが、非常に客観的に霊媒少女に起きた事を記載しております。
心霊を否定する為に研究を始めた科学者達の多くが、「心霊を否定できない」と態度を変えた事例は多いです。

尚、龍樹も天・人・畜生・餓鬼・地獄の間での輪廻の様を詳述されておりますことは本スレでも紹介済みです。
まあ縁起の法の中に輪廻の法も含まれるということなのでしょう。(参考:「大智度論」十六之上『五道輪廻』)

132 ::2014/05/21(水) 05:43:57.64 ID:m5Nr/DMM
>>130
>涅槃にいる者に形而上・形而下を説いているのではありません。
>形而下において形而上妄想にしがみつく者に涅槃への導きを説いているのでしょう、釈迦は。

同感です。 主な対告衆は常見者です。
もし断見者に「一切皆苦」、「諸行無常」、「諸法無我」を説けば、虚無へ堕ちるかも知れませんね。

133 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 05:59:03.24 ID:aFKKniba
手かざしじゃ幾ら仏教な能書き並べても無駄
所詮外道だから

134 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 06:14:08.50 ID:6uGKBs++
>>133
同意。
念仏や座禅や苦行程度の意味しかない。

135 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 06:18:49.98 ID:rpD+q5KM
>>134
昔のライオンズのファンなの?

136 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 06:32:23.12 ID:XvMcfHkF
にしてつって仏教どころか
哲学書も読んだことない

137 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 06:54:54.11 ID:6uGKBs++
>>135
野球は興味ないよ
>>136
私程度ですら駄坊主よりマシなんだから、あなたが私より読み込んでる可能性を否定しないよ。

138 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 06:58:33.27 ID:6uGKBs++
形而上主義者が逃げ続けている問題。
「形而上が存在すると主張するならば証明を」

139 ::2014/05/21(水) 07:14:40.71 ID:m5Nr/DMM
>>138
>「形而上が存在すると主張するならば証明を」

潜在意識の権威であったユングが15歳の霊媒少女を研究して論文まで書いた経緯を調べたら如何でしょうか。
科学の進歩のプロセスは、まず現象の正確な理解→再現性の確認→仮説の立案→検証、という順でしょう。

少なくともユングは(形而上が存在すると主張するか否かでなく)現象の正確な理解→再現性の確認→仮説の立案
までは進んでいたようです。どういう仮説に至ったのかは論文の後半を読んで確認します。

140 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 07:24:45.91 ID:aFKKniba
>>134
座禅以外に仏教の修行に何があると言うんだ?
滝行とかか?
少なくとも仏教で瞑想由来の禅定を否定したらそれは仏教ではない
題目も念仏も阿字観も座禅も全部奢摩他瞑想由来だ
奢摩他を否定したら仏道は何も残らん

141 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 07:26:35.95 ID:8TCrz4Lm
アホ在家のアホぶりは相変わらずだなw

142 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 07:27:04.89 ID:aFKKniba
>>139
おいオカルトキチガイよ、ユングが研究した少女は「霊媒」を行う少女についてであり
霊媒そのものやその効果に付いてでは無いだろ
手かざしの教義じゃ嘘吐きは罪にならんのか?

143 ::2014/05/21(水) 07:30:52.57 ID:m5Nr/DMM
>>133
>所詮外道だから

釈尊の頃の『外道』と現代の『外道』とは同じでしょうか?
『外道』の中にも仏教を一部吸収している教団も見受けられます。

『外道』という言葉も空にて、意味合いが常住不変ではないでしょう。

144 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 07:35:31.10 ID:aFKKniba
何言ってんだお前
仏道で行わないものを外道って言うんだろ
手をかざす教義なんか仏道にはねーよ

145 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 08:31:23.20 ID:Qih0ka4E
ポンコツ在家○w
お前の書き込みは、このスレでは空虚だw
お前の妄想不要、消えろw

146 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 09:09:28.43 ID:CuUNrEau
常住不変

そうだな、一つの言葉の概念は、現代ではこれこれの使われ方をしていると
辞典にも説明されている時があるね。

それに、例えば概念と言う言葉自体も、哲学では、倫理学では、心理学では、
観念論では、など分野によっての使われ方を説明されていたりするな。

以前バービマン氏が、輪廻を一応あるとして議論してみてはという提言があった。
そうでないと、お互いがもう何を言っているのか(笑)
(バービマン氏は、輪廻があると考えているからと言う話しではなく、
議論するには、ないと言ってしまったらそこで終わるからという提言)

もちろんそうだろうさ。
何かが働いているのではないかと、ピンときて、
何かがあるを前提にしなければ
引力までいかないのと同じで、お話にならないからね。

147 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 09:43:14.84 ID:AYKGHzK8
>アホ哲、蹉跌

西洋哲学で何ら内面の改善が望めなかったwwお前がその怨嗟の勢いで否定論者になる事は
容易に推量できる事だ。お前の所行は消防の反抗期に過ぎない。

それが為に己の皆無な直感と洞察力で仏教を利用し、幼稚極まりない
『『『釈迦無苦人生論』』』にまで貶め、消防仕様の唯物・断見仏教を嘯いているに過ぎない。

アホ哲『死んだら終わりじゃーん。当たり前じゃん』

↑釈迦は幾度となく退転してしまう仏弟子(サンガ)が自殺するのを妨げなかったじゃん

この時点でハッピー仏教人生諦めさせてるじゃんwwww

じゃあ、これって、お前仕様の脳科学‐新仏教では
ダメだった人間に『あなたは修行に励んだのだから』来世は悟りを開くか、死後二度と生まれないと

釈迦は嘘をつきまくってるじゃんwww

最初から全ての有情は死後二度と生まれないという方が、ハッピーじゃん。

> いや、形而上が妄想でないというなら、「形而上の実在を証明してください」
> これは前スレから散々尋ねていますがいまだに答えを頂いていないwww
> 今度こそお願いしますよ。

アホ?
主張を始めた側が先に説明回避かww

仏教を脳科学できちんとご説明あれwwwwww

説明責任として、脳科学の諸々の概念を余すところなく包摂した脳科学‐新仏教の提唱
お待ち申し上げているぞ。

148 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 09:45:13.44 ID:bhlibKFB
輪廻はないということもない。
やっぱり野性的な遺伝情報が組み込まれてるんだよ。
ただし、それはあくまで遺伝子レベルの話。
死んだらその時点で終わりさ。

149 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 09:50:48.20 ID:bhlibKFB
どうせ死ぬなら覚悟を決めて死ぬ気でやったる
ぐらいの気概が必要だと思うのよ。
具体的目標を持たないかんけどね。
そしたら一週間以内になんらかの結果がでると思うし、
いきる目標や生きる楽しみみたいなもんがでてくるんだよ。
どーこー道理めいたこと言ったって、それは不平不満を
ぶちまけてるのと一緒なんだよね。

150 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/21(水) 10:09:10.45 ID:Kh0eNA+Y
>>106
>精神科医は、患者からの感染(逆転移)を極度に警戒します。

そのとおりです。私も精神病患者と関わる機会が多々ありますから気を付けてます。

貴殿は精神病に詳しいようですから、少し書き込みしてみます。
例えばですが、「便所飯」ってのがありますよね、あれも広義においては神経症の一種です。
なるべく気にしないように理屈では分かっていても、人目が気になってしょうがない。
ついには人目を恐怖すら感じるようになります。
クヨクヨ考えてしまって、
それが高じてくると対人恐怖症とかなったりする。

あと輪廻転生とか気になってどうしょうもない。ってのも広義においては神経症の一種です。
常識的範疇を逸脱した固執ってのは、自分では制御できないくらいに悩まされます。
これは是非が問題やに見えても、実は病的に自分が追い込まれている場合が多い。

>精神病は、患者に接する者に感染するのです

ええ、私も感染されそうになりました。特に人格障害はヤバイですね。
しかし掲示板でも、精神疾患患者の書き込みは神経質なのが多いですから、気を付けねばならんでしょう。

151 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 10:16:38.49 ID:bhlibKFB
まぁ確かに不思議だ。
なんで輪廻に拘るのか
なんでそんなに信じたいのか
気にしない者には不可解きわまりない

152 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 10:20:36.63 ID:bhlibKFB
つまり輪廻をいう人は精神病と考えてよろしいのですね。

153 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/21(水) 10:32:45.54 ID:Kh0eNA+Y
>>152
ええ、一応はそう捉えて良いんじゃないですか?
だから書き込みには巻き込まれないように警戒が必要ですね。

前にセラピスト氏も言ってたでしょう?
書き込みをロムするだけでも精神病になるリスクがあるって。

154 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 10:44:56.53 ID:nfN368Rg
身体、想念、感覚、行為が我がものという思い込みから苦しむのである。

155 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 10:45:58.23 ID:bhlibKFB
>>153
信じたくても、それを満たす道理がない。
信じようがないのに信じてしまうのは
何かしら感じるものがあるんでしょうな〜
それは何かの裏返し
つまりそれは不安の二文字
宗教に取り込まれる罠ということですな
それは科学かもしれないし哲学かもしれない
あるいは仏教かもしれない

156 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 10:51:52.62 ID:bhlibKFB
>>154
我が身、我が物でなくても痛いのは誰だって嫌ですよ
解決論は〜
慣れるしかないw

157 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 10:52:26.55 ID:lj98/fwz
>>150
>特に人格障害はヤバイですね。

一見、尤もらしいことをいう所謂ボーダーの人が一番ヤバイ。このような
患者が入院してくると、他の患者ばかりでなく、看護婦も狂うそうです。これは、
精神医学の専門雑誌に掲載された、精神病院の看護婦の体験談。

私は、創唱宗教の開祖たちが、その典型だと思う。

158 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 11:04:27.29 ID:bhlibKFB
>>157
理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる
不安定で激しい対人関係様式。

このスレにこういう人いっぱいいますよね。やっぱり作用があれば
反作用があるってことで、無分別主義でよかった〜w

159 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 11:06:15.21 ID:bhlibKFB
あら?もしかして創唱宗教の開祖たちをこき下ろしてます?w

160 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 11:11:38.02 ID:6uGKBs++
>>140
> 座禅以外に仏教の修行に何があると言うんだ?

理論。

161 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 11:13:18.37 ID:lj98/fwz
>>151
>なんで輪廻に拘るのか
>」なんでそんなに信じたいのか
>気にしない者には不可解きわまりない

輪廻で脅迫し、解脱で誘惑しないと、宗教団体は商売上がったりになるから、
特に力を入れる。キリスト教の罪概念と救い、釈迦仏教の苦概念と悟りも同様。

「脅迫」と「甘言」が、すべての宗教に共通する二大要素。極めて悪質な信者獲得
手段である。道徳倫理に真っ向から反する、まさに地獄に堕ちるに値する悪業
である。

162 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 11:15:12.11 ID:bhlibKFB
>>160
あと行為ってのもありますよ。
アブと蚊と四足獣と人間に触れること。とか

163 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 11:22:59.86 ID:bhlibKFB
>>161
なるほど、宗教勧誘のために風呂敷を広げるわけですな。
といいつつ地獄に堕ちるに値する悪業とかいって
なんとか言に説得力を持たすために風呂敷を広げる様が気になりますw

164 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 11:23:08.73 ID:8Fs5ZMwT
無分別に主義や主張は無い

165 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 11:27:04.89 ID:bhlibKFB
>>164
だから分別無しってことだろ?
例えば主義に対する分別、主張に対する分別が無いってことだ。
中国語をどう読んでる?

166 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 11:35:11.19 ID:lj98/fwz
>>163
>なんとか言に説得力を持たすために風呂敷を広げる様が気になりますw

常に「道徳・倫理」を語る宗教の開祖に対する皮肉ですよw。

167 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 11:58:17.15 ID:lj98/fwz
>>131
>精神科医ネタがお好きなのでしたら、天才精神科医で潜在意識の権威であったユングが
>15歳の霊媒少女を研究して論文まで書いた経緯を調べたら如何でしょうか。

ユング自身が統合失調症患者でクリスチャン。彼の伝記にちゃんと書かれている。
これでユングの思想や、フロイトがユングと袂を分った原因の深層も説明できる。

しかし彼は、精神医学者だけあって、神概念も「心理現象」として説明してい
るところはさすがである。

168 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 12:09:07.86 ID:lj98/fwz
ユングがフロイトのリビドーに反対したのは、彼のクリスチャンと
しての異常な潔癖性がその考えに耐えられなかっただけ。

従ってユングは、リビドーではなく「生の欲動」としたが、フロイト
は、その生の欲動の「根源」がリビドーだといっているのである。ユング
とは深さが違う。

169 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 12:33:14.33 ID:CuUNrEau
>>161
宗教団体が商売に利用しているまでは君はみることができるのなら、
少し前に徳川幕府の支配の為の仏教利用の話しをしたが、
そういう観点で社会やものごとみたことはないかな。

そうすれば、釈迦やイエスに罪を被せることで、
自分の(卑怯な人間達)のいい訳になっていないかまで
見通すことが出来るのではないかと考える。

例えば、拘るという話しでは、
君がスイスで大変美しい山や自然、花々、湖をみたとしよう。
それで、そういった美しい景色を撮影する写真家になったとしよう。
拘りだ。
又、君は戦場の現場に足を運んで地獄のような惨状を目の当たりにし、
それをたくさんの人々に知ってほしいと、戦場カメラマンになること決意したとしよう。
拘りだ。

輪廻は、君にとってまったく無縁であるのかもしれないな。

それが強迫に使われたとしたら問題だと思ったのは分かる。

が、何もかも一緒にし、情弱に非難に走る自身に、
混乱が生じてはいまいか。

170 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 12:47:40.60 ID:NGiF1u6a
晩春の風物詩、光泉寺の釈迦祭

171 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 13:10:24.82 ID:6uGKBs++
>>147
> 西洋哲学で何ら内面の改善が望めなかったwwお前がその怨嗟の勢いで否定論者になる事は

ん?西洋哲学を否定してないよ?
> それが為に己の皆無な直感と洞察力で仏教を利用し、幼稚極まりない

直感でなく論理で形骸化した葬式仏教を解剖している。解剖してみると駄坊主の妄想ポリープが発見されたから取り除いたらスッキリした。

> 最初から全ての有情は死後二度と生まれないという方が、ハッピーじゃん。

物理的必然で輪廻は起こり、現世は繰り返されるから仕方ないよ。

> 主張を始めた側が先に説明回避かww
> 仏教を脳科学できちんとご説明あれwwwwww
> 説明責任として、脳科学の諸々の概念を余すところなく包摂した脳科学‐新仏教の提唱
> お待ち申し上げているぞ。

いや、私は実証として「形而上の存在を確認できない」、ということを根拠に
「形而上は存在しない」と実証主義的に主張しています。対してあなたが「いや、形而上は存在する」と主張するならば、存在することを立証するのはあなたの責任です。
釈迦が無記と言ったように形而上のことは証明できません。釈迦は形而上を無いとして形而下のみを考察の対象にしたのです。

これが理解できないなら、西洋哲学にヒントがありますよ。有名な「悪魔の証明」と「カール・ポパー」「検証と反証の非対称」「反証主義」「反証可能性」などをよく調べてみることです。

172 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 13:17:10.37 ID:6uGKBs++
>>164
> 無分別に主義や主張は無い

形而下の唯物主義に無分別があるだけで(というか唯物主義が無分別であるだけで)、その上にはただ科学があるだけ。それ以外に主義主張は無い、ということなら同意。

173 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 13:21:23.79 ID:aFKKniba
>ということなら同意。

と、選び取ってる時点で既に間違ってる。

174 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 13:24:20.53 ID:6uGKBs++
>>173
選び取っているというか、曖昧さのある発言からその意図を抽出しているだけ。そしてそれが、解釈ということ。

175 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 13:49:44.30 ID:lj98/fwz
>>169
>釈迦やイエスに罪を被せることで

何を言いたいのか意味不明。

「脅迫」と「甘言」の元凶が釈迦とイエスであり、君達宗教者がもろ手を
挙げてこの両者に賛同していることだけは明らかだろう。

176 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 14:13:41.83 ID:nfN368Rg
>「脅迫」と「甘言」の元凶が釈迦とイエスであり、君達宗教者がもろ手を
挙げてこの両者に賛同していることだけは明らかだろう

なんにも明らかじゃないんですが。

177 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 14:36:10.49 ID:bhlibKFB
フロイトをウィキだけで知ったけど確かにおもしろいね。
拘るだけのことはある。
一見ジョークとも思える心理的=性的発達段階は
あるあるネタに満ちていて概ね正しいと思われる。
輪廻を考えてる暇があれば、フロイト読んだ方が
おもしろいし、有益なんじゃないかな。
もっと下ネタを学問として精査していく必要性さえ感じる。
これは釈迦にもおそらくなかっただろう。その潔癖性故に

178 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 14:53:39.33 ID:bhlibKFB
「生きる意味や価値を考え始めると、我々は、気がおかしくなってしまう。
生きる意味など、存在しないのだから。」

まず我々の存在理由は、おとーさんとおかーさんがせっくすをしたからであり
なぜせっくすをするかというときもちいーからである。
きもちいーが子孫を残す意味になってくる。
もしそうだとすると、きもちいーの探求が生きる意味や価値なのである。
きもちいーを自然が仕組んだトリックと考えるなら、
生きる意味や価値は釈迦やフロイトがそうであるように、
事実の探求にシフトするのである。

179 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 15:29:53.72 ID:nfN368Rg
ひと時の気持ちよさは幻想です。
すでに過去のことであり、あなたの記憶のなかの幻想です。
生じてははかなく消える泡沫。

180 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 15:45:04.42 ID:dXRdqG9Y
ジーク・ムント・フロイト
「自ら進んで求めた孤独や他者からの分離は、人間関係から生ずる苦悩に対してもっとも手近な防衛となるものである。」

ダンマパダ
「愚かなものに親近して苦悩するな、孤独に歩め悪をなさず、求めるものは少なく、林の中の象のように」

181 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 15:52:36.55 ID:dXRdqG9Y
”子孫を残す”とは種族としての子孫だろう
それは細胞や遺伝子が自然に持つ因業であろう
”種”は、子孫を残さなければ絶えてしまうのだろう、因果なものだ
しかし、輪廻は種の保存の如何に問わずに、冷徹に遂行され続けていくのである

輪廻は情の有非に関わらず回り続けるのである

182 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 15:57:48.20 ID:FWb5PMhD
てす

183 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 16:03:51.50 ID:CuUNrEau
きもちいいーのは、無感覚であったり、苦痛があったりでは、生殖行為をさけたりするので、
きもちいいーになるように基本つくってあるらしい。

きもちいーは、動物も気持ち悪いだけなら、生殖行為はできないとしても、
相手を選ぶというのは、生殖行為も相手を受け入れない受け入れるがあるのだが、
動物の場合、それらきもちいーは、体的な種の保存に由来しているな。

きもちいーは、人間もまったく一緒かな、
難しく考えなくとも動物とは違うね。

人間の男女間は、しっかり具体的に考えれば、
種の保存ではなく個々人の趣味や意識が大きく関わっており
きもちいーではないかな。

184 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 16:45:36.84 ID:dXRdqG9Y
そんなに堪ってるならやらして貰えば良いと思う

185 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 16:52:55.56 ID:bhlibKFB
>>183
>個々人の趣味や意識

それさえも個人及び全体において画一的というものはなく
それ自体もやっぱりトリックなんだよね〜と何気に無我にひっかけてみるw

186 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 16:57:50.33 ID:bhlibKFB
強迫観念(きょうはくかんねん)とは、本人の意思と無関係に頭に浮かぶ、
不快感や不安感を生じさせる観念を指す。
強迫観念の内容の多くは普通の人にも見られるものだが、
普通の人がそれを大して気にせずにいられるのに対し、
強迫性障害の患者の場合は、これが強く感じられたり長く続くために
強い苦痛を感じている。


やっぱり釈迦はこれだよね。強迫性障害。くーくー言い過ぎ。
清いとか清浄に拘る反作用としか思えない。

187 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 16:59:49.45 ID:FWb5PMhD
>アホ哲、蹉跌
お前は向上が頓挫しているから否定論者であるに過ぎない。

お前の思春期の反抗期が終了していない故に向上に移れないのである。

アホ哲『死んだら終わりじゃん。当たり前じゃん』

↑↑釈迦は何度も退転してしまう仏弟子(サンガ)が自殺するのを止めなかったやん。

この時点で仏弟子に自分の説くハッピー人生を諦めさせてるやんwww
これが仏のすること?ww

お前仕様の脳科学‐新仏教では
ダメだった人間に『あなたは修行に励んだのだから』来世は悟りを開くか、死後二度と生まれないと

釈迦は無機物の変化を、意識の転変があるかの如く、嘘をつきまくってるやんwww

最初から全ての生き物は死後二度と生まれないという方が、ハッピーに精進できるやん。

188 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 17:00:43.80 ID:wEarF97b
性的欲求をアカデミックに語りたがってる馬鹿が居るが
お前らの輪廻は死んだり性行為だけで繋がってる訳じゃないんだぜ
風呂入って流してる垢や、便所で排泄するウンコシッコも輪廻の対象なんだぜ
抜け落ちた髪や体毛もそうだし、吐き捨てた唾や痰もそうだ
ぜーんぶ、輪廻していく

お前らは元々一人から今に至った訳じゃないし、この先も一人のままじゃないんだぜ
図にするとな、今は一人かも知れんがこうだ

   >お前<

少なくともお前らは精子一個と卵子一個の都合二個から起こってる、今は一人なのにだ

189 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 17:04:30.41 ID:bhlibKFB
>>188
何故そう考える。あるいは考えたいかが疑問。
それは孤独感の裏返し?

190 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/21(水) 17:05:31.91 ID:Kh0eNA+Y
>>178
>「生きる意味や価値を考え始めると、我々は、気がおかしくなってしまう。
> 生きる意味など、存在しないのだから。

そうです。
だけどそれだと納得いかない人間もいる。
クヨクヨ考えてしまう。くだらないという自覚があっても自分では抑えられない。
だから今日も2ちゃんの宗教板をクリックして、そして「議論スレッド」をクリックするのだ。

だれか核心的レスポンスを書く人がいるはずだ。
いつかきっとそういう書き込みに巡り会うはずだ。
そんな中、机龍之介の書き込みが眼に止まる。
そして彼はきっとこう言うだろう?
「机龍之介はくだらん!!」。と
そしてこうも言うだろう?
「他の者はおらんのか?もっと夢のある輪廻転生を語ちてくれ」。と
そして益々イライラが高じて、病状が悪化するのである。

191 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 17:05:59.49 ID:wEarF97b
>>189
孤独になりたいよ
色々煩すぎるし

192 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 17:20:49.88 ID:bhlibKFB
>>190
>だれか核心的レスポンスを書く人がいるはずだ。

それは単に個人希望の合致だ。
世の中そんなに甘くない。
というか個人希望そのものさえ移ろい多様化する。
理想像を追い求める程、精神病は間違いなく悪化するでしょうな〜

193 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 17:24:04.54 ID:FWb5PMhD
>アホ哲、蹉跌(西哲だと西田幾多郎哲学みたいだから西轍、蹉跌がお似合いだ)

例えば涅槃には肉体のある涅槃(有余涅槃)と肉体から解放された(無余涅槃)がある。

これはお前の仏教ハッピー人生論によると、有余涅槃は人生の慰みの心理現象が慢性化した

脳機能の一種の低下状態、無余涅槃は脳死(死亡)状態という事になる。

然らば、死んだら終わりという妄言は仏教でない事が明らかである。

更に釈迦は偶然論は説かず、宿命論も説かず、行為論を説いた。全ては必然(形而下)でなく、
精進が意味を持つ所以である。意志、意識が形而下に収まりきらない所以である。

加え、四諦などは仏教修行として組み込まれているが、お前が、仏教は形而下であり心・意識は全て脳の産物であると為すならば、
四諦における滅諦と道諦の原理を形而下で説明せよ(1000字以内)

> いや、形而上が妄想でないというなら、「形而上の実在を証明してください」
> これは前スレから散々尋ねていますがいまだに答えを頂いていないwww
> 今度こそお願いしますよ。

アホ?

主張を始めた側が先に説明回避かww

仏教を脳科学できちんとご説明あれwwwwww

説明責任として、脳科学の諸々の概念で仏教概念を余すところなく包摂した脳科学‐新仏教の提唱
お待ち申し上げているぞ。

194 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 17:24:58.91 ID:wEarF97b
>>192
>死んだらその時点で終わりさ。

断見まっしぐら乙ですなw
死は人間の考える概念に過ぎず、それを教える仏教は別名「不死の法門」と言われる

お前は浅過ぎるなw

195 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 17:31:21.12 ID:wEarF97b
>>193
>例えば涅槃には肉体のある涅槃(有余涅槃)と肉体から解放された(無余涅槃)がある。

どうしてそれが言える?
大体涅槃は何処に有る?
経典に書いてあるからって言うなら、嘘かも知れないだろ?
釈尊もカーラーマにそう教えたんじゃ無かったか?一度は疑えと
それなら何を根拠にするのかな?

196 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 17:35:37.08 ID:bhlibKFB
>>194
それを悪あがきが過ぎるっていうんだよw
強迫性障害故の死に対する恐怖心が生む幻想。
俺はそんなものに拘りはしない拘るのが断見や常見。

197 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 17:37:55.38 ID:wEarF97b
>>196
>俺はそんなものに拘りはしない拘るのが断見や常見。

お前、仏法者じゃ無いのかな? その見解は外道か創価みたいな似非仏教信者だな

198 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 17:41:58.13 ID:bhlibKFB
>>197
単なる一般人だが何か不服か?
お前は大乗似非仏教を信じる信者か?

199 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 17:46:01.52 ID:wEarF97b
>>198
>単なる一般人だが何か不服か?

仏法者じゃないのか?
一般人かどうかは問わんよ
在家出家の違いなど、乞食を許さない現代の風潮には意味が無い話だし
それと、仏教に大乗小乗の別は元々無い、八万法蔵も所詮は一人の言説から派生しているに過ぎない

200 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 17:53:15.67 ID:bhlibKFB
>>199
仏法者じゃないよ。
暇つぶししてる人と思ってくれればいい。

>一人の言説から派生しているに過ぎない

つまりは個人的主観によるもの。
その時点で実はすでに怪しい。

201 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 17:59:33.99 ID:nfN368Rg
思考がなければ死もない。
輪廻も宇宙もない。
安らぎそのもの。最高の智慧。

202 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 17:59:53.59 ID:wEarF97b
>>200
>仏法者じゃないよ。

なら解らんだろう
外道と門外に仏法は思義し難い
どうせ経典を捏ね繰るぐらいしか出来ないのだから怪しかろう
経を読み漁ったところで、その得られるところの境は悟達以前のアーナンダと同じで迷うばかりだ

203 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 18:02:14.01 ID:wEarF97b
>>201
>最高の智慧。

これが何かを知らねば中途半端だよ
般若とか遍智とかの用語じゃなく現実の実際として体験せねばね

204 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 18:05:47.53 ID:nfN368Rg
すでに経験している。
あなたもしている。ただ思い出せないか、気付かないように錯覚している。
この現実という幻影の前にね。

205 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 18:08:55.50 ID:nfN368Rg
セックスして気持ちかろうが、みな想念のない眠りに就く。
どんな美女が隣にいようと、それさえも拒絶し・・・

206 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 18:12:21.07 ID:bhlibKFB
>>201
寝てりゃそうだが、起きてる限りは
何らかの対象物が飛び込んできて
連想ゲームが始まる。
いきものの法則だから仕方がない。
が、普通の人は普段、死を考えることはない。
考えるとすれば強迫性障害だから、
認知行動療法だっけかをするしかない。

207 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 18:17:06.02 ID:bhlibKFB
>>202
悪いがそんなものに興味はないw
仏法?アホかとw

208 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 18:21:10.28 ID:Cqd6n1HS
禅問答などに意味はない
法読みの法知らず
法は人を煙に巻く道具ではない
汝己を知れ
ご託並べる暇があったら行動しろ
実社会で通用しない奴はすぐ氏ね

209 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 18:22:17.94 ID:6uGKBs++
>>193
> 然らば、死んだら終わりという妄言は仏教でない事が明らかである。

なぜ?

>。全ては必然(形而下)でなく、
> 精進が意味を持つ所以である。

そのことも前スレから説明しているが、形而下の連鎖による決定論的必然から全ての存在が逃れられないことと、
人の認識能力が限定されているために必然の全てを知り得ないことが、認識主体に自由や意志や実存を錯覚として生じさせることは、
齟齬なく両立する。
この後者の実存主義的な視点に立てば精進や修行も「主体においては」意味を持つが、このようなミクロ視点も、
大局的な前者の視点からは結局のところ存在は無分別にして無自性であり空であるわけです。

> 四諦における滅諦と道諦の原理を形而下で説明せよ(1000字以内)

マクロ的には意志や実存も全て形而下であって、形而上があるというのは錯覚が生む妄想なのですよ。

> 主張を始めた側が先に説明回避かww

「形而上がない」ことの説明は「形而上が実証されていないことから帰納的に導かれる」
それに対してあなたが「形而上は存在する」と主張するなら私の主張に「反証」を示さなければならない。ここにおいて立証責任はあなたに移る。
これは議論の初歩的な構造です。
2ちゃんねるでも有名な「悪魔の証明」、それに加えて「カール・ポパー」「検証と反証の非対称」「反証主義」「反証可能性」などをきちんと調べることがあなたが議論というものを理解する一助になるだろう、と既に私は教示してあげましたよね?
いい加減逃げずに回答を。
「形而上が存在すると主張するなら、証明を」
ではお願いします。

210 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 18:26:17.90 ID:6uGKBs++
>>194
生死については>>44を。

211 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 18:42:00.50 ID:6uGKBs++
>>193
形而上が証明できないなら形而上は無いとするのが理知的態度。
証明できないものに執着するのは単なる神秘主義でしょう。
形而上の存在を主張するなら

「形而上の存在を証明すること」

形而上の存在を主張する限りこれは宿題です。この証明を棚上げする限り、あなたはただの神秘主義者で、形而上は妄想です。

212 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 18:42:22.53 ID:bhlibKFB
生存欲求に対する拘りを初手から回避すりゃ
いいだけなんだが、、、
そうすればどこから飛んでくるかわからない
鉄砲玉に対して怯えることもない

213 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 18:46:08.57 ID:XvMcfHkF
にしてつは哲学書を一冊も読んだことがない
哲学だと思ってるのは2chよく使われてる詭弁を集めたもので
こういっとけば負けないと思っている連呼厨
あまりにも悲し

214 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 18:52:02.32 ID:nfN368Rg
生存欲求は肉体にまかせてok。
腹が減ったら勝手に食うし、眠かったら勝手に寝る。
現に、勝手に呼吸し、勝手に心臓動かし、勝手に体温調節している。
これは、わたしの体ではないということです。

215 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 18:52:40.08 ID:6uGKBs++
>>213
そういう決め付けに逃避して議論を放棄するのは自己欺瞞にすぎませんよ。

216 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 18:55:22.11 ID:cUfjf/HE
しかしまあ、
なんで「無我・非我」の考え方は、こうも目の敵にされなならんのかね・・・w

217 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 18:56:36.20 ID:nfN368Rg
間違い。わたしはこの体ではないということです。
銘記ねがいます。

218 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 18:56:45.51 ID:bhlibKFB
>>214
そうそう。最低限それで充分てこと。

219 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 18:56:47.97 ID:W089RuLs
そもそも、存在論が形而上といわれるのは証明不可能だからで、それを証明可能と
言う事自体が間違い。証明可能であるなら形而下というんだよ。

形而上を証明せよというのは、設問自体が矛盾している。証明できないから形而上という。

220 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 19:03:28.05 ID:6uGKBs++
>>216
我執というやつでしょうね。
形而上妄想にしがみつかないと、不安なんでしょう。ポツンと荒野に放り出された気がして。
実は自分もその荒野の一部なんだということに気付くと、そこには不安など無いんですが。引きこもりと同じで自分と世界との間に自分で殻を作っているわけでしょう。

221 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:04:44.73 ID:bhlibKFB
>>216
何らかの作為があるでしょうなw
とりあえず無我・非我批判者は仏教信者でないことだけは確かです。

222 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/21(水) 19:06:14.28 ID:6uGKBs++
>>219
そう。形而上は証明できません。
そして証明できないものに執着するのは単なる神秘主義。証明できないものは単なる妄想。
釈迦は徹底した現実論者、形而下論者、唯物論者です。

223 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:08:34.25 ID:nfN368Rg
>>218
わたしはこの身体ではない。
このことに気付いたら、生病老死の苦が、
この身は我がものであるという誤謬見解から生じていたことに気づくでしょう。

224 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:10:30.60 ID:rW6TyDHU
>>216
>なんで「無我・非我」の考え方は、こうも目の敵にされなならんのかね・・・w

「己の我を以って、無我を考える」ことが、あまりにも幼稚で、滑稽な論理矛盾
と勘違いだからだよ。

「非我」は「我に非ず」だから、比較対象としての我を、丸ごと前提とする。

>>217
>わたしはこの体ではないということです。

身体を抓ってみて、「痛い」と感じるのが「わたし」。

225 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:11:57.63 ID:wEarF97b
>>206
>普通の人は普段、死を考えることはない。
>考えるとすれば強迫性障害だから

始まりが有るなら終わりも有ろう事は誰しも考えるだろうに
もし考えない者が居るなら、それの方が病的気質と思える

>>207
>仏法?アホかとw

このスレにお前が居る理由は最早無いな

>>208
>実社会で通用しない奴はすぐ氏ね

自己紹介乙

226 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:15:15.51 ID:bhlibKFB
>>223
いいですね〜
つまり私には主張がないということです
おkですか?

227 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:18:38.39 ID:wEarF97b
>>222
>釈迦は徹底した現実論者、形而下論者、唯物論者です。

そんな安易に決め付けて良いと思うか?
お前の論がこのスレ満場一致で承認されてない事を唯物論で説明してみせよ
釈尊は、心の問題をお座成りにはしない人だったから成道出来たんだぞ?

228 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:21:53.52 ID:rW6TyDHU
>>223
>わたしはこの身体ではない。

いくらそんなこと考えてみても、自分の身体を殴られると痛いw。ナンセンスw。

229 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:25:31.78 ID:wEarF97b
>>226
>つまり私には主張がないということです

>>148>>149>>151>>152>>155>>156>>158>>159>>162
>>163>>165>>177>>178>>185>>186>>189>>192>>196
>>198>>200>>206>>207>>212>>218>>221>>226

どこを見てもお前の自己主張に見えるが?
それで中観派を気取ってるつもりかw

230 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:30:00.83 ID:bhlibKFB
>>229
それは単にあなたの気のせいですよw

231 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:31:46.44 ID:wEarF97b
>>230
>それは単にあなたの気のせいですよw

それもお前の主張に過ぎないな

232 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:33:12.56 ID:cUfjf/HE
>>228
うん、痛いよね。
でも、そこには、「痛み・痛んでいる」(という事象)が“ある”だけなのよねん。 ( ̄ー ̄)

233 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:36:55.73 ID:bhlibKFB
>>231
死ぬまでリピートになりますよw

234 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:38:39.92 ID:wEarF97b
>>232
色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。
受想行識亦復如是。

どこに痛みと言うものが有ろうか

235 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:40:12.62 ID:bhlibKFB
>>234
感覚としてのマジ痛、激痛

236 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:43:26.72 ID:rW6TyDHU
「無我」「無」論者は、釈迦盲信故に、要するに釈迦のその「言葉」を
なりふり構わず正当化したいだけだろ。さもなければ、釈迦が、そして
自分が死ぬのだから。自分では、そんなことはちっとも信じてはいない、
信じられない、のに。

気の毒過ぎるw。チベット仏教の帰謬論証派が、その典型。

237 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:49:03.25 ID:wEarF97b
>>236
釈尊の残し伝えた教えが間違って居なかった事実の確認法を知らん奴は
みんなお前の様に言う、お前はお前の考えに慢心してるに過ぎない
それが正しいと言う根拠は、お前が言う釈尊の教えの怪しさより遥かに根が深い
仏道修行者は釈尊の教えを基本的に鵜呑みにはしない
鵜呑みにすれば必ず迷う事も、智者なら当然弁えている

238 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:50:54.72 ID:cUfjf/HE


>>234
そこまで踏み込むなら、色も空もねーぞ?www

239 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:54:03.47 ID:rW6TyDHU
釈迦も、食中毒で、腹が猛烈に痛んだw。

しかし釈迦は、食べ物が腐っていることも気付かなかったのかね。
「一切智者」も台無しw。

240 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:57:48.03 ID:cUfjf/HE
>>239


状況を素直に観察すれば、
食してみて、(あ、食べたら腹壊す!)と気付いたから、他の者には「食べるな」と指示し、
供養の品なので、口にした物はそのまま吐き出さずに食し、
自らは食中毒に至った、
というのが、≪現代人的≫観察と推理なわけだが・・・w

241 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 19:57:55.54 ID:AYKGHzK8
>アホ哲、西洋哲学実践の蹉跌
> > 然らば、死んだら終わりという妄言は仏教でない事が明らかである。
> なぜ?

無余涅槃は嘘な訳だwww


>>全ては必然(形而下)でなく、精進が意味を持つ所以である。
> そのことも前スレから説明しているが、形而下の連鎖による決定論的必然から全ての存在が

決定論的な必然?wwwww

アホ哲に申し付ける。
精妙極まりない人間型ロボット(精密な反応をする)と人間の判別方法を言ってみろ。

※釈迦精妙ロボットは精進を推奨した訳だ。全ては必然だが、彼らにやるだけの事はしたと
罪の意識に苛まれない為に。

> > 四諦における滅諦と道諦の原理を形而下で説明せよ(1000字以内)
> マクロ的には意志や実存も全て形而下であって、形而上があるというのは錯覚が生む妄想なのですよ。

全然説明になってない。滅諦(苦滅)あるいは道諦の原理を脳科学で説明せよ。

(般若知によって無明を断ち再び生まれる事がないというのは脳科学的に如何なる事であるのか説明せよ。)

> 「形而上がない」ことの説明は「形而上が実証されていないことから帰納的に導かれる」
> それに対してあなたが「形而上は存在する」と主張するなら私の主張に「反証」を示さなければならない。ここにおいて立証責任はあなたに移る。
> これは議論の初歩的な構造です。「形而上が存在すると主張するなら、証明を」ではお願いします。

逃げばかりうっているなw
小乗でもよい、大乗の一派でもよい。
仏教概念を完全に包摂した脳科学概念による説明を待ち申すwwwww

242 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 20:02:43.32 ID:wEarF97b
>>238
よく読め

中論観四諦品
衆因縁生の法は、我れは即ち是れ空なりと説く。
何を以っての故に、衆縁具足し和合して而も物生ず。
是の物は衆因縁に属するが故に自性無し。
自性無きが故に空なり。空も亦復た空なり。
但だ衆生を引導せんが為の故に仮名を以って説くのみ。
有無の二辺を離るるが故に名づけて、中道と為す。

243 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 20:09:50.57 ID:nfN368Rg
釈尊は鍛冶屋の帰依者から、供養をうけて腹痛を起こしたが
入滅の間際でさえ、その鍛冶屋に、「君の供養は、スジャ‐タの供養とともに
最高の供養だ」と言って、悲嘆にくれる鍛冶屋を励ましたそうです。
このことから、釈尊は肉体の痛みはあったが、生き仏としての生を
まっとうされたことがうかがえます。

244 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 20:23:09.31 ID:rW6TyDHU
>>240
>食してみて、(あ、食べたら腹壊す!)と気付いたから、

「食べる前に」気付かなければ、「一切智者」とは言えない。

しかし、開祖が「食中毒」で死ぬとは、人間的で、ある意味、いい話。開祖も、
結局は、「普通の人間」だったことが証明されているから。

245 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 20:57:23.35 ID:bhlibKFB
マーヤにありとあらゆる誘惑に耐えながら
触るのも嫌だといい放っている。
つまり、釈迦として出した答えは逃げの一手。
厭離というやつだな。

246 ::2014/05/21(水) 21:04:21.47 ID:m5Nr/DMM
>>211
>形而上が証明できないなら形而上は無いとするのが理知的態度。

「無我」は証明できないならば、「無我」に非ずとするのが理知的態度でしょう。
「我」で「無我」を証明できないことは御隠居氏が幾度も提示済みです。

>>224
>「己の我を以って、無我を考える」ことが、あまりにも幼稚で、滑稽な論理矛盾
と勘違いだからだよ。

ロジックはおかしくはないでしょう。

247 :ノスタルジア:2014/05/21(水) 21:06:29.29 ID:zujFqmdM
>>245
へーそうなんだー

248 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 21:18:20.30 ID:cUfjf/HE
>>242
だから、
因により縁により生じた諸法(たとえば“痛み”)があるのみ
だということ。



その程度か・・・。 ┐(´ー`)┌

249 :ノスタルジア:2014/05/21(水) 21:21:31.30 ID:ltaw1Lvf
>>248
オマエすげぇな 超頭いい

250 ::2014/05/21(水) 21:23:23.29 ID:m5Nr/DMM
>>244
>しかし、開祖が「食中毒」で死ぬとは、人間的で、ある意味、いい話。開祖も、
> 結局は、「普通の人間」だったことが証明されているから。

釈尊は80歳でこの世を去ることを妙瞳という人に告げており、アーナンダが望めば
回避することもできたそうです。

どこが「普通の人間」だったのでしょうか?

