5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

天理教 基本教理 天理教教典

1 :基本。:2014/01/16(木) 02:28:13.77 ID:e/QsDK0l
天理教の教理の基本は「天理教教典」に示されている。
だが、真剣に学ぶものは信者の中にも見たことが無い。
それについてのスレを立てて、天理教の基本教理を学ぶに資することを願う。

2 :基本。:2014/01/16(木) 02:29:10.48 ID:e/QsDK0l
「1」
http://www.geocities.jp/washimisu82/kyoten01.htm
「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降つた。
みきを神のやしろに貰い受けたい。」
とは、親神天理王命が、教祖中山みきの口を通して仰せになつた最初の言葉である。
 家人は、この思いがけぬ啓示にうち驚き、再三言葉を尽して辞退した
が、親神は厳として退かれぬにより、遂に、あらゆる人間思案を断ち、
一家の都合を捨てて、仰せのままに順う旨を対えた。
 時に、天保九年十月二十六日、天理教は、ここに始まる。
//////////////////////////////
口に出したのはみき、口に出させたのは親神。
先ずこの問題が、きちんと示されています。

「親神天理王命が、教祖中山みきの口を通して仰せになつた最初の言葉である。」
中山みきは実は正体は親神その人です。
つまり、「親神としての中山みきが、教祖としてのみきの口を通して仰せになった」と、読み取れます。

3 :基本。:2014/01/16(木) 02:32:41.78 ID:e/QsDK0l
天理教教祖伝にはこう書かれています。
天保九年:
 かくて、天保九年十月二十三日、夜四ッ刻(午後十時)、秀司の足痛に加えて、善兵衞は眼、みきは腰と三人揃うての悩みとなった。
この日は、庄屋敷村の亥の子で、たま/\市兵衞も親族に当る乾家へ来て居た。呼ぶと、早速来てくれ、これはたゞ事ではない、寄加持をしましょう。
とて、用意万端調え、夜明けを待って、いつも加持台になるそよを迎えにやったが、生憎と不在であった。
やむなく、みきに御弊を持たせ、一心こめての祈祷最中に、「みきを神のやしろに貰い受けたい。」
との、啓示となったのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

長滝村の市兵衛というのは、大峰山12先達の一人と言われた高名な行者である。
http://www2.kokugakuin.ac.jp/frontier/publication/bulletin1_10.pdf
民俗宗教における柱の信仰と儀礼
宮家 準(國學院大學神道文化学部教授)によれば、
みきは長男が足の病になったので、当山正大先達内山永久寺の配下の山伏
市兵衛に祈祷を依頼した。けれどもその時市兵衛が災因を明らかにするためにする憑祈祷の依り坐が
不在だった。そこでみきが依り坐となった。すると何時もの神霊とは全くちがう「元の神、実の神」
(現在は親神天理王命と称している)が憑依してみきを神のやしろとして貰いたいとの神託があった。
・・・・・・・・・・・・・・・
とあります。

4 :基本。:2014/01/16(木) 02:36:57.03 ID:e/QsDK0l
Weblio辞書 によれば、
依り代、依代、憑り代、憑代(よりしろ)とは、神霊が依り憑く(よりつく)対象物のことで、神体などを指すほか、神域を指すこともある。
・・・・・・・・・・
このように、修験道(円の行者を開祖とする)が、この時なそうとしていたことは「災因を明らかにする」為の、神おろしであった。
どんな神が降りたのかを尋ねたら、「我は元の神・・」との答えであったわけです。

寄せ加持は前年に九回行われていますが、元の神は降りていません。
教祖伝にはこんな文章があります。

5 :基本。:2014/01/16(木) 02:49:34.94 ID:e/QsDK0l
天保八年:
 天保八年十月二十六日のこと、十七歳の長男秀司は、母親みきに伴われて麦蒔の畑仕事に出た折、急に左足に痛みを覚え、駒ざらえを杖にして辛うじて家に辿りついた。
早速、医者に診せた処、薄荷薬などを用いて手当ての限りを尽してくれたが、一向に痛みは治まらない。そこで、人の勧めるまゝに、近在に聞えた修験者、長滝村の市兵衞に使者を出したが、あいにく市兵衞は仁興村へ行って不在であった。
 越えて二十八日、再び使者をたてた。市兵衞は事の由を聞いた上、早速、百燈明を上げて詫びてくれた。
使者が帰った頃には治まって居た。が、翌日になると又痛み出したので、又もや使者を出して祈祷して貰うと、一旦は痛みは治まるものゝ、次の日になると又痛み出し、使者を出して祈祷して貰うと、治まった。
こうして三度祈祷が繰り返されて、一応治まったが、二十日程経つと又々痛み出した。
 心配の余り、善兵衞自ら市兵衞を訪れ、折入って相談した処、そういう事ならば、一層の事、お宅で寄加持をするが宜しかろう。との事であったので、一旦家へ帰り家人とも相談の上、その意見に従う事にした。
市兵衞は、勾田村のそよを雇い、幣二本を持たせて台とし、近所の誰彼にも集まって貰い、護摩を焚き寄加持をした処、痛みは治まった。
半年程経つと痛み出したので、寄加持をして貰うと、治まる。暫くすると又痛むという工合に、一年の間に九度も繰り返した。
寄加持の時には、ただ近所の人々に集まって貰う丈ではなく、一々酒飯を振舞い、又供養のため近在の人々に施米した。
一回の費用は凡そ四百目かゝり、軽い経費ではなかったが、可愛い伜を救けたいとの親心から、善兵衞は少しもその費えを厭わなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
↑ ここには、九つまでの宗教の教えの基本があります。
酒飯を振る舞い施米する 施米とは、困窮者や托鉢僧などに米を施すこと
古神道・修験道 布施、これを九度踏んでから、立教に至ったと言う事です。

6 :基本。:2014/01/16(木) 03:14:02.28 ID:e/QsDK0l
「みきを神の社に貰い受けたい」
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/221817/m0u/
やしろとは、《「屋(や)代(しろ)」の意。「代(しろ)」は神を祭るために地を清めた場所
・・・・・・・・・・・
行者の市兵衛さんは「よりしろ」にみきの体を用いたのですから、一時的に「代・しろ」の状態であった。
それを、みきの本質本体である親神が、「やしろ」にしたいと、貰い受けたいと、言い出したと理解するのが、実情に即した理解です。
憑代(よりしろ)は忘我の状態でありますから、やしろになるということは、忘我の状態のままでいることを意味します。
憑代(よりしろ)から正気に戻った後のみきを「やしろに貰い受けたい」と告げた。
告げられた中山家の側にとっては、神おろしという非日常が日常化するわけですから、とても簡単に受け入れられない、そういう事情が見えます。

社と言う言葉を、神の住まいと短絡的に読んでしまうのは、当時最高レベルの修験道の行者。その神おろしの「よりしろ」よりも、
もっと、清らかな聖地のようなみき、と言う、大きな前提が見えなくなってしまいます。
お住まいではなく、神事を行う聖地としてのみきの肉体と言う前提で、理解します。

7 :基本。:2014/01/16(木) 03:36:08.28 ID:e/QsDK0l
>>2
> 「親神としての中山みきが、教祖としてのみきの口を通して仰せになった」
ここには、魂としてのみきと肉体としてのみきの問題があります。
魂としてのみきは親神です。
しかし肉体としてのみきの問題は、たとえば修験道の行者を想起すれば分かりますが、滝に打たれて身を清めます。
断食もします。よりしろになる女性においても、身を清めをします。
「よりしろ」は神おろしの一瞬の時ですが、「やしろ」は四六時中の問題であり永遠の問題ですから、みきがみきと言う女が神の社になる上では、
「魂のみき・親神」は、「肉体のみき・教祖」を清らかな物としてきれいに貰い受けなければならなかった。
そう理解します。

8 :神も仏も名無しさん:2014/01/16(木) 10:51:52.48 ID:XD8vPAM6
中山みほより中山忍のほうが好きだな。

9 :神も仏も名無しさん:2014/01/16(木) 13:46:11.50 ID:0h1AeeRf
25: >張り手</b>(東日本)<b> [] 2014/01/14(火) 21:11:51.76 ID:KoSEq+410
■高麗棒子(ぱんず)の悪行
・当時の中国人が描いた漫画 「日本の軍旗を振り回す朝鮮人が中国人を殺す!」
 http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/b9/da24789b053cecd3ddec0850f288890f.jpg

・中国人 謝永光著 『日本軍は香港で何をしたか』
 (朝鮮人は)一般の日本人よりも背が高く、日本の正規軍よりももっと凶暴だった。
 民家に乱入して婦女暴行を働いたのは、ほとんど日本人の手先となって悪事を働いていた朝鮮人であった。
 当時香港住民は日本軍に対するよりももっと激しい憎悪の念を彼らに抱いた。

・仏誌Paris Match元特派員 アルフレッド・スムラー著 『ニッポンは誤解されている』
 別に日本人戦犯の責任を軽減するつもりはないが、占領地域で最も嫌われたのは、
 このころ日本国籍を持っていた朝鮮人だったことに注意しておかなければならない。

・ある医師の述懐 『キヤンガン、山下将軍降伏の地』
 フィリピン人「日本の占領下で最も残虐だったのはコリアンだった。
 赤ん坊を投げて銃剣でうけたのも彼らだった。皆がそう信じている。」

・韓国人 崔基鎬の述懐 「韓国人は日本人以上の日本人だった」(大意)
 当時、戦争ニュースは映画館で放映されており、韓国人は日本軍の活躍に狂喜していた。(拍手と万歳の嵐)
 しかし、日本で映画館に行くと、熱狂する人など殆どおらず、冷静にニュースを見ていた。

・オーストラリア人 ケニス・ハリスン著 『あっぱれ日本兵』
 彼ら(朝鮮人)は(日本人に比べ)大型で、顔は平たく、知性に劣り、日本人が与えた屈辱を我々に転嫁した。
 どんなに試みても、我々は彼らと本当の付きあいは確立できず、体罰となると、日本兵よりも彼らをはるかに恐れた。

・『ミャンマーの人々はビルマの竪琴をどう観たか』
 ミャンマー人「日本人兵より朝鮮人兵の方がきつかった」

10 :神も仏も名無しさん:2014/01/16(木) 13:47:01.15 ID:0h1AeeRf
反日妄想カルト民族がコロリするまで、天理教の衰退は止まらないのではないだろうか。

11 :神も仏も名無しさん:2014/01/16(木) 14:26:09.62 ID:0h1AeeRf
早くに日本に入り込んだ妄想カルト民族と、遅くに入り込んだ妄想カルト民族が、人の地(日本)でドタバタやってるのを、
おやさまはとふぢんがにほんのぢい・・・と仰ったのではないだろうか。

12 :神も仏も名無しさん:2014/01/16(木) 23:37:06.90 ID:brxeSDjt
基本さん、スレ立てお疲れさまです。
長丁場になるかと思いますが、是非とも完走して頂きたいです。
僕の教会では、基本さんのアドバイスを参考にさせて頂いて、おふでさきに今までより真剣に向き合い、読ませて頂くようになりました。
基本流、九九の手ほどき、これからも楽しみにしています。

13 :基本。:2014/01/17(金) 03:53:37.96 ID:48ofzDRM
>>2
おやさまの教えを出来る限り詳細に、九九の手ほどきで、二代真柱さまという超大天才の編集になる天理教教典の内容を語らせて頂きます。
二代様を「応法の真柱」と私は呼んでいます。世間的には1905−1967 大正-昭和時代の宗教家。62歳で亡くなっています。
正善真柱が生まれる以前に、親神は本席を身上にして、「一ニ三一二三の切りを入れる」旨を告げています。
「本席身上」と言うのは、教団が間違っていると言う事情のあるときに、本席を病気にして、人間がお指図を伺う、そのときの神のおさしづです。
おさしづは、明治22年11月2日 この数列は222(1+1)2 となっています。
「陰暦十月十日」は、陰暦の意味するのは、古い時代、十月十日は「漢字でいうと朝」です。 人間で言うと誕生です。
おやさま50年のひながたの時代に「正善」と言う名は予言されていました。
「中山秀司」の生まれ変わりが、正善真柱と言われています。二代真柱がまだ生まれていないときに、「復元まで60年」という、日の切りをきちんと親神は入れています。

 明治二十二年十一月二日(陰暦十月十日)午後九時
 本席身上障り願
「さあ/\一二三々々々の切りを切りて置こう。一二三の印を打って置く。一二三の印の間、世界の道理上で通る。道理上ばかりで通す。
ようこれを聞いて置かねばならんで。」

14 :基本。:2014/01/17(金) 03:54:20.61 ID:48ofzDRM
 親神が切りを入れた明治22年(1889年)から予言どうりに60年で、1949年(昭和24年)4月1日、天理大学開学。10月26日、『天理教教典』公刊。
その予言当時には生まれてもいなかった正善真柱は、天理教教理を復元しています。
最初の一二三の切りの時、30年後には青年増野鼓雪が青年会を活動拠点に、おふでさき、またおさしづを基にした教理を教団内に復元開始し、二代真柱は本部員に抜擢して増野鼓雪は教団思想のニューリーダーとして脚光を浴びています。

 おやさまは見えん先から説いておかれるお方で、この切りを切らねばならなくなるというご注意も警告も、先に警告されています。
 それはおさしづで、
明治二十二年四月十八日 午後十時
刻限御話
さあ/\/\/\うん/\/\、さあ/\/\話掛ける/\、どういう事を話掛ける。これまでの処というものは、皆んな一つ/\寄せて運んだ処、皆寄り合うて始めた処、又これよりどんと一つの道改める。
改めると言えば皆が案じる。皆々変わる/\と言えば皆案じる。案じる事は無いで。
道が変わると言えば案じる。
さあさあ今になって今の事を言うやない。所々には一つ/\の名を下ろし/\。
さあさあいつ/\までの事情、往還道を待ち兼ねる。
何か一つの治め方、一つの事情、元一つの事情から始め掛ける。
初まりという、国々何処の国々、初まり/\前より一つ。
さあ/\遠く/\こんな処から、何処からどういう道が付くとも分からん。
世界の中の所から、どんな所より道が付くやら。
偉い事や。この道というは、後々の事も言わん。日々の処どんな所へも入り込む。
さあ/\皆始め来たる処、あちらに一つの社や、こちらに一つの講や。
皆々難しい処より始めた。心の理によって一つの名を揚げた。一つこうのう始め掛けたら、よう聞いて置け。
何処にどういう道が始まるとも分からん。
さあ/\天理教会やと言うてこちらにも始め出した。
応法世界の道、これは一寸の始め出し。神一条の道は、これから始め掛け。
元一つの理というは、今の一時と思うなよ。今までに伝えた話、かんろだいと言うて口説き口説き詰めたる。
さあ/\これよりは速やか道から、今んまにかんろだいを建てにゃならん、建てんならんという道が今にあるという。

15 :基本。:2014/01/17(金) 08:57:43.50 ID:48ofzDRM
「さあ/\皆始め来たる処、あちらに一つの社や、こちらに一つの講や。」
これは、船場、山名を代表とした講元たちの公認運動として出来た講社組織の事を示しています。
梅谷、井筒、諸井 、平野はこの年、明治22年に競うように「祭儀・神事」の整備を急いでいます。
1888年に郡山分教会、山名分教会は官から認可を得て協会設立していますが、
「おやさまの教えを広める」為に、「どうでも信心する」為に設立されたものです。
 しかし、教会が出来て講元たちはおやさまの教えを伝えることよりも、教会としての形式整備と内容充実に心の重きをおいてしまいます。
つまり、応法を通りたがるわけです。
親神が「一二三、一二三」の入れた、その原因は史実にちゃんと残されることになりました。
分教会から願い出た記録がおさしづには残されてあります。
 明治二十二年三月三十一日(陰暦三月朔日)午前九時三十分
 郡山分教会所に御神楽御道具を御許しの願
 明治二十二年三月三十一日(陰暦三月朔日)
 兵神分教会所前同様御神楽道具願

山名では、数年前から天輪王教会で公認を受けていて、かぐら面の許可を「わし(教祖)がが許すやない、上が許すのや」のお言葉を根拠にして、
お面を作成し、つとめていましたので、郡山と兵神は、自分たちもそれがしたいとかぐら面の使用を願い出たわけです。
 郡山分教会、兵神分教会の願いは「三月大晦日」です。
この日を見ただけで、掃除されるのではと浮かぶ感覚大切です。

 講元たちは「宗教家業」の店舗作り、営業だと、そちらに精神が行ってしまう。
そこで四月 >>14  おやさまの誕生日に「刻限」にて、
「さあ/\天理教会やと言うてこちらにも始め出した。
応法世界の道、これは一寸の始め出し。神一条の道は、これから始め掛け。 」と、
高弟初代たちの通りたがった応法の道を、「神一条の道の始めかけ」として、お言葉を下されました。

 天理教教会も天理教教典も、神一条のはじめかけの道筋においての「王道」である、
それは、
「今んまにかんろだいを建てにゃならん、建てんならんという道が今にあるという。」
甘露台一条の道への「序」に位置づけられているわけです。

16 :基本。:2014/01/17(金) 10:10:34.81 ID:48ofzDRM
>>2
「1」-2
http://www.geocities.jp/washimisu82/kyoten01.htm
「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降つた。
みきを神のやしろに貰い受けたい。」
とは、親神天理王命が、教祖中山みきの口を通して仰せになつた最初の言葉である。
 家人は、この思いがけぬ啓示にうち驚き、再三言葉を尽して辞退した
が、親神は厳として退かれぬにより、遂に、あらゆる人間思案を断ち、
一家の都合を捨てて、仰せのままに順う旨を対えた。
 時に、天保九年十月二十六日、天理教は、ここに始まる。
//////////////////////////
「我は元の神・実の神である」 これは、文字通りに「元」「実」。
「この屋敷にいんねんあり」 少しこれを解説します。

17 :基本。:2014/01/17(金) 11:08:24.89 ID:48ofzDRM
いんねん【因縁】の意味 - 国語辞書 - goo辞書
1 仏語。物事が生じる直接の力である因と、それを助ける間接の条件である縁。すべての物事はこの二つの働きによって起こると説く。

 神がかりの問題もそうでしたが、古神道の元、大峰山の行者の霊験というものを承知して読まないと、立教の状態は理解できません。
親神の対話した相手は世界遺産大峰山の12先達のお一人で、宗教界のトップレベルのお方であった。
だから、くどくどとした解説ではなく、諭しと悟りと言う会話が成り立つと言う事です。
宗教インテリとの会話として理解すべきです。

いんねんとは、仏語です。
当然ですが、行者信仰の最高峰大峰山のトップレベルの行者さんは、
「いんねん」とは、物事が生じる直接の力である因と、それを助ける間接の条件である縁。と言う事は、常識として知っているお方です。

「縁」は、えん、えにし、ゆかりと読みます。すべてが因縁の「縁」です。
「因」とは、原因の因です。

そこで、「元の神の元、実の神の実」に対比してみますと、
「元」とは「縁」であり、「実」とは「因」です。
人間の元を始めたと言う「えにし・縁」がある神。
現実にこの世の救済を実行しようと、神がかりの原因となった「神」。

「この屋敷にいんねんあり」とは、この屋敷(中山家屋敷)に「いん」直接には中山みきがいると言う因がある。
「この屋敷にいんねんあり」とは、この屋敷(中山家屋敷)に「えん」間接的には元始めたえにし・縁がある。
このような意味になります。

18 :基本。:2014/01/17(金) 11:13:26.25 ID:48ofzDRM
>>17
> いんねん【因縁】の意味 - 国語辞書 - goo辞書
> 1 仏語。物事が生じる直接の力である因と、それを助ける間接の条件である縁。すべての物事はこの二つの働きによって起こると説く。

誤解されがちなのは「屋敷そのものに因縁がある」とそういう誤解です。
屋敷には、その中の土地の一角に「ぢば」はありましたが、「ぢば」以外の中山家は、「元の神実の神とはいんねん上は無関係」です。

行者の市兵衛さんは元の神実の神に対して「天のお星様でありますか」と尋ねています。
修験道の達人にとってはじめて聞く神であり、地上の神については知り尽くしているわけですから当然の質問です。
「われは、天の将軍なり」とお答えになったと伝わります。
それは、神の格を示したお言葉でした。

天にいるお星の神が、中山家に家人に「いんねん」があって、それで病気にしているのかという、
病気にするような神という前提で尋ねたわけですから、祟り神であるならレベルというものは低いわけです。
場合によれば祈祷などで調服することも行者の仕事です。
みきが「天の将軍」と宣言したのは、行者に対して神格においての格の違いを示したものです。

教祖伝にはこうあります。第一章 月日のやしろ 啓示:
「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降った。みきを神のやしろに貰い受けたい。」
神々しい威厳に充ちた声に、身の引緊まるような霊気がその場に漲った。 戸主の善兵衞も、修験者の市兵衞も、親族の人々も、誰一人頭を上げようとする者もない。
それは、今までに聞いた事もない神であり、思いも寄らぬ啓示であった。善兵衞は、初めの程は全くその意味を解し兼ねたが
・・・・・・・・・・・・・・

19 :基本。:2014/01/17(金) 11:18:40.62 ID:48ofzDRM
神々しい威厳に充ちた声に、身の引緊まるような霊気がその場に漲った。

 元の親神と古神道トップレベルの行者の対決にシーンです。

 思わず感動で、涙が溢れます。
 みき姉さんは人間の親神です。
 カッコ良すぎます。

20 :基本。:2014/01/18(土) 07:50:32.66 ID:vpgQ/v+C
>>17
ネット上に「天理教講座」と銘打って、東本青年会、草梁青年会の質問回答例が公開されていますので、
きちんと批判をしておきます。「いんねん」に関してです。
http://www1.plala.or.jp/soryo/seminar.html
B教祖は、人類創造にゆかりの魂をもつことから選ばれた人で、そのときより50年の間、c神の社となり、神の言葉を伝えると共に、d人間の生き方の雛形の親として、自ら、貧の中に入ってゆき、どんな中をも心一つで、陽気に暮らせることを示した。
現行天理教団教義は、拝礼形式そのものが「親神・教祖・祖霊」を三殿礼拝するように、天理教会では教義上「親神」と「おやさま」は二元論で解説されています。
そこで、「教祖は、人類創造にゆかりの魂をもつことから選ばれた」と、解説されています。
>>17に基本を示しましたが、仏語に言う因縁は、物事が生じる直接の力である因ですから、立教の因は中山みきそのものですから、

 「この屋敷にいんねんあり」とは、この屋敷(中山家屋敷)に「いん」直接には中山みきがいると言う因がある。
「この屋敷にいんねんあり」とは、この屋敷(中山家屋敷)に「えん」間接的には元始めたえにし・縁がある。

↑ これが正解で、東本系が解説している「教祖は、人類創造にゆかりの魂」説は、誤解、誤りです。
こう言う誤解は山名系の諸井河原町系の深谷が、おやさまゆかりの仏教・古神道の信心を丁寧に理解しないで、
キリスト教系の「神学・教学」で広めた悪風に影響されていて、お気の毒です。
教祖は「因」であって、ゆかり(縁)の教祖では無い。
教祖が、元の親が原因で立教された。
きちんと、元と末に、本末転倒の無いように、ご無事を祈ります。

21 :基本。:2014/01/18(土) 08:11:20.07 ID:vpgQ/v+C
>>17 >>20
> 質問回答例が公開されていますので、きちんと批判をしておきます。「いんねん」に関してです。
http://www1.plala.or.jp/soryo/seminar.html
立教の三大因縁、
@旬刻限の理、人類創造のときの神とその人類創造のための道具となったものたちの約束によって経過した時であるということ。
A屋敷の因縁、ぢば(奈良県天理市にある天理教教会本部所在地)、人類創造の地。
B教祖魂の因縁、教祖は人類創造の折り、その道具の一つとされたいざなみの命の魂をもっていることによる。
・・・・・・・・・・・・・・
↑ この三大因縁説は、高弟たちが教祖の命で聞き取った教えを書き記した「こふき」話を台として、解説の為の解説用にもっともらしく用意された、
いわば、幼稚園で幼稚園児に説明するためのものであって、神のお言葉の「この屋敷にいんねんあり」をきちんと説明していません。
特に、「B教祖魂の因縁、教祖は人類創造の折り、その道具の一つとされたいざなみの命の魂をもっていることによる。」
この解説は、間違っています。
山名系深谷系に汚染されますと、中川よしを師とする東本系もまた、理に反した異説を平気で説いてしまっているわけです。
 親神そのもの、教祖そのものを間違って解説して「天理教講座」では、お気の毒なのですが、これでは原典の読めない愛町系と同程度の謀反度と言うしかありません。

それで、どうぞご無事でと「無事を」お祈り申し上げます。

天理教教典は原典を、優しく説き明かした物ですから、原典と違う解説や理解は、出て来たらむほん、
(無本)、本が無い、こんなんで信者増やしてうそ教えて、
ネットに公開して、東本文書伝道の草梁の先人なら、こんなミスはしなかったでしょうに、

22 :基本。:2014/01/18(土) 08:25:52.37 ID:vpgQ/v+C
>>17>>20-21
> この解説は、間違っています。
これは、教祖について、「その道具の一つとされたいざなみの命の魂」と解説した、
それは間違いだと指摘したものです。
根拠は「おふでさき六号」の無いように外れていること。です・
その箇所を、引用します。「み」は道具ではありません。
 このよふの元はじまりハとろのうみ そのなかよりもどぢよばかりや (6-33)
 そのうちにうをとみいとがまちりいる よくみすませばにんげんのかを (6-34)
 それをみてをもいついたハしんぢつの 月日の心ばかりなるそや (6-35)

 このものにどふくをよせてたん/\と しゆこふをしゑた事であるなら (6-36)
 このどふくくにさづちいと月よみと これみのうちゑしこみたるなら (6-37)
 くもよみとかしこねへとをふとのべ たいしよく天とよせた事なら (6-38)
 それからハたしかせかいを初よと かみのそふだんしまりついたり (6-39)
・・・・・・・・・・・・・・
「このもの」 これに道具を寄せたとあります。
「このものに」 これに「守護を教えた」とあります。

ではこのものとは何か、それが「元のおや」です。おやさまは「元の親」です。
道具では無い。元の親です。

まったくもって、残念な天理教講座です。

23 :基本。:2014/01/18(土) 08:46:11.02 ID:vpgQ/v+C
>>20-22
親神は、厳然として理です。
理の間違いは気の間違いと教えられています。
気の狂ったようなインチキ講座を蔓延させたのは、基本が悪いのです。
基本を正しく、きちんと教えの元に「復元」させてこそ、復元教典の解説になりますので、お許し下さい。

 このつとめ十人にんぢうそのなかに もとはじまりのをやがいるなり (6-30)
「もとはじまりのをや」これは「中山みき」の事です。

夫婦の元始まりがあって、「人間はじめ」があったわけですが、元のをやとは、
いざなぎ、いざなみご両名で、おやさまは「み」です。
 いざなぎといざなみいとをひきよせて にんけんはぢめしゆごをしゑた (6-31)
 このもとハどろうみなかにうをとみと それひきだしてふう/\はちめた (6-32)
「人間はじめ」「夫婦はじめ」始めたときの解説が、続きのおふでさきです。

 このよふの元はじまりハとろのうみ そのなかよりもどぢよばかりや (6-33)
 そのうちにうをとみいとがまちりいる よくみすませばにんげんのかを (6-34)
 それをみてをもいついたハしんぢつの 月日の心ばかりなるそや (6-35)

 このものにどふくをよせてたん/\と
しゆこふをしゑた事であるなら (6-36)

このもののお一人が「全人類の母親で」「基本のお姉さん」中山みきその」方です。

 この一連のお筆先を読んで、「中山みきは道具だ」では、天理教と名乗る詐欺師そのものでは無いか。
 みき姉さんが基本を分かって欲しいお気持ちが、「私は道具じゃないよ、母親だよ」と、おっしゃりたいお気持ちが、分からない教団指導者の事は、
御無事を祈ってあげましょう。心得が違っていただけです。
おやを親とも思っていなかっただけの些細な間違いです。
 基本はなにがあっても、おやさまが親神さま。おやさまだけが天理王命様。
おやさまをお慰め申し上げます。

24 :神も仏も名無しさん:2014/01/18(土) 20:45:31.62 ID:i4yDW0Sj
ぢばが大切なんじゃないの?よくわからないけど。

25 :基本。:2014/01/18(土) 22:49:19.74 ID:vpgQ/v+C
ぢばが大切と言うご質問ですが、ぢばとは人間始めた故郷ということで「このとこ」で人間始めかけた「床」です。
人間始まりの「縁・えにし」ある土地と言う場所で、畳二枚分、ダブルベットサイズの一坪四方です。

大切なのは、地場ではなくて「親神・中山みき」です。
「ぢばは、いんねんあるで、自由自在を」と教えにありますが、「因」それは親神です。
中山みきです。
親神がいれば、地場から道のり千里離れていても、「自由自在」。
親神不在なら、地場といえども単なる縁としての聖地ですから、願ったところで守護は無い。
現実に中山みきを親神として、拝していないこの応法信仰者は、物凄い回数地場を拝しているでしょうが、教団の勢いは落ちるばかりです。

東本大教会初代の中川よし、彼女の伝記を書いたのが、>>20 に紹介しました、草梁分教会の初代さんではなかったかと記憶します。
伝記を読めば、中川よしは「御教祖様!」でした。
関根豊松さんは「この宇宙は御教祖様のお働きだ」と語っています。

原典読めなくたって、「御教祖様」と親神そのものを御教祖様に求めていた数少ない天理教信者、それが愛町初代関根豊松で、
乞食のおやしと言われた無学な女でも、「御教祖様」と、願う対象を「御教祖」と呼ばれた数少ない彼らは、
そこらへんが、周囲に嫌われた原因だと思います。

御教祖様とは、天理王命。
ぢばで呼び出そうと、山の中で呼び出そうと、おやさまにはちゃんとお受け取り下さる。
願うなら天理王命本人に願いましょう。

{ぢばよりも大切なのは中山みき]

26 :基本。:2014/01/19(日) 00:35:16.83 ID:KMQQQWfh
「1」-3
http://www.geocities.jp/washimisu82/kyoten01.htm
「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降つた。
みきを神のやしろに貰い受けたい。」
とは、親神天理王命が、教祖中山みきの口を通して仰せになつた最初の言葉である。
 家人は、この思いがけぬ啓示にうち驚き、再三言葉を尽して辞退した
が、親神は厳として退かれぬにより、遂に、あらゆる人間思案を断ち、
一家の都合を捨てて、仰せのままに順う旨を対えた。
 時に、天保九年十月二十六日、天理教は、ここに始まる。
//////////////////////////
このたび世界一列をたすける為に天下った。

「世界一列をたすける」という意味は、この立教の時点では明確に説かれていたわけではありません。
現実に現場では、三人の病気をたすける寄せ加持であったわけで、「世界一列」ということは、人間の側にはなにをいうやらという、程度の認識であった。
しかし当の病人、秀司の足痛を助かるにはわけのわからない神の仰せに従うしかない。
自分たちが助かりたいために、神の脅しに屈したわけです。
それでは、なんで中山秀司は足痛になっていたかです。それは中山家の悪因縁の因果応報の結果です。
ザおやさまには整理してあります。
http://thebbs.fc2.com/262762!/-100
参照下さい。

27 :基本。:2014/01/19(日) 00:37:16.74 ID:KMQQQWfh
> それでは、なんで中山秀司は足痛になっていたかです。それは中山家の悪因縁の因果応報の結果です。
> ザおやさまには整理してあります。
http://thebbs.fc2.com/262762!/-100
[68] 基本。 2006/12/13 09:55
「中山家の悪いんねん」。
これを示す証拠として、教祖伝史実校訂本中1巻に次のような事実が記されています。
 A 元禄十六年十月二十五日に、銀子七十匁を、庄屋敷村の弥作、源四郎他四名に、屋敷を質物(担保)として、貸して、証文を出させている。
B 正徳五年十二月十四日に、銀子百三十五匁を、久作他三名に、田、六畝三歩を質物(担保)として、貸して、証文を出させている。
 C 享保三年十二月十四日に、銀子七十目を、孫四郎他三名に、畑二十歩を質物(担保)として、貸して、証文を出させている。
中山家の古文書から抜粋したほんの三つの資料は、元禄十六年(1704)、正徳五年(1720)、享保三年(1723)、の、金貸しの実態を証明してくれています。
「足達金持ち、善右衛門さん地持ち」と、歌にまでうたわれた、中山家の財産は、お金を貸して、家屋敷、田地・田畑を取り上げていた結果の大地主であった。
少なくとも、長男の秀司が足痛を起こし寄せ加持にて、祈祷した時の133年以上前から、金を貸しては、人を債務の奴隷にしていたと言う事が分かります。
133年よりももっともっと長く、積み上げていた、「債務奴隷」を生み出した「悪いんねん」を切る事が、世界のふしんの前に、なされるべき事であったと、おやさまの、元の理の数理の史実は、証明し、語ってくれています。

28 :神も仏も名無しさん:2014/01/19(日) 04:26:37.77 ID:CI58T/oV
基本さん、立ち上がりからエンジン全開で、お疲れさまです。
基本さんの語られる中で、僕にとって難解だった事の一つに「二元論の否定」があります。そこに疑念を抱いた事が無かったし、根本を覆すように思えるなからでしょうか。
まだぼんやりとですが、基本さんの主張解るようになってきました。
教団が二元論に傾倒してきた経緯・理由もいずれ語って頂きたいです。

29 :神も仏も名無しさん:2014/01/19(日) 06:08:22.07 ID:crUTWfQP
新年も2週間を過ぎた1/17、NYで浮気した夫を椅子で殴って
大けがさせたとし、逮捕された妻 Jody Mitchellの初公判が行われた。

裁判長 「あなたはなぜ夫を椅子で殴ったのですか?」

妻    「それは・・・」下を向いて一瞬声を詰まらせたが、裁判長の方へ向き直ってハッキリとした口調でこう答えた。

妻    「テーブルがあまりにも重くて持ち上げられなかったからです」

30 :基本。:2014/01/19(日) 06:39:00.32 ID:KMQQQWfh
>>28
今までの教えがだめだったから、天理教という真理を解き明かすのだ、ではなく、
既に真理は解き明かされていたが、聞く人間がそれを素直に受け入れるまでに成長できていなくて、それでだめの教えを説いた。
元々からこの世は神の真理に満ち溢れていて、人間が成人の過程で「悪因縁」を身に纏ってしまい、その宇宙の真理、神の愛すらも、強気強欲に、
大社高山のはびこる世界にしてしまった。
それは真理に対する不信感そのものの発露です。

例えば増井りんさんは、お日様を見て「おやさま」と拝をなされています。
「そうかいあんたは阿呆かい、阿呆は神の望みとおっしゃるで」と、お言葉を頂いた方です。
同じお言葉を頂いた、泉田藤吉さんは、「人を神と言ってはならん」という官憲に楯突いて教団組織からは追放状態になっています。
明治15年10月20日(陰9月9日)泉田事件。信じきっているものにはおやさまは「神様」。

大社高山は、明治政府が「現人神・天皇」と人格を神格化した事例。
西欧では「王権神授説」によって政治権力を神格化した。
歴史上大社高山は「人を」(選ばれた家柄・個人を)神と呼ぶことで、大社を権威付け高山をより高くより強化してきました。
それに対してイエスはあまねく等しい神の愛を説き、仏陀は世俗の権威を否定して宇宙の真理を説いて、神の愛・仏の慈悲を伝えました。
大社高山はそうしたイエスの教えも仏陀の教えも、「大社」に取り込んで、支配被支配の隔てあるの道具に用いました。
宗教家業因縁は、そうした大社高山を支えた周辺の者に至るまでも、悪因縁として、人類史に刻み込まれています。

中山みきを神として拝してはならんという政府官憲に従うには、「教祖・きょうそ」と祭り上げて、物言えない状態にするが良い。
これが、官憲の示唆した方向であり、
「おやさまは神様だ」という阿呆は、教団組織には危険だったと言う事です。
教祖在世中は、みきさまを、「神様」と呼んで拝していた事を、ひながたとして、忘れてはなりません。
「上が怖い」「神は怖くない」人が百人の中99人、いや万人の中9999人だったということになりましょうか。

31 :基本。:2014/01/19(日) 07:00:08.43 ID:KMQQQWfh
希少価値という言葉があります。
>>25
> 乞食のおやしと
訂正します。乞食のおよしです。
乞食のおよし、中川よしは泉田藤吉の弟子です。
泉田藤吉の信仰信念は一貫していますから、中川よしに「御教祖様信仰」を伝道したのは、泉田藤吉であった。
霊救おたすけ人の系譜は、泉田藤吉からの流れです。
基本が中学生の頃熟読したのは、中川よしの伝記でした。「御教祖様!」信仰は、
>>20-21 草梁
東本初代に、学びました。
「おやさまの御名に恥をかかせてはならない」信仰です。
天理教の名誉にかけて、ではなく、「おやさまの名誉にかけて」でした。
みき姉さんは嬉しかったのでしょう。
みんなが、「ごきょうそさま」とお墓地に埋葬した信仰の中で、およしさんは、「御教祖様」を信心したわけで、
そこで基本は学びました。「おやさましかいない」と。

関根豊松「御教祖がいなかったら宇宙の姿は今の姿ではなかったろう」。

これ言い切ってしまえば、みき姉さんはその名誉にかけて、お働きになります。
みきを神といえるか言えないかは、「金と銀と鉛としょうもない金と」仕分けする、基本です。

みき姉さんは「親神です」。

32 :基本。:2014/01/19(日) 07:17:43.10 ID:KMQQQWfh
>>26 :基本。:2014/01/19(日) 00:35:16.83 ID:KMQQQWfh「1」-3
http://www.geocities.jp/washimisu82/kyoten01.htm
//////////////////////////
このたび世界一列をたすける為に天下った。

ここで、呪術、呪法、祈祷の基礎知識のおさらいです。
>>29
> 妻    「テーブルがあまりにも重くて持ち上げられなかったからです」
世界全体に何かをしようとして、「あまりに重過ぎる」場合に、呪術では、「モデル」をこしらえて、
それに対して呪文をとなえたり、呪法の行為を行います。
「模倣」と呼ばれます。
「モデル」とは「ひながた」です。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%AA%E8%A1%93
類感呪術(模倣呪術、英: imitative magic)類似の原理に基づく呪術である。求める結果を模倣する行為により目的を達成しようとする呪術などがこれに含まれる。
雨乞いのために水をまいたり、太鼓を叩くなどして、自然現象を模倣する形式をとる。
感染呪術(英: contagious magic)接触の原理に基づく呪術である。狩の獲物の足跡に槍を突き刺すと、その影響が獲物に及んで逃げ足が鈍るとするような行為や、
日本での藁人形に釘を打ち込む呪術などがこれに含まれる。
感染呪術には、類感呪術を含んだものも存在するとフレイザーは述べている。
呪術を行使したい対象が接触していた物や、爪・髪の毛など身体の一部だった物に対し、類感呪術を施すような場合などである。

33 :神も仏も名無しさん:2014/01/19(日) 08:51:25.41 ID:CDhwMITf
私は増井りんさんが好きです
おやさまのお側で身の回りのことなどされながら
おやさまをお日様そのものだと神様だと信じ切っていた
その心に胸をうたれます

34 :神も仏も名無しさん:2014/01/19(日) 21:02:32.99 ID:CI58T/oV
「二元論の否定」への解説、ありがとうございました!
教史・官憲からの弾圧史を知れば、よく理解できるのですね。
しかし、基本さんに教えて頂かねば、一生触れる事が無かったであろう史実です。
教団がひながた・史実から目を逸らしてまで二元論を維持するのは何故でしょうか?
芹沢光治良先生の作品には禁書もあるそうですし、天理図書館には閲覧出来なくなった蔵書もあると伺います。
史実を隠し、情報を規制する事が、ひながたからの乖離・教団の衰退を進めているように感じます。

35 :基本。:2014/01/20(月) 01:02:17.83 ID:6fiSwK8C
教団という呼称がどの範囲を示すのか、難しい問題ですが、基本が用いている資料は、教団が保存あるいは編集作成した資料ばかりですから、
・・・二代真柱の教義を軸として、基礎資料として残されてあるものは、実は基本の語っている内容を裏付けてくれるものばかりです。

基本にはおやさまに圧倒的な信頼がありますから、逆に分かるのですが、基本の様にではなく、おやさまに自信をもてない、天理教の教えの内容に自信が無いとそういう人は、
自分の胸に湧いた不信感、その弱点をかばおうとして、理論武装したり教えを飾り立てることで天理教を守ろうとします。

先ず、中山みきが神だと言う基本こそ、軟弱な信仰者には人に語れない内容なのです。
「人をさして神と言うなんておかしいだろう」という反論に、言葉も出なくなってしまうわけです。
だから、「神は月日で、宇宙意思であって、それが中山みきという女性に入りこんで説いた教えです」と、方便で解説してしまう。
そうすると、中山みきが神だとさえ言わなければ、一般的な高等宗教と似たような論法なので、受けが良いわけです。
だが、。。。そう語ってしまうと、だったら天理教でなくてもどんな宗教でも真理を語っているわけだから、天理教である必要は無いと、反論されます。
すると、いや、9億9千999年の旬刻限で、これまで説き明かされていない最後の、究極の一点を説くために立教したのだ。
天理教はキリスト教や仏教と、それと同等以上の世界最高の宗教なのだ。と、
こんな風に、語るに落ちていってしまったわけです。

36 :基本。:2014/01/20(月) 01:20:39.43 ID:6fiSwK8C
確認ですが、「究極の一点」とは「みきが親神」という一点です。

「その親神が世界たすけに出ている」というのが天理教そのものです。
「みきが親神」、その一点が「究極」なのですから、
正体親神のみきには、別にみきに入り込んだ宇宙の真理なるものがあると説いてしまったために、矛盾だらけで後戻りが出来ないわけです。
教団の学者はみきの問題には触れないようにして、宇宙の真理と人間完成という方向に教えの内容を矮小化した。
それで、「奇跡」の主人公おやさま・実は親神は表舞台から遠ざけられたわけです。

対して、中川よしのように「御教祖様」にすがるしかない現場では、宇宙の真理も何もそんなものは夫の浮気事情をたすけてくれないし、病気を治してもくれない。
御教祖様なら奇跡があるわけですから、「御教祖様! おたすけください」です。
或いはまた、関根豊松のように「模倣の呪術」の使い手は「教祖の模倣」が実効があるからこそ、宇宙の真理も何も、教祖の模倣以外には霊験は無いわけですから、
教祖にいりこんだ宇宙の真理ではなく、教祖そのものが真理であり、宇宙であった。

37 :基本。:2014/01/20(月) 01:28:27.94 ID:6fiSwK8C
みきは親神という究極の一点をおたすけの現場でしてしまった人間にまつわる神秘。
対して、神学で宇宙の真理を説く教団山名系学者、天理大学宗教学科の教授たち。

ここに、「おやさまは月日の社で、おなじ人間、ただし魂の徳が違う」という山名系的教団教理が生まれ、もう学者教義があって、その一方で、二代目教祖とか神人とかがいると言う天理教の神秘性が語られるという、
まさに二元論に歪んだ今日の天理教と成り果てたわけです。

お筆先には「人間を始めだしたるをや」とあります。「人間を始めたときの親役」ではなく、
正真正銘のおやが、みき様です。
宇宙の真理と言う言葉は、お筆先にはありません。

> 教団がひながた・史実から目を逸らしてまで二元論を維持するのは何故でしょうか?
それは大教会にとっては、「中山みき一元論」では具合が悪いからです。
だって、みきは、必ず「貧に落ちよ」と言いますからね。

みきは「私が神」と言いますからね。同じ人間では無いと。
みきを道具だと言ってしまえば、言うなら大教会長様も神の道具ですから、・・同等にも語れる。

このカラクリをじっくり考えてみて下さい。
基本はいつもおやさまだけに教えを、教えて下さいと願い続けています。
それはきっかけは、中川よしさんと関根豊松さんとから学んだのでした。

> 史実を隠し、情報を規制する事が、ひながたからの乖離・教団の衰退を進めているように感じます。
史実は、実は隠せないように神に仕組まれています。
そんなこと、おやさまの手の平の上です。

元々教えは、土の中に埋もれているようなものです。
だから根を掘れば良いのです。
天理教教典の根を掘れば、良いのです。

それを行います。

38 :基本。:2014/01/20(月) 09:39:30.85 ID:6fiSwK8C
呪術に言う模倣と言う事についてです。
>>32
> ここで、呪術、呪法、祈祷の基礎知識のおさらいです。
呪文を唱えることも、一種の模倣です。おさづけの時に唱える文言も呪文ですから、正確に唱えることは必須です。
ふりをすると言う事も、一種の模倣です。
小さなモデルを作って例えば「のろいの相手方のモデル・わら人形」、それに杭を打ち込んで、相手に痛みを与えるというのも、模倣呪法です。

元の地場に「この世のモデル=ひながた」をこしらえて、そのひな型において起きたことを世界に映すという、
これは典型的な大魔術師の呪法です。
「地場は鏡屋敷」というのは、呪法で言うなら、模倣呪法の最高レベルです。

初代真柱が中山家に入る   → 43年    関東大震災。
真柱継承者・かぐら初の勤め → 43年    阪神大震災。
三代真柱の真柱職に就任   → 43年    東北大震災。

中山みき 誕生       → 126年   関東大震災。
中山みき 甘露台の予言。   →  126年  東北淡路大震災
中山みき「我は天の将軍なり。」→ 126年  東北地方太平洋沖地震

シャーマンとしてみても、これほどに大掛かりな「ためし」を呪法として用いている。
ひな型は、そういうものとして、思案しなくてはなりません。

    

39 :基本。:2014/01/20(月) 09:51:38.90 ID:6fiSwK8C
>>36
> 関根豊松のように「模倣の呪術」の使い手
この事ですが、
「難病請負人」と自称されておられる天理教伊勢高泗分教会のブログには、関根さんのコメントが載っていました。
http://blogs.yahoo.co.jp/tenriisetakashi/MYBLOG/yblog.html?m=lc&p=2
私達は教祖の道を継ぐ弟子です。弟子は教祖のなさった事を真似たら良いのです
「教祖の雛型」は「判るべきもの」ではなく、「踏むべきもの」です。
私は教祖雛型を踏まして頂こうと、日夜努力しました。
道を聞いたら道を往け。
道とは教祖雛型。
道の者は絶対に道を通れ。
方針を誤ったら何事もうまくいかない。
by関根豊松
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「弟子は教祖のなさった事を真似たら良いのです」
関根さんの自白です。
関根さんは「真似が大好き」で教祖の真似をしていたということですが、
実はそれは「模倣呪法」の典型です。
難病請負人さんは「関根さんの模倣」をしたいようですが、元の親神のおやさまの真似をするなんて、
真柱のような地球規模のオカルトには、関根さん目標では無理です。
愛町関根は原典読めないのですから。

.

40 :基本。:2014/01/20(月) 10:13:07.65 ID:6fiSwK8C
聖地地場にてかぐらつとめが行われたら、世界が豊年になり、陽気になるというのも、
ひな型=モデル 地場のかぐら→世界の幸福
まさに、模倣呪法そのものです。

おさづけというのも、典型的な呪法であって、「つとめ」が根で「さづけ」は、その模倣に相当します。
おやさまがつとめの完成を急き込まれたというのは、世界の不幸から難から逃れさせるためでした。
だから、人間の元のおやを誕生させた。
その理が、お屋敷という天理教団内々では「教祖みき」そのものが救済の主と分かっていないから、
鏡屋敷のおやさま軽視は、世界に映って「正月二十六日を待つ」理で、→ 126年 関東大震災。 になった。
これが、「鏡屋敷と世界とのオカルト」です。
おやさまがつとめの完成を急き込まれたというのは、世界の不幸から難から逃れさせるためでした。
だから、明治二年甘露台を立てよと命じた。
しかし当時の高弟はそんな事より宗教家業活動に走って、本気で甘露台は立てようとされなかった。
以後も「山名系を教団組織の長に据え」、地場の甘露台は軽視された。
 めつらしいこのよはじめのかんろたい
 これがにほんのをさまりとなる 39
このお筆先から → 126年 阪神・淡路大震災になった。
 おやさまがつとめの完成を急き込まれたというのは、世界の不幸から難から逃れさせるためでした。
そのためにお屋敷に地場に、この世にまつわる呪法は施されていて、原典が読めないと、
毎日おさづけしていたら世界中が信者になると言うような妄想に走るわけです。
お気の毒にです。

 

41 :基本。:2014/01/20(月) 11:11:09.78 ID:6fiSwK8C
>>38
> 中山みき「我は天の将軍なり。」→ 126年 東北地方太平洋沖地震
 暖房は無い。
 寝具は無い。
 夜お寝みになる時間が来ると、上に着て居られる黒の綿入を脱いで、それを被ぶり、自分の履物にひさの帯を巻きつけ、これを枕として寝まれた。
 一日中板の間に正座の拷問
 夜が明けると、早朝から、教祖を、道路に沿うた板の間の、受付巡査の傍に坐らせた。
 それからは、一日中、姿勢を崩さず座って居られた
 そして神がかりの教祖を庭に引き出して真冬に水をぶっ掛けて・・
  毒殺の可能性があって、
 食事は、分署から支給するものは何一つ召上らず・・飲みものは、梶本の家から鉄瓶に入れて運んだ白湯のみを差上げた。
 
 分署にお居での間も、刻限々々にはお言葉があった。すると、巡査は、のぼせて居るのである。井戸端へ連れて行って、水を掛けよ。と、言うた。
しかし、ひさは全力を尽くしてこれを阻止し、決して一回も水をかけさせなかった。
 ひさの知らないときの事であろう。教祖に真冬に水をぶっ掛けられて官憲は殺してしまおうとした。

 或る日のこと、
「一ふし/\芽が出る、・・・」
と、お言葉が始まりかけた。すると、巡査が、これ、娘。と、怒鳴ったので、ひさが、おばあさん、/\。と、止めようとした途端、教祖は、響き渡るような凛とした声で、
「この所に、おばあさんは居らん。我は天の将軍なり。」
と、仰せられた

 こう言う事も、呪法の一つであって、
「憂世と言うて居るこの世が、本来の陽気ぐらしの世界へ立ち直る道を教えようとて、親なればこそ通られた、勿体なくも又有難いひながたの足跡である。」
呪法の最高呪法。
イエスキリストが十字架にかかると言う呪法を用いた事を想起すれば分かりやすい話でしょう。
 
                  

42 :基本。:2014/01/20(月) 11:41:13.77 ID:6fiSwK8C
どんな難儀もみなをやが替わり通ってある。教祖の魔術です。

明治19年には教祖が世界助けのために仕掛けた呪法の典型があります。
それはこれです。
[ひさが、おばあさん、/\。と、止めようとした途端、教祖は、響き渡るような凛とした声で、
「この所に、おばあさんは居らん。我は天の将軍なり。」 と、仰せられた]

 明治二十年:
 このように、内外多事のうちに、道は尚も弘まってゆくばかりであったが、
明治十九年も暮れ、明けて二十年一月一日(陰暦十二月八日)の夕方に、
教祖は、風呂場からお出ましの時、ふとよろめかれた。
その時、伺うと、「これは、世界の動くしるしや。」
と、仰せられた。
 実はこれが、→126年 2011年(平成23年)3月11日 東北地方太平洋沖地震(とうほくちほうたいへいようおきじしん) の、
直接的な予言です。
「世界のひょろめき」と言います。

呪法的には、きちんとしています。
官憲が拷問したとかではなく、
「ひさ」が「ばあさん」と呼んだ。
これが、ひな型です。悪のモデルです。

教祖伝にはこうあります。
「ひながたの道を通らねばひながた要らん。ひながたなおせばどうもなろうまい。・・・ひながたの道より道無いで。」
                 (明治二二・一一・七 刻限)
 教祖は、尊い魂のいんねんのお方であり、月日のやしろに坐す御身を以て、説いたゞけでは救かる道を歩もうともせぬ一列人間に、救かる道を教えようとて、
自ら先頭に立って、どのような中をも通り抜け、身を以て万人の救かるひながたを示された。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
みきを「ばあさん」と呼んではだめです。
みき姉さんと、生き神様のみき姉さんと呼びましょう。

43 :神も仏も名無しさん:2014/01/20(月) 14:51:55.53 ID:JWb9h3fk
>>35
9億9千999年?

それでは69ろっくにならないではないか。

44 :基本。:2014/01/20(月) 17:42:23.54 ID:6fiSwK8C
>>43
ご指摘の通りです。
>>35では、解説の為の解説の一例を申し上げましたが、引用しますと
> 天理教でなくてもどんな宗教でも真理を語っているわけだから、天理教である必要は無いと、反論されます。
> すると、いや、9億9千999年の旬刻限で、これまで説き明かされていない最後の、究極の一点を説くために立教したのだ。
> 天理教はキリスト教や仏教と、それと同等以上の世界最高の宗教なのだ。と、
> こんな風に、語るに落ちていってしまったわけです。
おやさまは、9億9万9千999年と仰せになっていて、これは実数である、実年であるというのが基本教理です。
しかし語るに堕ちてしまった教義学者は「比ゆ」としての数字として説きますから、大雑把に10億年とも語るでもなく、
実数では無い「言葉遊びの6九 ろっく」として語る。
だから9億9千999と語る程度に、語るに落ちているわけです。

基本は、いつどんな場面でもみき様は実数で語られてあると。デジタルであると。
それが基本です。
>>43さんも、
その数字1個の違いは、呪文の間違いと気が疲れてご指摘下さって、有難うございます。

基本教理マニアの為に基本中の基本を語っておかねばなりません。
それは、みき姉さんは数理にとことんこだわっている。と言う事です。

基本数理として一二三の順序があります。
それはデジタルな話であって、
 天理教教典第一章には書かれていなかった、中山みき「我は天の将軍なり。」これは立教の10月26日のお言葉ではありません。10月24日のお言葉です。
24日25日26日、123の3日目に立教でした。
つまり、立教の三日前に「天の将軍宣言」でした。
(続きます)

45 :基本。:2014/01/20(月) 17:54:52.02 ID:6fiSwK8C
>>44(続きです)
 教祖伝に書かれていた中山みき「我は天の将軍なり。」これは明治19年のお言葉です。
 一日と一年は同じ理です。
明治19年20年21年、123の数理で、3年目には、
明治21年 4月10日、東京府知事から神道直轄天理教会本部設立認可。
     7月23日、現在の教会本部所在地(現在の奈良県天理市)へ移転。
     この年立教50周年。

 「天の将軍宣言があって、天理教会が出来た」と、誰にも分かるように、
みき姉さんを親神だと信じるなら、誰にも分かるようにと、ガチンコに数理で固めてあるのです。

天理教とは、立教も「天の将軍宣言」の3日後。教会開始も「天の将軍宣言」の三日(年)後。
 天の将軍の教え、天の将軍の宗教
みきのプライドは高いのです。
 「おばあさん、おばあさん」と、みきに呼びかけた山沢さんは、利口な女性で、
警官の前では「神さま」とは呼ばないで、「おばあさん」と呼んだ。
 これが泉田藤吉だったら、「神さま、!神様!」でしょう。
 阿呆は神の望みとおっしゃるで、・・
 本部内々にしても、利口な方が多くて、特に利口な山名系のお方や大学教授や天理教校の先生方は、
天の将軍の教えだーとは、叫べなかったのです。

 基本は、みきが親神であり「天の将軍」だと、
みき姉さんに、「凄いなみき姉さんは」と、「付いていきます」と、
素直に天理を認めることです。

46 :基本。:2014/01/20(月) 18:22:23.42 ID:6fiSwK8C
>>43さんは、良いお方です。
たぶん、次のような疑問を持たれたはずです。
 中山みき 誕生       → 126年   関東大震災。
中山みき 甘露台の予言。   →  126年  東北淡路大震災
中山みき「我は天の将軍なり。」→ 126年  東北地方太平洋沖地震

だとすると、中山みきの最大の節目の一つ「立教」→126年は何なのかという疑問。
こういう突っ込みはなかなかしていただけなくて、・・。
自分で突っ込んで自分で説明します。

>>32 :基本。:2014/01/19(日) 07:17:43.10 ID:KMQQQWfh>>26 :基本。:2014/01/19(日) 00:35:16.83 ID:KMQQQWfh「1」-3
http://www.geocities.jp/washimisu82/kyoten01.htm
//////////////////////////
このたび世界一列をたすける為に天下った。

世界一列をたすける数理としては「正月二十六日を待つ」、「126」の数理が基本中の基本です。
126は、125+1です。
125は、5の3乗で、5X5X5で、「五つ理を吹く」と教えられています。
「五つ理を吹く」は善ならば、「豊年満作無病息災、生めよ増やせよ地に満てよ」、
地上の楽園です。桃源郷です。「ここはこの世の極楽」です。
「五つ理を吹く」は、悪ならば、「五月五日の戦争の数理」「神の残念」、月日の腹が弾けるほどの「神の立腹」。
血肉が下る、この世の地獄です。

 世界一列を助けたいと言うのは、まさに「この世の地獄」が125の先に待つからです。
見えるからです。因縁を切り替えるには、教祖の生誕、立教、甘露台の開始、天理教誕生。
この四つが必要不可欠であったが、そばのものは、立教の意義さえも分からぬ利口な方々ばかりであったと、
そういうことです。

47 :基本。:2014/01/20(月) 18:42:41.30 ID:6fiSwK8C
「1」-3
http://www.geocities.jp/washimisu82/kyoten01.htm
「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降つた。
みきを神のやしろに貰い受けたい。」
とは、親神天理王命が、教祖中山みきの口を通して仰せになつた最初の言葉である。
 家人は、この思いがけぬ啓示にうち驚き、再三言葉を尽して辞退した
が、親神は厳として退かれぬにより、遂に、あらゆる人間思案を断ち、
一家の都合を捨てて、仰せのままに順う旨を対えた。
 時に、天保九年十月二十六日、天理教は、ここに始まる。
//////////////////////////
このたび世界一列をたすける為に天下った。

それは、大社高山がままにする人間社会の泥海からの人類救済であり、
それは、現実に世界で行われている政治権力の横暴からの救済であり、
虐げられた谷底の「債務奴隷」状態からの解放であるのです。
信州伊那谷に布教に来た本部懲戒免職の布教師は、基本の師宮島佐太郎に次のように教理として教えています。

栗と柿が神の与えた食物だったが、「かきね」をこしらえ「やりくり」し、
兄魂姉魂の者たちが神からの食物をわがままにし、「百八つの段別が出来てしまった」。
このたびそれを、世界ろくじにするのが天理教の教えだ。

本席宅に青年として住んでいた人物からの伝承の教理は、さすがに懲戒免職されるだけの内容を語ってしまっています。
「この世の108っつの段別」をろくじに均す。
これが、天理教立教の原因である事を、基本とします。
「世界ろくじに踏み均す」と、明治二十年に語ったと言う事は19年20年の二日目ですから、
天保九年10月25日、つまり二日目に、同じ内容を語ったことは、数理上明白です。

25日に神の立腹を諭す。デジタルです、ガチンコです。みき姉さんの凛とした生きのよさ、
神は世界ろくぢの為に立教されたのです。

48 :基本。:2014/01/21(火) 00:00:32.41 ID:G8aBeBL3
[このたび世界一列をたすける為に天下った。]
この事は、世界中を陽気づくめにするという、「陽」の面だけから語るのは、片手落ちです。
また、「谷底を救済する」という、弱者救済という底辺の部分から見た改革だけを語るのも、偏りすぎています。
世界一列には「高山の者。大社関係者」これも含まれていて、「このたび差別なき社会にする」とは言われていないわけです。

そこで、人間的な発想ではなく、理としての思案が大切です。
オカルト的に、立教の「24日25日26日」で理解しますと、「4は四つよんなか」。
「5は五つ理をふく」「6は六つろくだい」です。

「よんなか」=大和言葉では豊年、=普通には夜の中、闇夜です。
 賑わしく暮らしている(豊年)実は闇の夜、よんなか。 天の将軍の登場。
 五つ理を吹く=利を吹く(繁栄)、実は=5×5(軍事支配),戦争の泥海。
 六 =ろくだい、ろくぢ、 謀反の根を切る。 六つ無性に吹きまわす。
これが、数理で示されています。
 豊作というが実は「よんなか・闇の世の中」
 利が吹いているが、実は「戦争の世の中」
 「ろくぢ、平等と言っているが差別の世界」
 この世に待つ未来は、「数理125」、神の立腹の5の3乗。
 そこに待つものから、高山の横暴の先に待つものから、世界を救わなければならない。
それは、本質は、
 「火・水・風」退くという未来社会。

それを、おやさまは、予見し予言し、自らを天の将軍と宣言し立教されました。
 「火・水・風」退く世界。・・・・・・・
怖き危なき道。「よんなか、りをふく、むしょうにできまわす」。
「世界中を、営利を求めて、やみくもにプロパガンダする人間」の未来には、
「火・水・風」退く世界が待つ。
 それを未然に防ぐために、天の将軍の威信をかけて、ひながたの呪法をもって、
 天理教は立教した。456の示す数理。 天理教会は誕生した。456の示す数理。
ご承知出来たことと思います。

49 :基本。:2014/01/21(火) 02:27:32.05 ID:G8aBeBL3
天理教教典は神秘の書心霊の書として読まれるべきである事は、もうご理解頂けたと思います。
>>48
[[このたび世界一列をたすける為に天下った。] ]
これにつきましても神秘心霊的に基本を語らなくてはなりません。
このたびと言うのは、仏法においては「末世」、「末法」の時代と言う事です。
末法とは、>>5 近在に聞えた修験者、長滝村の市兵衞さんには常識として理解できていたことですが、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AB%E6%B3%95
末法というのは、仏の在世から遠く隔たったため、教法が次第に微細・瑣末になり、僧侶が戒律を修めず、争いばかりを起こして邪見がはびこり、釈迦の仏教がその効力をなくしてしまう時期とされる。
↑ それは、五濁悪世の世界と仏法では説きます。
その1 劫濁(こうじょく)
 時代が濁ると戦争や疫病、飢饉、天災などの社会悪が増大するということ。
その2 見濁(けんじょく)
 思想が乱れ、邪悪な思想や見解がはびこる。
その3 煩悩濁(ぼんのうじょく)
 煩悩とは、欲望に満ち、怒り、貪り、恨み、時には嫉妬に狂うことで、これらを貧・顚・痴の三毒といいます。
その4 衆生濁(しゅじょうじょく)
このことは、人々の質が下がると言うことです。能力のみならず、知、徳、体のそれぞれの力が弱い人間しかいなくなると言うことです。
その5 命濁(みょうじょく)
衆生の寿命が次第に短くなる。

末法末世は、五濁悪世 五つ理を吹く これは仏法にて先に説かれてありました。

おやさまは、その末法末世を救済するためにお生まれになったわけです。

50 :基本。:2014/01/21(火) 02:44:33.33 ID:G8aBeBL3
お釈迦様によって、末法は予言されていました。
その時に「五つ理を吹く」、「五濁悪世」が予言されていました。
その、末世には、「弥勒菩薩」が現れて、衆生を救済するという予言もお釈迦様の予言です。

56億7千万年後に、釈迦の再来として下生し、末法世界と化した世の中にもう一度本来の教えを取り戻しに現れるとされるのが、
弥勒菩薩です。
567、の数理がお釈迦様によって示されています。

では、末法はいつから開始されたのでしょうか。
正月二十六日でした。 

1052年1月26日「今年初めて末法に入る」。歴史にきちんと残っています。
126の数理は、仏道においても、きちんと示されてありました。

弥勒菩薩が現れるのは「567」の数理であると釈迦は示されました。
「五つ理を吹く・仏の立腹」「六つろくだい」「七つ何にも言う事ない」。
「五濁悪世」に「ろっくのだい・甘露台が立ち」「七つ何にも言う事の無い世」がくる。

「567」の数理は、きちんと、弥勒菩薩の出現を予言していました。

51 :基本。:2014/01/21(火) 03:38:00.86 ID:G8aBeBL3
現実の日本史の中で、「五濁悪世」・五つ理を吹くが襲ったのは、「寛喜の飢饉」と認識されています。
1230年(寛喜2年)から1231年(寛喜3年)に発生した大飢饉。
鎌倉時代を通じて最大規模。
この飢饉は、天災の起こした飢饉でした。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%9B%E5%96%9C%E3%81%AE%E9%A3%A2%E9%A5%89
整理します。
1230年7月岐阜県大垣市、および、埼玉県入間市で、降雪が記録される異常気象に見舞われ、
その後も長雨と冷夏に見まわれ、早くも霜降があり、8月ほぼ冬のような寒さに陥った。
更に大洪水、暴風雨の襲来とその後の強い冷え込みと災害が続き、農作物の収穫に大きな被害をもたらした。
一方で、同年の冬は極端な暖冬となり、他の作物の作付にも影響を与えた。
 翌年寛喜3年の春になると、収穫のはるか前に、わずかな備蓄穀物を食べ尽くして飢餓に陥る、いわゆる春窮の状態となって各地で餓死者が続出し、
「天下の人種三分の一失す」とまで語られる規模に至っている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
末法の世の救済を説いた法然、その弟子親鸞は、この寛喜3年、春4月、大病に陥って、
4日めの朝、「ああ、そうだったのか」と、独り言のように言われて、床から出られました。
このとき親鸞は、衆生を救おうとして、『大無量寿経』を一心に呼んでいた。
天理教で言うとおつとめを必死でしていた。が、高熱の中夢を見て、悟ったのです。
お勤めしているよりも、仏の教えを伝道せよと、悟ったのです。

天候異変、大飢饉、人口の三分の一が死に、人身売買を法が許すと言うまさに末法末世は、
1231年春からの、親鸞命懸けの布教の年、出現しています。

52 :基本。:2014/01/21(火) 04:18:01.90 ID:G8aBeBL3
1231年 神の立腹があった。 五つ理を吹くです。5×5=25年前に、
その立腹の原因がきちんと歴史上見えています。
それは、中山みきの宗門浄土宗の開祖法然の受難です。承元の法難といわれます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E7%84%B6
・・承元元年(1207年)、後鳥羽上皇により念仏停止の断が下された。

法然は還俗させられ、「藤井元彦」を名前として土佐国(実際には讃岐国)に流罪となった。
末法の世に御仏の救済を説き南無阿弥陀仏を教えたことで、衆生を救済していた法然が罪におとされて、5X5の25年。
「五濁悪世」のまさに末法のこの世の地獄が日本を襲っていた史実があって、
なお、親鸞はこのとき越後国に配流とされた。弟子でしたが、絶対他力に開眼していた親鸞は、悩む人々に飛び込んで釈迦の教えを取り次がれました。

 この、末法の出来事、それも、長滝村修験道行者さんにはご承知の事だったでしょう。

弥勒菩薩は、弥勒菩薩が現れるのは「567」の数理であると釈迦は示されました。
1231年から567年。
1798年でした。この世に弥勒菩薩が生誕されました。
それが、中山みきさまでした。。

私たちのおやさま、天理王命様。実は弥勒菩薩様。
世界一列たすけたいとは、末法の世を救うと言う意味でした。
オカルトの基本です。

53 :基本。:2014/01/21(火) 04:50:48.68 ID:G8aBeBL3
四月八日はお釈迦様の誕生日。四月十八日は弥勒菩薩の・みきさまの誕生日。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%A5%E5%8B%92%E8%8F%A9%E8%96%A9
弥勒菩薩(みろくぼさつ)、梵名マイトレーヤ(Skt.मैत्रेय [maitreya])、パーリ名メッテーヤ (Pali. metteyya मेत्तेय्य)は仏教の菩薩の一尊である。
一部の大乗経典では字(あざな)が阿逸多 Ajita とされているが、スッタニパータ第五章や、中阿含経中の説本経などの初期経典の記述では、弥勒と阿逸多は別人である。
弥勒はインドの波羅奈(バーラナシー)国に生まれ釈迦仏の化導を受けて、人寿八万歳の未来においてその時代の仏陀となるという記別を受け、
また阿逸多は仏陀ではなく転輪聖王となるという記別を受けている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お釈迦様は、時代の仏陀、弥勒菩薩、そして転輪聖王の出現を予言していて、
前川みきは、弥勒菩薩の生誕としてこの世に生まれ、中山みきは天理王命なのです。

「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降つた。
みきを神のやしろに貰い受けたい。」
とは、親神天理王命が、教祖中山みきの口を通して仰せになつた最初の言葉である。
 家人は、この思いがけぬ啓示にうち驚き、再三言葉を尽して辞退した
・・・・・
 世界一列たすける為天下った。
 おそれ多いことです。
 天の将軍様であり地の弥勒菩薩様である、そんなお方を「みき姉さん」と親しく呼べる基本は、
おやさまの子です。

54 :基本。:2014/01/21(火) 10:09:19.38 ID:G8aBeBL3
基本数理マニアの為の、解説です。
判じ物の大好きなみき姉さんに捧げます。
弥勒菩薩 → 弥勒 → 36 →3X6 18。

1052年1月26日「今年初めて末法に入る」。
1052年を1として、ここから、み・ろく、に、
180年目が、1231年で、寛喜の飢饉が襲っています。
そして、「567」で、1998年で、救世主の生誕です。

「寛喜・歓喜 するものがいて 高山」「飢饉にあえぐものがいる 谷底」

そういう末法の世に大切なのは、御仏の教えです。なによりも菩薩様に来て頂かねばたすからないのです。

「お釈迦様でも博打に負けて、四月八日は丸裸」と、大工の伊蔵様は口癖のように歌われていた。
お釈迦様でも丸裸。
難儀の底で手を打って待つ。
いかな泥海中と言えど、
弥勒菩薩、神々しいお姿を私たちは、中山みき様として拝することができます。
南無天理王命、南無天理王命・・・

55 :ふむふむ:2014/01/21(火) 12:29:17.61 ID:cMQib+Gf
基本さん連投、御苦労様です。
初めて投稿します。
みきが親神であり「天の将軍」だと信じてない人が昔も今も多いなら
今の教団にとっては教祖=親神の方が、親神が天降ったと言う人が出るのを
防ぐために都合がいい事だと理解していると思うんですが?

56 :基本。:2014/01/21(火) 17:18:02.84 ID:G8aBeBL3
教団の教学神学の先生たちは「唐人かぶれ」の方が多くて、(笑)
「天下った」とか、「天の将軍」とか、古神道的な物の言い方そのものがお嫌いなのです。
今の教団にとっては「親神=教祖」は、一種の踏み絵になっていて、それは真柱がきちんと言い切ってしまってから年数も経ているので、
表向きには大教会長も上級会長も、表向きには、「おやさまは親神様」です。(笑)
で、最初からそう思ってたと、そういうそぶりに振舞うのは彼らの常套手段ですから、笑って見逃してあげれば良いと思います。

真の意味で、天理教の熱心な信者は、「天下った」と信じているし、神殿、教祖殿と別々になっていても、「親神さま・おやさま」と連呼するのが普通ですから、
おやさまも親神様もみんな親神様というアバウトないい加減なもので、教祖に対しての神信心は、元々にあるわけです。

学者には、神秘心霊現象は苦手なのです。

それともう一つ、金枝篇の呪法の話題で少し触れましたが、宗教と呪術の分離、
キリスト教の大社高山は、キリスト教以外の宗教を「サタン」と呼んで排除してきた歴史がある。
「魔女裁判」「異端審判」という、それにおいては、「古神道的呪術」はサタンの黒魔術にしか、認めてもらえないわけです。
だから、日本の山辺郡の片田舎の土俗宗教とばかにされ、「サタンですね」と言われたくない天理教の学者は、高等宗教に美化する事に必死で、
世界から馬鹿にされそうな神秘心霊は排除して、素晴らしい天理の教えを粉飾した、
で、天理教の幹部って、天理大学宗教学科卒業生、天理教校卒業生が多いから、
山名系の学者に洗脳されて、西洋かぶれした「とうじん」が多いのです。

57 :基本。:2014/01/21(火) 17:28:58.88 ID:G8aBeBL3
>>55-56
余談ついでに言いますと、ヨハネの黙示録に出てくる「サタン」は、「赤い龍」です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E3%81%84%E7%AB%9C
また、別のしるしが天に現れた。見よ、火のような赤い大きな竜である。七つの頭と十本の角があり、その頭には七つの冠をかぶっていた。(新改訳12:3)

いたずらが大好きなみき姉さんは、イエスの教えにおいて、
「色は赤」「頭に王冠」「その頭は10」という龍を、あらかじめサタンの姿として、予言の書に説かしています。
赤衣 王の神名 十柱。。

まともに魔女裁判したら、中山みきは「大魔女」に認定です。(笑)。

これを言いくるめて、バチカンで天理教は高等宗教と認めさせてしまうには、
よほどの詐欺師です。天理教の学者はまるでインチキであると、理解したら正解です。

58 :基本。:2014/01/21(火) 17:37:50.89 ID:G8aBeBL3
「天下ったと言う言葉」
そこには「天界」を認めた意味内容が含まれています。

敗戦から、教えを復元するとき、唐人かぶれに、キリスト教に似せて神学教学の学者は知恵を絞って、
古神道。修験道的教理は排除して、天界の存在を同道告げるみきの言葉は、見えにくくしてと、
落語「目黒のサンマ」のように、加工加工加工、
そういう「唐人」に勝ってやらしたのも、親神の親心、応法の道の情けなさを歴史に残したのでした。

59 :ふむふむ:2014/01/21(火) 21:47:46.93 ID:cMQib+Gf
「とうじん」は、天理教を高等宗教と認知してもらうために、ある一方で
門構えの立派な教会を建て、形にこだわるから、教祖の心を見えにくくし、
その先に、お供えの金額の大小にこだわり「とうじん」の生活の守りをしているわけですね。

60 :踊るチョンコ劇場:2014/01/21(火) 22:00:49.83 ID:wBWVqPCh
天理教の教えに自身がない人の立場として書いていても、その文章を書いたのは、基本。自身だろ。

ってことは、間違えたのはおまえだろ。9億9千999。
正解は9億9万9千999。

おまえ、間違えたときは雲隠れするのが常ではなかったのか?

三日前の天の将軍宣言。
だからこその、みっかみよさのなんとやらなんだろ。

なんかさーおまえ、チョンコの特徴兼ね備えてねー?

あいつらだいたいスパイ的な疑心暗鬼で疑り深いやつらでさ、最初は誉めてくれてると思ったら、急転直下で質問攻めしてきたりして、相手の素性探ったりするからなー。

61 :踊るチョンコ劇場:2014/01/21(火) 22:54:29.86 ID:wBWVqPCh
ほら、とふぢん臭くね?

日本で朝鮮式の変なお辞儀が流行っていると話題に
http://2ch.hork.info/res/engawa.2ch.net/poverty/1390300823

62 :神も仏も名無しさん:2014/01/21(火) 23:05:27.79 ID:3qYU7lph
金銭被害スレにおける「どぢよ」の解説は、とてもわかりやすかったです。スレが無くなってしまったようで残念ですが…
「いんねん」が仏語である事、立教の時点はすでに末法の時代であった事、非常に勉強になりました。
「このたび」は立教前後24・25・26日を単純に指していると思っていましたので、「このたび」から「末法」へ展開していくのは少し理解に時間がかかりましたが、その後の書き込みで理解できてきました。
かなり気が早いですが、基本さんが「元の理」をどう語って下さるのか、今から楽しみです。

63 :基本。:2014/01/22(水) 00:37:59.85 ID:bIV5jKKs
>>60
長いお付き合いのお方ですか、基本は間違えたら姿を消すとか、基本的な心構えを示したあの頃をご存知でしたか。
一気に書き下ろしておりまして、書き間違えと言うか、打ち間違いと言うか誤字脱字は常の事ですから、お許し下さい。
>>62
このたびを、この度と書いても今度と書いてもこのたびです。
おやさまはこれまでも裏で守護されていたと言う「こふき話」もあります。
「旬刻限」でいうなら、「仏法にては末世」。がこれに相当します。

何よりおやさまは浄土宗の念仏を唱えておられた方です。
五重相伝を受けられておられます。
法然、親鸞の浄土教とおやさまには、仏道上の縁があります。
そういうことを踏まえて、史実を数理で確かめますと、この世の救済者弥勒菩薩は中山みき様だと、
誰でも分かる事です。

教祖在世中の初期の信者さんには「行者信仰者」が多く、説いていた教えの説き方も行者風であったと思慮されます。
泉田藤吉も行者信仰系だと思われます。師宮島佐太郎も行者系であったと思います。
そういう古風な信仰スタイルは学者の受け入れにくいものだったのでしょう。
彼らは「一喝」できる。学者はくどくど語る、そういう違いです。

64 :神も仏も名無しさん:2014/01/22(水) 00:59:36.19 ID:wORU7v88
>>61
長年、清の属国だった奴隷民族が、日本を弟に見立てて、自分たちは、兄魂姉魂だとえらそーに支配しようとしてる。
これはもう、とふぢんと言っても過言ではない。

奴隷が上に立つと、ろくなことにならない。

65 :基本。:2014/01/22(水) 01:56:47.43 ID:bIV5jKKs
>>59
おっしゃるとおりですね。
感覚の相違と言いますか、問題の本質からまるで離れたところで「自分たちの生活」基準で、天理教を利用しているわけです。
問題の本質は「世界の大難」にある。
「火水風退くと知れ」にあるわけです。

立教は何のためになされたかと言えば、「核の脅威」から人類をたすける為です。
しかし、人間は「神のばち」が問題であって、人間自らの手により招きこむこの世の地獄は、想定していない。
逆に「核と言うエネルギー」を利用して、人間をより幸福へと導こうとするわけですから、
「心さえ真心なら」「核利用は善」だと、思い込まされている。
ここが問題です。

66 :基本。:2014/01/22(水) 02:10:39.03 ID:bIV5jKKs
天理教の教理要理にまとめた事がありました。引用します。
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1324264164/301-400
中山みきは、明治9年、おふでさき12号にて、「四月四日」よりの予言を記した。
中山みきは、自身の定命を20年縮めていたが、本来の定命、115歳は、 教祖誕生は1798年、定命は115才、1913年。
ここで、いちど白紙になり、翌年から新たな一を始める理であった。
 四月四日は、数理44年。1913年の翌年から44年目は1957年。
 この時、東海村に、日本で初めて、原子力発電の火が点った。
・・これが、中山みき、四月四日よりの、予言の実現の第一歩であった

四月四日より
このはなしなにの事をばゆうならば にほんもからもてんぢくの事 (12-7)
 これからハせかいぢううを一れつに 月日そふぢをするでしよちせ (12-8)
 これまでもせへいゝばいにことハりを 月日だん/\ゆうてあれども (12-9)
 くちさきでゆうたるまでハたれにても たしかしよちをするものハない (12-10)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

67 :基本。:2014/01/22(水) 02:19:41.66 ID:bIV5jKKs
五日
 いまゝでも月日の心だん/\と せへいゝばいにつくしいれども (12-11)
 せかいにハたれかしりたるものハなし とふむこのたび月日せひない (12-12)
 それゆへにせかいぢううをとこまても ことハりてをく月日しりぞく (12-13)
・・・・・・・・・・・
世界中を一列に掃除するという予言が四月四日よりで、「原発に火が点った」。
さらに、おふでさきでは、五日に月日が退くと言う予言になっています。
 1913年の翌年から50年目は1963年。

 日本で最初の原子力発電が行われたのは1963年(昭和38年)10月26日で、
東海村に建設された動力試験炉であるJPDRが初発電を行った。
これを記念して毎年10月26日は原子力の日となっている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これが、「月日退く」の姿である。

人間は核の火を手にした時、人そのものが宇宙の支配者となって、月日は、
恰も退位した状態になった。
お日様がなくても、核がある。無限の太陽を手にしたと言う姿は、実は、「月日退く」姿であった。

68 :基本。:2014/01/22(水) 02:43:44.81 ID:bIV5jKKs
天理教の教理要理には、要点だけが述べてあって説明不足をここで補充します。
先ず、引用です。
343 :基本。:2013/11/02(土) 20:23:23.86 ID:8pFDbS9Y世界を助けたいという神は、何からたすけたかったかと言うと、「核」です。
人類にとって「原子力」というのは、「火水風」の守護の力そのものです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E3%81%AE%E6%97%A5
日本の「原子力の日」は毎年10月26日で以下に示す出来事を記念するために1964年7月31日に閣議決定によって制定された[1][2]。
1956年10月26日 - 日本が国際連合の専門機関の一つである国際原子力機関へ参加した。
1963年10月26日 - 茨城県東海村の日本原子力研究所の動力試験炉 (JPDR Japan Power Demonstration Reactor) が日本で初めての原子力発電に成功した。

以前は、4月18日の発明の日を含む「科学技術週間」のうち1日が「原子力デー」とされていたが、「原子力の日」として分離独立した。[3]
4月18日中山みき 誕生。 10月26日みき立教宣言。
 この意味を理解しなければなりません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これは、数理にて明らかなように「上」対「神」、「原子力・科学」対「月日」です。
核を原子力を「科学の神」とするのなら「月日の親神」は無用と言う事だから、
退くよという、神の理の責めです。

アニメ的に言うなら、科学の力で太陽を手に入れた人間にたいして、その愚かさを教えるために、魔術をもって時を操る中山みきです。

69 :基本。:2014/01/22(水) 02:59:03.50 ID:bIV5jKKs
明治7年 1874年、山村御殿の節がありました。教祖伝から引用します。
山村御殿のふし:
 石上神宮の神職との問答があって後、奈良県庁から、仲田、松尾、辻の三名に対して差紙がついた。三名が県庁へ出頭すると、社寺掛から、別々に取調べ、信心するに到った来歴を問い質した。
その時、社寺掛の稲尾某は、十二月二十三日(陰暦十一月十五日)に山村御殿へ出張するから、そこへ教祖を連れて来い、と命じた。
山村御殿とは円照寺の通称である。
 円照寺は、奈良県添上郡帯解村大字山村にあり、その頃、伏見宮文秀女王の居られた所である。
このような尊い所へ呼び出したなら、憑きものならば畏れて退散する、と、考えたからであろう。
 教祖は、呼出しに応じ、いそ/\と出掛けられた。
 お供したのは、辻忠作、仲田儀三郎、松尾市兵衞、柳本村の佐藤某、畑村の大東重兵衞の五名であった。
途中、田部村の小字車返で、ふと躓いて下唇を怪我なさった。
心配するお供の人々に対して、教祖は、
「下からせり上がる。」
と、仰せられ、少しも気になさらなかった。
 円照寺へ着くと、午後二時頃から、円通殿と呼ばれる持仏堂で、中央に稲尾某が坐り、石上の大宮司と外に一名が立ち会い、主として稲尾某が取調べに当った。
稲尾が、いかなる神ぞ。と、問うと、その言葉も終らない中に、神々しくも又響き渡るような声で、
「親神にとっては世界中は皆我が子、一列を一人も余さず救けたいのや。」と、仰せられた。
稲尾は、其方、真の神であるならば、此方が四、五日他を廻って来る間に、この身に罰をあてゝみよ。と、言った。
 その途端、教祖は、
「火水風共に退くと知れ。」
と、言い放たれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
明治7年は1874年の宣言であった。
そこから、「五つ理を吹く・神の立腹」、5×5×5=125年の事。1999年。
1874年の宣言を1と数え始めると、数理正月二十六日は126年目。1999年。
 四月四日に開始された「神の掃除」は、1999東海村原発臨海事故をもって、「月日退く」の理を、小難無難にてお見せになった。

70 :基本。:2014/01/22(水) 03:08:31.61 ID:bIV5jKKs
>>68
> 天理教の教理要理には、要点だけが述べてあって説明不足をここで補充します。
先ず、引用です。
明治20年は1887年です。
神の返しは1月26日に開始されるとの予言がなされていて、その、扉開いた1887年の刻限予言は、「山を刳り貫く」は、
五つ理を吹くの、五の三乗125の数を1887年から数えて、2011年の同月同日、311福島原発事故で予言実現開始となっていることは、これまでにも述べてあります。

それは、何に対する神の返しかといえば、明治19年の中山みきへの投獄と拷問に対する神の返しです。
三十年に一度と言う寒波の牢獄で、板の間に寝起きさせ、昼はさらし者にし、中山みきに休息を与えず、さらには水をぶっ掛けて、殺してしまおうとするほどの、徹底ぶりでした。
「稿本教祖伝」には、お久は水をぶっかけさせなかったと、お久にまつわる事実として、記録されています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

明治二十年三月十一日(陰暦二月十七日)午後十二時 刻限御話
内も世界も十分と思うであろう。さあ/\始め掛ける/\。
どえらい山がある。ろくぢ/\という事も聞かせてある。
山を刳り抜かねばろくぢでない。さあ/\刳り抜くで/\。
それ/\へも伝えて置かねばならん。よう聞き分けて、じいとして見て居るがよい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
原発依存社会にと高山はどえらい山は、世界を指導し、みきはそれを刳りぬいて、谷底競り上げる。
おふでさきの、おさしづの予言は理として発動しています

71 :基本。:2014/01/22(水) 03:19:56.49 ID:bIV5jKKs
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1324264164/l50
おやさまの教えは実数ですから、正月30日の予言は130年は、1998年の出来事でした。
・・ 1998年を1として13年は、2010年です。
2010年の出来事は、「天候・天災・観測等」
エルニーニョ現象の影響で世界的な異常気象。日本でも年間平均気温は顕著な高温となり、西日本、南西諸島で戦後最も気温の高い年となった。
世界の平均気温も史上1位の高温となった。
2010年にはラニーニャ現象の最盛期。

つまり、数理に示された神の返しはこの「異常気象」と言う事です。
・・・・・・・・・・・・・・・・

「親神を神として拝すべき10月26日」
「原子力を科学神として拝するよう記念日を制定した高山10月26日」

これに対しては、10月30日には「エルニーニョ」地球温暖化の開始。
そして10月31日には、「臨界事故」。

 月日退くと知れ みきは、これをあらかじめ知るからこそ、立教した。
天理教は 立教は、世界一列たすける為に、なされた、弥勒菩薩の慈悲でした。

72 :基本。:2014/01/22(水) 04:27:30.64 ID:bIV5jKKs
「1」-3−2
http://www.geocities.jp/washimisu82/kyoten01.htm
「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降つた。
みきを神のやしろに貰い受けたい。」
とは、親神天理王命が、教祖中山みきの口を通して仰せになつた最初の言葉である。
 家人は、この思いがけぬ啓示にうち驚き、再三言葉を尽して辞退した
が、親神は厳として退かれぬにより、遂に、あらゆる人間思案を断ち、
一家の都合を捨てて、仰せのままに順う旨を対えた。
 時に、天保九年十月二十六日、天理教は、ここに始まる。
//////////////////////////
このたび世界一列をたすける為に天下った。

その意味を理解するには、震災が何を教えていた下さるかを悟らなくてはなりません。
中山みき 誕生       → 126年   関東大震災。
中山みき 甘露台の予言。  →  126年  東北淡路大震災
中山みき「我は天の将軍なり。」→ 126年  東北地方太平洋沖地震

中山みき 立教        → 126年  新潟地震
立教の神意に背いた人間心の正体は、地震そのものの状況に映し出される。
火災と液状化
1955年に発生した新潟大火から復興を遂げてきたばかりだった新潟市内は大きな被害を受けた。
信濃川左岸では、液状化現象により河畔の県営川岸町アパートが大きく傾き、ほぼ横倒しになった棟もあった。
震源に近い信濃川右岸では、新潟空港の滑走路が津波と液状化により冠水し、新潟港内では火災が発生した。
特に空港と港の間にある昭和石油新潟製油所(現昭和シェル石油新潟石油製品輸入基地)のガソリン入りタンクNo.33の配管が地震動で損傷し、漏出したガソリンが液状化により湧出した地下水と津波による海水の上を広がり、地震から約5時間後に爆発炎上した。
火は水上の油に燃え移って広がり周囲のタンクも誘爆炎上させ拡大した火災は12日間に渡って炎上し続けた。

液状化→「元の泥海にしてしまおうか」
立教の、問答においての神の言葉である。

73 :基本。:2014/01/22(水) 04:42:43.61 ID:bIV5jKKs
文盲の中央初代柳井徳次郎が伝えた伝承は、市販本の「たすけのだい」に記録されています。
それは、よろづよ八首の解説として語られています。
月様は、人間の心の泥海をみて、「元の泥海に戻してしまおうか」と、言いました。
「液状化」とは、泥海状態のそのものです。

日様は、人間の母親として、このたび表に現れて、よろず委細を説いて聞かすと、
元の泥海に戻さないために、日様が表に出たと、立教したと、伝承されています。

それで、陰暦から陽暦に、赤い着物着て、道をお付け下さったと、・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

震災の状態が示しているのは、高山が「エネルギーをままにしている」事への返しです。
原子力発電は高山が「エネルギー」をままにして「利を貪って」いる。
それは、必ず、神の返しに合うという、それをそのまま、神はなしてみせたと、言う事です。

まさに、高山とおやさまの力比べは、地球規模です。
理を知らしておかなければ、救済の道は開かない。
神直じきが、表に現れたのは、どうでも助けたいというおやさまの親心と、先ずそれが、大切な教えのかどめです。

74 :基本。:2014/01/22(水) 19:49:45.26 ID:bIV5jKKs
「4」
「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世 界一れつをたすけるために天降つた。みきを神のやしろに貰い受けた い。」
とは、親神天理王命が、教祖中山みきの口を通して仰せになつた最初の 言葉である。
 家人は、この思いがけぬ啓示にうち驚き、再三言葉を尽して辞退した が、親神は厳として退かれぬにより、遂に、あらゆる人間思案を断ち、 一家の都合を捨てて、仰せのままに順う旨を対えた。
 時に、天保九年十月二十六日、天理教は、ここに始まる。
・・・・・・・・・・・・・・・
>> 5
> 半年程経つと痛み出したので、寄加持をして貰うと、治まる。暫くすると又痛むという工合に、一年の間に九度も繰り返した。
寄加持の時には、ただ近所の人々に集まって貰う丈ではなく、一々酒飯を振舞い、又供養のため近在の人々に施米した。
一回の費用は凡そ四百目かゝり、軽い経費ではなかったが、可愛い伜を救けたいとの親心から、善兵衞は少しもその費えを厭わなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
↑ ここには、九つまでの宗教の教えの基本があります。
酒飯を振る舞い施米する 施米とは、困窮者や托鉢僧などに米を施すこと
古神道・修験道 布施、これを九度踏んでから、立教に至ったと言う事です。
////////
この事ですが、

75 :基本。:2014/01/22(水) 20:11:11.34 ID:bIV5jKKs
>>74
一年の間に、九度も繰り返した事について、若い日の深谷忠政が本部で行った講話では、教祖伝講話という本がありますが、
「九回の別席」は、この寄せ加持9回を踏まえたものであると言う講話をしています。
基本はそれを十代の頃には模倣していたのですが、つまり「九度」の数理を模倣で語っていたわけですが、
深谷講話では肝心の、「一々酒飯を振舞い、又供養のため近在の人々に施米した」がきちんと説明されていなかった。
今の大教会擁護集金教理の萌芽があったと言う事です。
教典にはちゃんと書いてある、施し、振舞いを説かないように変貌した。
そういう証拠も、天理では売られています。

七十年祭頃の天理教の分教会、大教会では祭典日には、「酒魚、酒肴を振舞った」なおらいという、そういうものが各教会普通にあった。
それだけが目当てで、天理教会に来る一日信者がいたりして、毎月には飲めや歌えや踊れの教会であった。
基本が演歌に目覚めたのは、毎月の祭典日後のなおらいという宴会の座興からであった。

が、そういうふるまいごとは全国の天理教会から消えていく。
釈迦の教えの、実行が、なされなくなっていったのは、「9回の散財の意味」を、説かないで、「別席運べ」にすりかえした、深谷忠政本部員の、
九つの教えを軽視した、講話にあった。
教団教理は「貧に落ちきれ」、「三に散財」、「三三九どの散財」の理を見失い、
お釈迦様の仏法に反した証拠として、ふりかえることだ。
信者の宴会はなくなって、大教会長様と上級会長様のご接待宴会、・・
堕ちるところまで堕ちた大教会には、未来は無い。

76 :ふむふむ:2014/01/22(水) 22:59:18.05 ID:CA0p/Q5/
人間はあざないものであるから、原子力に手を出す事が解っていての救済なら
なぜ親神様は、ウラン鉱をこの世に存在させたのでしょうか?
危ない物を取り上げてしまうという方法もあったかと。