妙瞳って誰かご存じの方は教えて下さい。

251 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 21:25:56.28 ID:cUfjf/HE
>>244


そりゃ、臭いに特異な点がなければ気付かないだろうよ。
お釈迦さんはスーパーマンじゃなく普通の人なのだからw

>結局は、「普通の人間」だったことが証明されて
そう。普通の人なの。
だから、誰でもがブッダになり得るわけ。それが「仏教」(仏になる為の教え)なわけ。


「一切智者」が意味する所は、ウィキや百科事典のような≪知識の集積≫としてのものじゃないの。
諸法の在り様(因により縁によること)を明かした、知った
という意味での一切智なの。


>>250
>どこが「普通の人間」だったのでしょうか?
すべて。

いいかげん、スーパーマンの希求は卒業しようなw

252 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 21:33:43.80 ID:xToTWpHj
要するに釈尊は苦痛が発生するメカニズムを発見したわけだろ
現代人を見りゃ釈尊の理論は正しいとわかる
現代人は欲望を追及するからストレスがすごくて苦しんでいる

253 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 21:36:44.96 ID:v28G7fh8
霊魂は存在するのか否か
 
プラトンが『メノン』『パイドン』で霊魂の存在証明をしている。
霊魂を否定する空の信者にはプラトンとの対決を勧めたい。
 
(参考) 〜 聖者たちの生没年(BC)と寿命比較
釈迦 566〜486、or463〜383、80歳
孔子 551〜479、72歳
ソクラテス 469〜399、70歳
プラトン 427〜347、80歳

254 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 21:43:01.02 ID:rW6TyDHU
>>252
>現代人は欲望を追及するからストレスがすごくて苦しんでいる

欲望を無理やり抑えたり捨てたりするほうが、はるかに苦である。欲望は、
満足させれば容易に去る。

欲望や煩悩は、生命の維持に不可欠な「生命の声」。否定や排除すべきもの
ではない。さもなければ、最大の苦としての死に至る。ここでも釈迦は勘違い。

255 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 21:48:15.33 ID:FwPZSAGZ
釈迦は賢い哲学者だっただけ
後世の賢い人間がお経を作り仏教を作りあげただけ
あの世で あるかしらんが
自分の教えがこのような形で広まったとを喜んでおられるね
南無阿弥陀仏

256 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 21:51:39.04 ID:BrSLm0HH
>>254
覚醒剤に対する欲望を満足させたらもっと欲望がエスカレートするんだが
欲望を充足させても満足するのは一時的なもので
しばらくすると、また欲望に対する飢え、欲求不満が生じてくる

257 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 21:53:01.41 ID:1VbbGE0o
厭離(おんり)

オンリーユー♪
http://www.youtube.com/watch?v=G2In0_mj_RQ

258 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 21:59:13.92 ID:1VbbGE0o
>いいかげん、スーパーマンの希求は卒業しようなw

三道宝階降下、聖地サンカーシャの伝説があるでよw

259 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 22:01:36.88 ID:1VbbGE0o
三道宝階降下、聖地サンカーシャのスーパーマン伝説の理由はこれだw
http://www.youtube.com/watch?v=ZI-D_CfiRVc

260 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 22:02:12.81 ID:xHyXAIP2
バブルで欲の限りをつくした奴はバブル崩壊して苦しんでるし
欲望を追及すれば一時的には快楽を得るが副作用も生じるってことだ

261 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 22:13:11.74 ID:bhlibKFB
>>254
つまり君は欲望に飢えてるというわけだから
君は君でそうするのが正しい。

262 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 22:16:30.68 ID:v28G7fh8
欲望や不安を刺激しようという、
マスコミを使った「企業の宣伝活動」に踊らされている側面もある。
TVや新聞をやめるだけでも、ストレスが大幅に緩和する。

263 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 22:19:40.60 ID:bhlibKFB
痛いだけというのは違う気がするが、
想念上の思っただけ、感じただけというのは通用すると思われる。
厭離というより、ほっとくという感覚だな。

264 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 22:35:42.86 ID:v28G7fh8
TVや新聞のあり方で特徴的なのは、
人々の関心を明日へ明日へ、先へ先へと向かわせることだろう。
落ち着いてじっくり考えることを許さない。
 
自分で考えさせない、これが狙いなのかもしれない。

265 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 22:43:51.54 ID:1VbbGE0o
2chをやめるだけでも、ストレスが大幅に減る!?なぬ反対に増えるwそれは、やばい。

266 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 22:44:33.16 ID:nfN368Rg
未来への不安を煽り、過去を責め立てる。これがマスコミの仕事だ。

267 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 22:59:39.67 ID:v28G7fh8
社会を動かそうとする連中は、
人々を明日へ明日へと向かわせるために、過ぎ去ったことを無視する。
そうやって明日への道しか選択肢がないようにする。
その先で花火を時々打ち上げる。こうやって歳月を虚しく過ごさせる。
 
人々が何か変だぞと気がついた時は、社会から身を引く老体になっている。
酔生夢死のようだった、などと後悔しても間に合わない。

268 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 23:00:25.22 ID:qgdwZqxq
なんだここの住民は仏教徒 仏を信じて生きていこうという人はいないのか
だよね
やっぱ身近な人 親とか亡くならて悲しんで考えるよねえ

269 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 01:06:37.60 ID:16WMIbOk
>>256
覚醒剤は、依存性と習慣性があり、中止すると激しい離脱症状を起こし、身心
を蝕む。宗教と全く同じ。

覚醒剤は、己を害するだけだが、宗教は、他者をも害する。

宗教も、覚醒剤に準じた法的取締りを考慮すべきである。

270 :増えたなぁ・・・(^^;  @神仏板:2014/05/22(木) 01:10:54.66 ID:ndJ+HrMz
日本の坊主ってなんなの?
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1398958892/
【仏教史の】日本の僧侶は笑われ者【汚点】
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1395224429/
戒律を守らない破戒僧が日本仏教を滅ぼした!
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1391144397/
【破戒僧撲滅】日本の僧侶は妻帯禁止ぐらい守れ!
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1400421714/
増税だぁ?まず禿が納税せよ!
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1398409420/
日本仏教界は何故ダメすぎるのか?
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1398779586/
宗教法人に課税を!
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1398244244/
【日常】僧侶の犯罪・事件・不祥事を語る【茶飯事】
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1298502237/
なんで日本の坊主には破壊僧しかいないんだ?
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1390828781/
世襲制度のせいで日本仏教界は滅亡寸前
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1390281171/
日本の僧侶は葬儀屋である
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1389853096/
坊主ってなんなの?
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1323860277/
お寺の集金うぜえ
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1385381147/
女犯妻帯僧侶は地獄に落ちるNo.2
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1385889656/
【日本の恥】日本の僧侶が戒律を守らないのは何故?
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1374240683/
日本の仏教は何故ダメなのか
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1387327424/

271 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 01:16:40.66 ID:Uoqwn0Zc
>>254 :神も仏も名無しさん:2014/05/21(水) 21:43:01.02 ID:rW6TyDHU
>>252
>>現代人は欲望を追及するからストレスがすごくて苦しんでいる

>欲望を無理やり抑えたり捨てたりするほうが、はるかに苦である。欲望は、
>満足させれば容易に去る。

>欲望や煩悩は、生命の維持に不可欠な「生命の声」。否定や排除すべきもの
>ではない。さもなければ、最大の苦としての死に至る。ここでも釈迦は勘違い。

君が勘違いしているのではないかな。

徳川幕府の仏教利用も、フロイトが問題にした教会 によるキリスト教利用の闇は、
欲望や抑圧などを権力者が操る事ができる制度の中に人々を押し込めた事による。
これは暴力だ。
欲望を満足させる手段に、他者を抑圧するという仕組みが隠されている。

さて君は、欲望は満足させれば容易に去る、というが、
その欲望を満足させるには、どうすればよい。
君の満足を満たすのには、関係性がつきまとう。
暴力によって、満足させるのか。

272 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 01:17:27.83 ID:Uoqwn0Zc
生命活動が生き生きとするには、社会(関係性)を暴力を用いて押し込めては
抑圧になる。

暴力は制度化されたり、蔑視や差別を隠した道徳という言葉の皮をかぶっただけの
モノを君は見抜こうともしないばかりか、
一緒になって、振り回しているようでは、抑圧に加担している事になる。

生命というと、受けがよく、美しげだが、君の汚い欲に奉仕させる、まやかしで言葉を用いるでないぞ。
生命という言葉を使い、他者に対しては抑圧的な暴力を隠し、
君の欲望を満たそうと画策しないことだ。

生命という言葉を大事にしたいものだ。

273 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 01:23:34.85 ID:mKuFJtui
【速報】福島、公式にチェルノブイリ超え認定 米政府当局発表★5
http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1400671028/

274 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 01:52:42.74 ID:16WMIbOk
>>271
>>272

何を言ってるのやら。暴力は宗教のお家芸だろ。新聞報道をちゃんと
読んでるのか。

>>273
今回の原発事故での、放射線傷害による死者は「ゼロ」。一方、津波
による犠牲者は2万人。

放射線の恐怖が事実を離れて観念化された、「放射線恐怖教」という宗教
になってしまっている。キリスト教の罪概念、釈迦仏教の苦概念と全く
同じ。

275 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 03:35:16.98 ID:8woFe1Me
【東京】沖縄戦時、宮古島に慰安所があり、日本軍兵士が通っていたことを裏付ける旧日本軍の文書が見つか
った。これまで宮古島の慰安所の存在については住民の証言はあったが、軍の文書で裏付けられるのは初め
て。関東学院大の林博史教授と佐治暁人講師が厚生労働省から情報公開請求で入手した。飢えで苦しむ宮古
島で、兵士が軍の食料を住民に売って慰安所へ通った実態が記されており、林教授は「住民を守らない軍の姿
が鮮明に表れている」と指摘する。(大野亨恭)

 資料は厚労省所蔵の、1945年11月20日付の軍法会議判決を記した書類で、提出した第28師団司令部と
受け取った法務局の印が押された公文書。

 文書には、当時宮古島に駐留していた第28師団の衛生上等兵が軍の食料などを横流しして住民に売却、得
た金を使い慰安所で「遊興浪費」したとして、懲役1年の刑に処したことと、その判決理由が記されている。

 それによると、被告人の衛生兵は宮古島陸軍病院で炊事勤務に従事。45年8月中旬には軍から馬肉約40
キロを預かって病院へ戻る途中、民家で2斤(約1・2キロ)を20円で売却し、慰安所へ行った−などと複数回
の犯行が記されている。

※記事の一部を引用しました。全文及び参考画像等は下記リンク先で御覧ください。
2014年5月21日 05:21 沖縄タイムス+プラス http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=70159

276 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 04:46:38.13 ID:tHFReuqO
>>249
>因により縁により生じた諸法(たとえば“痛み”)があるのみ

”痛み”も”因”も”縁”も”生じる”も”諸法”も”空”も
空だから自性が無く、自性が無いから実体は無い
実体が無いと言う事は「有る」と言えないんだよ
そして、有ると言えないものは無いとも言えない
と言う事が「空」と言う性分だと観四諦品は言ってるんだよ

ノス共々頭悪いなお前

277 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 06:30:35.29 ID:0lrQdd9Q
>>274
> 何を言ってるのやら。暴力は宗教のお家芸だろ。新聞報道をちゃんと読んでるのか。

報道を鵜呑みにするバカ隠居だな。
例えば、報道で戦争に云々〜キリスト教徒と囂しく言われているのは表向きのキリスト教組織の人間であり
イエスの教えの実存的有り様の人間じゃないだろww

278 :これ悟りネタ1:2014/05/22(木) 08:29:12.48 ID:yKZbfK3/
これ悟り・・・・
最近、京都日蓮宗寺院巡りしてきたぞ。
南無妙法蓮華経祭りしてきたぞw

贅沢に庭や本堂でゆっくりと法華経を読み、深い陶酔w
日蓮聖人(敬称)の内面的動機をサイコメトリーwしてきたぞw

279 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 08:39:50.84 ID:VBWVOWj0
輪廻とか因果とか、とてもあるとは思えないのですが。

280 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 08:48:12.94 ID:beTSxAQB
解脱の一例
ttp://www.youtube.com/watch?v=cvj3-MZO9Tw

281 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 08:55:46.80 ID:Cyc94s1U
>>277
>イエスの教えの実存的有り様の人間じゃないだろww

イエスは、「俺は平和ではなく、剣をもたらすため、敵対をもたらすために来た。
俺を信じない者は、死ね、殺せ」とちゃんと教えているではないか。マタイ
10:34以降を100回読め。ルカも同旨。

事実を突きつけられても絶対に信じられないのが、君らのような宗教妄想患者。

282 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 09:21:39.99 ID:6N5EFqBi
http://www.youtube.com/watch?v=JrF1ylQQZyc

これぐらいが丁度いいんでないかな。薬効成分有り。空が作り出した傑作。
それが何なのかわからない。またわかる必要もない。
無我だからいいということがある。

283 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 09:29:06.26 ID:yKZbfK3/
281インキョは「宗教患者を強制収容所送りをもたらす為に来た。
インキョを信じない者は、死ね、殺せ」とキムジョンウンもちゃんと教えているではないか。

284 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 09:40:23.59 ID:ndJ+HrMz
>>276
はいはいw
無上なる中観様に比べたら、パーリは見解が低う御座いますからね。
どうぞ、そのまま世間法無視で突き進んでくださいな。止めませんからw

285 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 10:24:55.81 ID:xMHx/bBb
>>284
その発言はテーラワーダを侮辱してるな
中観派だろうとテーラワーダだろうと無分別出世間に違いは無い
そもそも仏教そのものにテーラワーダや中観等と言う区別も無い
それぞれの時代の中心を担った仏弟子の見解を、イマイチ理解できなかった者が
勝手に派やら部を名乗りだしたに過ぎない

解脱の境地から仏教各派をみれば良くわかる
それらの究極は全て一つである事がな
判らないのはその境地に達して居ないからだ
また、達していれば、一般的な人には慢心の惑が邪魔して
正法が受け入れられない事も明白になる

286 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 10:29:30.79 ID:6N5EFqBi
世間法というものが固定観念であり杓子定規にあてはめれば
それを脱することはない。また中観派も同じことがいえる。
杓子定規に固定された檻の中でもがいてるだけといえる。
本当の中観というのは杓子を持たないことをいう。
それ故に、まぁこのぐらいという杓子が自然発生するのである。

287 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 10:31:40.20 ID:xMHx/bBb
普通の人や無知のものに仏法を説くと必ず反論し批判する、それは何故か?
言葉が正しいからとか意味が正しいから、と言う安直な理由で批判や反論が起こる訳ではない
仏法はあらゆる人の勝手な見解や心に持つあらゆる想定、それまでの自意識中心の思想を
一切受け付けず、非情に無言にて否定し尽くす為に反論され批判され否定されるのである
例外は無い、必ず全ての外道と、同門でも未解脱で自意識が強過ぎる者は絶対に仏法に反論する

288 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 10:33:00.40 ID:xMHx/bBb
>>286
>まぁこのぐらいという杓子が自然発生するのである。

中観に限らず、無分別にはそれすらない

289 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 10:40:05.24 ID:6N5EFqBi
>>288
それ自体が杓子であり自然発生。
自然発生がないというなら書き込みも起こらないし、
息もしないという結果になる。
息をしていること自体が、『無分別にはそれすらない』を否定する。

290 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 10:49:18.98 ID:6N5EFqBi
とりあえず、外道と同門とかいう思いっきり杓子定規を
所持する限りはアウト。
何故ならそれが君のいう自意識の権化そのものだから。

291 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 10:49:49.45 ID:xMHx/bBb
>>289
そうではない
無分別の見解は体験に因るが、己そのものがそれ自体になる訳ではない
ヤクザを知る為にヤクザになる必要は無く、死を知る為に死ぬ必要も無いのだ
仏法に於ける見解とは如実知見を言うのであり、それは智慧によって実現する
智慧とは状態の事であり、また行為の事でもある
それは悟りの別名でもあり、故に阿耨多羅三藐三菩提と言う菩提のことでもある

解らないでしょうがw

292 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 10:57:51.31 ID:6N5EFqBi
>>291
解るわけなかろうがwだからそれを杓子定規という。
とりあえず、日本語でおkだから仏法、如実知見、無分別という語を使わず
誰でもわかるように書いてみ。できぬなら固定観念による囚われ。
君の中の感覚を言葉に変えるだけだからたやすかろ。

293 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 11:00:04.23 ID:xMHx/bBb
>>292
ありのままの自分に戻って、何でも良い

この見解こそが仏道の達成目標なのである
解らないだろうがw

294 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 11:03:37.35 ID:xMHx/bBb
>>292
その「ありのままで何でも良い」の見解よりもっと難解なのが「智慧」なんだよ

それが何だか解れば解脱だ

295 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 11:06:59.46 ID:6N5EFqBi
>>293
最初からそう書きゃいいのよ
では聞くが、戦争や殺人含めて何でもよいか?
自身が殺人の被害者および加害者を想定していってみてね

296 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 11:08:05.01 ID:xMHx/bBb
>>295
>戦争や殺人含めて何でもよいか?

それらを行おうとする人たちも「ありのままに何でも良い」となったならどうよ?

297 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 11:08:22.82 ID:HSM4zyRg
宗教、歴史、政治経済、皇室問題まであらゆる情報の宝庫!

「中杉弘のブログ」

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「中杉弘の徒然日記」

http://ameblo.jp/nakasugi-hiroshi

298 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 11:08:40.32 ID:6fACP1Mu
ID:xMHx/bBb
久しぶりの仏教に関する少しはまともな言葉

299 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 11:12:44.56 ID:6N5EFqBi
>>296
つまり君は自身が殺されようが殺そうが、何でもよろしいということで
おKやね。

300 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 11:19:15.36 ID:xMHx/bBb
>>299
そうなったら仕方ないだろうね
説得出来れば説得するだろうし、出来なければそれなりだ
多少の防御はするだろうけど、どうせ屁のツッパリにもならんのでしょう?

勘違いしては行けないのは、仏教ってのは世界平和の為にある訳じゃないって事
個人の如何ともし難い苦悩を如何に克服するか、ただその為に仏教はある
幾ら身支度万全に行っていても、道を歩いていて車が飛び込んできたら逃げ切れないでしょう
戦争も謂れの無い殺人巻き込まれもこれと同じですよ

301 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 11:20:42.50 ID:ndJ+HrMz
一切皆空ではあっても、
善悪なり正邪なりは 「ある」 と言わねばならんのよ。 >>285
何のための七仏通戒偈か、四弘誓願か、とw

このスレで勝義厨はお腹いっぱいだよw

302 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 11:23:18.48 ID:6N5EFqBi
>>300
おk。では聞くが、外道や同門、仏法という見解は何だ?
殺されようが殺そうが何ら反論の余地はないだろ?
だって、なんでもいいんだろ?

303 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 11:25:12.01 ID:xMHx/bBb
>>301
有無分別は心の作用に過ぎない
心が無ければ有無分別も有り得ない
どこに「ある」など有り得ようか

仏法は勝義の他に目指すもの等ない
世俗諦は勝義を説明する為のあの手この手に過ぎない
どこに勝義厨など有り得ようか

304 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 11:27:39.90 ID:xMHx/bBb
>>302
その論が戯論である事を気付いて捨てれば解る
捨てられないから質問に至るのだろうし

305 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 11:29:45.85 ID:6N5EFqBi
>>303
同門、外道、その他の区別分別は心の作用にすぎない
その語を思う自体が「ある」を証明している。
有無分別の希薄な者はそもそもそれさえ起こりえない。

306 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 11:38:58.20 ID:ndJ+HrMz
>>303


「>あの手この手」が「ある」じゃんwww

307 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 11:42:56.50 ID:6fACP1Mu
お決まりのセリフだけどつねに新た

スッタニパータ 874

「ありのままに想う者でもなく、誤って想う者でもなく、想いなき者でもなく、想いを消滅した者でもない。──このように理解した者の形態は消滅する。」

308 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 12:09:56.55 ID:6N5EFqBi
>>303
つまり君の中に矛盾が内在している。
君の論理はもう充分のとこまでいっている。
たぶん、あと足らんのは命をマジで捨てるような覚悟だろうな。
やったことないが前提になるが、バンジージャンプでもやってみるか?

309 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 12:12:40.27 ID:Q6DCJgnj
プラトンが『メノン』『パイドン』で霊魂の存在証明をしている。
原始仏典にもつながるような話も出てくる。
 
プラトンは想起説やイデア説を霊魂存在の根拠にするが、
三重苦にあったヘレンケラーの奇跡を知っているわれわれ現代人は、
理屈抜きに、その実例から霊魂の存在を推理することができる。

空の信者は、絶対に体験できない空という概念を信じている。
それぐらいなら、体験できそうな話を信じた方がよっぽど知性的だろう。
空の信者ならぜひとも、プラトンと勝負すべきである。

310 :ノスタルジア:2014/05/22(木) 12:14:48.17 ID:cntPvzds
>>309
あぽ〜ん>>309
あぽ〜ん>>309
あぽ〜ん>>309
あぽ〜ん>>309
あぽ〜ん>>309
あぽ〜ん>>309
あぽ〜ん

311 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 12:24:15.77 ID:6N5EFqBi
>>309
興味があるなら自分でやれ。
助けて欲しいなら具体例もってこい。

312 :コレ悟りかよ!?w:2014/05/22(木) 12:34:06.48 ID:DDRSa2eO
>>278
俺も日蓮ファンクラブ巡りしてみたいです。
托鉢に精一杯で暇がありません。
>>279
まずはすべての動植物は人間と等しいとお考えください。
輪廻を理解するキーポイントです。

313 :これ悟りネタ2:2014/05/22(木) 12:45:53.04 ID:yKZbfK3/
http://www.nichiren-shu.com/sanbukyo/index.php
日蓮宗バージョン法華経。

あげる。

314 :これ悟りネタ2:2014/05/22(木) 12:48:53.83 ID:yKZbfK3/
無量義経徳行品第一
船師大船師なり、羣生を運載し、生死の河を度して涅槃の岸に置く。
 医王・大医王なり。病相を分別し薬性を暁了して、病に随って薬を授け、衆をして薬を服せしむ。
 調御・大調御なり、もろもろの放逸の行なし。なお、象馬師のよく調うるに調わざることなく、師子の勇猛なる、威、衆獣を伏して沮壊すべきこと難きがごとし。


日蓮聖人(敬称)の宣言台詞引用文だな。

315 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/22(木) 12:56:34.58 ID:iPKzN0lC
>>241
とりあえず先にこっちからの質問に答えてくれ。
「形而上が存在すると主張するなら証明を」

316 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 15:16:35.86 ID:Cyc94s1U
>>307
>「ありのままに想う者でもなく、誤って想う者でもなく、想いなき者でも
>なく、想いを消滅した者でもない。──このように理解した者の形態は
>消滅する。」

「想い」に執着し過ぎ。「想い」を捨てて「肉体の生存」に立ち返れ。「想い」
とは、状況に応じて「肉体」を維持するために発動される機能であることを
理解せよ。生存のためにのみ大いに想え。それは生存の一部である。「想いの
ための想い」は、「想いの目的外使用」「想いの濫用」「想いのオナニー」に
過ぎない。「肉体を忘れた想い」にふけることを、「狂気」と呼ぶ。

317 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 15:21:35.22 ID:Uoqwn0Zc
にしてつさん。

@にしてつさんのにしてつとは、西洋哲学のことでしょうか。
 そして、西洋哲学を学び、信頼している立場からそのコテを付けられていますか。

A西洋のクラッシック音楽と最近の西洋音楽で、
 好まれている曲をご紹介下さい。
 

318 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 15:23:10.62 ID:Uoqwn0Zc
訂正→ クラシック

319 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 15:27:50.69 ID:Cyc94s1U
>>307
「形態の消滅」は、最大の苦としての「死」である。釈迦は実は、最大の
苦に向って歩んでいたのである。釈迦がそのことに気付かなかったのは、
彼の鬱病の症状としての「自意識過小」「自己肥大」「自己執着」による。
「無我」からは程遠い。

320 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 15:30:15.30 ID:Cyc94s1U
>>319の訂正
×自意識過小
○自意識過大

321 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 15:33:57.15 ID:T8GIrnHf
仏教には下のとおり、「女人悟りがたし」という言葉があります。
これについて、正しいと思いますか?
現代には悟ったと称する女性(ガンガジなど)もいます。


「女性が尊敬に値する、正しく完全に悟った人になることはありえず、
考えられない。そんな道理はない」と知る。
「男性が尊敬に値する、正しく完全に悟った人になることはありうる。
そういう道理はある」と知る。
「女性が転輪王になることはありえず、考えられない」
(でも男性はありえる、以下同じ)。
「女性が帝釈天の位につくことはありえず、考えられない」
「女性が魔王の位につくことはありえず、考えられない」
「女性が梵天の位につくことはありえず、考えられない」

『原始仏典 中部経典W』(春秋社)第115経 山本充代訳

322 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 15:35:49.14 ID:T8GIrnHf
↑ これは釈迦がアーナンダに語った言葉で、
釈迦の本音ではないか?とも言われている一説です。

323 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 15:38:32.51 ID:Cyc94s1U
>>307
Snは、そのような釈迦の病的心理満載の狂気の書。聖書と同様、人類が読ん
ではならない、読ませてはならない悪書No.1。発禁処分に処すべき狂気の書で
ある。

324 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 15:40:03.62 ID:pI8GP+BM
>>309
パイドンを読むと輪廻転生というのは馬鹿げた空想なんかではなく
自然の節理としてあって当然という事がよくわかるね
しかしソクラテスも竜樹も思想的には何ら対立するものではない

325 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 15:40:14.73 ID:9a4+Xy80
死が最大の苦というのは凡人、俗人にとっては正しい理屈だな

326 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 15:52:37.26 ID:Cyc94s1U
>>322
釈迦の精神病(自意識過剰、罪悪感、苦悩感、自己肥大、鬱病)は、
母親が継母であったという家庭内ストレスが引き金となって生じたので
あろう。

釈迦は、生まれたばかりのわが子と妻を残し、泣いて頼む両親を振り切って、
ふらふらと家出した。無責任極まりない。彼の家庭生活は、滅茶苦茶で
ある。

家庭の崩壊は、殆どすべての宗教の開祖に付き、共通の事実である。
人格が変容し、現実感覚と社会常識と家族に対する愛が消滅するのだ
から、当然のことであろう。家庭は、「気違い」を飼っておくわけには
行かないのである。

327 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 15:54:26.37 ID:1Q9+4bkp
>>309
>プラトンが『メノン』『パイドン』で霊魂の存在証明をしている。

ひと言で済む。

イデア論は本質主義である。
仏法は本質主義に非ず。

328 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 15:58:37.47 ID:1Q9+4bkp
>>309
>空の信者は、絶対に体験できない空という概念を信じている。

そもそも、最初から直覚できていない。
体験や概念ではありえない。

ゆえに、汝はナンセンスを展開する。

329 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 16:02:40.86 ID:0LK8IaRg
>>326
たまには真光教を批判してみろよ

330 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 16:15:33.51 ID:ndJ+HrMz
>>326
>彼の家庭生活は、滅茶苦茶である。

現存資料からは、とてもそうは見えないわけだがw
どこで聞いた話だ? 夢でお告げでも聞いたか?www

331 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 16:43:44.21 ID:uRtMlNKC
空は体験できないの?
単にからっぽってことで、体験できるんじゃ。
本質主義ではないって、諸行無常を成り立たせるものを置かないってことかな。感知できないだけで、結果から推測するとあるように思われるだけ?

332 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 16:46:58.98 ID:uRtMlNKC
空の世界は心の中身じゃないのかなあ。

333 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 16:48:01.76 ID:Uoqwn0Zc
>>281
聖書で、わざと悪印象操作はしないように。

聖句を用いながら、君の悪感情も混ぜ込み被せて、ことば表現するのは、

どこまで汚らしいのだ、どういった魂胆からだろうね。

君は聖書を読んだ事がない。
全体を読んでいれば、読解できる。

またその時代の社会環境についても、
読解の助けになるが、君はとこまでも誠であったことがない。
人を陥れる事が目的。


さて、そのイエスが言った平和とは、平和と言う言葉を用いてトリック画策する
者と同調しないと言う意味だ。
   ↓
>>271で述べた。
>生命というと、受けがよく、美しげだが、君の汚い欲に奉仕させる、まやかしで言葉を用いるでないぞ。
>生命という言葉を使い、他者に対しては抑圧的な暴力を隠し、
>君の欲望を満たそうと画策しないことだ。

つまり、君のいうトリックの平和と同調しないと言う意味だ(笑)
バレそうなので慌てたのか。

君は、イエスや釈迦が2千年以上の時を超えても、邪魔なんだろうね。

政治権力宗教カルトにとっては、見抜くものをそのように徹底的に

陥れてきたのだろう。

334 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 17:00:38.11 ID:0LK8IaRg
>>331
畢竟空に本質なるものが存在しない
もし存在したならそれは空とは言えない
空ではないものなどこの世界には存在しない
故に仏教は本質主義に当たらない

335 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 17:32:34.97 ID:vjJApUB+
世界で唯一つ日本の僧侶だけが戒律を守らないで世襲制度です。
仏教界は日本の恥じゃないでしょうか?
本気で修業する気がないのに親が僧侶だという理由だけで僧侶になったクズが多すぎます。


世襲が当たり前になったことによって僧侶は僧伽ではなく家庭を守るようになった
寺が自分の家だと勘違いした僧侶は仏ではなく自分や嫁や子のためにしか動かない


【日本の恥】日本の僧侶が戒律を守らないのは何故?
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1374240683/

336 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 17:40:23.79 ID:gv9OUoF1
>>330
>現存資料からは、とてもそうは見えないわけだがw

釈迦で洗脳された者には、資料があっても見えない、見たくないだけ。

まさに、妄想患者の症状ではないか。

釈迦とわが子ラーフラとの関係は、どうだったかw。

337 :コレ悟りかよ!?w:2014/05/22(木) 18:27:21.88 ID:DDRSa2eO
>>335
我々日本人は戒律というかルールとか法律が大嫌いなんですよ。
憲法で軍隊の保持が禁止されているのに自衛隊を持つ。
売春は禁止なのにソープはOK。
民営賭博は禁止なのにパチンコはOK。

こんな国民性の国に仏教が伝来した。
真面目に戒律なんか守るわけありません。

338 :これ悟りネタ3:2014/05/22(木) 18:56:40.90 ID:yKZbfK3/
これ悟り、京都日蓮宗寺院祭り旅の余波かw
法華経における山伏と神仏習合への影響に関する研究を始めてしまったw
ずっと法華経精読せずだったからw結構面白くなってきたw。

真言、天台系念仏の研究に浄土三部経というネタも残っていて・・・・w

339 :これ悟りネタ3:2014/05/22(木) 18:58:32.27 ID:yKZbfK3/
日蓮聖人研究。

日蓮聖人の内面的動機を読み取りながら・・・・w。
日蓮聖人の過剰的な攻撃の環境要因は
1、比叡山天台宗の坊主であり、当時の天台宗坊主は執拗に法然、禅を攻撃、南都佛教批判
2、比叡山で貴族の門弟が権威を持っており、修業崩壊、師匠なし、末法と言える環境。
3、武士の世で、武力で日本全国が殺伐とした状況、と末法思想の状況。
4、比叡山天台宗の坊主は日蓮聖人と同じ事を考えていたであろう、災害が起きる理由は法華経を信じていないから。
5、日本国の権力者、鎌倉幕府は、平家が重視していた比叡山天台を軽視、
  禅と、新興派神仏習合を用いる真言律宗、本山、奈良西大寺(日蓮聖人の天敵)を優遇していた。
6、後白河法皇の熊野信仰における法華経信仰など修験道的な土台の形成。

日蓮聖人の内面的要因。
1、法然の存在、法然の浄土三部経の解釈、信じ、唱えるだけで救済されるという観点。
2、法華経における法然と同じ解釈のできる部分の発見、
3、法華経の題目、南無妙法蓮華経を唱えて即身成仏できると考えるための、密教、修験道の土台。
4、創価に現れる様な現世利益などの密教と法華経に見られる呪術要素。

340 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 19:01:29.43 ID:gv9OUoF1
>>337
日本人は、既に、「生命(生存本能、肉体)」という最上位次元の戒律を持っ
ているからだよ。下位次元の人為的戒律など、問題にしない。

341 :これ悟りネタ3:2014/05/22(木) 19:06:07.84 ID:yKZbfK3/
無量義経説法品第二
 ここに仏、大荘厳菩薩に告げたまわく、
「善哉善哉、大善男子、よく如来にかくのごとき甚深無上大乗微妙の義を問えり。まさに知るべし、汝よく利益するところ多く、人・天を安楽し苦の衆生を抜く。
真の大慈悲なり、真実にして虚しからず。この因縁をもって、かならず疾く無上菩提を成ずることを得ん。
また一切の今世・来世の諸有の衆生をして、無上菩提を成ずることを得せしめん。

南無妙法蓮華経で解決だという内容で・・・と考えたんやろなあ・・・。

342 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 19:09:30.24 ID:Q6DCJgnj
>>324
>パイドンを読むと輪廻転生というのは馬鹿げた空想なんかではなく
>自然の節理としてあって当然という事がよくわかるね
 
同書では「神話」として、死後の裁きやあの世のことを書いている。
こういった話は、実際の体験を欠き、「神話」にしかならない。
同書に「神話」という章を設けたのはプラトンの節度だろう。
 
>しかしソクラテスも竜樹も思想的には何ら対立するものではない
ソクラテスは霊魂という実体を肯定する。これに対して竜樹は、
実体を否定し「空」説く。二人は正反対である。

343 :これ悟りネタ3:2014/05/22(木) 19:19:15.17 ID:yKZbfK3/
341はこれ悟り好きな輪廻が・・・w前提とされているか・・w
法華経によりて神仏習合は輪廻で生み出され。修験道は生まれたと見ている。

344 :コレ悟りかよ!?w:2014/05/22(木) 19:26:33.10 ID:DDRSa2eO
>>338-339
大王陛下、分析ありがとうございます。
要するに法華経を信仰すれば超能力が得られるということです。
ならば托鉢にも成果があるはず・・・南無妙法蓮華経
>>340
そのとおりです。
生命の営み・・・自然にまかせれば万事がうまくいく。
よけいなルールは不自然であります。
生命教とは日本人が無意識に信仰している宗教なのです。

345 :これ悟りネタ3:2014/05/22(木) 19:31:03.48 ID:yKZbfK3/
無量義経説法品第二

善男子、このゆえに我れ説く、『微妙甚深無上大乗無量義経は文理真正なり、尊にして過上なし。三世の諸仏の共に守護したもうところ、衆魔外道、得入すること有ることなし。一切の邪見生死に壊敗せられず』と。


なんていう文章が・・・344のこれ悟りの超能力趣味な文章がw

346 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 19:32:45.00 ID:Q6DCJgnj
>>327
>イデア論は本質主義である。
>仏法は本質主義に非ず。
実体があるかどうかの問題だから、実体が有るのか無いのかを証明せずに、
有る(本質主義)とか、無い(非本質主義)とかを主張しても無意味。
>>328
>そもそも、最初から直覚できていない。
>体験や概念ではありえない。
>ゆえに、汝はナンセンスを展開する。
直覚されたものは、比喩的に概念化、イメージ化される。
そうしないと相手に話が通じない。

347 :これ悟りネタ3:2014/05/22(木) 19:42:19.19 ID:yKZbfK3/
無量義経十功徳品第三
まさに知るべし、この法は文理真正なり、尊にして過上無し。三世の諸仏の守護したもうところなり。
衆魔羣道、得入することあることなし。一切の邪見生死に壊敗せられず。
 ゆえはいかん。一たび聞けばよく一切の法を持つがゆえに。
もし衆生あってこの経を聞くこと得るは、すなわちこれ大利なり。ゆえはいかん、もしよく修行すればかならず疾く無上菩提を成ずることを得ればなり。


南無妙法蓮華経を唱える根拠としたんだろうなあ・・・・。

348 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 19:45:55.06 ID:Q6DCJgnj
三重苦のヘレンケラーは、ある日突然、水と手のひらの指文字
との「関係」を理解した。「関係」を理解したのだ。
だれに教わることもなくである。
 
この「関係」という概念はどこからやって来たのか。
もともと知っていたとしか言えないだろう。
これがプラトンの「想起説」である。

349 :これ悟りネタ3:2014/05/22(木) 19:55:12.04 ID:yKZbfK3/
ゆえはいかん、衆をして疾く無上菩提を成ぜしむるがゆえに、一たび聞けばよく一切の法を持つがゆえに、もろもろの衆生において大いに利益するがゆえに、大直道を行じて留難なきがゆえに。
 善男子、汝、この経は何れのところよりか来り、去って何れのところにか至り、住って何れのところにか住すると問わば、まさに善く諦かに聴くべし。




一気の御利益安穏あり南無妙法蓮華経と見たんやろうなあ・・・。

350 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 20:18:36.50 ID:Q6DCJgnj
プラトンは、ソクラテスばかりでなく、ピタゴラス派や、
ソクラテス以前では高く評価されるパルメニデス(BC475〜?)
にも深く影響されたと言われる。
 
この人たちがいったい何を体験したのかは興味深い。
神霊を体験したのか、神霊ばかりでなく霊魂も体験したのか。
それがわかれば、かれらの真偽や限界も明らかになる。
  
かれらは裕福であり、仕事をやらなくても生活できるから、
一日中読書と思索と談論で過ごしている。たから、その知識や思想は
体験を経ずして高度、高邁になっている可能性もある。

351 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 20:42:08.55 ID:Q6DCJgnj
プラトンの著作は、ソクラテスとその仲間の対話で展開している。
これは、釈迦と弟子たちの問答で展開する原始仏典を思い出させる。
そう思って読めば、プラトンがアーナンダのようにも思える。
 
プラトンの作品は、ソクラテスを教祖とするお経のようなものか。
もちろんプラトン自身の考えも混じっているだろうが、
ソクラテスならどう語るだろうかと静かに考えながら書いている。
 
ソクラテスの霊が乗り移ったかのように書かれたものが、
プラトンの作品なのかもしれない。
作品の内容からすれば、霊魂体験がなさそうな感じを受ける。

352 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 20:54:40.40 ID:0lrQdd9Q
> 釈迦の精神病(自意識過剰、罪悪感、苦悩感、自己肥大、鬱病)は、
> 母親が継母であったという家庭内ストレスが引き金となって生じたので
> あろう。

ドアホ。釈迦の精神病ありきの話だろ。

生命教とは人道に余すところなく則り、如何なる宗教哲学よりも根本道理を含んでいるかに錯覚するが、

その内実は凡そ、表面的な言葉の小ギレイさに似つかわしくない、醜悪極まりないエゴ肯定であり

情弱の慰撫感覚を誘発するに最適な言葉の響きであり、物事の本質を見失った愚かしい惑乱に他ならずして

哲学性、宗教性、人間性の片鱗は寸分も窺えない未熟な性質によって叩き出された代物である。

実存の悲鳴にも似たこの苦肉の生命回帰(似非)はオウム真理教のアサハラの説く金剛乗に何かしら似ている。

それは隠居のごとき実存、生きている実感なき凡そ非生命感的な実存の悲鳴が一種の反動形成をなし、

トラウマ同調を誘い己の生存権利の下、エゴの大肯定を為すのである。

353 ::2014/05/22(木) 20:58:49.13 ID:AqsHdZM6
>>342
>ソクラテスは霊魂という実体を肯定する。これに対して竜樹は、
>実体を否定し「空」説く。二人は正反対である。

そして龍樹は「五道輪廻」も詳しく解説しておられます。

354 ::2014/05/22(木) 21:06:01.28 ID:AqsHdZM6
>>353
【再々提示】
菩薩は、天眼を得て衆生の五道に輪転して、(中略)
四天処に死して三十三天中に生じ、三十三天中に死して四天処に生じ、四天処に死してまた四天処に生じ、
三十三天より、乃ち他化自在天に至るまで、またかくの如し。梵衆天中に死して梵輔天中に生じ、
梵輔天中に死して梵衆天中に生じ、梵衆天中に死してまた梵衆天中に生じ、
梵輔天、少光天、無量光、光音、少浄、無量浄、遍浄、阿那跋羅伽(あなばつらが、無曇天)、
得生、大果、虚空処、識処、無所有処、非有想非無想処も、またかくの如し。非有想非無想天中に死して阿鼻地獄中に生じ、かくの如く展転として五道中に生ず。
菩薩は、これを見おわりて大悲心を生ずらく、『われは、衆生に於いて、為に益する所無し。世楽を与うといえども、
楽極まれば則ち苦なり。まさに仏道、涅槃の常楽を以って、一切を益すべし。云何が、而も益せん。まさに大精進を懃めて、
乃ち実の智慧を得べし。実の智慧を得れば、諸法の実相を知らん。余の波羅蜜を以って助成し、以って衆生を益せん』、と。
これを、菩薩の精進波羅蜜と為す。
(参考:つばめ堂通信、龍樹「大智度論」、第十六之上、五道輪廻)

355 ::2014/05/22(木) 21:10:35.50 ID:AqsHdZM6
「正法眼蔵」十二巻本第八 ☆道元、晩年
善悪の報いには、次のどれかに当てはまる三つの決まりがある。これを三時という。
 一つには、「順現報受」… 現世において報いがある場合。
 二つには、「順次生受」… 来世において報いがある場合。
 三つには、「順後次受」… 第三世において報いがある場合。
仏祖の道を修習(しゅじゅう)するには、其の最初よりこの三時の業報の理を効い験らむるなり、爾あらざれば多く錯りて邪見に堕つるなり。
但邪見に堕つるのみに非ず、悪道に堕ちて長時の苦を受く。当に知るべし。

龍樹菩薩も道元禅師も縁起されておられるようです。

356 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 21:24:26.96 ID:Q6DCJgnj
プラトンに霊魂体験がないとすれば、
汝自身を知れ、と言ったソクラテスにもないことになる。
霊魂を認めないアリストテレスはもちろん。
 
ソクラテスも会ったことがあるらしいパルメニデスは、
存在は完全な球体である、不生不滅などとかなりいい線を行くが、
変化なく「運動もない」と、霊魂体験の無さを暴露する。
 
霊魂は球体だが、それは猛スピードで神界を走っている。
大昔から霊魂が語られているが、それを実際に体験した人は
ほとんどいないようだ。釈迦と空海は体験しているね。

357 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/22(木) 21:32:56.20 ID:iPKzN0lC
>>348
ヘレン・ケラーに限らず我々が記号を扱うとき、能記と所記には関係が生じているが、そのことは能そこに形而上的な関係があることを意味しない。
個人においてはヘレン・ケラーも含めてただ形而下の経験から帰納的に関係を認識する(形而下に意味付ける)と考えられ、
また社会においては形而下の諸条件に従って能記と所記の関係が生じる(形而下に意味付けられる)と考えられる。
ゆえに、能記と所記に関係性があることが形而上の存在を証明することにはならない。
仮に能記と所記に形而上的な関係性が存在するとした場合、「イカ」はどの言語体系においても「イカ」と表記されるはずだが、実際にはそうではないことから、
「イカ」はアプリオリに「イカ」なのではなくアポステリオリに「イカ」であると考えるのが合理である。

358 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 21:39:07.64 ID:gv9OUoF1
>>532
生命を以っていくら生命を否定して無駄であるw。それも生命の機能に過ぎず、
生命の肯定に他ならないから。

359 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/22(木) 21:39:40.65 ID:iPKzN0lC
>>350
> この人たちがいったい何を体験したのかは興味深い。
> 神霊を体験したのか、神霊ばかりでなく霊魂も体験したのか。

形而上を体験したのではなく形而上を妄想したんですよ。
それがかれらの偽であり、限界です。
  

360 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 22:00:00.63 ID:6N5EFqBi
色は空。
空の第一義は肉体。
ポイントは肉体が最初からあったかどうか?
答えは経験だけででてしまう。
苦肉の策が霊魂説で、意識や想いが最初からあるとするもの。
肉体よりも意識や想いが先んずるわけがなく、この時点で破綻する。
故に仏教では経験論的事実により、想いや意識も余裕で空となる。

361 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 22:03:52.43 ID:Q6DCJgnj
>>357
問題は、記号表現と記号内容が結合したという体験ではなく、
それらを結合させる「関係性」なるものが先験的に入力されていた
ところにある。「関係性」を先験的に知っているからこそ、
幼児の言語能力も獲得されるのではないだろうか。
>>359
形而上を妄想したと主張する根拠は何だろうか?

362 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 22:06:43.94 ID:r/hxPLbY
ところで釈迦は三十二相を、どうやって見せたんだ?

手に水掻きがあるとか他にも妖怪みたいな相が沢山あるだろ。

363 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 22:30:14.59 ID:Q6DCJgnj
幼児は1歳にもなれば片言を話し始め、三歳にもなればぺらぺらと
おしゃべりをするようになる。これが可能なのは、事物の相互関係を
理解できるような土台が先験的にあるからではないだろうか。
 
それが今問題にしている「関係性」であり、
そういった「関係性」を幼児もヘレンケラーも最初から持っていた
ということが推理できると思う。脳ミソが真っ白である以上、
その働きの源は霊魂以外に考えられない。
  
そうでもなければ、言葉も体験もバラバラで応用が効かないから、
細切れ、よくて箇条書きのようなものにしかならない。

364 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/22(木) 22:30:44.24 ID:iPKzN0lC
>>361
> それらを結合させる「関係性」なるものが先験的に入力されていた
> ところにある。「関係性」を先験的に知っているからこそ、

能記と所記を関係付ける能力が形而下に備わっていると考えるだけで済む話でしょう。
先験的に知っていながら忘れていた形而上の関係性を思い出す(想起)と考える論理的根拠がありません。
唾液でデンプンを糖化する能力があるとか、そういったことと同じで単に肉体的にそういった能力を有しているだけのことでしょう。
髪の毛が伸びるのを神様が一生懸命伸ばしてくれてると考えることに根拠が無いようなものです。


> 形而上を妄想したと主張する根拠は何だろうか?

形而上の存在が証明できていないから。証明できないことを主張するのは要するに妄想を語っているに過ぎません。

365 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 22:34:21.92 ID:6N5EFqBi
>>321
ガンガジが涅槃体験をし解脱した信憑性は風貌からだけでも
高いと推察します。
つまり女人でも余裕で解脱できます。
しかし例えばゴキブリごときでギャーギャー騒ぐような女なら論外。
これは男も同じです。

366 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 22:35:27.93 ID:gv9OUoF1
>>361
言語は本来的に、共同体が合意した、具象物を指示する「記号」に過ぎない。
記号と対象との関係は、専ら共同体における合意による。先験は一切関係ない。

具象物を指示しない「観念語」は、その意味は百人百様だから、伝達の機能も
果たしていない。宗教の教典がその典型。例えば、涅槃、解脱、悟り、救いなど。
観念語をすべて削除すれば、内容は「ゼロ」である。

対象の「有無」の判断だけは、五感の知覚による。知覚された対象が「何であるか」は、
「共同体における合意」。

367 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 22:40:27.38 ID:/YFkNcY3
原子力事業者から3千万円も

原子炉や核燃料の安全性について原子力規制委員会に助言する二つの審査会の委員6人が、
原発メーカーや電力会社の関連団体からそれぞれ3277万〜60万円の研究費などを過去数年間
に受け取っていたことが22日、分かった。規制委事務局の原子力規制庁が公表した。

最も多かったのは東京大の関村直人教授で、三菱重工業と電力関係団体の電力中央研究所から
研究費計3277万円を受領。審査会長を務める田中知東京大教授は、日立GEニュークリア・エナジ
ーなどから計110万円受領したほか、東京電力の関連団体から50万円以上の報酬も得ていた。

http://www.daily.co.jp/society/main/2014/05/22/0006982796.shtml

368 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 22:45:15.43 ID:gv9OUoF1
>>363
子供が生まれて直ぐに、両親とは別れて、他の国で育てば、他の国の
言葉だけを話す。あくまで、生存共同体における共通の合意の問題。

霊魂など、一切関係ないw。

369 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 22:49:09.13 ID:r/hxPLbY
この大聖者を見たことあるでしょ。
http://stat.ameba.jp/user_images/20120626/22/kozure-oyaji/df/b8/j/o0480048012048886135.jpg
http://livedoor.blogimg.jp/yaginumashiro/imgs/6/4/646a5558.jpg

370 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 22:51:10.36 ID:O2qI7NID
>>365
野狐禅

371 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 22:53:41.68 ID:Q6DCJgnj
>>364
精神に内在する「関係性」は形而上の概念はないですか。
「関係性」それ自体は経験できるものではないから。
だれからも「関係性」を学ばないのに「関係性」を見出すから想起。
そもそも形而上と形而下の区別は?
>>366
そういう話ではなく、「関係性」そのものの由来です。
幼児やヘレンケラーの頭に最初からあったのか、
後天的に学んだのかという話です。幼児やヘレンケラーは、
自分が自分であること、他人が他人であることを
どうやって知るのですか。

372 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 22:54:49.61 ID:6N5EFqBi
>>363
基盤は最初から遺伝子情報として肉体に組み込まれています。
だから言語を操ることができます。
しかし媒体となる言語がなければ基盤は言語に対しては働きようがありません。
媒体とは経験により獲得していくもので、最初からあるものではないです。
しかし肉体という基盤がある以上は言語を介さずして想いを有するといえます。
意識として具現化するかしないか、記憶の刷り込みが行われるかどうかだけです。

373 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 22:57:09.51 ID:Q6DCJgnj
>371 の訂正
形而上の概念はないですか → 形而上の概念ではないですか

374 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 23:02:18.07 ID:Q6DCJgnj
>>372
>基盤は最初から遺伝子情報として肉体に組み込まれています。
 
「関係性」が遺伝子情報にあるという情報ソースは?