77 :基本。:2014/01/23(木) 00:50:46.07 ID:TgdFqAs3
>>76
原子力に手をだすのが危険だという行為の問題よりも、それを用いて絶対的な高山であり続けようとする精神と行いが問題なわけです。
「ウラン」の存在も互い助け合う世になれば、危険な使われ方では無い使い方が登場するでしょう。
ふむふむさんは高山因縁では無い方のようなので、高山の物の考え方があまり分からないと思います。
例えば、発電の問題だけなら、あらゆる発電の方法はあるけれど、原子力の発電となったら、超強大高山しか発電所がつくれない。
だから「独占」が出来る。石油でもそうです。採掘権の独占と大規模な採掘システムは超高山で無いと出来ない。
本当は簡単に出来ることも複雑で大規模にして、しまいたいのが「大社高山の思考」なのです。

おやさまは「かなの教え」。

高山がこの世のあらゆるものを権力者としてままにしたいから、危険なのです。
キチガイに刃物と言う例えに習えば、怖いものは高山に核、高山に原子力です。

78 :基本。:2014/01/23(木) 01:12:48.07 ID:TgdFqAs3
>>75
立教前、中山みきは浄土宗でした。
>> 5
> 半年程経つと痛み出したので、寄加持をして貰うと、治まる。暫くすると又痛むという工合に、一年の間に九度も繰り返した。
寄加持の時には、ただ近所の人々に集まって貰う丈ではなく、一々酒飯を振舞い、又供養のため近在の人々に施米した。
一回の費用は凡そ四百目かゝり、軽い経費ではなかったが、可愛い伜を救けたいとの親心から、善兵衞は少しもその費えを厭わなかった。

一般に仏教では、浄土宗では施米について、 困窮者や托鉢僧などに米を施すこと とあり、
坊さんに施米する意味の方が困窮者に施すよりも、意味合いが大きくなっていますが、
中山みきが、朝晩に読経した浄土宗の場合には、困窮者に施すと言うこんな実例が手本とされています。

性愚=しょうぐ
17世紀後半、生没不明。京都■園大雲永元、寺町)の住僧。
天和の大飢饑に慈善事業を行なった。万無の弟子。伝歴はあきらかでない。
1682年(天和2)京畿地方に大飢餓の際に誓願寺、法林寺とはかり困窮した人に施米し、
また同年の凶荒碑文によると多くの人びとの助縁を得て、正月8日より39日間、大雲院門前で1人に12銭を与え、
その数26万6千余人に達したという。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

九度の寄せ加持のつど、施米したおやさまには、「性愚」の施米が先にあったこと、
重々にご承知であったでしょう。

教祖伝講話において、本部員深谷忠政には、施米に意味がまるで見えていなかった。
九度の寄せ加持は、九度の別席だと、そうしか見えなかった。
その「教祖伝講話」を読んで、九度の別席だと他人にも諭していた17歳の基本。
恥じ入ると共に、申し訳無い事とさんげです。

79 :基本。:2014/01/23(木) 06:58:02.70 ID:TgdFqAs3
「5」
 時に、天保九年十月二十六日、天理教は、ここに始まる。
  よろつよのせかい一れつみはらせど むねのハかりたものハないから         一  1
  そのはづやといてきかした事ハない なにもしらんがむりでないそや         一  2
  このたびハ神がをもていあらハれて なにかいさいをといてきかする         一  3
 世界中の人間は、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。
それは、元なる親を知らず、その心に触れぬからである。
 親神は、これ をあわれに思召され、この度、教祖をやしろとして表に現れ、その胸の うちを、いさい説き聽かされる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 世界中の人間は、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。

「我が身思案」については、伝承された教えがあります。
http://geocities.yahoo.co.jp/gl/kunitokoomotari2tu1tugatennori/comment/20071002/1191309864
神様は何時も私達が行くと、人間を創めたときの話をなさる。そして教祖様は、その度に泣いて聞かして下さった。
『変わらぬのが天の理やで。米を植えたら米、麦を蒔いたら麦が生える。
ケシの種にはケシの実がのる。この理をよう聞き分けてくれ。
人間は人間が生んで独り大きいなって、偉くなれば吾が力で偉くなった様に思うが、それは大きな間違いやで。
人はどうでも我さえよくば、という心ではいかん。皆々神様の可愛い子供や。
我が身が可愛い様に、人さんを可愛がってやっておくれ。
「我」があってはならんで。欲があってはいかんで。
世の中に、火難に遭うて裸で泣く者もある。盗難に出遭って難儀するものもある。
なんでこの様な目に遭うか。この理をよく聞き分けておくれ。
神は可愛い子供に苦労をさしたくない。皆の心行きがコロッと違うからやで』
と聞かして下さった。
        大正十年三月号みちのとも「深谷先生の御話」深谷源次郎より
 これはつまり、「因果応報」「因縁」を心得て、我さえ良くばという、欲があってはならないというおやさまのお話です。

80 :基本。:2014/01/23(木) 07:11:18.77 ID:TgdFqAs3
>>79
世界中の人間は、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。
//////////////////
『変わらぬのが天の理やで。米を植えたら米、麦を蒔いたら麦が生える。ケシの種にはケシの実がのる。この理をよう聞き分けてくれ。
「米を植えたら米、麦を蒔いたら麦が生える。ケシの種にはケシの実がのる。」
 ↑ これは、撒いた種は生えると言う、因果応報、因縁を諭されたものです。
因果応報、因縁をお説きになったのは、お釈迦様です。
>>50-53
お釈迦様によって、末法は予言されていました。
その時に「五つ理を吹く」、「五濁悪世」が予言されていました。
その、末世には、「弥勒菩薩」が現れて、衆生を救済するという予言もお釈迦様の予言です。
・・・弥勒菩薩は、弥勒菩薩が現れるのは「567」の数理であると釈迦は示されました。
1231年から567年。 1798年でした。この世に弥勒菩薩が生誕されました。
それが、中山みきさまでした。
・・・・
 次代の釈迦、弥勒菩薩、中山みき様は、お釈迦様の教えになった「因果応報」を教えるために生まれたのでした。

私たちのおやさま、天理王命様。実は弥勒菩薩様。
世界一列たすけたいとは、末法の世を救うと言う意味でした。

81 :基本。:2014/01/23(木) 07:23:45.98 ID:TgdFqAs3
>>80
変わらぬのが天理、
それはお釈迦様の教えも、その教えが忘却された末法末世の、次代の弥勒菩薩・みき様の教えも、変わらぬ普遍の真理であると言う宣言です。
「河原町初代が伝承されたこの、因果応報は普遍の天理であるというおやさまの教えは、まさしく「書庫・しょうこ」。
河原町の盛大の元であった、いんねんの教理の真価の証明になっています。

お釈迦様の因縁の教えのついては、基本ちゃんを監視するすれに、語ってあります。引用します。
http://www.logsoku.com/r/psy/1277001717/
212 : 基本 ◆B3GGdKkeNk [] 投稿日:2010/07/17(土) 19:35:58 ID:b3JCF6wa [4/10回]
因縁話まで、きちんと「詰め」ておきます。 ・・・
兄・摩訶槃特の資質聡明なるに対し、周利槃特は愚かであったといわれるが、
その因縁は、過去世の昔、彼は迦葉仏(かようぶつ)という如来が出世された時、賢明な弟子であったが、
迦葉仏の説法を暗誦できなかった他の比丘を嘲笑した業報により、釈迦如来の出世の時には、愚鈍に生れついたといわれる。
仏弟子となったのは兄・摩訶槃特の勧めであるが、四ヶ月を経ても一偈をも記憶できず、兄もそれを見かねて精舎から追い出し還俗せしめようとした。
釈迦仏はこれを知って、彼に一枚の布(あるいは一本のほうき)を与え、東方に向かって、
「塵や垢を除け」と唱えさせ、精舎(もしくは比丘衆の履物とも)を払浄せしめた。
彼はそれにより、汚れが落ちにくいのは人の心も同じだと悟り、
ついに仏の教えを理解して、阿羅漢果を得たとされる。
(引用続きます)

82 :神も仏も名無しさん:2014/01/23(木) 07:42:47.80 ID:jydZW2/q
神が人間の種を蒔いたから人間が出来た

勝手に進化して人間に成ったんじゃなくて種が人間やった。

83 :神も仏も名無しさん:2014/01/23(木) 08:00:12.44 ID:v0gH7Dpi
基本さん。おはようございます。
私は●谷の長女とその子等に、正月二日に、倅ともども邪険にされたこと
死んでも忘れません。この恨みはらしてみせます。とても赦すことができない。

84 :基本。:2014/01/23(木) 19:50:59.76 ID:TgdFqAs3
>>83
どのような事がありても恨みなよ、と教えられています。
相手は人間なんですから、あざないのが当たり前であって、あなたが赦さないと言ってしまっては、
貴方も相手も子供喧嘩してるようなもので、神様には理のけじめのつけようが無い。
どうか、恨み心は捨てて、きちんとご自分が、おやさまの教えに、帰心して下さい。

>>82
やがて人間になるであろう物を、お初め下さったと、そう教えられています。

85 :基本。:2014/01/23(木) 20:11:51.73 ID:TgdFqAs3
>>81
引用です。
217 基本 ◆B3GGdKkeNk [] 投稿日:2010/07/17 21:32:05  Iお釈迦様は、
「その因縁は、過去世の昔、彼は迦葉仏(かようぶつ)という如来が出世された時、賢明な弟子であったが、
迦葉仏の説法を暗誦できなかった他の比丘を嘲笑した業報により、釈迦如来の出世の時には、愚鈍に生れついたといわれる。 」
と、原因を諭された。

比丘尼は、そのもとのことばは「乞食」を意味していて、衣は糞掃衣を着し、そういう女性。
生まれかわった時のハンドクの父親は最下層の男。不倫。双子の片方。そして知的障害。
どんな悪行がしてあったかというと、お釈迦様はこう言われています。
「迦葉仏の説法を暗誦できなかった他の比丘を嘲笑した業報により、釈迦如来の出世の時には、愚鈍に生れついた」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

撒いたる種は皆生えると言うのは、因果応報の教えは、お釈迦様の教えでした。
それが、お釈迦様が死んで、「因果応報」の「因縁の理」は、だんだんに説かれなくなり、教えそのものも忘れ去られてしまう日が着て、
末法の世を迎えると、お釈迦様は予言されました。
先に述べましたが、 >>50:基本。:2014/01/21(火) 02:44:33.33 ID:G8aBeBL3
お釈迦様によって、末法は予言されていました。  その時に「五つ理を吹く」、「五濁悪世」が予言されていました。
その、末世には、「弥勒菩薩」が現れて、衆生を救済するという予言もお釈迦様の予言です。

56億7千万年後に、釈迦の再来として下生し、末法世界と化した世の中にもう一度本来の教えを取り戻しに現れるとされるのが、
弥勒菩薩です。
567、の数理がお釈迦様によって示されています。

1052年1月26日「今年初めて末法に入る」。
1230年(寛喜2年)から1231年(寛喜3年)に発生した大飢饉。
> 1231年から567年。
1798年でした。この世に弥勒菩薩が生誕されました。 それが、中山みきさまでした。。
 弥勒菩薩様を天理教祖と信仰する天理教ならばなおさら、末法の世のその自覚は大切でしょう。

 世界中の人間は、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。
 末法末世、です。だから、天理教立教なのです。

86 :神も仏も名無しさん:2014/01/23(木) 20:44:04.33 ID:2as50ptr
スレ違いで恐縮ですが、基本さんが貼られたリンク先での石工の七次郎についての書き込み、感動しました。
3日後の大祭では、甘露台を参拝して、七次郎さんにも感謝の気持ちを伝えてきます。

87 :ふむふむ:2014/01/23(木) 22:01:27.01 ID:weeMysze
>>77
勘違いしていました。
基本さんの説明で十分解りました。おっしゃるとおり高山因縁はないですけど谷底因縁はありますけど(笑)
全文、理解するのに時間がかかりますが、
これからも浅はかな質問、感想を述べるかもしれませんが何卒ご容赦くださいますようお願い申し上げます。

88 :基本。:2014/01/23(木) 23:49:16.09 ID:TgdFqAs3
>>86
そうです。官憲の弾圧で、獄死した殉教者がいて、逃げ出したの逃亡したのと、お金を持ち逃げしたとまで語られ説かれていました。
甘露台の石工。
誠に恐縮ですが十代の時基本は、甘露台の石工が逃亡しているはずが無いと、ただ一人、石工の七次郎さんを信じると説きつづけていました。
逃亡するような石工を用いるようなら、天理教なんて信じる価値も無いと、断言し、
絶対に違うと、以来、説き続けていました。100年祭になって、獄死していたと、「甘露台の石工やめます」と、絶対に言わなかった。
「やめます」と誓約書書いて監獄出してもらって、直ぐ布教したと、そういう初代たちとは違う。
命かけても、神様の石工であった七次郎さん。殉教の人とは七次郎さんお一人です。

>>87
どんな疑問でも、浮かんだら、書き込みをお願いします。
天理教の教えは根が深くて、おやさまは、一言万巻。天理教教典の内容は、おやさまの教えのエッセンスです。
内容は奥が深くて、心がけるのは「根を掘るもよう、なんでして出ん」です。
教典の内容をお知らせできない状態で、外にでても、なんとも、、、。
どうしても、わかりやすさの為に却って分かりにくく書くことがあります。
しょうがない奴だと、笑ってご質問下さい。

89 :神も仏も名無しさん:2014/01/24(金) 07:26:52.13 ID:nDPK6WeF
83です。基本さん、おはようございます。
もう神実様もとっくにお返ししましたし、教会のことは忘れることにしました。
もうここに居ては助かりませんし、おやさまをめどうにして新天地(異端に走るのではなくて)でやり直しますね。

90 :基本。:2014/01/24(金) 08:21:38.94 ID:J+KghpUv
>>83
おはようございます。
「人がめどうか神がめどうか」。
「人間完成の道」を説いた天理教神学天理教教学に、素晴らしいと心奪われますと、
天理教の先生方は「人間的に完成した素晴らしい徳の高い人」と、思い込んでしまう。思い込まされてしまう。
基本が学生会委員長した頃の天理教青年会では、「教理武装」という言葉が流行していました。
教理教論で武装しなさいと言う説が盛んに説かれていました。
甲殻類と人間の違いは、人間の硬い骨は身体内部にある、それです。
83さんが、昨日まで恨みの対象にしていたお方たちは、そういう思想洗脳を受けていた青春時代であって、
中身には信念も何も無いが外側には「甲殻」で理論で教理で固めてある、そういう、進化の途中の皆様ばかりなのです。

だから基本も深谷教理の「寄せ加持9回」は今の「別席9回」と、信州伊那谷学生会での天理教教典勉強会でも、模倣で説いていた。
理論武装の関東の旗手が八島英夫さん、関西の旗手が村上忠雄さん。
八島さんは中川よしに助けられた、東本八島よしさん(二代目中川よし)の子供。
村上さんは柳井徳次郎に母を助けられた、本部村上家の子供。
彼らが理論武装の根拠に用いたのが「深谷忠政教学」で、その理論の推進役が天理大学教授の中島英夫さん。
かれらは、体のしんにではなく、外側に鎧をかぶった甲殻類信仰。
なぜか貧のどん底の実践者の後から出る、貧には落ちませんが理論武装ばっちりの甲殻類のお仲間だった十代の基本からしますと、
赦してやって欲しいのです。
そういう指導者の片割れしかいない教団の、しんに骨の無い幹部を、哀れんであげて下さい。
甲殻類のまま、進化できないそういうお方たちは、お気の毒なのです。

91 :神も仏も名無しさん:2014/01/24(金) 08:37:38.86 ID:nDPK6WeF
基本さん、わかりました。赦します。その方達を哀れんで差し上げます。
とにかく、私も此処に居ては「心安心」が得られないことを得心しましたので、
「新天地」目指して再出発です。基本さん、応援よろしくお願い致します。

92 :神も仏も名無しさん:2014/01/24(金) 09:26:23.49 ID:uG/v+rwK
スレ違いですし横からの質問で恐縮ですが
甲殻類のお仲間から進化したいと思ったら
どうすればいいのでしょうか?
基本さんはどのようにされたのですか?

93 :基本。。:2014/01/24(金) 11:53:20.47 ID:J+KghpUv
>>91
いつでもどうぞ。
>>92
ご質問歓迎です。
八島英夫さんのお母さんの「不思議の体験話」は、ある時代の信仰雑誌「陽気」などのその頃を調べたら、読めます。
基本的には「因果応報」で、撒いたる種は皆生えるので、親が実は心に「りこう」な部分があったと、「阿呆になりきれなっかた」と、そういう種の存在を示しています。
八島さんの兄弟は異端に走っているわけでは無いのです。
お釈迦様の因縁話、のハンドク、双子の兄弟のお話を思い出してください。
一人は賢く、一人は痴呆に生まれています。
親の使った心の内、悪いほうが集まった子と、良い方が集まった子と、そういう兄弟においての
種の仕分けがあると、おふでさきにおいての「五人ある内の二人、三人」の仕分けも、因縁は「寄せて」守護すると言う教えも、
同じ意味合いです。
ご自分は、家の悪しき因縁を寄せて頂いて、生を受けた存在、つまり悪人だとしたら、親鸞型。
ご自分は、悪い心の結果とし愚鈍に生まれたとしたら、親鸞型の、悟り方は、
引用ご紹介しました、ハンドクさんの実例にて、示されています。
(92さん、続きます)
http://www.wdic.org/w/CUL/%E9%A0%88%E6%A2%A8%E6%A7%83
217 基本 ◆B3GGdKkeNk [] 投稿日:2010/07/17 21:32:05  Iお釈迦様は、
「その因縁は、過去世の昔、彼は迦葉仏(かようぶつ)という如来が出世された時、賢明な弟子であったが、
迦葉仏の説法を暗誦できなかった他の比丘を嘲笑した業報により、釈迦如来の出世の時には、愚鈍に生れついたといわれる。 」
と、原因を諭された。

比丘尼は、そのもとのことばは「乞食」を意味していて、衣は糞掃衣を着し、そういう女性。
生まれかわった時のハンドクの父親は最下層の男。不倫。双子の片方。そして知的障害。
どんな悪行がしてあったかというと、お釈迦様はこう言われています。
「迦葉仏の説法を暗誦できなかった他の比丘を嘲笑した業報により、釈迦如来の出世の時には、愚鈍に生れついた」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

94 :基本。。:2014/01/24(金) 12:14:09.90 ID:J+KghpUv
>>93 訂正します。
> ご自分は、悪い心の結果とし愚鈍に生まれたとしたら、親鸞型の、悟り方は、
これは、親鸞型ではなく、日蓮型の間違いでした。訂正します。
村上家の場合においても、柳井徳次郎の霊救でたすけられた母親の書いたものは、婦人会やの書籍中にあります。
天理教の中では有名な学者さんがでる、青年会のミスリードの甲殻類型はおられる、統一教会が天理教に仕掛けたときに受け入れてしまったご兄弟も折られました。

因縁寄せて守護するとは、ゴミ箱役の子供もいると言う事です。
>>91さんはひたすら恨んでいました、○谷さんの長女さんもゴミ箱役で、わざわざ理の親信仰なんて表向きとかなかった深○さんの中のあしきを、神様から集められたゴミ箱役、
だからお気の毒なのです。
そういう人の苛められた91さんは、たぶんご兄弟の中の「ゴミ箱役」のはずです。
因縁よせて守護の世界と、おやさまは陽気に立て替える道を付けておられます。
>>93さん、続きです。
ご紹介しました、お釈迦様の教え、日蓮タイプのたすかり方です。

 『釈迦は須梨槃特に箒とちり取りを与えて「須梨槃特よ、お前はこれで毎日掃除をしなさい。
但しその時には『塵を払え 垢を除け』と唱えるのです」と述べ、修行を与えた。

須梨槃特はそれから毎日欠かさず掃除を続け、一心にその言葉を唱え続けた。
そしてある時、釈迦の述べたその言葉の意味に気付く。
釈迦が言う、真に払い除くべきものは、実は自分の心の中の塵であり垢なのだと。
そして遂に阿羅漢果(あらかんか、悟り)を得たのである。
・・・・・・・・・・・・・・・
甲殻類の、つまり「殻・から」の因縁を切るには、神殿掃除ではなく、
「トイレ掃除」、八島母さんも村上母さんも、これ推薦の「ひのきしん」大好きな教えのようですが、お釈迦さまの教えです。
(92さん続きます)

95 :基本。。:2014/01/24(金) 12:47:57.39 ID:J+KghpUv
(続きです)親鸞型は、悟りについて、こう述べています。お釈迦さまです。
引用します。
『誰よりも愚かだった周利槃特がさとりを得たことに、周囲が驚いていると、
釈尊が静かに言いました。
「さとりには、多くのことを学ばなければいけないというのではないのです。
ほんの短い教えの言葉であっても、その言葉の本当の意味を理解し、
道を求めていくならば、さとることができるのです。」

(文責・一哉  参考・『ブッダと親鸞』東本願寺出版、『仏弟子の告白』岩波文庫)
・・・・・・・・・・・・・・・

おやさまは、これを「ひとことまででみなたすけるで」と、お釈迦様の教えにだめを詰めておられます。
お釈迦様は、少しゆるめに諭されていますが(弟子がそう聞いたと言う意味です)、が、「ひとことまで」。
「まで」にて、「それだけで」と、限定されています。
現実にハンドクさんは、掃除と言う行為一つそれだけ、

「ちりを払わん、あかを除かん」と、掃除をしながら唱えなさいと」
それだけ、
それを、「ひとことまで」と、正法から末法となり、宗教家業の大社の説く方便に対して、
「一つの教え、ひと事まで」と、ダメ出しされておられます。

基本は>>92
> 基本さんはどのようにされたのですか?
まだ甲殻類からの進化の途上ですが、
「千遍聞いて千遍諭したら、わがの理と諭しおこう」
この「ひとこと」・・です。

96 :神も仏も名無しさん:2014/01/24(金) 12:47:59.20 ID:nDPK6WeF
基本さんへ
>そういう人の苛められた91さんは、たぶんご兄弟の中の「ゴミ箱役」のはずです。

図星です。私は分家の長男なので「当家一族」のゴミ箱役です。確かに他の親戚は理の親
信仰・教会信仰を鼓笛隊にしろ少年会にしろ、楽しく勇んで通ってますね。私はそれが
肌に合いませんでした。

>因縁よせて守護の世界と、おやさまは陽気に立て替える道を付けておられます。

有難う御座います。

97 :基本。。:2014/01/24(金) 13:13:57.90 ID:J+KghpUv
末法の世ですから、お釈迦様がこう教えられたと正法を探すのは大変です。
お釈迦様の教えられた内容の事実よりも、宗門や教団の解釈が偽物なのに真理として説かれています。
それは、イエス様の教えにおいても、教会や教団の解釈が偽物なのに、真理として説かれています。
イエスの弟子たちが、福音を告げていたのが聖書ですが、イエスに直接あったことも無い人が、「イエスの声を聞いた」と、霊体験を語って、
イエスの教えだと説いてしまうという異端さえもいます。

天理教教典の編集者、二代真柱様は、天理教に異説の混入がある事を用心されて、おふでさき、おやさまの執筆を写真本でかくにんされ、お言葉を聞き取った、書き取った記録も確認し、
純粋な天理教をお伝えになっています。

教会を財産のごとく所有する、西洋キリスト教会の手法を取り込もうする天理教内の唐人たちは、
甲殻類のごとく「から」で武装し、おやさまの教えを嘘追従で汚しました。
130の数理は「神のおくり」。「日を切ってある、神の送り」。
家業第一への回帰は、急務です。

98 :神も仏も名無しさん:2014/01/24(金) 16:19:46.69 ID:jXfCRqz3
基本さん、「家業第一」の正しい解釈と、このおさしず・お言葉のあった経緯、教えて下さい!
おつとめ第一でも、おさずけ第一でも、お供え第一でもないという事しょうか?
この「家業第一」というお言葉をどう受け止めて、どう通ってゆけば良いのでしょうか?

99 :基本。。:2014/01/24(金) 16:31:38.24 ID:J+KghpUv
>>98
> おつとめ第一でも、おさずけ第一でも、お供え第一でもないという事しょうか?
> この「家業第一」というお言葉をどう受け止めて、どう通ってゆけば良いのでしょうか?
このご質問の事ですが、このスレ基本教理・天理教典ですので、教理・要理のスレで話題とさせて頂きます。
http://shizu.0000.jp/read.php/cult/1262809625/293-
296 名前: 基本。◆B5BIYWRc 投稿日:2010/10/27 10:23 ID:wi64A5EE0
おかきさげというものは、「さづけ一条書下げある。」と、明治三十五年七月十三日に親神様が、おさしずされています。

お授けを頂かれた人に、明治23年頃には、各人におさしづがあった。
それが、いただく人が多人数になって、各人の一人一人にお言葉を願うという事が、変更されて、おさづけを頂いた人には、共通の「おかきさげ」を渡すようになったと、そういう経過があります。

100 :基本。。:2014/01/24(金) 16:35:43.86 ID:J+KghpUv
>>99 続きです。
297 名前: 基本。◆B5BIYWRc 投稿日:2010/10/27 10:40 ID:wi64A5EE0
>>293
> 「おかきさげ」は教祖の直筆でしょうか?
成立の経過で言えば、真柱の裁定による、おさづけを頂く時の神からのお言葉の編集版というところです。
>>294
こちらに、↓ 基本が書かれています。
http://tenrikyo-benkyo-blog.seesaa.net/article/140220137.html [ソースチェック]
天理教用語「お書き下げ(おかきさげ)」

天理教用語:お書き下げ(おかきさげ) とは?
親神様のお教えを教えて頂く「別席」は、九度運ぶと「満席」となり、
「おさづけの理」を拝戴させていただきます。
「おさづけの理」を拝戴すると、病気や怪我で苦しむ人に対して、
親神様にその回復にお働きくださるよう「おさづけ」を取り次がせていただくことができ、
「よふぼく」として親神様の御用にお使いいただける人材となります。
「おさづけの理」を拝戴する時、「おかきさげ」というものを頂きます。
おさしづにも
九度はこんで満席、かきさげより一つの事はいらん、
かきさげだけよくこれを一度の処二度、二度の処三度、三度の処四度、五度六度までかやせば心によくおさまる 
(明治三三・十・七)
と「おかきさげ」の重要性が説かれています。

「おかきさげ」は、荒書(あらがき)と細書(ほそがき)の二通からなっていて、
荒書はおさづけの理を下されるお言葉が記されてあり、細書はおさづけ人としての心得、おさとしが記されています。
もともと、おやさまご存世当時にはお言葉だけで、おさづけを頂かれた方、
また本席様が代役をつとめられるようになってからも初めの間は、お言葉だけを書いたものを頂いていた方がありますが、
明治二十三年七月十五日のおさしづから、「仮席」でこのように「おかきさげ」を下さることとなり、後に細書も一定の書式になりました。

「おかきさげ」を下さるのは、おさづけ人が日々常にこの心を忘れぬよう座右にという親心からです。
したがって、「おかきさげ」を袋に入れたままでしまい込まずに、「おかきさげ」を何度も何度も再読させて頂き、その事柄を守らせてもらう日々の心を定めるのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・

101 :92:2014/01/24(金) 18:43:56.04 ID:uG/v+rwK
基本さんありがとうございます
ひのきしんの話が出ましたので天理教教典の7章と8章
読みました、リンク先も読みました
自分の悪しきで傷付けてしまった相手に
懺悔もせずに神様に許しを願ったところで...ですね
私の無い頭で色々考えてもこれくらいが限界ですので
後はひとこと行動あるのみです
7章8章のお話も楽しみにしています

102 :基本。:2014/01/25(土) 00:22:03.63 ID:j/mYZiDB
92さん。素晴らしい。
本当に、それが分かって下されば、一つ一つ因縁を切らせて頂けます。
ご主人にお詫びする分を神様にお供えしなさい、という方便教理。
これに騙された方は多いと思いますが、
さんげすべきお相手にお詫びしないでは、因縁は切れるものではありません。

おやさまが「だめの教え」を説かれたのは、「大社が正法を説かず方便を説いて人心を惑わす」に対して、
「だめを教えとして詰められた」という意味です。
なかでも「ひとことまで」と言う厳格さが、親神の権威です。
よさげな事をあれもこれも諭すのは宗教家業の方便ですから、決してしてはなりません。
「ひとこと」までを、おさとしするのが基本です。
泉田藤吉先生はおさとしについた、釘を頭のてっぺんからまっすぐ打つことと、例えておられました。
基本はいつも、その方に最も必要な即効性あるかつ本質の「ひとこと」をと、おやさまにお願いし続けて、
「千遍聞いて千遍諭したら」の心がけとしております。
「ひとこと」話はひのきしん。です。

103 :基本。:2014/01/25(土) 03:26:04.66 ID:j/mYZiDB
「6」
よろつよのせかい一れつみはらせど  むねのハかりたものハないから         一  1
そのはづやといてきかした事ハない  なにもしらんがむりでないそや         一  2
このたびハ神がをもていあらハれて  なにかいさいをといてきかする         一  3
 世界中の人間は、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。 それは、元なる親を知らず、その心に触れぬからである。
 親神は、これ をあわれに思召され、この度、教祖をやしろとして表に現れ、その胸の うちを、いさい説き聽かされる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お釈迦様の生誕祭は「4月8日」、中山みき様の誕生祭は「4月18日」。
キリスト教の元に当たる太陽神の祭典日は「12月25日」天理教の祭典日は「1月26日」です。
お釈迦様の教えは、末法の世となって、おやさまは誕生され、月日の社として立教されました。
イエス様は、「神の福音」を述べて「愛」を教えられました。新約聖書「福音書」に記録されています。

しかし、世界中を親神が見晴らしても、「むね」の「ハかり」た者はいない。
教えはあっても胸に届いていないと言う事です。
このたびは、仏教においては「末法」。「弥勒菩薩の時代」。
キリスト教においては「終末」。

神が表に現れて、むねの内をいさい説き明かされると言う事です。

104 :基本。:2014/01/25(土) 13:05:59.42 ID:j/mYZiDB
オカルトの基本マニアの為に、終末において天理教が立教された意味で、聖書の終末予言について、少し解説します。
聖書には、イエスの言行録「福音書」があり、別にイエスからの啓示によって(神がかり・お告げ)で直接のイエスの弟子では無い人によって作成された、
生前のイエスとの直接の交流のなかった、死後の霊的イエスに知らされたと言う聖書の二種類があります。
天理教で言うと、教祖の言葉行いを弟子がまとめた、こふき話が、「福音書」です。。
後は、幸福の科学のように「私は天のイエスの言葉を知らせます」という、霊能力者の啓示の書も聖書と言われています。
大社・キリスト教会は、イエス様の語られていない、後の弟子の聞いた天啓も聖書の中に加えています。
また、イエスの言行録・福音書には種類が数々あったのですが、ローマ教会は、大社高山の支配上都合に会わないものは、抹殺しました。
そして、天理教で言う理の親信仰を、強固に構築し、聖職者は特権であり神に選ばれた国王・神に選ばれた皇帝が、統治支配すると言う、
それに逆らうものは、抹殺されました。

終末予言も、「福音書」の予言は信頼できます。
他の聖書、後に作成された偽造キリスト文書は偽キリストの文書と基本はみなしています。

105 :基本。:2014/01/25(土) 13:17:42.02 ID:j/mYZiDB
>>104
>>オカルトの基本マニアの為に
ひながたの魔術を少し解説します。

イエス様の教えは、意図的に歪められました。だからキリストの神の名の下で、戦争と殺戮、奴隷売買と、神の教えに反した「悪魔の所業」が続きました。

明治19年、おやさまは、わが身の苦痛によって、十字架にかけられたわが子イエスの痛みを、世に体現しました。
その旬です。
http://homepage2.nifty.com/elienay/index15.html
4つの福音書が「正当な聖典」(正典)として新約聖書に組み込まれたのは、主イエスの十字架後数百年も経った後のことで、
それ以前は判明しているだけでも50種類ほどの福音書がキリスト教徒たちによって採用されていたことが知られていて、そのうちの20の福音書が現存している。
ところが、こうした多数の福音書は、4福音書の正典化の影でキリスト教の歴史から隠され、封印されていた。
ところが19世紀に入って、ほとんどあり得ない奇蹟のような出来事が起ったのである。
・・・明治19年、おやさま監獄のご苦労の年です。・・・

子供が悪いのや無い、おやの教えが届かんのや。
おやの教えを届かなくさせた「理の親信仰の・唐人信仰のルーツ」キリスト教会の横暴の道。
しかし、おやの教えを、イエスに語らせた神の愛を、真実に伝道しなくては、世界一列はたすからない。
おやさまのご苦労の魔術をもって、
キリスト教高山によって歪められていた「イエス様の教え・言行録」の基礎資料が発見されました。

106 :基本。:2014/01/25(土) 13:23:17.16 ID:j/mYZiDB
>>104-105
>>オカルトの基本マニアの為に
二代真柱の鏡屋敷魔術を、少し解説します。
そして、1945年 鏡屋敷の地場においては、
1945年(昭和20年)10月26日、本来の天理の道の姿に戻る宣言を二代真柱・中山正善が行う。
真座のかぐら、十二下りのてをどりを「復元」。という、模倣魔術が行われたときです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%BF%E5%BE%92#.E5.8D.81.E4.BA.8C.E4.BD.BF.E5.BE.92
1945年12月、さらにエジプト南部のナグ・ハマディという小さな村の近郊の洞窟から、
素焼きの壺に封入された4世紀のものと思われる52編にも上るパピルス文書が発見された。
・・壺の中には、キリスト教史から抹殺された『ペテロ福音書』『トマス福音書』などの福音書の現物をはじめとする数多くの文書が入っていた。
これが20世紀最大の発見と呼ばれる『ナグ・ハマディ文書』である。
・・・・・
大社・キリスト教会によって歪められた「イエス様の教え」を、「復元」する、基礎資料が、発見されました。
「発見したのは村の近くで肥料用の腐植土を掘っていた農夫たちである」
百姓みきの姉さんの、労働仲間が発見した。

まことにお地場は、鏡屋敷であり、イエスキリストの教えの復元は、
終末である、現代に、絶対に必要なものであったと、主イエス様のご苦労に対して、心より、感謝させて頂きます。

107 :ふむふむ:2014/01/25(土) 14:06:29.23 ID:HAs+qaqP
数理にこだわっているおやさまは、
なぜ御自身の誕生を末法・終末の寛政10年4月18日になされたのでしょうか?
それとおやさまももお釈迦様もイエス・キリストもつながりがあるなら、
世界3大宗教の一つイスラム教は、基本さんはどのような見解をお持ちなんでしょうか?

108 :基本。:2014/01/25(土) 16:27:26.37 ID:j/mYZiDB
>>104-195
ご紹介し引用したのは「偽キリスト信仰者」の異端のサイトですが、史実を引用紹介しました。
「福音書」の内容と正当性を語っておられる部分は歴史事実であるのです。
しかし、「ヨハネ黙示録」については、ローマ教会が認めていないとの理由で「敵の敵は味方」として認めていますが、
基本的には、「ヨハネ黙示録」は、イエスの教えではありません。
終末については「福音書」に語られた「終末」がイエスの「終末」の教えです。

 >>103
キリストの終末の予言は「福音書」では、終末(キリストの再臨)と言う事で語られています。
キリストとは、月読命様である事は、過去に述べた事がありますが、新約マルコ伝から紹介します。
 「すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、
病人に手を置けば病人はいやされます。」
 主イエスは、彼らにこう話された後、天に上げられて神の右の座に着かれた。

天理天体図の真北には、父神国常立命様で、右隣が月読命様です。
 二代真柱様の前生は、中山秀司で「月読命様」、イエスの魂の因縁あるお方です。

>>106
キリスト教の教えの復元の基礎資料が、イエス様の魂ある正善真柱によってなされたことは、新約聖書の予言の実現であり、
イエスが再臨された、それは、まさに今が終末と言う事です。

109 :基本。:2014/01/25(土) 17:20:04.40 ID:j/mYZiDB
>>107
イスラム国家
イスラームによって統治される国家。
即ち唯一全能の神(アッラーフ)が預言者ムハンマドに下した神勅たるクルアーン、預言者の言行録たるハディース、そして
それらを基礎として成立したイスラーム法(シャリーア)に基づきムスリムの指導者が統治を行い、ムスリムの同胞としての緊密な結合とすべての政治や社会秩序はイスラームに基づくという理念によりアッラーフの祝福が永久に約束されるとする国家のこと。

基本的な理解は、遅れてきた宗教国家です。
ローマ教会が宗教国家の版図拡大にキリスト教布教を利用し、聖戦という名で侵略した。
それに対抗する宗教思想として「唯一絶対の神アッラー」を中心に法治を含めて宗教で固めた理の親国家です。
イエスキリストの後の預言者で死後の預言者を信奉しているわけです。

http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran089.htm
15. さて人間は主が御試みのため、寛大にされ恵みを授けられると、かれは、「主は、わたしに寛大であられます。」と言う。
16. だがかれを試み、御恵みを減らされる時は、「主はわたしを、軽視なさいます。」と言う。
17. 断じていけない。いや、あなたがたは孤児を大切にしない。 18. また貧者を養うために、互いに励まさない。
19. しかも遺産を取り上げ、強欲を欲しい尽にする。
20. またあなたがたは、法外な愛で財産を愛する。
21. 断じていけない。大地が粉々に砕かれる時、
22. 主は、列また列の天使(を従え)、来臨なされる。
23. また地獄は、その日(目の当たりに)運ばれ、その日人間は反省するであろう。だが反省したとて、どうしてかれのためになろうか。

民族を守る神として、信仰されている、それ以上はここでは語らないことにさせてください。

110 :基本。:2014/01/25(土) 23:36:47.00 ID:j/mYZiDB
>>109
同じ聖書を根としていて、その解釈は、相違点がある。
キリスト教側からみたら「異端」であるわけですから、イスラム教側からみたら、「最後の最後の預言者」がイスラムを救うと言うわけで、
教えの本質は同じですが、本質では無いところで、対立せざるをえない。
宗教国家と言うイスラムこそ「キリスト教大社高山」に対抗するために「大社高山」を構築し民族を守っているわけで、それは悲惨な現実です。

欧米の思想侵略に対抗して「現人神・天皇制宗教国家」を形成した日本、そういう民族主義的宗教と言うのは、政治そのものであるから、
先ず自分たちが、心入れ替えないと、イスラム宗教を語るには旬が来ていないと思います。

111 :ふむふむ:2014/01/25(土) 23:47:30.87 ID:HAs+qaqP
なるほどそうですか。
自分の悪い所も直さずに人の事をとやかく言うなということですね。

112 :基本。:2014/01/26(日) 03:16:32.98 ID:uUtBmTmh
新約聖書におさめられた福音書記者による四つの福音書(マタイによる福音書、マルコによる福音書、ルカによる福音書、ヨハネによる福音書)
マタイ伝には「終末」についてhttp://ja.wikisource.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%A6%8F%E9%9F%B3%E6%9B%B8(%E5%8F%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3)#24:19
24:3 またオリブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとにきて言った、「どうぞお話しください。いつ、そんなことが起るのでしょうか。あなたがまたおいでになる時や、世の終りには、どんな前兆がありますか」。
24:4 そこでイエスは答えて言われた、「人に惑わされないように気をつけなさい。
24:5 多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう。
24:6 また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。それは起らねばならないが、まだ終りではない。
24:7 民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。
24:8 しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。
24:9 そのとき人々は、あなたがたを苦しみにあわせ、また殺すであろう。
   またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。
24:10 そのとき、多くの人がつまずき、また互に裏切り、憎み合うであろう。
24:11 また多くのにせ預言者が起って、多くの人を惑わすであろう。
24:12 また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。
24:13 しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
24:14 そしてこの御国の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。

キリスト教の異端が多く登場し、戦争と戦争のうわさが、民族間の対立、国家間の対立、
飢饉と地震、
 すべてこれらは産みの苦しみの初めである。 産みの苦しみ=元はじまりの初めの予言。
現代が福音書にある、終末である事は、それが海の苦しみのはじまりであることは、そのまま飲み込めてしまえます。

113 :基本。:2014/01/26(日) 03:36:15.93 ID:uUtBmTmh
>>111
と、言いますか、にほん、から、てんじくという元の理の順序で思案したとき、
イスラム教社会はてんじく的に、基本的には見えてしまうわけです。
神の教えは、先ず文字ではなく歌として告げられ、伝承の文学、文字の無い口伝えで語られて、
それが、文字で記録されて、弟子の解釈があって、派がうまれ、教義になって行く。
イスラムでは、世界助けると言う意味でよりも、統治のための宗教国家が、伝承を利用して、思想統制の手段にしている。
・・・
これをここで語るのは、基本教理天理教教典の話題から距離がありすぎるので、と、言う事です。

114 :基本。:2014/01/26(日) 07:33:31.22 ID:uUtBmTmh
>>112
四つの福音書の内、ヨハネ伝は他の三っつとは内容が違っています。
終末についてのイエスの言葉が、語られていない。
そして「黙示録」ではヨハネの言葉で語られているのです。
今日、歴史的キリスト教会ではそのヨハネの言葉は、正典と認められているのです。
・・・
ヨハネはキリストから最も可愛がられた人物では無いかといわれ、イエスの後継者は使徒ヨハネであると広く認識されて来ていたが、実はキリストの後継者は、
イエスの弟ヤコブであった事が、1945年に発見された古い記録から確認された。
ヨハネはイエスの後継者ではなかった。これは実に大切なことです。

ヨハネの黙示録はこんにち、終末予言としてキリスト教、偽キリスト教がみな採用するようになっている。
キリストの終末予言。偽キリストとはすでに、聖書が書かれた時代に登場していた。
偽キリスト、ヨハネの黙示録の執筆者、その内容は、未来に来る「中山みきの天理教」を、666の悪魔と示して予言していました。
>>57 :基本
余談ついでに言いますと、ヨハネの黙示録に出てくる「サタン」は、「赤い龍」です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E3%81%84%E7%AB%9C
また、別のしるしが天に現れた。見よ、火のような赤い大きな竜である。七つの頭と十本の角があり、その頭には七つの冠をかぶっていた。・・

「色は赤」「頭に王冠」「その頭は10」という龍を、あらかじめサタンの姿として、予言の書に説かしています。
赤衣 王の神名 十柱。。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

キリスト教高山は、666弥勒の赤い、龍・大蛇によって滅ぼされると、イエスの言葉ではなく、ヨハネという名で語られた実は異端の言葉。
その、黙示は、自白となって、イエスの教えを政治権力に悪利用した大社高山の終末を予言していました。
オカルトの基本です。

115 :砂丘のらくだ:2014/01/26(日) 17:27:46.51 ID:hSQ7xv3K
天理教やキリスト教、創価学会に鳥取市の大手企業との訳の分からないトラブルを話したが
話を聞いてくれるだけで、情報収集に協力してくれない。

116 :基本。:2014/01/27(月) 02:12:21.52 ID:1HnEDXV2
>>115
一般に宗教の立場は、「精神」のあり方と言う立場をとっています。
すべては主の御心、神の御業ですが、キリスト教団での立場、仏の御心のままが仏教教団の立場、
セベテが親神様のご守護ですというのが、天理教団の立場です。
「大企業とトラブル」の話も、それを持ち込めば、貴方の御心、神の御心としての問題に置き換えてしか、思案されません。

情報収集などは、してくれないのが、「精神界の指導者」、宗教家の常道です。
砂丘で、緑藻を求めるようなものです。

117 :野良天 ◆3gxC3xwhfc :2014/01/27(月) 05:47:04.91 ID:ZQuCswfw
なんか凄まじいな。

118 :砂丘のらくだ:2014/01/27(月) 08:34:04.31 ID:2sojSEax
>>116
田舎だから教会に、その大企業の社員の知人なんかが通っているはずなので
その知人を紹介してくれればいいと思うのですが。

119 :基本。:2014/01/27(月) 08:57:12.24 ID:1HnEDXV2
>>117
野良さんお久しぶりです。

キリスト教の聖書には、「数」が明示された例が少ないのです。
自称キリスト教の、韓国発祥のキリスト教系新宗教団体・統一教会では「旧約・新約・成約」と三つの段階が説かれていまして、
旧約・モーゼ、新約・イエス、成約・文鮮明という123を説いています。
モーぜが石版を3回叩くということから、123の三番目がないと救済は完成しないと、そういう論法です。
イエスは十字架によって「霊的救済」をなし、「肉的救済」は、現代のキリスト文鮮明がなすと、そういう論法で、これが教義の骨格になっています。
 文鮮明は、マタイ伝による終末予言>>112
> 24:5 多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう。
ここに予言された偽キリストです。
 ものみの塔・エホバの証人、モルモン教、統一協会は、キリストの再来者と称する「偽キリスト」の教えです。
 
ヨハネの黙示録はイエス立教時代において、イエスからのお告げをこう聞いたと言う形態で、イエスの予言を語るスタイルの「初期モデル・ひな型」であり、
それも、イエスに最も可愛がられた弟子の名で、使徒として告げられています。

そのヨハネの黙示録、イエス様がヨハネに見せた幻として見せたもの、それが黙示録の主題ですが、
そこにはデジタルな数字が、登場していて、予言の数理を研究する基本は、おやさまの教えを根として、数理を読み取らねばならないわけです。

120 :基本。:2014/01/27(月) 10:02:36.78 ID:1HnEDXV2
ヨハネの黙示録は、現代社会にもキリスト教社会の思想背景として大きな影響を与えています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%81%AE%E9%BB%99%E7%A4%BA%E9%8C%B2
「マルティン・ルターら歴史的なプロテスタントの黙示録理解は、歴史主義解釈というもので、起こっていない未来の出来事を預言として与えられたという見方である。
この立場では、未来にキリスト教の教理であるイエス・キリストの再臨、人間の体の復活、最後の審判、天国あるいは地獄への裁き、新天新地の到来があると信じられている。」
 ここでは数理の問題と天理教の立教の予言として、イエスが語ったわけでは無いけれど、イエスから夢幻でこう聞いたという「ヨハネ黙示録」の内容を確かめます。
 
「777」は、天理教ではおつとめの数理です。21回のあしきをはらうという呪法が、おつとめとしておやさまから教えられています。
「7」は、チャクラの事と言う解釈もキリスト教内ではなされていたようですが、
黙示録に告げられた、内容の中でも、777は、次の内容になります。
4.子羊が七つの封印を開封する(6章-8章5節)
5.七人の天使がラッパ(トランペット)を吹く(8章6節-11章19節)
7.最後の七つの災い 神の怒りが極みに達する(15章-16章)

「777」「666」これが示しているものは、「21の悪しき払い」「弥勒」と、基本的にはそう理解します。

>>118
大企業の社員だとしたら、会社と対立しているトラブル相手には接触したがらない。
厳しく管理されているのです。
大企業とのトラブルを社員に接触することで解決しようと『努力』している貴方に、
宗教は決して味方しようとはしません。宗教組織は「大社」であって、庶民の味方はふりだけです。
宗教に幻想は抱かないことです。

121 :ふむふむ:2014/01/27(月) 23:25:19.59 ID:gAn9kvtw
666は悪魔の数字ではないのでしょうか?
三位一体と天理教との関係は、あるのでしょうか?

122 :基本。:2014/01/28(火) 08:28:28.57 ID:2FEzqYpf
ヨハネ黙示録、第1章 にはこんな記述があります。

・・ ヨハネからアジヤにある七つの教会へ。
今いまし、昔いまし、やがてきたるべきかたから、
また、その御座の前にある七つの霊から、
また、忠実な証人、死人の中から最初に生まれた者、地上の支配者であるイエス・キリストから、
恵みと平安とが、あなたがたにあるように。
わたしたちを愛し、
その血によってわたしたちを罪から解放し、
わたしたちを、その父なる神のために、
御国の民として、祭司として下さったかたに、
世々限りなく栄光と権力とがあるように、アァメン。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「その血によってわたしたちを罪から解放し、」これは、
イエスが十字架にかかることで(血によって)、
色情因縁(罪・原罪から開放)される事が、新約聖書として、書かれている点で、ローマカトリック教会教義の原型、基本形になった、まさに「偽キリスト」の「神に似せた偽啓示」です。自分以外のキリスト教会を偽者と攻撃し、イエスの後継者はわが派だと、流布した証拠です。

123 :基本。:2014/01/28(火) 08:29:51.34 ID:2FEzqYpf
ヨハネ黙示録 第10章 には、こんな記述があります。
それは、第5章に「 わたしはまた、御座にいますかたの右の手に、巻物があるのを見た。
その内側にも外側にも字が書いてあって、七つの封印で封じてあった。」を、踏まえてのものです。
「・・わたしはそり御使のもとに行って、「その小さな巻物を下さい」と言った。すると、彼は言った、「取って、それを食べてしまいなさい。あなたの腹には苦いが、口には蜜のように甘い」。
 わたしは御使の手からその小さな巻物を受け取って食べてしまった。すると、わたしの口には蜜のように甘かったが、それを食べたら、腹が苦くなった。
 その時、「あなたは、もう一度、多くの民族、国民、国語、王たちについて、預言せねばならない」と言う声がした。

これは、ヨハネがイエスの跡継ぎの預言者であるということで、七つの封印を解くというヨハネ自身の宣言になっています。

キリスト教会も「原罪」からの救済をときます。
そして、「血」を流すことがイエスの救済であると説きます。
イエスの言行録には、病助けと施しと、隣人への愛が語られているのに、それらは、軽視されて、「十字架のイエス」「贖罪」(因縁切り)が重視され。神の為に戦争し血を流すことが、尊ばれています。
 偽キリストの宗教統治法の原型と典型を示しているヨハネ黙示録を聖書と認めている教団は、全て、「偽キリスト派」です

124 :基本。:2014/01/28(火) 08:43:29.93 ID:2FEzqYpf
つまり、イエスの正当な後継者を認めさせたいヨハネが、イエスから受けた天啓だと、黙示録を示した。
それには、「七つの封印を説くのは私だと神から告げられた」事、これが書かれているわけです。
そして、地上における王はイエスキリストだと示すことで、偽キリスト、イエスの次の預言者ヨハネが、実は地上の王だと示しているわけです。
宗教による統治の、教理的裏づけとして、ヨハネ黙示録は、宗教高山のバイブルのようなものになっています。

>>121
> 三位一体と天理教との関係は、あるのでしょうか?
goo辞書には、「1 キリスト教で、父・子・聖霊の三位は、唯一の神が三つの姿となって現れたもので、元来は一体であるとする教理。」
こうあります。
偽キリストの役割を果たしてしまった「パウロ」が作り上げた説ですから、おやさまの教えではありません。
教会の聖職者もかみの御使い、つまり神なのだという理の親信仰のために利用されています。

125 :基本。:2014/01/28(火) 08:46:43.24 ID:2FEzqYpf
>>124
> 666は悪魔の数字ではないのでしょうか?
ヨハネ黙示録で言えば、666は悪魔の数字です。
だから、偽キリストが悪魔だと言う事は、キリストから見たら神と言う事です。

126 :基本。:2014/01/28(火) 21:16:21.66 ID:2FEzqYpf
>>125
ヨハネの黙示録に記載されているサタンは、実に中山みき様そのものを、サタンとして予言している。
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/Yohane.html#17
17章
 わたしは、そこでひとりの女が赤い獣に乗っているのを見た。その獣は神を汚すかずかずの名でおおわれ、また、それに七つの頭と十の角とがあった。
 この女は紫と赤の衣をまとい、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものと自分の姦淫の汚れとで満ちている金の杯を手に持ち、その額には、一つの名がしるされていた。それは奥義であって、「大いなるバビロン、淫婦どもと地の憎むべきものらとの母」というのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「この女は紫と赤の衣をまとい」。天理教は色は紫、教祖は赤衣をまとっている。

 ところで西洋の悪魔や死神は「大きな鎌」を持っている。
 つまり大きなカマは悪魔の持ち物である。
ヨハネ黙示録の神は、14章・・「見よ。白い雲があって、その雲の上に人の子のような者が座しており、頭には金の冠をいただき、手には鋭いかまを持っていた。」
 つまり実は悪魔だとちゃんと自白している事になっている。

> だから、偽キリストが悪魔だと言う事は、キリストから見たら神と言う事です。

127 :基本。:2014/01/28(火) 21:25:08.20 ID:2FEzqYpf
「7」
よろつよのせかい一れつみはらせど  むねのハかりたものハないから         一  1
そのはづやといてきかした事ハない  なにもしらんがむりでないそや         一  2
このたびハ神がをもていあらハれて  なにかいさいをといてきかする         一  3
 世界中の人間は、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。 それは、元なる親を知らず、その心に触れぬからである。
 親神は、これ をあわれに思召され、この度、教祖をやしろとして表に現れ、その胸の うちを、いさい説き聽かされる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
よろつよのせかい一れつみはらせど  むねのハかりたものハないから

[むねのハかりたものハないから] この解釈は親神の胸がわかっていないと解釈されて来ました。
天理教教典では、実は、このお筆先の解釈は書かれていません。
親神の胸が分かっていないから立教したとは書かれていない。
 二代真柱様のマジックです。
 心の闇路にさまよっていると、書かれてある。
親神の教えそのものは、裏から守護して教えてきたわけですから、胸が分かっていないと単純には言えない訳です。

 おふでさきは、音と文字で理が知らされてあります。
 音から「分かっていない」と読むだけでは、一言万巻のおふでさきは、悟りとることは無理なのです。

128 :基本。:2014/01/28(火) 21:28:41.23 ID:2FEzqYpf
おふでさきは、音と文字で理が知らされてあります。
音では「むねのわかりたものはないから」です。
文字では「むねのハかりたものはものはないから」です。
「わかりた」と「ハかりた」では、意味が相違します。
「かな文字ハ」についてですが、古語の用法として、「ハ」を「わ」と読むにはルールがあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AF
歴史的仮名遣いでは、文節のはじめ以外の「は」は「わ」と発音する。これはハ行転呼により語中・語尾のハ行がワ行になったためである。
/////////
ですから「ハかりた」を「わかりた」と読ませているのは異例と言う事です。
記号としての文字「ハかりた」は「はかりた」という事です。
「はかる」とは、http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/thsrs/14196/m0u/
  計る(はかる)/測る(はかる)/量る(はかる)
 [共通する意味] ★何かを使って、重さ、分量、長さ、時間などを調べる・・・
こういう意味になります。

 おやさまが扉開かれたときのお写真で、大工の伊蔵様は「差し金」を持っておられました。
 差し金は「ハはる」道具です。「分かる道具」ではありません。

129 :基本。:2014/01/28(火) 23:17:51.94 ID:2FEzqYpf
>>128
>差し金は「ハはる」道具です。「分かる道具」ではありません
誤字を訂正します。
「差し金は「はかる」道具」です。 に訂正します。

教祖伝逸話編には、「はかる」に関係する逸話があります。
教祖は、綿木の実から綿を集める時は、手に布を巻いてチュッチュッとお引きになったが、大層早かった。
又、その綿から糸を紡ぎ機を織るのが、とてもお上手であった。
 糸を括って紺屋へ持って行き、染めてから織ると模様が出るのであるが、
中でも最も得意とされたのは、
玉に分銅、
猫に小判などという手の込んだ模様ものであった、という。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
天秤でものの質量を量るために使う道具が天秤です。
玉は心を映す、分銅は「はかる」。
はかると言う事は、デジタルです。
物差しが狂ったら、建物は狂った建物にしかならない。
天理とはものさしである以上、デジタルで、数理に明らかなように、きちんと実数で合うことが天理です。

対して、「幽冥」という思想があります。キリスト教の教会信仰は幽冥です。
理をでじたるに説かない教えは、ごまかしばかりになる。
松村吉太郎に「神は幽冥とは思うなよ」と神のお言葉があります。
天のものさしが、天理教なのだと、古い信仰者はそう諭していました。

130 :基本。:2014/01/29(水) 00:13:56.25 ID:MZF1z9Ow
よろつよのせかい一れつみはらせど  むねのハかりたものハないから 
 「むね」とは、http://dictionary.goo.ne.jp/srch/jn/%E3%82%80%E3%81%AD/m0u/
むね【旨/宗】 1 中心となるもの。また、重要なもの。「安全を―とする」 2 (旨)述べたことの中心。
「宗教」「宗旨」という意味を示していて、
直訳的に約すと、宗教の宗旨の内容、計測が出来たものがいない、と、なります。
 おやさまは信者高弟たちに、「裏守護」というときわけで、日本の各宗旨の理を説いていますが、
世界中には一列に宗教があって、それぞれに崇拝している、「参り所」「墓所」「ばら寺」と、皆宗教、宗旨ですが、
その宗旨があっても、「旨」がきちんと「はかる」ことが出来ていない。
「慮る、忖度する」「神のはかりごととして配慮する」。
そういうことではなく、神の配慮の宗を試作できていないというのが、オカルト的なりかいになります。

 そのはづやといてきかした事ハない  なにもしらんがむりでないそや
 宗教の教えの「質量、深さ、期間」それらについて何もしらない、
それは、説いて聞かした事が無いからで、各宗教の時代ごと地域ごとの役割や
どういう思惑であったのか、何も知らないのは無理で無いぞや、と、
だから、「神は頼らず」、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。

 このたびハ神がをもていあらハれて  なにかいさいをといてきかする
子数の年限を経た「このたび」。「末法の世のこのたび」「終末の到来するこのたび」
八百万の神が、仏陀がイエスが、全ての神が、表に現れて、なにか委細をとき聞かす。
 教祖をやしろとして表に現れ、その胸の うちを、いさい説き聽かされる。
 お社の棟の内には、全部の神がお鎮まりくださるわけです。
お社とは中山みきさま。その「胸の内」には全ての神様がおられる。
 そして、なにか委細を説いて下さる。
世界中の人間は、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。 それは、元なる親を知らず、その心に触れぬからである。
 親神は、これ をあわれに思召され、この度、教祖をやしろとして表に現れ、その胸の うちを、いさい説き聽かされる。

天理教教典の冒頭の基本教理を、説明しました。

131 :神も仏も名無しさん:2014/01/29(水) 03:21:27.32 ID:Rc25nJIK
>>130
67 名前: 名無しなんじゃ 投稿日: 2003/04/05(土) 17:02 ID:Mb620mAg
こうした被害は、日本全国で大なり小なり支配的地域を拡 大するように積み上げられているものと感じます。
未だ彼らに猛威を振るわれるに至っていない日本人も沢山いると思います。
一旦そのことが、その身に及んだ時には、いったい何が自分の身に降りかかったのかというところを知る為に、 この拙文の端切れなりともお役に立てれば幸いです。

ただ、この中ではお伝えしていなかったと思いますが、 既にその行為者の集団社会は大きなもの、高きに達していることを知っていて頂きたいのです。 中国系から韓国系の居住者だけでも三百万人以上いると思います。
任侠をあざ笑う日本人も多くいます。 ここであげた行為者としての生活者は、中国系韓国系の居住者に止まらず、沢山の日本人も組み込まれていることを知っていて頂きたいのです。

彼らは被害者に対して教育を施すような巧みさを発揮し、被害者を加害者に変えることが出来ることも知っておいて頂きたいと思います。
例えば、無垢な心を持った少女が、彼ら のその行為を及ぼされたとします。 どのように変化すると思いますか。
第一に、自分がこの世に生まれたことを恨みます。
第二に、その行為を及ぼした集団社会に対して、 日本人社会が絶対的に勝ち目がないことを知ります。
第三に、その行為を及ぼされる前の自分には、二度と戻れないことを気づきま す。
最終的に、どのような心を持つかというと、
「皆、同じになれば良い。全ての人間を、自分と同じ目に遭わせてやりたい。 自分が助けを求めた時、その社会は善良な人間としてありながら、何もしてくれなかったのだから。」
このように変化する様を、私は幾例も目の当たりにしています。 http://www2.justnet.ne.jp/~pigeon/aisatu.htm

132 :基本。:2014/01/29(水) 08:32:12.11 ID:MZF1z9Ow
>>131
この世は今も泥海であると言う現実の一端を語られたのであろうと拝察します。
ご本人の体験になるものか、そうした集団の情報に接してのものか、高山支配に対抗するための異種の高山組織化は、絶えず生じています。
被害に会われると言う事も加害者に転じると言う事も、心高山。
おやさまの教えは、因果の根「高山因縁の根を切る」事を教え示されています。
> 最終的に、どのような心を持つかというと、
>「皆、同じになれば良い。全ての人間を、自分と同じ目に遭わせてやりたい。 自分が助けを求めた時、その社会は善良な人間としてありながら、何もしてくれなかったのだから。」
これは、自白です。

まずいもの食べたときに、「これを皆にも食わせてやる」と思いつく心の自白です。
まずいもの食べたときに、人にはもっと美味しいもの食べていただこうと、そういう心になれたら、因果の根が切れます。
おやさまは監獄にて酷い目にあったとき、「同じ目にあわせてやる」はないのです。
人にむごい、そういう心がかわいそうにと、

対して偽キリスト、ヨハネの黙示録を見てください。
報復報復、血の報復。そして、自分が神になって支配する。
これをイエスの教えに混ぜ込んで、偽キリストの教理で、世界を今も支配しています。
中国系も韓国系もイスラム系も、西欧系唐人の非道に対抗して、皆を酷い目にあわせるテロ組織にもなっています。
それは、2、300万人どころでは無い。

そういう泥海世界をたすける為に、力による支配を「神の愛」「仏の慈悲」の世に立て替えるため天理教は立教されました。
>>65  日本で最初の原子力発電が行われたのは1963年(昭和38年)10月26日で、
東海村に建設された動力試験炉であるJPDRが初発電を行った。
これを記念して毎年10月26日は原子力の日となっている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これが、「月日退く」の姿である。

133 :基本。:2014/01/29(水) 09:18:03.08 ID:MZF1z9Ow
>>104 に、>終末予言も、「福音書」の予言は信頼できます。と書きましたが、ヨハネの福音書は偽キリストの書ですから信頼は出来ません。
ヨハネの黙示録から、そのキリストの教えでは無い「泥水」の部分を示して、おやさまが、この偽キリストに自白させておいた、高山因縁のあしきを確かめたいと思います。

第五章にある、名誉権力願望のの自白 ここでの子羊はヨハネと信奉者たちを意味する。
「御座にいますかたと小羊とに、さんびと、ほまれと、栄光と、権力とが、世々限りなくあるように」。

第六章にある、戦争社会肯定と殺戮、大地の荒廃の肯定。
「人人が互に殺し合うようになるために、
地上から平和を奪い取ることを許され、
また、大きなつるぎを与えられた。」
「彼らには、地の四分の一を支配する権威、および、つるぎと、ききんと、死と、地の獣らとによって人を殺す権威とが、与えられた。」

決して戦争をやめない理由は、それを神の正義と信奉している信者が西欧高山に多くいるからです。

134 :基本。:2014/01/29(水) 09:50:17.71 ID:MZF1z9Ow
http://thebbs.fc2.com/262762!/91-190
聖書時代のもう一人の偽キリスト、パウロについて、「ザ掲示板。おやさま」から引用します。
[103] 基本。 2006/12/21 10:10
>>102
> 「とふじん=西欧人」の思想。それは、現代でも、アメリカにおいては、民意に深く根付いています。
> 聖書の執筆者の一人パウロが、「ローマ人の手紙」で書いたものは、ユダヤ教からキリスト教を経由して、アメリカと言う聖書主義の国に、「割礼」の子たちを、数々排出しているという事。
それは、もう一方で、「マリアの処女受胎」を受け入れてしまう民を大勢生んでいるという事。
・・このような、「天然自然の理に反した思想」は、「高山の支配の道具」になっています。
おやさまは、「高山の真の柱はとふじんや」と、権力構造そのものを「大社・宗教と言う権威」として、「取払いの思想」を語られているのは、その「オカルト利用の悪意」に対する批判からです。
・・・
[103]
パウロが、「ローマ人の手紙」の冒頭に、神の教えを異邦人に伝える事を、神に対する神の子の義務だと説きました。
異邦人を、キリスト教によって、教化すると言う行為は、実は「奴隷」を増やし集める行為として、歴史に無数の悲劇を刻みました。
日本に来た宣教師が奴隷を本国に搬送していたのは、紛れも無い事実。
それで、日本の江戸幕府は、仏教による統治を敷いて、キリスト教を禁じたのであり、明治の開国において、「大教=天皇教」を宣布したのも、その強迫観念に由来するのかもしれません。
「毛唐」と忌み嫌う思想の根底にあったものです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

135 :基本。:2014/01/29(水) 09:59:23.97 ID:MZF1z9Ow
文盲の柳井徳次郎さんの講話を記録した市販本「たすけの台」などの、伝承の教理では、
「むね」とは、「六根」
お遍路さんの「六根清浄」は、胸の掃除の事と教えられています。
また、伝承としてこふき話では、南無阿弥陀仏が六台、その根で「むね」と、とかれてもいます。
http://www.geocities.jp/atutakai/tosyositu_/koukibon_/koukibon_m16_.html
人間身の内は、六柱の神が入り込みて守護を下さる故に、自由に叶う事故、これ全く、此の神のかりものなり。
此の六柱の神様は南無阿弥陀仏なり。
南無と云うは、目、温み。阿弥とは、皮繋ぎに、芯の骨なり。陀仏とは、飲み食い出入りに、息の事なり。
南無阿弥陀仏と云うは、人間の身の内の事なり。これで身の内六台と云うなり。
・・・・
↑ こふき16年桝井本ではこうなっていますが、柳井徳次郎伝承のほうが、この件詳しく説いています。

「むね」すなわち「宗旨の内」をおやさまは委細説くために立教した。
総理解するのが、基本です。

136 :ふむふむ:2014/01/29(水) 23:01:45.82 ID:qcO/PncX
基本さんのレス楽しみにしています。
どうぞ頑張ってください。

137 :基本。:2014/01/30(木) 01:39:17.10 ID:fQ1wiauF
{8」
 いまなるの月日のをもう事なるわ くちわにんけん心月日や   一二 67
 しかときけくちハ月日がみなかりて 心ハ月日みなかしている  一二 68
 教祖の姿は、世の常の人々と異るところはないが、その心は、親神の心である。
しかし、常に、真近にその姿に接し、その声を聞く人々は、 日頃の心安さになれて、その話に耳をかそうとしないばかりか、或は憑 きものと笑い、或は気の違つた人と罵つた。
 かかる人々に、親神の教を納得させるのは、並大抵なことでなかつた
とはいえ、教祖が月日のやしろにおわす真実を納得させずしては、
いつ までも、たすけ一条の道は啓かれず、陽気ぐらしへの立て替えは望めな い。
 されば、教祖は、頑是ない子供をはぐくみ育てるように、世の人々 の身にもなつて、説き聽かせ、或は筆に誌し、又は、親神の自由自在の 働きを目のあたり知らせ、身を以て行に示すなど、うまずたゆまず導か れた。
 教祖は、世界の子供をたすけたい一心から、貧のどん底に落ち切り、
しかも勇んで通り、身を以て陽気ぐらしのひながたを示された。
 更に、 親神が教祖をやしろとして、じきじき表に現れている証拠として、
よろ づたすけの道あけであるをびや許しをはじめとし、
親神の守護を、数々、 目のあたりに示して、疑い深い人々の心を啓かれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 これに引用されているおふでさき12号は、明治九年頃に書かれています。
 これについては、神・月日・をやという二代真柱様の示された基本教理から理解することが大切です。
「いまなるの」、です。親神が「月日と説くようになった今」と理解します。

138 :基本。:2014/01/30(木) 01:57:11.32 ID:fQ1wiauF
>>137
天理教用語:神(かみ)・月日(つきひ)・をや とは? 解説があります。
http://tenrikyo-benkyo-blog.seesaa.net/article/142215202.html
親神様は、教祖を通して、「おふでさき」という原典の中に、そのお教えをお示し下さいました。
この「おふでさき」の中で、親神様ご自身のことを、「神」「月日」「をや」と表現されています。
これは、人間に分かりやすいよう、例えを用いて表現されたものです。
まず「神」と表現し、この世を創めた神、元こしらえた神、真実の神などの言葉を添えて親神様の理を明かし、
次に「月日」と称えて、抽象的にではなく、具体的に眼に見え、身体に感じることのできるよう、天の月日の理合いをもってお示しになり、
更に「をや」という言葉で、親神様を表し、喜びも悲しみもそのままに打ち明け、すがることのできる親身の親であるとお教え下されています。
/////////////////////////////
神と月日の関係については、おふでさき6号に理が見えてあります。
紹介します。

このよふの月日の心しんぢつを しりたるものわさらにあるまい (6-9)
これまでハいかなる神とゆうたとて めゑにみへんとゆうていたなり (6-10)
このたびわとのよな神もしんぢつに あらハれだしてはなしするなり (6-11)

月日が、神(どのような神)も、現出させて、話をするなり、と言う事ですから、
月日にはどのような神も現れださすことが出来る力があると、その関係が見えます。
 神と言って説いた、次に月日と言って説いているのは、「いかなる神も操れる立場を示すと同時の事です。
 中山みきに降りた神は、神は神でも貧乏神だと言うような思案、神は神でも狐の神だと言う思案が、人間の側にはあった。
おふでさきの5号までは神、そう呼称しとぃますが、六号で「月日」と説いたのは、神を動かし操るかのごとき力を示しての物です。

139 :基本。:2014/01/30(木) 02:31:16.13 ID:fQ1wiauF
明治9年の前年には、地場定めをしています。つとめの手も教えています。
つまり「神」としての中山みきは認知されていたと言う事です。
教祖伝年表では、
http://homepage3.nifty.com/nagano_karasugawa/bunko/kyosoden.html
この年、河内恩智村(八尾市)の板倉槌三郎、大和園原村の上田嘉治郎、その子ナライト等が信仰を始める
この信者さんたちは「おやさまは神様」と信仰していました。
けれど月日とは分からなかった。
いかなる神も現れだせる、神の中の神、月日だとやっと教えられる時がきたと言う事です。

そういうお筆先が、ここに示されてあることの意味です。
大切な基本です。

140 :基本。:2014/01/31(金) 04:39:05.60 ID:rjfjetuV
「9」
 いまなるの月日のをもう事なるわ くちわにんけん心月日や   一二 67
 しかときけくちハ月日がみなかりて 心ハ月日みなかしている  一二 68
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おふでさきは、文字は記号です。音と文字とで読みます。
一二 67 「くちわ」の読みは「口は」と読んでいます。「文字はわ」です。
一二 68 「くちハ」の読みも「口は」と読んでいます。「文字はハ」です。

古文において「わ」は、http://kobun.weblio.jp/content/%E3%82%8F
終助詞 ・・〔感動・詠嘆〕…よ。…わ。間投助詞・・・〔呼びかけ〕…よ。
と、あります。

直前には「わ」の実例があります。 「いまなるの月日のをもう事なるわ」
つまり、「わ」は詠嘆ですから、「ああ、なんということだ、今になって月日が思っておられるのは、○○なことだった・・詠嘆」・・
こんな風に感動的な表現と理解するわけです。
 とまり「くちわ」、は、「ああなんとお口は、」と、感動表現として読むんが基本です。

141 :基本。:2014/01/31(金) 04:51:00.87 ID:rjfjetuV
「10」
 教祖が月日のやしろにおわす真実を納得させずしては、 いつ までも、たすけ一条の道は啓かれず、陽気ぐらしへの立て替えは望めな い。
 されば、教祖は、頑是ない子供をはぐくみ育てるように、世の人々 の身にもなつて、説き聽かせ、或は筆に誌し、又は、親神の自由自在の 働きを目のあたり知らせ、身を以て行に示すなど、うまずたゆまず導か れた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二台真柱様は言葉の魔術の使い手です。
「教祖が月日のやしろにおわす真実を納得させずしては、」
これは、「 教祖が月日のやしろにおわす事実を納得」ではありません。
山名系の教義学者さんたちは「教祖が月日のやしろにおわす事実を納得」して、
協議を語っておられます。
「おやさまは月日の社です」と、事実を語っている。
けれで「真実」を語っていない。
「事実の奥に真実」であり、「その真実」とは、おふでさきに説かれてあります。
    月日がみなかりて 心ハ月日みなかしている
これが真実です。 

142 :基本。 :2014/01/31(金) 08:47:05.46 ID:rjfjetuV
>>140-141
> おやさまが月日の社であると言う事実は、まさか信者が疑うはずは無い。
> 「9」
 いまなるの月日のをもう事なるわ くちわにんけん心月日や   一二 67
 しかときけくちハ月日がみなかりて 心ハ月日みなかしている  一二 68
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しかし、具体的になんと口は人間だけれど「精神」は月日だと、この真実は、納得されていない。
「肉体は中山みき」「精神は月日」
「肉体は中山みき・親神」、「精神は月日親神」という、事が分かっていないわけです。

月日=宇宙の真理、月日=宇宙意思、こう言うわかり方はあって、それが「教祖・きょうそ」に入りこんだと言う、ことまでは語っている教義学者さんも、
中山みき=親神がきちんと分かっていないから、真実が分かっていなかったと、そう言う事で、
明治六年乃至明治九年当時、地場定めやお勤めは習われていても、おやさまが月日の社と言う事実は承知していても、
その真実は見えていなかったと、そう言う事になります。

 しかときけくちハ月日がみなかりて 心ハ月日みなかしている
 口の貸主は「中山みき」   精神の貸主は「月日」

中山みきが月日の社におわす真実、納得出来たでしょうか。

143 :基本。 :2014/01/31(金) 12:12:16.36 ID:rjfjetuV
おやさまが「地上の月日」だと、二代真柱様はお示しになっていますが、現状の天理教団は、まだ分かっているとは言えない状態にあります。
ネット上に天元分教会長 中尾元弘さんの講話がありました。引用します。
http://tengen.jugem.jp/?eid=2224
「この屋敷へ木仏金仏石仏をすえたところで、神が入り込んでものを言わすわけにいかんで。
 元なるおやの魂に人間五体の生を享けさして、神がてんよりその心を見澄ましていた。」という口伝のおさしづがあります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これは、複数の資料から合成した合成編集のおさしづですが、内容には間違いがありません。
>>142
しかときけくちハ月日がみなかりて 心ハ月日みなかしている
 口の貸主は「中山みき」   精神の貸主は「月日」
人間の口を通してでなければ、月日親神はものが言えないから、中山みき・親神の肉体の口をお借りした。
この真実があるわけです。
 そして、人間としての肉体で生を受けて成長する限りにおいては埃も必然つくわけで、「神がてんよりその心を見澄ましていた。」のは、
当然の事です。大天才の魂であっても努力しなければただの人と言うのは天理であって、月日と言えども親神といえども、天理を免れは出来ない基本です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
天元の会長さんの講話は少し間違っていますので、もう少し説明続けます。

144 :基本。 :2014/01/31(金) 12:21:21.94 ID:rjfjetuV
>>143
> 天元の会長さんの講話は少し間違っていますので、もう少し説明続けます。
http://tengen.jugem.jp/?eid=2224
『ではどうして「うを」の魂を持たれた夫善兵衛様は、月日のやしろにお定まりにならなかったのでしょうか。』
教典でも教祖伝でもそんな話題は無いのに「夫はなぜ月日の社にならなかったか」と、講話で語っています。
基本的には「男は妊娠しない」のです。木仏金仏はものを言わないように、男は妊娠しません。それが天理です。
「24 25 26」これは三日三夜の理、立教は元始まりの理ですから、妊娠の理で、おやさまに十柱の神が皆入って、立教です。
「はい差し上げます」 夫の役割は立派に果たしています。
教理教義の分からない人ほど、善兵衛さまを悪しく語りますが、天元の会長さんもそのお一人のようです。

145 :基本。 :2014/01/31(金) 13:05:10.82 ID:rjfjetuV
>>141-144
> 教祖が月日のやしろにおわす真実を納得させずしては、 いつ までも、たすけ一条の道は啓かれず、陽気ぐらしへの立て替えは望めな い。
> 「肉体は中山みき・親神」、「精神は月日親神」という、事が分かっていないわけです。
> 天元の会長さんの講話は少し間違っていますので、もう少し説明続けます。
http://tengen.jugem.jp/?eid=2224
親神様は、人間創造から天保九年に至るまでのお二方の心、つまりみき様と善兵衛様の心をじっと見ておられて、みき様の心とその御態度こそが、親神様のお眼がねに叶った心であったことから、月日のやしろに貰い受けられたのだと思います。

 二つ目の理由は、天保九年は江戸末期、男尊女卑の封建的な家制度の社会であります。その家その家で行われる物事の決定権は、最高責任者である戸主にあったわけです。
 天保九年に起きた中山家の一大事に、堅い決心の下に「みきを差上げます。」と、家族、親族立会いの下でお応えになったのは戸主善兵衛様です。
 言い方を変えれば、親神様からの申し入れを承知することのできる役割のお方は、善兵衛様お一人だけであったのです。
//////////////////////////////////////
応法の思案癖で世俗の事にしか目が言っていない。神秘と言うご理解は大切です。
特に、立教は元始まりですから、元の理にて思案されるべきです。

ザ掲示板にて元の理の数理、以前に整理しましたので、ご参照下さい。
http://thebbs.fc2.com/262762!/-100
 「三日三夜」      1866年「あしきはらいたすけたまえてんりわうのみこと」のつとめを教える。
→「三年三月」      1869年「十二下り」かぐらつとめを三年かけて教え終わる。
→「むまれだし=約280日」 1870年「ちょとはなし」「よろづよ」を教える。
→「五分=五年」     1875年「ぢば定め」「いちれつすます甘露台」を教える。
→「五分=五年」     1880年「初めて、鳴り物揃えておつとめ」
→「三度・・。=9年9月」1890年 現在の別席制度、おびや、お守りにつき整う。

引用続きます)

146 :基本。 :2014/01/31(金) 13:07:31.24 ID:rjfjetuV
(引用続きです)
勤め場所と、真柱、用木は、>>55、以下のような元の理の数理でした。
 「三日三夜」      1861 5 西田伊三郎入信。>>51 よふぼく
→「三年三月」      1864 8 おつとめ後、勤め場所普請の資材手配。
→「むまれだし=約280日」 1865  懐妊中に、真柱の真之亮、とおやさま命名。
→「五分=五年」     1870  おつとめ、てをどりの一通り教え終わる。
→「五分=五年」     1875  おつとめ、かぐらの十二種類教え終わる。
→「三度・・。=9年9月」1885 3 『さあさあ、今なるしんばしらはほそいものやで、・・』

地場にて、「つとめ」と「さづけ」の元となる天理教会本部は、次のような「元の理の数理」で「独立報告祭」をしました。

 「三日三夜」       M18.4.29 天理教会結収願い提出。天理の呼称初使用。
→「三年三月」       M21.7.23 天理教会本部、ぢばに。
→「むまれだし=約280日」 M22.5  神道三等教会に昇格。
→「五分=五年」      M27.6.29 神道本局の普請にて、初代真柱責任者に。
→「五分=五年」      M32.5.21 神道本局管長より一派独立のすすめり。
→「三度・・。=9年9月」 M42.2.19 天理教独立報告祭。

地場の天理教会本部から出す、「ゆるし」と「さづけ」は、次のような「元の理」の数理に基づくものでした。
 「三日三夜」      1854 年末  帯や許しの初め
→「三年三月」      1858     清水惣助妻ゆきに帯や許し。
→「むまれだし=約280日」 1859 清水惣助妻ゆきに再度の帯や許し。
→「五分=五年」     1864 扇の「授け」わたす。
→「五分=五年」     1869   「はったい粉」御供、渡す。
→「三度・・。=9年9月」1878 「金平糖」御供、渡す。

 いままでも今がこのよのはじまりと
 ゆうてあれどもなんの事やら    七号35
[60] 基本。 2006/12/12 12:36
「三日三夜」「三年三月」「むまれだし=約280日」「五分=五年、五分=五年」「三度宿りた=×3→3年3月×3=9年9月」
「3年3月後」→「およそ4年1月後」→「およそ9年1月後」→「およそ14年1月後」→「およそ23年10月後」
・・・・・・・・・・・・・・・・

147 :基本。 :2014/01/31(金) 14:20:50.05 ID:rjfjetuV
>>141-146
立教から、数えますと、数は実数、年は西暦が基本です。
これに史実を確かめます。
http://homepage3.nifty.com/nagano_karasugawa/bunko/kyosoden.html
「三日三夜」1338年12月12日     立教
「三年三月」1842年3月12日  
「生れだし約280日」1843年1月22日頃 母屋取り壊しの神意。翌月善兵衛の死。
「五分=五年」1848年1月22日頃   お針子 寺子屋を開く。
「五分=五年」1853年1月22日頃   
「三度宿りた」1862年10月22日頃。  危篤に陥って居る病人をお救けになった

立教から元の理の数理を経て、神としての道を開始されていること、
教癌教義は元の理も、口先ばかりで、新時期っていない情けなさです。
1862年文久二年:教祖伝の記述です。
 文久二年、教祖六十五歳の時、先方の願により、わざ/\安堵村へ、足を運ばれ、
産後の煩いで危篤に陥って居る病人をお救けになった。
 二十数年に亙る長いみちすがらの後、漸く親神の思召が弘まり始めた。

元の理を軽視して、おやさまが親神様だと分かっていないから、天元の会長さんは飛んでも無い事を講話しているわけです。
(続けます)

148 :基本。 :2014/01/31(金) 14:35:02.93 ID:rjfjetuV
>>141-147 誤字脱字無視して続けます。
天元の会長さんはこういう講話をした。http://tengen.jugem.jp/?eid=2224
 親神様は「うを」に対して、いざなぎの命との神名を授けられ、一方「み」には、いざなみの命との神名を授けられました。
 そしてこの「うを」と「み」の両者に対して、最初に産みおろす子数の年限が経ったなら、宿し込みのいんねんある元のやしきに連れ帰り、神として拝をさせようとの約束をされたのです。
・・・
 そして、神として拝をさせようと、「うを」と「み」の両者に約束されたのです。これが人のいんねんであります。
…みき様が月日のやしろになられた理由…
 ところが「うを」と「み」との両者の内で、神として拝をさせよう、つまり神様、月日のやしろにお定まりになられたのは、「み」様。
 つまり、いざなみの命様の魂をお持ちであられた中山みき様お一人なのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これは、謀反です。いうなら異端です。いうなら偽天理教です。

元一日において、神として拝をさせようと、「うを」と「み」の両者に約束された月日が、そういう約束であるからには、「夫様も神」です。
拝をしなかったら、教えに背きます。

親神様とは「夫様も」です。親神なのです。
心洗って、出直されるべきです。天元の会長さんは「おやさまが親神様」と知らないから、そういう大間違いを講話されるのです。
世界一列たすける為に、人からは、信者からさえも、夫善兵衛は神として拝する価値も無いとののしられて、人の笑いを誹謗をいくら楽しまれているからと言って、
夫様を神として配しないような偽信仰者は、余りの残念です。

地上の月日のおやさまと、人間の父親の親神とが、いかにご苦労下されたか、
まともな天理教の会長ならば口が裂けても夫善兵衛さまの悪口なんていうべきでないと、
ご忠告いたします。

149 :基本。 :2014/01/31(金) 14:48:18.06 ID:rjfjetuV
「11」
世界中の人間は、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。 それは、元なる親を知らず、その心に触れぬからである。親神は、これ をあわれに思召され、この度、教祖をやしろとして表に現れ、その胸の うちを、いさい説き聽かされる。
  いまなるの月日のをもう事なるわ くちわにんけん心月日や           一二 67
  しかときけくちハ月日がみなかりて 心ハ月日みなかしている           一二 68
 教祖の姿は、世の常の人々と異るところはないが、その心は、親神の 心である。
しかし、常に、真近にその姿に接し、その声を聞く人々は、 日頃の心安さになれて、その話に耳をかそうとしないばかりか、或は憑 きものと笑い、或は気の違つた人と罵つた。
 かかる人々に、親神の教を納得させるのは、並大抵なことでなかつた
とはいえ、教祖が月日のやしろにおわす真実を納得させずしては、いつ までも、たすけ一条の道は啓かれず、陽気ぐらしへの立て替えは望めな い。
されば、教祖は、頑是ない子供をはぐくみ育てるように、世の人々 の身にもなつて、説き聽かせ、或は筆に誌し、
又は、親神の自由自在の 働きを目のあたり知らせ、身を以て行に示すなど、うまずたゆまず導か れた。
 教祖は、世界の子供をたすけたい一心から、貧のどん底に落ち切り、 しかも勇んで通り、身を以て陽気ぐらしのひながたを示された。
更に、 親神が教祖をやしろとして、じきじき表に現れている証拠として、よろ づたすけの道あけであるをびや許しをはじめとし、
親神の守護を、数々、 目のあたりに示して、疑い深い人々の心を啓かれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 この「地上の月日」であるおやさまに、「人間の父親神」として、夫善兵衛さまは、周囲の子供たち親族や役友達やと「月日」の間に立って、子供らの言い分も聞き月日の命には逆らうに逆らえず、
しかし「共に貧のどん底に、奉仕に、福祉に中山家の財産を施して、」
時には神の祠をつくってみきを神として祀ろうとしてと、成人の出来ない人間の為に身に板ばさみの難儀を通りつつも、
丹精下さった、誠に人類の父神、前兵衛さまへの親不孝は、全天理教徒、いまだ不幸の途中にあります。
 おとうさん有難う。
 一言だけ、書き添えます。

150 :神も仏も名無しさん:2014/01/31(金) 17:24:00.06 ID:2xhwXqmy
美少年がデブスをプロレスでやっつけるのが見たい。

151 :基本。 :2014/01/31(金) 20:37:25.96 ID:rjfjetuV
「12」 更に、教祖は、
 このよふハりいでせめたるせかいなり なにかよろづを歌のりでせめ          一 21
 せめるとててざしするでハないほどに くちでもゆハんふでさきのせめ         一 22
 なにもかもちがハん事ハよけれども ちがいあるなら歌でしらする          一 23
とて、親神の思召を伝えられ、
 だん/\とふてにしらしてあるほどに はやく心にさとりとるよふ           四 72
と、後々繰り返し繰り返し思案させるよう、心を配られた。
この事は、 後日、
 これまでどんな事も言葉に述べた処が忘れる。忘れるからふでさきに 知らし置いた。            (明治三七・八・二三)
と仰せになつたように、
 おふでさきは、耳に聽くだけでは、とかく忘れ がちになり易い人々の上を思い、筆に誌して知らされた親神の教である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 二台真柱様のブラックは、おふでさきの引用について、まさに見事なとしか言いようも無いお方です。

 なにもかもちがハん事ハよけれども ちがいあるなら歌でしらする          一 23
このお歌は、次のお歌と続けますと、これです。
 なにもかもちがハん事ハよけれども ちがいあるなら歌でしらする (1-23)
 しらしたらあらハれでるハきのどくや いかなやまいも心からとて (1-24)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これが、おふでさきの本質です。
「理の 責め」です。

152 :基本。 :2014/01/31(金) 21:16:15.80 ID:rjfjetuV
お筆先は、理の間違いを「歌の理で責める」呪法の文書です。
この世界は理で責められた世界である。と、おやさまはご宣言です。
その「なにか」よろずを「歌の理」で責めると、この仰せは、僅か1711首にて、この世界の違いを責めきるおやさまのお力を
何もかも心得ての天理教教典の編述となっています。
 暫く、お筆先の基本教理について説明をさせて頂きます。

[おふでさきの基本]
@ おふでさきは、音と文字の二つで読むを基本とします。
 実例1「このよふハりいでせめたるせかいなり」の「この世ふ」
 「音は、この世」です。「文字はこの世ふ」で、「世ふ」というのは、
「ふ」は火水風の風です。この世元始まりで言えば「夫婦がはじまった世」で、「この世ふ」です。
立教で言えば「天理教が開始された世の始まりの世ふ」となります。
そこで、音では「この世は理で責められた世界」「文字ではこの世の始まりは立教はいらい理で迫られた世界」となります。
 実例2「りい」は文字では「理意」で、音では「理」です。
 「りいでせめたるせかい」とは、「天理と親の意思で責められたる世界」が文字。
「理で責められたる世界」が音、その二つで思案します。
 
A お言葉は初出をもって意味語用の基本とします。
 実例1「なにか」の初出は、最初にお筆先に出たのは、
 このたびハ神がをもていあらハれて なにかいさいをといてきかする (1-3)
これが初出です。
 ですから「なにかよろづを歌のりでせめ」一 21の「なにか」の 意味は、
神が表に現れて説いて聞かせる「なにか」という意味になります。

 「よろづ」の初出は、一号 1に「よろつ」とありますがこれは、濁点があるので、「よろづ」ではありません。
 きゝたくバたつねくるならゆてきかそ よろづいさいのもとのいんねん (1-6)
この「よろづ」が初出です。
 
B おふでさきは、澄むと濁るで悟りとるものです。
実例1「よろづ」「よろつ」です。

(この講続きます)

153 :基本。 :2014/02/01(土) 00:02:17.07 ID:FhiySKaH
>>152
文意が分かりにくい書き方ですが、「よろつ」は、澄んでいる。
つまる「よろつよ」は、世界一列の事で、元々澄んでいる世界です。
しかし、「理の責めで知らして病気が現れるのは、あしきの掃除です」から、
「よろづ」は濁ったよろずです。
「万世」音ではそうなりますが、文字で読むと、「泥海のよろづ」となります。

154 :神も仏も名無しさん:2014/02/01(土) 02:53:19.92 ID:kTdWRJEW
>>149
教理研究 原典に示された「甘露」について

スレッドで、「善兵衛」で検索してみてください。


それと、以前そちらさんは、「赤衣」を着ていないという理由で、夫、善兵衛さんを親神様とはおっしゃってなかったように記憶しているのですが。

155 :神も仏も名無しさん:2014/02/01(土) 06:39:16.63 ID:kTdWRJEW
>>131
>>132

68 名前: 無血革命、進行中 投稿日: 2003/04/05(土) 17:05
ID:Mb620mAg 日本人社会に対して少しずつ砒素を流し 込んで弱らしめ、 服従か死かいずれかを日本人は選択しなければいけない状態に置かれているといえるかもしれません。

ある時までは友人として恋人として、師として師弟として存在し、ある時から彼らの精神社会が開陳され、 自分達の社会に組み込まれる事を求めるという形でそうした実社会が存在していた事を日本人は思いさらされる宿命を背負っていたということが言えるかもしれません。


彼らは民族的な価値観に基づく判断によって、日本人の防衛力の低さから、日本人に対して人の扱いをする必要を一切感じない人間達であったのです。戦略的にその為の状況を築き上げながら、一人ずつ一人ずつ、一所帯毎に非道を惜しみなく繰り出してきたのです。




まさに、
とふぢんがにほんのぢいゝ入こんで まゝにするのが神のりいふく
2-032

156 :基本。 :2014/02/01(土) 23:32:15.08 ID:FhiySKaH
>>154
> 、「赤衣」を着ていないという理由で、夫、善兵衛さんを親神様とはおっしゃってなかったように記憶しているのですが。

基本教理・天理教教典のこれまでの解説でもご理解出来ていないご様子で、改めて解説します。
 この「地上の月日」であるおやさまに、「人間の父親神」として、夫善兵衛さまは
この文章ですね。
「人間の父親」神様は、善兵衛様の事ですが、赤衣は着ていません。
「赤衣を纏っているのは中に月日がこもりいるからです。
と言う事は、人間の父親神様は月日親神ではありません。
でも、神として拝すべきお方です。

イエス様も中に月日がこもっておりません、でも神として拝すべきお方です。
天理教教典第4章で、語るべき内容ですが、十の柱の神という立場に立つと、
おやさまも、善兵衛様も、同じ一柱の存在です。
同一の人が、親神であって一柱の神でもあるわけで、地獄の閻魔大王が辻辻のお地蔵さんでもあるというように、「理としての存在は器や立場で姿も名も変わる」のです。

>>148
> 元一日において、神として拝をさせようと、「うを」と「み」の両者に約束された月日が、そういう約束であるからには、「夫様も神」です。
> 親神様とは「夫様も」です。親神なのです。
↑ここで語られているのは、「神として拝をさせる」という月日の示した「理の世界」の出来事です。
「月日」がいて、「女親」と「男親」とに神として拝をさせると告げられた。
これが元の理の、出来事。
地獄で言うなら閻魔大王が「月日」としますと、その閻魔大王が道の辻にあるお地蔵様に入りこんだ。
それが「月日の社」ですから、その場面では「地蔵」は閻魔大王。「みき」は月日で、これと対比したら、夫善兵衛は親神では無い。