375 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 23:02:26.12 ID:6N5EFqBi
>>370
違います。禅が野狐なのです。
これがわからんうちは無理です。

376 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/22(木) 23:06:58.38 ID:iPKzN0lC
>>363
>これが可能なのは、事物の相互関係を
> 理解できるような土台が先験的にあるからではないだろうか。

人間が「能記と所記を関係付ける能力」を持っていることと、
能記と所記に先験的な関係性があるかどうかは別の話。
単に脳の機能として能記と所記を関係付ける能力があるならば、
形而上世界に能記と所記が関係付けられていると考える論理的必要性は無い。
形而上の存在を証明しなければ、形而上の存在を前提にした仮説は成立しない。
形而上の存在を証明できないなら、形而上は無いという前提で仮説を立てるのが論理的に正当な考察。
  
> そうでもなければ、言葉も体験もバラバラで応用が効かないから、
> 細切れ、よくて箇条書きのようなものにしかならない。

実際に異なる言語体系同士で記号はバラバラですよね。このことは能記と所記の関係がアポステリオリなものであることの証左ではないでしょうか?

377 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 23:19:40.81 ID:gv9OUoF1
形而上とは、記号としての言語が指示する具象物が存在しないのだから、
その意味の解釈は百人百様。言語が伝達の機能を果たしていない。
だから、形而上は、常に争いの原因となる。宗教がその典型。

378 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 23:22:13.44 ID:Uoqwn0Zc
<再度>&追加

にしてつさん。

@にしてつさんのにしてつとは、西洋哲学のことでしょうか。
 そして、西洋哲学を学び、信頼している立場からそのコテを付けられていますか。

A西洋のクラッシック音楽と最近の西洋音楽で、
 好まれている曲をご紹介下さい。

>>376
>形而上の存在を証明しなければ、形而上の存在を前提にした仮説は成立しない。
>形而上の存在を証明できないなら、形而上は無いという前提で仮説を立てるのが論理的に正当な考察。

仮説と言うのは、引力の証明をしてから立てるのではない。
有ると仮定してがはじまりだ。

論理的というよりも、無いものに対して無いを前提として、わざわざ仮説する必要などないからだ。

379 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/22(木) 23:34:41.37 ID:iPKzN0lC
>>371
> 精神に内在する「関係性」は形而上の概念はないですか。

形而下の概念でしょう。

> 「関係性」それ自体は経験できるものではないから。

関係性は「もともとある」のではなく主体が経験から帰納的に関係付けるのです。

> だれからも「関係性」を学ばないのに「関係性」を見出すから想起。

誰からというか、経験から学んでいます。例えば、手のひらに与えられた刺激と水を主体が経験から帰納的に関係付ける。

> そもそも形而上と形而下の区別は?

形而上とは現実と離れた、物事の真の意味や性質や目的があるとする世界。真理は主体(我々)の経験とは別に最初から(先験的に)その世界にあって、そこにある真理をテレパシーか何かで知ろうとする、というのが形而上論者であり神秘主義者。

形而下とは現実の世界。
現実世界の現象を帰納的に概念化したり意味付けたりする人為的な作業は全て形而下のこと、というのが形而下論者であり唯物論者です。

で、形而上の存在が証明できない以上、
証明できないことを主張する形而上論者は妄想狂的であり、
証明できないことを主張しない形而下論者は理知的である、というわけです。
もちろん、形而上の存在を証明できる、となれば話は変わってきます。
ですから、私は形而上論者に再三いっているわけです
「形而上の存在を主張するなら、形而上の存在を証明せよ」
と。でもこのスレの形而上論者はその立証責任を果たそうとしません。これは非常に非理知的で無責任な態度です。

380 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 23:37:48.58 ID:Q6DCJgnj
>>376
話しのテーマが違う。記号表現と記号内容という言語の話ではなく、
それなくしては生きられないような「関係性」の話をしている。
問題はその「関係性」の由来は何か、ということなのだが、考えられるのは
霊魂か脳ミソしかない。霊魂にする必然性がないと言うなら、
脳ミソにする必然性もない。
 
かりに脳ミソにすると、幼児もヘレンケラーも「関係性」を理解する
能力を先験的に持っていることになる。これは不合理だよね。
言の葉のひとつひとつより、言の葉の関係性の方が抽象的でより高度だと
思うが、それを言の葉以前に持っていることになる。

381 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 23:42:00.40 ID:ndJ+HrMz
>>379
≪「幽霊」そのもの≫は、
 形而上の、存在しない存在で、 (この言い方もクドイが・・w)
≪「幽霊」という概念(・・・そのような思考(そのような脳内の電荷状態))≫は、
 形而下の、具体的な現象

ということかいな?w

382 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 23:42:14.12 ID:6N5EFqBi
http://vaststillness.com/spiritual-lesson/ego-and-fear/surrender-to-ego-papaji/

ガンガジとパパジの共通点は先ず空を神と捉えたことです。
私は運命と名づけました。空のままでもいいと思います。
つまりは先ず先立つものが前提になると言えます。
そして私を消すを兎に角、執拗に言われます。
これには理由があります。涅槃時に私が消える体験があります。
そこに至るまでに私を削る必要性があるのです。
私は苦手を削る作業でメリットの獲得と私を削る作業を同時に行いましたが、
もしかしたら、私を削る作業一本でもいいかもしれません。

383 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 23:46:53.35 ID:Q6DCJgnj
>>379
>関係性は「もともとある」のではなく主体が経験から帰納的に
>関係付けるのです。
 
経験から帰納的に関係づける場合、「関係性」の概念を知らないと
関係づけられないのでは? 主体、客体も成立できずに、
目の前の現実がバラバラの事象にしかならない。
まず「関係性」が先行しなければならない。

384 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 23:52:41.00 ID:Uoqwn0Zc
>>379
>形而上とは現実と離れた、物事の真の意味や性質や目的があるとする世界。
>真理は主体(我々)の経験とは別に最初から(先験的に)その世界にあって、
>そこにある真理をテレパシーか何かで知ろうとする、というのが形而上論者であり神秘主義者。

これが、にしてつさんの形而上の定義であるわけだ。

しかし、西洋哲学を少しでも知っていたならば、見えない事や人知の及ばない事に対しても
挑んできた歴史があることを馬鹿に出来ないはずだ。
あるいは、その事実の前で謙虚である姿など。

仮にその分からない事を神秘と呼ぼうか、なんと呼ぼうか。

西洋でも科学が進んできたのは、なぜなにだったはずだ。

それで一つの結論に至ろうが、その結論から派生し、
何かまた改善され・・・エトセトラ、なぜなに なんだよ。

385 :神も仏も名無しさん:2014/05/22(木) 23:53:50.91 ID:6N5EFqBi
輪廻が自意識の高まり故のものならば、
ゴキブリに対する怖れ同等のものです。
涅槃を第一義に考えるなら輪廻は論外ということになります。
私にしがみついていたいなら、どうしようが勝手です。

386 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 00:04:12.13 ID:9VHsfktf
>>378
> ?にしてつさんのにしてつとは、西洋哲学のことでしょうか。
>  そして、西洋哲学を学び、信頼している立場からそのコテを付けられていますか。

西村鉄郎でも螺川哲夫でもいいですよ。

> ?西洋のクラッシック音楽と最近の西洋音楽で、
>  好まれている曲をご紹介下さい。

クラシックはあまり積極的に聴きませんので作者と曲名と曲が一致しません。ハチャトゥリアンの剣の舞というのは良かったような気がします。
最近のではブルースとか50〜60年代ロックみたいのからパンクとかジャズまで聞きます。レゲエとかスカも好きです。曲名はこちらは沢山ありすぎて一々挙げるのが大変ですが、ちょうど今かかっているのはH-BombファーガソンのH-BombRockです。

> 仮説と言うのは、引力の証明をしてから立てるのではない。
> 有ると仮定してがはじまりだ。

あると仮定して仮説を立てるのは構わないですよ。仮説が証明できないのに信じるから妄想だと言うのです。
証明できない以上、仮説は仮説。
そして、ここが重要ですが
「証明できないことを前提にする仮説より、証明できないことは前提にしない仮説の方が強度が高い仮説」です。
より有力な仮説があるのに、わざわざ強度の低い仮説にしがみつくのは理知的な態度とはいえないでしょう。

387 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 00:16:57.49 ID:9VHsfktf
>>380
> 話しのテーマが違う。記号表現と記号内容という言語の話ではなく、
> それなくしては生きられないような「関係性」の話をしている。

?ヘレン・ケラーの水と指文字の話じゃなかった?

> 霊魂か脳ミソしかない。霊魂にする必然性がないと言うなら、
> 脳ミソにする必然性もない。

霊魂か脳味噌しかなく、かつ霊魂の存在が証明できないなら、必然的に、実在する脳味噌の機能であるとなるんじゃないかね?

 
> かりに脳ミソにすると、幼児もヘレンケラーも「関係性」を理解する
> 能力を先験的に持っていることになる。これは不合理だよね。

なぜ?我々は唾液でデンプンを糖化する能力を持っているけど、デンプンを摂食する以前に先天的にその能力はある。
言語を習得する前に、言語を理解する事が可能な程度の能力を脳がもっていてもおかしくないでしょう。

388 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 00:18:35.84 ID:27yjpoIn
しがみ付いてるものを手放すには仮設が有力な手段なのです。
仏教には第一義があります。無我と諸行無常であり、これは仮設です。
つまり釈迦でさえ、と言えます。
しがみ付くものとは、例えば西洋哲学です。これもゴキブリです。
先ずは頼るものが何も無いと知ることが条件です。
しかし、いざとなれば運命に身を預ければいいという安心感は常にありました。
これがあるから削れたと言えます。

389 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 00:36:39.46 ID:1id6o3w1
>>386
<ハチャトゥリアン 剣の舞>
http://www.youtube.com/watch?v=IAR9IzepFwI

ありがとう、西村鉄郎さん。

・・・・・・・・・

証明できないことは、たくさんあると思います。

しかし、宇宙飛行士の体験は、西村さんはしていない訳ですよ。
その体験を金魚に説明しようと思っても、金魚の世界に合わせて
ぎりぎりにメッセージしても、
金魚にわからな〜い、と言われるかもしれませんよね。

しがみつくとか妄想だとか、金魚に言われてもなんですな(笑)

私は、思うのですよ。

しがみつくとか妄想というのは、形而下、形而上ではないのではないかと。

先に釈迦やイエスに対するいいがかりの話しをしましたが、
そのいいがかりの事を観察すれば、形而上や形而下の区分けの中で
その妄想が起こっているのではないと判る筈です。

むしろそのようないいがかり、ご自分の欲望、妄想を正当化する為に、
区分けを用いて利用している、そこではないでしょうか。

390 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 00:47:53.82 ID:27yjpoIn
しがみつくとは妄想でなく物理運動です。
まぁ原理は子供から大人になるだけですから、
子供のままでいても別にいいわけで、
死ぬまで好きなオモチャで遊んでおけばいいわけです。
人間はそれで充分通用します。
形而下、形而上を妄想しとけばいいのです。

391 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 00:53:55.89 ID:9VHsfktf
>>381
わかってるようなわかってないような・・・
もっと分かりやすく言うなら「幽霊」より「みかん」を例にした方が分かりやすい。
・「真のみかん」というモデルがもともと形而上にあって、今あなたの目の前に丸いものがある。両者を比較して「ああ、これはみかんだ」と認識する、というのが形而上的な認識論。

・人間がある果物を他の果物との差において「こういうものをみかんと呼ぶ」と決めて、その定義に従って「ああ、これはみかんだ」と認識する、というのが形而下的な認識論。
あくまで形而下の主体が対象を意味付けるのが形而下の認識論。
意味は最初から形而上にある、というのが形而上の認識論。

これを踏まえて幽霊の話に戻ると、
「本物の幽霊」という概念がもともと(先験的に)あって、目の前のものを幽霊かどうか判断するのが形而上的、
我々が後天的に幽霊という概念を作ったその概念に照らして、目の前のものを幽霊かどうか判断するというのが形而下的な認識
ということ。

形而上的な認識論では、みかんや幽霊というものを予備知識無しに見ても「あ、みかん、あ、幽霊」と認識できる。なぜならあらかじめその概念がどこか(神の世界なり脳内の引き出しなり)にあることになっているから。
形而下的な認識論では、みかんや幽霊というものを経験として蓄積して概念化し、それに照らして対象がみかんなり幽霊なりであるかどうか調べる。

形而上ってのは神の世界なり脳内引き出しなり、物事の定義や概念があらかじめどこかにある、そういうどこかのことです。

392 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 00:58:20.02 ID:9VHsfktf
>>384
>>391も参照してください。形而上の定義についてより分かりやすく書いたつもりです。

393 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 01:07:58.36 ID:9VHsfktf
>>384
> しかし、西洋哲学を少しでも知っていたならば、見えない事や人知の及ばない事に対しても
> 挑んできた歴史があることを馬鹿に出来ないはずだ。

馬鹿にしてないよ。一生懸命妄想していたその妄想力は凄いと思う。

> 西洋でも科学が進んできたのは、なぜなにだったはずだ。

疑問に対して仮説をたて、検証や反証を重ねてきましたよね。そういった仮説の一つが形而上です。が、今、西洋哲学は形而上という仮説を手離しています。
なぜなら形而上は検証も反証もできないから。論じることができないからです。形而上を証明しようとすると循環論証に陥りますが循環論証は意味を為さない論理誤謬です。
ようやくそこに辿り着いたわけです。釈迦はとっくにそれを知っていたというのに。
釈迦は形而上を放棄して形而下に徹しています。
現代日本の駄坊主がなぜ形而上に執着する神秘主義に陥ったのか不思議ですが、その点で西洋哲学の方が釈迦に近いところにいると言えます。

394 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 01:08:30.33 ID:HIYViUTS
>>391
後出しジャンケンかw

くだらんw

395 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 01:13:25.88 ID:27yjpoIn
達成者(大人)にとって欲望やら妄想のオモチャはもはや一切関係ありません。
一時的にオモチャを手放したという事実があるだけです。
しかし私はオモチャを取り上げるのもどうかと考えます。
子供は遊びたいだけ遊べばいいとも考えられます。
自分が遊びたいだけ遊んで他人に遊ぶなというのは道理が通りません。
よって西洋哲学を飽きるまでやるのも一つの手法。
ただ、手放す方が涅槃到達に遥かに近道のために、そう言われるに過ぎません。

396 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 01:15:09.74 ID:9VHsfktf
>>388
> 仏教には第一義があります。無我と諸行無常であり、これは仮設です。
> つまり釈迦でさえ、と言えます。

無我は我の存在を証明できないから、証明できないことを前提としないという合理による仮説。
無常は常なるものの存在を証明できないから、証明できないことを前提としないという合理による仮説。
釈迦は極めて合理なことを説いています。不合理なことにしがみついていません。

397 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 01:17:28.71 ID:27yjpoIn
>>396
はて?不合理性がどこにあるでしょうか?

398 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 01:18:40.55 ID:9VHsfktf
>>394


399 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 01:23:14.47 ID:c2JByk+Q
魚、さかな。
救世主、海苔、内田さん、仏様、キュウリ、悟り、仏教、
カレーが好きです。
上手いカレーはもっと好き。
ラーメンが好きです。

400 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 01:25:26.38 ID:27yjpoIn
釈迦の仮設は自然法則という法かもしれません。
仮設には何をもってきてもいいと思います。
自然の流れというものを自分に一番フィットする言葉に置き換えるだけです。

401 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 01:31:26.76 ID:27yjpoIn
>>399
ラーメンは割とクセモノです。普遍的に旨いラーメンなど存在しないと
いうことを知るまで迷いは続きます。

402 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 01:31:29.03 ID:9VHsfktf
>>397
存在を証明できない形而上を前提に持ち出さなくとも済む、より有力な仮説があるにもかかわらず
強度が低い仮説にしがみつくというのは不合理。

403 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 01:35:53.88 ID:L1QzfUn+
>>379
> ですから、私は形而上論者に再三いっているわけです
> 「形而上の存在を主張するなら、形而上の存在を証明せよ と。


なれば責任を取ろう。

他者の形而上(妄想)はまた形而下に御座る。

ゆえに形而上は存在する。


ほれ、もう立証されたwwwwwwwwwwwwww

アホは自分のやることやってから嘯け。実存の蹉跌者よ。

勝手に議論内容を変えるな。

404 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 01:37:06.72 ID:27yjpoIn
>>402
強度が低い仮設にしがみついた事実は一切ありません。
自然の流れというものがあるのは事実です。
あくまでそれがあって初めて無我であるということです。
その仮設がないなら仏教そのものが成り立ちません。

405 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 01:41:50.97 ID:27yjpoIn
頼るものが一切ないという事実をしること。
これは避けては通れません。

406 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 01:44:42.10 ID:9VHsfktf
>>404
> 強度が低い仮設にしがみついた事実は一切ありません。

ん?私は釈迦は強度が低い仮説である形而上を前提とした仮説を放棄して
徹底的に形而下を論じたといっているのです。

407 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 01:51:28.78 ID:27yjpoIn
>>406
ん?ちょっと形而上、形而下が曖昧すぎて話にならない。
事実性があるか否かで不満か?
俺は事実性認識に徹底しまくったぞ。
釈迦を踏襲したに過ぎない。

408 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 01:53:45.61 ID:9VHsfktf
>>403
> 他者の形而上(妄想)はまた形而下に御座る。
> ゆえに形而上は存在する。

> ほれ、もう立証されたwwwwwwwwwwwwww

自信満々のところアレですが、
「他者の形而上妄想」が形而下の妄想である、と論じていたはずが
「ゆえに」以降では妄想でない「形而上」にスリ替わってしまっていますね。
典型的な詭弁です。
証明になっていません。やり直し。

>アホは自分のやることやってから嘯け

同感です、あなたに対して。
では引き続き回答お待ちしております。嘯くのはそれからになさいませ。

409 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 01:56:22.06 ID:9VHsfktf
>>407
どう曖昧ですか?

410 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 02:03:01.54 ID:9VHsfktf
>>407
事実性とは?

411 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 02:06:48.75 ID:27yjpoIn
>>409
君の主観と俺の主観は違う。君に合わせる気は毛頭ない。
君が強度が強い弱いといってるのも所詮妄想だ。
俺が事実性認識に拘ったという事実があるだけだ。
それが君にとっての形而上、形而下かもしれんが
そんなものは俺は意識した憶えはない。
要はフィット感であり俺にとって形而上、形而下というのは
具体性を欠く曖昧なものに過ぎないということだ。
オカルトか否かの方がまだましだ。

412 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 02:10:21.83 ID:27yjpoIn
>>410
君のいう形而下と判断してもらっていい。
所詮は言葉遊びだ、俺はもう関係ないが
君は全く無駄なことをしているに過ぎない。

413 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 02:15:58.60 ID:BqdXtYCN
>>407
>釈迦を踏襲したに過ぎない。

釈迦がどこで事実性認識に徹底していますか。

形而下とは、「現実に還元(照合)できる概念」をいう。釈迦の、涅槃も悟りも、
現実には還元できない。

現実とは、「(必要な場合には観測装置を使用して)、五感で知覚できる対象」
をいう。 何故なら、現実以外は、人間の生命の維持に、直接の影響を及ぼさない
からである。即ち、人間の生存にとって関係ない。

形而下、形而上は、具象と非具象に対応するものである。

414 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 02:19:21.99 ID:27yjpoIn
>>413
悪いが涅槃も悟りも現実に還元できる。
君が知らないだけだ。

415 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 02:24:22.42 ID:27yjpoIn
もちろん、涅槃や悟りは人間の生命の維持に、直接の影響を及ぼさないし
人間の生存にとって関係ない。
おもしろい体験をするか否かであり、アトラクションとでも思えばいい。

416 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 02:24:42.80 ID:9VHsfktf
>>411
> そんなものは俺は意識した憶えはない。

あなたが意識しようがしまいが私はそれを論じていません。

> 要はフィット感であり俺にとって形而上、形而下というのは
> 具体性を欠く曖昧なものに過ぎないということだ。
> オカルトか否かの方がまだましだ。

あなたがフィット感を感じようが感じまいが曖昧と感じようがオカルトのがよかろうが、
形而上・形而下がどういうことかとか、釈迦が形而下に徹したとかが変わるわけではありません。

>>412
え?だったらあなたは形而下に徹したというわけで、
釈迦も私も形而下に徹しているところに何を食ってかかってくるのですか?
私は、形而上を妄想しそれを前提にした強度の低い仮説妄想を盲信する者の不合理を突いているのであり、あなたが形而上妄想にとらわれていないなら私に食ってかかる意味はないでしょう。

417 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 02:36:33.42 ID:27yjpoIn
>>416
例えば空概念自体が言葉の定義上、形而上をいうケースがある。
君がどこで線引きしてるかしらんが例えば、
自然というものを強度の低い仮説妄想を盲信しているというなら
それは間違い。そうでないなら俺の杞憂。
はっきり形而上を霊魂とでもするなら曖昧性は起こらん。

418 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 02:45:37.52 ID:+JmlKanK
ゴータマの「一切」は形而下である〜と言うのはその通りだと思います。
何せ五感+意で認識できるものが「一切」であるといっているのだから形而下であるのは明確。

「ネガティブ(-)、非」=「ポジティブ(+)、超」とも言うことができまして、意味としては正反対なのですが
共に同じ方向性になる事もあるのですねえw
非科学的、超科学的、非論理的、超論理的なのが形而上です。科学、論理に非ず超えているのだから
証明のしようがない。逆に証明できればその時点で形而下となる。なぜなら「証明できない」と「形而上」
は同義であるから。

だから形而上を証明せよ、というのはそもそもの設問が間違い。

419 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 02:55:30.91 ID:BqdXtYCN
>>414
>悪いが涅槃も悟りも現実に還元できる。
>君が知らないだけだ。

涅槃も悟りも、共同体の不特定多数の成員がその五感で知覚できない。
従って、涅槃も悟りも、非実在、形而上、妄想である。

不特定多数人の条件を加えたのは、人間界は徹頭徹尾共同体であり、
特定少数人の知覚だけでは問題にならす、また、知覚異常者、妄想患者、
宗教患者の知覚を除外するためである。

バークレー大僧正は、「実在とは知覚されることである(esse est percipi)」
と定義した。そこまでは正解だが、「部屋にある自分の机が、部屋を出て知覚
していない時でも存在しているのは何故か」と問われて、「神が見ているからだ」
と答えて、忽ち自己矛盾してしまった。彼のesse set percipiによれば、神は
知覚できないから、非実在であるはずである。

420 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 03:02:01.74 ID:27yjpoIn
ガンガジとパパジ

421 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 03:08:05.43 ID:27yjpoIn
>>419
手が滑ったwガンガジとパパジ でも涅槃体験できるし誰でもできる。
ガンがジが涅槃体験したと思われるワードを俺は見つけた。
これを明かすと先入観が入るから明かすことはできない。
ただ、釈迦方面を踏まえた上でガンガジとパパジ 方面にいくのは
有りと思うし容易と考えられる。

422 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 03:08:33.21 ID:BqdXtYCN
>>418
>何せ五感+意で認識できるものが「一切」であるといっているのだから形而下であるのは
>明確。

それは、五感の最後に来る「意」が、五感とは別個だと誤解した結果である。
空想・妄想の対象も、実在となってしまう。ここでの「意」とは、五感からの
入力を受容・処理する器官としての脳のこと。従って、あくまで五感の一部で
ある。現代の解剖生理学の所見とも完全に一致する。この誤解から、「意」が
一人歩きする結果となり、存在論に大きな混乱をもたらしているのである。

五感とは別物であるのなら、五感の最後にちょこんと加えるようなことは
しなかったはずである。

423 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 03:13:36.89 ID:BqdXtYCN
>>422の訂正
×set
○est

424 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 03:37:00.77 ID:BqdXtYCN
目の前に、リンゴ(その他どんな物質でもよい)が「実在する」とは
どういうことか、と訊かれたら、「それは五感で知覚できるから」と
いう以外にはない。それ以外を、空想、妄想、形而上と呼ぶ。

五感の全てが失われたら、人間は生存できないのだから、当人にとって
「実在・非実在」は問題にはならない。

空想物でも心理現象でも「存在」するのだから、存在という言葉は、
実在・非実在を含む広い概念。存在ではなく、実在という言葉を使えば、
混同を防止できる。

425 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 04:26:58.39 ID:bD8j8t1M
その空想、妄想、形而上が悟りだったりして笑

426 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 04:53:30.50 ID:Ge8WUb3o
悟りは五感で知覚できるのサ

427 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 05:07:08.63 ID:bD8j8t1M
やっぱスーパー意識じゃなくて五感なんかなあ。

428 ::2014/05/23(金) 05:10:42.46 ID:yX5atDU0
>悟りは五感で知覚できるのサ

前世想起も知覚されるのだそうです。よって阿羅漢にとっては形而下。
でも凡夫には知覚されないから形而上。

「地球は青い」と知覚されるのだそうです。よって宇宙飛行士にとっては形而下。

429 ::2014/05/23(金) 05:17:03.55 ID:yX5atDU0
>>429
「地球は丸い」と知覚されるのだそうです。よって宇宙飛行士にとっては形而下。
でも凡夫には知覚されないから形而上。

宇宙飛行士の言葉を信じて宇宙を目指す人と釈尊の教えを信じて阿羅漢を目指す人。

430 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 05:29:21.15 ID:bD8j8t1M
なるほど!
シンプルで分かりやすいですね。

431 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 06:14:48.46 ID:drjfLV1m
生命でも仏教でも哲学でも記述するはしから形而上になってるんだがな

432 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 06:37:15.61 ID:0pbt5lT8
>>428
在家は真光嘘吐き
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/38/Shumisen.jpg

433 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 06:37:36.06 ID:9VHsfktf
>>413>>414
涅槃も悟りもある精神状態心理状態を指してそう名付けただけのことで現実に還元できる。

434 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 06:39:43.24 ID:drjfLV1m
そのまま ほっときゃいいのに仏教とか哲学の手垢つけたくなるのは何でだろうな

435 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 07:02:17.78 ID:L1QzfUn+
>>408
> 自信満々のところアレですが、
> 「他者の形而上妄想」が形而下の妄想である、と論じていたはずが
> 「ゆえに」以降では妄想でない「形而上」にスリ替わってしまっていますね。
> 典型的な詭弁です。
> 証明になっていません。やり直し。


他者の形而上(妄想)はアホ哲の形而下に御座る。
ゆえに形而上は存在する。

皮肉もわからんのか(嘆)


未だ脳科学で立証できない涅槃を書物情報だけであると確信し、固執する
形而下ダケでは説明できぬ。つまるところこれがアホ哲の希望という事なり。

> >アホは自分のやることやってから嘯け
> 同感です、あなたに対して。
> では引き続き回答お待ちしております。嘯くのはそれからになさいませ。


皮肉も分からぬ痴れ者wwwwwww
先に主張した者から説明責任が生じる事も弁えぬ痴れ者。
とっとと失せよ。

436 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 07:06:51.56 ID:cMl8KQmI
論理・数学には証明あるけど(存在関係ないし)
自然科学に証明ないんじゃない
仮説に反証するだけで
存在を問うことは形而上学だから
形而上が存在することの証明って
なんのこっちゃわからない

437 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 07:15:44.84 ID:qEO81Tl/
にしてつには論理的欠陥があるのは明白だが。
まあ、ほっておこうw

438 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 07:36:28.38 ID:qEO81Tl/
にしてつは、19世紀の西洋哲学から抜け出ていないな。
俺は20世紀哲学視点から、にしてつを見て微笑ましく笑うのだがなw

439 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 07:46:18.01 ID:drjfLV1m
妄想にとって食われるなんてこたないから
形而上だろうが形而下だろうがほっときゃいいのよ
それが哲学だの宗教だのが大騒ぎする

440 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/23(金) 07:56:32.75 ID:hX1QFcat
>>326
>釈迦は、生まれたばかりのわが子と妻を残し、泣いて頼む両親を振り切って、
>ふらふらと家出した。無責任極まりない。彼の家庭生活は、滅茶苦茶で ある。

出家する。というのは、世を捨て家族を捨てることだから、ある意味においては尊敬できる。
そういう覚悟というのか、なかなか常人では捨て切れないですからね。

慧能もそうですね、年老いた母を捨てて出家してるし、そういう人はもはや世俗価値観などどうでも良いんじゃないですか?
そういう人であるからこそ歴史上で名を残せる訳ですから。

飛鳥ってアーティストも、もしかしたら麻薬の力でもって楽曲を作曲・作詞してたかもしれないけど、
どういう方法であっても人を感動させる作品を残せた、ってことで私は評価したい。

尾崎豊もそうですね、あのアーティストは自己愛性パーソナリティー障害と、
もしかしたら麻薬のコラボで、なんとも素晴らしい楽曲を残したんだろうし。

ようするに人格はどうでも良い。
人は何を成したか。何かを残せる人は、えてして狂人が多い。つうか
狂人なればこそ人に感動を与える何かを残せる。という場合が多い。

441 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 08:32:57.95 ID:9VHsfktf
>>435
> 先に主張した者から説明責任が生じる

既に何度も説明したが、
形而上は無い、というのは「形而上が検証されていない」ことから帰納的に導かれる、と説明済み。
これに対してあなたが「形而上がある」と主張するならば、「あることを立証する責任」はあなたに移る。
「悪魔の証明」をご存知無い?wwwニュー速ですら周知のことですよ?何度も教示しているように「反証主義」「カール・ポパー」「検証と反証の非対称」を勉強なさい。
議論スレで議論しようと思うなら議論のなんたるかをきちんと弁えてからになさい。そんな事も弁えない痴れ者は とっとと失せよwww

442 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 08:40:07.86 ID:9VHsfktf
>>436
> 論理・数学には証明あるけど(存在関係ないし)
> 自然科学に証明ないんじゃない
> 仮説に反証するだけで

検証と反証を含めて実証が証明。

443 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 08:42:20.50 ID:9VHsfktf
>>437-438
というだけで誤謬の指摘すらできないなら
主張の根拠を提示できない、中身の無いレッテル貼りに過ぎないwww
そのようなレッテル貼りは詭弁の典型。

444 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 08:49:28.21 ID:XwwyQNMh
>>440
>そういう人であるからこそ歴史上で名を残せる訳ですから。

有名人だから偉いと思うのは、単なるミーハーのブランド漁り。

大人であれば、この社会を支えているのは、無数の無名の人々の無言の努力
であることを理解できなければならない。

最も身近な家族さえ守れない宗教の開祖や思想家が、何が人類の救済や愛や慈
悲や理想や倫理道徳か。

百獣の王ライオンでさえ、子供達には優しく獲物を分け与える。どんなに温和な
動物でも、子を奪わうとする者に対しては襲い掛かる。

開祖の人間としての優劣は、その家庭生活によって判断すべきもの。家庭が
滅茶苦茶であったイエスやマルクスは、結局は人類に巨大な害悪をもたらした。
一方、フロイトは、孫の死に人知れず涙する優しさがあった。ニーチェも、
快活で社交的であり、発病後も、馬の首を抱いて涙を流した。すべてその思想に
反映されている。

445 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 08:58:45.07 ID:cMl8KQmI
論理・数学の証明は存在と関係ない
証明と存在は関係ない
存在は証明も反証もできない形而上学の問い
>>442
反証が認められてるのは証明ができないから
証明されてるなら反論を認める必要がない
妥協案ということ 暫定的な

446 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 09:01:07.56 ID:9VHsfktf
>>417
> 例えば空概念自体が言葉の定義上、形而上をいうケースがある。

どういうこと?空というのは形而下の事象を対象にした概念でしょう。

> 君がどこで線引きしてるかしらんが例えば、
> 自然というものを強度の低い仮説妄想を盲信しているというなら
> それは間違い。そうでないなら俺の杞憂。

自然というのはそもそも説ではないでしょう。例えば花が咲いているという現象は説ではない。花が咲いていると主張するとき、その主張が説です。その説は「ほら咲いている」と検証できますし、「いやこれは花に見えるが本当は、ほら蝶々だ」と反証することもできる。
科学的な仮説とはこういうものです。
対して、検証も反証もできずにただ信じるしかないというような性質のものは非科学的な仮説つまり盲信で信憑性のある説とは言えません。

あなたの言う事実性とはこのこと、つまり検証したり反証したりできうる(反証可能性を持つ)ということを言っているのでしょうか?
であるならば、私が釈迦は形而下に徹したと言い、あなたが釈迦は事実性に徹したと言うとき、それは同じことを言っているように思えます。
ただし、私の言う形而下というのは形而下事象から帰納的に認識されるものとしての概念も含めていますので、あなたの言う事実性にそれらが入らないとするなら話は違ってきます。
事実性という言葉の意味を再提示ねがいます。
つまり、物質のみが事実なのか概念も事実とするのか。

> はっきり形而上を霊魂とでもするなら曖昧性は起こらん。

イデアとかエイドスとかアプリオリとか神とか我とかを全て霊魂と呼ぶのはかえって混乱するでしょう。そういった諸々を総称する便利な言葉が「形而上」です。

概念や認識が
事象の経験の集約から形作られるものなのか、
もともとどこかに存在するものなのか、
それが形而下とか形而上ということです。

447 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 09:11:42.20 ID:9VHsfktf
>>440>>444
もっと単純に、善悪の絶対的で普遍的な尺度(価値観)というものは存在しないから
家族を捨てようが売り飛ばそうが、ただちにそれが悪であることにならないというだけでしょう。

もちろん、反社会的であるということは可能でしょう。
ただ、反社会的であることと何事か業績を評価されることが両立するというだけで。
反社会的が悪で、業績を善で、と考えるから「釈迦は善か悪か?」というような疑問が生じるのではないでしょうか。
反社会的が悪でなく、業績を善でないとしたら
「釈迦は釈迦」
であるだけです。
無分別とはこういうことでしょう。

448 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 09:20:18.75 ID:XwwyQNMh
>>445
>論理・数学の証明は存在と関係ない
>証明と存在は関係ない

論理も数学も、人間の生存努力の中で始まった。いかに精緻な論理も、それが
人間の生存に反する場合、これを「誤り」とする。リンゴ1個にもう1個加えて
2個にならなければ、1+1=2は成立しない。いかに精緻な数学の理論で
建造された建物であっても、それが他に原因無く倒壊すれば、その数学の理論
は誤りであったことになる。

実在の証明は、専ら五感の知覚によって行なう。仮説によって実在するとされた
素粒子でも、それが観測装置によって五感で知覚されるまでは、仮説のままで
ある。カミオカンデで大規模な観測をやってるのは、一体何のためかね。

449 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 09:23:21.97 ID:9VHsfktf
>>445
> 論理・数学の証明は存在と関係ない

存在という語の定義にもよりますよ、それは。

> 反証が認められてるのは証明ができないから
> 証明されてるなら反論を認める必要がない
> 妥協案ということ 暫定的な

そうですよ。反証可能性を持つ、とは暫定的に真であるとする、ということ。
暫定において「反証が無いことと検証されたことを同値と扱い、暫定的に真と見なす」のが帰納法の方法論。

450 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 09:35:33.97 ID:9VHsfktf
>>448
> 論理も数学も、人間の生存努力の中で始まった。いかに精緻な論理も、それが
> 人間の生存に反する場合、これを「誤り」とする。

生存に沿うか反するかということと事実の正誤は別の話でしょう。
リンゴを一個食べると言ってもどのようなリンゴをどのように食べるのか、ということと
リンゴが二個ある、ということは別の話。
毒リンゴ(というものがあるとして。都合が悪ければ青酸ペロでもかまいません)は生存に反するとして、それがあることが誤りであるとは言えないでしょう。

451 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 09:35:36.76 ID:XwwyQNMh
>>447
>善悪の絶対的で普遍的な尺度(価値観)というものは存在しないから

ならば宗教の開祖たちは、善悪という言葉を口にしないことだね。
善悪を最も口にするのは、彼等であるw。善悪を定義できた開祖は
皆無。ただ、自分でも意味の分らない言葉に自己陶酔しているだけ。

私は、前レスで、善悪を定義している。

釈迦が形而下とはどういうこと?彼の涅槃や悟りは、形而上(即ち妄想)
の典型ではないの?そんな具象物はどこにも存在しないよw。

452 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 09:48:50.45 ID:+JmlKanK
>>428
阿羅漢にとり形而下というのは、アナタの比喩によれば「ありえない」という結論になりますww

ゴータマの時代に「地球は青い」という仮説は形而上である(なぜなら、まだ宇宙飛行士がいなかったから)。
しかし、現在は宇宙飛行士もいて、実際に外から地球を見る事が出来て形而下となった。

さて、悟りはゴータマの時代も今の時代も共に形而上ですなw
なぜなら、ゴータマの時代も、今の時代も悟りの宇宙飛行士などはいないのだからw

453 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 09:52:12.24 ID:+JmlKanK
我は悟ったという人間と宇宙飛行士の違い。

悟りは仮にあったとしても超個人的なものであり他者と共有することは不可能。(ゆえに形而上となる)
宇宙飛行士が見る地球の映像はカメラでも撮影が出来て、万人と共有可能。(ゆえに見れた、撮れた時点で形而下となる)

454 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 09:52:21.23 ID:XwwyQNMh
>>450
数学も、生存に必要な具象物の数を数えることから始まった、と言っている
だけ。同様に、実在・非実在の判断も、それがそのまま生存に影響するから
である。猛獣が実在すれば、直ちに、それを殺すか、それから逃げなければ、
殺されてしまう。すべては、「生存」「生命(肉体)の維持」のためである。

455 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 09:54:28.55 ID:L1QzfUn+
>>441
幼稚極まりない印象操作を止めい!

説明責任は当然、お前が仏教を脳科学で詳らかにする事にある。逃げるなかれ。

・・・・
お前は実践が出来ぬ性質であり、実存的(人間的な境涯)に厨房とほとんど違いはなかろう。

にもかかわらず宗教(表面的な仏教用語)に誘引され、幻惑され、これを如何とする事も出来ない。

古今東西理論によってのみ何らかの宗教的な境地に達した人間は居らず、
また経典聖典をよく読み解する者はそれを理論と呼称したりはしない。

お前の述べたる肯定も否定も童の反抗期に毛が生えた程度の代物に過ぎない。

お前は仏教を学んだつもりだったが、いやはや残念至極、仏教側とは目線が合わなかった。

真に憐れな学習者である。仏縁が無いことを悟ってとっとと失せるべし。

456 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 09:56:18.53 ID:cMl8KQmI
>>448>>449
現実と何の関係もない論理数学体系はつくれる
それが証明されても 存在と関係ない

暫定的な真は千年前と千年後の真を保証しない
証明できない苦肉の策 真であるとはいえない

存在は証明も反証もできない形而上学
存在は証明できないしした人もいない
存在を証明することを問題にすることは
完全に無意味
 

457 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 10:02:47.73 ID:9VHsfktf
>>451
> ならば宗教の開祖たちは、善悪という言葉を口にしないことだね。
> 善悪を最も口にするのは、彼等であるw。善悪を定義できた開祖は
> 皆無。ただ、自分でも意味の分らない言葉に自己陶酔しているだけ。

定義した人はいるよ「神の意志の方向が善」とかwww
神が証明できない限りそんな定義は妄想ですけどね、と私は言っているのです。

> 私は、前レスで、善悪を定義している。

生存の方向に沿うことが云々ですか?それを立証しましたか?しえないならば、それは同じく妄想です。

> 釈迦が形而下とはどういうこと?彼の涅槃や悟りは、形而上(即ち妄想)
> の典型ではないの?そんな具象物はどこにも存在しないよw。

釈迦は無我を説いたでしょう。物事の本質なんてものは無く、ただ事象があるだけだ、と。
これが形而上を排除するということです。

釈迦は無分別を説いたわけですが、
善悪とか他の様々な価値判断や意味付けとかが先験的にあるのでなく、それらは単に後天的に経験から主体がそう認識するに過ぎない、
だから本来的に善悪なり認識基準・価値観があるというのを捨て、フラットにあるがままを受け入れる、ということが無分別でしょう。


涅槃や悟りはただ特定の精神状態や心理状態を指してそう名付けただけ。精神状態や心理状態は物質ではないが状態を指しており、形而上ではない。
具象でなければ形而上と言うならばボールは形而下だがボールが転がる運動は形而上ということになる。

458 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 10:09:27.91 ID:9VHsfktf
>>455
> 幼稚極まりない印象操作を止めい!

「!」つけたり、時代がかった言葉使いで勿体つけたりしても無駄ですよ。説明した通り、立証責任はあなたに移っています。
では逃げずによろしくお願いします^^

459 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 10:13:32.55 ID:9VHsfktf
>>456
> 存在は証明も反証もできない形而上学

これは唯識という意味で言っていますか?

460 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 10:14:46.28 ID:XwwyQNMh
>>456
>現実と何の関係もない論理数学体系はつくれる

人類における、数学の「起源」の話をしている。

何事も、起源に遡らなければ、その本質は把握できない。

>存在を証明することを問題にすることは 完全に無意味

存在を「思考する」ことは無意味。五感の知覚による実在・非実在の
判断は、思考の介入を要しない。

しかし、実在・非実在の判断は、生命の維持に不可欠。人間は、100%
実在に依存しない限り、一瞬も生存できないのだから。その意味で、
五感の知覚は、生命そのものとさえ言える。

461 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 10:15:24.10 ID:+JmlKanK
(万人と共有できないもの=証明できないもの)=形而上ですw

ゆえに悟りなどというものは昔も今も形而上のままで、(特定の)A氏にとり形而下〜などという様な
表現自体がナンセンスでありえない話。

462 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 10:17:39.75 ID:cMl8KQmI
>>459
いってない
存在を証明するという問いが無意味といっている

463 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 10:20:03.24 ID:9VHsfktf
>>454
それは単に技術というものが生存に沿っているだけであって
それが善悪正誤であるかどうかとは別の話では?

464 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 10:26:39.91 ID:9VHsfktf
>>462
「スタッピ細胞は、ありまぁす」と言っただけでは存在を証明したことにはならないから
「実証をもって存在を証明せよ」というのが科学的な態度ではないでしょうか?

465 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 10:34:18.47 ID:7R1KBtq5
あるなら冷凍STAP出せよ

466 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 10:35:11.33 ID:XwwyQNMh
>>463
すべての生物にとって、その発生以来、生存が唯一普遍の目的であり、
その目的に向うことのみが、善であり、正である。

定義できなかった宗教の開祖たちに代わって、私は、善悪を次のように
定義する。

「善とは、他者の生存を助ける行為。悪とは、他者の生存を害する行為」。

生物は独りでは絶対に生存できないから、必然的に共同体を形成する。
「善悪」とは、共同体における共生のための「技術概念」に過ぎない。

467 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 10:42:28.30 ID:9VHsfktf
>>464追記。
無論、スタップ細胞があると仮定することは可能です。
ただ、ある現象を説明するにあたって、存在が確認できていないものを前提にする仮説と、存在が確認できていないものは前提としない仮説では、後者の方が科学的に強度が高い仮説です。
そしてもうひとつ、存在が確認できていないのみならず、確認しえないものを前提とするならば、それはもはや科学的な仮説というより非科学的な妄想と言った方が適切な類いのものでしょう。

468 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 10:42:34.91 ID:XwwyQNMh
>>457
「物からことへ」ですか?貴方には、宗教、特にキリスト教系宗教の匂いが
するな。

469 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 10:44:02.76 ID:L1QzfUn+
>>458
> 「!」つけたり、時代がかった言葉使いで勿体つけたりしても無駄ですよ。説明した通り、立証責任はあなたに移っています。
> では逃げずによろしくお願いします^^

情っけないwwww

自分の説明責任は果たせず、他者にそれを果たしていないと被せ、
議論を勝手に進めようと事実に反する事を強弁するのみか。


何も返せないなら、はじめから絡むな、たわけ者ww

470 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 10:47:28.99 ID:cMl8KQmI
>>464
科学的な態度は 科学の方法論、姿勢
存在を証明することにならない

実証しただけで証明したことになるなら
反証を認める必要がない
反証を認めているのは証明できないから
どこまでいっても真にはたどりつかない
反証を認めているのが真ではない証拠

471 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 10:49:12.46 ID:U9O1lk6X
にしてつは精神が肉体を超越するという体験をしたことが無いんだよ
だから肉体レベルでしか物事を考えられない

472 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 11:04:23.08 ID:9VHsfktf
>>466
> すべての生物にとって、その発生以来、生存が唯一普遍の目的であり、

それが目的であることの証明は?

> その目的に向うことのみが、善であり、正である。

生存が目的であるとして、それが善で正である証明は?

これらの証明無しにはあなたの言う善悪正邪も

> 定義できなかった宗教の開祖たち

と大差ない。
また、

> 「善悪」とは、共同体における共生のための「技術概念」に過ぎない。

それは単に順社会的か反社会的かという程度のことで、善悪は社会によって規定されるにすぎないということでしょう。
ならば社会規範が善悪基準ということになるが、社会規範とは結局その時々の権力に準ずるのだから、時々の権力の指向性に沿ったものが善で正義ということになる。
生命の方向というより、その時々の権力の指向性の方向と言うのが近いでしょう。
つまり善悪正邪は恣意的なものだと。
善悪正邪は恣意的であると言えば済む話ならば、結局、善悪正邪に普遍性は無いということになる。

473 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 11:09:16.91 ID:qkuRl6VQ
哲学論争は無智を深めます。
心を静かにたもちなさい。
哲学的反論がどこから起こったか?そこを見出しなさい。

474 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 11:11:31.60 ID:9VHsfktf
>>468
「物からことへ」の意味がわかりませんが、概念というものは先験的に客観として「ありてある」のではなく帰納的に経験から主体が作る主観に過ぎないと言っています。
キリスト教とはどういう関係がありますか?

475 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 11:14:43.56 ID:9VHsfktf
>>469
いや、そういう逃げ口上は要りません。スレの無駄遣いですから
「形而上の存在を主張するなら立証を」
これに答えられないなら黙って去ればよろしいでしょう。立証責任を果たすか去るか、お好きな方を。

476 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 11:20:45.41 ID:9VHsfktf
>>469
ちなみに私は自分の説明責任は果たしていますよ?「形而上の存在は証明されていない」という事実が「形而上が存在しない」とする根拠です。
2ちゃんであれだけ有名な、ニュー速でもどこでも、およそ議論のあるところにあれだけ周知されている「悪魔の証明」をご存知ない?
せめてスレタイに「議論」と名の付くスレに常駐するなら、議論のなんたるかをもう少し熟知なさいませ。
ヒントは「検証と反証の非対称」「反証可能性」「カール・ポパー」などです。
勉強は苦手ですか?

477 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 11:23:37.74 ID:qkuRl6VQ
>>453
悟ったというのは気付いたということで
みな本来悟りそのものです。
ただ、かような哲学論争をやっているとまったく気付きません。

478 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 11:28:24.47 ID:Uw7jYuzA
>>476
>「形而上の存在は証明されていない」という事実が「形而上が存在しない」とする根拠です。

ブッダは形而上云々を否定も肯定もしていない→無記(経験主義的検証不能の事柄は実践仏道においては無視する)。
問題にならない。

そもそも、形而上下を問題にすること自体が仏法に相応しくない。
キチンとブッダの本懐を把握できていない者の妄言でしかない。
形而上下云々は二項相対論議の範疇問題でしかないからだ。
仏法上は、この論議はナンセンスだと言える。

事の起こりの発端は、中村元博士が『戯論」を『形而上学的論議』と注釈したことにある(龍樹 講談社学術文庫 p320)。 

479 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 11:36:38.45 ID:L1QzfUn+
>西村鉄郎よ

精妙極まりない人間型ロボット(精密な反応をする)と人間の判別方法をアホ哲に申し付けたハズだ。

アホ哲は仏教は脳科学の形而下と云うのだから

四諦における滅諦と道諦の原理を形而下で説明。

仏教概念を完全に包摂した脳科学概念による説明の責任がある。

無理ならvipperの様に逃げ続けてよいぞwwwww

480 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 11:42:55.78 ID:qkuRl6VQ
賢者ソクラテスの「無知の知」が、悟りを言い表した言葉です。
知ることもなく、知られることもない。
これが真の智慧だということです。真の智慧というのは悟りです。

481 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 11:46:08.82 ID:U9O1lk6X
そもそも形而下を認めるということは形而上を認めることに他ならない
形而下が存在するということは形而上が存在するという事である

482 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 11:53:46.68 ID:9VHsfktf
>>470
> 科学的な態度は 科学の方法論、姿勢
> 存在を証明することにならない

存在について「ある」という主張は検証により真とされる。
「ない」という主張は反証を受けていない事実をもって暫定的に真とされる。
これが科学的方法論。
ただし、検証されていないものが実在する可能性はある。それがあなたの言う「科学的方法論の結果と存在の有無は必ずしも同義でない」ということでしょう。あなたは科学的方法論ということをよく理解していると思います。

私の言うのはその上で、
「証明できていないことを前提とした仮説」と「証明できていないことは前提としない仮説」がともにあるとき、後者の方が強度が高いということが一つ、
いま一つは(このスレとしてはこちらの方が重要でしょうか)、そもそも(本来的に論理構造として)検証も反証もできないような不可知論的なものを含む仮説は、科学的仮説ではなく非科学的な妄想の類いだということ、
です。

483 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 11:54:37.72 ID:0pbt5lT8
認める、と言うのは認識に他ならない
認識は五蘊の一つに他ならない
五蘊は全て空に他ならない
空も空に他ならない

どこに形而などあろうか、況や上下をや

484 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 11:59:24.02 ID:9VHsfktf
>>478
私の言い方が大雑把でしたね。「形而上があると言えない」に訂正します。
あると言えない形而上を前提とした仮説によらない、ということで形而上を排除した、形而上を無いとする、と表現しました。
誤解を招く表現陳謝、ご指摘多謝。

485 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 12:03:21.79 ID:9VHsfktf
>>479
いま立証責任は形而上の存在を主張するあなたにあります。
回答はよ。

486 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 12:07:24.51 ID:qkuRl6VQ
>>483
そういうことですね。

487 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 12:45:28.62 ID:L1QzfUn+
>西村鉄郎よ

> いま立証責任は形而上の存在を主張するあなたにあります。 回答はよ。


vipperを選択されたか。
ま、実存の水準が低く、宗教的な読解力もない人間が仏教を学び
論じたところで、仏教を自説に摂取するダケのエセ仏教にしかならぬわなw

単に真善美 一切妄想 唯物論の(自分の袋小路の)救済を仏教に望んでいるに過ぎない。
只の便宜的な利用である。
・・・
自分が仏教宗教を論じれると思案したが運の尽きよ。仏教は否定論者の救済策ではない。

488 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/23(金) 12:45:56.87 ID:hX1QFcat
>>444
>有名人だから偉いと思うのは、単なるミーハーのブランド漁り。

阿部定は有名人ですけど、偉いかどうかは私には判断しかねます。
というのは、私はそういう世界には精通してないからです。

ただ私が言えることは、定は究極なるまでに男女の性愛を追求した者だということです。
こういう観点でしたら「偉い」と言えるかもしれませんが・・・男根を切断した時点ではね。
それから逃亡したのは、どうもいけませんけど。
単純には評価できない一例です。

映画「俺たちに明日はない」のモデルになった有名なポール&クライドも、有名だけど偉いかどうかは分かりません。
その人それぞれの価値観でしょうし。
ただ私が言えることは、青春とはこういうものだ。ということをメッセージすることに関しては非常に評価は高いと思います。
誰でもそうなんじゃないですか?
ただ理性がセーブしているだけです。だから犯罪には至らない。というだけです。

釈尊もそうなのです。有名人だけど偉いかどうかは判断するのは人それぞれです。
私が言いたいのは、釈尊は四苦の命題を最後まで成し遂げた。ということに尽きるのです。
こういうことは誰でも出来ることではない。
そういう意味において、「偉い」と思うのです。

489 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 13:08:42.60 ID:XwwyQNMh
>>488
>釈尊は四苦の命題を最後まで成し遂げた。ということに尽きるのです

何を言ってるのですか。「すべての人間」は、「四苦の命題を最後まで
成し遂げている」のですよ。ただ、四苦など人前で振り回さないだけです。

「有名人賞賛」が多すぎ。

490 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 13:16:54.70 ID:0pbt5lT8
>>489
釈迦やキリストにはケチをつけて何で真光には言わないんだ?
岡田光玉の批判もしてみろよ

491 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 13:36:36.87 ID:cMl8KQmI
>>482
存在を証明できない これは前提
だから存在を証明せよ は間違い

後半の部分は存在の言葉が抜けている 完全なずらし
存在を問うことは形而上学
たとえば数学や物理学が存在しても存在しなくても有用性に変わりはない
だから存在してる存在してないからは有効な理由にならない
数学や物理学の存在が証明できなくても妄想にはならない

492 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 13:37:11.71 ID:XwwyQNMh
>>490
岡田光玉も、釈迦とイエスの影響を受けたその犠牲者。元凶である釈迦と
イエスを批判すれば足りる。

493 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 13:41:49.68 ID:0pbt5lT8
>>492
であれば手かざしは効果無いと認めるんだな?

494 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 13:55:07.97 ID:XwwyQNMh
>>474
>「物からことへ」の意味がわかりませんが、

クリスチャンが書いた「ものからことへ」という本を読んだことはありませんか?
即ち、具象物(形而下)を認めず、すべて事象(形而上)に持って行こうとする
訳です。

生物の本質が生存本能であることは、進化論関係の本を読んだり、公園で、小動物
や植物の観察をするだけで、明らかでしょう。

「動く」という概念も形而上です。中論の「行く者は行かず」を参照。ボールという
具象物と一体にしない限り、形而下にはなりません。

495 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 14:04:48.30 ID:XwwyQNMh
>>493
手かざしは、狂人イエスが言った言葉ですから、効果がないばかりか、
病気の治療の機会を逸し、最悪の場合は死に至るという点で、極めて
有害です。犠牲者は、周囲に沢山います。

496 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 14:12:16.38 ID:9VHsfktf
>>487
中身のないレッテル貼り以外にあなたは何一つ論じていない。
そういうのは要らないから宿題に回答を。

497 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 14:32:56.90 ID:0pbt5lT8
>>495
>手かざしは、狂人イエスが言った言葉ですから

それを言うのは真光信者だけなんだが?

498 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/23(金) 14:38:40.89 ID:hX1QFcat
>>489
>何を言ってるのですか。「すべての人間」は、「四苦の命題を最後まで
>成し遂げている」のですよ

いや、そんなに簡単なものではない。
古今東西を問わず、先人達は実験的にやってきて未だその領域には達すこと叶わず。
その原因というのも明確になってる。

つまり、人間が経験則に基づかない(経験論)と、最終的に論理矛盾に陥る。ってことを。
ようするに人間の想像には限界があって、その限界に達したら、もうその先は分からんてこと。
だから西洋哲学は衰退した。

> 「有名人賞賛」が多すぎ。

有名人って?私は人格を賞賛している訳ではない。人格はどうでもいい。
つうか人格は狂人の方がリアリティーがあって信用できるくらいだ。

499 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 14:50:44.69 ID:0pbt5lT8
釈迦やイエスは手かざしを教義なんかに盛り込んでは居ない
にも関わらず、それに拘り、「ほら手かざししてる」と、さも聖人が
手かざしで奇跡でも振舞ってそれを教義としてるかの如くに語る
ましてや釈迦やイエスの手かざしは全否定までする(しても構わんが)
それは何故か?

手かざしカルトの連中の言い分としては
既成宗教には伝わらなかったとされる「真理正法」と言うのがあり
形は似てても真光の業でなければ効果が無いと強弁する
だから、創唱宗教全てを否定する必要があり、ともすると
イエスや釈迦に騙されてるんだとも強弁を始める
彼ら真光の組み手達が教学を深めると、大抵通る道は神智学だったりする
そして、その神智学の骨格を担う一つは比較宗教学だったりする
彼らは馬鹿でもアホでもない、ただ知力の使い方を間違えてるだけなのである

何が言いたいかお分かりだろう

在家、お前の素性が解ったよw

500 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 14:51:06.99 ID:1id6o3w1
>>498
>西洋哲学は衰退した。

机さん、思い込みでは?

501 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/23(金) 14:53:38.27 ID:hX1QFcat
>>500
私は、ドイツ観念論で終了したかと自分では結論してます。
それからニーチェが登場して、ニーチェで完成ですかね?
私の結論はそういうことになります。

502 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 15:12:57.49 ID:1id6o3w1
>>501
なら、西洋哲学が衰退したのではなく、
君の関心が終わったなら、それで良いとしても、その表現はどうかなと(笑)

西洋哲学は、社会とともにある生きているのだよ。
社会の動き、変化と関連しながら今日に至る。
分かり易く言えば、科学と似ていて、自らを修正しながら
現実社会と関係してきたね。
君の好きなニーチェもそうだね。

503 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 15:22:53.02 ID:0pbt5lT8
イデアの実在にやたら拘ってる奴もたぶん同じ奴だろうと思われる
これが認められれば三世実有が叶い、永遠の我の実有が叶い
真光の教える霊動も叶う事に繋がる(邪義としてだが)

504 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 15:23:25.13 ID:9VHsfktf
>>491
> 存在を証明できない これは前提
> だから存在を証明せよ は間違い

では小保方にスタップ細胞が存在するというなら出してみろ、というのは間違い?

> 存在を問うことは形而上学


いや、問うことでなく、証明できない存在を「あると前提すること」が形而上学でしょう。

505 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 15:34:23.60 ID:9VHsfktf
>>494
> 即ち、具象物(形而下)を認めず、すべて事象(形而上)に持って行こうとする
> 訳です。

なるほど、そういう意味ですか。では私の言っているのとは違います。
私の言うのは、概念というものは経験によって形成されるのであり、先験的なものつまり形而上のものではなく、形而下のものである、ということです。

> 生物の本質が生存本能であることは、進化論関係の本を読んだり、公園で、小動物
> や植物の観察をするだけで、明らかでしょう。

意地悪なことを言うようですが、生物は必ず生きていますが必ず死にます。このことから生物が本質的に死に向かっていると言うことも可能です。
目的あって生物が生きているのではなく、ただ生きていたり死んだりするだけのことでしょう。
目的をむりに被せることは無いと思います。

> 「動く」という概念も形而上です。中論の「行く者は行かず」を参照。ボールという
> 具象物と一体にしない限り、形而下にはなりません。

「動く」という概念は、形而下の動体の観察から経験的・帰納的に形作られます。
経験に先立って概念があるのではない。その意味で形而下なのです。

506 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 15:40:26.01 ID:cMl8KQmI
>>504
科学的な約束で存在と関係ない 同じことのくりかえしで意味ない

後半は答えるほどのことは何も言ってない

数学や物理学が存在するしないにかかわらず有効性に変わりはない
数学や物理学が存在しないから妄想だとはいえない
だから存在をするしないからは 理由にならない
ちゃんとした答えでなければ、くりかえしになるからもういわない

507 ::2014/05/23(金) 16:00:35.64 ID:yX5atDU0
>>452
>ゴータマの時代に「地球は青い」という仮説は形而上である(なぜなら、まだ宇宙飛行士がいなかったから)。
>しかし、現在は宇宙飛行士もいて、実際に外から地球を見る事が出来て形而下となった。

>>453
>悟りは仮にあったとしても超個人的なものであり他者と共有することは不可能。(ゆえに形而上となる)

サンユッタニカーヤの「スシーマ」では、阿羅漢達は禅定しても前世想起はしないと語りました。
ただし、重要な点は対告衆のスシーマは『法盗人』でした。

その他の幾多の経典では、禅定が進むと前世想起すると説かれております。
シンプルな質問ですが、禅定の修行完成者と宇宙飛行士とはどちらが多いでしょうか?

因みに日本仏教の祖師達の大半は輪廻を説かれております(本スレでも再々々々々提示済み)。
祖師達は禅定せずに、前世想起もせずに、命懸けで法を語られたのでしょうか。
ネットでも禅定で前世を想起したという方々は散見されますが、よってたかって嘘つきラベルを貼っているのでは。

508 ::2014/05/23(金) 16:05:37.60 ID:yX5atDU0
>因みに日本仏教の祖師達の大半は輪廻を説かれております(本スレでも再々々々々提示済み)。
>祖師達は禅定せずに、前世想起もせずに、命懸けで法を語られたのでしょうか。

もしそうであれば、祖師達は大嘘つきになります。

二例)
「四条金吾殿御消息」日蓮
日蓮過去に妻子、所領、眷属等の故に身命を捨てし所いく幾そばく許かありけむ。或は山にすて、海にすて、或は河、或はいそ等、路のほとりか。
然れども法華経のゆへ、題目の難にあらざれば、捨てし身も蒙る難等も成仏のためならず。

「秘蔵宝鑰」空海
三界の狂人は狂せることを知らず、四生の盲者は盲なることを識らず、生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥し。

509 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 16:10:27.62 ID:+JmlKanK
>>507
禅定の修行完成者、禅定によって見えた輪廻(前世)〜禅定-瞑想での意識変容状態で得られた境地などは
昨晩寝て夢見たから輪廻はあるに違いない〜というのと同じ。
それと、宇宙飛行士が実際にカメラで外から地球を撮影するのとは雲泥どころか、同じところがまるで無いww
セブンに次ぐ比喩の失態と言われても仕方ないw

セブンやら在家やらは比喩を使うのをやめよ。
使えば使うほど言いたい事からかけ離れるだけだぞwww

510 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 16:16:23.64 ID:9VHsfktf
>>506
有用性ということをあなたは言いますが、有用かどうかを論点にしていませんよ。

> 数学や物理学が存在しないから妄想だとはいえない

数学や物理学が存在しない、とは?それらが概念だという程度の意味ですか?

> だから存在をするしないからは 理由にならない

概念に対して実体を持つかどうかを「存在するしない」と表現しているのですか?
実証や反証は科学的な方法論です。あなたが言うように科学的な約束です。だから、私は科学的な約束事に則らない主張について非科学的である、と言っているだけです。
その非科学的であるということをして空想・妄想だといっているだけです。

511 ::2014/05/23(金) 16:24:13.92 ID:yX5atDU0
>>499
>釈迦やイエスは手かざしを教義なんかに盛り込んでは居ない

イエスと十二人の使徒達が手かざしをしたことは新約聖書でご確認下さい。
更に原始キリスト教団ではクリスチャン達が手をかざし、病を癒し、死者まで生き返ったと
初期教父のエイレナイオスが彼の著書で証言しております。
最近ではイタリアを中心にヴァチカン公認のエクソシストが活動中ですが、手かざし以外の
方法で除霊をされているそうです。

イエスと比べて、釈尊の記録は少ないでしょう。
釈尊は浄飯王の臨終時に額に手を置いて癒したという経典があります。

黄檗山万福寺には釈尊が掌から光を出して大勢が受けている経文があります。
所謂『甘露の法雨』であれば、掌からではなく、口から出す方が自然でしょう。

>在家、お前の素性が解ったよw

と変化しつつある私ですが現状のコメントをします。

512 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 16:26:49.92 ID:+JmlKanK
>>508
日蓮は知りませんが、空海のは当たり前の事を言っているに過ぎず、
何の例として上げているのか意味不明。
空海のは単に「キチガイは自分がキチガイと認識しておらず、普通の人間は生まれる前と死んだ後の事を知らない〜」
全く当たり前の事ww なんの例なの?ww

513 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 16:32:30.39 ID:cMl8KQmI
>>510
数学や物理学は妄想?
数学や物理学は存在する?
数学や物理学の存在が科学的に証明できる?

無意味な問いを自分がしていたということ
もうこれ以上はない
少し汚しすぎた

514 ::2014/05/23(金) 16:35:48.72 ID:yX5atDU0
>>509
>それと、宇宙飛行士が実際にカメラで外から地球を撮影するのとは雲泥どころか、同じところがまるで無いww

宇宙飛行士が撮影した映像をそのまま信じておられるようですね。
都合の悪い物は消しているかも知れませんよ。

近年、アポロの月面着陸映像をそのまま信じている人達はどれだけいるのでしょうか。

>禅定-瞑想での意識変容状態で得られた境地などは昨晩寝て夢見たから輪廻はあるに違いない〜というのと同じ。

同じ夢を何度も見ることはありますか。
前世想起と意識変容状態の幻覚とは再現性で判断するのが智慧だと思います。

釈尊が意識変容状態の幻覚を『修行完成者の前世想起』と説かれたのであれば、御隠居のおっしゃる通りでしょう。

515 ::2014/05/23(金) 16:39:30.92 ID:yX5atDU0
>>512
>全く当たり前の事ww なんの例なの?ww

貴方の誘引が縁で他の例も提示しましょう。

★親鸞
「教行信証」
悲しいかな、垢障の凡愚、無際より已来、助・正間雑し、定・散心雑わるが故に、出離その期無し。
自ら流転輪廻を度るに、微塵劫を超過すれども、仏願力に帰しがたく、大信海に入りがたし。良に傷嗟すべし、深く悲嘆すべし

「正信偈」
生死輪転の家に還来することは、決するに疑情を以て所止と為す

「正像末和讃四八」
無始流転の苦を捨てて、無上涅槃の期すること、如来二種の廻向の恩徳まことに謝し難し。

★日蓮
「船守弥三郎許御書」
過去に法華経の行者にてわたらせ給へるが今末法にふなもりの弥三郎と生れかわりて日蓮をあわれみ給うか。

★空海
「秘蔵宝鑰」
閻魔・獄卒は獄を構えて罪を断り、餓鬼・禽獣は口を焔やして体にかく。三界に輪廻して四生にりょうびょうす。

★法然
「拾遺和語燈録」
これを廣野に捨て、これを遠き山におくる。屍はついに苔の下に埋もれ、たましいは一人旅の空に迷う。

516 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 16:48:19.61 ID:+JmlKanK
>>514

まあ、宇宙飛行士の撮った映像の方が、瞑想で輪廻を見たとか前世を見たとか言う人の話より
信憑性が高い、というか比較不可能なくらい前者を信じて後者を疑うのが普通の人w
前者を疑い後者を信じる人間は精神科の受診をお勧めいたしますw

同じ夢は何度も見る人は多いでしょうねえ。
空飛ぶ夢を何度も見る〜とかw

ゴータマが輪廻を積極肯定して宣伝した経典なんて無いでしょうwww

517 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/23(金) 16:59:15.65 ID:hX1QFcat
>>502
> 分かり易く言えば、科学と似ていて、自らを修正しながら
>現実社会と関係してきたね。

なるほど。弁証法というやつですね。終わりがない、永遠につづく。のが弁証法。
だけど結論は出ない。結論が出ないのが弁証法だから。

ちなみに印哲では、最初から結論が出る訳はない。ってのが結論になってる。
正法眼蔵における
「相対立するは結論でるまじ」が該当する。

そこが西洋哲と印哲の相違点になる。

518 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 17:06:01.59 ID:tik4XOge
>>505
>概念というものは経験によって形成されるのであり、

宗教開祖のいう「経験」は、神、死後の生命、啓示、悟り、涅槃、解脱など、
形而上ばかり。

>このことから生物が本質的に死に向かっていると言うことも可能です。

捕らえようとすると必死で逃げない動物が、唯の一種類でもいるかね。
君は、殺されかけても抵抗しないの?w

>「動く」という概念は、形而下の動体の観察から経験的・帰納的に形作
>られます

心・感情が動くという、形而上も「動く」の主語になり得る。常に動いている
対象は、静止して知覚される。同じ方向に、同速度で動いている二つの物体は、
他方から見れば静止している。歩きつつある者には、同時にさらに歩くという
行為は不可能。よって、運動とは、五感の知覚そのままではなく、思考による
概念、即ち形而上である。

519 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 17:10:01.22 ID:qwYktNB7
>>511
手をかざしたから何だと言うのかw
それが教義だとでも言うのか?光玉は言ったんだろうがイエスはそれが肝心とは言ってないだろう
だから真光以外には伝わってないって言うんだろう?
何だかんだ言って創唱宗教を否定したい様だが、お前ら新興宗教風情が
どんなに頑張ってもそれは無理なんだよ
オカルトは所詮オカルトだ
お前らの手かざしはこじ付け以外の何ものでもない

520 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 17:16:55.77 ID:qwYktNB7
>>518
涅槃は形而上でも形而下でもないよ
形而は思量を以って為される訳で、涅槃は思量思議の内に無い

521 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 17:23:28.98 ID:qkuRl6VQ
手かざしは生体エネルギーの出し入れ。
病気の人がよくなるのは、生体エネルギーを補充したから。
反対に生体エネルギーを出した人は、おかしくなる。
その極端な例が、福島女祈祷師暴行殺人事件だ。

522 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 17:30:38.68 ID:qwYktNB7
生体エネルギーなるものを見せてから言え

523 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 17:43:45.34 ID:qwYktNB7
>>514-515

在家、それは自灯明法灯明に適ってるのか?
他人の言い分を確かめもせずに鵜呑みにしてるに過ぎんだろ、違うか?
お前が信仰する分には何も言うまい、しかしその世迷言を吹聴して誇示するつもりなら許さんよ?
お前は仏法を曲げてこじ付けを広めてるんだ、その業の重みを思い知るが良い

524 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 17:50:45.28 ID:1id6o3w1
>>517
机さん。

印哲は、最初から結論は出ないだな。

印哲は、ほとんど抽象概念であるから
結論が出る訳がないの主張は、具体がないので、間違う事がないとも言える。

しかし、君が今話している態度そのものは西哲に近いだろ。
であるなら、結論が有る訳ではないという結論は、
おおまかな抽象では間違っていないとも言えるが、
具体では、君が君らしく生きるにあたって、君の人生を
西哲なり、他なんでもよいが軽快に活用すればよいのだ。

525 ::2014/05/23(金) 18:00:42.87 ID:yX5atDU0
>>516
>ゴータマが輪廻を積極肯定して宣伝した経典なんて無いでしょうwww

>>523
>他人の言い分を確かめもせずに鵜呑みにしてるに過ぎんだろ、違うか?

例えば、長部経典の34経の半分以上で輪廻が説かれております。
積極肯定というよりも、修行完成すれば分かるとか、阿羅漢は輪廻から脱するとか、
極自然に説かれております。

釈尊の説法を空しくして、現代常識で否定しているに過ぎない人はおられませんか。
当時にもそういう断見者がおられて、釈尊は三世輪廻を説かれたと龍樹も解説されてます。

龍樹「大智度論」巻一上『四悉壇』より一部抜粋
云何 各各為人悉檀者。観人心行 而為説法。於一事中 或聴或不聴。
(『各各為人悉檀』とは何か。人の心行を観て彼の為に法を説く。一事中で聴す時も聴さない時もある。)
如経中 所説。 雜報業故。雑生世間 得雜生雜受。
(経の中に説かれている。「業の故に世間に雑生し雑触し雑受する」と。)

526 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 18:09:01.97 ID:qkuRl6VQ
>>522
見せることはできない。
身体から発する熱、電磁力、圧力のようなもの。
一般的に、若者や精力絶倫な人は強い。
仙道を少しでもやるとわかりますよ。

527 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 18:09:15.46 ID:+JmlKanK
常見者は断見者に対して断見者と言うが、己の常見の立場を反省しないのか?ww

528 ::2014/05/23(金) 18:10:26.76 ID:yX5atDU0
以前、本スレには他称「一代」氏という僧侶がおられました。
「釈尊は輪廻など説かなかった」と主張される方々に、そうではないことを丁寧に解説されました。

一代氏は本スレを解脱されましたが、彼のかきこは幾度でも再生できます。

★526 :神も仏も名無しさん:2013/02/26(火) 19:46:29.57 ID:JZPfVy8Z
輪廻に関する代表的な誤解は以下のように過去に解決されてます

1.無我だから輪廻できない。主要論者:和辻など。
 反証:現在、諸法が無我でも縁起しているように、無我でも死後も輪廻する。
    死後、輪廻しないというのは、断見である。
2.輪廻は、それを信じる蒙昧な古代人のための方便説である。主要論者:和辻など。
 反証:輪廻説がなかった、ギリシャ、シナ、チベットなどに思想抵抗にあいながらも、
    必ず説いているので方便説ではない。聖者が獲得する宿命通からも方便説でないことが分かる。
3.十/十四無記で死後が不問にされている。主要論者:桜部健など。
 反証:水野弘元先生以下が論証したようにタターガタを人、有情と注釈するのは、ジャイナでも
    タターガタという語を使うからで、十/十四無記のタターガタは、解脱者の意味に他ならない。
    つまり、解脱者は死後どうなるのか、それは答えられないという意味である。

529 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 18:10:50.55 ID:qwYktNB7
>>525
>釈尊の説法を空しくして、現代常識で否定しているに過ぎない人はおられませんか。

説法を鵜呑みにせよと釈尊は教えてるのか?
自在な方便力は智慧によって為される訳で、お前はそれを否定してるに過ぎない
それは自灯明法灯明を軽んじてる証拠だ
手かざしは仏の教えではないので仏弟子の行でも無い
仏弟子じゃないお前の出る幕はここにない

530 ::2014/05/23(金) 18:11:11.20 ID:yX5atDU0
>>528
4.釈尊の仏教では輪廻は否定された。主要論者:並川考儀など。
 反証:輪廻は否定したという意味が異なる。輪廻は仏教で一貫して厭離され解脱することが目的である。
    それを輪廻という現状を認めないという意味で無理に解釈している。
5.三世輪廻は部派のみのもの。主要論者:梶山雄一先生など。
 反証:『雑阿含』『スッタニパータ』『小四十経』『量評釈』『タルカバーシャー』に明らかなように
    原始仏教も大乗仏教も三世輪廻、というか輪廻は始まりはなく、終わりは解脱するまで続くもので、
    それ以外の輪廻など現代日本以外で説かれたことなどないと思われる。
6.輪廻は現世の因果で転生ではない。主要論者:常識論
 反証:経典の用例は明らかに前世・来世を想定したものであり、現世のみの因果であれば、
    始まりと終わりがあることになり輪廻ではなく他ならぬ断見である。
7.輪廻や神々、地獄、餓鬼などは譬喩または、象徴表現としてとかれた。主要論者:望月海慧
 反証:方便説のヴァリエーション。仏典では譬喩は、かならず譬喩と説かれる。
    古今東西の文献・口伝の両伝承に譬喩であるという解釈はみつけられない。

531 :一代氏以外でも:2014/05/23(金) 18:12:26.48 ID:yX5atDU0
★525 :神も仏も名無しさん:2013/02/26(火) 19:42:46.34 ID:JZPfVy8Z
仏教でいう「一切」は五蘊十二処十八界ですが、それは凡夫の知覚だけではないんです。
凡夫は自分の常識だけを「一切」と考えやすいので、『梵網経』で「つまらないことしか見ない」と説かれるわけです。
実際は、外道の聖者も過去世を体験し、それを釈尊が体験したと説いています。
そして何より果として宿命通というあらゆる過去世を見通す智慧が出ると、多くの中部・長部経典で説かれ、
部派も大乗もそれに従っています。

もし、一切を凡夫の常識と同じとするなら、断見が否定されることも宿命通も矛盾することになりますし、
あらゆる伝統仏教と矛盾することになります。

常識断見仏教が盛んに典拠とする道元禅師『正法眼蔵』も来世なしという説は断見としています。
以下の第一は外道のある説を批判対象としているけど、現代人の断見も同じことです。

T2582_.82.0295b05: 人。死スル
T2582_.82.0295b06: トキ。カナラス性海ニ歸ス。佛法ヲ修習セ
T2582_.82.0295b07: サレトモ。自然ニ覺海ニ歸スレハ。サラニ
T2582_.82.0295b08: 生死ノ輪轉ナシ。コノユヱニ後世ナシト
T2582_.82.0295b09: イフ。コレ斷見ノ外道ナリ。カタチ。タト
T2582_.82.0295b10: ヒ比丘ニ相似ナリトモ。カクノコトクノ
T2582_.82.0295b11: 邪解アラントモカラ。サラニ佛弟子ニア
T2582_.82.0295b12: ラス。マサシクコレ外道ナリ。

T2582_.82.0299a01: サラニ後世ノ
T2582_.82.0299a02: 説ナシ。ステニコレ斷見ノ流類ナルヘシ。
T2582_.82.0299a03: 莊老ヲキラフニ。小乘ナホシラス。イハ
T2582_.82.0299a04: ンヤ大乘ヲヤトイフハ。

明治時代に曹洞宗で編纂された以下の『修証義』も明らかに輪廻を前提としていると分かるでしょう。
http://teishoin.net/sutra/501.html

532 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 18:13:53.00 ID:+JmlKanK
つまり、一代、在家は立派な常見者、常住論者であるという証ですなww

533 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 18:17:46.75 ID:qwYktNB7
>>528
輪廻など無い、と「思う」なら断見となり邪見である
輪廻は有る、と「思う」なら常見となり邪見である
輪廻の一部は無いが別部は有る、と「思う」のも一部断見となり邪見である
輪廻は有る訳でも無い訳でもない、と「思う」のも邪見である
輪廻を知る事など出来ない、と「思う」のも邪見である

邪見とは一切の「思い/想い」から為されて邪見となる

534 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 18:24:13.09 ID:qwYktNB7
>>531
道元師は断見でも常見でもない、インチキを吹聴するんじゃない嘘吐きが

仏教の畢竟は涅槃を証する為に仏道を行う
涅槃に想い一切は存在しない
外道にはそれが解らない

535 :智慧再生:2014/05/23(金) 18:24:42.59 ID:yX5atDU0
★539 :神も仏も名無しさん:2013/02/26(火) 21:00:40.50 ID:JZPfVy8Z
釈尊は初心者には布施・戒律・生天を説かれた。
これは全て因果と輪廻の教えだよ。

ただ、輪廻の主体が恒常なアートマンなどと捉えるのが常見なわけ。
無常な魂でも意識でも自相続でもなんと名付けてもいいけど、
そういう何らかの連続があって、それが経巡るというのが輪廻。

そこをなんというか現代に阿諛した文献学者の本とかにはアナタのような説を立てる人がいるけど、
それは無記を意図的に誤解したものだと思う。

★916 :神も仏も名無しさん:2013/03/11(月) 09:16:09.03 ID:bJdsdXfr
>>864
>業報輪廻転生(生まれ変わり)これらは「物語」でしかない。

これが邪見で、こういう人は仏教が全く分かってない以下の通り。
アーガマ・ニカーヤの中部経典『大四十経』(田中教照 訳)
 比丘たちよ、それでは邪見とは何であろうか。布施なく、祭祀なく、供犠なく、善悪業の報いなく、
 此世、彼世、母、父なく、化生の有情なく、沙門バラモンにして正行正習、自ら此世と彼世を知り
 証して説く者の世になし、と主張する、これが、比丘たちよ、邪見である。
龍樹菩薩『宝行王正論』1-43(瓜生津隆真 訳)
 要約すると、(善悪の)果には果が存在しない、というのが虚無論(無見)であります。これは不善であり、堕地獄であり、邪な考え方である、といわれます。

536 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 18:31:01.08 ID:qwYktNB7
>>535
外道必死だなw

涅槃に邪見も通用しないんだよ
いくらコピペ貼り付けても事実は変わらん
お前は行無しのペテン師だ

537 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 18:32:37.33 ID:qwYktNB7
そうそう、隠居が在家である様に、一代やらが在家ではない保証も無い

538 ::2014/05/23(金) 18:33:21.22 ID:yX5atDU0
>>531
>常識断見仏教が盛んに典拠とする道元禅師『正法眼蔵』も来世なしという説は断見としています。

>>>531
>道元師は断見でも常見でもない、インチキを吹聴するんじゃない嘘吐きが

531をどう読めば「道元禅師は断見または常見」となるのでしょうか。>自燈明の方

>>532
>つまり、一代、在家は立派な常見者、常住論者であるという証ですなww

528,530をどう読めば一代氏が常見者になるのでしょうか。>丁寧な言葉遣いの方

話がかみ合っていないようですので、一休さん。。

539 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 18:38:58.85 ID:qwYktNB7
>>538
>実際は、外道の聖者も過去世を体験し、それを釈尊が体験したと説いています。

だから常見的だと言いたいのだろう?違うのか?

釈尊はそれらを説いたとしても「事実」だとは言っていないし、鵜呑みにしろとも言っていない
自在な方便力を以って、釈尊は良くも見事に説かれていると思われる

在家、釈尊は経と教を通してお前に仏道へと誘っているんだよ、何故聞き入れない?
手かざしを捨てて仏道へ来い、と言っているんだよ
それを認めないお前に幸あれ

540 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 18:46:33.71 ID:qwYktNB7
何度でも言おうか

涅槃は観念では無いので、実際には見えているのに気付かないし解らないのが涅槃
同じく輪廻も、慢心の心のままでは有っても解らないし気付けない
説明してやっても事実なのに否定してしまう

仏の教えは、多分最初から答えモロ出しで説かれてる、しかし増上慢のものはそれを否定してしまう

だから難信難解となる

541 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 18:49:28.36 ID:qwYktNB7
あと○と称する在家が全然仏説を理解出来ないのは
解脱成道を目指していないからであり、手かざしを極めたいから
だから仏法を曲げてしか解釈しない事は良く解った

542 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 19:03:51.80 ID:K6XLSrRh
記憶は脳ミソに保存されている。しかし、死ねば火葬され、
脳ミソがなくなってしまうから記憶も失われる。
 
それゆえ、輪廻だとか、悟れば過去世を思い出すとか言う人は、
宗教者だろうがなかろうが、それが事実だからそう言うのではなく、
何らかの下心があってそう言っているに過ぎない。
 
だまされてそう言っているケースもあるのだろうが、 
基本的にマユツバ者だから、だまされないように警戒すべきである。
悟れば、輪廻にも過去世にも興味が湧かない。

543 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/23(金) 19:05:56.96 ID:hX1QFcat
>>524
>具体では、君が君らしく生きるにあたって、君の人生を
>西哲なり、他なんでもよいが軽快に活用すればよいのだ。

西洋哲というのは、キリスト教的世界観に支配されてるから、到底私には無理なんだよ。
ちなみに西洋哲と印哲は全く親和性はない。ないどころか全く違う学問といっていい。
私に言わせれば、西洋哲は宗教のドグマ性を相対化してるに過ぎん。という結論に至った。
それを気づくか、どうかで捉え方も180度変わってくるだろう。

神の被造物である天然自然を彼等(西洋哲)は、常に挑戦の視線で解き明かそうとしたのが西洋哲の歴史なのだ。
しかし印哲には、それらの欠片もない、
彼等(印哲)は、天然自然とは、それ即ち自分自身なのだ。と全く解き明かそうという姿勢が微塵もない。
それどころか彼等(印哲)は、それを何の理由もなく、ただただ受け入れることだけが人生と受容してきた。
それは、水が上から下に流れる如しなのである。

西洋哲は、水は下から上に流れるものだ。と主張し続けてきた。
その象徴が西洋庭園なのだ。西洋庭園は、今でも水は下から上に流れている。
そして彼等はこう言うだろう
「人は天然自然を征服してきたし、これからも征服し続けるであろう」。と
また、彼等はこう言うだろう
「見よ、この庭園を、これこそが我らの美学の象徴なのだ」。と

ちなみにこの庭園は、どこにでもあるけど、関東だったら上野公園かな?
あそこの水は、たしかに天に向かって流れておるようです。

544 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 19:26:24.90 ID:qkuRl6VQ
過去世は見たことないが、人それぞれ固有の傾向がありますね。
それはアーカッシックレコードに蓄えられている過去世からのデータにより
見える人もいるんだと思われます。
それは悟りとは関係なく、もともとそういう能力を持つ人もいる。
たとえば、子供が故人である人の生前の様子を、あたかも本人のように
覚えている例がありますね。
瞑想で過去世を見る場合はそうとうエネルギーを使うそうです。

545 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 19:36:20.84 ID:L1QzfUn+
>>543
> >具体では、君が君らしく生きるにあたって、君の人生を
> >西哲なり、他なんでもよいが軽快に活用すればよいのだ。

> 西洋哲というのは、キリスト教的世界観に支配されてるから、到底私には無理なんだよ。
> ちなみに西洋哲と印哲は全く親和性はない。ないどころか全く違う学問といっていい。
> 私に言わせれば、西洋哲は宗教のドグマ性を相対化してるに過ぎん。という結論に至った。

西洋哲学はどうこうインド哲学はこうこう、傾向はどうあれ常人離れしていなければ
それらの一部しか学べないだろうとは思う。
自分の足場が堅固ならば、それらは知識として活かされるだろう。堅い事を言わずに。
自分の血肉にすればいい。

546 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 19:52:15.06 ID:drjfLV1m
人が悟りを得ることは、水に月が宿るようなものです。
月は濡れず、水も壊れません。
月は広く大きな光ですが、寸尺の水に宿るのです。満月も満天も、草の露にも宿り、一滴の水にも宿るのです。
悟りが人を傷つけないことは、月が水を穿たないようなものです。
人が悟りを妨げないことも、一滴の露が天空の月の宿ることを妨げないようなものです。

547 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 20:27:19.65 ID:27yjpoIn
ところで断見と常見が人の死後を指しているというソースというか
経はあるの?
常見とは諸行無常の逆。
断見とは間違いを正解とする固定観念のこと。例えば宗教。
死後概念は涅槃に全く役に立たないから、考えるなが正解。

548 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 20:39:53.39 ID:27yjpoIn
この世は完全機械と見るのが正しい。それは我が身も他人も同じ。
これが五蘊皆空の基本的な考え方。
これにより宗教や身の回りで起こる虚というものが見えてくる。
虚は渇愛から生まれる。
虚と渇愛を憎み、疎い、離れる構造がなんとなく成立すればそれでおK。

549 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 20:42:52.41 ID:+JmlKanK
.>>548
>憎み、疎い、離れる

逆でしょうw
憎まず、厭わず、離れず〜
これでないと阿呆ですww

550 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 20:44:21.27 ID:+JmlKanK
「虚と渇愛を」というのは百も承知の上での書き込みですwww

551 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 20:49:03.59 ID:27yjpoIn
>>549
まぁ仏教というのは自虐趣味で自己いじめみたいなとこがあるのは確か。
そうすることで前進し、やがて到達する。
前進したくない、到達したくない人はそれでいい。

552 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 20:54:29.19 ID:ruSYKjyw
ここの住人は全員、脳をメフィラス星人の作戦に逝かれたようだw

553 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 20:58:00.09 ID:+JmlKanK
憎まず、厭わず、離れずに「執着せず」というのが加わり完成するのだが、
人間の性(サガ)で執着してしまう〜
コレを絶てと教えているのがゴータマ(お釈迦様)だ。

554 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 21:00:03.41 ID:27yjpoIn
空をまさか機械的と見れない人はいないと思う。
常識的には危険思想のように思われるがろうが、
それは断見作用による。
むしろ徹底的に機械と見なした方がいい。
それだけでも一歩前進したことになる。

555 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 21:02:08.59 ID:HIYViUTS
>>553
さすがに、そんな文言及び解釈は、
どんな資料にあたっても、どんな学者にあっても見られないでしょw
(たとえ中村君でもね)

んと、在家並の捏造君だなw

556 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 21:06:19.26 ID:+JmlKanK
執着するなかれ〜という教えを、(>どんな資料にあたっても、どんな学者にあっても見られない)
という人を始めて見ましたよww

ほ〜ww
仏陀は執着するなかれ〜とは説かなかったのですね?ww

557 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 21:19:23.13 ID:27yjpoIn
>>553
憎むためには理由がいる。何もないのに断つことはできない。
まずは、自分及び自分の身の周りで起こることが機械的に
起こっていると観ずるクセをつけて欲しい。
それと執着と呼ぶまでに固執しているものがあるなら
断てるものなら断った方がいい。
釈迦は激流と称したが、それは創始者故で、我々は踏襲するだけだから
やや流れが速い程度の認識でおkと思う。

558 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 21:23:17.35 ID:+JmlKanK
結論としては、酔っ払って書くな阿呆!という一語に尽きますなwww

559 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 21:29:15.21 ID:KrFdFcJR
教のYomiuri Onlineに、医師による調査として、日本で最も長生きする職業は、
第一位「僧侶」、第二位「実業家」、第三位「政治家」とあったw。

大乗の僧侶だから、釈迦の意に反して、「生への執着」がそれだけ強いという
ことだね。いい傾向だ。

釈迦自身も80歳まで生きた。当時としては超長寿。「執着するな」どころで
はなく、強力な生への執着であるw。

560 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 21:31:59.14 ID:KrFdFcJR
>>559の訂正
×教の
○今日の

561 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 21:42:21.16 ID:27yjpoIn
>>559
結果的に自虐趣味、自己いじめが長生きに繋がるだけ。
生への執着を捨てれば、長生きできる。

562 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 21:44:25.64 ID:qkuRl6VQ
>>559
身体の寿命は、執着とは関係ない。
執着なくても長生きする人もいるし、執着あっても早世な人もいる。

563 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 21:46:16.57 ID:ruSYKjyw
インドはの常夏の大地に土地は広大で野原にはヤシにマンゴーなど果樹が年中において実をつけ
出家しても困らん大地じゃったんだ。

日本は狭く土地は全て個人に占領されており寒い冬もあり年中において野宿もできんとこだ。

564 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 21:51:09.73 ID:dulAabcB
>執着するなかれ〜という教え

生きている人間には無理だよ
ブッダも理想を求めすぎ
いい意味で執着があるから進化発展してきたし
それを肯定してなおも仏道を進むのが親鸞 ウソ

565 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 21:52:44.41 ID:+JmlKanK
非仏教徒が酔って書いても構わんが、コテ(半コテ)住人が酔って書くのはいかがなものか?
しかも、酒を飲む非仏教徒なのに、我こそ仏教徒面して書き込むから余計に性質が悪いw

566 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 21:56:10.84 ID:drjfLV1m
>>555
確かに酔っぱらってるな
アンカは553じゃなくて553以外の全部のレスだろ

567 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 21:56:25.88 ID:27yjpoIn
>>563
宗教と聞くと眉をひそめるような今の日本の風潮は原始仏教にとって
絶好のポジショニング。出家を凌駕すると考えていい。

568 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 21:57:23.91 ID:drjfLV1m
天狗の鼻がエベレストを越えた

569 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 22:00:21.98 ID:qkuRl6VQ
まあ、肝臓壊さないようほどほどに。

570 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 22:05:27.40 ID:27yjpoIn
取りあえず、悟りというものは実はない。
しかし、解脱、涅槃は有る。
解る範囲なら全部答えてやるから質問したいやつはどうぞ。

571 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 22:06:10.04 ID:VZrT+I2T
>>567
>宗教と聞くと眉をひそめるような今の日本の風潮

戦国時代には、大名が一向宗に手を焼いたり、江戸時代には島原の乱があったり、
日本人は宗教に萌える体質であったのに、今、宗教に対してそういう風潮なのは何故?

江戸時代の反キリシタン政策である檀家制度が主たる原因なの?

572 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 22:09:58.98 ID:27yjpoIn
>>571
メディアの力じゃないか?オウムが決定的だと思うが。

573 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 22:18:43.40 ID:VZrT+I2T
>>572
オウムはごく最近のことになるけど、もっと長いスパンで見て、
宗教によって一致団結して、命懸けで君主や領主に叛乱を起こす
といったようなことは、もう江戸時代の中期にはなくなっていたのかな?