しかし、信者からしたら、元の理の母親神も、父親神も、神。神として拝すべきです。
立教のご宣言の時、
>>2
「親神としての中山みきが、教祖としてのみきの口を通して仰せになった」と、読み取れます。
これに習うならば、人間の父親神としての夫善兵衛が、みきを差し上げますとお受けした事になります。

157 :基本。 :2014/02/02(日) 00:27:06.13 ID:3MVxwvxL
>>154 >>156
父親神は、「妊娠」には大切な役割をします。
女親神だけでは、元の理の妊娠は出来ません。

>>144 に、説明いたしました。天元の会長さんレベルならお分かり頂けるだろうと要点で申し上げたので、分かるように語ります。
 『「24 25 26」これは三日三夜の理、立教は元始まりの理ですから、妊娠の理で、おやさまに十柱の神が皆入って、立教です。
「はい差し上げます」 夫の役割は立派に果たしています。 』
 この文章です。
これは三日三夜の理、これは、元の理の模倣で「男女で行う」ものです。
「妊娠の理と言うのは、夫と妻とが「にしん」、目がしんで、同じ西方浄土を見た時に、「妊娠の理に成る」。
つまり、誠と誠の真実と真実の一致が夫婦にあって「妊娠」です。
三日三夜の問答は、「月日」と「父親神」との問答であるけれど、姿は、「母親神と父親神」「みきと善兵衛」の問答が、肉体上の事実です。

妻は「私の身体には元の神がいます。このまま神の社として元の神に差し上げて下さい。」
「元の神は私と中山家の家屋敷もろとも、差し上げろとのご命です。」
「そうは言っても、所帯盛りでお前を差し上げるわけには行かない」
「ああああ、痛みが、痛みが・・・・」
こんな問答を、お二人でしていたわけです。
そして、三日三夜で、「分かった。お前の言うとおりする。」と「お前の体の中にいる元の神の言うとおりする」。
「二人で、元始まりの時のように、世界一列たすける道を始めよう」。
「おまえは、元の神に差し上げる。」

こんな会話を、肉体の二人はしていたと言う事です。

夫婦が一つになった時「妊娠」する。 天理です。
立教において、父親神様は、並の人間なら絶対に引き受けられない大役を、みき様の夫として引き受けられて、
この道が始まったのです。

ご理解頂けたでしょうか。

158 :基本。 :2014/02/02(日) 02:14:09.37 ID:3MVxwvxL
>>154
> 教理研究 原典に示された「甘露」について
> スレッドで、「善兵衛」で検索してみてください。
確認しました。
http://shizu.0000.jp/read.php/cult/1262809625/118
118 名前: 基本◆SrmDuOF. 投稿日:2010/01/23 13:34 ID:e4dwF4Bw0
「22の2」とは、男女二人、が三組で、222です。
おつとめのてをどりの、お立ちの方の数理です。
おさしづに、「ほんの三日や千日や」とありますが、三年千日の苦労をすれば結構になると言う天理の基本があります。
すると、1838年12月12日に立教したのですから、1841年には、結構になっていなければならない。
1841年とは、天理教年表では、「おびやためし」の年です。
ところが、夫善兵衛は、自分の眼病は助けられた。妻の病気も治った。
特に長男秀司の足痛も助けられたというのに、おまけに、おびやためしで、流産の産後も助けていただいたのに、
「貧に落ちる」を拒んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
http://shizu.0000.jp/read.php/cult/1262809625/101-200 
116
「22の2の五つ」という教理があります。
ろくぢでないと「理い吹く」ではなく「立腹」となる。
「理い吹く」は「昼」。
「立腹」は神の立腹ですから、「夜」と、舞台は変ります。
そこが、分岐点です

これが、その話題の基本でした。

159 :基本。 :2014/02/02(日) 02:44:24.43 ID:3MVxwvxL
1338年12月12日、立教です。立教は3日3夜に宿しこみの理です。
それから3年3月も元の理の数理です。
おやさまは「流産」しています。これは妊娠の失敗を示した神の返しです。
それは同時に、おびやのためしであったと言う「ひながた」です。
をびやためし:
 これより先、教祖四十四歳の時、妊娠七ケ月目の或る日のこと、親神から、
「今日は、何処へも行く事ならぬ。」
と、あった。そこで、その日は一日他出せずに居られた処、夜になってから、
「眠る間に出る/\。」
と、お話があり、その用意をして居られると、流産して、その後頭痛を催した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それは、222の5が、夫善兵衛の精神で暗転したと、 教理研究 原典に示された「甘露」について スレでは、
説明しています。

15年は五つ理をふく。2月22日に死でした。

160 :基本。 :2014/02/03(月) 02:01:36.98 ID:iSAJ9MiM
「13」これまでどんな事も言葉に述べた処が忘れる。忘れるからふでさきに 知らし置いた。  
          (明治三七・八・二三)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おふでさき執筆以前に、どんな事も言葉に述べた。
それを(忘れる)から、お筆先に書いた。
それは未来においての予言である。

この一ニ三の構造ですが、@「おふでさき執筆以前」A「おふでさき執筆中」B「おふでさき執筆以後」の、一、二、三の「三段一つ」
この基本で思案することが大切です。
「執筆以前→執筆中→執筆以後」の123、このいずれの期間においても、同一の内容が神によって語られていることを、お指図は示しています。

お筆先でも、「1」の時の内容として理解すると言うように「123」の理で思案するのが基本です。
一例を示します。
http://shizu.0000.jp/read.php/cult/1262809625/831-836
831 名前: 基本。 投稿日:2013/01/09 06:09 ID:lwE.0wWk0
おふでさき第2号31のお歌「これからハからとにほんのはなしする なにをゆうともハかりあるまい」
これは、「執筆以前→執筆中→執筆以後」の123で思案しますと、年表ですね、
(嘉永6年 1853 2月22日(西3月31日)、善兵衛出直(66才)。
 こかん、大阪へにをいがけに行く
 ペリー(アメリカ)浦賀に来る。ロシア、クリミア戦争開始

米国は、日本の小判と米国の貨幣を3対1の交換率とおしつけて、自国は一で三倍取るとあくどい儲けを上げています。
この頃に、家のこぼちをなさっている。
それが、米国の日本奴隷化政策によって、谷底がもたらされることを、予言実行した行為ですが、
からとにほんの話は、わからなかった。これが1の時の事です。

161 :基本。 :2014/02/03(月) 02:20:18.46 ID:iSAJ9MiM
これからハからとにほんのはなしする なにをゆうともハかりあるまい (2-31)
とふぢんがにほんのぢいゝ入こんで まゝにするのが神のりいふく (2-32)

この内容は、お筆先の書かれた明治二年3月においても、お話がされているが、
それは「123の2」「執筆中」の事です。
明治2年2月22日 2月22日 諸開港場に通商司を設置 アメリカの紙幣発行を取り入れた経済になっていきました。
これが、「123の2の段階」です。
>>160
(嘉永6年 1853 2月22日(西3月31日)、善兵衛出直(66才)。
 こかん、大阪へにをいがけに行く
 ペリー(アメリカ)浦賀に来る。ロシア、クリミア戦争開始

「222」「222」と、数理上で、この一致を「月日」「2月22日」が証明しています。

162 :基本。 :2014/02/03(月) 02:29:49.53 ID:iSAJ9MiM
中山家は「問屋」をしていた。名字帯刀御免の庄屋だった。
明治政府は「自立自営業」を庄屋が中心となって営んでいることに対して、
「222」通商司を設置した事を初めかけとして、国家統制経済型に変更させていくために、
庄屋制度を廃止し、米国型紙幣・貨幣制度を導入しました。
 それは、中山家も油問屋の仕事に関与していた庄屋であり、「唐人がままにする」を、身に染みて体験していたはずです。

おふでさきは、書かれた時の「二段階目・執筆時」の事実関係を確かめて、
「第一段階を調べて」、「第三段階の、今への知らせ」として、根を掘ることが基本です。 

163 :基本。 :2014/02/03(月) 02:40:17.64 ID:iSAJ9MiM
>>162 http://www.abura-ya.com/rekishi/rekish45.html
この貿易商社・・・通商司が半ば強制的に出資者を募るといったことも行われた。
東京府の官吏は有力問屋を“御白州”に並べ,名字帯刀を許す代わりに出資するよう,また総頭取と肝入りになるよう説得した。
しかし問屋の理解を得られなかったため,最終的には出資しない者は蝦夷地に送るといった脅迫的な言辞すら使って出資させたという
(『日本の会社企業発生史の研究』菅野和太郎著)。
問屋からすると,御用金を徴収されているような気分だったようだ。
外国貿易商は米,油,洋銀などの限月取引を行っていたが,これらの取り引きは現物がほとんど動かない空相場で,もっぱら相場の上下による巨利を博することを目的としていた。
こうした取り引きに習熟した外国商人が思いのままに相場を操る弊害は大きく,明治政府と東京府は貿易商社にも限月商いを許可することとした。
貿易商社は国策会社として,ほどなく「通商会社」となり,明治3年12月25日に「東京商社」と改名した。
・・・・・・・・・・・・・・・・
表向きは自由貿易を、実は「から取引で外国企業が膨大な利益」
今も行われていること。
とふぢんがにほんのぢいゝ入こんで まゝにするのが神のりいふく (2-32)

123を、ちゃんと確かめたら、何を月日はお怒りか、「222」の理に反しているからである。

164 :神も仏も名無しさん:2014/02/03(月) 02:44:20.71 ID:Pvn5EZSx
字も読めない農民に解りやすく説いたかなの教えではなかったのでしょうか?
こんなに読怪力、推理力、数字の解析力がないと解らない教えなのでしょうか?
後からくっつけ過ぎでは?
基本は貴方の基本であって、天理教の基本は、、、、
なぜ?この掲示板に貴方の基本を書き連ねるのですか??
現在の天理教を助けてくれるのですか?

165 :基本。 :2014/02/03(月) 03:00:42.19 ID:iSAJ9MiM
>>164
おやさまは「女ならはかまが仕立てられる程度」と具体的に示されています。
「袴が仕立てられる」と言うのは、専門の和裁師でも、現代なら各県に数名程度です。

「字も読めない農民に解りやすく説いたかなの教えではなかったのでしょうか?」
山名系に騙されているのですね。
だったら何で二代真柱は東大に言ったのですか。教義学者はみなそんなことはおやさまの教えでは無いと知っているのです。
高学歴ばかりでしょう。

天理教の初代は郡山の平野楢蔵を除いて、教養人ばかりです。
梅谷文書とか、こふきの各文書とか、山田伊八郎の文書とか、
行者信仰、修験道、易学、心学道話、・・こう言う宗教教養では、それぞれの分野のエキスパートばかりです。
例えば漢字ばかりの「経文」を暗唱し、読んでいた中山みき。

いい加減に、山名系の甘い言葉に騙される愚かさを脱却したらどうですか。
> 基本は貴方の基本であって、天理教の基本は、、、、
天理教の基本は、基本が解説している内容は、きちんと基本です。

166 :基本。 :2014/02/03(月) 03:03:26.96 ID:iSAJ9MiM
字も読めない農民に解りやすく説いたかなの教えではなかったのでしょうか

じゃ、おさしづはカナばかりですか。

167 :基本。 :2014/02/03(月) 03:06:30.09 ID:iSAJ9MiM
こんなに読怪力、推理力、数字の解析力がないと解らない教えなのでしょうか?

そうです。
これ以上の、「九つまでの教え」が身についた私になりたいです。
そうでなくて、「苦」がなくて、なんで「十・じゆう」に読み取る力が付くのですか。

168 :基本。 :2014/02/03(月) 10:09:37.06 ID:iSAJ9MiM
>>164
> なぜ?この掲示板に貴方の基本を書き連ねるのですか??
> 現在の天理教を助けてくれるのですか?

唐人の、「から」に影響された教理を有難がって、天理教団は応法の道を通り、それゆえに教団は夜の道となっています。
130は、正月30日の数理です。
130年祭は、日を切って送られる節目になっています。

つまり、違いがある事を知らしたら現れ出るのは「気の毒や」です。
天理教教典の奥にある教理の基本を、現時点語っているのは私独りかもしれませんが、やがて教団全体の常識になります。
おやさまを親神様として、きちんと理を理として天理教典を読んでいくなら、自ずと天理教団は「昼」になります。

> 後からくっつけ過ぎでは?
後からくっつけたのは、諸井先生深谷先生天理大学宗教学科の諸先生、天理教校専門家の先生たち。
天理教内から抜擢された学者さんたち。
天理教の「教学研究」書物は、字も読めない農民にはとても分からないような難解な文章で、
いっぱい後付してますよ。

164さん、おふでさきに最初に書かれてある文字を、そのままに読まないでいるのは今の天理教団で、
文字を文字として、一字一句も変えない解釈を基本とした教理が、本当の基本教理です。
当然ですが、天理教をおやさまはたすけたいと思っておられます。
基本は同じ立場です。

169 :基本。 :2014/02/03(月) 13:58:09.57 ID:iSAJ9MiM
164さん、天理教は「かなの教え」とおやさまがおっしゃった。
ひらがなは、表音文字です。
が、表意文字である漢字を「本字」として、そこから日本で独自に発達した「かな」で、文字一音に意味があるという、世界にも日本にしかない特徴ある文字です。
西欧の言語は「表音文字」です。http://kotobank.jp/word/%E8%A1%A8%E6%84%8F%E6%96%87%E5%AD%97
表意文字とは 漢字や象形文字などのように,意味を表す機能を強くもっている文字。表音文字の対。絵文字から発達したもの。

日本語の特長についてよく知ることは、おふでさきについて、理解するには大切です。
http://joumon-juku.com/help/52.html 引用します。
日本語に多い「擬態語・擬音語」は、自然の音や、音を持たない動作などを独特の音として表現するものだが、
たとえば日本人は、西洋音楽は右脳で捉えるものの、それぞれ擬音として表現している琴・三味線・笛の音など邦楽は、すべて左脳で捉えていると指摘している。
こうした日本に近い言葉と感性は、わずかにポリネシアの人たちくらいに見られるというのだが、
・・・
 約3000年前日本の地に、大陸より弥生の民が金属器と水田稲作を携えて渡来した。
縄文の民は、彼ら弥生人に支配されたと言われてきたが、ならば我々は外来の言葉を話さなければ為らないはずだ。
ところが我々の先祖は、古来よりの言語を継続して使い続けてきた。
この事実は、逆に弥生の民がいつしか縄文の民に吸収され同化していったことを示している。そして時代に即応して変化を続けながらも、今に至っても他国とは全く異質な、自然に同化した言語を使い続けていることがはっきりしてきた
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
縄文の言語が漢字から「カナかな」を誕生させて、日本古来の言語をいまも私たちは使っているわけです。

170 :基本。 :2014/02/03(月) 14:17:01.61 ID:iSAJ9MiM
164さん、おやさまは「かなの教え」とおっしゃった。
「かな」そのものが、文字として簡単な代物では無いのです。
おさしづに「いと言うたらいや」とあります。
「い」と言われたとします。「意」?「異」?「位」?「射」?「胃」?

神様は「いと言うたらい」だといわれても言われた側は、「意に従え」なのか、「異・番う」なのか、
かな文字には、こうして必ず思案が必要になります。

日本の言語は「左脳」で「デジタル」です。

基本が「おふでさきは文字と音」と、二つの理解を基本として示すのは、日本の地の言語、
おやさまがにほんに温存して下さった言語、天理を語るには「かなもじ」という、親心を、
深く有難く痛み入るからです。

かなの教えだから、簡単だというのは、「唐人にだまされて」「山名系に汚染されて」、
かなの教えの深みを、まだ感じておられないからです。
日本に生まれ、にほんの教え、天理教を信じることの喜びは「かなの」、「かなの教え」を、身近にして、
味わえる頃です。

171 :基本。 :2014/02/03(月) 15:22:42.64 ID:iSAJ9MiM
にんけんをはぢめかけたハうをとみと
これなわしろとたねにはじめて (6-44)

ひらがなの成り立ち参照します。
http://kotodamasan.blog20.fc2.com/blog-entry-27.html
「し」之
成り立ち 出る。草や木が芽生えを過ぎて、葉や枝を伸ばし、大きく成長する様を表現しています。
「ち」知
成り立ち 口(ことば)と矢(陳べる)から成り立っています。物事に精通することを表します。
「は」波
成り立ち 水が湧き立つように流れるさまを表します。

「ぢば」は、物事に精通し水が沸き立つように流れる、言葉の成り立ちです。

「はじめ」「はぢめ」の違いは、かなの成り立ちでは、「はじめは成長の開始」
「はぢめ」は、「先ず初めに言葉ありきの開始」。

ちゃんと天理の基本となっています。

「うを」とは「宇遠」どこどこまでも突き通す、「宇宙の久遠」「月様の理」
「み」とは、「美 」 成り立ちは、「羊」と「大」から構成されます。
「羊」は六蓄(馬・牛・羊・豚・犬・鶏)のうち主に料理に供されました。
大きい羊は、美味で美しいと考えれ、表現されました。

「うを」は語源的には「宇宙の真理」「久遠を説いた」仏陀がイメージされます。
「み」は、人を子羊に説いたイエス、を想起させます。

かなであるからこそ、そこには「根」がある。
おやさまのの教えは深いのです。

172 :基本。 :2014/02/03(月) 15:44:59.43 ID:iSAJ9MiM
http://shizu.0000.jp/read.php/cult/1262809625/202-
空海は、サンスクリットの手法で、日本版サンスクリットとして、日本の真言・「日本語・五十音表」を整理します。
それは、母音を基準にした整理法でした。
> 「木火土金水」の五行
木 つきよみ 火 をもたり 土 くにとこたち 金 くにさつち 水 くもよみ

母音が5つしかないのは世界中に、にほんだけです。
その5つの母音は、木火土金水の陰陽五行の理と、貸し物の借り物の教理で教えられています。

「ぢば」は、母音が「をもたり」「つきよみ」。こう言うところからも思案しなければ、ならない。

仮に、164さんが天理教を心配しておられるとしたら、おやさまは、もっとっもと、心配しています。
それは、折角に教えられた教えの「根を掘る」をしないで、そういう苦労をぬいてしまって、
布教しなさい、お助けしなさい。
これでは、道は暗くなるばかりです。

基本が語っているのは基本にすぎない、もっと深くもっと深刻に、教えの根を掘るならば、天理教は何も心配要りません。
「根え掘る模様なんでして出ん」、です。

173 :基本。 :2014/02/04(火) 01:07:00.64 ID:betr4mWe
>>160 :基本。 :2014/02/03(月) 02:01:36.98 ID:iSAJ9MiM「13」これまでどんな事も言葉に述べた処が忘れる。忘れるからふでさきに 知らし置いた。  
          (明治三七・八・二三)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おふでさき執筆以前に、どんな事も言葉に述べた。
それを(忘れる)から、お筆先に書いた。
それは未来においての予言である。

この一ニ三の構造ですが、@「おふでさき執筆以前」A「おふでさき執筆中」B「おふでさき執筆以後」の、一、二、三の「三段一つ」
この基本で思案することが大切です。
おふでさき123の事例について、思案させて頂きます。
 月日よりぢうよちざいとまゝとけと まだいまゝでわみゑた事なし (6-128)
 このたびハぢうよぢざいをしんぢつに してみせたならこれかまことや (6-129)

このおふでさきは明治7年12月からのご執筆です。「2執筆中」の時の事です。
12月26日(陰11月18日)、初めて赤衣を着る。
教祖は、更にその赤衣を召された同じ日に、「一に、息は仲田、二に、煮たもの松尾、三に、さんざい手踊り辻、四に、しっくりかんろだい手踊り桝井」と、
四名の者に、直々「おさづけの理」 をお渡しになられた。これが、「身上たすけ」の為に「おさづけの理」を渡された始まりと、言われています。
この頃、おやさまは、「元の神・実の神」とは扱われず、並みの宗教家業扱いされています。
山村御殿の節です。
そして12月、赤衣「月日」という宣言です。四つのさずけを渡しました。

これと同じことが「1執筆前」にあったと言う事になります。

174 :基本。 :2014/02/04(火) 01:41:47.01 ID:betr4mWe
「2執筆時」の、一二三の二の時、当時の高弟、弟子たちの軟弱な態度を厳しく責めました。
 十人のなかに三人かたうでわ 火水風ともしりそくとしれ (6-21)
松尾市兵衛さんは、死にました。
  月日よりぢうよちざいとまゝとけと まだいまゝでわみゑた事なし (6-128)
 このたびハぢうよぢざいをしんぢつに してみせたならこれかまことや (6-129)
そして、もう一方では、四つのさづけを渡されたわけです。
これが「2執筆中」で、「1執筆前」があります。
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/omithisonogoden/mizuyashikizikenco.htm
 文久3年(1863)秋、岩治郎(6歳)は腹痛を訴え、12月には一命も危なくなった。
岩治郎のお腹をなでられると痛みは治まり牡丹餅を食べた。
1週間ほどの滞在の間に近所の子供と遊ぶまでになった。
この時「水のさづけ」を頂いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
文久二、三年には、庄屋敷村のをびや神様の名が、次第に大和国中に高まるにつけ、金銭の無心を言う者も出て来た。
並松村で稲荷下げをする者が来た時は、先方の請いに委せて二両二分を与えられた。
文久二年頃の事である。(二二二)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
明治二十一年二月 諸井ろく身上伺
小児の処、一寸身の障り有るから尋ねる。小児の処、何も無くして尋ねん。道中の処は案じる事は無い。
いかなる聞き分け。国の土産や、一つの印を渡し置く。
これが「3執筆後」の出来事です。

山名では天輪王で遠州でかぐら面をつかってお勤めしていた。
http://www.lcv.ne.jp/~toyohumi/top2.html
教祖は死んだ。元の神の権威が疑われる状態の、明治20年から21年、みき姉さんは、伊蔵からさづけをわたして、
弟子に対して、権威を示しています。

復元され、親神の神名が中山みきの「天理王命」だと復元されても、なお軟弱な弟子たちがいる今、きちんと同じ理が発動する。
それが基本です。

175 :基本。 :2014/02/04(火) 08:47:40.24 ID:betr4mWe
>>174
> 山名では天輪王で遠州でかぐら面をつかってお勤めしていた。
http://www.lcv.ne.jp/~toyohumi/top2.html
引用紹介しましたのは、天理教豊文教会(八島系の異端です)。
「山名面」と呼ばれた、諸井国三郎が制作させ使った神楽勤めのお面が写真で出ています。

平安大教会初代は飯田岩次郎、>>174
> 岩治郎のお腹をなでられると痛みは治まり牡丹餅を食べた。 1週間ほどの滞在の間に近所の子供と遊ぶまでになった。
> この時「水のさづけ」を頂いた。
飯田家では、宗教家業を開始していて分派「大道教」になっています。
松尾市兵衛の子供が平安を引き受けています。(さづけ頂いています)

諸井国三郎の妻は、火水風退く状態の身上になっています。

おやさまが「天理王命」とわからない、或いは「月日」と分からないで、
ただ霊救、奇跡、神秘に魅了されただけで信心してしまうと、異端です。

176 :エシュロン:2014/02/04(火) 15:37:12.82 ID:pPfR4sw8
教理ではない話題なんですけれども、
天理教の本殿は建て坪世界一の木造建築ではないんですか?

ヤフー地図で俯瞰するとどうもそう見えます。

177 :基本。:2014/02/04(火) 21:40:12.74 ID:betr4mWe
>>151 :基本。 :2014/01/31(金) 20:37:25.96 ID:rjfjetuV「12」
 このよふハりいでせめたるせかいなり なにかよろづを歌のりでせめ          一 21
 せめるとててざしするでハないほどに くちでもゆハんふでさきのせめ         一 22
 なにもかもちがハん事ハよけれども ちがいあるなら歌でしらする          一 23
とて、親神の思召を伝えられ、
 だん/\とふてにしらしてあるほどに はやく心にさとりとるよふ           四 72
・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 二台真柱様のブラックは、おふでさきの引用について、まさに見事なとしか言いようも無いお方です。

 なにもかもちがハん事ハよけれども ちがいあるなら歌でしらする          一 23
このお歌は、次のお歌と続けますと、これです。
 なにもかもちがハん事ハよけれども ちがいあるなら歌でしらする (1-23)
 しらしたらあらハれでるハきのどくや いかなやまいも心からとて (1-24)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これが、おふでさきの本質です。
「理の 責め」です。
>>174ー175  にその実例を挙げておきました。
 十人のなかに三人かたうでわ 火水風ともしりそくとしれ (6-21)
松尾市兵衛さんは、死にました。

 諸井国三郎の妻は、火水風退く状態の身上になっています。
お筆先は、理の責め、何か万の理の責めです。

「よろづ」とは、八百万の神と、基本的には理解します。

178 :基本。 :2014/02/04(火) 22:31:29.37 ID:betr4mWe
「15」
  このさきハみちにたとへてはなしする どこの事ともさらにゆハんで          一 46
  やまさかやいばらぐろふもがけみちも つるぎのなかもとふりぬけたら         一 47
  まだみへるひのなかもありふちなかも それをこしたらほそいみちあり         一 48
と、神一条の道を進む者の道すがらを、山坂や、茨の畔などにたとえて、
この道は、一時はいかに難渋なものであろうとも、一すじに親神にもた れて通り切るならば、
段々、道は開けて、細道となり、遂には、たのも しい往還道に出られると、
希望と楽しみとを与えて、励まされた。
そし て、自ら真先にかかる中を勇んで通り、陽気ぐらしのひながたを示され た。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お筆先の比ゆが、「たとえ」と明示して、知らされたおやさまの道を、説明してあります。

この比ゆは成人の道程としての道筋を示したもので、
おふでさきの原則に従えば、「この道を忘れる」
そういう予言です。
そこで、天理教の教えとは、この成人の道を通ることという、基本を心得ねばなりません。

179 :神も仏も名無しさん:2014/02/04(火) 22:33:15.40 ID:XckuPHf+
67 名前: 名無しなんじゃ 投稿日: 2003/04/05(土) 17:02 ID:Mb620mAg
こうした被害は、日本全国で大なり小なり支配的地域を拡 大するように積み上げられているものと感じます。
未だ彼らに猛威を振るわれるに至っていない日本人も沢山いると思います。
一旦そのことが、その身に及んだ時には、いったい何が自分の身に降りかかったのかというところを知る為に、 この拙文の端切れなりともお役に立てれば幸いです。

ただ、この中ではお伝えしていなかったと思いますが、 既にその行為者の集団社会は大きなもの、高きに達していることを知っていて頂きたいのです。 中国系から韓国系の居住者だけでも三百万人以上いると思います。
任侠をあざ笑う日本人も多くいます。 ここであげた行為者としての生活者は、中国系韓国系の居住者に止まらず、沢山の日本人も組み込まれていることを知っていて頂きたいのです。

彼らは被害者に対して教育を施すような巧みさを発揮し、被害者を加害者に変えることが出来ることも知っておいて頂きたいと思います。
例えば、無垢な心を持った少女が、彼ら のその行為を及ぼされたとします。 どのように変化すると思いますか。
第一に、自分がこの世に生まれたことを恨みます。
第二に、その行為を及ぼした集団社会に対して、 日本人社会が絶対的に勝ち目がないことを知ります。
第三に、その行為を及ぼされる前の自分には、二度と戻れないことを気づきま す。
最終的に、どのような心を持つかというと、
「皆、同じになれば良い。全ての人間を、自分と同じ目に遭わせてやりたい。 自分が助けを求めた時、その社会は善良な人間としてありながら、何もしてくれなかったのだから。」
このように変化する様を、私は幾例も目の当たりにしています。 http://www2.justnet.ne.jp/~pigeon/aisatu.htm

180 :神も仏も名無しさん:2014/02/04(火) 22:39:22.14 ID:XckuPHf+



って
何民族?

181 :基本。 :2014/02/05(水) 02:12:18.49 ID:KRbSUD1c
よろづよのせかいぢふうをみハたせバ みちのしだいもいろ/\にある (1-45)
このさきハみちにたとへてはなしする どこの事ともさらにゆハんで (1-46)
やまさかやいばらぐろふもがけみちも つるぎのなかもとふりぬけたら (1-47)
まだみへるひのなかもありふちなかも それをこしたらほそいみちあり (1-48)
ほそみちをだん/\こせばをふみちや これがたしかなほんみちである (1-49)

このはなしほかの事でわないほとに 神一ぢよでこれわが事 (1-50)
/////////////////////////////////////////////////////
いまゝでハうちなる事をばかりなり
もふこれからハもんくかハるぞ (1-51)
/////////////////////////////////////////////////////
「おやさまは、順序と言う事にこだわるお方です。
1−51までは、1−1〜50 これは「内なる事をばかり」と言う事です。

つまり、「山坂、いばらぐろ、崖道、・・・」のお歌は、内なる事をばかりの話題です。

天理教の教典です。天理教の内にいると言う事は、「山坂、いばらぐろ、崖道、剣の中、・・」
これは絶対に通る道です。

よろづよのせかいぢふうをみハたせバ みちのしだいもいろ/\にある (1-45)
世界の世の中の道の次第なら、通らなくても良い苦労を、通るのだよと言う文意が、教典には含まれています。

182 :基本。 :2014/02/05(水) 12:15:56.18 ID:KRbSUD1c
>>181
私に伝承の教理を教えた師匠は「天理教とは、聞いて極楽、して地獄」と、語っていました。
お話として聞く分には、「結構なお話」、だが通るとなったら、「地獄のような道」だと、そういう意味です。

一号45から50までのお歌を、確認します。
45 世界中には道の次第は色々にある。
46 道に例えるが、どこの事とは「さら」にいわない。今更言わない。「内に事」。
学研全訳古語辞典 さら−に 【更に】副詞
@ 改めて。新たに。事新しく。今さら。

「聞いて極楽、して地獄」 おやさまのひながたを辿ると「山坂、いばらぐろ、崖道、剣の中」
さらに「火の中、ふちの中、細道、大道」と、続く。
そんな地獄道を通るなんてやめておきなさい、あんたじゃ無理だと、そう言わんばかりの師の語り口でした。


 このはなしほかの事でわないほとに 神一ぢよでこれわが事 (1-50)
「ぢよ」は「序」。
「わが事」jは、語っておられるおやさまの事、それはおやさまの内にいる我々のわが事。

知らなければ良いのです。
世界にある道の次第で、良いのです。
教典をここまで読んだら、もう閉じてしまいましょう。

地獄道が、それでも通りたいなんて、間違っても思わぬことです。
神からの手引きで、どうしても通るしかない人以外は、触らぬ神に祟りなしとのたとえ話をしめしましょう。

183 :基本。 :2014/02/07(金) 07:16:02.41 ID:oEt3afy2
天理教教典を「神秘の書」「オカルト文書」として認め、能力者正善真柱の弟子として、魔女みき姉さんと共に「地獄道」を通り、
「聞いて極楽」の道を通りたい方の為に、基本教理、天理教教典、読み進めさせていただきます。

「いいですか、知らぬ間はそのまま」なのです。
知ってしまった瞬間から、「現れ出るのは気の毒」、お覚悟して、山坂いばらぐろ、崖道、剣の中、火の中、ふち中、
通らぬ道は道とは言わない、天理教の道に、・・・・

では、続けさせて頂きます。

184 :基本。 :2014/02/07(金) 07:19:19.60 ID:oEt3afy2
「14」
 教祖は、世界の子供をたすけたい一心から、貧のどん底に落ち切り、
しかも勇んで通り、身を以て陽気ぐらしのひながたを示された。・・・
・・又、人の心を水にたとえ、親神の思召をくみとれないのは、濁水のよ
うに心が濁つているからで、
心を治めて、我が身思案をなくすれば、心は、清水の如く澄んで、
いかなる理もみな映ると教えられた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「たすけたい一心から」→「貧のどん底に落ちる」。
天理教の基本です。
なぜそうしなければならないのか。
「難儀せねば何議なるものの心分からん」。からです。

【一粒万倍にして返す】逸話篇4
『貧に落ち切れ。貧に落ち切らねば、難儀なる者の味が分からん。水でも落ち切れば上がるようなものである。一粒万倍にして返す。』
【流れる水も同じこと】逸話篇5
 教祖が、梅谷四郎兵衞にお聞かせ下されたお言葉に、
「私は、夢中になっていましたら、『流れる水も同じこと、低い所へ落ち込め、落ち込め。表門構え玄関造りでは救けられん。貧乏せ、貧乏せ。』と、仰っしゃりました。」
と。

それは世界の中の谷底には、貧乏し難儀している方たちが大勢いて、それは「債務奴隷」、資産が無い無産階級ではなく「債務しかない奴隷」として
利息の返済に負われ続ける谷底の人々が、圧倒的多数いるからです。
それを、救済するためには、絶対に不可欠の基本の師にいわせれば「して地獄」の天理教ということです。

185 :基本。 :2014/02/07(金) 12:22:35.33 ID:oEt3afy2
おやさまは、おやさまとの〇○から三年千日の実数で初代たちの天理教会設立を守護しています。
例外が、郡山初代平野楢蔵さんで、三年千日も心次第ではなお短くなる事も示されています。
その楢蔵さんは、ばくち打ちです。
>>184
> 「債務奴隷」、資産が無い無産階級ではなく「債務しかない奴隷」として
利息の返済に負われ続ける谷底の人々が、圧倒的多数いる
水戸黄門などの時代劇を見ていると借金のかたに、身を売ると言うお話がたくさん出てきます。
中山家が地もちの庄屋として財を成したのは借金のかたに土地を取り上げていたからです。
「表門構え玄関つくりでは救けられん」、それは借金のかたに取り上げた財産で建てた建物。
それと似た事をしていたのが、小東家、ザ掲示板おやさまに述べてあります。
松村吉太郎の母親は小東の娘で法隆寺の金融部門でその借金取立てで財産作った同じ因縁、
そこで、仮に「たすけたい一心」なら→「難儀の底へ」は小東家の通るべき道。
だが、それはしない、しなかった。
でも道楽博打にくるって財産はなくなる・・・
因果な話です。

186 :基本。 :2014/02/07(金) 12:34:30.29 ID:oEt3afy2
博打で、例えば四人で麻雀してて一人が金がなくなると、ゲームできなくなります。
すると、金は貸してやるから、続けたら。
こう言う風にして、ゲームを続けます。
世界経済も同じことで、経済行為を続けさせるために「金を貸す」ということが常套手段です。
ローンを組んで住宅を建てる、自動車を買う個人消費の場合も、出資者を募り、融資を受ける場合も、企業経営には借金は付きものです。
金を貸して儲ける、信用を貸して儲ける。そういうことで経済の活性化が出来るから、債務奴隷は生まれ続ける、生み続ける。

それを、打破し、真に陽気な社会に立て替えるには、
自らが「して地獄」、おちこめおちこめ、です。
松村吉太郎のお父さんは、財産をなくさせるものかと晩年必死であり、
そういう甘い汁の悪因縁が、大教会理の親たちは、もともとの因縁にあるわけで。
人たすける為の「地獄道」には、「聞いて極楽」はありますが、
わが身思案の「理の親信仰」には、「あらわれでるは気の毒や」。

教典を読む上の心構えです。

187 :基本。 :2014/02/07(金) 15:04:10.48 ID:oEt3afy2
「15」
人の心を水にたとえ、親神の思召をくみとれないのは、濁水のよ うに心が濁つているからで、心を治めて、我が身思案をなくすれば、心 は、清水の如く澄んで、いかなる理もみな映ると教えられた。
そして、 我が身勝手の心遣いを、埃にたとえては、親神をほおきとして、心得違 いのほこりを、絶えず掃除するようにと諭された。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
親神様の思し召しと言うのは、「山坂いばらぐろ」と順序を辿ったら分かるのですが、「微に入り細に渡って」います。
例えば「お醤油の量は、とか砂糖はとか、」そんなことまで教えてくると言う、基本常識があります。
家に野菜を買っていこうとしたら止められて、家に帰ったら野菜の届け物があったとか、
そんな風に、その子にとって成績の上がる参考書はそっちじゃなくてこっちだよとか、
ともかく微細なことまで知らせてきます。
そういうことは、通って初めて分かる事ですが、大それた問題よりも先ず、身の内とその周辺から、親神様の思し召し、
みき姉さんの優しい思いやりを微細に悟り取れないと、
そういう日常が大切な基本です。
それには、「無心」「平常心」、欲をはなれた精神の状態に己を、その瞬間だけおけば良いのです。
が、自力で掃除はできないから、「神を箒」に、埃を掃除して頂くのです。

188 :基本。 :2014/02/07(金) 15:17:51.80 ID:oEt3afy2
>>187
> いかなる理もみな映ると教えられた。
明鏡止水、
邪念がなく、澄み切って落ち着いた心の形容。
▽「明鏡」は一点の曇りもない鏡のこと。「止水」は止まって、静かにたたえている水のこと。
「鏡」は「けい」とも読む。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
わが身思案と言うのは、神がどう思われているかではなく、わが身がどう思っているかで思案することです。
おやさまは、この道は「生きた禅やで」と言われています。
座禅を組むのではなく、生活の中で「禅」の境地になると言う事ですが、
それは、一瞬一瞬の親神様の思し召し(ケーキを買うならこの店が美味しいよというような)
(このドレスならとても似合うよ)というような、親の心を、映すことが何よりの果報です。
そこに陽気があるようないかなる理でも皆映るのは、神が箒やという、
お釈迦様の教えのそのままを、信じて行うことです。
「絶えず掃除」。です。

189 :基本。 :2014/02/07(金) 23:36:37.91 ID:oEt3afy2
>>184
「たすけたい一心から」→「貧のどん底に落ちる」。 これが 天理教の基本だとして、
「難儀して、難儀なるものの心が分かった」とします。
そして一粒万倍に【一粒万倍にして返す】が実行されたとします。

それは、難儀している人への経済行為の資金、債務返済の資金。
一粒万倍が実行されたときに、それで表門構えつくるようなら、偽天理教。
こう言う事がわかったら、「して地獄」という意味がお分かりになると思います。

一粒万倍に返されたら、それを、イエス様なら皆に施してしまわれるでしょう。
お釈迦様とて、法然上人とて、日蓮様も、空海様も、「こんなものでは衆生全てを救済するにはたらないと、
新たなる一流万倍の為に、難儀の底に落ちて行かれるでしょう。
おやさまは、世界の普請をする。
一粒万倍は、仮に返して頂いても、世界の普請にまるごと投げ捨てられる、それが基本です。

『貧に落ち切れ。貧に落ち切らねば、難儀なる者の味が分からん。水でも落ち切れば上がるようなものである。
一粒万倍にして返す。』

返す責任は中山みきにあるとして、返されたら、笑顔でまるごと、更なる難儀に落ちてゆくのが、天理教です。

190 :神も仏も名無しさん:2014/02/08(土) 06:23:56.02 ID:5x+VJxma
仏教伝来により、神道に社殿信仰スタイルが形成された?

それまでの神道の信仰形態が変化したのか?

キリスト教会と墓地
お寺と墓地
神道と墓地

191 :基本。 :2014/02/08(土) 07:58:46.51 ID:MPfKL4j2
>>190
伽藍建築は仏教の建築様式で飛鳥時代に伽藍が建てられ始めたわけです。
対して、社殿とは、http://kotobank.jp/word/%E7%A4%BE%E6%AE%BF
神社の建造物のこと。本殿・幣殿・拝殿・神楽殿などがある。
です。
社殿には「神楽殿」があります。

仏教が到来して寺社と神社が共同生活した場合もありますが、それは末端のことで、本来社殿は伽藍とはまるで違います。

192 :基本。 :2014/02/08(土) 19:11:54.40 ID:MPfKL4j2
「16」
更に又、陽気ぐらしの世界の建設を普請にたとえては、これに与る人 達を、
しんばしら、とうりやう、よふぼくなどと称んで、その持場々々 の役割を示すなど、
人々が容易に理解して、早く心の成人をするように と心を尽された。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「普請」とは、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AE%E8%AB%8B
普請(ふしん)とは、普く(あまねく)請う(こう)とも読み広く平等に奉仕(資金・労力・資金の提供)を願う事であり、
世界大百科事典 第2版の解説.ふしん【普請】
土木工事,建築工事を指す用語。元来は仏教用語,とくに禅宗で用いられた語で,
あまねく人々に請い,共に力を合わせて労役に従事し,事をなすことをいう。
曝書,除煤,摘茶,掃除や堂塔の造営など幅広い労役に用いられたが,そこから転じて,室町時代には一般に土木工事のことをいうようになる。
 鎌倉幕府の職名には作事奉行の名が見えるのみで,これが建築,土木の両工事を管掌したとみられるが,室町幕府では,建築工事は作事奉行が,土木工事は普請奉行が管掌するように分化している。

とう‐りょう 〔‐リヤウ〕 【棟×梁】
1 建物の棟(むね)と梁(はり)。
2 《棟と梁は家を支える重要な部分であるところから》
一族・一門の統率者。集団のかしら。頭領。また、一国を支える重職。
仏法を守り広める重要な地位。また、その人。
大工の親方。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
棟梁とは「武家の棟梁将軍」に例えても、間違いとは言い難い。

193 :基本。 :2014/02/08(土) 19:18:36.39 ID:MPfKL4j2
>>192
しんばしら とうりょう
棟梁は、重要な地位を示す言葉、これは「大統領」という言葉でも分かるように、地位である。
では、しんばしらとは、難なのか。何の比ゆなのだろうか。

法隆寺の心柱は、http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nara/feature/nara1335881535080_02/news/20120502-OYT8T01377.htm
石田名誉教授が五重塔の簡易な模型で実験したところ、心柱がある模型は、心柱のない模型より揺れが2倍以上、小さかった。
模型はスネークダンスを起こし、心柱が本来接していない各層の梁(はり)と交互に接触し合うことで、揺れのエネルギーを、左右に分散させていたのだ。

伊勢神宮の心柱は、最大の謎とされ、http://blog.goo.ne.jp/blue77341/e/7ea400281d894f9d7b2e5426a0d56435
問題の「心御柱」は、屋根葺きなどすべての建築工事が完了した9月末に「心御柱奉建」(しんのみはしらほうけん)という祭典で立てられるという。
「心御柱」を立てる「心御柱奉建」は、深夜に行われるが、・・・
正殿の中心に深夜、「心御柱」を立てることは、そこに神を招きいれることを目的としているのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まさに、教典の文章は二代真柱の応法レトリックであり、たとえられた内容は二重三重の構造を持っている。

地震のゆれを防ぐ「心柱」は、43の数理で解説したことがある。
そこに神を招き入れる心柱は、ここで初めてふれる。
しんばしらと名乗らせなかった明治政府は、伊勢神宮の心柱に配慮していたとみなすべきであり、
しんばしらは、比ゆとして、神を招き入れる柱となっている。

山名系の学者や、異端の人たちは、「真柱職」を重要な地位と見立てた。
これは大間違いで、「神を招きいれる柱」が、正解となる。
基本的にしんばしらは能力者である。

194 :基本。:2014/02/09(日) 01:34:21.65 ID:l8owRUAk
天理教教典は、神秘心霊の書である。

神秘心霊は、もともとのおやさまの教えであり、「参り所も墓所も」、みな人間のつどつどの故郷である。
「神前を通るには拝をして通れと命じられた」のに、「なにかまわん」と狼藉した、心根が、宗教高慢はどこまでもついて回る。

日本伝統の神社の普請には「心柱」が立てられ、それにたとえて、教えられたということは、
天理教の真柱とは、神を招き入れる柱。

天理教信者なら、それくらいの神秘を心霊を心に悟りとることである。
しんのはしらを、しんのはしらと、素直に認めて、旨に受け止めて、陽気普請に取り掛かることである。
基本は別名「天理教真柱派」である。

195 :基本。 :2014/02/09(日) 02:00:12.16 ID:l8owRUAk
「16」
更に又、陽気ぐらしの世界の建設を普請にたとえては、これに与る人 達を、
しんばしら、とうりやう、よふぼくなどと称んで、その持場々々 の役割を示すなど、
人々が容易に理解して、早く心の成人をするように と心を尽された。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
普請が、仏教用語である事。http://kozu5.la.coocan.jp/zuisou/09.01.31.zen.htm
日常語に生きる禅の言葉  普請(フシン)
・ 「普請」はもともと禅宗の用語で、「功徳を普く(アマネク)請う」という意味であった。
・ 禅宗寺院では「修行者たちが総出で作業をすること」が本来の意味である。「これが普く大衆に請うて、種々な労役作業に
  従事させる」という意味に発展した。そのことが一般化した。
・・・・・・・・・・・・・・・
たとえを素直に、元の意味をそのまま理解していたら、世界の普請とは「神殿普請では無い」と、分かったであろう。
生きた禅と、天理教は生きた禅だとおやさまから教えられていて、「禅」に経緯を示さない高慢は山名系ばかりでは無い、私たちのさんげである。

初代の表統領は諸井さん。棟梁とはその普請の指導者であって、理の親信仰の指導者では無いのに、天理教をミスリードした。

いったい何時、しんばしらが地場にきちんと、みなの胸にきちんと受け入れられたことがあるのか。
ネットでは、みな馬鹿にする。
地位立場の権力者だと、煽り立てる。
教団の幹部だってそうだ、
おさづけを渡すのは、本席のような霊能力者で無いとだめだ、そういう議論がいつでもある。

あなどるな。
しんばしらこそ、普請の心柱、神を招き入れる、お方なのだ。
そういうたとえを、教典に示されたが、そのように素直に読めないできた、いままでの自称用木には、教典を深く読み返して、廊下を歩く真柱に土下座する程度ではすまない、
失礼な偽信者であったこと、さんげが必要では無いか。

そんなこと一向構わずに、「普請にたとえて」「誰にも分かるように」と、
何打こんな簡単な書物はと、天理教教典は、教も馬鹿にされている。

196 :基本。 :2014/02/09(日) 02:12:49.19 ID:l8owRUAk
基本の立場は、仮に御本席のお言葉だと書いたものがあっても、真柱が認めていないものは、
飯降家が持っていようが、永尾家が持っていようが、誰が持っていようが、
真柱が全ての基準。
まるで能力のレベルが違うのだという、立場にある。