574 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 22:19:32.25 ID:KrFdFcJR
>>571
日本人が賢いからだよ。江戸時代の町人は、宗教など問題にしなかった。

名著「逝きし日の面影」(渡辺京二著、平凡社)参照。

バテレンのフロイスは、日本人に論破されて、体ガタガタになり、逃げ帰った。
日本人の知性の高さに泣き言を言っている。

575 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 22:20:49.96 ID:+JmlKanK
仏教を知ろうとする人間はまず、酒を断たねばならない。
基本であり、酒を飲みながら「我は仏教徒である」とは言えない。
言えば嘘を言っている事になる。
ところが、このスレには面白い事に、私は酒飲んでますよ〜と言いながら
コテまで付けて書いている阿呆が何人もいるwwwwww

まさに阿呆w

576 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 22:24:21.99 ID:drjfLV1m
>>575
仏教やるなら不悪口もよろしく

577 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 22:31:14.38 ID:KrFdFcJR
>>575
釈迦仏教も、酒や麻薬と同じく、依存性と習慣性があり、中止すると激しい
離脱症状を起こし、結局は身心が蝕まれることくらいは理解しようね。

入院して、3ヶ月程度抗精神病薬の治療をやると、釈迦もイエスもいなくなる
ことは確実。

578 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 22:34:18.73 ID:drjfLV1m
>>577
ほお
あんたそれどうやって知った?
自分の体験か?

579 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 22:37:32.11 ID:+JmlKanK
>>576
「仏教」という文化の洗礼を受けたものにはあまり興味がありません。
原始仏教には興味があります。

そういう意味では、私は「文化、伝統、伝承、師から弟子への印可」などは
無いものと思っており(価値を含めて)、そのようなものにすがる人間は
哀れとしか思えませんwww


仏像なども、根本は仏陀は偶像崇拝を認めていなかった。
それを勝手に紀元100〜200年頃に信者の要望で作られたに過ぎない〜
元は無いものが文化として発展して、さもそれが仏陀の教えのごとく言われるのは
心外であるし、信じている人間は反省するべきとも思う。元を見よ〜
元を見れば仏像の位置が分かるだろうにw
元を見ず仏像オンリーは駄目でしょう。

580 ::2014/05/23(金) 22:38:22.98 ID:yX5atDU0
>>539
>釈尊はそれらを説いたとしても「事実」だとは言っていないし、鵜呑みにしろとも言っていない

(整理1)釈尊は幾多の経典で輪廻または前世想起の神通を説かれている。
(整理2)釈尊は常住不変のアートマンは説かれていない。
(考察)常住不変でない存在が輪廻していることになる。
(参考)世親菩薩はカルマと前世記憶を蓄積して輪廻する、変化する有為法を『阿頼耶識』と仮設。

>>540
>涅槃は観念では無いので、実際には見えているのに気付かないし解らないのが涅槃
>同じく輪廻も、慢心の心のままでは有っても解らないし気付けない

全ての人には仏性が宿っており、仏にも獣にもなり得ます。
元々仏性は涅槃入りしておりますし、達磨大師は禅定の末に「見性成仏」されたそうです。

自称仏教徒でなくてもこの程度までは考察できます。

581 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 22:38:56.31 ID:VZrT+I2T
>>574
ありがとう。その本読んでみる。
その本を紹介しているページでは、昔の日本のいいところばかり書いてあるな。

> 『貧乏人は存在するが、貧困なるものは存在しない(チェンバレン)』


「鰯の頭(かしら)も信心から」のことわざは、近世以降の節分の風習に由来するらしい。

582 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 22:43:09.10 ID:KrFdFcJR
入院治療で治らない場合は、電気けいれん療法が抜群に効く。現在では、
筋弛緩薬を使用し、ごく微量の電流を流すだけだから、痙攣は起こらない。

兎に角、宗教とは、精神医学の対象以外の何物でもないことを認識する
ことが不可欠。別に「ありがたいもの」でも何でもないのであるw。

583 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 22:49:37.67 ID:drjfLV1m
>>579
伝承を否定するなら原始仏教と呼ばれるものも伝承のうちだが
それはどうなんだ?

584 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 22:50:20.03 ID:27yjpoIn
>>580
例え涅槃入りしても、それが涅槃と気付かないケースは多々あると
思われる。
ある画家の絵で涅槃画像によく似た絵を見つけた。
もちろん表題は全く違うもの。
ちなみに涅槃画像で検索してそれらしきものは一切ない。
仏教徒故に涅槃入りできないというパラドックスが存在する。

585 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 22:56:22.72 ID:+JmlKanK
>>583
違いますねえw
スタート地点でどのようなものであったか?というのと文化(文化自体が時間を掛けて
育成というか醸造というか〜するもの)の仏教とは別物です。
つまり、原始仏教と文化仏教は全く別物という事です。

NHKで篠原さんがやってる仏像などはゴータマの教えとは無関係といっても構わないくらい
別物という事です。認識が無いのが駄目だと思いますねえw

586 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 23:00:48.09 ID:drjfLV1m
>>585
スタート時点でどのようなものであったかを知る手段は何だね?

587 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 23:01:40.52 ID:KrFdFcJR
在家さんのところは、ここか?

怪しい手かざし★天聖真美会岡田茂吉研究所
http://ai.2ch.net/test/read.cgi/psy/1399560386/l50

588 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 23:02:59.97 ID:+JmlKanK
手段は文献からの推測だけ。
誰の説をとるかは個人の自由であり、私は中村元氏をとる。

589 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 23:09:36.67 ID:drjfLV1m
>>588
初々しいな
まあここの連中の洗礼を受けてくれたまえ
反論したそうなのがわんさかいそうだ

590 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 23:16:10.89 ID:27yjpoIn
>>588
増谷文雄と中村元でいいよ。
文献を現実に還元しないなら全く意味ないからね。
仏教は体得オンリーと思っていい。

591 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 23:30:23.85 ID:27yjpoIn
それと勘違いしてはいけないのが静寂の言葉。
これはマイナス寄りに偏ってると言っていい。
マインドは無常だから動き捲らなきゃダメ。
静寂という語は無視しなくてはならない。

592 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 23:38:16.65 ID:9VHsfktf
>>518
> 宗教開祖のいう「経験」は、神、死後の生命、啓示、悟り、涅槃、解脱など、
> 形而上ばかり。

神、死後の生命、啓示はそういう事柄があるという話ですが、
悟りや涅槃というのは特定の精神状態や心理状態をそう名付けたという性質のものなので、
両者は分けて考えるべきでしょう。
前者は形而上の事柄の存在の有無ですが、後者は形而下の主体(我々)の状態の定義です。


> 捕らえようとすると必死で逃げない動物が、唯の一種類でもいるかね。

ホヤなんかは逃げそうに見えないけれど、まあそれはそれとして、
捕らえようとすると逃げるとか、生存本能があるからといって、それが善悪と相関するということには直ちにはならないでしょう。
例えばあなたの論法に則るなら「快楽という方向を善とする」こともできます。我々は苦痛から逃れようとしますからね。
そして生存の方向と快楽の方向は必ずしも一致しないでしょう。


> 心・感情が動くという、形而上も「動く」の主語になり得る。常に動いている

心は形而上でしょうか?心は形而下と関わりなく動くでしょうか。
>運動とは、五感の知覚そのままではなく、思考による

その思考も形而上のものでしょうか?思考は形而下の経験の集積から演算されるのではないでしょうか?

> 概念、即ち形而上である。

概念は形而下のものではないでしょうか?
形而上などという概念も、そもそも形而下における妄想としてしか存在しないのではないですか?

経験に先立って概念が存在するでしょうか?概念が形而上の先験的なものならば経験にかかわらず想起されるはずですよね。
概念が経験にかかわらないならば、「犬」と言ったときに誰もが同じ犬を想起するはずですよね?

593 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 23:39:11.39 ID:HIYViUTS
>>589
つか、
いまだに、中村教が幅を利かせてることが驚きだわw

594 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 23:43:59.32 ID:drjfLV1m
易経にある 形より上にあるもの これを道という
形而上とは形をもたないものという一般的意味合いで
哲学やキリスト教の形而上学と混同させてはいけない\

595 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 23:46:55.80 ID:+JmlKanK
>>593
では、素面の証明で中村さん以上のモノを示し下さい。

596 :神も仏も名無しさん:2014/05/23(金) 23:59:14.12 ID:drjfLV1m
原始仏教と哲学のタイムリーな話題としてはここのhpかな
http://homepage1.nifty.com/manikana/philosophy/philo1.html
他力本願 もう寝る

597 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 00:13:10.65 ID:KFAviB7K
涅槃も解脱も肉体という物質とその働きに過ぎません。
肉体という物質とその働きに無理矢理、名をつけたのが涅槃と解脱です。
涅槃も解脱はある表現を使うなら体内麻薬です。
脳内麻薬に限定されるものではありません。

598 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 00:28:50.90 ID:KFAviB7K
つまりこの世もあの世も一切が物質とその働きによるものです。
自然と自然の働きでもいいです。
そもそもが形而下オンリーです。形而上というものはどこにもありません。

599 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 00:59:24.77 ID:di4/Y0DR
例えば、ビッグバンを想像してみて、その前の世界というのは
あるのか、ないのか分からない〜
個々人を形成している物質にしても微細に焦点を当てていけば
果たして、その個人と言うものが有るのか無いのか分からないw

死んでも私のアラヤ識とかが継続します〜なんて何の証明も無く、
瞑想で見たからとかいうのは証明にならんのに、あたかも証明された
かのごとく言う人間は阿呆を直に見せてくれていると思うべき。

600 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 01:02:52.00 ID:ZiZBw2SI
>>595
中村さん以上以下なんて議論は無意味だと思うけど、
原始仏教研究において水野弘元の名前を知らない
人はいないだろう

601 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 01:04:30.37 ID:KFAviB7K
ドラッグソングというものがあります。
所謂、幻聴です。ドラッグにより無意識下の音を聞くことができるのです。
瞑想状態においても音が聞こえることがあります。
つまりドラッグを使わずとも瞑想により脳内麻薬が出せるのです。
瞑想により体内麻薬も出ます。
これにより意識と乖離させ無意識下、体内の声を拾うことができます。
体内の声は常に自身を脱皮させる方向に向かわせます。
これは夢も同じ作用です。この場合は映像なので読み取る力が必要になります。
瞑想するのに座禅を組む必要はありません。
慣れてる人ならどんな時でも聞き取ることができるはずです。
自分と違う無意識下の自分の声を聞き取るだけでいいのです。

602 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 01:05:43.32 ID:rOsqFZlv
>>574の訂正
×逝きし日の面影
○逝きし世の面影

603 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 02:09:13.05 ID:rOsqFZlv
>>592
形而上とは、英語のmetaphysicalの訳。Metaは「超えた」の意。Physicalは
「肉体の、物質の、有体の、具象の」の意。従って、形而上は「五感で知覚で
きない、無体の、非具象の、非物資の」の意味となる。如何なる「思考」「観
念」も五感で知覚できない、無形の、非具象の、非物質」であるから、形而上
である。

五感の知覚は、物質(いかなる物質でもよい)の有体・無体、実在・非実在の
みを判断するのであり、思考は介入しない。

端的には、形而上は、非物質、非具象、非実在、形而下は、具象、物質、実在
物となる。

「形而上・形而下」は、明確に「非具象・具象」として区別すべきである。

604 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 02:15:40.03 ID:rOsqFZlv
>>596
石飛さんは、嵌り込みの深い釈迦信者だから、宗教者ではあっても、
哲学者ではない。人文「科学者」の必須の要件としての「客観性」が
欠如している。

605 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 02:45:58.97 ID:8BoolAE5
 人気漫画「美味しんぼ」で東京電力福島第一原発事故後の鼻血の頻発などが描かれたことをめぐり、
専門家や健康被害を訴える当事者が23日、国会内で記者会見を開いた。政府や福島県が「風評被害を
助長する」などとして事故と鼻血の関連を否定していることに対し、「因果関係は否定できない」と反
論した。

 住民の自主的な甲状腺検査に協力してきた北海道がんセンターの西尾正道名誉院長は「高線量被曝
(ひばく)による急性障害に論理をすり替え、鼻血(との因果関係)を否定する『専門家』がいる」と
批判。「放射性物質が付着した微粒子が鼻腔(びくう)内に入って低線量でも鼻血が出る現象はあり、
医学的根拠がある」と指摘した。

 記者会見に電話で参加した福島県内の母親は「漫画全体を読み、福島への愛情を感じた。子どもに鼻
血が出ても、話を聞く前から因果関係を否定するような人たちに私たちは本当のことは言わない。国の
責任で鼻血を含めた健康調査をしてほしい」と訴えた。

 崎山比早子・元国会事故調査委員会委員(がん生物学)は「汚染地域は広範にあり、健康障害への懸
念は鼻血どころでない。正確な情報を」と説いた。主催の市民団体代表は「鼻血の表現ばかりに焦点を
当てて攻撃し、健康障害を訴える声を抑えつけている」と非難した。

朝日新聞:http://t.asahi.com/et47

606 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 04:20:12.82 ID:G3nF6H2c
>>543
机さん。

いや〜レヴィ=ストロースだとかジル・ドゥルーズだとかに
どんどん広げようとは思わないが、
西哲の体系も、君が思い込んでいるよりは、はるかに鍛え上げられたものでは
ないかなと。

君の様に情緒豊かなのは、良いと思うが感応性精神病だったけ、
伝染し易いのかもしれないね、思い入れてしまい。
そして、伝染し易いと言う事は
伝染させ易いということでもあるね。

それでも、それを乗り越えてセラピストしているのだから
頑張り屋で善良なんだろう。

ただ、釈迦やイエスへの批判になっていない、すり替えの恨みと同じで
自分の性質(トラウマの反動)から表面知識を振り回してまで悪化し硬化すると
知から痴へだね(笑)痴の感染源になれば何をしているやらになるね。

誰かが、堅苦しくならないでと言っていたが、
なんでもありと言う意味ではなく、若々しく瑞々しくなんだろうね。

607 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 04:24:29.75 ID:j6BGs2jM
>>603
横いり失礼します。
ちょっとお聞きするのですが
そのような難しい事を誰でもわかるように
説かれたのがお釈迦様ですよね?

608 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 04:31:26.90 ID:ek9Q6N1u
>>594
形を持たないというと音など振動は形而上になりますか?

609 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 04:34:11.68 ID:ek9Q6N1u
>>598
おそらく私と同じことを言っていますね。
形而上というものは形而下における非形而上の形而下的な妄想の一つにすぎない。

610 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 04:42:49.19 ID:ek9Q6N1u
>>603
> 形而上とは、英語のmetaphysicalの訳。Metaは「超えた」の意。Physicalは
> 「肉体の、物質の、有体の、具象の」の意。従って、形而上は

肉体、物質、有体、具象を超えたところ。
すなわち肉体の、物質の、有体の、具象の影響をうけないところ。
概念も思考も、形而下の(つまり肉体の、物質の、有体の、具象の)影響をうけるならばそれは形而下のものである。

611 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 04:55:45.07 ID:j6BGs2jM
>>610
失礼します。
なるほど!と言ってもよくわからないのですが
自分は家がずっと浄土真宗で聴聞したりです。
聞いてもわからないのでおかませするしかないなと。
それで、
形而下ですが、自分の肉体もこの世界の一部なので役割を
持っているが、精神や心というものはあやふやで
心許ないもの。
それが不安で宗教を求めるが、一切心配するなと
教えてくれるのが仏教だと思うのです。
おかしいでしょうかね?

612 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 05:15:32.54 ID:jETbSE/s
じゃあやっぱ形而上が悟りの境地なんでしょ。

613 ::2014/05/24(土) 05:34:29.32 ID:blBYeD82
>>540
>涅槃は観念では無いので、実際には見えているのに気付かないし解らないのが涅槃
>同じく輪廻も、慢心の心のままでは有っても解らないし気付けない

現代のキリスト教よりも、焚書された原始キリスト教文献の中に大乗仏教に類似したものが結構ございます。
死海文書の中の「エッセネ派宗規要覧」や、ナグハマディ文書の中の「トマスの福音書」などです。

(トマスの福音書 3章)
イエスは言われた。「あなた方を惑わす者たちが[見よ、神の国は天にある]
あなたがたに言うならば、空の鳥があなたがたより先にそこにいるであろう。
彼らが[それは海にある]とあなた方に言うならば、魚があなた方より
先にそこにいるであろう。しかし神の国はあなた方の中にある。そして、外にも
ある。あなた方は、自分自身を知るならば、知られるであろう。そして、自分
が生ける父の子らであることを知るであろう。」

仏教の『涅槃』のように、キリスト教では実際には見えているのに気付かないし解らないのが『神の国』。
新約聖書では唯一「ルカの福音書」のみが、「神の国は実はあなたがたの内にある」と説かれております。
註)英語聖書ではルカ17:21に "within you "とあり、「あなたがたの間」と和訳するのは作為的でしょう。

614 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 05:38:38.54 ID:GZNCU0+C
>>610
だからそれはキリスト教などの形而上学の裏返しですよね
心だけでは何も現れず対象だけでも何も現れません
ぶっちゃければただ縁起された脳内の電気信号のみが点滅するのみです

615 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 05:38:44.88 ID:fGwFl2vc
43 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/23(金) 08:42:20.50 ID:9VHsfktf
>>437-438
というだけで誤謬の指摘すらできないなら
主張の根拠を提示できない、中身の無いレッテル貼りに過ぎないwww
そのようなレッテル貼りは詭弁の典型。




ww
俺のみが、にしてつのスタンスで、にしてつを論破できるけど、めんどくさいワナw

616 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 05:43:53.08 ID:GZNCU0+C
>>604
というあなたの主観ですね
ところで純粋に客観なんてものがありえるとおもいます?

617 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 05:58:48.45 ID:GZNCU0+C
>>601
麻薬が何で法律で禁止されてるか解りますか?

618 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 06:15:07.65 ID:fGwFl2vc
ポンコツ在家○は相変わらずハッタリの背延び、ほんと馬鹿だなあw

619 ::2014/05/24(土) 06:30:25.83 ID:blBYeD82
>>61
>ポンコツ在家○は相変わらずハッタリの背延び、ほんと馬鹿だなあw

トマスの福音書3章とルカ17:21を貴方がたが確認すれば、ハッタリかどうかは分かるでしょう。
そのまま読んで確認するだけです。

根拠もなく批判するだけだと、コーカーリア(Sn.)のお仲間になってしまうかも知れません。

好日、お休みなので仏教徒のように坐る代わりに正座してきます。 御機嫌よう。

620 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 06:32:26.85 ID:fGwFl2vc
ポンコツ在家○はキリスト教の霊性も知らんのに、よくもなあw
馬鹿だなあw

621 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 06:35:24.95 ID:ek9Q6N1u
>>543
あなたの西洋哲学はおそらく構造主義未前かもしくは現象学の手前あたりで止まっているんじゃないでしょうか?

622 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 06:44:31.57 ID:fGwFl2vc
>あなたの西洋哲学はおそらく構造主義未前かもしくは現象学の手前あたりで止まっているんじゃないでしょうか?



へえwにしてつ、それぐらいの事が言える次元だったのかw

623 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 06:46:08.23 ID:fGwFl2vc
>肉体、物質、有体、具象を超えたところ。



なんていう、にしてつは、まだまだの次元だなw

624 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 06:47:06.03 ID:fGwFl2vc
>肉体、物質、有体、具象を超えたところ。


という次元で、ライヤー机と
どっちがレベルが上か?

うーーん実に悩ましいなあw

625 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 06:59:55.15 ID:GZNCU0+C
トップギア(事々無碍法界)を示すと
事に執着する即ち悟りに執着するというおかしなことになる
執着のないのが悟りだというのに
これが全てだとばかりに論争をしかけなくてはおられないような
有無の問いと自他の心を疎かにするのは別問題だというのに

一旦ギアを下げて(理事無碍法界>>546)事に執する姿勢を改めるということもある

626 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 07:08:44.88 ID:fGwFl2vc
>トップギア(事々無碍法界)を示すと



ま、この辺の次元を理解できず、禅だのとハッタリかます馬鹿が多いよな。

にしてつ、だと
空即是色、色即是空がわからんと、
西欧哲学でも新しい方は明白なんだけどなw

627 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 07:21:56.52 ID:PpNi7g+1
>>580
>元々仏性は涅槃入りしております

”涅槃に至る”や”入る”などと表現はするが、涅槃と言う場所などどこにもない

>自称仏教徒でなくてもこの程度までは考察できます。

考察で仏性は理解など出来ない
そもそも解ってないから「仏性は涅槃入りして」と頓珍漢をほざく
仏性とは有無などの四句分別を超えた事象で、世俗的概念に過ぎない
故に仏性なる実態は存在して居ない、仏性の実態性が無い故に涅槃という場所も現存しない
しかし、仏性も涅槃も無い訳ではない、有る訳でもない
言葉として世俗義に於いて言うなら「有る」のだが、それをお前ら外道が知る事は出来ない
何故なら、その行法が外道に存在してないからだ、2500年それは破られてないし
仮に非公式に破られていたとしても、増上慢が少し改善した位の者が悟った故に
その境地や方法は「自門外不出」とされ公開せず、結果所謂「独覚」として人寿と共に消える
仏教はその道を選ばなかったから今に至る

628 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 07:27:06.41 ID:AMp5rmOY
現在の科学では物質の元は存在しないが正解。

物質を解析し分子へ分子を解析し原子へ原子を解析し素粒子へ
素粒子を解析し素粒と波動の二重性へ行きつき波動性へ行き
波動が無くなると物質は消滅をする処まで解っている。

629 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 07:37:37.29 ID:PpNi7g+1
>>580
>元々仏性は涅槃入りしております

別の角度から言うなら、お前は既に涅槃の中に於いて、それに気付かず生活している
だから”涅槃とは何だ?””涅槃は何処だ?”と探してみても見つからない
仏性に付いても同じで、一切衆生悉有仏性は厳然であり、凡人にそれが解らないのは
心身不浄だから解らないんだよ、その汚れを落とす行いが仏道なのであり
その果報が遠塵離垢の法眼となって全てが解る

手かざしにその可能性は絶対に無い、これは言い過ぎも何も無く厳然とした結論である
何故かを知りたいなら自分の胸に手を当ててみたら良い
自分の無心につべこべ言いたがる己が居るだろう?
それが全ての元凶だ

630 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 07:44:27.05 ID:mgOgMSwx
>>387
>>380
>なぜ?我々は唾液でデンプンを糖化する能力を持っているけど、
>デンプンを摂食する以前に先天的にその能力はある。
>言語を習得する前に、言語を理解する事が可能な程度の能力を
>脳がもっていてもおかしくないでしょう。
 
人間に「関係性」が内在する由来を問題にしているから、 
ソシュールの言語論ではなく、プラトンの「想起説」の話になる。
キミは、肉体には先験的に食事を消化する能力があり、
それと同じように、脳ミソに言葉を理解する能力が先験的にあっても
おかしくないと主張する。しかしこれには同意できない。

631 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 07:53:11.52 ID:IpHymFJN
>>507
>因みに日本仏教の祖師達の大半は輪廻を説かれております(本スレでも再々々々々提示済み)。

それがどうした?
丸呑み信仰せよというのか?
いったいなんのために「一切」(相応部35-23)が問題になるのか、まったく分かっていない。

『「祖師は知る。祖師は見る。これはそのとうりである」という見解によって清浄になることができる、と或る人々は理解している。
  たとい祖師が見たとしても、それがそなたにとって、何の用があるだろう。
  かれらは、正しい道を踏みはずして、他人によって清浄となると説く。』(Sn.908)

632 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 08:02:01.89 ID:IpHymFJN
>>627
>考察で仏性は理解など出来ない

仏性も概念でしかないから、考察で論理的に理解できる。

そもそも仏性思想はアートマン思想の別称・派生形態であり、
本質主義であり、成りすまし「仏教」に他ならない。

『しるべし、無仏性の道取聞取、これ作仏の直道なり』(道元 仏性より)

633 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 08:03:08.33 ID:mgOgMSwx
>>387
もともとキミは、人間は白紙の状態で生まれ、経験から帰納された
知識だけが真実であると考えている。しかし生得的に、それ以外の能力を
持っている場合があることを自分自身で白状した。>>630
 
キミは、その生得的な能力である「関係性」を、
脳という肉体の機能として推理するが、それが経験から帰納された
真理でないことは認めないわけにいかない。
 
人間の「関係性」の由来が脳の機能かどうかは怪しいが、
それはさておき、少なくてもキミの素朴な経験論は破綻したわけだ。
経験論だけでは人間を説明できないから、観念論が成立する。

634 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 08:09:23.11 ID:PpNi7g+1
補足
スッタニパータ-並ぶ応答 長編
907 (真の)バラモンは、他人に導かれるということがない。また諸々のことがらについて断定をして固執することもない。
それ故に、諸々の論争を超越している。他の教えを最も勝れたものだと見なすこともないからである。

>>631 908 「われは知る。われは見る。これはそのとうりである」という見解によって清浄になることができる、と或る人々は理解している。
たといかれが見たとしても、それがそなたにとって、何の用があるだろう。かれらは、正しい道を踏みはずして、他人によって清浄となると説く。

909 見る人は名称と形態とを見る。また見てはそれらを(常住または安楽であると)認めるであろう。
見たい人は、多かれ少かれ、それらを(そのように)見たらよいだろう。真理に達した人々は、
それ(を見ること)によって清浄になるとは説かないからである。

910 (「われは知る」「われは見る」ということに)執著とて論ずる人は、みずから構えた偏見を尊重しているので、
かれを導くことは容易ではない。自分の依拠することがらのみ適正であると説き、そのことがらに(のみ)清浄(となる道)を認める論者は、
そのように(一方的に)見たのである。

635 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 08:14:09.28 ID:PpNi7g+1
>>632
仏性も所詮用語に過ぎず、衆生を引導する為に仮に説かれた「空」と同レベルの戯論である
しかし「無い」と呼べる訳ではない、「無」など無いのと同じ故にそれは言う事ができない
そう言う意味で論理的に理解する事は可能だが、理解する事が仏道の目的では無い
それはお前も良く知っている筈だ

636 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 08:18:29.34 ID:IpHymFJN
>>633
>経験論だけでは人間を説明できないから、観念論が成立する。

それが、実践仏道となんの関係がある?
経験主義的検証不能のモノ・コトは、仏道実践にとって迷妄へ誘い込むガラクタでしかない。

これがブッダの導師としての実践的結論だ⇒無記(中部63)

637 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 08:22:08.11 ID:IpHymFJN
>>635
>仏性も所詮用語に過ぎず、衆生を引導する為に仮に説かれた「空」と同レベルの戯論である

混ぜるな!危険

638 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 08:23:53.51 ID:mgOgMSwx
>>376
>形而上の存在を証明しなければ、
>形而上の存在を前提にした仮説は成立しない。
>形而上の存在を証明できないなら、
>形而上は無いという前提で仮説を立てるのが論理的に正当な考察
 
これはキミの誤った無理難題というものだろう。
形而上の事柄は経験できないとされている。それだからこそ、
仮説として提出され、その仮説から演繹して現象を理解しようとする。
仮説と矛盾する現象があれば、仮説を再検証することになる。
そうやって徐々に真実の仮説に近づいていく。
これは昔から行われている、経験論とは違う方法論ではないか。

639 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 08:24:32.36 ID:KFAviB7K
>>617
ドラッグというのはものの喩えです。
実際は体内麻薬でもなく、体内薬でもない、人体が物質により作り出す
調整機能、調和機能とでも思って下さい。何ら害のあるものではありません。

640 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 08:24:59.34 ID:PpNi7g+1
仏教を論理的に理解する事は可能だろう
しかし仏道に於いては理解する事が解った事にはならない
彼が言う所の実践が仏道の根幹でもある為、体得しなくては解った事にならない

例えば○と称する在家の場合、仏教を色々調べて教学的に理解する事は可能であろう
しかし、体得していないので手かざしを捨てられない、捨てられないで継続するなら
それは仏教を解った事には為り得ない

手かざしは迷いの行動に過ぎないからだ、祝詞も同義、迷いの呪文にしか為り得ない

仏道の畢竟は「何も無い」のであるから、手かざしが如何に無意味かも畢竟を知れば腑に落ちる

641 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 08:31:19.04 ID:PpNi7g+1
>>637
補足しとくと、釈尊は仏性など説いて居ない
だから如来蔵云々で拒絶感が出るやもしれんが、そんな事はどうでもいい
中国で変形されてしまった教義はパーリ三蔵で修正して読めば良いだけで
全体に亘れば仏説として意味が通る

三世十方の諸仏の見解は一様に矛盾が無い、それが真実なんだよ
お前はお前の仏道をやってろ

642 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 08:35:17.39 ID:ek9Q6N1u
>>611
> 形而下ですが、自分の肉体もこの世界の一部なので役割を
> 持っているが、

役割というと何か目的を持った能動的なニュアンスが生じそうですが、単に存在とは、物理現象として噛み合った歯車のようにジグソーパズルのピースのように世界と不可分に世界の一部としてあり、
世界に規定されていつつ世界を規定しているという意味でまさに個であり同時に全体であるような、そういうあり方をしている、と。
で、そのジグソーパズル全体が様々に形を変えながら輪廻している、と。

>精神や心というものはあやふやで心許ないもの。

精神や心も同じく他の諸々との関連の中に規定され規定しあって存在し、決して独立した自由な絶対者として形而上的に存在するのではない、と。

>それが不安で宗教を求めるが、一切心配するなと

宗教を求める理由はともかく、マクロ的な視点で見ると、そういった世界の仕組みの一部として我々は決定論的に物理法則に従って巨大な有機体の一部として(規定されながら同時に全体を規定しつつ)生き生かされているのであって、自我などないようなものです。
ミクロの視点で見ると、我々にはその巨大な有機体の全容を知る程の知覚力は無く決定論の全貌は不可知であるがゆえに我々は主体として一見自由な意思や自我があるように見えるから「どのように生きるべきか」など様々な迷いが生じそうですが、
同時に理屈の上ではマクロ的に見たら前記のような仕組みの中で有機的な連鎖に乗っかってただ流されているようなものだから、マクロ的には迷いようも無い。

643 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 08:35:45.49 ID:KFAviB7K
>>609
真理は一つしかないというのはそういう意味です。
自然というのはどこまでも機械的です。そういう目を持って下さい。
あとは自分でない自分に尋ねて下さい。
自分でない自分は常に客観的です。
基本的には自分作用の逆を行こう行こうとします。
自燈明、法灯明とはそういう意味です。
一時的に取りつく島があるという感覚でいいと思います。
特に拘る必要もありません。

644 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 08:37:26.14 ID:mgOgMSwx
>>636
真理に到るには、もちろん経験や実践が重要だが、
道案内としての教えも欠かせない。それが釈迦の教えであり、
孔子やプラトンなどの教えではないだろうか。
 
修行ばかりだと飽きるし、偏屈や意固地に落ちている危険もある。
そういった時に、古の聖典を読むと目が開かれる。

645 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 08:39:00.33 ID:ek9Q6N1u
>>614
裏返しもなにも、形而下しかあるとはいえないと。形而上は形而下における幻想で、全て形而下から離れたところの形而上などあると言えない。

646 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 08:41:50.42 ID:PpNi7g+1
>>643
真理って何かね?

そして
>肉体という物質とその働きに無理矢理、名をつけたのが涅槃と解脱です。

これは間違ってる、涅槃も解脱も働きではない、強いて言えば表現に過ぎない
それらの実物は存在しない、存在しないのに何処に働きなど有り得ようか

647 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 08:44:21.96 ID:ek9Q6N1u
>>630>>633
ハードとソフトを混同している
情報を処理する能力があるということと、情報が入っていることは同一でない。
ファミコンが作られた時点でドラクエは存在していない。

648 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 08:44:26.32 ID:fV4lN+Vc
>>595


水野弘元、片山一良、前田恵学、森祖道、渡辺照宏、馬場紀寿、橋審也、谷川泰教、今西順吉、リス・デヴィッズ
ま、所詮「主観」かもしれんけどなw そう言われたら返す言葉は無いよwww


って、さして新しくねーwww




ああ、
あと、↓の635、638辺り〜ラストまで読んでみると、中村訳依存が古い(或いはリスク高な)ことが少しは判るかも???w)
仏教 議論スレッド 10
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1297398791/
http://mimizun.com/log/2ch/psy/1297398791/
http://houjugusya.web.fc2.com/link.html

(いや、前半もなかなか面白いけどw
 机氏の御高説も沢山読めるよ!(´∀`)b )

649 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 08:46:40.18 ID:PpNi7g+1
>>644
>修行ばかりだと飽きるし、偏屈や意固地に落ちている危険もある。

飽きる?お前は人間の生活を軽んじている
もとより、自分の生活を軽んじて考えているから真剣なる求道に至れて居ない
だから飽きるのだ
孔子やプラトンさんの何が行けなかったのかさえ、仏道の畢竟は垣間見ることが可能である
それを知りたければ、真剣に打ち込むべきである
遊びで行うなら口を出すな、哲学板あたりで能書きたれてろ

650 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 08:50:02.93 ID:KFAviB7K
>>646
真理とは自然とその運動があるということです。
そして涅槃と解脱が実際に存在するから運動があります。
もちろん涅槃と解脱は単なる言葉であり、言葉は妄想です。
実物は存在します。存在するから働きがあります。

651 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 08:53:06.19 ID:ek9Q6N1u
>>638
演繹法は実証から帰納的に導いた前提から演繹しなければ、真偽は論じられない。
数学などと同じく、ある公理系の中での真偽は言えるが、公理系自体の真偽を論じられない。
「神がいる(と決めた)から神がいる」
という程度の循環論証にしかなり得ない。

652 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 08:55:36.28 ID:fV4lN+Vc
>>651
その考え方で見る「三法印」「四法印」とはどのようなものになるか聞いてみたいなw

653 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 09:15:03.58 ID:KFAviB7K
パターン認識というものがあります。
自分というのは決して一つではありません。
自分でない自分というのは無限に近い有限とでも思ってください。
自分という一つのものに固執すれば、
自分でない自分に触れることはありません。
固執が間違った固定観念であるならば、それが間違いであるが故に
迷いと苦しみをもたらす結果となります。

654 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 09:22:12.39 ID:y8IiT9Pz
観音とは音を観ることである。音とはドレミファソラシドの「八音」。この起源は
ヨハネ賛歌であり、ドは「ドミナス(主の神)」であり、世界とは
ド(ドミナス)に始まりド(ドミナス)に終わることを知ることである。
「音」、すなわち言霊はバベルの塔の裁きにより分断され、「一音」が「八音」と
広がる弦音にシナルの罪人を縛する世界となりたもうた。ゆえに観音とは
再び八音を一音として「観る」者となることなり。
神がバベルの裁きより人々に与えしは「国」でありすなわち「自国」である
自国はジゴクの音にして「地獄」そのものである。ゆえにこの八音を一音として学ぶことは
自国(地獄)より抜け出す仏法となる。されど獄(国)から獄(国)へと移る
彷徨えるユダのように無明の獄卒となるも愚かである。
「音」をなんと観るか良く考えられよ。

655 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 09:25:45.48 ID:PpNi7g+1
>>650
>真理とは自然とその運動があるということです。

それは事物に対して本質を認める事になり本質論を語る事になる
仏教は本質論では無いのでそうはならない

>そして涅槃と解脱が実際に存在するから運動があります。

涅槃と解脱とは実際に存在等しない、どこに有るというのか?
人が人に語る上に於いて、一時的な言語を用いて涅槃と解脱が言えるのであり
その実際はどこにも有り得ない、それが涅槃と解脱の真実である
存在してない事こそが涅槃であり解脱なのである
それは哲学なる戯論では理解し難く思義し難い
人が人である限り度し難い故に

656 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 09:27:22.04 ID:y8IiT9Pz
ルーン魔術はオーディンの智慧。その本当の意味は
王仁博士(マギ・オージン)、つまり「王仁(わに)博士」によって
この国にもたらされた「儒教」と「論語」による「漢字」の伝来にこそ
その本当の意味が隠されている。すなわち漢字の部首を分解して本来の意味を
秘匿とする陰陽道の術、「折字法」である。
この世界はセツの神とセツの子のものである。ゆえに折字(セツの文字)の
技を知るがセツの正当な後継者としての秘匿の智慧となる。
例えば「麦」という字は「主+父」であり主の父より生じるものということである
ゆえに聖書でイエスはあなた方を麦に例えた。
例えば「毒」は「主+母」である。それは女を己の主として生じるものを指す。毒麦とは
すなわち「主の父と主の母」を両方を主なす信仰の矛盾に同じである。
このようにその漢字の本来の意味はセツの正当な後裔のみに知らしめれるように
折字により示される。これが王仁(オーディン)がもたらしたルーン魔術の秘儀である。
そしてバベルの塔の裁きよりわかれた言葉と文字を繋ぐ言霊が「言葉遊び」すなわち「親父ギャグ」である
それは天の父より出る言葉。すなわち「麦(主の父)」の本質である。ゆえに
女、父に刃向かう者は「毒(主の母)」の信仰をもってこれを嫌悪する。
これが言霊の本質である。

657 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 09:32:35.02 ID:KFAviB7K
>>655
それらを語ることは涅槃に至る道として全く関係ないことです。
全部適当レベルで到達できます。
形而下のみの教えを教訓に実践、体得を繰り返せば勝手に到達できます。

658 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 09:33:30.94 ID:PpNi7g+1
>>657
>形而下のみの教えを教訓に実践、体得を繰り返せば勝手に到達できます。

具体的な方法と道程を示せ
言うだけなら○在家にも出来る

659 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 09:38:06.10 ID:+uSnvvnK
>>608
>形を持たないというと音など振動は形而上になりますか?

そう来るだろうと思ったよw。カルトの連中は、必ずその切り返しをやる。

音は、空気の振動であり、音はオシログラフを使えば、五感で知覚できる。
空気は五感で知覚できるし(そよ風、とか)、酸素、窒素などの空気の成分は、
具象としての分子である。

生命維持との関係で言えば、空気(酸素)を数分間遮断されると、人間は間違い
なく死ぬ。「息こらえ」は、空気がまだ肺内に残っている状態である。、

思想、感情、覚り、涅槃、神などの形而上には、上記の如何なる性質もない。

660 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 09:38:36.42 ID:y8IiT9Pz
あなた方を輪廻に縛する「運命」とは「絶対」であり「設定」である。
絶対とは「セツ(絶)に対する」という咒
設定とは「セツ(設)の定め」という咒である。
あなた方は衣部(イブ)の子セツゆえに「衣編(いへん)」とセツの音に
よる咒によって縛される。これが「原罪」である。
猥褻とは褻(セツ)の音に縛される咒であり殺人とは殺(セツ)によって
縛される咒である。男女の接触、接続も接(セツ)の音によって縛される
このように「音」を理解しそれを言霊としてイブの子セツの原罪の縛から
たる縲絏、摂理、折檻より逃れるが本来の仏教の境地であり観音の本質である
イブ(衣部)の罪たる衣編(異変)を察知することで、楽園の回帰、浄土の復興を
なすが「観音」である

661 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 09:43:08.27 ID:KFAviB7K
音なんかに拘る必要は全くありません。
事実性の高い教えに注目するレベルで充分です。
言葉はあくまで妄想です。

662 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/24(土) 09:44:06.12 ID:jIcrDJwQ
>>545
>西洋哲学はどうこうインド哲学はこうこう、傾向はどうあれ常人離れしていなければ
> それらの一部しか学べないだろうとは思う。

ええそうです、哲学でも科学でも先ず否定するところから論は展開すする。
マルクスは、破壊によって社会は発展する。と言ったが、まさにその通りなのだ。

>>606
>西哲の体系も、君が思い込んでいるよりは、はるかに鍛え上げられたものでは ないかなと。

西洋哲は鍛えあげられる。それは終わりがないのだ。
昔、浅間山荘事件がありましたが、あれも鍛えあげ、鍛えあげつくして最後は総括に至るのだ。
そして彼等(連合赤軍)はこう言うだろう
「果たして正論なるものがあるのだろうか?」。と
実は正論などないのだ。正論は弁証法によって正論でなくなる。それが西洋哲なのだ。
常に対立があってこそ正論は導きだされる。というのが彼等(連合赤軍)の主張なのだ。

>>621
>あなたの西洋哲学はおそらく構造主義未前かもしくは現象学の手前あたりで止まっているんじゃないでしょうか?

ええそうです。私は構造主義は知らない。現象学もしらない。
昭和ですでに止まっておるのです。
昭和が激動の時代でした。しかしまさに昭和はここにあるではないか!!
身は衰えても学は衰えず。かしこ。

663 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 09:50:03.58 ID:y8IiT9Pz
形より上にあるもの これを道という
形より上にあるもの これを主という
形より上にあるもの これを咒という
形より上にあるもの これをルート権限という
ルート権限はロード(道)としてのロード(君主)を産む。
ゆえに全ての道を納めるはローマである。
未知は既知の外として既知外(キチガイ)を道から呼び込む。
既知外(キチガイ)はそして新たな既知外(キチガイ)を呼び込む
永遠に既知全能の悟りの安寧に至れず、永遠に道(未知)に彷徨う。
これ、獄(国)から獄(国)へのユダの苦しみに同じである

664 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 09:58:03.26 ID:+uSnvvnK
>>628
>現在の科学では物質の元は存在しないが正解。

しかし、人間が見ると、固定した現前たる実在であるのは何故か。彼女の豊満
な裸体が「存在しない」などと思う男はいないw。

コペンハーゲン解釈は、そのため、自分でも根拠の無いことが分っている
「観測による収縮」という概念を導入さざるを得なかった。

665 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 10:02:27.19 ID:mgOgMSwx
>>647
>ハードとソフトを混同している
>情報を処理する能力があるということと、情報が入っていることは同一でない。
>ファミコンが作られた時点でドラクエは存在していない。
 
二行目最初の「情報」と、次の「情報」は同一内容の言葉なのだろうか。
人間は「関係性」という概念を先験的に持っている、という話に、
PCのたとえを持ち出すのは話を混乱させるだけだと思う。
ハードとしてのPCは、OSがあり、その次にアプリケーションンソフトを
用意して初めて情報を処理することが可能になる。
キミが言っている脳や経験や情報はどれに該当するのだろうか。
キミの文章は意味不明で理解できない。

666 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 10:13:40.10 ID:ek9Q6N1u
>>652
まず、
・形而下の仮説は科学的には実証(検証・反証)により真偽が定まる。
・実証不可能な仮説は循環論証となり、循環論証は論証としての意味を為さないので、実証不可能な仮説は意味を為さない。
・仮説は事実として検証されるか反証される可能性を持つ限りで意味を為す。
・仮説の前提は事実か仮説であり、つまり検証された事実か反証可能性のある仮説でなければ意味を為さない。

・事実から帰納的に得られた仮説は反証可能性を持つことで意味を為す。
・演繹仮説は検証された事実か反証可能性のある仮説が前提でなければ意味を為さない。

・形而上仮説は公理系を無条件に真であると前提した上での仮説であり、公理系の中での真偽は論じられるが公理系自体の真偽は論じられない(公理系自体は無条件に真とされており反証可能性が無い)。
・形而下について形而上の公理系を前提とする仮説を立てた場合、前提が反証可能性を持たないため、仮説そのものの真偽を論じることができず、形而上を前提とした仮説は意味を為さない。

で、
諸行無常は観察から帰納的に推論された「形而下は変動する」という反証可能性を持つ科学的仮説。
諸法無我は形而上を前提とした仮説は意味を為さないので「形而上を前提しない」という科学的態度。
それらから色⇔空が得られ、無分別が得られ、涅槃寂静に至る。

というわけで、これは形而下のみを前提に形而下を論じているのであって涅槃寂静も形而下の状態を指す。
(形而上など持ち出さずに精緻な論理で整然と世界を解説しており、そこに形而上は含まれていないのでその意味で「涅槃に形而上も形而下もない」などと揚げ足取られそうけれど便宜上「形而下を指す」と表現した、と注釈しとくwww)

667 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 10:15:34.95 ID:+uSnvvnK
>>665
>人間は「関係性」という概念を先験的に持っている

生命は、他者・他物との関係の中でしか、存在できないからだよ。

「個は、他との関係においてのみ、存在し得る」。これが、中論の、
そして大乗仏教の根本思想。

668 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 10:18:20.32 ID:mgOgMSwx
>>651
>演繹法は・・・ 「神がいる(と決めた)から神がいる」
>という程度の循環論証にしかなり得ない。
 
これは演繹法の欠点ではなく、感覚を超えたものを体験する困難さと、
体験それ自体を伝えられない「言葉の限界」による。
しかし、感覚を超えたものを体験する方法が、釈迦によって説かれている。
神は体験できるし、霊魂も体験できる。
キミが妄想だとバカにしている神も霊魂も、その気になれば体験できる。
もちろん、釈迦の教えを実践しないと体験できない。

669 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 10:23:27.28 ID:+uSnvvnK
>>668
>感覚を超えたものを体験する方法が、釈迦によって説かれている。

精神医学では、それを「妄想」と呼び、治療の対象とするw。

670 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 10:27:49.29 ID:ek9Q6N1u
>>659
物理的なことをいうなら、感情は脳波や心拍や表情などに相関しませんか?
技術さえあればもっと精密に音をグラフにするように感情を視覚化したり信号化できる可能性はありますよね。

ま、それはさておき、例えば「怒り」というのは形而下の特定の状態を「形而下において個々の観察者が形而下的に」他から区別してそう呼ぶだけのことではないですか?
例えば私が「キレてないっす」という時、「キレている」んでしょうか?
形而上に「怒りのモデル」というのが先験的にあるのですか?それに当て嵌めて「怒り」の状態かどうか調べるの?