ナライトを本席の後継者にとおやさまが言われていたと、それが事実とは思わないが、事実だったとしても、
しんばしらが、全ての基準。
「このよふさめるしんばしら」。

これが分からなければ「濁りの水」。

地場の側のかたがたは、しんばしらの理を、もっと深く、研究されたらどうだろうか。

197 :基本。 :2014/02/09(日) 02:36:23.70 ID:l8owRUAk
「17」
このように、子供可愛い一条の親心から、譬喩を用いて分り易く教え ると共に、いかにもして、親神の理を得心させたいとの思召から、初め、 親神を神といい、次に月日と称え、更にをやと仰せられるなど、成人に 応じ、言葉をかえて仕込まれた。
 即ち、神というては、この世を創めた神、元こしらえた神、真実の神 などと、言葉をそえて親神の理を明かし、或は、
  たすけでもをかみきとふでいくてなし うかがいたてゝいくでなけれど         三 45
と仰せられ、神というも、これまでありきたりの拝み祈祷の神でなく、
この世人間を造り、古も今も変ることなく、人間の身上や生活を守護し ている真実の神であると教えられた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここにも又、二代真柱様の応法レトリックがあります。
 教典に書かれていないおふでさきの、前段後段です。

 このたびハたすけ一ちよにかゝるのも
わがみのためしかゝりたるうゑ (3-44)
 これが、前段にあります。

 このたびハたすけ一ちよにかゝるのも わがみのためしかゝりたるうゑ (3-44)
 たすけでもをかみきとふでいくてなし うかがいたてゝいくでなけれど (3-45)

 二代様は、「わが身のためし」→「拝み祈祷伺いでは無い」。これの、
前段を、ふせてしまっています。

「わが身のためし」とは、おやさまは、盲目の人の目が開くおたすけには、先ず自分が目くらになって、
わが身で試して、そして病人の目を開けた。
いざりの人のおたすけには先ず自分がいざって歩く状態になって、そしていざりの病人の足がたった。
これがわが身の試しです。
 つまり、人の難儀をわが身に受けてわが身でとおりたすけると言うものであり、
だから、拝んであげる、祈祷してあげる、神に伺ってあげるではない、病人さんと我との間に境界が無いやまい助けの道なのです。
前段は、これだから、わが身で苦労しなければ、おふでさきの理に反するわけです。

198 :基本。 :2014/02/09(日) 02:46:44.26 ID:l8owRUAk
>>197
このたびハたすけ一ちよにかゝるのも わがみのためしかゝりたるうゑ (3-44)
たすけでもをかみきとふでいくてなし うかがいたてゝいくでなけれど (3-45)
このところよろつの事をときゝかす 神いちじよでむねのうちより (3-46)
わかるよふむねのうちよりしやんせよ 人たすけたらわがみたすかる (3-47)


「わが身のためし」→「よろずの事をとき聞かす」
「難儀せねば難儀なるものの心わからん」


人たすけたらなんでわが身がたすかるのか。
引用します。http://uni.2ch.net/test/read.cgi/psy/1324264164/l50
653 :基本。 :2014/02/08(土) 18:32:30.22 ID:MPfKL4j2おかきさげに、
又一つこれまで運ぶという、尽くすという。
運ぶ尽くす中に、互い扶け合いという。
互い扶け合いというは、これ諭す理。
人を救ける心は真の誠一つの理で、救ける理が救かるという。
よく聞き取れ。

と、示されてありますように、「諭す理」。「救ける理が救かる」とは、「諭す理」。によってだと、示されてあります。
諭すには、教理を知らねばならない。
それは、胸の思案。そして悟り、「悟りたら証拠ためし」。これは、全て、原典に知らされてあった助けて頂く唯一の道でした。

199 :基本。:2014/02/10(月) 02:50:57.24 ID:8MtdLaNT
「18」
このように、子供可愛い一条の親心から、譬喩を用いて分り易く教え ると共に、いかにもして、親神の理を得心させたいとの思召から、
初め、 親神を神といい、次に月日と称え、更にをやと仰せられるなど、
成人に 応じ、言葉をかえて仕込まれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「神・月日・をや」
これは二代真柱様の応法レトリックの最高傑作。見事に二重三重に意味を隠している。

大きな勘違いをしている研究者は多数いるが、こんなまじめな研究者もいるので、その間違いから、指摘しておきます。
http://keisya.hus.osaka-u.ac.jp/kawabata/2/HiTei222.pdf
第2節 「おふでさき」において用いられる単語の推移(岡尾将秀)
「岡尾将秀」さんは、こんな文章を記している。

『中山正善は、
神の社としてのみきが聞き手である人間がより親しみ易いように、
「神」を「月日」に、「月日」を「をや」に「置き換え」ていったと
理解していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「岡尾将秀」さんは、まさに、二代真柱の応法レトリックにひっかかったと言うしかない大間違いを、堂々と公開してしまっている。
二代真柱は「置き換えていった」などと、理解はしていない。
天理教教典の本文には、「成人に応じ、仕込まれた」とある。
「親神の理を得心させたい」→「神・月日・をや」←「成人に応じ、仕込まれた」が、教典に書かれた内容であって、「置き換えていった」は間違いである。

200 :基本。:2014/02/10(月) 03:36:59.90 ID:8MtdLaNT
研究者であるのだから、研究するのなら二代真柱のお書きになった天理教教典は読んでいなければならない。
読んでいたら、こんな間違いはしなかったろう。
 『中山正善は、神の社としてのみきが聞き手である人間がより親しみ易いように、「神」を「月日」に、「月日」を「をや」に「置き換え」
ていったと理解していた。』
岡尾将秀さんの文章を教典の文章と比較したら、分かる。
教典では「譬喩を用いて分り易く教えると共に」、と書いてあるが、「人間がより親しみやすいように云々」とは、「神・月日・をや」ついて語ってはいない。
「いかにもして、親神の理を得心させたいとの思召から」と、こう書いてある。
「置き換えた」などという置換行為だということでは、「親神の理を得心させたい」という、教典の文意の本筋にはずれ、まさに誤解そのものである。

やさしく教典本文を読み解けば、
親神の理を得心させたいので、
初め、親神の理を、「神」と言った。
次に、親神の理を、「月日」と称えた。
更に、親神の理を、「をや」と仰せられた。
これは成人に応じ、言葉を変えて、仕込んだ内容である。と、なります。
「置換」ではなく、「成人に応じての理の諭し」です。

又、成人に応じての諭しだと分かっていない故に、岡尾将秀さんは引用しました 二代真柱の例示のお筆先のついての考察もぬかっています。
http://keisya.hus.osaka-u.ac.jp/kawabata/2/HiTei222.pdf
「第2節 「おふでさき」において用いられる単語の推移」の11ページには、
注[3]中山正喜「『神』『月日』及び『をや』について」(天理図書館『日本文化』第2号、1935 年
(昭和10 年))。それぞれ一首ずつ例を挙げておくと、
「だんだんと 神のゆふ事 きいてくれ あしきのことハ さらにゆハんで」(第1号59 首目、・・)、
「このよふの 月日の心 しんぢつを しりたるものわ さらにあるまい」(6−9)、
「けふまてもをやのさねんと ゆうものわ 一寸の事でわ ないとをもゑよ」(14−32)。

201 :基本。:2014/02/10(月) 03:53:04.40 ID:8MtdLaNT
「だんだん」 理は「神」。 一段一段、 「あしき」(言う言わん) 理は神。
「このよふ」 理は「月日」。 「知りたる者はない」 理は月日。
「けふまても」 理は「をや」 「さねん」  理は「をや」
明確に、二代真柱の教典の内容はそのままお筆先にある事実です。

「置き換えれない」理の説きわけが、ちゃんと真柱例示のお筆先の、
「神・月日・をや」の言葉の変化にはあると、理解しないと、先ず教典を真剣に読まないと、
興味本位の仮説に陥って、人を惑わす教理研究者になってしまうと言う事です。

「悪しき」とは、だんだんの「だん裏守護・だん表守護」の「神の教え」においては、
悪しき、罪、罪業、そういうあしきを諭していた。
だから親神の理を「神」としての理の上で、「あしきの事は更には言わん」。
もう言ってあるから、更には言わないと、こう理を責めておられる。
仏陀やイエスが「最初の段」に説いたことを更に言うのではない」と、
これは、「神としての親神の理」を示されたものである。
古神道の神の祟りや、人間の悪への戒めを説いていた神を知るが、元の神を始めて知ったばかりの人間には、
「初め神」。
寸分の狂いは無い。この場合の神を「月日」「をや」とは、置換不能である。

侮るな真柱を、法隆寺の五重塔を地震から守る心柱の例えるなら、
人間の悟り違いの大揺れを、狂わさぬ真の柱、教理の中心を、しんを示す真柱が、意味もなく3首を例に挙げるわけは無いのだ。
掘ってくればわかっるように、人の心に真を示す柱は、「教団の統率者」ではなく、真理の神の依りしろ柱なのだ。

202 :基本。:2014/02/10(月) 04:23:16.26 ID:8MtdLaNT
(昭和10 年))。それぞれ一首ずつ例を挙げておくと、
「だんだんと 神のゆふ事 きいてくれ あしきのことハ さらにゆハんで」(第1号59 首目、・・)、
・・・・・・・・・・・・・・・
これは、九つまでの教え(だん)とこのたびの教え(だん)と、「だん、だんと」神の教えの一段一段の神の言う事を、聞いてくれ。
あしきのこと、悪因縁と罪の事は、もう教えてあって、この度の神は「更に」(追加したり、変更したり、更新したり、改めて言ったり)はしない。

 おやさまは「これまでの教えの言い残しや」と言われていますが、「人間のあしきのこと」は、イエス様御釈迦様、古神道、地獄の閻魔様に、追加は無いと言う事で、
「立教の神」「神でなくては語れない」。お分かりになりましたでしょうか。
「立教に至った」その「成人に応じて」、「神」と親神の理を「神」と示された、
まさに教典本文そのものです。
 「 いかにもして、親神の理を得心させたいとの思召から、初め、 親神を神といい」
それは、先にご苦労頂いた「神仏を一段として」神仏を敬えと言う、元の神の、神々しい叫びだと、理解します。

「このよふの 月日の心 しんぢつを しりたるものわ さらにあるまい」(6−9)、
このよふ、これですが、
>>152
[おふでさきの基本]
@ おふでさきは、音と文字の二つで読むを基本とします。
 実例1「このよふハりいでせめたるせかいなり」の「この世ふ」
 「音は、この世」です。「文字はこの世ふ」で、「世ふ」というのは、
「ふ」は火水風の風です。この世元始まりで言えば「夫婦がはじまった世」で、「この世ふ」です。
立教で言えば「天理教が開始された世の始まりの世ふ」となります。
そこで、音では「この世は理で責められた世界」「文字ではこの世の始まりは立教はいらい理で迫られた世界」となります。

203 :基本。:2014/02/10(月) 04:31:02.78 ID:8MtdLaNT
「このよふ」これには、親神の理は「月日」です。
「神」であっても、「をや」であっても、「このよふ」には、ぴたりと会いません。
置換は不能です。
田尾正英さんは良い人です。が、教典をちゃんと読まないのは「偽信者」か「なったと思い込み信者」です。
どうか教典を真剣に、二代真柱の応法レトリックに騙されないように、よんでから、
おfでさき用語の研究に、散財しつつお励み下さいと、祈念します。

「けふまてもをやのさねんと ゆうものわ 一寸の事でわ ないとをもゑよ」(14−32)。
これは「をや」を、「神にも月日にも」置換不能です。

「をや」だから「さねん」、澄んでいます。「ざねん」ではないのです。
「神月日では」、「ざねん」「ざんねん」があるかもしれないが、
おやさまは「さねん」。
みき姉さんの心を知る真柱さまの、深い配慮の書物、天理教教典を一人でも多くの方に、それが基本です。

204 :基本。:2014/02/10(月) 11:22:05.58 ID:8MtdLaNT
二代真柱の説かれた「神・月日・親」の解説は、きちんと、基本となるおふでさき3首を明示してあります。
>>209
(昭和10 年))。それぞれ一首ずつ例を挙げておくと、
「だんだんと 神のゆふ事 きいてくれ あしきのことハ さらにゆハんで」(第1号59 首目、・・)、
「このよふの 月日の心 しんぢつを しりたるものわ さらにあるまい」(6−9)、
「けふまてもをやのさねんと ゆうものわ 一寸の事でわ ないとをもゑよ」(14−32)。

二代真柱は、探偵の立場で見たら「怪人二十面相」です。
どんな仕掛けがしてあるのか、一筋縄でいく相手では無いのです。
絶対に相手を論破できる仕掛けが、全てに施してある。

さりげに3首例として示されたお歌、敵は応法レトリックの使い手怪人二代真柱。
教典に書かれた、いかにもひっかかりそうな「優しいもの言い」。

『このように、子供可愛い一条の親心から、譬喩を用いて分り易く教え ると共に、
いかにもして、親神の理を得心させたいとの思召から、
初め、 親神を神といい、次に月日と称え、更にをやと仰せられるなど、成人に 応じ、言葉をかえて仕込まれた。』

 この文章そのものがとてつもない罠なのであると、気が付かないと、いけない。
 さすがに教会本部は、用心深く、言葉尻に気をつけている。天理教ホームページ 【親神天理王命】
http://www.tenrikyo.or.jp/followers/?page_id=31
「おふでさき」では、親神様自らの呼び名を、「神」「月日」「をや」とだんだんに変えながらご教示くださっています。
・・が、
本質的には、×です。
「成人に応じて」と言う教典の言葉に誘導されて、「神」「月日」「をや」が成人の順序にリンクしていると、勝手に思い込むと、
罠に落ちます。

教典の「

205 :基本。:2014/02/10(月) 11:26:05.12 ID:8MtdLaNT
http://www.honjima.com/HP/KYOUGO/kyougo1_a/oyagami.html
天理教本島大教会には、「教語」の解説、「親神様」に、「神月日をや」の解説があります。
「教祖は、親神様のことを人々によく分からせるため、「神」「月日」「をや」と、三つの段階を踏まえて教えられた。」
・・「三つの段階」は×。外れです。間違いです。
「まず、人間を含め、この世のすべてを創造された「元の神」であり、創造以来変わることなく守護されている「実の神」であると。」
・・「創造」という言葉が、少しあいまいな使われ方です。×に近い黒△です。
次に、一刻の休みもなくすべてのものに光と恵みを与える「月日」こそ、天における親神様の姿であると。
・・月日とは天地でもあり、「月日とは地におけるおやさま」でありを明示していないので×。間違い。

さらに、もっと身近な、何事でも打ち明けてすがることのできる「親」であると。
・・「をや」と「親」の違いをきちんと示していないので×。
  このよふのしんぢつのをや月日なり
  なにかよろづのしゆこするぞや         六 102
「をや」は打ち明けてすがる「親でもあり」「月日である」。

こういうことを、きちんと説明できない本島大教会の「教語」解説を、
読まされている信者さんは、詐欺に会っている様なものですね。

「根を掘らないで、表面の言葉を読む」と、応法レトリックに引っかかります。

206 :基本。:2014/02/10(月) 12:01:23.63 ID:8MtdLaNT
「神」「月日」「をや」は、元はじまり以来の人類史の、「成人に応じて」と、根の側から思案すべきです。
「神」については、
>>2 :基本。:2014/01/16(木) 02:29:10.48 ID:e/QsDK0l「1」
http://www.geocities.jp/washimisu82/kyoten01.htm
「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降つた。
みきを神のやしろに貰い受けたい。」
とは、親神天理王命が、教祖中山みきの口を通して仰せになつた最初の言葉である。
・・・ つまり、「親神としての中山みきが、教祖としてのみきの口を通して仰せになった」と、読み取れます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このように解説いたしました。
初め「神」と説いた時には、教典本文『初め、 親神を神といい』の時には、成人段階では「神として拝させる」という約束の年限です。
修験者の市兵衛さんは、「神として拝」しています。
このひながた同様に、
天理教の初期の信者さんは、神様参り仏様参りはみなさんしていた方々で、「神として説く」のは、成人に応じたスタイルです。
それで「元の神」「実の神」「天の将軍」と、説き、おびやの神として、たすけを開始されたわけです。

おやさまに信者が出来始めると、おびやかみと認識されて、ところがありきたりの神、つまり宗教家業の同業者に妨害されて、
@おふでさき執筆以前では「天理王」と「天理」との言葉を開始した。
「天理」とは、おふでさき執筆以前では「古語」である。
古語では「てんり」は「てんとう」と同じと、古語辞書にある。
http://kobun.weblio.jp/content/%E3%81%A6%E3%82%93%E3%82%8A
てん−り 【天理】名詞 「てんたう@」に同じ。
http://kobun.weblio.jp/content/%E3%81%A6%E3%82%93%E3%81%9F%E3%81%86
てん−たう 【天道】名詞@天地自然の道理。天の道。「天理」とも。
A天帝。天地自然を支配する神。
B太陽。おてんとうさま。「てんと」とも。◆「てんだう」とも。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
相手は東京帝国大学で宗教学を習得した「怪人二代真柱」。
「てんり」「てんとう」なんか軽い常識です。

207 :基本。:2014/02/10(月) 13:57:33.05 ID:8MtdLaNT
>>206 
Aおふでさき執筆中は、神・月日・をや と成人に応じ順序で記された。
@おふでさき執筆前はどうであったかと言うと、
「立教」は「神」 つまり元の神実の神。
「種まき開始」種市さん、「天理王」 つまり「天理・天道。おひさま」 天然自然の理。
「おつとめの開始」 「ふうふをこしらえきたるでな 」天理王命。天理王命。
こうでした。

@においては、月日とは「天理・天道」、この頃辻忠作先生に「この道は天然自然」と、諭しています。
【天然自然】逸話篇17 教祖は、
「この道は、人間心でいける道やない。天然自然に成り立つ道や。」
と、慶応二、三年頃、いつもお話しになっていた。
【理の歌】逸話篇18 ・・
「この歌は、理の歌やから、理に合わして踊るのや。どういうふうに踊ったらよいか、皆めいめいに、よいと思うように踊ってみよ。」
と、仰せられた。そこで、皆の者が、それぞれに工夫して踊ったところ、教祖は、それをごらんになっていたが、

「皆、踊ってくれたが、誰も理に合うように踊った者はない。こういうふうに踊るのや。ただ踊るのではない。理を振るのや。」
と、仰せられ、みずから立って手振りをして、皆の者に見せてお教え下された。

つまり、「月日」「天理」は、「理」としての神、天然自然としての神を示したいます。
「をや」は、「つとめの理」として説かれています。

神・月日・をやの順序は、神・天理・つとめ の順序で、きちんと合致しています。

208 :基本。:2014/02/11(火) 05:08:23.30 ID:QBjE6XTE
天理教教典が、実は神秘心霊の書物であると言う事は、天理教の信者がなかなか考え及ばないところであります。
それは、しんばしらが「法隆寺の心柱」「伊勢神宮の心柱」を九つまでの教えの台としていて、これまでの言い残しとしての「だめの教え」であるという事を、
教えのままに素直に認められない、そばの者たち、高弟たちの心得違いが問題であったわけです。
「しんばしらのしんのすけ」とは、地位や権威を指し示す「しん」ではなく、神秘心霊の「しん」であるのに、
「真柱職を権威権限として位置づけた心得違い」は、今も続いています。

「肉の巻きようで」と、お言葉があります。
霊肉二元論を説くキリスト教会ならば、一発で、「真柱・霊的存在」「側近たち・肉的存在」と理解したでしょう。
「宮の聖地を説く神道、古神道ならば、真柱・聖、側近たち・俗」をそのままに認めたでしょう。
が、天理教の高弟たちは、「真柱機関説」と構築し、教壇統括と言う俗の中心に据えたから、
「聖なる真柱の神秘の天理教典」が、聖書だと読み取れない。
「こふき」だと悟れない、心の闇路にさまよっているわけです。

209 :基本。:2014/02/11(火) 05:45:16.87 ID:QBjE6XTE
「世界中の人間は、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。 」
>>79-80
この教典本文が「末法の世」を指摘してある事は、仏教として思案したら素直に読み取れるわけで、
天理教徒は山名系天理神学深谷の天理教学に汚染されて、天理教から神秘心霊的要素を排除し九つまでの教えを馬鹿にしさげすむと言う愚を拡散し、
濁りの水となり「心の闇路にさまよう・天理教団」になっていて、神からの返しである事は言うまでも無い。
@おふでさき執筆以前では、山中忠七さんがその代表人物で、「神名天輪王」信心を実行した。
その時の異端が、針ヶ別所の助造さんである。
山中忠七には「中山みき・親神」信仰は無い。「天輪王」が中山みきに入りこんだと言う信仰だったから、
「心どうりに神に言わされて」「天輪王信仰」を実行していた。
散財は、実行していなくて、災害にあって財産に重大なダメージを受けている逸話編のある人物だ。

天理教祖が「みろく菩薩である」という信仰の事だが、
山中忠七が「「転輪聖王」信仰に影響されていたと見るのは誤りでは無いだろう。
対して針ヶ別所の助造は、「弥勒信仰の影響下にあったと、」みなすべき自白をしている。
それは「本地垂迹説」を唱えたと言う事である。

今語っているのは、@おふでさき執筆以前において、「神」として教えられた教えは「神・転輪王」と誤解されていた。
そこで「天理」と、「神」→「天理」と推移して言った事実の確認である。

210 :基本。:2014/02/11(火) 06:50:22.10 ID:QBjE6XTE
>>207
> 神・月日・をやの順序は、神・天理・つとめ の順序で、きちんと合致しています。
>>209
> 天理教祖が「みろく菩薩である」という信仰の事だが、
> 山中忠七が「「転輪聖王」信仰に影響されていたと見るのは誤りでは無いだろう。
> 対して針ヶ別所の助造は、「弥勒信仰の影響下にあったと、」みなすべき自白をしている。
> それは「本地垂迹説」を唱えたと言う事である。
教祖伝本文にはこうあります。
「眼病を救けられ、初めの間は熱心に参詣して来たが、やがて、お屋敷へ帰るのをぷっつりとやめて了ったばかりではなく、針ケ別所村が本地で、庄屋敷村は垂迹である。と、言い出した。」
これについては、山名系の解説では、「地場対針ヶ別所」の本地争いとして、身内の本家争いのように語られることが多いが、宗教論争として本地とは「仏」「垂迹」とは「神」であるという宗教常識に照らして判断しないと、内容を読み間違うことになる。
末法の世を救済する弥勒と転輪聖王の関係の宗教常識を確かめておこう。
http://azumino.digi2.jp/miroku.htm
弥勒信仰について
弥勒菩薩は・・遠い未来、この世に下生して、釈迦の救済から漏れた人々を救う役割を持っている。
・・この弥勒の下生の際には条件として輪廻転生をしている転輪聖王がいなければならない。
理想的な世界を実現するためには
まず転輪聖王という理想的な王権を持った人物が現れ
それと同時に弥勒が下生し、精神界においても理想的な世界が広がるのである。
・・
こうした弥勒信仰の始まりは聖徳太子から始まっている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「元の神、実の神である」との信仰は山中忠七には無い。

211 :基本。:2014/02/11(火) 06:57:45.41 ID:QBjE6XTE
>>209
> 山中忠七たちが、「転輪王神」を、教えの神としていた。
> これに対して、神は垂迹だから仏が本地であるからと、
> 釈迦を本地と説く金剛院の認可を受けて、助ぞうの兄弟が宗教組織化した。

先に述べたが、中山みきは、弥勒菩薩の生誕の数理で、末法の世に誕生してある。
>>50-52
> 1231年から567年。 1798年でした。この世に弥勒菩薩が生誕されました

仏は神に勝るというのが「本地垂迹説」。だから金剛院が後ろ盾の針が別所。山中たちは「神道の神職守屋」を呼びに言ってますが、
みきは直々に「論破」しています。
「みきが本地」と論破するには、つまり、みきが仏である事を示す以外には論そのもので勝つことは無理な宗教常識の時代でした。
転輪聖王から病を助けられたとしても、それは「垂迹」出先の出来事、「本地は釈迦、仏」。
みきは「転輪王」ではないと、「弥勒だと」それを諭したのであろうと、基本は、そう理解します。
本地垂迹は本来チームプレーだから、助ぞうは仏の側として、神の側のみきに好意を持っていたわけです。
引用します
http:// www.marino.ne.jp/~rendaico/mikiron/nakayamamikikenkyu_36.htm
451 天理教教祖中山みきの研究36 (慶応元年)・・
 一行が針カ別所に到着したと聞くと、先方では天理王命の本地へみきがお越し下されたと勘違いでもしたものか、大いに喜んだと伝えられている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
みき転輪王と金剛院仏陀と言う誤解が、あったと言う事です。

212 :基本。:2014/02/11(火) 07:22:43.30 ID:QBjE6XTE
この、「転輪王」がみきに入りこんだ説は、@おふでさき執筆以前には夫善兵衛が、中山秀司が説いていたとも指摘できる。
中山みきは「よろづの神」の社だから、それが間違いでは無いが、みきそのものを末法の弥勒菩薩と理解できていない点で、残念である。

「3625のくれあい」に、3×6=18 + 2×5=10  足して28は異端の数理です。
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/mikiryakuden/mikiryakuden_41shinconohirogarico.htm
1866(慶応2)年、今井新治郎の弟の今井惣治郎が造反し転輪王教会を立教している。
現在、奈良市に活動の拠点を置いているが積極的な布教はしていない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
立教1838年から、そこからを1と数えて、28は、1865年10月をすぎて、異端が誕ました。

213 :基本。:2014/02/11(火) 09:12:38.85 ID:QBjE6XTE
数理マニアの為に、関連して大切な数理常識を説明します。
おやさまの断食の日数は、断食された年から、日数を年数に数えると、
おやさまに食事をあげなかった事を意味する断食期間が見えます。
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/mikiron/nakayamamikikenkyu_36.htm
山中忠七宅から帰られて暫くの後の9月20日頃からかと推定されるが、約1カ月余り少しもお食事を召し上がらず、周りの心配を余所に
「水さえ飲んでおれば、痩せはせぬ。弱りもせぬ」と仰せ下されていた。
側近の人々が心配して、何かお召し上がり下さいますようにお願い申し上げると、少しばかりの味醂と野菜をおあがりになるばかりで、依然、穀気は少しも召し上がらなかった。
それでもお言葉の通り、いささかもお弱りの様子無く、以前と何等変わり無く振る舞われた。
まさしく月日のやしろとして自由自在のお働きを目のあたりにお示し下されたものかと拝察される。
 こうして10月20日頃までお過ごしになられていたが、この時になって俄かに針カ別所に出張る旨仰せ出された。
こう仰せ出されると、いささかの余裕も無くその日の中に出発となった
。当時みきは68才というご老体であり、而も30日の断食の直後である。
・・・・・・・・・・・・・・
1865年 助ぞう事件 30年後、 1895年
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/mikiron/nakayamamikikenkyu_78.htm
1995年 
 3.10日、教祖御霊殿建築願が出される
 11.13日、10年祭の直前のこの日、会議が開かれ、真之亮、平野樽蔵ら神道応法派が再度神社を造りたいと主張した。山本利三郎、上村吉三郎、中田かじら教祖派は、お指図を楯にこれに反対した。
会議は紛糾し、休憩となったその時、突如として山本利三郎が亡くなった。
・・・・・・・・・・・・・・
おやさまを「天理王命」と認めない意味では、おやさまにお受け取りいただけるものは何もない天理教団の実態が30年つづく。
謀反の根は切れていない。

214 :基本。:2014/02/11(火) 21:54:56.32 ID:QBjE6XTE
慶応三年、教祖七十歳の年、正月から八月迄に、十二下りの歌を作られた。
  三下り目
  一ッ ひのもとしよやしきの つとめのばしよハよのもとや
  つゞいて節付けと振付けに、満三ケ年かゝられた。

慶応3年正月1日は、西暦 1867年2月5日 です。
慶応3年9月1日は、西暦 1867年9月28日 です。
そこから満三年です。120首ですから、ほぼ9.125日に一首づつと言うことになります。
「ひのもと初屋敷」のお歌は21首目、ほぼ192日と計算されます。
慶応3年9月1日から明治元年3月1日までは181日です。明治元年3月11日頃に、「ひのもとしよやしきの つとめのばしよハよのもとや」
の理を振られていて、
それから、
「3625のくれあい」に、3×6=18 + 2×5=10  足して28は異端の数理です。
 明治元年を1と数えて「28年」は明治28年です。
橋本清と飯田岩次郎が、「水屋敷」の謀反を語り合って、
おやさま断食の30日は、30年後の予言で、水屋敷は謀反を起こしています。

http://thebbs.fc2.com/262762!/
[16] 基本 
> その時、みえぬ先から説く、おやさまは、文久四年の事でした。
>  さあさあ この屋敷をこうずい場所
>  水屋敷といういんねんをつけおく
> と、お言葉を以て、水屋敷の「はんらん」を、予言しました。
念には念を入れて見抜き見通しの親神であると示しています。

215 :基本。:2014/02/12(水) 18:03:21.96 ID:vaoQ1pCa
「19」
いかにもして、親神の理を得心させたいとの思召から、初め、 親神を神といい、次に月日と称え、更にをやと仰せられるなど、成人に 応じ、言葉をかえて仕込まれた。
 即ち、神というては、この世を創めた神、元こしらえた神、真実の神 などと、言葉をそえて親神の理を明かし、或は、
  たすけでもをかみきとふでいくてなし
  うかがいたてゝいくでなけれど         三 45
と仰せられ、神というも、これまでありきたりの拝み祈祷の神でなく、 この世人間を造り、古も今も変ることなく、人間の身上や生活を守護し ている真実の神であると教えられた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「これまでありきたりの拝み祈祷の神でなく」
では、どんな神かと言うと、教典には引用されていない前後のお筆先が、どんな神かと言う事を示しています。

 いまゝでハなによの事もせかいなみ これからわかるむねのうちより (3-43)
 このたびハたすけ一ちよにかゝるのも わがみのためしかゝりたるうゑ (3-44)
 たすけでもをかみきとふでいくてなし うかがいたてゝいくでなけれど (3-45)
 このところよろつの事をときゝかす 神いちじよでむねのうちより (3-46)

「わが身のためし」の神である。 「よろつの事を説き聞かす」神である。
これが示されてあります。

この二つがあって、「真実の神」。
真理を説き諭す前に、「をやが難儀を皆通ってある」験しがなされている。
神に拝み、祈祷をして頂いて、指図を頂く前に、「をや」にはわが身のためしが成されていて、身上や生活を守護している親心の教えが、天理教だということです。

216 :基本。:2014/02/12(水) 18:08:19.27 ID:vaoQ1pCa
わかるよふむねのうちよりしやんせよ 人たすけたらわがみたすかる (3-47)
この、人をたすける上では、わが身のためしが、必然通る道です。

このたびハたすけ一ちよにかゝるのも
わがみのためしかゝりたるうゑ (3-44)

たすけでもをかみきとふでいくてなし
うかがいたてゝいくでなけれど (3-45)

このところよろつの事をときゝかす
神いちじよでむねのうちより (3-46)

わかるよふむねのうちよりしやんせよ
人たすけたらわがみたすかる (3-47)

諭す理とは、日日常にわが身のためし、と、お筆先は示しています。

217 :基本。:2014/02/13(木) 07:43:49.92 ID:nwzjtxwf
>>215-216
神は万能であり、全知全能であり、神には悩みは無いとそういう誤解がキリスト教の神学系にはあります。
「全ては神の思し召し」という言葉が、「人間が努力してもしょうがない」という意味にすら使われます。
万能の神が、おやさまが、人たすける上で、「わが身のためし」をなされた。
これは、おやさま自身が病気になって、同じ病人をたすけたと言う行為は、
「模倣呪術」の形態です。
初期のおたすけでは、この人たすける為には私の寿命を○年差し上げます、とか、
この病人さんがご飯食べられるまで断食します、とか、「わが身の肉体を引き換えにお願いする」という、
「模倣呪術」が多く見られました。
おやさまにおかれては、「わが身のためし」です。

「拝み祈祷のありきたりの宗教では無い」「をやがわが身を痛めてまでもたすけを願う天理教なのだ」です。
イエスはわが身が十字架にかけられて、世界たすけを祈念されました。
模倣呪術そのもののイエス様でした。
神の子ならばこそ、「わが身のためし」に、躊躇なく、そして理を諭すたすけ一条に、
これを、
言わん言えんの内に、天理教教典の内に、深く沈められた二代真柱は、何もかも見抜き見通しの、
応法レトリックの大天才です。

218 :基本。:2014/02/13(木) 23:24:36.58 ID:nwzjtxwf
>>160
「13」これまでどんな事も言葉に述べた処が忘れる。忘れるからふでさきに 知らし置いた。  
          (明治三七・八・二三)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おふでさき執筆以前に、どんな事も言葉に述べた。
それを(忘れる)から、お筆先に書いた。
それは未来においての予言である。

この一ニ三の構造ですが、@「おふでさき執筆以前」A「おふでさき執筆中」B「おふでさき執筆以後」の、一、二、三の「三段一つ」
この基本で思案することが大切です。
「執筆以前→執筆中→執筆以後」の123、このいずれの期間においても、同一の内容が神によって語られていることを、お指図は示しています。

>>206
> おやさまに信者が出来始めると、おびやかみと認識されて、ところがありきたりの神、つまり宗教家業の同業者に妨害されて、
> @おふでさき執筆以前では「天理王」と「天理」との言葉を開始した。
> @においては、月日とは「天理・天道」、この頃辻忠作先生に「この道は天然自然」と、諭しています。

> 神・月日・をやの順序は、神・天理・つとめ の順序で、きちんと合致しています。

@ 神・天理・つとめ A 神・月日・をや
初代真柱・二代真柱・三代真柱これは、
初代、神道職の管長、
二代真柱「月日のやしろ」の真柱、
三代真柱「をやはおや様一人」「おやさまの神名は天理王命の神様。
きちんと理は合致しています。

219 :基本。:2014/02/13(木) 23:44:10.30 ID:nwzjtxwf
「天理」と言う言葉は、「てんりてんとう」「天理・天道・お天道様」。
つまり「神・天理」は、「神・月日」であると言う事です。
月日とは、赤い着物の示すように、太陽と言う事ですが、伊勢神宮の天照大神も、キリスト教のルーツといわれる「ミトラス神」も太陽神です。
ミトラスと12月25日、
12月25日には、ナタリス・インウィクティと呼ばれる祭典があった。
この祭典は、ソル・インウィクトゥス(不敗の太陽神)の誕生を祭るものである。このソル・インウィクトゥスとミトラスの関係をミトラス教徒がどう考えていたかは、当時の碑文から明白である。
碑文には「ソル・インウィクトゥス・ミトラス」と記されており、ミトラス教徒にとってはミトラスがソル・インウィクトゥスであった。
現在、12月25日はイエス・キリストの誕生日としてキリスト教の祭日となっている。しかし実際にはイエス・キリストがいつ生まれたかは定かではなく、12月25日をクリスマスとして祝うのは後世に後付けされた習慣である。
『聖書』にもイエス・キリストが生まれた日付は記述されていない。
ローマ帝国時代において、ミトラス教では冬至を大々的に祝う習慣があった。
これは、太陽神ミトラスが冬至に「再び生まれる」という信仰による(短くなり続けていた昼の時間が冬至を境に長くなっていくことから)。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そこで「理」であるが、文盲の神殿おたすけ人柳井徳次郎が伝承していて、天理市内では「天理天体図」として売られる郷里資料には、きちんと「理」とは「易」である事が明示されています。
「易学」「こよみ」。これは実は宗教です。
世界四代宗教に数え上げられています。

220 :基本。:2014/02/14(金) 00:11:42.35 ID:7uFein+V
>>172 :基本。 :2014/02/03(月) 15:44:59.43 ID:iSAJ9MiMhttp://shizu.0000.jp/read.php/cult/1262809625/202-
空海は、サンスクリットの手法で、日本版サンスクリットとして、日本の真言・「日本語・五十音表」を整理します。
それは、母音を基準にした整理法でした。
> 「木火土金水」の五行
木 つきよみ 火 をもたり 土 くにとこたち 金 くにさつち 水 くもよみ

陰陽五行と十二支で、60年と言う天理天体図は、貸し物借り物の教理として市販されていて、読まれた方も多いでしょう。
いわゆる「こよみ・易」です。
ルーツは儒教です。

「理」
http://mgenemon.sakura.ne.jp/shusigakunori.html
 朱子学では、万物は、「理」が発現したものである、というように考えます。天地は、「理」から生まれたものである、という考えです。つまり、存在している全ての事物には、「理」が宿っているものであるという主張だと思われます。
それは、人間の心についても考えられることです。人間の心にも、「理」が働いているということです。そして、人間として大切にしなければならない、道徳の心についても、
朱子学は「理」によって解明しようとします。
・・・・
儒教で用いる「理」という言葉は、本質的に道理(倫理)を意味し、天の法則であると同時に天の倫理を表していました。

易と言うものは天の法則であって、それで理を諭すと言う天理教は、初期のおたすけ現場には見られました。

221 :基本。:2014/02/14(金) 00:20:00.78 ID:7uFein+V
もう、大変に大変に感謝したい方がおられます。
それは、「れんだいこ」さんです。
この話は、「神・月日・をや」「神・天理・つとめ」の解説にはどうしても必要だったのですが、
れんだいこさんが書庫に入れておいてくださった。
ありがたい限りです。私がスレ主していたこれです。↓
http://webcache.googleusercontent.com
/search?q=cache:tfZeYTg_r0MJ:yomi.mobi/read.cgi/life8/life8_psy_1173508418+%E5%A4%A9%E7%90%86%E6%95%99%E5%8C%97%E5%A4%A7%E6%95%99%E4%BC%9A%E3%81%AE%E8%8C%A8%E6%9C%A8%E5%9F%BA%E6%95%AC&cd=3&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
愛町初代・関根豊松への礼賛防止 しばし引用します。
1 名前:基本。 [2007/03/10(土) 15:33:38 ID:SFodFfWS]天理教信者と弟子からの贈呈として、熱海に別荘を、頂いている彼。
小道具を用いてのオカルト職人の「おたすけ美談」にだまされてはいけない。
当スレッドは、異端、関根豊松氏礼賛を防止すると言う趣旨のものである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
なぜ引用するかと言うと、関根さんは「易」の達人だったと言うことを示したいからです。

222 :基本。:2014/02/14(金) 00:23:49.36 ID:7uFein+V
天理教には古神道系の行者からきた山田伊八郎とか他宗教からきた先人は大勢います。
そのなかで、易から来たと言う人物が愛町系のルーツです。
> 愛町初代・関根豊松への礼賛防止 しばし引用します。
2 名前:基本。 [2007/03/10(土) 15:56:23 ID:SFodFfWS]天理教の異端の系譜は、水屋敷→茨木事件と、連なっている。
愛町初代の所属した「麹町」は、「水屋敷事件」「茨木事件」の二つに関与している。
水屋敷と言うのは、「水のさづけ」を天理教祖から頂いた「飯田岩次郎」氏が、自分の屋敷は「こうずい屋敷」として天理教祖から許されたものだとして、地場は「ひのもと庄屋敷」、こちらは水屋敷、火は水をかければ消えるから、水は日に勝る。
と、して、天理教祖の死後に、こちらが正統であるとして、説いた異説とされている。

そして、当時、数々の奇跡的霊救が起き、水屋敷の信者は膨大な数になった。
その水屋敷の、参謀格を勤めたのが、「上田善兵衛」と言う人物で、この上田善兵衛氏は、「北分教会麹町支教会・初代会長」である。

上田善兵衛の養子(加賀美)、この人が、麹町の久保冶三郎を手引した人物であって、水屋敷事件の時に、久保家は、信仰を断念しようとしたが、
北大教会初代の茨木基敬(後に茨木事件を起こす)に、上田善兵衛の離脱の後始末を依頼されて、3年と言う条件で、茨木基敬の下に入り、実質麹町を久保家が継いだ。
関根豊松氏は、その麹町の久保家に住み込み、天理教に入信している。

久保冶三郎の入信は、陶宮術の仲間から誘われたものである。
久保冶三郎氏は易の九星術・陶宮術を学んでいた。
家康を支えた、大僧正天海の用いた占い術として知られている。明治に一時盛んであったと言う。
その、占いよりも、天理のほうが当たると言う事が、入信のきっかけと伝えられる

223 :基本。:2014/02/14(金) 00:26:26.73 ID:7uFein+V
3 名前:基本。 [2007/03/10(土) 16:41:15 ID:SFodFfWS]麹町初代を、引き止めた北大教会初代、茨木基敬を導いたのは、泉田藤吉さんです。
泉田藤吉→茨木基敬→上田善兵衛→久保冶三郎→関根豊松
泉田藤吉さんは、おたすけの名人といわれて人。
泉田藤吉→中川よし→八島よし→八島英雄

奇跡的なおたすけと言うものは、こうしたライン上にある。
そして、異端も、そのライン上に、登場する。
10 名前:基本。 [2007/03/11(日) 02:39:00 ID:mouY65V4]愛町の関根さんは、水茶屋で女性と出会っていたというのですが、それは、実は仕掛けられていて、美人局に脅迫されて、大教会長を辞職しています。
その後は、天理教の布教をしていた。
と、言うわけで、それだけなら、異端でもなんでもないのです。
が、愛町という教会を設立すると、「愛町は他の教会とは違う」という、孤立主義というか、秘密主義を貫くようになります。

上級麹町に全てを捧げる。
そんな言葉の一方で、お地場に、直接トランクで札束を、神殿の賽銭箱にいれていました。
これは、有名な話しで、愛町がお供えにくると言う事で、神殿の地下では、係りが、札束待ってくるのを待って、それを数えて、銀行に入れる段取りをしたというエピソード。
それが示すように、実は、丸ごと上級でもなんでもなく、麹町軽視を徹底していたのが、関根豊松の生存時の事実です。

それでは、なんで、大教会にならなかったのかです。
11 名前:基本。 [2007/03/11(日) 02:43:42 ID:mouY65V4]つまり、お金は、いわゆるお尽くしは、自分が直接本部の神殿に入れるという、「大演出」をして見せたのだから、それならば、直接本部の下の大教会になれば、自然なのに、真柱からの提案を、拒んでいます。

理由は、愛町が離れたら麹町は成り立たない。という理由といわれています。

それなのに、お金は、麹町にお供えしないで、膨大なものを本部に直接に運んだ。
こういう、レトリック。
愛町の、異端隠しレトリックと、基本は名づけています。

224 :基本。:2014/02/14(金) 00:42:29.51 ID:7uFein+V
20 名前:基本。 ◆XE./kJ00CA [2007/03/18(日) 07:43:53 ID:kdMHhdYn]水垢離という言葉、みずごりと読む。
古代の呪法の一つである。
熊野神社の呪法の一つとして、古代から行われていた。
www.tanabe-kanko.jp/midokoro/dessin/dessin06.htm
熊野詣と水垢離、潮垢離 引用しよう。
江川児童公園内「潮垢離浜旧跡」碑
 かつて神仏にお参りする際、しばしば全身に水を浴び、身を清めることをした。これを「垢離(こり)を取る(掻く)」といった。
 熊野に参詣する人々が、道中の随所で水垢離、潮垢離を取ったことが、書き残された日記でわかる。それは熊野詣に欠かせないものとなっていた。
 上皇や貴族たちは、出発前の数日間、特設された精進屋にこもるならわしだったが、その間にも何度かの水垢離を取っている。
・・・
思い出して頂きたい。  異端の系譜である。

>>3
> 泉田藤吉→茨木基敬→上田善兵衛→久保冶三郎→関根豊松
> 泉田藤吉さんは、おたすけの名人といわれて人。
> 泉田藤吉→中川よし→八島よし→八島英雄
泉田藤吉は、あだな「熊吉」。
水垢離をしていて、教祖から叱られた逸話がある。彼は止めた。
中川よしは水垢離の常連・常習者。夫弥吉も常習者。
八島よしさんも水垢離していたと思う。
 そして関根豊松。水垢離の常連・常習者。
東中央大教会初代柏木庫冶本人は水垢離しなかったが、奥さんは、水垢離した。
 おやさまが止めなさいと示した水垢離、古代の呪法。
行者信仰の匂いがする。
/////////////////////////////////////

引用はここまでとします。
易の中でも「陶宮術」は、徳川幕府を導いた易として有名です。

225 :基本。:2014/02/14(金) 00:57:31.51 ID:7uFein+V
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%98%E5%AE%AE%E8%A1%93
淘宮術はもともと、人が天から稟(う)けた気の本源にさかのぼり、その運気、命数を究明するとした、天海が唱え始めた「天源術」から出た。
http://mandara-an.net/tengen/index.html
天源術とは、古来中国より伝わってきた相学、占星学、方位学のなかで、天台密教の僧である天海上人がまとめ、徳川家康、家光に天下を治める帝王学として、教授しました。
日本では高島易団が明治政府に重用されたとか、易は「占い」として日本人の生活の中に深く根付いています。

貸し物借り物の教理では、「仁義礼智信」は神名と対応して教えられています。
「仁」は、人偏に二、天と言う文字が左右に分かれている。
国常立命、の理です。
「義は、おもたり命様」で、正義と言うのは、仁義の義の行為です。

この儒教の教えも、山名系では軽く扱われていますが、
「易」を利用して悟ると言う方法を愛町は取っていたと、基本的にはそう推理します。
「いんねんの的中」とか、「寿命をあてる」とかは、陶宮術にはあるとされます。

愛町は一切、それを公開していません。それだからこそ、怪しいのです。

226 :基本。:2014/02/14(金) 02:15:36.84 ID:7uFein+V
陶宮術は、幕末から明治においても、政府に利用されていた「易」です。
http://ameblo.jp/onelove-miki/day-20100524.html
最後の藩主 『 立花 種恭 』。・・・
詞藻豊かにして墨蹟高雅、
陶宮術の最高権威としても知られ、
元勲岩倉具視公の信任も最も厚かった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%98%E5%AE%AE%E8%A1%93
淘宮術
もっぱら人の生年月日の十干、十二支の配合によって宿命的な判断をおこない、開運を旨とする。
宮は本心が宿る宮の意であり、
人はその生年月日に配当された十二支に応じてそれぞれ悪癖があり、それを淘汰して運命を開き、幸福を受けさせる。干は気すなわち性を支配し、支は形すなわち質を支配するとし、陰陽五行説に準拠してすべて気候状態から敷衍して人の性質、運気などに配当して判断する。

227 :基本。:2014/02/14(金) 06:23:52.02 ID:7uFein+V
天理教神学・教学の学者は、「陶宮術」より当たると言う「天理の・易」をまるでと言うくらい研究して来ていません。
天理教で運命は変えられると言う、その「運命」を占う陶宮術が、どんなものであったかは、「理」「天理」。
儒教の教えを土台に据えて、天理の研究をするしかありませんが、基本は着手できないでいます。

228 :基本。:2014/02/14(金) 09:28:36.42 ID:7uFein+V
>>227
ただし現場的な理の使い方は試してあります。
時刻が何の刻か、卯の刻の相談事は、くもよみさまの理の埃、誠に関するもの。
そういう決め打ちで、お話して、外れはなかったように記憶しています。
私は基本的に神の働きの「自白」を待つタイプなので、見抜き見通し的、「理からの諭し」は、よほどの場合以外には私の諭しにはありません。
時刻方位、人相、手相、そういうもので諭すのはそんなに難しくはありません。
ただし、おやさま不在になりがちなのでご用心です。

229 :基本。:2014/02/14(金) 10:30:59.07 ID:7uFein+V
教義上、なかなか二代真柱を批判する勇気あるお方にはお目にかかれないが、松本滋さんと言う方の、批判を見てしまったので、
この「松本滋 (宗教学)」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E6%BB%8B_(%E5%AE%97%E6%95%99%E5%AD%A6)
松本 滋(まつもと しげる、1933年 - 2010年3月)は、日本の宗教学者、聖心女子大学名誉教授。
東京生まれ。祖父の代からの天理教の信者。1955年、東京大学宗教学科卒。1962年、ハーヴァード大学大学院に学び、1967年博士号取得、天理大学専任講師。
1969年、聖心女子大学助教授、のち教授。2004年、定年退任、名誉教授。

その頃の天理教を思想リーダーとして導いていたお方です。
少し触れます。
彼は、「経験科学」としての宗教学の功罪 ー天理驚愕との関連においてー
http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/26234/1/relb00402.pdf
にて、二代真柱を批判している。
神秘主義者の増野鼓雪が教団内で抑圧されていると、そう語り、鼓雪路線から正善路線への切り替えがあったと、示し、
二代真柱が「経験科学」としての東大宗教学にこだわって、『魂と心』の問題を曖昧にしたままで、天理教教典を作成したというのである。

二代真柱の学問的態度は「実証的観察が可能な対象」を超えない範囲で取り扱う態度であって、そこに限界があったと、言うのである。


松本さんも、並みの宗教学者だから、こんな程度のものの見方しか披露できなかったのであろう。

「聞くところによれば正善真柱は鼓雪が好きでなかったらしい。」
「鼓雪もまた真柱と肌に合わないものを感じていた。」
↑ 松本さんはこんな風に書いている。

29歳と言う異例の若さで鼓雪を本部員に抜擢したのは正善真柱。
合うも合わないも、復元の先駆者の役割の鼓雪と、当時まだ管長公の正善とは、
合ったと見せるほうがおかしいのだ。

230 :基本。:2014/02/14(金) 10:59:36.76 ID:7uFein+V
松本慈さんは、典型的な教団内知識人で二代真柱を「教義の父」と呼んでいる。
そしてその語るところは、正善真柱は「経験科学の合理主義」。
 
「鼓雪は未だ原典が刊行されぬ頃ー自分では読んでいたがー 主として信仰者の霊性を開発することによって、神に近づく方向を提示していた。」
鼓雪の神秘主義。これを彼は霊性開発と説く。

まるで分かっていない。
鼓雪は「復元」を、原典を講話で語り、神のお言葉の神秘性を実証していた。
第一期の復元の功労者です。

対して、「中山秀司」の生まれ変わりが、正善真柱と言われています。二代真柱がまだ生まれていないときに、「復元まで60年」という、日の切りをきちんと親神は入れています。
>>13-14
 明治二十二年十一月二日(陰暦十月十日)午後九時
 本席身上障り願
「さあ/\一二三々々々の切りを切りて置こう。一二三の印を打って置く。一二三の印の間、世界の道理上で通る。道理上ばかりで通す。
ようこれを聞いて置かねばならんで。」

この当事者のお二人です。

231 :中山みき原理主義者:2014/02/14(金) 17:46:11.92 ID:7mx4m224
「聞いて極楽、通って地獄」
こりゃぁ、本気で天理教してるのは、泉田籐吉と基本さんと基本さんの幼少の頃の「師」しかいませんね。
おやさまの教えを本気で説いて実行実践しているのは「黒い基本さん」しか
現況ではいないわけです。納得です。

232 :中山みき原理主義者改め脱落者:2014/02/14(金) 17:54:05.20 ID:7mx4m224
私にはとても天理教できません。
般若心経と観音経と南無大師遍照金剛、南無阿弥陀仏と称名念仏するのが
精一杯です。存命のおやさまにから拝戴した「紙」かかれたお書き下げを返上します。
ようぼく辞めます。
とてもじゃないが私には到底天理教できません。存命のおやさま基本さん、ごめんなさい。

233 :基本。:2014/02/14(金) 21:23:34.76 ID:7uFein+V
>>231
ピノキオは人間になりたい一心で頑張ります。
妖怪人間も早く人間になりたい一心で人間の為に闘います。
>>213さんは、人間なんだから、神の道具になって人間離れした用木になって、→
それから人間にして頂かなくても良いのです。
ご自覚下さい。
神は人間離れした道具や用木には「して地獄」の道ですが、
もう人間になったのなら、そんな特殊な道を選択しなくて良いし、脱落でもありません。

たすけて欲しいだけの天理教したらよいのです。

234 :基本。:2014/02/14(金) 21:57:46.32 ID:7uFein+V
「たすかりたいだけの信仰ではダメだ」「たすかりたいではたすからない」。
柏木庫冶さんでした..