時々において形而下の観察者(本人も含めて)が「キレている」「キレていない」と形而下に意味付けているだけじゃないの?
顔色や声色や態度なんかの形而下の知覚を通して。

671 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 10:32:50.54 ID:mgOgMSwx
>>667
その点はさすが、御隠居の先見の明を認めます。
プラトンは、その「関係性」が何に由来するのかを問題にする。
かれの『メノン』では、教育を受けたことのない召使の少年を相手に、
正方形の半分の正方形を作図する中で「想起説」を論証していく。
 
この話を読んだだけでは、「えっ何で?」とよくわからない。
しかし、よく考えると、召使の少年は描かれた図形を比較しながら、
その「関係性」から判断していることがわかる。
そうなると問題は、この「関係性」が少年に存在する由来になる。

672 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 10:34:50.42 ID:+uSnvvnK
宗教患者は、存在論からやり直すべきだな。

生まれたばかりの赤ん坊でも、教えられもしないのに、母親のオッパイ
にしゃぶりつき生きようとする。このオッパイは存在するのか、しない
のかなどと迷うことはない。

宗教患者は、迷妄に陥った釈迦やイエスなどからではなく、赤ん坊から
学ぶべき。

673 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 10:42:29.34 ID:ek9Q6N1u
>>665
二つの情報は同じ意味です。
つまり情報は先験的にあるのか、経験的に身に付くのか。
「善悪」などの基準は先験的にあるのか、経験的に身に付くのか。

674 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 10:43:08.53 ID:mgOgMSwx
>>669
そこが御隠居と意見を異にするところ。
年を取っても、神の体験は可能なので頑張ってください。
ああだこうだと考えることが観であり、観によって神を体験する。
霊魂は止(サマタ)でないと体験できない。
神の体験ができれば、霊魂の体験はすぐにできるが、
最低でも一年ぐらい、毎日一時間、坐禅しないと無理でしょう。

675 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 10:46:24.01 ID:ek9Q6N1u
>>668
演繹法については>>666

676 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 10:57:18.65 ID:ek9Q6N1u
>>665
「関係性」という概念を先験的に持っている?
経験から「関係性」を概念化するのでは?

677 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 11:00:11.12 ID:mgOgMSwx
>>673
世俗的な善悪は経験的なものが優先される。
真理としての善悪は先験的なものであり、霊魂に最初から備わっている。
真偽、美醜、判断力も備わっている。さらに自己意識を持っている。
自分以外の対象を感じることもできる。
霊魂には「関係性」を理解する能力が先験的に備わっている。
霊魂は透明な球体であり、猛スピードで神界を運動している実体です。

678 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 11:14:51.98 ID:mgOgMSwx
677を補足すれば、霊魂は真と善と美を知っている。
なぜならそういうものだから。
この世においては、偽と悪と醜を、真善美ではないものとして直感する。
偽と悪と醜は反省された知識でしかない。
もっと言えば、物質的なものが偽と悪と醜になる。
 
だからこそ、物質的なものに捉われると地獄(物質世界)に行き、
神や霊魂に熱心なら天国・涅槃に行くと、
多くの聖者たちによって昔から繰り返し説かれている。

679 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 11:20:29.78 ID:G3nF6H2c
>>662
創唱宗教を自分達の強欲で利用し、
そこで築き上げた社会の歪をさらに、
その宗教に転嫁しなすりつける、
何重も自分達の罪を被せる。

マルクスのお金が労働者、資本家ともどもを人間性から疎外するあり方を
真剣に考えたりの構想も、専制に利用されましたね。

机さんが好きなニーチェはファシストに利用されたが、
どうなんだろうね(笑)

まあ、あとは若禿が手かざしで治るかの実験をして
イラスト入りの記録ノートを発表する事を楽しみとし、
若々しく、老いを駆け抜けてくだされ(笑)

かしこ
=かしこみかしこみ申す(おそれながら、以上のことを申しあげます)

680 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 12:35:01.71 ID:1TZ1lpBf
お釈迦様はプルシャについては何と述べられていたのか興味ある。
ブラフマンとアートマンは話題に上るけど、
プルシャは全然話題にならないよね。

681 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 13:25:05.19 ID:NVAQe48G
サンキャ哲学は釈尊以後だからな

682 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 13:58:22.36 ID:IpHymFJN
>>680
>お釈迦様はプルシャについては何と述べられていたのか興味ある。

仏法において認める余地はない。

仏法において【本質・ドグマ捨離】は徹底しており、無常・無我(本質はない)は「法」でさえも例外ではない。
『筏の喩えの法門を知るひとは、法さえも捨てなければならない。」(金剛般若経6、中部22、Sn.21)。
ましてや『プルシャ』妄想においておやw

 仏種なる「本質」におもねる仏性だとか如来蔵だとかの自性(スヴァバーヴァ、プラクリティ→プルシャ、など)を認める余地はないのだ。

  たとえ「空性」とかの成りすまし誤魔化しを付け加えても、だ。
  たとえば、いわゆる「自性空」という概念は本質→(スバヴァーヴァではなく)プラクリティに他ならない。
  サーンキヤ哲学のパクリである反仏法だ。

683 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 14:07:58.79 ID:NVAQe48G
天親についての本でサンキヤ哲学と論争になったけど
結局仏教が勝ったって書いてあったよ
でも、サンキヤ哲学てバラモン教の中でも異端なんだけどね

684 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 14:11:57.33 ID:1TZ1lpBf
>>681>>682
レスありがとうございます。
一応、サーンキヤ哲学の観点というより、
リグ・ヴェーダにプルシャ賛歌がありまして...
リグ・ヴェーダを読まれていたであろうお釈迦様が
プルシャをどのように解釈されていたのか気になって書き込んでみました。

685 :自性空批判 682:2014/05/24(土) 14:14:58.50 ID:IpHymFJN
 たとえば、五蘊皆空(般若心経)には三種類の読みがありうる。
1.五蘊はそれ自体が空である(自体を欠いている)。 *幻である
2.五蘊は、自性(実体)が空であるが、五蘊の現象(言説)は存在する。*存在:仮設:幻の如き
3.現象としての五蘊は自体が空であるが、本質としての空性(自性空)は実在する。*本質主義

龍樹は中論24-18をみるかぎり2.だ。自性(スヴァバーヴァ)を認めない。

ところが、解釈3では<生、住(持続)、滅>を超えた永遠なる実在(たとえば『法身』:空海真言宗)を想定することになり、
信仰宗教一般に見られる考え方であって、仏教に於いては種(本質)としての仏性、如来蔵思想につながる。

自性空は、信仰を捨てよ!法をも捨てよ!の「筏の喩えの法門」の釈迦仏教ではない。
彼らのいう実在する『空性』とは検証不能の間接現実一切外の戯論(形而上学的言辞)であり、<混ぜるな!危険>を犯している。
とくに真言宗、臨済宗にその成りすまし振りが顕著だ。

自覚、無自覚を問わず、仏法にヒンドゥ的歪曲←不二一元論をもたらしているのである。
シャンカラへの屈服に他ならない。

686 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 14:16:41.61 ID:1TZ1lpBf
>>685
ありがとうございます。
勉強になりました。

687 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 14:22:09.16 ID:ek9Q6N1u
>>677-678
>>666に示したように、そのような仮説は仮説として意味を為さない。
科学的な仮説ではない、つまり非科学的・迷信的な言説です。
そういう非科学的・迷信的なものを妄想と呼びます。

688 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 14:47:44.34 ID:+uSnvvnK
>>670
人間界は徹頭徹尾共同体だから、対世的なことと個人的なこととは区別する
ことが必要である。

例えば、音は、不特定多数人に知覚できる。一方、個人の内心の思考・感情
(例えば、釈迦が悟ったか否かw)は、誰にも知覚できず、従って他者の知
ったことではない。思考・感情は状況によって常に変化するから、観測機器
でいくら観測しても観測しきれず、無意味である。

思考・感情が行為という対世的なもの(形而下)になって、共同体に
おいては初めて問題となる。

イエスは「淫らな目で女を見たら、心の中で姦淫の罪を犯した。目玉
くり抜かれる」などとアホことを言ったが、これは誤り。その感情(形而上)
が行動に表れ無い限り、他人の知ったことではない。イエスの論理では、
「殺したい」と思っただけで、殺人罪に問われるという、耐え難い不合理
が生じる。イエスは、「道徳・倫理とは何か」を全く理解していなかった。

689 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 14:49:17.33 ID:ek9Q6N1u
>>687補足。
以前から何度か、またこのスレでも言いましたが、
>>666に示したように、釈迦は科学的に(形而下的に)世界を説明しました。これは現代西洋哲学とは非常に親和します。
現代西洋哲学の認識論・存在論は形而上を放棄するところに到達しているからです。
形而上的妄想に執着する神秘主義迷信駄坊主に比べて西洋哲学の方が悟りに近いというのはこういうわけです。
>>642からは仏教的な世界観がポスト構造主義と実存主義の両立であることが、
>>670からは現代西洋哲学の認識論・存在論が仏教の分別-無分別という考え方と親和することが
分かるんじゃないかと思います。

690 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 14:49:56.01 ID:NVAQe48G
>>684
リグベーダのプルシャを精神原理と解釈する文脈自体が釈尊の時代にはなかったと思うよ

691 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 14:51:15.71 ID:NVAQe48G
>>689
たとえば、クオリアって形而下なんすか?
自分以外誰にも確認できないですが。

692 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 15:01:53.67 ID:MrgO8ld+
>>640
何も無いなんてことが本当にあるのか?
あなたはそれを体感しているの?

693 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 15:05:38.03 ID:+uSnvvnK
>>689
>釈迦は科学的に(形而下的に)世界を説明しました

それは中論であって、釈迦ではない。悟りだの解脱だの涅槃だの、釈迦は
どこまでも形而上。

六処も、前レスで述べたように「意」が誤解されて一人歩きし、形而上に
成り下がっている。

694 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 15:06:17.39 ID:ek9Q6N1u
>>688
それは単に処世の技術論として共同体で生活するのにどういう規範システムに従うのが便利か、という処世術の話でしょうか?

695 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 15:10:31.78 ID:+uSnvvnK
>>694
処世しなければ、そもそも生きられない。生きられなければ、全ては無。

696 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/24(土) 15:13:09.65 ID:jIcrDJwQ
>>679
> 机さんが好きなニーチェはファシストに利用されたが、

自由思想の行き着く先はどうなんでしょう?それは全て自分の問題です。
人に利用されるかもしれませんし、人の誘惑には断固拒絶する生き方もあります。

映画「羊たちの沈黙」では、子羊が殺される場面が登場します。
クラリスは明け方、羊の悲鳴を聞きます。そしてその悲鳴は屠殺されることだと知るのです。
子羊は逃げようとしません。ただじっとしているだけです。

クラリスは、子羊が殺されることが耐えられなく、ある日子羊を抱いて家を脱走するのです。
こういった経験が、後にクラリスのトラウマとなる。というのが映画のポイントなんですが・・・

子羊というのは、キリスト教における「生贄」の象徴なんですね。
だからそう考えればどうってことない。とも言える。

ちなみに旧約聖書においては、アブラハムがイサクを神への生贄にする場面さえある。
私はこれを悪いこと、とは言ってる訳ではないです。

ただ世の中には、子羊の屠殺でもトラウマになる人もいる(フィクションですが)ってことです。

697 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 15:20:42.44 ID:ek9Q6N1u
>>691
例えば「痛み」というものについて、
観察主体である自分が形而下のある刺激を「痛い」と意味付けるだけであるならそれは形而下のこと。
形而上に「痛みモデル」があって、それに照らして対象の刺激は「痛み」であるかどうか吟味する形式なら形而上。
前者の場合、意味付けは主体により個々に為されるので共有はできない。個々に経験から「痛み」を概念化しているので、同じ刺激について「痛み」とするかどうかは主体による。これが形而下。
後者の場合、例えば私が「痛い」と感じても形而上の定義によれば「痛いではなく、それは熱いだ」ということになり「痛み」は誤りであるとなる。これが形而上。

色覚異常者と健常者では色彩の受け方は異なるのが形而下、同じく見えるはずなのが形而上。
クオリアは共有できない、というならそれは形而下。
誰にとっても普遍性がある、とするなら形而上。

698 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 15:24:45.79 ID:ek9Q6N1u
>>693
> それは中論であって、釈迦ではない。

じゃあ中論によれば、釈迦は科学的に〜、でもいいよ。

>悟りだの解脱だの涅槃だの、釈迦は
> どこまでも形而上。

悟りも解脱も涅槃も、形而下の特定の状態をそう名付けただけでしょう。

699 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 15:36:16.00 ID:NVAQe48G
>>697
たとえば、痛みの感覚に敏感な人が痛みを分類し、モデル化したとする。
痛みに鈍感な人にはそのモデルがよくわからない。
それは鈍感な人には形而上のモデルになってしまうか?
また、痛みにさらに敏感な人はそのモデルに共感したが自身の体験と照らして
不備を正し、新しいモデルをつくった。これは形而上か?

もっと例えを遠くしてみる。
ある人が臨死体験をした。幽体離脱して雲の向こう側に行き、過去死んだ人たちと
会った。彼はこの体験を詳細に記録した。
さらに、それだけでは飽き足らず、他の臨死体験談も調べてゆき
すべての体験談のつじつまが合うような霊界モデルをつくりあげた。
これは痛みのたとえとどうちがうか?

700 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 15:52:01.05 ID:WItbX9p2
8の次を横に倒して、形而上と形而下に分ける。
この8の真ん中の繋がっている部分が自我であるが、これが空っぽになると○になる。
○になると形而上も形而下となる。
宇宙から地球を観たことがない人にとっては形而上である。
霊魂が意識に世界を反映させ、これが空である世界を形成する。
だから科学的に調べていくと最終的に無と結論を下してしまう。
しかしながら、本来は、己の側を科学的に探査しなくてはならない。
しかし、この探査に用いることのできる機械は『注意力』のみなのである。
と、推測して、ほざいてみる、笑

701 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 16:06:18.50 ID:ek9Q6N1u
>>699
> 痛みに鈍感な人にはそのモデルがよくわからない。
> それは鈍感な人には形而上のモデルになってしまうか?

普遍的に共有できないモデルは、形而下の個々の認識モデルにすぎない。この場合はその敏感な人のみにある形而下の認識モデル。

> 不備を正し、新しいモデルをつくった。これは形而上か?

同様に個人的な形而下の認識モデル。

> ある人が臨死体験をした。幽体離脱して雲の向こう側に行き、過去死んだ人たちと
> 会った。彼はこの体験を詳細に記録した。
> さらに、それだけでは飽き足らず、他の臨死体験談も調べてゆき
> すべての体験談のつじつまが合うような霊界モデルをつくりあげた。

臨死体験者にのみ限定される、つまり実際には個々の経験から帰納的に形而下に形成された普遍性の無い形而下の認識モデルに過ぎない。

ところで、蛇足かもしれないが、涅槃なり解脱なりは、モデルではなく、形而下のある特定の状態をそう名付けただけのことで、全く別の話だよ。

702 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 16:10:10.61 ID:WItbX9p2
何もないのは熟睡時に体験している。

703 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 16:18:17.67 ID:NVAQe48G
>>701
普遍て何?
西洋哲学語ってるわりに現象学の基本も知らないのか。
簡単に調べてから書き込んだ方がいいと思うよ

704 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 16:25:39.23 ID:06Xx/AhT
>涅槃なり解脱なりは、モデルではなく、形而下のある特定の状態をそう名付けただけのことで、全く別の話だよ。

あまりにもアホすぎる

705 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 16:31:01.62 ID:ek9Q6N1u
>>700
> 宇宙から地球を観たことがない人にとっては形而上である。

宇宙から地球を見たこと有る無いという個別の事情にかかわらず万人に普遍に共有されているはずの概念が形而上。
個人の形而下経験に依拠する個人的な概念は形而下。

霊魂や死後の世界や神についても。

706 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 16:34:53.92 ID:WItbX9p2
形而上を観た人には、個人は存在していない。
もしくは個人しか、存在していないのである。
普遍に共有されている概念とは、世界の事象全体である。
この共有される事象は心に反映されている。
しかし、この心の向こう側などないと言えば形而上になり、心の向こう側を知る人には知覚があるのだから形而下となる。
と、推測だけで、ほざいてみる。
言葉の意味、間違えてたらすいません、笑

707 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 16:47:25.83 ID:i0Ce9Nqp
神界は安らぎの世界であり、この世にあるような「痛み」がそもそもない。
ということは、イデア論的な「痛み」のモデルも存在しない。
痛みはこの世だけのものであり、そういう意味で形而下的な現象になる。
 
色も同じ。神界は透明であるか、白い霧に覆われている。
華やかな色彩もまた、この世だけのものだろう。
 
ただし霊界には色がある。しかしこれはイデア論的なものとは言えない。
霊界では、霊魂が見るのではなく、霊体が見る。
色のついた夢を見るのと似ている。ちなみに霊体は五体満足である。
霊界には身体障害者が存在しないと思われる。

708 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 16:47:27.52 ID:fV4lN+Vc
>>706

直線、真円とかは?w

709 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 16:48:11.03 ID:fV4lN+Vc
>>708>>705

710 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 16:54:05.06 ID:1TZ1lpBf
>>690
了解しました。

711 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 16:54:42.29 ID:G3nF6H2c
>>611
西村さんが返事されましたが(>>642

横入りです。

人は信じる事が命と直結している。
それは、ほとんど気付きにくく、表現が難しいのです。

子供は信頼によってすくすく育つことが出来る。
親からいくら傷つけられても、何度も信じようとします。
それは、食べ物を親から得る為だけではありません。
食べ物を得るだけなら機械で満足します。

あまりにむごくそれを諦めなければならくなった時、
虚無に襲われ、人格の崩壊、分裂が生じます。

>形而下ですが、自分の肉体もこの世界の一部なので役割を
>持っているが、精神や心というものはあやふやで
>心許ないもの。
>それが不安で宗教を求めるが、一切心配するなと
>教えてくれるのが仏教だと思うのです。
>おかしいでしょうかね?

おかしくないです。けれど一切心配するなの安心はこの世は何もないすべて妄想だではありません。

信じるの回復です。

712 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 16:55:44.37 ID:06Xx/AhT
>華やかな色彩もまた、この世だけのものだろう。
 
逆だ馬鹿

713 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 16:55:51.61 ID:G3nF6H2c
仏教もどれほどつべこべといっても、信じるがあって出会う事ができます。
これは、洗脳だとか、思い込みだとかではなく、
命は信じると一体であり、あまりに当然で意識にすら登らない為に
見落としたり、信じるという言葉を理解できないのです。

科学者は科学を信じているのです。 洗脳されているのではなくね。
(よく分かっていない科学者、宗教者もどきは、勘違い、思い込み、
洗脳されているかもしれませんが、見極めがない者は、
何をしても何事においてもそうですから、そこを混同しないことです)

人が信じられない、裏切られた・・・・
そのような事は誰も経験しているかもしれませんが、
その時、どうしようもないほど、悲しかったはずです。
恨んではいけません。自分も裏切る側かも、しらずしらずにね。
肉体を持って生き、しかも無明である我々は何をしているのか、
何をしてしまっているのか、自分でも気付かないのです。

人間は肉体維持の為にそれぞれ、社会で大変な面があります。
親にも子供には分からない事情があり、いらいらしている可能性があります。

それを、身体能力の筋力や背丈がかなわない、子供や女性に撒き散らし欝憤をはらしたりしているのです。

(つづく)

714 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 17:01:35.76 ID:i0Ce9Nqp
チベットの極彩色のマンダラを見れば、
色のけだるさのようなものを感じないだろうか。
透明なのが最上、次は白。

715 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 17:05:22.68 ID:ek9Q6N1u
>>701
個別の主体に依拠することがないこと、程度に考えてくれればいいよ。

716 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/24(土) 17:07:08.45 ID:jIcrDJwQ
>>705
「この棒は存在しているか?」という公案があったとする。
「棒は存在している」と答えれば、それは形而下の答えであるだろうし、また
「棒は存在してない」と答えれば、それは形而上の答えだろし、では、
人は何故にこのように棒は同じなのに答え方が違うのか?と言えば
それは人によって捉え方、考え方が違うからだ。

ではそもそも何処が問題なのかというと、「存在」という言葉をどう解釈するかで違ってくる。
存在という言葉は具体性があるかと、人は勘違いする。
実は言葉というのは非常に抽象的なのだ。

「存」と「在」を組み合わせて「存在」になる。
これだけの組み合わせで、存在しているか?存在していないか?
明確に解答することは殆ど無理なのだ。
無理だからこそ公案というのがある。

これが公案についての説明になる。

717 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 17:07:43.27 ID:06Xx/AhT
曼荼羅は霊界ではなく宇宙を表している
色が薄いのははげているのである

718 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 17:21:10.29 ID:ek9Q6N1u
>>709>>708
公理系を真であるとした場合にのみ得られる形而下の概念。
公理系を真であるとする者のみに共有可能な個別性の概念。
>>666

719 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 17:21:33.60 ID:G3nF6H2c
信じることは、自分でも気付かなくても、人間には命と直結しています。

しかし人間同士では、どうしてもそれなりの理由があるとしても

頼りない。

信仰というのは、洗脳ではなく自律的に生命力を
循環させることです。

全ては妄想だと言う時、思い込みや言葉の意味を問い正しているのです。

ます、神や仏を置いておいて、信じないで一日たりと君も私も生きられるかどうか、
少しでも落ち着いて考えれば分ります。

そして、その信じるはもちろん人間同士でも気持ち良く循環しあえれば
問題はないのですが、あやふやで心許ないと感じた君は、
次は仏性、神性との出会いが、別次元で展開される入り口いるということです。

物的な次元だけでいくら人間同士に求めても開かれる事はありません。

720 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 17:22:27.02 ID:WItbX9p2
頭が考えるからそうなるだけで、棒はそこにある。
5官が存在させているのだが、この5官の機能には若干の差異がある。
しかし棒は、眠っているときには無かった。
起きてきたら世界も棒もあったわけで、これは存在していない。
眠ったら消えるものが、認識が、記憶がなければ消える者は存在しない。
と、アホが推測しました・・・・・・orz

721 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 17:33:37.15 ID:06Xx/AhT
>>716
それじゃあ公案にならんな
僧、一本の棒を手にして問う「この棒有るや無しや」
答えていわく「無し」

722 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 17:34:40.29 ID:NVAQe48G
>>718
ん?
1+1には別に、みかん一個とみかん一個を合わせたものなどという
個別性はなく、かぎりなく抽象化されているはずだろ?

公理も、抽象化されたものであるから、それが真かどうかの判断を
形而下において判断する直接の材料にはなっていないはずだが。

723 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 17:37:19.51 ID:ek9Q6N1u
>>716
> 人は何故にこのように棒は同じなのに答え方が違うのか?と言えば
> それは人によって捉え方、考え方が違うからだ。

> ではそもそも何処が問題なのかというと、「存在」という言葉をどう解釈するかで違ってくる。

存在する、ということの意味付けも、観察主体に依拠する(アプリオリでない=形而下の)概念ってことですよね。

724 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/24(土) 17:37:36.66 ID:jIcrDJwQ
>>720
そうです。存在しているかどうかは実際分からない。
存在してると認識しているだけですから。

では認識とは何か?が形而上になるだろう?
存在、それ自体が形而下にはなり得ない。という立場が印哲なのだ。

725 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 17:48:17.83 ID:unsFsmzX
存在論は、バークレーの「実在とは知覚されること」で決まりだろう。
但し、彼の「人間が知覚しない時は、神が知覚している」では、先述の如く
矛盾丸出しだから、私は「知覚の記憶」の概念によって、その矛盾を解決する。
しかし、あくまで「記憶」だから、知覚(実在)そのものではない。目の前の
リンゴを取り去ったら、誰かが食べてもはや実在しない可能性もあるからである。

私はそれに、実在判断の補助的テストとして、「生命の維持に対する直接の
影響」を加える。知覚異常者、妄想患者、宗教患者の知覚を除外するため
である。死者にとっては、実在・非実在は、もはや問題にならないからである。

726 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 17:54:29.60 ID:NVAQe48G
>>725
単純に、どこを基準に置くかの問題じゃないかね
どの人間にも感覚的な差異はある。
だが、人間という生物がその種族としての共通性をもっているはずである以上
ある程度の感覚的な近よりもあるはずだ。
それは確率的に正規分布をなすはずであるから
全体のおよそ過半数、せいぜい80%ほどをしめる部分の
最大偏差がその種の正常と言われる部分なのだろう。
よって、彼ら正常者を感覚的に納得させる形の論理がその種の社会が信頼をもって
運営されていくための適切な対話のツールであるということではないかな
それが正しいかどうかはともかく。

社会性という点では、にしてつの主張に同意できる面はあるんだけど
真偽論として論ずると、よくわからん

727 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/24(土) 17:57:33.43 ID:jIcrDJwQ
>>723
>存在する、ということの意味付けも、観察主体に依拠する(アプリオリでない=形而下の)概念ってことですよね。

観察主体、というのも非常にアヤフヤな概念です。勿論意味は分かりますが。
観察主体があって、そして存在があるなら、
観察主体がなければ、存在自体は在り得ない。というのが論理的整合性はとれますから、
それが貴殿がいう「観察主体に依拠する」ということなんでしょう。

そしたら形而下ってのも、非常にアヤフヤな概念になる。
つまり論理的に突き詰めていくと、最後には整合性が取れなくなって・・・
西洋哲は衰退していき、
今では、よほどの暇人とか趣味人とかが、茶飲み話としてやってるんじゃないですか?

でも西洋哲が一時期流行したこともあったのです。
そういう時代は、女を口説くアイテムとして、世の男性は喫茶店などで語ちることもありました。
キャラはセブン氏の感じですね。なるべく難しく語るのがベストとなっておったようです。

728 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 17:58:50.14 ID:06Xx/AhT
>>725
言ってる事が滅茶苦茶だな
頭大丈夫か?

729 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 17:59:57.19 ID:NVAQe48G
>>727
現象学も行き着く先は独我論ですよ

730 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 18:03:16.49 ID:unsFsmzX
>>725への追加

知覚された対象、即ち、実在物、現実物は、必ず、人間の生命の維持に
何らかの直接の影響を及ぼす。例えば、石ころでも、それを積み上げて
家屋にすることもでき、また投げつけられると、怪我をするか、最悪の
場合、死ぬこともある。

「存在とは、作用を有すること」とは、古代の哲学者も知っていたようだ。
しかし、「作用」を認識するのは人間の生命だから、結局は、生命が究極
となる。

731 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 18:13:48.72 ID:NVAQe48G
生命教の方でしたか。
生命自体、明確な定義をもてるものではありませんよ
生命は必ずしも論理的ではないし、生きることを求めてもいない。
だからこそ、さまざまなバリエーションがありえたのであるし
一見、生きることに資さない科学のような学問が国家の趨勢を左右するほどの力を
発揮するようになったりというどんでん返しも起こる。
生命はそこまで人に何かをしろなんてことを要求してないんじゃないですかね

732 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 18:19:44.66 ID:unsFsmzX
>>731
生命は、人間が対象化できない唯一の存在であり、人間の「全ての営み」の
根源である。

宗教観念も、すべて生命の機能に過ぎない。生命は、すべてに先立つ最上位次元。

733 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 18:23:58.35 ID:NVAQe48G
はぁ・・・

よくわかりませんが、あなたは特殊な訓練をして生命を体験したんですね?
そして、その生命原理にアクセスしたあなたに人類は誰も逆らうことはできないということですね
わかります。

734 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 18:24:09.18 ID:ek9Q6N1u
>>722
> 1+1には別に、みかん一個とみかん一個を合わせたものなどという
> 個別性はなく、かぎりなく抽象化されているはずだろ?

「ある1と次の1を足すことができる」という前提でなければ「1+1」という概念は成立しない。
「旨いみかんが1個、腐ったみかんが1個、ボブマーリーが1人」これらは「加算できる」という前提で初めて「1+1+1」と考えられる。
「加算できる」という前提なしには「1、1、1」とも捕らえられるし、「みかんは加算できるがボブマーリーは加算できない」前提なら「1+1、1」だったり。

ある公理系を前提とした個別のケースにおいてのみ生じる概念。

735 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 18:24:18.54 ID:fV4lN+Vc
>>732
だから、
生命と生命の互いの利益が衝突するところに争いが生じるんじゃないかw

んと、頭悪いな・・。
つか、毎度のこと乍らw、争いの因の責任転嫁乙。

736 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 18:25:00.01 ID:fV4lN+Vc
>>718
すいません。
(問いレスとの関係性含め)ちんぷんかんぷんです ><;

中学生向けで御願いします m(_ _)m

737 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 18:28:22.07 ID:NVAQe48G
>>734
だから、君はまちがってるだろって話になるんだが。
1+1は形而下じゃない。
線も円も形而下じゃない。
高度に抽象化された形而上の概念ということになるわけだが。

738 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :2014/05/24(土) 18:31:25.94 ID:jIcrDJwQ
>>732
生命が対象化できないなら、生命が存在しているかどうか?
分からんのじゃないですか?
いや、貴殿の書き込みにケチを付けている訳ではない。
充分に意味は汲み取れる。

ただ西洋哲が衰退していった事例(論理矛盾)を書いたまでのこと。
哲学者というのは、最終的に頭がオカシクなるそうだよ。
人間、あまり考え過ぎると「人生不可解なり」とか遺書を残して自死する可能性もある。

739 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 18:49:47.18 ID:unsFsmzX
>>738
>生命が対象化できないなら、生命が存在しているかどうか?
>分からんのじゃないですか?

「生命現象を現す肉体」として、容易に対象化できる。生命現象は、生命の
隅々にまで現れているから、「生命=肉体」で別に差し支えない。

捕らえた昆虫が生きてるか死んでるかは、子供にでも分る。

740 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 19:05:45.37 ID:AGzzYJ0o
形而上形而下を調べてみたけど、みんな意味がバラバラであんまり信用しないほうがいい
おれがみたのはこんな感じだった
形の上が形而上、形の下が形而下 何を形と見るかで変わるらしい
こんなたとえがあった
パソコンでいうとPCソフトが形而上、ハードが形而下 見方(形)を変えると
ハードが形而上、その原子分子が形而下 また見方(形)を変えると
ネットワークのファイル共有を形而上、PCソフトを形而下
とかなるらしい もちろん形而上形而下と形而上学は全然違う
あやしいからあんまり真に受けんほうがいい

741 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 19:44:57.04 ID:KFAviB7K
>>658
私のメインは苦手を潰していくに尽きます。
苦手とは即ち虚です。
あれが嫌いこれが嫌いは虚ですが、あれが好き、これが好きも
執着系の虚なので波のないようにしていく努力はそれなりにしました。
苦手を潰していく方法論として教えを利用したに過ぎません。
心のわだかまり=苦手ということなので、心にわだかまりが一定量なくなった
時点で解脱です。
苦手を潰すといっても、なんとなく克服できたレベルでいいし、心のわだかまり
も完全消滅でなく、だいたいおおよそレベルでいいようです。
観の部分では空=感情を伴う機械論を使用しました。これもなんとなくレベルです。

742 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 19:53:02.68 ID:KFAviB7K
子供は幼稚園児ぐらいまでなら虚は少ないと考えられます。
子供にできて俺にできないはずはないとか、子供の行動や考え方の
シンプル性は割と参考にした気がします。

743 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 19:59:13.53 ID:fV4lN+Vc
>>739


予備知識として、
≪死(と他者からは見做される身体的状況)を擬する生物がいる≫
というものを持たない子は、動かなくなった虫を(たとえばダンゴムシとか)
死んだと認識するだろう。
【その時点に於いて】は、【その子】は、当該生物が死んでいると見做し、
【再度動き出した時】に【初めて】、生きていたことを知る。

捕らえた昆虫の生死が、無条件・無知識に、知り得る・分別し得るなんぞ、
どんな夢物語だよw

744 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 20:02:01.83 ID:ek9Q6N1u
>>737
形而上が先験的なものなら個別の主体やら状況やらといった後験的な形而下の条件に規定されず、常に成立しなければならないでしょう。
ところが、ある人には成立するがある人には成立しないとか、ある場合には成立するがある場合には成立しないとか、
それは先験的ではないでしょう。

745 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 20:09:08.89 ID:KFAviB7K
http://www.youtube.com/watch?v=H14cQg1jTcs

この動画は、やるなぁと感心させられた動画です。
マインドは胸の中心にあります。
解脱時に心の安定を感じるのは胸の中心です。胸の中心が固定された
感覚があり、そこを中心に体全体に広がっていくような感じです。
これは今まで主として意識を丹田にもっていくことを心掛けてた私を裏切るものでした。
胸の中心に意識を持っていくのは有りと思いますが、あまり意識しても
胸が痛くなるだけなので、気が向いた時に意識を持っていく程度でいいと思います。

746 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 20:09:52.11 ID:unsFsmzX
>>743
子供は、宗教患者よりは遥かに賢いw。

747 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 20:15:51.53 ID:WItbX9p2
>>745
その動画は僕も感動しました!

748 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 20:21:25.62 ID:ek9Q6N1u
>>736-737
中学生にもわかるように試みる。その分、逆に厳密を欠くのはご容赦。

王様ゲームの王様はゲームというルール(公理系)の中において王であるが、ゲームが終了したら王でも何でもない。
ましてゲームに参加してない人にも王でない。
このように、ある公理系は形而下で恣意的に取り決められたり取り決められなかったりし、取り決められる限りにおいて機能しうる概念に過ぎない。
形而上に(形而下の我々の現実のその外に、常に先験的に)概念ルールが成立しているのではなく、ゲームに参加する人がそう決めるという形而下の条件(我々の都合)によって生じる。

749 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 20:24:20.69 ID:KFAviB7K
あとは因果関係は疑問ですが私は姿勢にも少し気を配ってます。
胸を張って背骨を伸ばして立つ、歩くとか。
座る時はぐにゃぐにゃですがw

750 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 20:27:07.88 ID:8+rZm2ga
>>745
パパジさんが、女性を見送ったあとの、目力凄いね。
微動だにしない。

751 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 20:34:15.48 ID:8+rZm2ga
>>746
まさに「無知の知」ですよね。

752 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 20:39:23.34 ID:GZNCU0+C
水を指すようで悪いが 涅槃の教典の記述は以下のとおり

水も、地も、火も、風も、堅固に存在することのないところ、そこでは、星もまたたくことがなく、太陽も輝かない。
そこでは、月も現れることがなく、そこでは、闇も存在しない。
バラモンである聖者が、自己の寂黙によって知ったとき、かれは、形あるものからも形のないものからも、苦楽から解脱する。

753 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 20:47:11.69 ID:fV4lN+Vc
>>744
直線や円は、そういう個別的状況に左右されるのかw

「真に真っ直ぐな線なぞない」というのこそ、後天的知識じゃねーの?w

754 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 20:49:30.46 ID:fV4lN+Vc
>>746
また、姑息に論点をずらすw

子供なればこそ(知識が不足していればこそ)、
対象物の生死判断は絶対でない、ということだ。
その点に関してちゃんとレスを返せよ馬鹿垂れw

755 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 20:50:24.45 ID:di4/Y0DR
そもそも「線」自体が概念のもので、実際の線を拡大すれば面であり線とはいえない。
点も同様。
線や点は概念であり、実物を想像するものではない。

756 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 21:05:27.05 ID:KFAviB7K
>>752
その表現であってますよ。どこにも間違いはないです。
まぁ見ればわかります。アホらしと思うかもしれませんw

757 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 21:49:32.22 ID:GZNCU0+C
>>756
君に向いてるのはむしろブッダゴーサあたりじゃないかな
保証はせんけどな あんまり知らんから
まあ君のやり方あんまり変えずにすっきりまとまると思うよ
色々やると混乱する

758 ::2014/05/24(土) 22:06:25.24 ID:blBYeD82
>>631
> 『「祖師は知る。祖師は見る。これはそのとうりである」という見解によって清浄になることができる、と或る人々は理解している。
  たとい祖師が見たとしても、それがそなたにとって、何の用があるだろう。
  かれらは、正しい道を踏みはずして、他人によって清浄となると説く。』(Sn.908)

諸々の愚者は他人を「愚者」であると決めつけるのである。(Sn.882)

とスッタニパータは縁起します。

759 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 22:15:08.63 ID:di4/Y0DR
概念と形而上、形而下は無関係。
線や点は形而上か形而下か?という設問自体がナンセンス。
線や点は事実上生活に活用されて万民共通の概念としてあるのだから形而下であるが、
その性質を見つめれば線や点は線や点にあらず面である〜という事からすれば形而上w

つまり、形而上、形而下を分けるものは万民共通の概念で、証明できて、論理的であるのが形而下。
それ以外が形而上。
悟りだとか涅槃だとか輪廻だとか、普通の人間が、有るのか無いのか確認できないようなものは形而上に決まっているw
瞑想で特定の人間にだけ確認がとれました〜なんてのは、まさにソレが形而上である事を物語っているw

760 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 22:16:25.76 ID:KFAviB7K
>>757
ありがとうですが、まぁ>>758の通りです。

761 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 22:21:26.44 ID:ek9Q6N1u
>>753
直線や真円は、そういうものが生じる公理系を前提にするでしょう。
そういう公理系は先験的にあるのではなく、形而下の我々の決めごととして作成されたルールでしょ。たまたまそういうルールを後付けたというだけで。

762 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 22:22:21.98 ID:IpHymFJN
>>758
>諸々の愚者は他人を「愚者」であると決めつけるのである。(Sn.882)

前段の『 諸々の愚者が相互に他人に対していうことばを聞いて、わたくしは「これは真実である」とは説かない。
     かれらは各自の見解を真実であるとみなしたのだ。』を抜かすな、アホ。

勝義において「真実」「真理」(たとえば、龍樹の根本的な誤り、中論24-8〜10など)なるものはありえないのである。

763 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 22:23:30.57 ID:GZNCU0+C
>>760
ブッダゴーサのは愚者とか賢者とかでなく
そもそも人を介さないところでやるからね
縁起支から縁起支へ そういうことだから

764 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 22:27:53.92 ID:KFAviB7K
ぶっちゃけ言っちゃいますが、私の論理は以下のページ、オンリーです。

http://james.3zoku.com/kojintekina.com/agama/index.html

あとは中村元のスッタニパータの5章で確認作業をしたぐらいです。

ある程度の仏教知識は必要かとも思いますがウィキで充分と思います。
理屈面だけならこれだけでいいはずです。

765 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 22:28:16.07 ID:IpHymFJN
だいたい、形而上下とかを仏教スレッドで振り回す奴って、
アホに見えて仕方がないw

仏道のなんたるかの問題意識がまったく掴めていないのだろう。

766 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 22:35:18.37 ID:GZNCU0+C
宗教関係のWikiはね 宗教関係者の改修合戦らしい
うのみにしないほうがいい

767 ::2014/05/24(土) 22:35:59.62 ID:blBYeD82
>>762
>前段の『 諸々の愚者が相互に他人に対していうことばを聞いて、わたくしは「これは真実である」とは説かない。
>     かれらは各自の見解を真実であるとみなしたのだ。』を抜かすな、アホ。

>勝義において「真実」「真理」(たとえば、龍樹の根本的な誤り、中論24-8〜10など)なるものはありえないのである。

(Sn.884)
真理は一つであって、第二のものは存在しない。その真理を知った人は争うことがない。

一体、どこに「勝義において真理なるものはありえない」と説かれてますか。

とまたまたとスッタニパータは縁起しますし、アホという言葉も縁起します。

768 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 23:04:02.19 ID:IpHymFJN
>>767
>一体、どこに「勝義において真理なるものはありえない」と説かれてますか。

真理⇔偽理の二項相対は世俗においてしか成立しない。
二項相対の一方の真理に執着するがゆえに、実存苦が自覚される。

真理は真理ではない。これを真理と名づけるだけである。

アホは『正しい道を踏みはずして、他人によって清浄となると説く。』(Sn.908)

769 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 23:09:22.34 ID:fV4lN+Vc
>>761
へー
真っ直ぐなること、円なることはルールですか、そうですか(-_-)
お月さん見てまん丸だなぁ・・・ (「丸い」という概念・言葉でなく、視覚上の感受として)
も、ルールに則った、後天的感性・後天的知識ですか、そうですか(-_-)

770 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/24(土) 23:35:07.65 ID:ek9Q6N1u
>>759
>証明できて、論理的であるのが形而下。

証明できるのが形而下はいいとして、

> 悟りだとか涅槃だとか輪廻だとか、普通の人間が、有るのか無いのか確認できないようなものは形而上に決まっているw
> 瞑想で特定の人間にだけ確認がとれました〜なんてのは、まさにソレが形而上である事を物語っているw


瞑想という特定の形而下条件に規定され、特定の人間というこれまた形而下条件に規定されているなら形而下のものです。
ただし、形而下のものだが証明ができないという場合があるというだけ。
形而下においては>>666に示したように、技術的理由でなく構造的理由によって証明し得ない仮説があり、それはつまり非科学的仮説つまり迷信的仮説、一般に言う空想・妄想の類いです。

形而下において形而下の主体が[「『形而上』と名付けた形而下概念」を妄想するという形而下行為]をしているに過ぎない。


ところで、神や啓示はいざ知らず、涅槃や悟りはこのような妄想とは異なり、妄想にあたりません。
なぜなら、>>666に示したように、
・「諸行無常」という反証可能性を有する科学的な前提に基づき、
・「我がある」という反証可能性を有さない非科学的な前提によらず(「諸法無我」)、
・論理誤謬を含まない科学的に妥当な推論の結果として導かれる状態を、単に「涅槃」と名付け、そこに至ることを「悟り」と名付けただけのことですから、
・前提たる「諸行無常」に反証が与えられる(か、または論理誤謬を発見される)までは科学的には暫定的に「涅槃や悟りはある」と扱われる事柄です。
・構造的に反証可能性の無い「神や普遍の真善美が存在する」というような迷信的妄想仮説とは違い、
・構造的には反証し得るが、反証を得ていないために真と扱われる科学的仮説です。

771 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/25(日) 00:06:27.50 ID:rA6lY+nl
>>769
> お月さん見てまん丸だなぁ・・・ (「丸い」という概念・言葉でなく、視覚上の感受として)

月はただそれだけでは月の形でしょう。それは概念化されていない単に事実の視覚感受。
それは単に生体機械への刺激でしかない。
まん丸だなぁというのは既に意味付けられている、つまり概念化されているでしょう。そういう風に概念というのは刺激(経験)から後天的に形成される。

772 ::2014/05/25(日) 00:25:18.80 ID:Gr956CLA
>>768
>真理は真理ではない。これを真理と名づけるだけである。
>
>アホは『正しい道を踏みはずして、他人によって清浄となると説く。』(Sn.908)

アホはアホではない。これをアホと名づけるだけである。

諸々のアホは他人を「アホ」であると決めつけるのである。(Sn.882)

とスッタニパータは縁起します。 寝板より。

773 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 00:51:13.77 ID:HCyJ4uVS
> >一体、どこに「勝義において真理なるものはありえない」と説かれてますか。
> 真理⇔偽理の二項相対は世俗においてしか成立しない。
> 二項相対の一方の真理に執着するがゆえに、実存苦が自覚される。
> 真理は真理ではない。これを真理と名づけるだけである。

バカらしい。仏法が仏法でないのは実存が仏法にまみれているくらい達しているからであって、

法体恒有の問題は今以外問題にするからであり、執着し別意識がもたげてくるからであって、

法が虚しい事ではない。真理そのものが存在しない訳ではない。

真理を意識しないまでに真理であるからに他ならない。至るところ真理まみれならば真理が存在しようもない。

なぜなら真理において二項対立などあるはずもないからである。真理が存在しないのが二項超越ではない。

それでは虚無に陥っている。真理と非真理を超越するのが云々とイカれた超越論が始まってしまう。

774 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 01:01:53.33 ID:Xhd9d9Em
>>769
「丸い」という言葉は、共同体において、ほぼ同形の形状を区別・特定・指示する
ために合意された「記号」に過ぎない。しかし、完全な同形はありえず、また各人
の知覚も若干は相違するから、「丸い」は、あくまで一群の対象から思考によって
抽象された「形而上」である。

非具象物は、知覚できなのだから、それを指示・特定する記号は、実は、伝達の機能
そのものを果たしていない、無意味な記号である。全ての観念語がこれに相当する。

775 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 01:10:26.36 ID:Xhd9d9Em
>>767
>(たとえば、龍樹の根本的な誤り、中論24-8〜10など)

その「誤り」の理由を詳しく。中論は「二諦説」を否定している、で
いいですか?

776 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 01:20:41.08 ID:Xhd9d9Em
>>775は、>>762への質問でした。

777 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/25(日) 01:42:54.60 ID:rA6lY+nl
>>774
知覚できるものについて我々が形而下における経験から帰納的に円という概念を形成する場合、その概念は形而下由来であり、先験的に形成されてあるものとは言えないでしょう。
また「『平面上におけるある原点からの距離の等しい点の集合があるとした場合』それを円とする」という、直接知覚できない概念としての真円について決めごとを我々が作る(ないし合意する)場合も、
形而下の我々が形而下の決めごととしてそのようなルールを作って、その形而下ルール内で空想なりゲームなりという形而下行為をしているのであり、その空想内容は形而下由来の決めごとから演繹的に生じるわけで、
先験的にそのような真円があるとは言えないでしょう。

778 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/25(日) 01:46:01.67 ID:rA6lY+nl
>>777訂正。
× 知覚できるものについて我々が形而下における経験から帰納的に

○ 我々が形而下における知覚できる経験から帰納的に

779 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/25(日) 02:01:05.09 ID:rA6lY+nl
つまり「形而上」などというものは突き詰めれば「形而下における非科学的妄想行為の産物」をそう呼ぶに過ぎない、ということ。

我々が、反証可能性の無い非科学的な迷信前提を恣意的に公理と独り決めした場合、その公理系から生じる妄想を「形而上」と呼ぶだけ。
形而下存在である我々の形而下立論行為によって生じる様々な形而下仮説のうち構造的に科学的に意味を為さないものを「形而上」と呼ぶにすぎない。
形而下と離れて先験的に「形而上」が存在するとは言えない。

780 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/25(日) 02:18:40.40 ID:rA6lY+nl
>>777-778>>779補足。
帰納的に形成した概念であれ、決めごとをして形成した概念であれ、概念から演繹的に対象を認識することは仏教的には分別にあたり、
概念からの演繹によらない認識を如実知見というのでしょう。

なお、それが>>769への答えになるのではないでしょうか。>>771で同じことを言っていますが、再度。

781 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 02:50:20.99 ID:kNCXfFr4
>>779
>形而下存在である我々の形而下立論行為によって生じる様々な形而下仮説のうち
というのが何なのか分からないが、
>構造的に科学的に意味を為さないものを「形而上」と呼ぶにすぎない。
例えば、ビッグバンの観測は科学的に意味のある行為であるが、ビッグバンは形而上である。
意味を為さないと決め付けるのはいかがなものか?

782 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 03:50:52.86 ID:Kstw4JWQ
>>642
レス、ありがとうございます。

>ジグソーパズル全体が様々に形を変えながら輪廻している

ですね。
魂とか精神を持ったものが輪廻するとか生まれ変わりだとか言いますが
輪廻の意味を多くの仏教信者は間違って捉えてると思います。

>我々にはその巨大な有機体の全容を知る程の知覚力は無く決定論の全貌は不可知である

それももちろんですし、
宇宙の外がどうなっているのも解明出来なくて
考え出したら頭はおかしくなります。

自分も若い頃は迷っていました。だが
仏教に触れる機会をもらい、精神的なやすらぎとまでには行きませんが
仏教に遇う機会がなかったらどれだけ荒んでただろうと。

仏教スレ、来て良かったです。
ありがとうございました。

783 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 04:27:33.46 ID:Kstw4JWQ
>>711
レス、ありがとうございます。

一切心配するな、そう言われてもするのが凡人で
煩悩をたくさん抱えてますよね(汗
煩悩出しまくりの毎日です。

>親からいくら傷つけられても、何度も信じようとします。

そんな親というのは少ないと思うのですが
あなたはそんな事を見る機会が多いのですか?

神は二元論で仏教は一元論だと先日聴講した法話で聞きました。
キリスト教信者は神の子であってそれ以上の考えを持てば
背信論者になりかねません。

自分のような者は仏教に触れて
信じるというより理解の手前で納得するしかないので(汗

784 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 04:50:38.81 ID:bkrsO6eC
科学云々するけど 世界といいながら実は自分の頭の中だけの
演繹って解ってるだろうか?
現実そのものを見てるのでなく 妄想をみてるってことを

785 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 05:05:38.12 ID:bkrsO6eC
世界全体じゃない 個々別々
個々のたった今ここの自分の真実においての救いでなくて
何の意味があろうか
過去の祖師が見た云々が意味がないと言われるのはそういうことだ
必ず実地を踏むこと 絵に描いた餅でなく餅を食べること
信じる信じないは何の問題にもならない=即ち現実

786 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 05:39:41.89 ID:FuaOqm+r
630 :神も仏も名無しさん:2014/05/24(土) 07:44:27.05 ID:mgOgMSwx
>>387
>>380
>なぜ?我々は唾液でデンプンを糖化する能力を持っているけど、
>デンプンを摂食する以前に先天的にその能力はある。
>言語を習得する前に、言語を理解する事が可能な程度の能力を
>脳がもっていてもおかしくないでしょう。
 
人間に「関係性」が内在する由来を問題にしているから、 
ソシュールの言語論ではなく、プラトンの「想起説」の話になる。




そう、せいかいーーーー!
にしてつの限界、俺が書き込まなくともw

787 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 06:01:43.35 ID:FuaOqm+r
にしてつの撃破ポイントは630の文章路線だな。

788 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 06:22:14.42 ID:Vnvwlkot
色彩についての話
赤や緑などの色彩には、これこそが本物だという形而上的な本質が
あるのかどうか。プラトン的にはありそうな話ではある。
 
しかし神界には透明な霊魂と白い霧以外の色がない。
どうしてかと考えたが、透明であることは七色であることに気づいた。
光は透明だが、プリズムを通過すれば七色に屈折する。
 
色彩がないと退屈だが、色にはけだるさのようなものがある。
このけだるさは、色彩が部分であり、全体ではないという心の抗議かも。
透明な水や、透明な光こそが最上であり、真善美を体現している。
そんな理由から、色彩は形而下の現象だろうと思う。

789 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 06:47:22.32 ID:Vnvwlkot
1+1=2というような数の世界
これも神界での霊魂のあり方から推理できる。霊魂自体は自己であり、
周囲にある霧の世界が他者になる。霊魂は自己と他者を区別でき、
最初から1+1=2という関係性を知っている。
 
神界には2以上の数もある。霊魂は神界を猛スピードで走るが、
このとき、球体で透明な霊魂の表面に、無数の霧の粒が衝突している。
これらを数えられるぐらいの繊細さが霊魂にはある。
 
神界に登場する数は、1とか2とかの数字や算式ではない。
霊魂との関係として姿を見せる。つまり「関係性」の中に数字がある。
ここから形而下の数字や算式が生まれるのではないだろうか。

790 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 06:49:50.66 ID:S5K1F8wJ
パパジは悟りを涅槃時における自己消失体験としているようです。
つまりそれを目覚めと捉えている節があります。
実は、ここにも虚が潜みます。
涅槃、解脱と呼ばれる一連の流れがあるのですが、それは単に生命の体験であり
それが少々強烈な体験のために神秘体験と誤解されてきた事実があると思われます。
私が一番いいたいのは、涅槃、解脱によって何になることもありません。
限りなく平凡な人になるぐらいです。ただ心の動揺が少ないということはあります。
これが事実です。
覚者という人が虚を抱え、それを見聞きする人がまた虚を抱えてしまう。
ここを私は一番危惧します。

791 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 06:50:23.46 ID:Kstw4JWQ
>>788
人間が見るものそれぞれ見方が違うしね。
自分の都合のいいようにしか見ない。

流れる滝や緑、山を求めるのは
一体となった気が持てる気がするからなのかもですね。

792 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 06:54:38.87 ID:bkrsO6eC
真実を言ってるようでただ自分の脳内世界にのみ留まり
それを記述してるだけのものに注意してください

793 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 07:13:02.66 ID:Vnvwlkot
神界での霊魂体験から言えば、虚数はもちろん、
ゼロも負数も最初から存在しない。これらの概念は形而上でも、
形而下でもなく、反省された概念であるか、妄想された概念であるか
のどちらかのような気がする。
 
霊魂そのものが球体だから、円や球は形而上に存在する。
霊魂は直線を走り抜けるから、体験として直線が形而上に存在する。
ほかの形はないが、円と球と直線でほかの形ができるのだろう。
 

794 :巡礼法師ノスタルジア:2014/05/25(日) 08:08:21.06 ID:ZIRhLOr3
ナムナム

795 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 08:27:22.45 ID:rBTRltWv
この世のすべては有でも無でもないんだろ
すなわちこの世のすべては幽霊、お化けと考えておけばよい

796 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 08:45:40.54 ID:N3If60CB
>>773
>真理を意識しないまでに真理であるからに他ならない。至るところ真理まみれならば真理が存在しようもない。

『至るところ真理まみれならば』と言うあなたの仮説命題を経験的に立証してください。

たとえば>>789がだした1+1=2は真理ですか?
ほかにも
・1+1=11とか、1・1とか
・1+1=U、弐、A、A、二とか
・1+1=1と1とか
・1+1=6とか(英語で1は3文字のアルファベットでできているから)
発想アイデアは膨大にある。
1+1=2などというのは共同幻想における分別対象化既成観念でしかない。
アタマが固いのだ。

こういった「真理」と言う言語論理による分別既成観念に捉われている限り、仏法の直覚はありえない。

>>775
>中論は「二諦説」を否定している、でいいですか?

『諦』に「真理」を含意させるなら、中論24-18、25-19・20との矛盾は免れない。
上記のように「真理」なるものは、一定条件下での相対的な観念でしかない。
捉われてはならないのである。

世俗諦は仮説できても、勝義『諦』はありえないのである。

797 :796:2014/05/25(日) 08:58:06.66 ID:N3If60CB
訂正
×  『諦』に「真理」を含意させるなら、中論24-18、25-19・20との矛盾は免れない。
〇  『諦』に「真理」を含意させるなら、中論24-8〜10と24-18、25-19・20との矛盾は免れない。

『一切の執着を脱っせんがために、ブッダにより空が説かれた。
 しかるに人がもしも空見を抱くならば、ブッダはその人々を『癒されない人』と呼んだのである。』
                (中論13-8 同趣旨24-11・12)

勝義『諦』(中論24-8〜10)は空見である。 

798 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 09:20:33.27 ID:MNc8T6MD
>>771>>774
だから、「言葉」「概念」じゃないと言っとろうがw (それ以前の話。)

>>771
「丸い」という認識は確かに後天だろう。
が、その後天的知識の前に、(いみじくも貴方自身が >刺激(経験)から と言うように)、
経験自体が先んじる。その経験は、
後に「丸、円、丸いもの」というラベリングがなされることになる『或る視覚情報』だ。
そこには、「真に円ではない」とか「歪んでいる」とかいったバリエーションは無い。
あるのはまさに「丸きもの」(…後に「丸、円、丸いもの」というラベリングがなされるもの)だ。
だから、その「後に、丸きものとラベリングされるモノ」のサンプル蓄積の上に、
「(真)円」なる、決して存在しない、理念的「丸きもの」が構築される、と言いたいのでしょう。
でも、それはルールなの?公理なの?
反復記憶された情報が、最大公約数的にシェイプアップされただけじゃないの?
ルール的に他者と共用できるの?(美醜の基準と何が違うの?)畢竟、個人のものじゃないの?
或いは、結果論的「共同幻想」じゃないの?
まあ、それをこそルールと呼ぶのだということであればそれでいいけど。

799 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 10:16:29.91 ID:HCyJ4uVS
> アタマが固いのだ。
> こういった「真理」と言う言語論理による分別既成観念に捉われている限り、仏法の直覚はありえない。

至るところ仏法まみれだ。ゆえに経も唱えるし、鐘も撞く。

二項超越を眼目に置くなら、それもまた捉われだ。

0+1=0と主張するみたいだけど、そうでなく、

【0+0=1】、【勝義 − 勝義 = 勝義】【勝義と世俗 − 2項 = 勝義と世俗】ではないか。

800 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/25(日) 10:48:59.69 ID:rA6lY+nl
>>786
> 人間に「関係性」が内在する由来を問題にしているから、 

内在するのは「関係性」ではなく「関係性という概念を作る機械的機能」と言っています。
体内に内在するのは「糖」ではなく「糖化する機械的機能」と言っています。

801 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/25(日) 10:51:07.06 ID:rA6lY+nl
>>781
> というのが何なのか分からないが、

あらゆる仮説は
形而下の事実から帰納的に得られた材料を前提に演繹推論したものか、
形而下の主体が恣意的に定めた公理を前提に演繹推論したものか、
いずれか(またはその複合)である。
いずれにせよ、それぞれ形而下の条件に規定された推論であり、形而下に対して独立した先験的なもの(形而上のもの)とはいえない、ということ。

> 例えば、ビッグバンの観測は科学的に意味のある行為であるが、ビッグバンは形而上である。
ビッグバン仮説は天体同士が遠ざかっているということから論理的に導かれる科学的仮説で、構造的には反証可能性があるでしょ
技術的に反証できていないだけで。

802 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 10:59:04.75 ID:FB8MR5Rj
>782->>783
>>ジグソーパズル全体が様々に形を変えながら輪廻している

>ですね。
>魂とか精神を持ったものが輪廻するとか生まれ変わりだとか言いますが
>輪廻の意味を多くの仏教信者は間違って捉えてると思います。

物質における生物循環は、その通りだと思います。
では、人間は精神活動しています、その精神はありのままみてどのような
循環をしているのでしょう。
私は今、ありのままといいましたがそれも精神活動です。
物理学は、物の理(ことわり)を解き明かそうとします、
それもありのままの人間の精神活動です。

>>我々にはその巨大な有機体の全容を知る程の知覚力は無く決定論の全貌は不可知である

>それももちろんですし、
>宇宙の外がどうなっているのも解明出来なくて
>考え出したら頭はおかしくなります。

宇宙物理学者や天文学者は、ある手法でそれを表現しています。
薔薇の花を描く、絵画、小説家、音楽家も、舞踏、演劇、
それぞの手法で向き合っています。
そして衣食住を指揮する主婦や主夫もその表現活動の主(あるじ)です。
手段、手法は違いますが、それぞれの楽器を担当し大オーケストラが
奏でられています。

803 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 11:00:54.90 ID:X0onnKOy
>>740のつけたし
形而上は形のないものだけど
形のないものをさすのでなくて動的に形の変わるものとして捉える
形がないものをさすのでなく形として捉えないことを形がないといっている

その原理や働きや仕組みとしてを捉えることで
その形而上に対する形而下とか形而下に対する形而上として捉える

そんなようなことが書いてあったけど
あやしくて信用できない

804 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 11:05:51.90 ID:FB8MR5Rj
>一切心配するな、そう言われてもするのが凡人で
>煩悩をたくさん抱えてますよね(汗
>煩悩出しまくりの毎日です。

無知の知は、無知からもう脱出しています。
煩悩出しまくりだと解る、煩悩から脱出しています。

>>親からいくら傷つけられても、何度も信じようとします。

>そんな親というのは少ないと思うのですが
>あなたはそんな事を見る機会が多いのですか?

詳細は省きますが、児童を保護する場所がありますね、
そこで起こっている事などと理解して下されば良いです。
そして、今は話しの焦点をそこに持って行こうというのではなく、
信じるの話しに焦点があります。

805 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/25(日) 11:06:32.18 ID:rA6lY+nl
>>798
> が、その後天的知識の前に、(いみじくも貴方自身が >刺激(経験)から と言うように)、
> 経験自体が先んじる。

(中略)
>「後に、丸きものとラベリングされるモノ」のサンプル蓄積の上に、
「(真)円」なる、決して存在しない、理念的「丸きもの」が構築される、と言いたいのでしょう。

実証的な経験から帰納的に得られた根拠からなる演繹推論の他に、
公理を恣意的に定めて、それを根拠に演繹推論する方法があるとして、

> でも、それはルールなの?公理なの?

公理、とは実証によって真偽を得られないもの、主体が恣意的に真と決めたに過ぎない決めごと、という意味。

>畢竟、個人のものじゃないの?

そう。その公理を真と(ルール化する)する個人に還元される。だから形而下だということ。

806 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 11:07:18.77 ID:Vnvwlkot
>>791
>流れる滝や緑、山を求めるのは
>一体となった気が持てる気がするからなのかもですね。
 
山には自然との一体感がありますよね。
俗世から離れ、自然を相手にすることで、本来の自分を思い出すのでしょう。
休日に、街なかで休息するのとは一味違いますね。

807 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 11:09:26.35 ID:FB8MR5Rj
>>802->>804

の続きです。

>神は二元論で仏教は一元論だと先日聴講した法話で聞きました。
>キリスト教信者は神の子であってそれ以上の考えを持てば
>背信論者になりかねません。

そうですか、私はキリスト教の神は二元論というのが分かりません。

先に君が、仏教信者は間違って捉えているのではないかと、
ふっと感じておられるような事を言われましたね。

それと同じで、キリスト教信者もと、同様の事が推測されるわけですから、
仏教が、キリスト教がではなく、君の私の理解(ものごとの読解力)
によって、世界が違ってくるのですね。

>自分のような者は仏教に触れて
>信じるというより理解の手前で納得するしかないので(汗

納得するにも、信じる活動が生じていますね。

☆☆☆

808 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 11:14:40.56 ID:FuaOqm+r
ま、にしてつは幼稚な哲学で、文化に秩序的な法則が存在するという目出度い思考のタイプである事は明白だなw

809 :796:2014/05/25(日) 11:32:33.31 ID:N3If60CB
>>799
>至るところ仏法まみれだ。

『至るところ仏法まみれだ』というあなたの仮説命題を経験主義的に立証してください。
信仰に逃げ込みますか?

仏法の対象化はありえない。
なんのことかお分かりにはならないでしょうが・・

>二項超越を眼目に置くなら、それもまた捉われだ。

超越などありえない→中論25-19参照。

>【0+0=1】、【勝義 − 勝義 = 勝義】【勝義と世俗 − 2項 = 勝義と世俗】ではないか。

分別三昧でしかない。

まったく五里霧中なお方ですね。

810 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 11:38:12.08 ID:FuaOqm+r
809も意味不明自己陶酔である事は明白だなw

811 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 11:40:54.26 ID:Vnvwlkot
形而上と形而下の区別
 
形而下が、身体の感覚に基づく、体験や概念であることに異論はない。
問題は形而上になるが、身体の感覚以外の体験とは何かを
明らかにしないと話が混乱する。
 
結論を言えば、形而上の体験はありえるのであり、それは心的な感覚に
よって行われる。心的な感覚の代表用語として「心眼」を使いたいが、
この心眼によって形而上の体験が可能になるのである。
 
体験に着眼し、心眼の体験を形而下にすれば話が混乱する。
心眼の体験があっても、その体験は形而上として整理すべきだろう。

812 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/25(日) 11:42:17.69 ID:rA6lY+nl
>>808
文化の秩序的な法則って何を指して言ってるの?ただのレッテル貼りでないなら指摘を。

813 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 12:03:53.10 ID:Vnvwlkot
形而上の問題などについて、仮説から演繹することで
答えを探求する「仮説演繹法」という方法が学問的に認められている。

仮説に合わない矛盾が存在したら、その都度仮説を訂正していく。
矛盾が存在しないなら、その仮説は真理に準じて扱われる。

814 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 12:19:12.55 ID:HCyJ4uVS
>>809
>>至るところ仏法まみれだ。

>『至るところ仏法まみれだ』というあなたの仮説命題を経験主義的に立証してください。
信仰に逃げ込みますか?

仮説命題を経験主義的に立証すると体的な次元が免除される?

> 仏法の対象化はありえない。
> なんのことかお分かりにはならないでしょうが・・

ちゃちい話だ。対象化などしていないが。
生活してる人は『私は生活を実践している』とは言わないし
呼吸する時、わざわざ私は今呼吸しているとは言わない。

> >二項超越を眼目に置くなら、それもまた捉われだ。
> 超越などありえない→中論25-19参照。

真理‐非真理に分岐するのは分別を起こしているからだろう。

> >【0+0=1】、【勝義 − 勝義 = 勝義】【勝義と世俗 − 2項 = 勝義と世俗】ではないか。
> 分別三昧でしかない。

発想はいろいろあるんじゃなかったかい?w
二項で見るからそうなる。


> まったく五里霧中なお方ですね。

人にミストをカケておいて五里夢中にされてもww
こちらはアナタが答えて欲しい様に答えたまで。

815 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 12:25:18.57 ID:Vnvwlkot
>>812
横ヤリだけど、同じ経験をしても同じ人間にもならないし、
同じ文化にもならないということじゃないの。
もちろん、まったく違うのではなく、似ているところもあるのだろうが。
要するに人間は機械じゃないと。

816 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 12:26:01.32 ID:FuaOqm+r
にしてつは、文化を帰納、演繹できると思っているだろ?
自覚が無いのか?頭悪いなあw

817 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 12:26:42.50 ID:iGmXc4b+
形而上と形而下なんて区別は一つの基準じゃないかねぇ

純数学的な目的のために研究している人多いよ
一般人からすれば、そんなことして何がたのしいの的なことばっかやってる
証明された公式が何に利用されるとかまるで考えていない
ただそうすることが楽しいから彼らはやってるんだよ
だが、そうして得られたことが思いもかけず新たな視点をもたらすことがある。
具体から抽象、抽象から具体ばかりの視点で世の中動いているわけじゃないよ
具体だけ、抽象だけの人もいる。
彼らはいわゆる奇人、変人、バカと言われる人たちかもしれないけど
社会は彼らをある程度許しておく寛容さをもっているべきじゃないかな
9条は集団的自衛権を許すかどうかの純文章的な意味を問う神学論争は
具体的な現実を加味すればもはや無意味であるけど、
文章に対して誠実である態度はそれはそれで見習うべきところもあるのは確かだろう

818 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 12:27:40.19 ID:dgQfjNGn
神を信じる前に自分自身の意思を信じろ

819 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/25(日) 12:46:31.75 ID:rA6lY+nl
>>813
演繹推論による仮説はある前提群を真であるとする公理系の中でのみ有効。
公理系の外ではその前提に反証可能性が無ければ仮説として意味を為さないもの。

820 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 12:53:47.56 ID:FuaOqm+r
にしてつ、レッテル貼りというから答えてやったのに都合が悪いとスルーか?W

821 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 13:01:05.35 ID:iGmXc4b+
>>820
彼の内実は権威主義だと思うよ
論理そのものを推敲しているわけでも、現実性を忖度しているわけでもない
してれば対話ができているはずだからね
ただ、彼は現多数派あるいは或る思想の優位性を見せつけて
それに自分が身をよせることで安心できると思いこんでいるんだろう。
彼は自信がなくて孤独で不安なんだよ
見守ってあげればいいよ。君まで惨めになる必要はない。

822 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 13:05:54.89 ID:3FlEYvr7
>>811
>問題は形而上になるが、身体の感覚以外の体験とは何かを
>明らかにしないと話が混乱する。

感覚は、身体のみから生じる。身体が死ねば、いかなる感覚も無い。
観念によって身体感覚が狂わされたのが宗教者である。存在論が滅茶苦茶。

宗教以前の幼児たちが、いかにして物の有無(実在と非実在、現実と非現実)
を識別しているかから学べ。

823 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 13:18:18.97 ID:bkrsO6eC
>>822
死んだら 赤ん坊になってから話せ
詰めが甘いぞ

824 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 13:23:01.28 ID:FuaOqm+r
人間の脳無視の822生命教隠居と、法則魔にしてつ、
どちらもイビツだなあw

825 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 13:25:56.51 ID:bkrsO6eC
法則というか西洋的キリスト教的契約の話だな
人間の作り物のはなし

826 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 13:28:40.61 ID:3FlEYvr7
>>824
開祖の狂った脳機能が感染したから、信者の現実感覚が狂ってしまったのだよ。
全ては、開祖の狂気の感染による開祖盲信の結果である。生来的な知性(批判力)
は、一体どこに置いてきたのか。

827 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 13:31:58.42 ID:Vnvwlkot
>>822
肉眼のほかに、さらに心眼があるという話です。
夢の中で、見たり聞いたり食べたり話したり触れたりしないですか。
少なくても夢を見ているでしょう。それが心眼です。
 
ただ、悟らないうちは夢に翻弄されるだけ、まだ心眼が開いていない。
心眼が開けば、夢の中で状況判断ができるようになる。
そうなるには、止観のうち観の完成、神との出会いが欠かせない。

828 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 13:33:21.91 ID:3FlEYvr7
>>823
死ななくても、赤ん坊にならなくても、死者や赤ん坊を観察すれば容易
に分ること。その観察さえできなくなったのが、開祖盲信で狂った
宗教患者たちである。

829 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 13:36:00.28 ID:bkrsO6eC
>>828
そりゃ観念による推測だろう
あんたは観察だけで他人の事が解るのか
オカルトみたいだな

830 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 13:38:59.67 ID:FuaOqm+r
>開祖の狂った脳機能が感染したから



文章が変だ、世俗から遠い変なおじさん隠居かもなw

831 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 13:39:14.65 ID:3FlEYvr7
>>827
>そうなるには、止観のうち観の完成、神との出会いが欠かせない。

ほほう。釈迦仏教は、在外の神という「絶対」「自性」「常住」を信じ
て(妄想して)いるのか。それでは邪教キリスト教と何らの相違もない。

832 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/25(日) 13:39:56.70 ID:rA6lY+nl
>>820>>816
文化を演繹・帰納するってどういうこと?

私の言ってないことを指摘してないか?

「形而上」などという存在は形而下の(=形而下において生じる)妄想に過ぎない、と言っているんだよ。
「形而上」とやらが生じるメカニズムが
・形而下から帰納的に概念形成した
・形而下主体が公理を定めて概念形成した
い ず れ で あ る に せ よ 、
形而下に規定され、形而下において形成された概念に過ぎないと言っている。
形而下と離れて形而下に対して先験的に存在する『形而上』はあるといえない、ということを言っている。
「形而上」という能記に対して、レフェランとしての『形而上』があると言えない、ということになるのか。

833 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 13:43:11.59 ID:bkrsO6eC
無いのならそれについて取り上げたり
取り扱う必要性はまったくないな

834 :にしてつ ◆oZtcZx4E.M :2014/05/25(日) 13:47:59.34 ID:rA6lY+nl
FuaOqm+rをID抽出したら見事にレッテル貼りしかしていない件w
そろそろ寝ます。

835 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 13:51:53.10 ID:bkrsO6eC
妄想に苦しめられるというのは 幽霊に苦しめられるがごとく
無いものを取り扱う=取り扱われるということ

836 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 13:59:29.76 ID:3FlEYvr7
>>830
>文章が変だ、世俗から遠い変なおじさん隠居かもなw

はいはい。開祖の盲信ご苦労さん。

広い世俗から見れば、宗教者は、「身体を忘れた精神性」という狂気
に過ぎないことを、自覚しようね。もはや一生無理かも知れんがw。

狂気(精神病)とは、「現実との接触の喪失(loss of contact with
reality)」と定義されている。現実とは「(必要な場合は観測装置を
使用して)不特定多数人のほぼ同一の五感で知覚できる世界」をいい、
それ以外を「空想、妄想、非現実、非実在」という。

現実をいくら突きつけても認められないのが妄想患者。人間社会に巨大
な害悪をもたらす。中東の惨状を見よ。だから治療の対象にするのだ。

837 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 14:00:20.51 ID:bkrsO6eC
易経の続き
形より下のもの
これを器という

器に何が入るかという記述はない

838 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 14:09:22.26 ID:MNc8T6MD
広い世俗から見れば、「精神性を忘れた身体」という狂気に過ぎない御仁が何か仰ってますねw  >>836

839 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 14:12:25.27 ID:iGmXc4b+
>>836
こういう文章て極めて中韓人的なんだよな
儒教的、いや朱子学的形式主義、大義名分論的思考の硬直から脱しきれていない。
俺はこういう見方をまったく否定はしないが
それを利用し利用される人々を見ると、やはり関わりたくないなと思ってしまうな
セヲル号の一連の騒動を見ているときと同様に。

840 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 14:15:32.90 ID:3FlEYvr7
>>838
精神性は生きた身体から生じる。その逆はない。

死体に精神性(意識)があったら、火葬も埋葬も殺人罪になるぞ。
そもそも、火葬の高熱に耐えられないw。火葬中に「熱い」と叫ぶ
死体があるか?w

841 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 14:22:10.99 ID:MNc8T6MD
>>840
だからw

それを大切にする事こそが、共同体を営む、社会的動物である人間が、
(憲法等に謳われる如く)「人間らしく」生きる爲の必須事案でしょうがw

生じてる筈なのに無視し、常に肉体的欲求の下位に抑圧し抑制し、制限し、
肉体のみを至上とする貴方の方向性が、現代人的・文明人的、人間的とは思えませんね。
寧ろ、至極動物的で、欲求を抑制することなき猪突猛進(盲信)でしょw
中東のイカレタ人たちと貴方の間にこそ何の違いもありませんよwww

842 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 14:23:07.01 ID:tWodoC1S
精神があるから肉体が活動できるんだよ
肉体ってのは単なる牢獄みたいなもんだ
精神はここから宇宙の果てまで一瞬にしてたどり着く事ができる

843 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 14:23:46.93 ID:MNc8T6MD
>>841付言

隠居には心が存在しないようだから仕方ないけどなw

844 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 14:24:48.48 ID:bkrsO6eC
人と人との関係性を大切にというのにね

845 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 14:26:50.21 ID:kNCXfFr4
>>842
>精神はここから宇宙の果てまで一瞬にしてたどり着く事ができる

できませんww

846 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 14:29:04.59 ID:MNc8T6MD
>>844
>人と人との関係性

隠居は、
肉体と肉体との関係性(・・・物と物との関係性)には言及するけど
精神と精神との関係性(・・・心と心の関係性)は完全無視だもんなぁ・・・。

なんせ、龍樹は中論で「物が実在することと物と物の関係することを述べた」と言うくらいだからなぁ・・w

847 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 14:35:14.39 ID:3FlEYvr7
>>841
他の動物達は、生存に無関係に、同属同士で殺し合ったりはしないぞ。
その意味で、宗教者は、文字通り「犬畜生にも劣る存在」。

宗教による集団的、意図的大殺戮と、宗教以外の原因による偶発的殺害とは、
その規模と態様が、数桁違う。後者については、サイコパスでない限り、
殺害後に「良心の呵責」が生じるが、前者では、殺害が「喜び」となる。
開祖の信仰を守ったからである。

中東だけでなく、小乗国タイの惨状も同じ。

848 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 14:40:46.04 ID:bkrsO6eC
インキョは知識も詰めが甘々だからつい突っ込みたくなるなあ

849 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 14:48:18.42 ID:iGmXc4b+
甘いというか、信じているから気づかないんじゃないかな
過去に何かあったんでしょ

850 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 15:41:15.14 ID:MNc8T6MD
>>847
また、話が逸れるw

「精神性、心」によって「身体性、肉体」(の志向)を、或いは個人的欲求を抑制することが、
人間が社会を築き上げる要だろ? と言ってるの。
宗教性によって抑制するケースだけじゃないぞ。
学校での規則はどうなんだ? 家族内での決め事は?
サークルや町内の各種活動での規則は? 法律は?憲法は?
およそ、人が社会性を維持継続してゆく際に利用しているのは、
まさに、心(或いは理性)による肉体、精神性による身体性の制御なわけだが?
そこんとこをどう考えてんだ?と。

お前さんの目には、こうした人間社会がどういう風に映ってんだろうなw


西で風が吹いたら宗教のせい、東で雨が降ったら宗教のせい。
なんでもいいんだなw

851 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 15:58:21.37 ID:ceagU5We
ネアカーネクラ、社会人ーひきこもり、金持ちー貧乏とか対立概念を必要とするものは自立していない、無自性
こういう無自性の幻に人間は動かされて輪廻するわけだ

852 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 15:59:54.59 ID:bkrsO6eC
しかし生命教教祖直々に「犬畜生にも劣る存在」という言葉を出されるとは
笑いで心の統制を失ってしまいそうなんだが

853 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 16:19:56.27 ID:iGmXc4b+
今は笑ってられるけど、正直こわいね
彼がどこまで自覚的にやってるか分からないし
カルトもこわいけど、コントロールが効かなくなった彼も同じくらいこわい

854 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 16:41:55.11 ID:kNCXfFr4
まあ、隠居さんも地球と人間が同時に発生した〜なんて阿呆な事も言うけど
言っている事は概ね正しい。私は隠居さんを70%は支持しますw

855 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 17:00:26.63 ID:WuZDhhFr
私は隠居さんを3%は支持します

856 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 17:10:45.05 ID:FB8MR5Rj
>>854
どこが概ね正しいのだ。

犯罪者にも犯罪者の主張があるといえばわかるかな。

お前が美男子だから、お前が美女だから

憎しみが湧いてきた、それも主張だ。

しかし主張したから正しいと限らないな。

隠居氏が概ね正しいというのなら、

美男、美女に嫉妬なしで、述べて見よ。

857 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 17:18:52.03 ID:H6zJVNOy
>>850
>学校での規則はどうなんだ? 家族内での決め事は?
>サークルや町内の各種活動での規則は? 法律は?憲法は?
>およそ、人が社会性を維持継続してゆく際に利用しているのは、
>まさに、心(或いは理性)による肉体、精神性による身体性の制御なわけだが?
>そこんとこをどう考えてんだ?と。

それらもすべて、究極的には、「生命(肉体)の維持」のためである。ちょっと
考えれば分ること。さもなければ、規制の意味は無いし、誰も守らない。例外は、
「宗教の教典」だけ。

集団的自衛権などが問題になるのは、憲法が宗教化(精神化)している
からである。

858 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 17:25:47.57 ID:bkrsO6eC
うわ ご期待に答えましたよみたいな回答きたこれ

859 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 17:27:43.75 ID:IjdhdFyE
キターーーーーーーーーーーーーーーー

860 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 17:27:48.52 ID:FB8MR5Rj
>>857
>例外は、 「宗教の教典」だけ。

↓ ↑

>集団的自衛権などが問題になるのは、憲法が宗教化(精神化)している
>からである。


「宗教の経典」だけ と言った矢先から憲法に被せか。
話しのどこにも筋もなく、印象操作だけは一人前だといわれるぞ。


これでは、変態いいがかり政治宗教トリックカルトと言われるぞ。w

861 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 17:54:24.10 ID:H6zJVNOy
>>860
>話しのどこにも筋もなく、印象操作だけは一人前だといわれるぞ。

宗教者の話の筋は、開祖の精神病のため、筋自体が狂っているのである。
宗教は、印象操作の典型。信者は、開祖の「知名度」に群がるミーハーの
ブランド信仰と全く同じ。

大人になったら、人間社会は1個人の有名人ではなく、無数の生活者の
無言の努力によって維持されていることくらいは理解しよう。

862 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 18:01:15.57 ID:iGmXc4b+
>>861
あなたが生命教の開祖に見えるんですが、気のせいですか?

1、宗教の開祖はみな精神病
2、あなたは生命教の開祖
3、あなたは、・・・

863 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 18:06:12.23 ID:H6zJVNOy
>>846
>なんせ、龍樹は中論で「物が実在することと物と物の関係することを述べた」
>と言うくらいだからなぁ・・w

中論第一章は、「もろもろの存在」という言葉で始まる。実在世界(現実界)の
「構成原理」を説いたもの。甘ったれた百人百様の精神性などではない。だか
ら現代科学でも、そのまま通用するのである。

864 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 18:12:31.03 ID:H6zJVNOy
>>862
生命教には、開祖も教典も不要。一人ひとりの人間が、生来的に、「生命」
という一大聖典を、その身体内に持っている。

道元さんも、「仏道とは、己に習うなり」と言ってるではないか。
つまり、外在の開祖や教典ではなく、己の生命の声に従えということ。

865 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 18:16:05.50 ID:FB8MR5Rj
>>861
これこれ、君の話しの筋が狂っていると言っているのだ。

>宗教者の話の筋は、開祖の精神病のため、筋自体が狂っているのである。

そのように、はぐらかす事をするな。
そのすり替えは、まるで犯罪者のようだね君は。

お前さんが、自分がした話しの狂いをまずどうするかだ。

866 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 18:16:34.40 ID:iGmXc4b+
>>864
よく分かりません
バナナは生命に入りますか?

867 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 18:33:48.27 ID:ximC5XGi
生命教は動物、植物は食わないんですか
生命を殺して食うとか生命教の理念に反するだろ

868 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 18:53:19.86 ID:bkrsO6eC
>>863
百人百用だろうが否定も肯定もないぞ
一体どの存在とやらがそんな事をいうておるのだ

869 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 19:04:23.48 ID:bkrsO6eC
>>861
>大人になったら、人間社会は1個人の有名人ではなく、無数の生活者の
>無言の努力によって維持されていることくらいは理解しよう。

関心 関心
ではなぜここにいる人達を礼拝せんのか?

870 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 19:13:41.03 ID:HCyJ4uVS
>>864
> 生命教には、開祖も教典も不要。一人ひとりの人間が、生来的に、「生命」
> という一大聖典を、その身体内に持っている。

エゴイストは生命教の敬虔な信者ですか?w
生存本能は敷衍すると、状況によっては何でもありのエゴイズムになりかねないからね。
観念が足りないとw、獣になるw

> 道元さんも、「仏道とは、己に習うなり」と言ってるではないか。
> つまり、外在の開祖や教典ではなく、己の生命の声に従えということ。

道元さんやその経典は外在の宗教者や経典ではないんですか?




竜樹や道元の経典は内在のそれなのか。隠居の脳の中に彼らがいるとかw

しかもくりぬいて利用する時だけ宗教者じゃなくなるのか?生命教の先哲みたいなw

隠居の脳の中に小人が居て命令してたらどうする?wwwww

871 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 19:23:01.60 ID:H6zJVNOy
>>866
動物と植物とは、同じ生物でも、明確に区別すべきだね。植物は、傷つけても
苦しまない。ジャイナ教徒でも、植物は食べるのは、これが理由である。

>>867

生存のため、やむを得ず人間が他の動物を食うのは許されると思う。
生存本能は、己と己の身近な者の生命を優先する。種属としての生命の
維持という、全ての動物に共通する本性である。この意味で、イエスの
アガペーは、動物の本性に基づかない観念愛、人工愛であり、動物である
人間としては誤り。アガペーを唱えながら大量殺戮を行なうキリスト教の
歴史と現状が、そのことを如実に証明している。

宗教者は、1個人の開祖やその教義という、極めて限られた狭い世界では
なく、38億年という壮大な生命の歴史から、物事を考えるべきだね。

人間が動物の一種属に過ぎない以上、動物としての本性に基づかない限り、
人類は滅びる。その兆しは、宗教において既に表れている

872 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 19:26:28.45 ID:bkrsO6eC
人の説法を聞けないものが
どうして無情のものたちの説法を聞くことができようか

873 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 19:30:47.80 ID:MNc8T6MD
>>871
>植物は、傷つけても苦しまない
なぜ、それがわかるwww

>ジャイナ教徒でも、植物は食べるのは、これが
彼ら(を始め岡系)は、
君が毛嫌いし全否定する魂、霊魂、生命、jIvaジーヴァ等の有無や種類や階級によって、
(→まさに、人間を頂点とする西洋的・キ教的階層或いは神智学的階層社会のモデルによって)
人間のみが違う、と言っているわけだが、
君もやっぱりそうかw
バリバリキ教的じゃないかwww

874 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 19:31:33.75 ID:kNCXfFr4
>>871
仏陀の慈悲の対象は生きとし生けるもの全て。
>植物は、傷つけても苦しまない。
自分が植物でもないのに確定判断できるはずもない。
科学知見では植物にも感情がある〜らしい。
植物といえどないがしろにはできない。
植物の種や実をありがたく頂くという気持ちはあって当然であり、
植物は切り刻んでも痛くないのだから好きなようにする〜というのは傲慢。

875 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 19:45:17.70 ID:H6zJVNOy
>>870
生存本能は、独りでは維持できないことを、これも本能的に知っているから、
生存本能から、共同体形成維持本能、自他の死への恐れ、他者への思いやり
という本能と自然の感情が派生する。すべての人間が己と同様の生存本能を
持つことを自覚すれば、他者の生存本能を害することに恐れを感じる。

すべて、己自身の生存本能(エゴ)を無条件で認めることから始まる。

中論直系の大乗仏教は、「生命教」であると解する。なにしろ「如来の本性は、
生類の本性(即ち生命)」なのだから。法華経の「久遠の本仏」は、「種属と
しての人類の生命」であると解する。釈迦は、80歳で死んだのだから、「久遠」
では有り得ない。

876 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 19:46:03.78 ID:FB8MR5Rj
>>871
君はね、
>>857で、
>集団的自衛権などが問題になるのは、憲法が宗教化(精神化)している
>からである。

宗教化という印象を被せるな。犯罪者だな君は。

そして、集団的自衛権を安倍が成立させることに対して賛同しているのだね。
そしてそれがお前さんの、工作員としての使命である訳だ。

生命教と言うのは、大衆を大衆の弱点を心理誘導して

おまいらの欲望を達成する、これでいいか。

877 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 19:52:06.87 ID:H6zJVNOy
>>874
>自分が植物でもないのに確定判断できるはずもない。

少なくとも、「人間」から見れば、苦しんでいるようには見えない。
そこまででよいのである。それ以上考えることは、人間としては
妄想であり、人間が人間ではなくなってしまう。

878 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 19:56:51.49 ID:bkrsO6eC
酷いこと言われて表面上は笑ってる人にはどうする

879 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 19:59:01.27 ID:kNCXfFr4
植物が人間の言葉で「痛い」と言わず、物静かで意思の主張がないように思えるから
植物は苦しまない〜というのは人間の驕り以外の何者でも無い。
植物のおかげで人間が生きていられる事を思えば、植物を大切にする気持ちは起こっても
植物に苦痛は無いと切り捨てるのは傲慢。

880 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 20:05:54.65 ID:iGmXc4b+
ぶっちゃけ、隠居さん肉食べてるでしょ?

881 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 20:11:16.04 ID:CjEzu5B5
生命教じゃ安心の境地とかあり得ないな
食い物に困ってるホームレスに襲われても文句言えないわけだ
ホームレスも生命維持のために金が必要だからな
生命教は己の生命維持が最優先らしいから

882 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 20:15:12.35 ID:HBOZ8A5N
生存本能を自覚したら他者の生存本能を害することに恐れを感じるって本当かよ?
むしろ本能に忠実になったら戦国時代みたいになるだろ、どう考えても

883 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 20:16:38.58 ID:RcfQFhSN
>>827
その通り!
自性がなくなるのは、更に、その先の話。
心眼(隻眼)が開けば、仏教の話が分かりやすくなる。

884 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 20:25:55.24 ID:HCyJ4uVS
>>875
> 生存本能から、共同体形成維持本能、自他の死への恐れ、他者への思いやり
> という本能と自然の感情が派生する。すべての人間が己と同様の生存本能を
> すべて、己自身の生存本能(エゴ)を無条件で認めることから始まる。

他者への算段なw
無条件でエゴ肯定とかww、エゴにエゴを上乗せした余計な行為だろうww
生存本能の上に更に生存本能wwなど不要だろう。

生命教とは生存に居直りが生じただけの、反逆なり。ヤクザ的な生きる為の生存肯定だろう。
・・・・
精神探求や抑圧教育、文化的価値に対しての一切に恨みがある。余計なものとして削ぎ落としたいのだ。

> 中論直系の大乗仏教は、「生命教」であると解する。なにしろ「如来の本性は、

生命教中論の如来とは?
斯くの如く本能的に生きて斯くの如く去る(死ぬ)訳か?wwwww

生存教の大乗とは?

大船の中の人間が船から居なくなると(関係性の中の己も危ういから)
大船が平衡を崩して転覆するから、

誰も船から落ちない様に戦々恐々と互いに監視し合う事か(おぞましいな生命教大乗ww)

885 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 20:30:21.74 ID:iGmXc4b+
<生命教早わかりマニュアル>

生命とは何ですか? →相手がわかっていると答えた場合  → 答えなくてもいい
             →相手がわかっていないと答えた場合→そんなことも分からないのか、おまえは精神異常者

わかると答えた人が問題を起こす → 彼は嘘つき、精神病だったにちがいない。

生命教っておかしくないですか? → おまえは精神異常者

886 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 20:34:31.96 ID:bkrsO6eC
菩提薩四摂法

同事(事を同じくす)とは、違わないことです。自分にも違わず、他にも違わないことです。
たとえば、人間の如来である釈尊が、世の人間と同化していたようにです。

如来が、人間の世界に同化したことで知られることは、如来は他の世界にも同化したということです。同事を知る時、自他は一如なのです。

かの琴や詩や酒は、人を友とし、天を友とし、神を友としています。また人は、琴や詩や酒を友としています。

さらに琴や詩や酒は、琴や詩や酒を友とし、人は人を友とし、天は天を友とし、神は神を友とするという道理があります。これが同事を学ぶことです。

たとえば、同事(事を同じくす)の事とは、姿であり、威儀であり、態度のことです。

他を自分に同ぜしめて後に、自分を他に同ぜしめるという道理があります。自他の関係は、時に応じて無窮なのです。

管子にいう、
「海は水を拒まないので大海となる。
 山は土を拒まないので高山となる。
 明主(優れた君主)は人を嫌わないので衆が集まる。」と。

知ることです、海が水を拒まないのは同事なのです。さらに、水は海を拒まない徳も具えていることを知りなさい。

このために、よく水が集まって海となり、また土が重なって山となったのです。

887 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 20:37:31.46 ID:RcfQFhSN
生命教が、今、一番HOTな話題なんですね。
生命が尊いと感じることは、仏教でも言ってますよね。
生命とは何なのかは、僕には分かりませんが、生きてるとは思います、笑
諸行無常、一切皆苦、諸法無我で、生命は苦しんでいるんでしょうか?

888 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 20:39:26.85 ID:HCyJ4uVS
> すべて、己自身の生存本能(エゴ)を無条件で認めることから始まる。
> 中論直系の大乗仏教は、「生命教」であると解する。なにしろ「如来の本性は、


斯くの如く本能的に生き、斯くの如く本能的に去れり

何と傍迷惑なw20

しかも大乗だから

皆文句は言えず、お互い様とか言いつつ拳握りしめながら笑い合う訳かw20

中観とは攻めず退かず、お互い観じ合う訳だなw20

大乗生命教というよりは、『大丈夫生命教』だな(笑い疲れ)

889 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 20:45:13.14 ID:F8NoIbGh
コレサトさんは最近来てる?