おやさまの教えに「たすかりたいだけではダメだ」と言う荷物を乗っけてくれた。
このイカサマは柏木先生の生涯のミスでしょう。
【一寸身上に】
「庄屋敷へ詣ったら、どんな病気でも皆、救けて下さる。」という事を聞き、早速お詣りした。すると、夕方であったが、教祖は、
「よう帰って来たな。待っていたで。」
と、仰せられ、更に、「一寸身上に知らせた。」
とて、神様のお話をお聞かせ下され、ハッタイ粉の御供を下された。お話を承って家へかえる頃には、歯痛はもう全く治っていた。が、そのまま四、五日詣らずにいると、今度は、目が悪くなって来た。激しく疼いて来たのである。
それで、早速お詣りして伺うと、「身上に知らせたのやで。」
とて、有難いお話を、だんだんと聞かせて頂き、拝んで頂くと、かえる頃には、治っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
これのどこに「たすかりたいでは助からない」があるというのか。
痛い、たすけて下さい。お話を聞く、治る。
である。

【ふた親の心次第に】逸話篇
文久三年七月の中頃、辻忠作の長男由松は、当年四才であったが、顔が青くなり、もう難しいという程になったので、忠作の母おりうが背負うて参拝したところ、教祖は、
「親と代わりて来い。」
と、仰せられた。それで、妻ますが、背負うて参拝したところ、
「ふた親の心次第に救けてやろう。」
と、お諭し頂き、四、五日程で、すっきりお救け頂いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「たすかりたいではたすからない」「たすける心がたすかる理」とか、喧伝された。

人間完成の道と同じ匂いがする。
たすかりたいから、たすけて頂けるのである。

235 :基本。:2014/02/14(金) 23:36:20.86 ID:7uFein+V
「20」
次いで、親神を月日と称え、目のあたり天に仰ぐあの月日こそ、親神 の天にての姿であると眼に示して教え、世界を隈なく照し、温みと潤い とを以て、夜となく昼となく、万物を育てる守護を説き聽かせて、一層 の親しみと恵とを感じさせるよう導かれた。それと共に、
  いまゝでも月日のやしろしいかりと
  もろてあれどもいづみいたなり         六 59
  このあかいきものをなんとをもている
  なかに月日がこもりいるそや          六 63
・・・・・・・・・・・
Aおふでさき執筆時に「このあかいきものをなんとをもている なかに月日がこもりいるそや」
と、あるのは、@おふでさき執筆前にも話題があった事を意味しています。
「赤い着物」については、http://blogs.yahoo.co.jp/mei141944/26990397.html
教祖の現した不思議なことは、数え切れないほどでございます。
 幕末の頃の話ですが、手伝いに来ていた娘さんに教祖は大和木綿一反を与えられました。 その木綿は織ったばかりの白木綿でございました。
 その時娘は、「どうせ頂くのなら模様があればいいのに」と思ったそうでございます。
 すると教祖は、「その木綿をな、井戸水をたらいに汲んでそこに浸して朝日に照らしておきや」 
「そしたらお前の好きな模様が出てくるで」と仰せられたのでございます。
 娘は毎朝木綿を水に浸し、朝の日様に照らして干したのでございます。 すると三日目には白木綿の生地に、綺麗な井筒模様が彩られて浮いてきたのでございます。
 「それを大事にしておき、後になったら後光のさす日が来るで」 「国々から金を出してもらいに来る日があるで」と仰せられたのでございます。
 娘はよろこんでその不思議な宝をみやげに村へ帰りました。
 後に近江の国、瀬田に嫁ぎ、その不思議な木綿の話をしたのでございます。
 するとそれは珍しいという噂が広がり、 各方面から生き神様の木綿を、一切れでも欲しいと貰いに来たのでございます。
 これを信者たちは「教祖の天日染め」と言い、宝物として社に収めて拝んだのでございます。

236 :基本。:2014/02/14(金) 23:46:32.13 ID:7uFein+V
>>235
> Aおふでさき執筆時に「このあかいきものをなんとをもている なかに月日がこもりいるそや」
> と、あるのは、@おふでさき執筆前にも話題があった事を意味しています。
http://blogs.yahoo.co.jp/mei141944/26990397.html
このような話は、ほかにもたくさんございます。
 それは娘の小寒様が浪速布教から帰った時のことでございます。
 その日は雨が降って、みんなぬれて帰ったと申します。
 するとその時、教祖は次のように仰せられたと伝えられているのでございます。 
「今日といってもいかんから、明日からすっきり赤い着物に着替えるで」と。
 みんなは急に言われても、そう簡単に取り替えられないと思ったのでございます。 
すると教祖は、「たらいに井戸水を汲んで着物をつけて置いたらいいのや」と仰せられました。
 小寒様が仰せのままに着物をつけておいたところ、
 翌朝には、縞柄の着物が赤一色に染まっていたということでございます。
 ほかにもにまだまだ不思議な話が、たくさん語り伝えられているのでございます。 
・・・・・・・・・・・・・・・・・
みき姉さんはどこどこまでも、「@AB」。子供の分かるように、お示しです。

237 :基本。:2014/02/15(土) 07:28:23.83 ID:PRot5bXq
天日染め、逸話編にはこうあります。【染物】逸話篇14
 ある時、教祖が、「明朝、染物をせよ。」と、仰せになって、こかんが、早速、その用意に取りかかっていた。
すると、ちょうど同じ夜、大豆越でも、山中忠七が、扇の伺によってこのことを知ったので、早速、妻女のそのがその用意をして、翌朝未明に起き、泥や布地を背負うてお屋敷へ帰って来た。
そして、その趣きを申し上げると、教祖は、
「ああそうか。不思議な事やな。ゆうべ、こかんと話をしていたところやった。」
と、言って、お喜び下された。こういう事が度々あった。
 染物は、後にかんろだいのぢばと定められた場所の艮(註、東北)にあった井戸の水で、お染めになった。教祖が、
「井戸水を汲み置け。」と、仰せになると、井戸水を汲んで置く。
そして、布に泥土を塗って、その水に浸し、浸しては乾かし、乾かしては浸す。
二、三回そうしているうちに、綺麗なビンロージ色に染まった。
この井戸の水は、金気水であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
金気水と染色の関係は、古代染色研究家はこう語っている。
http://www.mashisa.jp/interview/index.html
染色の口伝
一.よい染色(そめいろ)は五行の内に有り。 本来の染色を得んとする者は、 五行の訓(おしえ)に従って、その業をすること。
  五行の訓とは、 木(もく)、火(か)、土(ど)、金(ごん)、水(すい)、を言う。・・・
金の章。
金気(鉄気・かなけ)は美しい色の大敵也。金気(鉱物質ならん)なければ色彩固まらずと言えども、
金気にも善悪あるを知るべし。霊(たま)に良き霊と悪しき霊のある如し。
一見して善しと見るは注意せよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
染色とは『実は「化学実験」と言っていいほど、化学が入り込んでいる。』ものであるという。

綺麗に染まるには言わば敵である「金気水」を用いて、おやさまは「天日染め」をなされている、そのことそのものが「月日」「天理」の親神である事をきちんと証明していた。
@おふでさき執筆以前の出来事であり、「忘れるから筆先に」知らされている。

238 :基本。:2014/02/15(土) 09:34:11.35 ID:PRot5bXq
「おやさまの天日染め」 これは正に@天理・天道・天日染め、A月日の社・赤衣のおやさま、中に月日がこもりいる」
陰陽五行の儒教で言う「理」と、科学的真理としての「理」と、二つながらに一つ、みきは親神様であるときちんと示しています。
http://www.mukogawa-u.ac.jp/~ushida/chem.htm
染色をする人のための化学の基礎知識・・・
◆なぜ化学?
・・ 染色の原理や薬品の知識がなくても染色をすること自体は可能であるが、原理を把握している方が、より合理的な染色を行うことができる。
ここでは、染色のための化学を、化学を知らない人にもわかるように解説するとともに、染色の手引き書や化学事典等からも得られないような、実際的な薬品の基礎知識をなるべく詳しく述べる。
・・・・・・・・・・・・
↑以下説明は続いている。

要するにみき姉さんは「染色科学の大天才」だったと言う事である。


山名系の教義学者さんは「月日の社」の「社」にこだわって教義学上の話題としてきましたが、
おやさまの「天日染め」。
「赤衣」を社に入れて祀ると言うことが、実際に行われた教義上の意味については、全く無視してきました。
小寒の17歳においがけと「天日染め」の、教義上の意味、凄く重大なのに無視してきました。
・・・・・・・・・・・・・・・・
  なにもかもちがハん事ハよけれども
  ちがいあるなら歌でしらする          一 23
とて、親神の思召を伝えられ、
・・後々繰り返し繰り返し思案させるよう、心を配られた。この事は、 後日、

 これまでどんな事も言葉に述べた処が忘れる。忘れるからふでさきに 知らし置いた。            (明治三七・八・二三)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まさに、諸井の天理神学深谷の天理教学の「虚構性」は、
忘れたことをごめんなさいもせずに、「ひながた」無視が当然と言う露骨な謀反である。騙された私たちが悪い。

239 :神も仏も名無しさん:2014/02/15(土) 09:42:28.18 ID:JgZ0Pp+6
基本。は大社高山が世界をままにするレベルを分かってないんじゃないか。

今やテクノロジーで人間を操ることなんて簡単なんだぞ。
そのテクノロジーを使ってカルトが国内で色々やらかしてんのしらねーの?

240 :基本。:2014/02/15(土) 17:58:54.42 ID:PRot5bXq
二代真柱様の応法レトリックは、教えが復元され公刊された「天理教教典」において、
最も顕著な個性となって、教典全体を美しく覆っています。
身震いするほどの感動を、お感じになられたでしょうか。

18の頃でした。天理教の教典の勉強会をすると、学生会で私主催で始めた事がありました。
問題は、この教典本文に引用されている「おさしづ」です。
「 これまでどんな事も言葉に述べた処が忘れる。忘れるからふでさきに 知らし置いた。            (明治三七・八・二三) 」

私は、二代真柱は、とんでもない悪魔だと、思いました。
(明治三七・八・二三)のお言葉を、少なくとも合理的に説明できないと、この教典のこの場所は、勉強会をした事にならないからです。
明治三十七年八月二十三日
日露戦争に付、天理教会に於て出征軍人戦死者の子弟学資補助会組織致し度く願
さあ/\尋ねる事情/\、いかな事も尋ねにゃ分からん。
さあ/\今この一時一つ世界という中に、一つという理は、世界にある。
そこで、これまでどんな事も言葉に述べた処が忘れる。忘れるからふでさきに知らし置いた。
ふでさきというは、軽いようで重い。軽い心持ってはいけん。話の台であろう。
取り違いありてはならん。この台、世界の事情、もうどう成ろうかこう成ろうか、一つの台。
敵は大きもの、全国に於ても大層と言う。
古き/\事に、年限から諭してある。
この一つの心得は今日の事や。
有る事言うた事はない。紋型無い処から順序追うて来たる道。
難しい事望んで、難儀苦労さす道を付けたのやない。
ほのかに諭して居るやろう。
理は一つに纏まりてくれにゃならん。・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「古き/\事に、年限から諭してある」
これが説明出来ないでは、教理勉強の主催者の資格なし・・・
応法レトリックの怖さは、中途半端な知識では、がんじがらめに自縄自縛の罠に落ちます。

241 :基本。:2014/02/15(土) 18:03:47.62 ID:PRot5bXq
>>239
> 今やテクノロジーで人間を操ることなんて簡単なんだぞ。
これはそういうプロパガンダに洗脳された結果の、脳内汚染です。
人間は簡単には操れない。
商品一つ買わせるためにだって、あらゆるテクノロジーを使いますが、
それが必ず成功するとは限っていません。

現在は「おやさま」がお働きで、高山のテクノロジーが万能ではない、既にそういう状態です。

242 :基本。:2014/02/16(日) 03:39:45.00 ID:lqQLX/Dw
古き/\事に、年限から諭してある。
この一つの心得は今日の事や。
有る事言うた事はない。紋型無い処から順序追うて来たる道。
難しい事望んで、難儀苦労さす道を付けたのやない。
ほのかに諭して居るやろう。
理は一つに纏まりてくれにゃならん。

「古き古き事に」とあるのは、
「実の箱時代」ひながた50年で思案しますと、「実の箱時代」
@お筆先執筆以前 Aお筆先執筆中 Bお筆先執筆以後

「おさしづの時代」で思案しますと、「古き古き」ですから、このお言葉の前、以前のお言葉の、更にその以前のお言葉となります。

年限から諭してあると、言うのですから、それはこの年限ですと、ズバリ示せないと、講師失格です。
難儀なものです。


「古き古き事」は、当然、@お筆先執筆以前 Aお筆先執筆中 Bお筆先執筆以後の、この全てになければならない。
 ご本人は全部承知だから宜しいとして、こんな難しいことを、さらりと伏せてお説きになる。
 悪魔とお呼びするほうが正しい所業です。

243 :基本。:2014/02/16(日) 03:40:33.15 ID:lqQLX/Dw
深谷教学の「天理大学おやさと研究所」編、おさしづ研究事情さとしが、参考になると言えばなる、それで、
このおさしづの前に、似たような趣旨のお指図の存在を知りました。

明治二十七年七月二十六日 朝
日清間事件に付朝鮮国へ人夫五百人本部より出す願
さあ/\尋ねる事情、さあどういう事始まる。どういう事聞くとも分からん。
やれ怖わや恐ろしや、分からん。何度の諭してある。
事情はふでさきに写してある。
今の間にも見えると伝えて、どうでも是非々々残念を現われにゃならん。
・・・
大概の理は諭したる。これまでうか/\聞いてはならん。
幾日日柄月柄楽しう理了い次第と言うてある。
五月五日より始まると言うて、今見えるというも何年以来に伝えてある。
多く話伝えて居る。

これは「古き事」です。
これまでうか/\聞いてはならん。
幾日日柄月柄楽しう理了い次第と言うてある。
五月五日より始まると言うて、今見えるというも何年以来に伝えてある。
多く話伝えて居る。

この「古い方のおさしづ」これはこれで、厄介なことですが、お言葉にヒントがあって、扱いやすいのは「日清」の時のおさしづでした。

それにしても、「多く話伝えて居る。」と神様は言うが天理教団は「まるで無視している」予言。

『ふでさきというは、軽いようで重い。軽い心持ってはいけん。話の台であろう。』
ズシリと重く、18歳では、軽い話程度にしか解説できない基本でした。

244 :基本。:2014/02/16(日) 04:00:51.65 ID:lqQLX/Dw
5月5日、何があったのか。
明治27年5月5日、一発の銃弾が日本人に向けて発射されたと、(記憶・当時の朝日新聞)で、記事を見ました。
これはプロパガンダ・情報戦略で、国民は一瞬に清国を打てに、変わりました。

245 :脱落者:2014/02/16(日) 05:54:54.71 ID:86yg9Z9v
基本さん、おはようございます。>233 :基本。:2014/02/14(金) 21:23:34.76 ID:7uFein+V
>>231
ピノキオは人間になりたい一心で頑張ります。
妖怪人間も早く人間になりたい一心で人間の為に闘います。
>>213さんは、人間なんだから、神の道具になって人間離れした用木になって、→
それから人間にして頂かなくても良いのです。
ご自覚下さい。
神は人間離れした道具や用木には「して地獄」の道ですが、
もう人間になったのなら、そんな特殊な道を選択しなくて良いし、脱落でもありません

基本さん、この文言をですね、もうちょっと噛み砕いてご説明していただけませんか。
私には基本さんのように天理教できないと言う脱落観無力観むなしさに覆われずーと、天理教のおつとめはしてないんです。
家の大日さま観音さまに至心に、三礼・懺悔文・開経偈・般若心経・観音経偈・光明真言・大師宝号・回向、高野山のおつとめと、そして天台宗の六字名号の称名念仏の勤行をしております。

246 :基本。:2014/02/16(日) 08:48:03.47 ID:lqQLX/Dw
先ず基本的には、「つとめでも心の勤め、身の勤め」と教えられていますが、
「宗教的な勤行・おつとめ」は私の場合全て排除しています。
「つとめ一条で皆たすかるで」とは、「宗教的勤行はこれを除く」というのが基本です。
だから、したい人にはどうぞと言いますが「朝晩のおつとめ」などはまるでしません。
お勤めするくらいなら、カラオケ店なら「歌を歌え」です。

山名系のぎもう性と言うのですが、神前で神に対座したとき心澄み切れば良い、そういう詭弁を用います。
それは「つとめ」ではない。

> 家の大日さま観音さまに至心に、三礼・懺悔文・開経偈・般若心経・観音経偈・光明真言・大師宝号・回向、高野山のおつとめと、そして天台宗の六字名号の称名念仏の勤行をしております。
これ全部やめてしまわないと、おやさまに受け取って頂く「心のつとめ」「身のつとめ」は出来ません。

神を他人扱いするなと言う事です。

247 :基本。:2014/02/16(日) 09:04:28.12 ID:lqQLX/Dw
脱落者さんは、「模倣魔術」という用語について真剣に思案されるべきです。
「模倣魔術」が「おやさまの教え」。
「天理王命神前での勤行・お勤め」は異端行動。

だから、お勤めするというのなら、どの対象にどのような魔術効果を与えるのか、意図を明確に持つべきです。

248 :基本。:2014/02/16(日) 09:14:48.88 ID:lqQLX/Dw
>>213さんは、人間なんだから、模倣魔術の魔術師にならなくて良いのに、
> 家の大日さま観音さまに至心に、三礼・懺悔文・開経偈・般若心経・観音経偈・光明真言・大師宝号・回向、高野山のおつとめと、そして天台宗の六字名号の称名念仏の勤行をしております。
そんなことしてるから、サタンにとりつかれるのだと、イエス様なら言われるでしょう。
「天国の門をくぐりたければ、財産を施してしまいなさい」。
「 > 家の大日さま観音さまに至心に、三礼・懺悔文・開経偈・般若心経・観音経偈・光明真言・大師宝号・回向、高野山のおつとめと、そして天台宗の六字名号の称名念仏」
欲が深すぎだと、一休禅師ならお笑いになるでしょう。
そんなものより「しゃれこうべ」一つ、「門松や冥土のたびの一里塚」。

イエスの門であれ、仏門であれ、先ず無くすことから。
神に祈るなら、人のためだけに、それも魔術系だけにすべきです。

249 :基本。:2014/02/16(日) 09:25:49.79 ID:lqQLX/Dw
あなたは、「基本さんのように天理教できないと言う脱落観無力観むなしさに覆われ」
ではなくて、して地獄が嫌だ。
でも関根豊松のようになりたい。

そうなると、サタンに取り付かれた姿です。

貴方のしたい天理教と言うものが、まるで天理教で無い。
この違和感を、ご思案下さい。

250 :基本。:2014/02/16(日) 09:39:58.41 ID:lqQLX/Dw
天理教教典の基本教理を学んできて、213さんは、何も教えの基本を身につけていないわけです。
「 > 家の大日さま観音さまに至心に、三礼・懺悔文・開経偈・般若心経・観音経偈・光明真言・大師宝号・回向、高野山のおつとめと、そして天台宗の六字名号の称名念仏」
これしてるだけで、道の邪魔です。

【えらい遠廻わりをして】逸話篇10

 文久三年、桝井キク三十九才の時のことである。夫の伊三郎が、ふとした風邪から喘息になり、それがなかなか治らない。
キクは、それまでから、神信心の好きな方であったから、近くはもとより、二里三里の所にある詣り所、願い所で、足を運ばない所は、ほとんどないくらいであった。
けれども、どうしても治らない。
 その時、隣家の矢追仙助から、「オキクさん、あんたそんなにあっちこっちと信心が好きやったら、あの庄屋敷の神さんに一遍詣って来なさったら、どうやね。」と、すすめられた。
目に見えない綱ででも、引き寄せられるような気がして、その足で、おぢばへ駆け付けた。旬が来ていたのである。
 キクは、教祖にお目通りさせて頂くと、教祖は、
「待っていた、待っていた。」
と、可愛い我が子がはるばると帰って来たのを迎える、やさしい温かなお言葉を下された。それで、キクは、「今日まで、あっちこっちと、詣り信心をしておりました。」と、申し上げると、教祖は、
「あんた、あっちこっちとえらい遠廻わりをしておいでたんやなあ。おかしいなあ。ここへお出でたら、皆んなおいでになるのに。」
と、仰せられて、やさしくお笑いになった。このお言葉を聞いて、「ほんに成る程、これこそ本当の親や。」と、何んとも言えぬ慕わしさが、キクの胸の底まで沁みわたり、強い感激に打たれたのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
遠回りを自分からする人は、231さんの事です。
おやさまを馬鹿にしている自覚なく、たすけの道の邪魔にはなっても、道具は無理です。

251 :基本。:2014/02/16(日) 09:49:40.09 ID:lqQLX/Dw
おやさまは「神・月日・をや」「神・天理・つとめ」と、親神の理を詳しく教えて下さった。
213さんは、親神の理の何を信じているのですか。信心しているのですか。

あなたは勘違いしていますが、基本は宗教色はいらない。「神」は基本の親神にはいらない。
「つとめ」は神事としての勤めはいらない。

基本の天理教は「神抜き・つとめ抜き」。「月日と天理」の親神信仰です。

252 :基本。:2014/02/16(日) 14:07:50.18 ID:lqQLX/Dw
厳しいこと書きましたが、わが身わが内の事は、「たすけを願う」こと以外は、全て何を語っても神には受け取る理は無いのです。
213さんは、ご自分の思案ばかりが優先していて、わやの思いをまるで思案されていない。
それでは、我欲そのものであって、山名系の偽キリストと同じ事になってしまう。

>>250
あなただったら、「ここにもみんないたのか」。「じゃみんな拝めば良いってことだ」。
そういう悟り違いが平気で出来てしまう。
ここに来たら、元の神が実の神がいる、それは「をやさま」だ。

確信が持てるには、「全財産捨てたら」、もてますよ。

でも、全財産捨てたら「人間やめる・地獄道」です。
だから、全財産を守って通れるような、普通の人間生活を目指して欲しいです。

253 :基本。:2014/02/16(日) 14:18:21.07 ID:lqQLX/Dw
>>244
> 明治27年5月5日、一発の銃弾が日本人に向けて発射されたと、(記憶・当時の朝日新聞)で、記事を見ました。
> これはプロパガンダ・情報戦略で、国民は一瞬に清国を打てに、変わりました。
/////////////////////
しかし公式の史実にはこの5月5日はまるで現れていない。

おふでさきの予言と実現は、この事実もその一部であったろうが、的確にこれだと射抜いてはいないきらいがあります。

基本は色々確かめました。

254 :基本。:2014/02/16(日) 14:24:21.92 ID:lqQLX/Dw
>>253
> 基本は色々確かめました。
>「明治二十七年七月二十六日 朝」
> 日清間事件に付朝鮮国へ人夫五百人本部より出す願
> ここにも、『事情はふでさきに写してある。今の間にも見えると伝えて、どうでも是非々々残念を現われにゃならん。』と、日清戦争の事情は、おふでさきの予言の実現である事が知らされています。
> 『幾日日柄月柄楽しう理了い次第と言うてある。』
> 『五月五日より始まると言うて、今見えるというも何年以来に伝えてある。』
> ここに示されているのは、おふでさきに五月五日と知らされたものは、今の事情なのだよという、明確な内容です。

先ず、おふでさき六号に知らされた「五分五分として成人した」、これが、明治27年の事情を、あらかじめ知らしていたことは、お分かり頂けたと思います。
> 『幾日日柄月柄楽しう理了い次第と言うてある。』
これは、おふでさき十号のおうたを直接的に示しています。
 このひがらいつころなるとゆうならば
 たあのしゆりをしまいしだいに   十号16
そして、「ひがら」とは、おふでさき四号にしらされてありました。
 このひがらいつの事やとをもている
 五月五日にたしかでてくる     四号3

> 『五月五日より始まると言うて、今見えるというも何年以来に伝えてある。』
この、五月五日よりというものが、おふでさき四号3、に知らされたものであり、それが、日清間の事情であると言う事をしめしたものです。

255 :基本。:2014/02/16(日) 14:44:16.07 ID:lqQLX/Dw
>>254
> 基本は色々確かめました。
149 名前: 基本。◆B5BIYWRc 投稿日:2010/02/10 08:18 ID:KrVQkBrs0
おふでさき、扉に記載された数理が、日本の戦争内乱の予言になっていましたことについても、別スレよりコピーします。
http://shizu.0000.jp/read.php/cult/1199017873/ [ソースチェック]
878 名前: 基本◆SrmDuOF. 投稿日:2010/02/04 09:56 ID:TIvmhIR60
第四号、七十七歳老女 明治7年4月。(←扉に記載)

1年目 1874年4月〜  
お筆先四号 77歳 7号 7年  4月 予言

4年目 
1877 西南戦争 
[(2月から)9月24日 西郷軍敗戦]

4+7=11年目 
1884 秩父事件 
[(10月31日)から11月9日にかけて、農民武装放棄鎮圧]

7+7+7=21年目 
1894 日清戦争
[(7月)から1895年(4月)、日本勝利]

7+7+7+4+7=32年目
1904 日露戦争[(2月6日)から (明治38年9月5日)日本勝利]

4×7=28年目 
1901年 日本初の社会主義政党。治安警察法によって禁止された。

7+7+4=18年目
1891年 足尾公害事件 第2回議会(1891年11月26日開会)田中正造議会闘争。

256 :基本。:2014/02/16(日) 14:50:13.69 ID:lqQLX/Dw
しかし、今日まで、その予言の数理の本線にたどり着けなかった。
それは、二代真柱様に大笑いされてしまいそうな、初歩的な認識不測が原因でした。

257 :基本。:2014/02/16(日) 16:55:01.06 ID:lqQLX/Dw
教祖は、

  このよふハりいでせめたるせかいなり
  なにかよろづを歌のりでせめ          一 21

  せめるとててざしするでハないほどに
  くちでもゆハんふでさきのせめ         一 22

  なにもかもちがハん事ハよけれども
  ちがいあるなら歌でしらする          一 23

とて、親神の思召を伝えられ、
  だん/\とふてにしらしてあるほどに
  はやく心にさとりとるよふ           四 72
と、後々繰り返し繰り返し思案させるよう、心を配られた。この事は、 後日、
 これまでどんな事も言葉に述べた処が忘れる。忘れるからふでさきに 知らし置いた。            (明治三七・八・二三)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
↑天理教教典本文です。
これにどう解説していたかと言うと、隠されている前後のおふでさきが意味があると解説していた。
が、それがずぼっと抜けていた。
論語読みの論語知らず、まさに基本語りの基本知らずを地で言っています。

258 :基本。:2014/02/16(日) 17:04:59.77 ID:lqQLX/Dw
基本語りの基本知らずを、見てみましょう。
FC掲示板おやさまに、基本語りの基本知らずさんは、おやさまの思想をこう説明しています。

「[14] 基本。 2006/11/23 23:29
「見えてから説いてかかるは世界並み」「見えん先から説いておくぞや」

このおやさまの思想は、徹底したものであり、預言者としての自らを定義しています。
見えてから説かないという事は、自らの発した思想の「永遠性と持続性」を普遍的に、保障した宣言であり、無責任ではないという事になります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
みへてからといてかゝるハせかいなみ
みへんさきからといてをくそや (1-18)


その直後に、この予言です。基本語りの基本知らずさんは、目が節穴。

このさきハ上たる心たん/\と
心しづめてハぶくなるよふ (1-19)

このハほくむつかしよふにあるけれと
だん/\神がしゆこするなり (1-20)

つまり、「和睦」の予言がなされていた。
しかもそれは、教典引用のおうたの、隠された二代真柱様応法レトリックのまさにそのもの。

このよふハりいでせめたるせかいなり
なにかよろづを歌のりでせめ (1-21)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

259 :基本。:2014/02/16(日) 17:12:18.90 ID:lqQLX/Dw
おやさまは世界の平和のために立教された。
「見えてから説いてかかるは世界並み」「見えん先から説いておくぞや」と、宣言し、

上たる心たん/\と 心しづめてハぶくなるよふ (1-19)
音では「和睦なるよう」文字では「省くなるよう」の、守護を予言されています。
 それは、明治2年でした。
五月五日は、5×5 =25年後、 明治27年日清戦争が開始となりました。

260 :基本。:2014/02/16(日) 17:13:25.77 ID:lqQLX/Dw
明治二十七年七月二十六日 朝
日清間事件に付朝鮮国へ人夫五百人本部より出す願
さあ/\尋ねる事情、さあどういう事始まる。どういう事聞くとも分からん。
やれ怖わや恐ろしや、分からん。何度の諭してある。
事情はふでさきに写してある。
今の間にも見えると伝えて、どうでも是非々々残念を現われにゃならん。
ならん中の道から新しい道が見せ掛ける。
どういうこうと思うた理を計り、こうしたらよかろう、
さしづを以て一つの事情、これ第一の事件、第一話までの話であろう。

ほんに出来たかいなあ、一つの心一つ治める。
今一時の道は、怖わき恐ろしい道を通らねばならん。未だ柔んわりと諭する。
それより人夫一つの理を以て一つ防ごう一つ抑えよう、大概もう世上の処、要らざる事やなあ、一つには道のため果たしてみよう、聞いたる道が出来て来た。
大概の理は諭したる。これまでうか/\聞いてはならん。
幾日日柄月柄楽しう理了い次第と言うてある。
五月五日より始まると言うて、今見えるというも何年以来に伝えてある。
多く話伝えて居る。
一時早くの理に人夫と言えば一寸俺も/\と言う。これも道で一寸には集まる。今一時集まり難くい。
一日一日迫り来る事情お前もな/\。一時の処は応法些かなる印までにして未だ/\治まらん。
どうでも治めてみせる。
遠く所へ出越す。大いの心を働くと言う。
難しい理を尋ねる。さしづの理を以て掛かれば一つの道明らかと言う。
これまでの話の理に心を寄せ、一時一寸の理を運び、一度二度未だ是非々々の道があるで。
それ/\話詳しく伝えて、一時の道を通ってくれるよう。

261 :基本。:2014/02/16(日) 17:17:59.10 ID:lqQLX/Dw
>>240 :基本。:2014/02/15(土) 17:58:54.42 ID:PRot5bXq二代真柱様の応法レトリックは、教えが復元され公刊された「天理教教典」において、
最も顕著な個性となって、教典全体を美しく覆っています。
身震いするほどの感動を、お感じになられたでしょうか。

私は、二代真柱は、とんでもない悪魔だと、思いました。
(明治三七・八・二三)のお言葉を、少なくとも合理的に説明できないと、この教典のこの場所は、勉強会をした事にならないからです。
明治三十七年八月二十三日
日露戦争に付、天理教会に於て出征軍人戦死者の子弟学資補助会組織致し度く願
さあ/\尋ねる事情/\、いかな事も尋ねにゃ分からん。
さあ/\今この一時一つ世界という中に、一つという理は、世界にある。
そこで、これまでどんな事も言葉に述べた処が忘れる。忘れるからふでさきに知らし置いた。
ふでさきというは、軽いようで重い。軽い心持ってはいけん。話の台であろう。
取り違いありてはならん。この台、世界の事情、もうどう成ろうかこう成ろうか、一つの台。
敵は大きもの、全国に於ても大層と言う。
古き/\事に、年限から諭してある。
この一つの心得は今日の事や。
有る事言うた事はない。紋型無い処から順序追うて来たる道。
難しい事望んで、難儀苦労さす道を付けたのやない。
ほのかに諭して居るやろう。
理は一つに纏まりてくれにゃならん。・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「古き/\事に、年限から諭してある」
これが説明出来ないでは、教理勉強の主催者の資格なし・・・
応法レトリックの怖さは、中途半端な知識では、がんじがらめに自縄自縛の罠に落ちます。
/////////////////////////////////////

年限、そんなものはお筆先にはっきり書いてあります、

7号 78年老母 明治8年2月

月日より三十八ねんいぜんにて
あまくだりたる元のいんねん (7-1)

262 :基本。:2014/02/16(日) 17:28:06.68 ID:lqQLX/Dw
38年の数理の基本を申し上げます。
1838年(天保9年)12月12日(陰暦10月26日)、立教。 
   1として38年。
1875年(明治8年)6月29日(陰暦5月26日)、地場定め。

これが基本です、

263 :基本。:2014/02/17(月) 04:09:56.39 ID:hygbN8BR
天理教団 みにふろログ倉庫 第2宗教板 引用します。
38年という数理の意味は、フリーフォーラムへの私の投稿から引用しますと、
http://yousun.s82.xrea.com/cgi-bin/patio2/patio.cgi?mode=view&no=66
> 「38年後は「月日より三十八年以前にて天下りたる元の因縁。」
> 「月日よりその因縁がある故に何か委細を話したいから」
> 「上たるハそれを知らずに何事も世界並やと思うているなり」
> 1875年、2月、親神は、38年という数理を示して、委細を話したいと、告げられました。
> 1875年、5月、こう。宣言されています
> 「日々に月日残念山々と積もりてあるを晴らしたいから」 > これは、お筆先八号の冒頭です。
> 「この処つとめ場所は人間を始め出したる処なるぞや」
> 「人間を始め出したるこのをやは存命でいるこれがまことや」
> これが、承知できていない事こそ、最大の残念であると、親神様は言われています。
> 「かみなりも地震大風水つきも これは月日の残念立腹」
> 「この事を今まで誰も知らんから、このたび月日先へ知らする」
> 親神様は、地震も、先に知らせておくといわれました。
> 明治24年10月31日に、濃尾平野の大地震へのおさしづの中で、親神様は、
> 「やれ恐ろしい、やれ怖わい、やれ恐ろしい。これまでに話し、刻限事情にも諭したる。」
と、刻限事情として既に諭してあると、宣言されました。
> 38の数理は、
> 1885年11月 公認運動の中心に初代真柱が入る。
> 38年後、関東大震災の復興支援。
> 1908年11月 初代真柱が管長の公務開始。
> 38年後、敗戦後の復興支援。
> 1915年11月 二代真柱が天理教の真柱の公務開始。
> 38年後、九州地方風水害に対策本部。慰問使派遣。紀州風水害に慰問使派遣。
> 1967年11月 三代真柱が天理教の真柱に。
> 38年後、スマトラ沖地震復興支援。
> このように、神様は見せてくれております。
> 同様に、
> 1854年12月 初代真柱前生の梶本亀蔵出産。
> 38年後、濃尾平野震災への復興支援。 > これも、神様の見せてくれた事です。

264 :基本。:2014/02/17(月) 04:34:04.53 ID:hygbN8BR
>>263
1798年6月におやさまは誕生しました。定命は115才です。
1838年12月 立教です。 定命まで75年
1875年6月、地場定め。 定命まで38年。

お筆先の数字は「過去と未来」に同時で数理を示されます。

7号 78年老母 明治8年2月
月日より三十八ねんいぜんにて あまくだりたる元のいんねん (7-1)

このお筆先の38年後には、おやさまが115才うつしみを隠される始まりが来る。
 立教→ 地場定め→ 存命の理のおやさま

1913年115才。 1914年 教祖殿新築落成。

265 :基本。:2014/02/17(月) 04:38:33.71 ID:hygbN8BR
天理教団 みにふろログ倉庫 第2宗教板 引用します。
75 名前:神様の見せてくれた事 :2005/02/02(水) 12:29この事は、フリーフォーラムの基本さんの基本教理から引用すると、分かりやすいと思います。
http://yousun.s82.xrea.com/cgi-bin/patio2/patio.cgi?mode=view&no=40明治34年5月25日に、御本席は、本部員を残らず寄せて、一同が打ち揃いしますと、その時には、お敷布団しかずにお座りのままでおさしづをしました。
> 元冶元年勤め場所の普請。
> 伊蔵様に、普請についてのお言葉があってから、38年以前は、。
> 1827年8月から1828年8月頃である。
> それは、黒ほうその預かり子の為に、中山みきが、わが子の命を差し上げますと助けを願われている。
> その時、迎え取られた子が、生まれ変わっての小寒様である。
> いわば小寒様のルーツ、それから、38年、勤め場所の普請。
> それから38年、38年後の予言。教祖のお守のおさしづ。
> それから38年、教団の戦争協力、革新態勢。
このように、史実が整理されています。
しんを狂わせて仕舞うような信仰の原因は、38、三重の八。
八は、高慢。
このように神様は見せて下さっていること、基本さんの基本教理に示されています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

266 :基本。:2014/02/17(月) 18:09:58.74 ID:hygbN8BR
38年という数理を示された行為そのものは、
Aおふでさき執筆中には、
>>264
> 7号 78年老母 明治8年2月
>  月日より三十八ねんいぜんにて あまくだりたる元のいんねん (7-1)
これが、それに相当します。
Bおふでさき執筆後においては、
> 明治34年5月25日に、御本席は、本部員を残らず寄せて、一同が打ち揃いしますと、その時には、お敷布団しかずにお座りのままでおさしづをしました。
これがそれに相当します。
この時、38と言う数理が過去と未来の双方向に向かっているものであることを示す、おさしづの構成となっていまあう。
「75年の折り返しが以後以来38の年」。「75年たって日本あらあら」と示された数理がの中間点の数理です。

(続きます)


@おふでさき執筆前については、
> 伊蔵様に、普請についてのお言葉があってから、38年以前は、。
> 1827年8月から1828年8月頃である。
> それは、黒ほうその預かり子の為に、中山みきが、わが子の命を差し上げますと助けを願われている。

267 :基本。:2014/02/17(月) 18:26:34.93 ID:hygbN8BR
教典にさりげなく引用された一行のお言葉を解説しようとしたら、
38と言うお筆先の数理を、それを一通り解説しなければ、解説にならないわけです。

すると、
立教→地場定め→おやさま存命お住まい(教師殿新築)のライン75年。
わが子の命差し上げます→元冶元年つとめ場所普請→「教義、組織改善要求を受ける」(お敷布団しかずにおさしず)
→軍事協力の道

こういう処まで根を掘らないと、教典の解説をしたことにはならないように、・・
とても一筋縄ではいかない、まさに応法レトリックの二代様の恐ろしさに、頭をたれまして、さんげさんげさんげです。

268 :神も仏も名無しさん:2014/02/17(月) 19:40:41.77 ID:iFGhkZ6A
柏木庫治氏の時代に基本さんは生きていたのですか?
貴方ね?
をふでさきフェチ、おやさまフェチは沢山見て来たけど、、、、笑

269 :基本。:2014/02/17(月) 21:37:35.21 ID:hygbN8BR
>>263
補足します。
75年が日本あらあらの年数としますと折り返しのポイントが38年です。
これはつまり、ひな型の意味はこうなります。 1→38→75です。
中山家内での問答 夫の承知    立教した、= 中山みきが立場につく。
山村御殿での問答 罰を当てよ挑発 赤衣召す = 中山みきが理を示した。
     (中間ポイント)    地場定め = 神名はぢばに
天理教一派独立なる        教祖殿新築= 教祖存命のお住まい。

(続きます)               

270 :基本。:2014/02/18(火) 02:06:00.45 ID:Ck/o3Gba
>>208
柏木庫冶先生が松本市に来られた時には私は両親に連れられて講演を聴きに行きました。
「たすかりたいではたすからない」。甲高く張り上げるお声でした。
学生会委員の頃には、当時は仮東の神殿で柏木先生の「毎日説教」を、足しげく通っては、拝聴してました。
268さん。
二代真柱様の講話、「三年千日の講話」お聞きになったことありますか。

基本は、運よくしっかり聞いて、そのときの講話を元にした歌詞で、
作曲したのです。

柏木先生、あれは、ミスでしたね。

271 :基本。:2014/02/18(火) 02:15:29.25 ID:Ck/o3Gba
をふでさきフェチ
 この言葉使いは、
おやさまをなめてらっしゃいますね。

272 :基本。:2014/02/18(火) 03:20:59.10 ID:Ck/o3Gba
晩年の柏木先生は、なにか迷ってらっしゃいましたよ。
私、毎日同じような内容を、講話し続けて、質問される女性に「ああ、それはねえ」と、解説される一つ一つを聞きながら、
迷っておられるなあと、お顔を見つめたものです。
道の友を調べたら、関根先生を礼賛する言葉を、柏木先生、語っていた。
自分も関根先生のようになりたかったという、、、。
そんな心の迷いは、つまり、「確信のなさ」は、明るく陽気な信心とは遠いものでしたよ。