890 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 20:45:50.17 ID:bkrsO6eC
大乗のわけないだろ
だがそこへの踏み切り板は置いておく

891 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 20:47:41.97 ID:HCyJ4uVS
そもそも生命教の如来って誰?w∽

腹筋がつるw∽

892 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 21:03:48.66 ID:kNCXfFr4
まあ、皆さんは隠居さんをコケにしていますが、私から見れば
7割は正しい事を言っている。人間だれしも100%の完全なんてありませんから
7割もOKならマトモな方でしょう。
逆に根本が腐っていて7割駄目な人間も多いのだから、それらから比べれば隠居さんはたいしたものだw

893 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 21:10:57.98 ID:iGmXc4b+
結局、生命ってなんなんだよw
浄土真宗東本願寺系が最近喧伝してる、「いのち」ってヤツか?
「いのち」はあなたのものではない、いのちがあなたを生きているんです。
だから、自殺してはいけませんよ、ビバ平和ってやつか?w

894 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/25(日) 21:11:57.47 ID:LP6qBaWP
生命教の主な教義

⑴レイプ肯定・・・女も本心は強い男に抱かれたがってるはずだからOK
⑵カースト制度肯定・・・差別という負の側面よりも、それぞれの階級に
適した職業があるのだから、OKw
⑶「生命」というわけのわからん「未知のエネルギー」の存在主張
・・・・生命体は全てこの「生命」というわけのわからんエネルギーによって
活動しているw ADP→ATP への変換過程に生じる化学的エネルギー否定ww

・・・・・・www
「人間は地球の誕生と同時に生まれたww」というトンでも創造論以外にも
ちょっと考えただけでも、これだけあるんだがwww
これの、どこが70% まとも?www

895 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 21:15:10.58 ID:XqEN+3sA
450 立派な人々は説いた──[T]最上の善いことばを語れ。(これが第一である。)
[U]正しい理を語れ、理に反することを語るな。これが第二である。
[V]好ましいことばを語れ。好ましからぬことばを語るな。これが第三である。
[W]真実を語れ。偽りを語るな。これが第4である。


[T]は無視していい。それは単に虚飾であり迷いの元。
[V]は語る人の人間性を表わすというだけ。
[U][W]のみを語れということ。

896 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 21:22:08.29 ID:H6zJVNOy
>>893
宗教は、わざわざ「いのち」と書くが、それは私のいう「生物的生命」とは
異なる。「生物的」が嫌らしい。それでは、「生命」を語る資格はない。

浄土真宗は、「仏教のキリスト教」。一向一揆で120年間、日本に害悪を
流し続けた。

897 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 21:24:38.02 ID:iGmXc4b+
それとも、アニミズム的な汎神論か?
あらゆる存在に生命があるとして敬愛を抱き、身を慎むというような

それとも、自分のなんとなく感覚でテキトー言ってるだけ?

898 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 21:28:07.79 ID:iGmXc4b+
>>896
だから、>>885のようなドグマをもっているんじゃないなら
ガイドラインのようなものを示してくれる?
でないと、君の舌先三寸というか、気分というか、さじ加減としか見えないんだよね

899 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 21:28:10.59 ID:kNCXfFr4
>>894
隠居さんがレイプを肯定しているのか否かは知りませんが、
(2)と(3)は目くじら立てて批判することでもないでしょう。
カーストの差別は批判もされるが、いざ無くそうとするとそのカーストの底辺の
人間たちが反対する〜という事からみても何かしらの役割を果たしており、差別
だから撤廃〜なんて簡単にはいかない問題であるとも思う。
また生命はまさに生きとし生けるものの源であるので、未知のエネルギーではなく
立派に生命のエネルギーが生物を生物たらしめている。
>ADP→ATP への変換過程に生じる化学的エネルギー否定
これも分かりません。

900 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 21:28:33.60 ID:XqEN+3sA
>>896
言わんとすることは「物的生命」ということだろ?
なんら間違いじゃない。
だからといって情を否定するわけでもないだろ?
そしてこの部分が「生」だろ?
なんら間違いじゃない。もっと明確に意識していい。

901 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 21:30:51.84 ID:H6zJVNOy
>>894
>生命教の主な教義

すべて真実じゃん。ATPをトラック一杯持ってきても、生命は作れんぞw。

パーピは、宗教に片足突っ込んでるw。釈迦を真正面から的確に批判できた、
本物のパーピーマンを見習え。

902 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 21:32:41.77 ID:XqEN+3sA
>>894
今だにそんな固定観念引きずってるわけなかろ。
引きずってるなら、そういう固定観念の人間ということ。

903 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 21:33:37.24 ID:iGmXc4b+
でも、生命教は戦争は認めないらしいぞ
人間社会は苦渋の決断として戦争を是認することがあるが
彼はそれを宗教のしわざとするから

904 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/25(日) 21:44:13.99 ID:LP6qBaWP
>すべて真実じゃん。ATPをトラック一杯持ってきても、生命は作れんぞw。

wwwwwwwwwwwww
このように、高校生レベルの生物学さえも理解できないバカが、
「現代科学」に言及して、宗教を批判するww

宗教の負の側面を批判するのは良いのww
確かにマイナス面も多いからw
要は、「きちんと」事実に即して、やれと言ってるのww

905 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/25(日) 21:49:31.78 ID:LP6qBaWP
>(2)と(3)は目くじら立てて批判することでもないでしょう。
>カーストの差別は批判もされるが、いざ無くそうとするとそのカーストの底辺の
>人間たちが反対する〜という事からみても何かしらの役割を果たしており、差別
>だから撤廃〜なんて簡単にはいかない問題であるとも思う。

は〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?????
オマエも「差別肯定論者」かよ?w
そのカースト外の人たちの本心をじかに聞いたうえでの発言か?
俺は、インドのアウトカーストの人たちとじかに話した経験はないが、
日本の被差別階級の人間の本音はリアルで知ってるぜw
(言っておくが、解放同盟のやつらのことじゃねえぞw)

906 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 21:59:33.40 ID:XqEN+3sA
カースト批判は仏教がどうのこうの以前の一般的感情。
俺もカーストは不愉快。人間というものは本質的にほとんど差がない。

907 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 22:02:42.91 ID:XqEN+3sA
ただ権威主義という固定観念に捉われる者ほど
カースト肯定に走る向きが強いだろうな。

908 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 22:02:45.08 ID:kNCXfFr4
そのとおり、差別は無くさねばならん。
だが、カーストの底辺の人間が無くすのは止めてくれと言っているのに
その言葉を無視してなくして構わないのか?
外からは見えないが、カーストも何かしらの役割を果たしているのかもしれん。

909 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 22:06:08.58 ID:RcfQFhSN
国家と差別が人類最大の問題なのかなあ。

910 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 22:11:06.01 ID:iGmXc4b+
要するに、彼は脳天気なだけでしょ
宗教=悪という学校教育やメディアの雰囲気に当てられて
漠然と宗教敵視することに大義があると感じていて
またそれが叩きやすい悪であるものだから
宗教を叩ける論理はさしたる精査もしないまま是認されると思い込んでいる。
民主党に政権まかせたらたいへんなことになったのと同様に
漠然と自分が正義だと思い込んでる分、彼は悪質なんだよ

生物は同種で殺しあわない?
コクワガタ♂二匹を同じ小さなケージに入れて育ててたら、四六時中喧嘩してひと冬も越えなかったぞ
動物園の象は、彼の生活空間があまりに狭く、またおもしろみもないことから、まったく同じところを歩くゲームを
しながら気分をまぎらわすようになっていたが、ある日ついに神経が擦り切れて、暴動を起こし殺された。
他にもインドでは象が生活の中で普通に活躍しているが、中には人間との共存ができずイライラして人を殺す象もいる。
もちろん、そうした象は殺される。
サバンナでは、同じ仲間が死んだ時に花を手向けるような知性をもつあの象でさえそんなことがありうる。
天敵がおらず、フロンティアもなく、無人島のごときラストリゾートもなくなった生物が同種で殺しあわない可能性というものが
そもそもないんじゃないのか?動物に幻想をもつのもたいがいにした方がいい。
小鳥がさえずるのが美しいのは言語のようにそこに概念を想起させない音楽性があるためとも規定できる。
だから、概念を想起させる習慣をもつ人間にとってはそれが一つの説法のように聞こえることもあるかもしれん。
だが、小鳥同士にとっては人間のように音楽としてさえずりを聞いていないかもしれないことも留意すべきだろ
なんでもかんでもしゃに構えろとは言わんが、脳天気すぎるのも閉口するわ

911 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/25(日) 22:16:53.45 ID:LP6qBaWP
>>908 wwwwwww

は? カーストの底辺の人が、「無くすのはやめてくれ」というのは、
「現実に職を失う可能性があるからだろうが?」
つまり、目の前の生活を失う可能性をおそれているだけw

もし、カースト完全廃止、および、「適切な職の保障」がなされるなら、
皆、賛成するだろうよw

>外からは見えないが、・・・・・
そう、外からは見えねえよw  リアルでそのような社会で暮らしてみろやw
現実の差別ってもんが、どんなに酷いもんかってのがわかるからw

「カーストが何かしらの役割を果たしている」????
そりゃ、インドの実情は知らんがねw 行ったことないんでw
しかし、日本の部落民なら、これだけは言えるw
(逆差別と言われる)一部のずるがしこい悪用者以外の、「通常の同和出身者」
は、『メリット」などないわww
皆、自分がそうであることを、「ひた隠しに隠す」・・・・
そう、自分の子供にさえもなwww

912 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 22:23:49.01 ID:iGmXc4b+
>>911
公界・無縁・楽って本読んだことある?
近代以前と以後の社会の変遷などの考察を交えると
一概に判断できるものではないと私は思うよ

913 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 22:26:57.58 ID:XqEN+3sA
[U]正しい理を語れ、理に反することを語るな。これが第二である。
[W]真実を語れ。偽りを語るな。これが第4である。

これに宗教がほとんど合致するなら俺は宗教を認めてもいい。
そうでないからカースト同様、宗教は不愉快だ。

914 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/25(日) 22:28:26.79 ID:LP6qBaWP
>>912 

俺が言ってるの、「今の」はなしw
現実に、今、日本で存在している「差別のお話」ねw

一概に判断できるものではない?
なら、この被差別部落の「利点」をあげてくれw

915 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 22:32:23.16 ID:iGmXc4b+
>>914
社会はそんなにすぐ変わらないよ
変えようと大きな動きをするといろんなところに歪が来る
いろんなところと調整しながら変えていくもんだ。
それに、今の日本に部落差別などないよ

怪物と戦う者は、その過程で、自らが怪物とならないように注意しないといけないよ

916 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 22:41:30.01 ID:XqEN+3sA
@人間というものは本質的にほとんど差がない。
A人間社会は役割分担でできている。

@により一般的には役割分担は固定化されるべきではない。
車は急に止まれないは関係ない。

917 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 22:42:58.58 ID:kNCXfFr4
>>915
私もそう思う。
同和の差別なんて無いのだが、逆に同和側からの「差別」を質に取った
脅迫めいた問題の方が目に付くくらいだ。
無い問題を作り上げるのは駄目だし、有る問題ならば考えなければならない。
日本は格差社会ではあるが、差別は無い社会でしょう。
格差と差別は別物。

918 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 22:51:11.39 ID:iGmXc4b+
家業化ってのは歴史的に見てコストパフォーマンスがいいんだよ
親が子に、幼少時から教えて鍛えることができるから、英才教育されるんだよな
また、同じような環境をもつ家庭の子が周りにいると、連携もとりやすくなる。

ただ、パラダイムシフトなどが起こりやすい現代世界では、家業化によって階級を固定化するだけでは
対応できなくなる業界があるのも確かだな

だが、悲しいことに君らが憧れる欧米社会に差別がないかと言えば普通にあるんだよね
むしろありすぎるくらい。
エスニックジョークだって、普通に芸としてまかり通ってるよ、ただそれを口にするにはルールがあるらしいけどね、ステップというか。
そして、自由と言いながらエスタブリッシュや1%の大金持ちがほとんど階級から転落することなく
存在しているのも事実なんだよ

919 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 22:55:11.50 ID:XqEN+3sA
まぁどうでもいい話。直接生活にはなんら関係がない。

920 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/25(日) 23:03:03.80 ID:LP6qBaWP
>それに、今の日本に部落差別などないよ

wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
ばかか?  お前はwwwwwwwwwwwwwwww

んじゃ、ひとつ実話を話してやろうw
俺の知人がだね、 軽い気持ちで、ある女とやっちまったわけだ。
んで、できちゃったわけw  そいつは、勿論、結婚などする気はなかった
わけだ。当然、おろす方向にもっていきたかったわけだが、女の親父が
怒鳴り込んできて言うには、「うちは、いわゆる部落だ。ただでさえ、結婚相手が
限られてるのに傷物にされたんでは、この先、結婚相手が見つけにくい。
(→「部落民は部落民どうしで結婚」・・・・・これは、今も続く不文律ww)
責任とって結婚してくれ。できないというなら、こっちにも覚悟がある」と、
こうくるわけだw  部落民はバカにされたと認識した時の団結力と行動力は
みな、いやというほど知り抜いていたので、(このあたりのエピも実に面白いのが
たくさんあるんだがww)・・・まあ、  泣く泣く結婚したw
ところが、男の実家というのが、いわゆる「名家」というやつで、親戚一同、
一族に部落民の血を入れるなんて  と猛反対ww
(このあたりの感覚が、都会人にはわからんねw)

んで、親戚を一軒一軒、まわって頭を下げて謝っていくわけよw
すると玄関から叩き出されるわけw
そして、親戚とは絶縁ねw   このあたりの感覚もわからんだろ?
なんで、親戚とはいえ、人んちが結婚するのに口をだすのか?
別にいいじゃんって、おもうでしょ? 俺なんか全然OKなんだが、
OKじゃねえ、ジジ、ババってのが、まだ、たくさんいるのw 田舎にはww
そして、ジジ、ババには、ジジ、ババ同士の社会ってのがあって、親戚に
同和のもんを入れたら、うちもそう見られるw そんな目に合うくらいなら死んだ方が
ましだとか、マジでぬかすババがいるんだよww 

・・・・んで、結局、そいつ、首くくっちゃった。
それも、自宅で。    遺書はなかったがねw まあ、いろいろ言われたんだろうよw

921 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 23:03:21.07 ID:XqEN+3sA
>>918
>君らが憧れる欧米社会
ここおかしい。君が勝手にそう思ってるの前置き必要。

922 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 23:10:47.70 ID:XqEN+3sA
>>920
右向いても左向いても感情むきだしの固定観念だらけで、それに耐えきれず
自殺したという話ですね。
自身の固定観念をはずせば、回避できたかもですね。
例えば、子供ができても降ろせばいいとか。

923 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 23:15:25.15 ID:kNCXfFr4
>>920
まあ、今日はパーピマンさんも酒酔い状態のようでw
まあ非仏教徒だからOKですが、仏教徒で酒飲む阿呆は何を言っても駄目ですなw

で、その男が自殺したとか、その自殺が最も悪い。
ジジババの間に残っている差別なんて微々たるもの。
それに引きずられて自殺するのが最も愚かな決断。

924 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 23:19:33.69 ID:iGmXc4b+
>>920
また都市伝説みたいな話来たなw
そういう話でガセってものはいくらでもあるからとりあえず話半分に聞いておくよ
慰安婦証言を間に受けてあやまったら、取り返しがつかなくなったのと同様にね
だから、欠席裁判に安易に乗るわけにはいかない。

また、限界事例をもちこんできて、物事を論じても問題が前に進まないということを考えなければいけないと思うよ
地域社会における風紀とやらがいったいどれほどの重要性をもつかってことも考えて政治は行われうるのでね
その名家社会の認識と学校教育の認識との齟齬から悲劇が起こったのだと推測しうるのだとしても
それを外来から輸入された近代法によって即裁くのが是とは言えない。
時代の変わり目にはえてしてこういうことが起こるのかもしれないが
だからと言って、悪というすケープゴートを仕立てないことは大切だよ

925 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/25(日) 23:20:20.82 ID:LP6qBaWP
ちなみに、リアルでは、「表だっては」 もちろん、誰も差別的発言など
しないぞw  そんなことしたらどうなるか、皆、よ〜〜〜〜くわかってるからw
しかし、ある時、そういうのがポロっとでるのw  本音がねw

人格者面して「差別はいかん」なんてご高説かたってた、お偉いさんが
自分の娘が同和のものと結婚したいと言い出した瞬間、猛反対した・・・
なんてのもあったなw

「・・・・・では、(←これ、同和地区ねw)  運転するとき絶対に
スピードを出すな。」  と親父に言われた  というのよw 友人がねw
俺は、わけわからんから「は?」   ってなもんよw

「・・・・・は、運転してると、いきなり車の前に猫が投げられてくる。
止まり切れずにひいてしまうと、待ってましたと、そこの住民が出てきて
『よくもうちの猫をひいてくれたな。おとしまえ つけえ』とえらい金ふんだくられる」
だから、スピード出すな  ってww

実際、そんなことする奴はいねえだろうが、そういう話をマジで話すやつが
今もたくさんいるんだよw
俺からすれば、笑い話だがwww

926 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 23:30:18.48 ID:iGmXc4b+
>>925
そういうヤクザ行為って世界で普通にあるから別段差別だとは思わないなぁ
貧民街ってのは普通に品行粗悪な奴らがいるから仕方ないよ
日本でもずっと不景気だったから、そういう貧民階級が出てきて彼らの集住地域が出来始めると
彼らを忌避する階層も出てくるはずだよ
だけど、それは部落差別というより、品行粗悪な人たちと関わりたくないということでしょ?
ちょっと方向性がちがうと思うんだけどなあ・・・
そういう人たちも自分たちは江戸時代から差別されててとか言われてアイヌ民族だとか名乗りはじめると
さすがに私も彼らはカルト化してる判断せざるをえないよ

マーチンルーサーキング通りに近づくなって話知ってる?
これは黒人が黒人をディスる話なんだけど
黒人の中にはスラム街にいるやつらを嫌悪している人もいるんだよ?

927 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 23:31:45.31 ID:XqEN+3sA
>>925
まぁ普通にある話ってのはわかる。女の噂話みたなもんだな。
真に受けると洗脳されちゃうんだろうな。宗教のように

928 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/25(日) 23:32:57.80 ID:LP6qBaWP
>>924 wwwwwwww
>また都市伝説みたいな話来たなw

まあ、嘘だと思うのなら、どうぞご自由にw
勿論、俺はそいつの葬式にもいったし、母ちゃんが号泣していた
場面は忘れられんがねw

>>923
>それに引きずられて自殺するのが最も愚かな決断。

あのなあ、そうもいえねえんだよw 
「自殺」という行為が、愚かな行為ということは、一般的には正しいと思うがねw
そいつは、実際に首くくる前に、重度の鬱にかかってたの。
友人たちで何度も、集まって話聞いたりとかしたが、結果、このとおりw

霊柩車が出るときにクラクションならすじゃない?w  そのとき、
誰だかは知らんが後ろのほうで、

「ありがとう、〜〜(←これ、名前ねw)  もう、苦しまんでいいぞ。」
と大声で叫んだ奴がいたw

・・・・・、なるほどね、死ねば苦しまんですむかw  と思ったのを覚えているw
当たり前のことだが、やけに腑に落ちてねw その一言がw

(でも、なんで「ありがとう」なのかは、わからんww)

929 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 23:39:06.97 ID:iGmXc4b+
>>928
まあ、かわいそうだったねと言うことはできるが
それでも、それを隠したナイフのように最後の頼みの綱にするようにはなってほしくないなぁ
ごめんね、あまりに天下国家を論ずるような上から目線で語っちゃって。

930 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/25(日) 23:39:09.55 ID:LP6qBaWP
>>926 >ID:iGmXc4b+  あ〜〜〜〜、お前はもうレス不要w

オマエと話す気はないからw
俺の話は作り事なんでしょ?w

そういう設定なら、もう何はなしても無駄でしょ?ww

931 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 23:45:19.15 ID:iGmXc4b+
>>930
わかったよ、君とはもう話さない。

932 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/25(日) 23:49:10.18 ID:LP6qBaWP
>だけど、それは部落差別というより、品行粗悪な人たちと関わりたくないということでしょ?

こいつ何にもわかってねえw
別にそこは治安は悪くないし、品行粗悪な人たちもいないのw
だから、実際に猫が投げられてくる・・・なんて、ねえんだよw

問題は、そこが「部落地域」というだけで、部落民ならそういうことも
しかねない・・・とマジで信じ込んでるバカ親がまだいるってことw

933 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/25(日) 23:49:53.68 ID:LP6qBaWP
>>932 には、レス不要だからw

934 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 23:50:24.06 ID:kNCXfFr4
鬱が自殺の原因となるのは知られた事で当然であり、何も強調するべきものではない。
鬱の苦しみから逃れるので自殺〜がOKなら、何でもアリでしょうねえw
何かしら苦しいことがあれば自殺する「もう苦しまんでいいぞ〜」とは私は言いません。
私がそれを言うのは闘病の末、亡くなったとかの人には言います。
自殺そのものが阿呆な事で同情の余地がありませんwww

935 :神も仏も名無しさん:2014/05/25(日) 23:51:28.75 ID:XqEN+3sA
なんで鬱になるんだろうね?好き勝手生きてきたからよく解らん。
強迫観念作用により萎縮してしまうのかな?

936 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/25(日) 23:57:48.22 ID:LP6qBaWP
>自殺そのものが阿呆な事で同情の余地がありませんwww

なるほどねw
俺とは、全く価値観が異なるw
自殺が一般に愚かな行為・・・ということには同意するが、実際に自殺
せざるを得なかった人・・・・少なくとも彼らにとっては、それがベスト
だと信じたわけだw

俺は毎年、三万にんも自死を選択している日本にいて、それらを皆、
「アホで同情の余地なし」・・・とは思えんねww

937 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:03:47.54 ID:3GB81ER6
>>936
その通り。誰でもそうなる可能性がある。
たまたま俺がその環境にいなかったというだけ。
その意味では好運といえる。

938 ::2014/05/26(月) 00:04:24.34 ID:W+jGzYAh
>>894
>生命教の主な教義

パーピマンさんの認識で適切だと思います。

別の視座からも『生命』は実に偉大です。
ヒトゲノムの研究が進めば進むほどその偉大さがより覚れるでしょう。

ニューロン(脳神経細胞)の数は脳全体では千数百億個でして、心はそれらの活動が縁で起こっていると主張する方々は本スレでも散見されます。

因みにヒトのDNAは30億塩基対で、対の片方はコピーなので、
30億塩基×2(ビット)=60億ビット÷8=7.5億バイト=750メガバイトになり、CDで1枚程度です。

さて、細胞分裂を正見しますと、1つの細胞が下記のことを行っております。
・他の細胞と相互に通信し合っている。
・生産計画に従い細胞内外から必要な材料を調達する。
・750MBの情報を順番に読み取りながら、正確に塩基対を生産する。

つまり、1つの細胞が複雑なソフト(智恵)を持っており、1台の先端生産装置というよりも、1つの新鋭工場に匹敵します。
輪廻やアートマンがあるとか無いとか、形而上だとか否かとか本スレで議論されておりますが、1つの細胞の複雑なソフト(智恵)は形而下ということでしょう。
形而下だけどそのソフト(智恵)の存在場所が分子レベルでは21世紀先端科学でも解明できていないということです。

939 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/26(月) 00:05:23.62 ID:naVmCp/6
>鬱の苦しみから逃れるので自殺〜がOKなら、何でもアリでしょうねえw

ほ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜www
なら、回復の見込みがない疾病、・・・たとえば、癌とかに苦しむ者が
このまま痛みに苦しんで死を向かえるよりも、早期に苦痛を取り除く自死を
選択するのは「アホで同情の余地なし」ですか?www

940 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:11:55.25 ID:CblarYNQ
>>939
同情の余地は無いですねえ。
癌にかかろうが、鬱病にかかろうが、自殺で終わらせるのは阿呆です。
苦痛に耐えて死ぬのが道というもの。
安楽死の問題も、治る見込みの無い病気で末期で苦痛に襲われている
患者に対しても、基本はそれでも頑張って生きろであり、安易にカリウムを
注射するのは間違っていると思います

941 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:17:11.79 ID:3GB81ER6
>>939
パーピマンさんの人間性が充実しているのはよくわかった。
では、どこに不満があるんだろう。何故、酒に逃げるんだろう?
実生活においての何かが作用しているとしか考えられない。
それは不満に対する本音には違いない。
解決策はないのか?

942 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/26(月) 00:20:13.64 ID:naVmCp/6
>>940
>・・・安易にカリウムを
>注射するのは間違っていると思います

誰も、「安易に」などと言っていないがw

死が確実に迫っている。 それを避ける手段は現代医学ではない。
死の瞬間まで、地獄の苦しみが続く。・・・・・・・
本人が、殺してくれと毎日、嘆願する。・・・こういう地獄絵図が
何日も続いた果てに、彼は自殺を選択した。

・・・・・・・、俺は、これを「アホで同情の余地はない」  とは、
思わないねw 
 まあ、その辺は価値観の違いだから、しょうがない
とは思うが、その選択をしたものを「アホ」と規定するのは、
自己の基準が正しいと思い込んでる者の「思い上がり」だと、
俺は思うがねw

943 ::2014/05/26(月) 00:20:41.29 ID:W+jGzYAh
>>920
>ところが、男の実家というのが、いわゆる「名家」というやつで、親戚一同、
>一族に部落民の血を入れるなんて  と猛反対ww

よく似た話を知っております。
ある男が好きになった女性が同和地区出身者だと分かりました。
彼の両親は強く反対しましたが、彼は彼女とその親に交際を申し込みました。

結果は女性の方から交際を断られました。所謂、男がふられました。
男の実家というのが、いわゆる「名家」で、千年以上前に部落を作った側でした。
彼は先祖のカルマの一部を現代で清算したのでしょうか、因果の法にて。

944 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/26(月) 00:21:56.61 ID:naVmCp/6
>何故、酒に逃げるんだろう?

ちょっと、まったあああああああああああwww
「酒に逃げる」???

俺は、酒に逃げることなぞ、まずないがwww

945 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:22:46.40 ID:i0HRB10m
>>905
>>892>>908)( ID:kNCXfFr4)は、たぶん紐君w

946 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/26(月) 00:24:42.10 ID:naVmCp/6
>>945 wwwwww

だろうとは、思うww

947 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:27:15.72 ID:CblarYNQ
そのとおりw 私は紐ですよw

で、病気で苦に陥ってそれで自殺するのを肯定する姿勢に反対の意思を表明する。
私の持論は「自殺」は何の理由をつけようが阿呆という事。
思い上がりでも結構ww

自殺に理由をつけて正当化する方が余程の思い上がりだw

948 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:27:58.76 ID:3GB81ER6
>>945
酒を飲むとの記載がどこかにあった気がするがw
まぁ依存でないなら逃げるの表現は適切でないなw

949 ::2014/05/26(月) 00:31:00.44 ID:W+jGzYAh
1合の日本酒であればむしろ健康に良いというのが、現代の常識ですが。。

950 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:31:46.16 ID:CblarYNQ
五戒を知らんのかww

951 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:32:17.04 ID:3GB81ER6
>>947
それは君が苦痛をあまり経験してないからだ。
耐えれるレベルの苦痛と耐えられない苦痛のレベルの苦痛がある。
だから自殺がある。
そのうち苦痛を経験するかもしれない。
その時、その考え方はきっと終了するよ。

952 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:32:48.70 ID:i0HRB10m
>>944
唯物思考は屑しか生まない
という事例のレスが続いたと思っときw


余談だが、彼らは、今の人類の文明発展(特に医療分野)をどう思ってんだろうね・・。
上の流れを見る限り、弱いものは淘汰されても仕方ない、
という方向性に見えてもくるが、
実際、医学の進歩で、本来なら淘汰されるであろうレベルの人間が存命しているわけだが、
生物としての、種としてのバイタリティは明らかに下がっている筈だ。
薬品、技術、介護、等文明でサポートできるのかもしれんが、
それがサポート不能になる事態がありうることが、3年前東北で示された。
人工呼吸器は電気が来なければ動かせない。人力なら、人手が一人そこに割かれるわけだ。
てんやわんやした状況でだ。

隠居もそうだが、あまりにもアンテナが鈍過ぎると俺は思う。
今の流れは120%パーピ応援席でメガホン振らせてもらうわw

953 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/26(月) 00:33:23.29 ID:naVmCp/6
>>947 

>自殺に理由をつけて正当化する方が余程の思い上がりだw

正当化する?w  いつ「正当化」したか?
俺は、そのような選択をしたものをアホとは思わないw  と言ってるだけだがねw

すなわち、本人なってみなければ計り知れない事情というものがあるのであろうから
それを全て一まとめにして「アホと規定」することを良しとしないだけw

自殺に理由をつけて正当化だ? 
人の発言を勝手に捻じ曲げんじゃねえぞ、バカたれがwwwwwwwwwww

954 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:36:40.16 ID:CblarYNQ
>>951
私は甲状腺癌の再発で3月に咽頭を全摘して今も傷が痛い。
だが、病気で苦しいから自殺〜とは考えた事もない。
所詮、自殺する人間は阿呆。
私はどれだけ苦しい状況に陥ろうと自殺はしない。
病気で死ぬ事はあっても自殺はしない。

955 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/26(月) 00:41:51.61 ID:naVmCp/6
>>954 そうか、なるほど、>>953 は撤回。

自身とリンクした話であったのか。
ならば、そのように考えるのも また良し だろう。
自身の決意にも絡むお題であろうから、そのように主張するのも
あえて反論はしない。

以上

956 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:41:55.03 ID:i0HRB10m
>>953
自死を選ぶ人間が弱い人間であることは確かだと思う。
勿論、リストラや原発避難・風評被害等、
抗う術、回避・起死回生の奇策無き大きな外的変容に飲み込まれてということもあろう。

が、
自死を選ぶ心の弱さと、機械や24時間の介護無しに生きられない身体的弱さとの間に、
(個別的、事例別的違いはともかく)根本的違いを見たくはないよね。

957 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:42:06.58 ID:CblarYNQ
>>942
>・・・・・・・、俺は、これを「アホで同情の余地はない」  とは、思わないねw 

これは正当化じゃないのかね?
まあ正当化じゃない、ただ同情の余地はないとは思わない〜でも構わんが、
私から見れば全く同情の余地が無い。

「正当化」とみえる書き込みに正当化と言って反論するのが酔っている証拠ww

958 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:42:29.95 ID:3GB81ER6
>>954
なるほど。それは阿保ではなく正確には弱いだ。
君は弱さを認めたくないわけだ。
麻酔抜きで手術をしてもらえばいいと思う。

959 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:43:22.37 ID:i0HRB10m
>>954
自分は頑張ってる!
頑張れないやつが屑!

ですかw  反吐が出るわ  ( ゚听)、

960 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:46:18.10 ID:CblarYNQ
>>958
麻酔抜きでの手術はお断りだw
まず、自分で体験してから人に薦めるんだなw

961 ::2014/05/26(月) 00:48:17.12 ID:W+jGzYAh
仏教では説かれずに、キリスト教や古神道では説かれている法の中に『憑依』があります。

『本霊』よりも『憑依霊』のベクトルが強くなった時は事故や自殺にもっていかれるケースがあります。
この数十年間見てきた実例では、睡眠時間が減ってきて、ほとんど眠れない人は『本霊』が相対的に弱いので危険です。

謎の急死をした故人や自殺した故人が霊動現象で出てきて、自身が命を取られた原因を語るケースも幾度か経験しました。
本スレでは度々馬鹿にされておりますが正座した行にて。

962 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:48:26.42 ID:CblarYNQ
>>959
で、セブンは自殺するのか?
まあ、同情して賛同する人間もいようが、私は反対する。
それだけwww

963 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:51:13.68 ID:qzYwaekL
>>961
お前は頭が狂ってるんだから黙ってろ
黙れないなら口に手かざしして黙ってろ
それでも我慢できないならお前の頭に手かざしして寝ろ
オカルト信心の出る幕はここには無い

964 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/26(月) 00:53:40.33 ID:naVmCp/6
>>959 御免、セブンw   俺もこの際だから、徹底的に噛みついて

やろうと思ってたが、 なんか、
>自分は頑張ってる!
>頑張れないやつが屑!     って必死に自分を鼓舞してる紐君 想像してしまって

気が萎えてしまったww
(リアルでの事実を重視しすぎるところが、俺の欠点だww)

965 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 00:58:44.86 ID:3GB81ER6
まぁ経験不足だ。自殺否定については以上

966 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:02:31.88 ID:CblarYNQ
自殺を多少なりとも肯定するほうが阿呆なんだよw

967 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:06:58.61 ID:3GB81ER6
>>961
所謂、悪夢だ。寝不足や疲労が精神状態に異常をきたす。
悪夢の衝動を通常は自律神経で抑えてる。
それもまた人体が所持している機能。

968 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:07:25.00 ID:i0HRB10m
>>964

そう。
リアルは色々ある。
(その色々を切り捨てて「生命」「生存本能」一色でキャンバスを塗り固めるのが隠居なわけだがw)

勿論、「想いを寄せる」「同情」「慈悲の悲」は欠くべからざるところだが、
こうした掲示板では、相手のリアルへの感度は下げ気味がちょうどいい。

が、それは、個々の情状を切り捨てるということじゃない。(それは生命教だ)
確かに、弱い人間かもしれん。
(たとえば自死を選択するのは、弱くて愚かで、他の方法を見つけ得なかった不器用者、
 或いは悲劇の主人公的陶酔者かもしれん)
が、個別の事案への情状(それは言い方を変えれば「個別の、それぞれの縁」ということだが)の視線は、
決して手放してはならないところでしょ。
隠居だって、過去に宗教関係で被害にあったとかトラウマがあるのかもしれない、と
プロファイリングされてるしw

969 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:08:06.68 ID:qzYwaekL
>>966
それを蔑み貶す時点でお前がおかしい
痴呆の徘徊と鬱とかの希思念慮を人力で防ぎ続ける方が難しく
それは貶す対象には当たらない
理解出来ないお前は身勝手な慢心者に過ぎない

970 ::2014/05/26(月) 01:09:19.00 ID:W+jGzYAh
アホはアホではない。これをアホと名づけるだけである。

諸々のアホは他人を「アホ」であると決めつけるのである。(Sn.882)

とスッタニパータは縁起します。 寝板より。

971 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:11:11.83 ID:qzYwaekL
>>970
スッタニパータは真光の為の経典ではない
お前の手かざし教義の真逆の教えだ

972 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:14:26.39 ID:i0HRB10m
ああ、比丘の自殺を容認したケースが、ゴータマにはありましたね。
さて、この一件は、
 ・後代の捏造
 ・「>>966>多少なりとも」の《多少》よりも更に少として許容範囲
 ・「>>966>多少なりとも」に抵触するので、ゴータマも所詮人間、判断ミス・未達のあらわれ
どれかしらん?w

973 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:15:41.75 ID:CblarYNQ
>>969
アンタが阿呆だろうよw
私は、痴呆の徘徊やら鬱をないものとして語っているのではない。
あるのは事実だし、私はそれらを貶した事は無い。
それらを理由に自殺して、「気の毒な状況だったから仕方ない」と
済ます方に重大な問題があると言っている。

自殺を理由をつけて正当化するあらゆる言いように反対する。
それだけ。

974 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:21:38.49 ID:i0HRB10m
>>973>>963
臨床心理学の勉強とか精神科・心療内科の診療現場の見学とかしてから出直して来い。
(てめぇの身体的状況はこの際却下だw)


最低だよ、お前は・・。

975 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:22:29.56 ID:qzYwaekL
>>973
倫理的に良くない、位にしとけ
それ以上は誰も踏み込めない
生きるも死ぬも本来は個人の自由で
その自由を剥奪するルールとして極刑の死刑が存在する

976 ::2014/05/26(月) 01:23:04.45 ID:W+jGzYAh
>>938
>形而下だけどそのソフト(智恵)の存在場所が分子レベルでは21世紀先端科学でも解明できていないということです。

たった一つの細胞のソフト(智恵)のメカニズムも分からないのに、脳で心をモデリングできるというのは妄想でしょう。

>>967
>悪夢の衝動を通常は自律神経で抑えてる。

同様に、一つの神経細胞のソフト(智恵)のメカニズムも分からないのに、分かったような気でいるのが現代人です。
あるレベルの科学者であれば、一つの細胞に分子レベルを超えた情報系の存在を仮設するのでしょうが。

ヒトゲノムが解明されれば全てが分かると盲信していた研究者もいたでしょうが、更に深遠な謎が増えていることも否めません。
たった一つの細胞の奥が深いということです。

977 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:23:51.93 ID:qzYwaekL
>>974
スレタイ良く見ろ、ここは死の価値など微塵も無い仏教議論スレだ

978 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:26:48.44 ID:qzYwaekL
>>976
>一つの神経細胞のソフト(智恵)

それは智慧ではない
智慧は物質ではない

979 ::2014/05/26(月) 01:27:15.22 ID:W+jGzYAh
>>971
>スッタニパータは真光の為の経典ではない

はい、その通りです。

>お前の手かざし教義の真逆の教えだ

そうですか、疑団です。
(根拠)
長部経典と同様に輪廻の説法が多い。
少なくとも10か所は確認されております。

980 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:27:40.49 ID:3GB81ER6
仏教の悪とか毒とかの抑制が仏道修行であると思うがな
現象がどれかに該当してないかい?
悪夢に勝とうとする自律神経の働きかもしれんが

981 ::2014/05/26(月) 01:28:47.68 ID:W+jGzYAh
>>979
参考:「ブッダのことば スッタニパータ」中村元、岩波文庫
@(スッタニパータSn.29) 第一 蛇の章
師は答えた、「牡牛のように結び縛めを断ち、くさい臭いのする蔓草を象のように踏みにじり、私はもはや母胎に入ることはないであろう。」
A(スッタニパータSn.82以降) 第一 蛇の章
バラモン・バーラドヴァージャは悟った、「生まれることは尽きた。清らかな行ないはすでに完成した。なすべきことはなし終えた。もはや再びこのような生存を受けることはない。」
B(スッタニパータSn.152) 第一 蛇の章
諸々の邪まな見解にとらわれず、戒めを保ち、見るはたらきを具えて、諸々の欲望に関する貪りを除いた人は、決して再び母胎に宿ることがないであろう。
C(スッタニパータSn.278) 第二 小なる章
実にこのような修行僧は、苦難の場所に陥り、母胎から他の母胎へと生まれ変わり、暗黒から暗黒へと赴く。死後には苦しみを受ける。
D(スッタニパータSn.486) 第三 大いなる章
スンダリカ・バーラドヴァージャは悟った、「生まれることは尽きた。清らかな行ないはすでに完成した。なすべきことをなし終えた。もはや再びこのような生存を受けることはない。」
E(スッタニパータSn.535) 第三 大いなる章
諸々の汚れと執着のよりどころとを断ち、智に達した人は、母胎に赴くことがない。三種の想いと汚泥とを除き断って、妄想分別に赴かない。
F(スッタニパータSn.547) 第三 大いなる章
サビヤ長老は悟った、「生まれることは尽きた。清らかな行ないはすでに完成した。なすべきことをなし終えた。もはや再びこのような生存を受けることはない。」
G(スッタニパータSn.569) 第三 大いなる章
セーラは悟った、「迷いの生存のうちに生まれることは消滅した。清らかな行ないはすでに完成した。なすべきことをなし終えた。もはや再びこのような生存を受けることはない。」
H(スッタニパータSn.727) 第三 大いなる章
彼らは心の解脱を具現し、また智慧の解脱を具現する。彼らは輪廻を終滅させることができる。彼らは生と老いとをうけることがない。
I(スッタニパータSn.754) 第三 大いなる章
物質的領域に生まれる諸々の生存者と非物質的領域に住む諸々の生存者とは、消滅を知らないので、再びこの世の生存に戻ってくる。

982 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:29:05.47 ID:i0HRB10m
二つ目アンカー、手打ちだったんでミスった。966あたりかな
 つか不用だったな。


ついでのレス
>>940
自分一人のケースで全てを測るな。
(君個人にのみの経験、境地でしかない。まさに、君が否定する各修行者の境地と変わらんw)

983 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:30:39.47 ID:qzYwaekL
>>979
お前の言う輪廻は証明できない
仏教で悟る輪廻は証明できる
しかし、それは中々理解しがたい、故に経典では方便を以ってしか説かれて居ない
それが本当か嘘かを実体験しろ、と言うのが仏教のスタンスなのであり
方便を事実だとは教えて居ない、お前はそれを読むばかりで一向に実行して見せない

実体験してみれば明らかなのに試さないお前が悪い

984 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:30:39.76 ID:CblarYNQ
>>975
>生きるも死ぬも本来は個人の自由で
自由であるから勝手に死ぬのはある〜というのに反対している。

自殺する生き物は人間以外にいるのか?
人間の生き方で辛いから自殺は人間にだけ認められる〜のか?
私の見解では人間も他の生物も同じ位置にあり、人間だけが自殺をするという
状況が道から外れた状況というもの。

自殺をする人間は同情の余地無く阿呆。
これから自殺をしようとする人間は己の阿呆振りを直視せよ。

985 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:31:02.98 ID:i0HRB10m
>>977
閻魔か?

七仏通戒偈は、君の中でどういう位置付けなんだw
捏造スローガンとして唾棄すべきものかい?

986 :パーピマン ◆hVgvvzQ7pw :2014/05/26(月) 01:32:33.96 ID:naVmCp/6
>>968 ww

まあねえ、俺は、自殺を選択した者を(個々の事情を考慮することなく)
「すべてアウト」・・・と、することはできないねw
「そうするしかなかった者」というのを認めるよw

特に「鬱」ってのは、周りから誤解されやすい病気で、なんか、「気のもちよう」
一つで回復するみたいに考えられているところがあるが、そうじゃねえんだよねw
わかってないやつは、「怠けてるんじゃねえの?」と思ったり、 安易に
「がんばれ」とかいうけど、そういうもんでもねえw
朝、マジでベッドから出られん  と言ってたなw これは、「怠けたい」とかじゃなくて
ホントに体が動かないらしいw 精神が肉体に及ぼす作用というのは恐ろしいもんがあるw

・・・・・・・・・・・まあ、俺はやっぱり、そいつには「アホ」というよりは
「ご苦労さんでした」と言ってやりたいがねw

987 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:36:50.58 ID:qzYwaekL
>>981
それは全部それまでのバラモンなどの教え的な迷いから解脱出来たと言っている
解脱しないなら、バラモン等の言う迷ったままの教えで迷い続けるとも言っている
信じてしまっている者に説得するよりも、誘引した方が早いのでそうしている
お前はその誘引の事実を認めたくないだけだ、真光擁護故にな

>>984
偽善的正義感はもういい
それよりも、死にたいと喚く奴を思いとどまらせられる妙案を公開してくれ

988 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:38:21.63 ID:CblarYNQ
真面目な人間が陥りやすい病気が鬱。
これは病気であって治療の必要がある。
欝で自殺して「阿呆」の一言で終わればそれでも構わないのだろうが
病気の認識を持って治療すれば自殺意図から解放される。
ま、正しい判断を常にもつことが重要。

989 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:38:58.16 ID:3GB81ER6
>>981
感覚としてそんな感覚が確かにあるし、自己消失体験が強烈。
輪廻というのは尾ひれ葉ひれだろ。我がないのに誰が輪廻する?
我が実際ないのも見る人は見てる。

990 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:42:31.67 ID:i0HRB10m
結局紐君も、都合の悪い話題は全てスルーw

隠居と意気が合う筈だわw

ノシ


>>986
勿論、難しい問題さ。
キ教系の多くは、(特に異端、新興系は)、如何なる事情も考慮しない立場だし、
仏教だって、理念としてはそういう性格を持たないわけじゃない。
(だから、九条護持の姿勢だって、決して100%愚かだとは言わないw)

けど、細部を捨象した全体像・構図と、
どこまでも倍率を上げて細部にまで気持ちを寄せた拡大図と、
両方を併せ見る努力はしていきたいと常に思うよ。

991 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:44:36.59 ID:qzYwaekL
>>989
お前はとうちゃんの精子とかあちゃんの卵子から生まれてる
どっちがお前だ?どっちとも言えるんじゃないか?
しかも厳密にはお前たる原料なのであり、それ自体はお前ではないとも言える
それこそ、今のお前にとっての輪廻の出口の一端なのであり
お前終了の暁には、今度は業火に焼かれて骨ガス灰の身分が待ってる
それこそがお前にとっての輪廻の入り口だ
実際は出ても入っても居ないんだが、解りやすくそう言うことだ

992 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:46:28.93 ID:4RVcsLEn
>>991
絶対違うだろ(笑)

993 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:49:28.76 ID:CblarYNQ
>>990
>結局紐君も、都合の悪い話題は全てスルーw
なんの話題があるのか?
スルーも何も話題が分からなければ言いようが無いwww

994 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:50:00.16 ID:qzYwaekL
>>992
認めないんだな?
精子と卵子からお前が生まれた事は事実だろ
その精子と卵子はどうやって作られたのか考えてみろ?
親父やお袋の細胞分裂から作られた筈だが、その細胞分裂には
栄養が必要だ、その栄養は各々自家生成出来ないから、何か食って行った筈だろ
そういうサイクルをお前は認めないのか?

995 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:52:41.49 ID:i0HRB10m
>>993
お釈迦さんは自殺容認だってこと。

996 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:53:22.91 ID:3GB81ER6
まぁ俺は解脱の身分だから輪廻というものには関係ないw
覚者といわれる者の中に輪廻の概念持っとる奴おるか?
彼らは嘘をつけない性質になってる。万一いたら偽物だ。

997 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:54:48.47 ID:CblarYNQ
>>995
ならばお釈迦さんが間違っているww

経典に縛られて自らの意思を表明できないのは哀れですなあw

998 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 01:58:01.34 ID:olz5TdDm
>>996
輪廻を有ると思えば常見、輪廻を無いと思うなら断見だ
どちらでも無いと思うのも邪見、有るとも無いとも思うのも邪見だ

本物は輪廻をちゃんと説明できる

999 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 02:00:25.01 ID:3GB81ER6
>>997
みんなそこは通過してんだよ。
誰でも自殺とか考えれんだろと最初は考える。
釈迦がどうとか全く関係ない。
単に本音だ。

1000 :神も仏も名無しさん:2014/05/26(月) 02:01:18.74 ID:olz5TdDm
一切衆生悉有仏性

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もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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