魚一匹の代金のお話からの、報恩のお話。
危篤の子供の学資をお供えして、やまいは助かり「東大に入った」お話。
おたすけのお話でも参考になる話は山々ありますが、

おふでさきの、根は、掘れていなかった。
「学問なんぞというたとて、見えてない」という、おふでさきの根です。

用木になるという素材は一人もいなかった時代に花をそえた、東の柏木庫冶西の常岡一郎と称された、天理教の期待を一心に、
仇花としょうすべきでしょうか。

 新時代の用木たちは、基本教理をきちんと理解して、原典の根を掘って、着実にワンマンアーミー。
一人万人の時代にむかって、生まれ変わって出てきます。
胎動が、教祖殿に、・・・。
 粉飾だらけの、別席者増加の頃とはまるで違う、良い雰囲気の胎動が、教祖殿に・・・

273 :神も仏も名無しさん:2014/02/18(火) 21:37:35.71 ID:+Q7hE55D
.     (´ ⌒`)
      l   l
     | |ドッカーン!! !         
     _____               
   /妄想 虚言\〜プゥーソ   <オラの話はラベルが高すぎで
.  / 火病 串使い \〜プゥーソ  <ついてごれないのはしょうがなかんべ
  |__誹謗 中傷 ヽ〜プゥーソ
  |;;;;;;;;ノ ∪ \,) ,,/ ヽ〜カタカタカタ  
  |::( 6∪   (。\iii'/゚ ノ ヽ〜カタカタカタ    
  |ノ/∵∴  (●●)∴\      
  | \∵∵   . 3 ∵/ 
.  \        ⌒ ノ     ______   
.   \______/      |   | ̄ ̄\ \ 
___/禾ロイ乍  \...     | 田吾作  | ̄ ̄|
|:::::::/  \___   \.     |  |  PC|__| 
|:::::::| \____|⊃. ⊂)   |__|__/ /
|:::::/        | ̄ ̄ ̄ ̄|    〔 ̄ ̄〕

274 :基本。:2014/02/20(木) 07:01:14.92 ID:r3QLKK/Y
第一章 おやさま  @

「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。
このたび、世 界一れつをたすけるために天降つた。みきを神のやしろに貰い受けた い。」
とは、親神天理王命が、教祖中山みきの口を通して仰せになつた最初の 言葉である。
家人は、この思いがけぬ啓示にうち驚き、再三言葉を尽して辞退した が、親神は厳として退かれぬにより、
遂に、あらゆる人間思案を断ち、 一家の都合を捨てて、仰せのままに順う旨を対えた。
 時に、天保九年十月二十六日、天理教は、ここに始まる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
> オラの話はラベルが高すぎで > ついてごれないのはしょうがなかんべ

天理教教典は「神秘心霊の書」として、神の秘伝として読み取る姿勢が大切と言うことです。
執筆者は、二代真柱様です。

天保八年十月二十六日から、九度の寄席加持を経て、
天保九年十月「24、25、26日」の三日三夜の問答を経て、
立教されました。
言葉の解説をします。

275 :基本。:2014/02/20(木) 07:05:56.49 ID:r3QLKK/Y
「いんねん」
参考に、おうかんみち、の先生方の教え方を見ます。
http://homepage2.nifty.com/umenoki/taisetu/innennohanasi.htm
神様のお言葉に
『成ってくるのが、天の理』 とありますが、天地間すべてのものが、この天理によって支配されているのであります。
この天理すなわち、天の支配率の一つに、「いんねんの理」「いんねんの法則」がありまして、
一人としてこの法則の網から逃れる事はできません。
それで世の中には、目の不自由な方や、体の不自由なかたなどが存在する、
みな「いんねん」通りなのです。

この道は、天の理、すなわち「いんねん」の理をよく学んで、
過去の「いんねん」を精算して善いいんねんに立て直していく道なのです。
幸い「おうかんみち」では、何事かありますと、扇のお伺いによってその原因を知る事が
できます。お伺いを致しますと、お伺いをいたしますと、その身上(身にふりかかる災い、
病気など)や事情(身にかかわる以外の災いなど)の原因をお知らせいただくことができます。

・・ 前世、今世で悪因縁を作った人は、それだけの償いをせねばなりません。
それが「いんねんの法則」なのです。
人を殺せば殺される、また殺されるような目にあわなければなりません。
お金をだましとれば、取られます。親不孝をすれば、こんどは自分の子供に親不孝されねばなりません。
これが天理というもので、逃れる事はできない仕組みなのです。
 これを逃れるには、前世、今世のことを懺悔しなければなりません。
「つくし」「はたし」のざんげをして、心を立て替えねばなりません。
他に方法はないのであります。

A「いんねん」のお許しを頂くには、「つくし」「果たし」の懺悔をして心の立替をしてくれと言う話をしましたが、
その方法を教えてくださるのが「おうかんみち」であり甘露台様なおであることを覚えておいて下さい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

神秘心霊の書としての「いんねんの教理」は説かれてありません。

276 :基本。:2014/02/20(木) 07:20:31.61 ID:r3QLKK/Y
仏教で言う末法、キリスト教で言う終末。
その予言の中で説かれている「教え」というものは、「末法」ならではの教えであり、「正法」そのものを説いていないという事を理解しなければならない。
>>275 のおうかんみちの先生は正法時代の説き方を模倣しています。
特徴的な処を見ましょう。
http://homepage2.nifty.com/umenoki/taisetu/innennohanasi.htm
神様がいくら助けてあげたいと思っても、善いいんねん=白いんねんとも
申しますが、これがない人は神の言葉におすがりする事も出来ないのであります。
仏様も『縁なき衆生はは度し難し』と言っておられます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

末法の世とは「縁なき衆生」ばかりになった世の事です。
神仏にすがりもしない悪因縁ではだめだから「白因縁になりなさい」と、そういう説き方をしています。

おやさまの教えを、原典からきちんと聞かないと、こう言う無間地獄に落ちるという見本のようなお悟りで、お気の毒としか言いようがありません。

末法の世に至った精神とは、そうした見せ掛けの信心で救済されることは無い。
宗教商売している、おうかんみちさんは、天理教理の親信仰をまんまやってしまっています。

277 :基本。:2014/02/20(木) 23:11:42.29 ID:r3QLKK/Y
「ラベル」が違うというのは、「おうかんみち」「本道」とラベルを違えたとしても、大西愛冶郎さんが天理教時代にそうであった信心形態を踏襲しているのは、中身は、「応法天理教会」の報恩信仰と言うものです。
気の毒ですが、「おうかんみち」ではたすかりません。

278 :基本。:2014/02/21(金) 00:08:39.79 ID:IFvqldKn
「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。
このたび、世 界一れつをたすけるために天降つた。みきを神のやしろに貰い受けた い。」

模倣魔術という神秘の為には、「いんねんある・屋敷、空間。この度という時間。」が、必須のアイテムになりますが、おうかんみちでは、その時間と空間が無視されて、「人間甘露台」という霊能者の存在だけで、天理を発動しようというわけです。
それは、天然自然の天理に反している。天理本道系の自縄自縛であり、人間甘露台だと言うけれど、甘露を降らせる「天」、甘露を降らせる「時」が理として語れないのは、天理教の本義を謀反しているからのことで、たすかりようは無いと言う事になります。
>>276 のおうかんみちの教話ですが、

『神様がいくら助けてあげたいと思っても、善いいんねん=白いんねんとも
申しますが、これがない人は神の言葉におすがりする事も出来ないのであります。
仏様も『縁なき衆生はは度し難し』と言っておられます。 』

先ず神様は、たすけたいと思ったら、たすけ上げます。
相手のほうにすがりつく力がなくとも、たすけあげます。
神の言葉にすがることも出来ない人間なんて、いません。

信者を追い詰める方便です。

親神は世界一列をたすける為に、元の屋敷と言う空間と旬刻限と言う時間を用意して、中山みきをやしろに、天下った。
その「地場」、「中山みき」、に触れただけで、救済は発動すると言う魔法が、
神がたすけたいと思うなら、必ず発動するのです。

それで、「元の神」であり「実の神」であるという宣言の意味になっています。

279 :基本。:2014/02/21(金) 10:07:26.78 ID:IFvqldKn
「ほんみち」ではどうしてたすからないかと言うお話をしているわけですが、おやさまの教えと言うのは「呪法」であって、
旬刻限と言う時間と、中山家という屋敷という空間と、みきという魂と、これを全て整えてあるから神の社としての、中山みきが親神として「救済の呪法を施せる」わけです。

教えの中身そのもので言うのなら、「仏教」「キリスト教」「儒教」「古神道」の教えとは何も変わらない。
これは親神自身がそれを語っているところです。
だから、ほんみちが説く内容が諸宗教や中山みきの教えと、内容において一致していてもおかしくは無いし、
ただ、そういう教えではもうたすからない人類の状況と言う事の認識が、これが分かっていないという点で、お気の毒と言う事になります。

こんな投稿がありました。「みなさんはほんみちについてどう思われますか」。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1439787444
みなさんは、「ほんみち」についてどう思っていますか?
私は、ほんみちの信者です。
私は、小さい頃(小学校のとき)から、熱心に勉強をしてきました。
でも、私は、青森に住んでいるので、なかなか出張所に、いけません

ほんみちには、毎年、「合宿」という行事??私は、「なぜ、あんな遠い場所にわざわざいかなければならないんだろう。青森から行って何の意味がああるんだろう。」と、思ったことがあります。
そのことを、母に言いました。そうしたら、「合宿は悪因縁を切らしてもらう為に行くんだよ。」と、いわれました。その意味が、合宿に行って、わかりました。


みなさん。何年後になるか分かりませんが、「世界の大そうじ」が、やってきます。そのために、私達ほんみち信者は、頑張ってお話を聞かせてもらい、世界の大そうじのときに、神様のお役に立ってもらえるように、いま、一生懸命がんばています。

280 :基本。:2014/02/21(金) 10:25:11.45 ID:IFvqldKn
「悪因縁を切る」
「原罪から贖われる」
巷で布教活動している、宗教の主題は全て上の二つです。
「世界の大そうじ」
「最後の審判」
彼らが説くのは、用語は違っていても、「神からの裁き」「悪の掃除」。
 教えに従う者は救済され、従わぬものは、苦しみにあう。
こう言う論理です。


 ↑ こう言う教えが教え方が、偽キリストや偽仏陀、偽親鸞、偽日蓮の教え方です。
「選別があり、救済と地獄が待つ」と説いています。

末法末世には、偽キリストが大勢現れると言うイエスの予言は正に巷に溢れています。

天理教教典にはなんて書いてあるかと言いますと、
「このたび、世 界一れつをたすけるために天降つた。」とあります。

選別の思想はない。
元の神だから、実の神だから、「世界いちれつ」」たすける。
「あしき」「悪因縁」「原罪」は、このたすけには「無関係」なのです。


「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。
このたび、世 界一れつをたすけるために天降つた。みきを神のやしろに貰い受けた い。」

281 :基本。:2014/02/21(金) 10:39:13.14 ID:IFvqldKn
ちょとはなし(ちょいと はなし) かみのいうこと きいてくれ
あしきのことは いわんでな
このよの じ と てん とをかたどりて
ふうふをこしらえきたるでな
これはこのよの はじめだし
なむ てんりおうのみこと

元の始まりに何のあしきがあったわけでは無い。元の神は「悪しき」は言わない。
つまり「原罪」「悪いんねん」と言うのは、「根源の教えではなく、方便の教え」です。
現実の社会において、文化文明が発達したのは、これも親神の守護であって、科学の進歩も、そのものは悪では無い。
現実に平均寿命は延びてきています。人間の生活も便利になっています。
「元の神」「実の神」は、ではなんで、一列の救済に現れたかといえば、人間の未来に待つ怖い危ない道を心配しての事です。

決して、選別や淘汰のためでは無い。
これがわからないのは、天理教立教の意義の分からぬ「ほんみち系」「おうかんみち系」では、無理の無い事です。

282 :基本。:2014/02/21(金) 10:49:42.81 ID:IFvqldKn
>>275
この道は、天の理、すなわち「いんねん」の理をよく学んで、
過去の「いんねん」を精算して善いいんねんに立て直していく道なのです。
幸い「おうかんみち」では、何事かありますと、扇のお伺いによってその原因を知る事が
できます。お伺いを致しますと、お伺いをいたしますと、その身上(身にふりかかる災い、
病気など)や事情(身にかかわる以外の災いなど)の原因をお知らせいただくことができます。
・・ 前世、今世で悪因縁を作った人は、それだけの償いをせねばなりません。
それが「いんねんの法則」なのです。
人を殺せば殺される、また殺されるような目にあわなければなりません。
お金をだましとれば、取られます。親不孝をすれば、こんどは自分の子供に親不孝されねばなりません。
これが天理というもので、逃れる事はできない仕組みなのです。
 これを逃れるには、前世、今世のことを懺悔しなければなりません。
「つくし」「はたし」のざんげをして、心を立て替えねばなりません。
他に方法はないのであります。
A「いんねん」のお許しを頂くには、「つくし」「果たし」の懺悔をして心の立替をしてくれと言う話をしましたが、
その方法を教えてくださるのが「おうかんみち」であり甘露台様なおであることを覚えておいて下さい。
///////////////////////////////////////////
 おやさまは、世界一列の人類の危機の問題を解決するために立教した。
個々人の悪因縁の問題は、この立教の呪法があれば、ほんの3日で解決できるように、なっている。
ちょとはなし(ちょいと はなし) かみのいうこと きいてくれ
あしきのことは いわんでな
このよの じ と てん とをかたどりて
ふうふをこしらえきたるでな
これはこのよの はじめだし
なむ てんりおうのみこと

わかりました。仰せのようにいたします。
と、この精神が決まれば、新たな生まれだしが、開始になる。
この呪法は、中山みきなくしては、出来ない。地場でなくしては出来ない。
そういう意味に、立教の宣言を理解すべきでしょう。

中山家を侮るのは、呪として、神のご守護の否定につながります。

283 :基本。:2014/02/21(金) 13:45:17.36 ID:IFvqldKn
ほんみち、おうかんみちと、元の神実の神の違いを申し上げているわけですが、
元の神実の神は、「世界一列をたすけるために天下った」。
ほんみち系の人間甘露台様は、「神に助けて頂けるよう、つくし果たし、散華するものをたすける」という。
一列、では無いという違いがあります。

284 :基本。:2014/02/21(金) 14:07:19.76 ID:IFvqldKn
天理教の初期の高弟といわれる人たち、おやさまに○○で3年で、教会設立の、史実がきちんと残っています。
この人たちの信心を調べてみますと、とても成人した方々では無いのですが、おやさまに声をかけて頂いた、とか、そんなことで、大教会初代になっている。

これがレベルの差で、元の神実の神は、接しただけで良いわけで、「つくし」「はたし」のざんげなんて、そういう九つまでの教えではたすからない人も、
「会う」「会話する」で、救済されてしまう。
簡単な話だから、元の神実の神なのです。

ほんみち系で言う扇の伺いとかあんなもの面倒くさいだけで、そんなうかがってる暇に、たすかってしまえるのが、元の神実の神であり、
そのための「験し」が、中山家・日の本初屋敷のつとめの場所はよのもとや。
なのです。

仕掛けと仕組みが分かっていなくても、地場に帰りおやさまにふれたら、たすかる。
そういう、神秘の場所を、お始め下さったのが天理教立教です。

「あしきのことは言わん」というのは、
前科ものさんに、あんたの前科は問わないよと言う事です。

「世の中の廃れ者、厄介者からたすけるのは道の大」と、教えられています。
「あしきを言う」ほんみち系は、どうやっても「道は小さい」。

そんな問題では無い、核と原子力の危機を目の前にしているのです。

285 :基本。:2014/02/21(金) 15:01:50.03 ID:IFvqldKn
第一章 おやさま A
「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世
界一れつをたすけるために天降つた。みきを神のやしろに貰い受けた
い。」
とは、親神天理王命が、教祖中山みきの口を通して仰せになつた最初の
言葉である。
 家人は、この思いがけぬ啓示にうち驚き、再三言葉を尽して辞退した
が、親神は厳として退かれぬにより、遂に、あらゆる人間思案を断ち、
一家の都合を捨てて、仰せのままに順う旨を対えた。
 時に、天保九年十月二十六日、天理教は、ここに始まる。
  よろつよのせかい一れつみはらせど
  むねのハかりたものハないから         一  1
  そのはづやといてきかした事ハない
  なにもしらんがむりでないそや         一  2
  このたびハ神がをもていあらハれて
  なにかいさいをといてきかする         一  3
 世界中の人間は、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。
それは、元なる親を知らず、その心に触れぬからである。親神は、これ
をあわれに思召され、この度、教祖をやしろとして表に現れ、その胸の
うちを、いさい説き聽かされる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「この屋敷にいんねんあり」とは、土地と空間に世界たすけるいんねんがあると言う事です。
世界たすけに天下ったというのは、「中山みき」という人に入りこんだ。と言う事です。
みきを神の社に貰い受けたいというのは「救済の仕組みを構築する」という手始めです。

286 :基本。:2014/02/21(金) 15:30:10.84 ID:IFvqldKn
家人の反応とか、どうでも良いわけで、親神は世界を救済する道を方法に着手したことが、重大なわけです。
その問答の相手方となったのは、日本伝統の修験道、世界文化遺産「大峰山」12先達のお一人であったことは、先に説明しました。
>>17
古神道の元、大峰山の行者の霊験というものを承知して読まないと、立教の状態は理解できません。
役の行者が大峰山を開いた開祖です。
この金峯山に役行者神変大菩薩が白鳳年間(7世紀後半)に修行に入り、修験道独特の本尊・金剛蔵王大権現を感得されます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%94%B5%E7%8E%8B%E6%A8%A9%E7%8F%BE
蔵王権現(ざおうごんげん)は、日本独自の混淆宗教である修験道の本尊である。
正式名称は金剛蔵王権現(こんごうざおうごんげん)。
インドに起源を持たない日本独自の仏で、奈良県吉野町の金峯山寺本堂(蔵王堂)の本尊として知られる。

純粋に日本独自の「仏」、それを祀る修験道の達人であって初めて感得しえた親神の力。
それに触れたなら、いかな人でも救われるのである。

287 :基本。:2014/02/21(金) 22:49:07.92 ID:LbuyMIOc
https://twitter.com/oyagami_osashiz
天理教 おさしづの言葉
こんな自動配信がある。
この人のしている事は、ほんみちやおうかんみちと同じである。
「おやさまの教え」の一部を、抜粋して、おやさまの意図としてではなく、
取次ぎ人さんや、人間甘露台さんや、親神のお言葉自動配信人さんや、の
意思と意図を伝えるわけです。
異端と言うのは、そこにもここにも、いますね。

「同し根なら同し芽やで。めんめんの心を出さんよう。同し根なら同し芽が吹く心出せ。」
こんなお言葉がありました。
これはお指図の一節ですから、願った人がいてお言葉があるわけで、ここだけ引用して、配信して、
それがどんな理の間違いにつながってしまうかの配慮も無い。

末期的な状態です。

288 :基本。:2014/02/21(金) 23:02:45.90 ID:LbuyMIOc
第一章 おやさま B
おやさまは、立教について、このように言われています。

 きゝたくバたつねくるならゆてきかそ よろづいさいのもとのいんねん (1-6)

たづねて来たものだけに、親神は言って聞かしてくださる。

 その者が善人か悪人かも、無関係に、たづねて地場を訪れ、たづねておやさまにお聞きしたものだけに、
親神は、よろず委細の元を詳しく教えて下さいます。

 神のお言葉をやみくもにもてあそんでも、お尽くしし奉仕しても、お供えしても、
神は何も教えてはくれません。

 きゝたくバたつねくるならゆてきかそ
 よろづいさいのもとのいんねん (1-6)

 かみがでてなにかいさいをとくならバ
せかい一れつ心いさむる (1-7)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

289 :普通の天理教徒。:2014/02/21(金) 23:11:21.62 ID:LbuyMIOc
お久しぶりです。基本さん。
>>287
>「同し根なら同し芽やで。めんめんの心を出さんよう。同し根なら同し芽が吹く心出せ。」
このお言葉の意味はどうなんですか?

290 :普通の天理教徒。:2014/02/21(金) 23:23:42.10 ID:LbuyMIOc
そうやって、質問がなければ解説も出来ない(笑)。
普通の天理教徒さんは、いつも私の必要な時に登場頂いて感謝です。
以下の↓がセットだと考えまして、
明治二十年十二月二日
深谷源次郎願(ぢばに帰り泊り朝出立の時腰痛み身の障り伺)
さあ/\よう聞きて置かにゃならんで。どういう事情も聞く。
何たらした事も聞く。誠というものは、案じは無い。
元々五十年前からの道、めん/\何箇年前より/\、元事情諭する。幾重の道がこうなりて、重々の道伝え。
又々、順々の道を知らそうと。
 押して伺
尋ねる処、あちら/\頼むといえども、内々の処、用があれば、たしょ初代々々と言うて来る処、内々の処、だん/\と言うて来る。
 明治二十年十二月三日
深谷源次郎伺(前日に続いて御伺)
さあ/\又々内々の所も、又々の所もあるで。日々忙わしいてならんという所もあるで。
あちらからやこちらからや、夜やら昼やらという所あるで。身内のたんのうやで。あちらからやこちらからやという所待ちて居る/\所もあるで。又々のさしづにも知らそ。
 明治二十年十二月三日 午前八時
藤田佐兵衞身上伺(元斯道会第七号周旋方)
さあ/\だん/\の事を聞いてだん/\通る。一々尋ねるから、一々のさしづする。
あちら/\踏ん張る。一つの根から又々芽が吹く。同し根なら同し芽やで。めんめんの心を出さんよう。
同し根なら同し芽が吹く心出せ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
つまり、元斯道会の一人は「初代さん初代さん」と言われる事に戸惑っていて、腰の病気で伺っています。
別の一人は、なんで自分には「芽が出ない」のかと、それが分からなくて、伺っているわけです。
 同じ斯道会の根なのにと、疑問の人。おやさまは、初代さんには
「元々五十年前からの道、めん/\何箇年前より/\、元事情諭する。」
とのお言葉でした。
「元事情諭する。」と言う事でした。
意味はお分かりですか? 普通の天理教徒さん。

291 :基本。:2014/02/21(金) 23:33:15.89 ID:LbuyMIOc
元々五十年前からの道、めん/\何箇年前より/\、元事情諭する。
幾重の道がこうなりて、重々の道伝え。
又々、順々の道を知らそうと。

これですね。
簡単に言うと、「立教の事情」で、あなたを初代にした。
こう言う事になります。
腰痛というのは、立教の事情に一致しています。
立教の事情でと言うのを、普通の天理教徒さんは、どんな風にお考えになりますか。

292 :基本。:2014/02/21(金) 23:41:53.70 ID:LbuyMIOc
教祖伝には、
天保九年十月二十三日、夜四ッ刻(午後十時)、秀司の足痛に加えて、善兵衞は眼、みきは腰と三人揃うての悩みとなった。
と、あります。
腰の痛みが、立教の事情だから、「一家の都合を捨て神の仰せのままに」という精神定めを促されたと、
そういう理解でなら、わかりますが、
他には、意味が分かりません。

293 :基本。:2014/02/22(土) 01:26:15.25 ID:y8Wsd6yZ
>>292は、普通の天理教徒さんのご発言でしたね。

おやさまは、立教から50年前からの道の中で、道を付けてきた。
お言葉では「めん/\何箇年前より/\、元事情諭する」ですから、面々が何箇年前より何箇年前より、と、二回の事情があったわけです。
奥六兵衛は西陣織物業を営む大家に生まれ、学識も深く育ったが、28歳の時分家に当たる河内古市村の奥野家に預けられた。

おやさまとの直接の親交があるのは、奥野家で、
奥野家は農を営む土地の名望家であった。親戚に山本利三郎が居り、明治6年頃ににおいがけされているようである。
当主奥野伊重郎は明治11年に教組みきと引き逢わされており、人道講社の講元となっている。
明治14年には赤衣及び御飯茶碗を頂いている。

「人道講社」に、おやさまは赤衣をお渡しになって、神意のありかを示しています。

 奥六兵衛は、奥野家に寄寓中、出入りする山本利三郎が奥野家の次女つるの病気を、神の話を取り次いで助けたのを目の当たりにして大いに感じ入り、これを機に道に就く心を定めた。
やがて、山本利三郎の手引きで大和の庄屋敷村に参り、教組みきの手づからの仕込を受けた。
その後京都に戻り、ここから奥の伝道が始まる。奥六兵衛は教組の導きのままに「施し与える」ことを信条にした実践布教を目指した。
明治11年に月次際(つきなみさい)を執行するようになっている。
(れんだいこさん参照)

つまり、おやさまから、の道筋の中で奥野家「人道」、奥六兵衛の斯道会があった。
「天理人道」を説いて斯道会の道が発展したのは、この元々からの道だったと言う事です。

294 :基本。:2014/02/22(土) 01:33:46.39 ID:y8Wsd6yZ
>>291
> 簡単に言うと、「立教の事情」で、あなたを初代にした。
これはつまり、奥野家、奥、深谷、古神道行者系の陰陽道と儒教系の天道人道という宗教素養を、
九つまでの教えを踏まえて「立教した」「立教してきた」という意味にほかなりません。

その根は、おやさまにある。
散財中心の信仰実践は、奥六兵衛先生の態度であったとの事です。

295 :基本。:2014/02/22(土) 01:41:31.97 ID:y8Wsd6yZ
三年で大教会初代という、見本ですね。逸話は三年だけは守りましたね。
【狭いのが楽しみ】逸話篇142
 深谷源次郎が、なんでもどうでもこの結構な教を弘めさせて頂かねば、と、ますます勇んであちらこちらとにをいがけにおたすけにと歩かせて頂いていた頃の話。
当時、源次郎は、もう着物はない、炭はない、親神様のお働きを見せて頂かねば、その日食べるものもない、という中を、心を倒しもせずに運ばして頂いていると、教祖はいつも、
「狭いのが楽しみやで。小さいからというて不足にしてはいかん。小さいものから理が積もって大きいなるのや。
松の木でも、小さい時があるのやで。小さいのを楽しんでくれ。末で大きい芽が吹くで。」
と、仰せ下された。
【子供可愛い】逸話篇143
 深谷源次郎は、一寸でも分からない事があると、直ぐ教祖にお伺いした。
ある時、取次を通して伺うてもろうたところ、
「一年経ったら一年の理、二年経ったら二年の理、三年経てば親となる。親となれば、子供が可愛い。なんでもどうでも子供を可愛がってやってくれ。子供を憎むようではいかん。」
と、お諭し下された。
 源次郎は、このお言葉を頂いて、一層心から信者を大事にして通った。
お祭日に信者がかえって来ると、すしを拵えたり餅を搗いたり、そのような事は何んでもない事であるが、真心を尽して、ボツボツと信者を育て上げたのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
証拠を残しておかねばならない親神の事情から、三年で教会設置し初代となると大神殿建てて理の子に金貢がせて、
「天理人道」はどこへやら、元の身上になって、子供は死んで、。。。

おやさまの五十年があるという、その道筋に思案の根が行かないと、恥をかくばかりです。

296 :普通の天理教徒。:2014/02/22(土) 02:10:50.70 ID:y8Wsd6yZ
え、え、え、え、え、
まさか基本さんは、おさしづの
「たしょ初代々々と言うて来る処、内々の処、だん/\と言うて来る。 」
ここの場所、・・・・

297 :基本。:2014/02/22(土) 02:16:50.31 ID:y8Wsd6yZ
お察しの通りですよ。
河原町深谷が初代ではなく「他所・たしょ」初代と神様は、「他所」だよと、おさしづに残してしまった。

深谷さんは三年で「おやとなる」。
でも初代は「たしょ」

「他所初代、初代というて来るところ、内々の処、だんだんと言うて来る」

298 :基本。:2014/02/22(土) 02:20:53.14 ID:y8Wsd6yZ
立教の事情と言うのも、一二三があるわけです。
おやさまが90才で扉開いた事情は、二回目の立教事情になるわけで、
「天理人道」は、立教事情に神が必要としていた。
それだけの事です。

299 :神も仏も名無しさん:2014/02/22(土) 03:20:45.80 ID:+RNFI1kd
上級会長が来たら1人だけステーキ。ほんまにちばけた教団だ。

300 :基本。:2014/02/22(土) 08:56:02.22 ID:y8Wsd6yZ
>>299
>>295 お祭日に信者がかえって来ると、すしを拵えたり餅を搗いたり、そのような事は何んでもない事であるが、真心を尽して、ボツボツと信者を育て上げたのである。
おやさまに言われて、信者さんを子供と思って、おもてなししていたのは、三年だけ。
教会になると、集金システム作って、部下教会に行ったら接待されておもてなしを受けて。
> 上級会長が来たら1人だけステーキ。
こういうのを、謀反というのです。
そんな上級や、そんな接待する天理教会には、皆様には一円も運ばぬことです。出さぬことです。

出せば共犯者です。

301 :基本。:2014/02/22(土) 09:14:01.02 ID:y8Wsd6yZ
>>298
天理教教典を読んでいて、普通なら疑問に思う文章があります。
「時に、天保九年十月二十六日、天理教は、ここに始まる。」

どこにも立教という文言は無い。
「天理教は、ここに始まる。」とあるわけです。
でも、天理教と言う言葉で呼ばれたことは、おやさま50年のひながたではなかった。
「天輪講」と呼ばれたり、一部で天輪教会と呼ばれたり、おやさまが、「神・月日。をや」のそれぞれで、
また、@おふでさき執筆前、Aおふでさき執筆中、Bおふでさき執筆後、の一二三において、
それぞれに「天理教の開始」があって、
同じ胎内三度宿りたが、三回で、少なくとも9回は立教事情があったわけです。

ところが、おやさまに仕込まれて「人道の初代・天理人道の月日信仰型初代さん・奥野家」、
その後継者に当たる奥六兵衛は、放置していたら歴史から消え去るだけ。
深谷さんは、親に当たる奥六兵衛さんを切り捨てた。
しかしおやさまは、奥野家と奥六兵衛、の何年何年を積み重ねて、斯道会の道とされている。

理の親信仰を説く山名系、河原町系は、実は「子供は粗末にし、自分のおやは切り払う」、
凄い方たちばかりです。

正しいのは、「切り払いです」よ。ばっさり切り捨てる斯道会の道。
悪い信仰の指導者(おや)は切り払いして、
信者さん(こども)は、大切にすることです。
お寿司を子供に振舞いましょう。

302 :普通の天理教徒。:2014/02/22(土) 09:16:36.03 ID:y8Wsd6yZ
基本さん。質問ですが、
>>301
> 信者さん(こども)は、大切にすることです。
> お寿司を子供に振舞いましょう

信者さんは子供と言うのは、理の親信仰では無いのですか?
理の親信仰はだめでしょう?

303 :基本。:2014/02/22(土) 09:26:36.37 ID:y8Wsd6yZ
理のがつくと、だめです。
こどもなら良いのです。

お父さんなら手土産もって子供の好物土産に、孫の顔見に来るでしょう。
ステーキの肉を山ほど持参してやってくるでしょう。

理の親は、実の親では無いから、薄情で残酷で冷徹の集金人にすらなります。

天理教の信者は導く人の子供です。
そして三年で、おやになります。

。「源さん、不思議な信仰がある。歌をうたって踊りをおどって、それぞれ病人が助かり、困っている者も救われるという信仰や、まことに陽気な神様やで。お前も信仰せんか」。
かく信者のにおいがけの様子が伝えられている。
「その頃、天輪王明誠講社の発足前後で、毎夜のように立ちつとめの稽古が行われて、老若男女大勢の信者が日の丸の扇子を両手に、陽気手踊りをつとめていた。
それが済むと講元、奥六兵衛が説教することになっていたが、六兵衛の巧みな話術、さわやかな弁舌と流れるような口調に聴く者誰もが感銘した。
落ち着いた態度で、諄々と理の深い『天理王命』の親意を説くので、少しでも信仰心のあるものは吸い込まれるように惹きつけられていった。
奥六兵衛の説教で、初めて聞く『元始まりの話』を一語も洩らさじと傾聴した善助は、あたかも朝日に淡雪が溶けるが如く不思議に心の解ける思いがした。
日頃から神仏の説教は聞き尽くしているが、この世の始まりのこと、人間の生まれてきた目的のこと、これこそわしが年来求めていた根本の話じゃ。
この神様を充分信心して合点の行くまで教えて貰いたい、と翌日には実印を持参して明誠講社に加盟したのである」。http://www.marino.ne.jp/~rendaico/mikiron/nakayamamikikenkyu_59_1.htm

304 :神も仏も名無しさん:2014/02/22(土) 18:20:15.78 ID:kKdbdAbV
基本さん
245 :脱落者:2014/02/16(日) 05:54:54.71 ID:86yg9Z9v
基本さん、おはようございます。>233 :基本。:2014/02/14(金) 21:23:34.76 ID:7uFein+V
>>231
ピノキオは人間になりたい一心で頑張ります。
妖怪人間も早く人間になりたい一心で人間の為に闘います。
>>213さんは、人間なんだから、神の道具になって人間離れした用木になって、→
それから人間にして頂かなくても良いのです。
ご自覚下さい。
神は人間離れした道具や用木には「して地獄」の道ですが、
もう人間になったのなら、そんな特殊な道を選択しなくて良いし、脱落でもありません

基本さん、この文言をですね、もうちょっと噛み砕いてご説明していただけませんか。
私には基本さんのように天理教できないと言う脱落観無力観むなしさに覆われずーと、天理教のおつとめはしてないんです。
家の大日さま観音さまに至心に、三礼・懺悔文・開経偈・般若心経・観音経偈・光明真言・大師宝号・回向、高野山のおつとめと、そして天台宗の六字名号の称名念仏の勤行をしております。


このひとのこと悪く言わないでください。
おやまに助けていただかなかたからそうさせたんでしょう。
この人のこと悪く言わないでください。お願い致します・

305 :基本。:2014/02/23(日) 21:03:23.94 ID:LIYhWQls
>>304
天理教しないとしても悪いということではなく、天理教するから良いということではない。
だから、本人は脱落者さんといわれているが、別段脱落でもなんでもない。
私は悪く思ってもいないし、
無理に天理教の用木しなくてもと、それをお伝えしたいだけです。

306 :基本。:2014/02/23(日) 21:27:01.48 ID:LIYhWQls
「咳がでます」→「咳くは急く理」。
このときに、神様が急いているのか、人が(咳をした人)が、急いているのか。
先ずこれを悟る事からです。
次に「急くから急くな」なのか「急くから急け、急げ」なのかです。
これを悟ります。

「はいはいと這い上がる道」というのは、「ならんといえばハイと言え、いかんと言えばはいと言え、この道ははいはいと這い上がる道」とあります。
つまり、相手が無理解者、反対者、妨害者のときの、対応です。
 反対者妨害者の場合には、親神が反対させている場合が多いわけです。
つまり、表面上は反対者妨害者は邪魔してるように見えますが、実は、邪魔されている人のほうが、親神様から見たら反対者だったりするのです。
そこで、まず「はいはい」と、受けることから、神意を悟らないといけません。

307 :基本。:2014/02/24(月) 10:51:44.44 ID:HoACLGt5
第一章おやさま C
時に、天保九年十月二十六日、天理教は、ここに始まる。
 よろつよのせかい一れつみはらせど むねのハかりたものハないから 一  1
 そのはづやといてきかした事ハない なにもしらんがむりでないそや 一  2
 このたびハ神がをもていあらハれて なにかいさいをといてきかする 一  3
世界中の人間は、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。
それは、元なる親を知らず、その心に触れぬからである。
親神は、これ をあわれに思召され、この度、教祖をやしろとして表に現れ、その胸の うちを、いさい説き聽かされる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
末法終末の時代になって、人間は神・仏と共に生きていた正法の時代から、心の闇路の時代へと、わが身思案に頼る時代に暮らしていた。
「よろつ」は清音で、 「よろつよのせかい一れつ」、人間は八百万の神々や天の太陽お月様、星の神々たちと元々は暮らしていた。「よろつ」、澄み切った神と共生の世界にいたわけです。
しかし、宗教は大社化し、政治高山、経済高山は人を隷従させる「債務奴隷」の世界を構造化して、「神の代理人たち」が、この世を統治する心の闇路の世の中になった。
親神の胸を「ハかる」「計測した」者はないから、現代社会の泥海にいると、言うことです。

308 :基本。:2014/02/24(月) 11:23:00.48 ID:HoACLGt5
第一章おやさま D
世界中の人間は、我が身思案に頼つて、心の闇路にさまようている。
それは、元なる親を知らず、その心に触れぬからである。
親神は、これ をあわれに思召され、この度、教祖をやしろとして表に現れ、その胸の うちを、いさい説き聽かされる。
  いまなるの月日のをもう事なるわ くちわにんけん心月日や   一二 67
  しかときけくちハ月日がみなかりて 心ハ月日みなかしている  一二 68
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 世界中の人間をたすける為には、中山みきが「月日」であるという状態が必要だったということです。
中山みきであるという「人間」でありながら、実は「月日」だよという状態が必要だった。
この事の意味です。

それは、人知・科学的真理に依存する心の闇路の現代社会に対しての、
宇宙意思そのもの・天理的真理の心月日のおやさまという、状態です。

309 :基本。:2014/02/24(月) 11:33:31.36 ID:HoACLGt5
世界中の人間は人知の粋をこらして科学的真理に頼りテクノロジー、ハイテクノロジーを頼り、幸福な社会を実現しようとするが、
そこには、「元なるおや」の存在も知らないし、「元なるおやの心」に触れたことも無い。
だから、欲に切りない精神世界にいて、高山は谷底をままにする。
それは、科学技術や軍事力やで人が人の構築した神の如く人を支配する社会なのだが、
「元のおやの心」に反した、人間の驕り高ぶりは、この世の破壊や破滅にもつながっているわけです。

人間一人で、世界を明るく変えるという、「赤衣」思想は、おやさまからの、現代社会構造そのものへの挑戦といえるでしょう。

310 :基本。:2014/02/24(月) 12:12:33.81 ID:HoACLGt5
第一章おやさま D
  いまなるの月日のをもう事なるわ くちわにんけん心月日や   一二 67
  しかときけくちハ月日がみなかりて 心ハ月日みなかしている  一二 68
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おやさまは、このように「月日」そのもの「天理」そのものとして、女一人でこの世界を立て替えると告げられたが、
このおふでさき12号の執筆時には、中山秀司は、「月日」と対立するお上をおそれて、便法を用いました。
1876年 この年の中頃、秀司信者参拝の便法として堺県から蒸風呂と宿屋の営業許可を受ける。

→1から数えて39年 
日本政府は1914年8月15日にドイツに対し最後通牒を行った。直接国益に関与しない第一次世界大戦への参戦には異論も存在したため一週間の回答期限を設ける異例の対応になったが、
ドイツはこれに回答せず日本は8月23日に宣戦布告した。

311 :基本。:2014/02/24(月) 12:52:59.91 ID:HoACLGt5
>>310
第一章おやさま D
  いまなるの月日のをもう事なるわ くちわにんけん心月日や   一二 67
  しかときけくちハ月日がみなかりて 心ハ月日みなかしている  一二 68
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おやさまは、このように「月日」そのもの「天理」そのものとして、女一人でこの世界を立て替えると告げられたが、
立教1838年を1と数えて39は、1876年 おふでさき12号は書かれています。
立教1838年を1と数えて39は、1876年 おやさまは赤衣を召され人間月日宣言。
立教1838年を1と数えて39は、1876年 中山秀司は、地場を風呂屋宿屋に。
ねんけんハ三十九ねんもいせんにて しんばいくろふなやみかけたで (12-119)
それゆへに月日ゆう事なに事も うたこふているこれむりでない (12-120)
このたびハ此むねのうちすきやかに はらすもよふやこれがだい一 (12-121)
この心月日のほふゑしいかりと つけん事にハどんなはなしも (12-122)
いかなるの事をしたるもみな月日 こんな事をばたれもしろまい (12-123)
けふの日ハよこめふるまもないほどに はやくしよこふだしてみせるで (12-124)

1876年を1と数えて39は、1914年 第一次世界大戦日本参戦。

元冶元年1864年を1と数えて、39は、1902年明治三十五年七月二十三日
「まさかの時には月日の代理とも言うたる」
と、あります。
1902年を1と数えて、39は、1940年 日独伊三国同盟 第二次世界大戦

おやさまは、世界たすける為に立教し、つとめを開始された。
しかし、人間は、やまとの片田舎の百姓の婆さんが、世界と連動した「月日」であると、それが分からなかった。

 いまなるの月日のをもう事なるわ  くちわにんけん心月日や 一二 67

これは、「まさかの時には月日の代理とも言うたる」
そう理解したら、宜しいと思います。

312 :基本。:2014/02/24(月) 13:05:16.33 ID:HoACLGt5
世界たすける上で、それは「戦争を無くすと言う」おたすけの上で、おやさまが「月日の社」であると、
これは重大なことなのですが、
元冶元年1864年を1と数えて、39は、1902年明治三十五年七月二十三日
「まさかの時には月日の代理とも言うたる」
と、ありますように、

あなたが、「月日の代理」なのだと、
天理教教典には、きちんと書かれているのです。

「今なるの」、この今と言う旬に、
「月日の思うことなるは」、です。
貴方の口は人間であっても、心は月日。
そうなって頂かねば、秀司さんとおんなじで、便法。
明治教典つくって戦争協力した応法の天理教団そのもので、
「嘘を言うたら嘘」になる。

どうでもこうでも、後へ退くにも退けん、向こへ行くにも行けん、戦場へ臨めば、心据わるやろ。
理というもの治めてくれ。
今年生まれた者も、百年以前も、同じ理治めて居るか。
これ分かりたら、いかな働きもある程に。どんな働きもある程に。

「人間甘露台」とか名乗るのなら、「理の親」とかいうのなら、「人間月日」と、「月日の代理」と
それが、天理教教典の趣旨です。

313 :基本。:2014/02/24(月) 19:27:42.76 ID:HoACLGt5
1902年を1と数えて、39は、1940年 日独伊三国同盟 第二次世界大戦

金平糖の御供を使わせないという当局は何故に弾圧したかといえば、淫し邪教と言う事は弾圧の名目であって、
戦争への協力体制が不十分であると言う事が主たる問題理由でした。
おやさまは「世界平和のため」「高山の怖き危なき道を心配して」立教された。
高度の科学技術、核兵器の時代の危険を予見し、真の平和を「ろくぢ」として構築するために立教しました。
その中山みきの教えは、「大教・天皇教」による思想統制には邪魔になる存在、富国強兵の軍事国家をつくる邪魔だったと言う事です。

39の数理は、世界大戦の数理であり、
おやさまの教えを用いなかった「中山秀司」は宿屋旅館営業認可の後、嘘を言うたら嘘で、翌年死にます。

おやさまが元の親神であり、現実の現代社会においても「月日(年月日)」という数理にて、
おやさまが実の神であるという現実に、早く気が付かねばなりません。

314 :基本。:2014/02/24(月) 19:48:32.88 ID:HoACLGt5
第一章おやさま E
教祖の姿は、世の常の人々と異るところはないが、その心は、親神の 心である。
しかし、常に、真近にその姿に接し、その声を聞く人々は、 日頃の心安さになれて、その話に耳をかそうとしないばかりか、或は憑 きものと笑い、或は気の違つた人と罵つた。
 かかる人々に、親神の教を納得させるのは、並大抵なことでなかつた とはいえ、教祖が月日のやしろにおわす真実を納得させずしては、いつ までも、たすけ一条の道は啓かれず、陽気ぐらしへの立て替えは望めな い。
されば、教祖は、頑是ない子供をはぐくみ育てるように、世の人々 の身にもなつて、説き聽かせ、或は筆に誌し、又は、親神の自由自在の 働きを目のあたり知らせ、身を以て行に示すなど、うまずたゆまず導か れた。
 教祖は、世界の子供をたすけたい一心から、貧のどん底に落ち切り、 しかも勇んで通り、身を以て陽気ぐらしのひながたを示された。
更に、 親神が教祖をやしろとして、じきじき表に現れている証拠として、よろ づたすけの道あけであるをびや許しをはじめとし、親神の守護を、数々、 目のあたりに示して、疑い深い人々の心を啓かれた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
論理の矛盾と言いますか、おやさまが貧のどん底に落ちていくから、人々は疑ったわけです。
常の人間の姿で、施しして貧乏になって行く。
これのどこが、元の親神なのか、実の神なのか、
そこが理解できないのは、おやさまの世界たすけ、救済の論理がまるで見え無いと言う事に他なりません。

315 :基本。:2014/02/24(月) 23:11:20.21 ID:HoACLGt5
>>314
貧のどん底に落ちることの教義的な意義は、債務奴隷社会の踏み均しです。
特に、思想宗教絡みの債務奴隷社会と言うものは、それが債務奴隷社会である事すら下層の民には認識すらされない、まやかし社会であるわけです。
神、上、お上と言うものは歴史上、社会を導き指導する存在であると、それが社会の常識ですが、今日の末法末世には終末には、宗教は「統治術」として谷底をままにするための技術になってしまいます。

FC掲示板 おやさま http://thebbs.fc2.com/262762!/
[21] 基本。 2006/11/27 11:54
おやさまは、「こうき」という思想を提言されています。
おやさまの世界たすけは、「たすけ一条」とおやさま自らが定義をなされています。
おやさまの「たすけ一条」は、外観上のたすける立場の人と、たすけられる立場の人は、二つ一つにひとつであり、ともにたすけ一条である。一つであるとされています。
 このたびハたすけ一ぢよをしえるも これもない事はしめかけるで 三号17
・・このためしすみやかみえた事ならば いかなはなしもみなまことやで 三号22

 はやはやとみへるはなしであるほどに これがたしかなしょこなるぞや 三号26
 これをみてなにをきいてもたのしめよ いかなはなしもみなこのどふり 三号27

おやさまが、確かに仕掛けたためし、の目的は、「このどうり」と示されています。
 人のもの借りたるならばりがいるで
 はやくへんさいれいをいうなり    三号二八
 即ち、「債務奴隷社会」からの脱却と言うためしです。

316 :基本。:2014/02/24(月) 23:24:02.59 ID:HoACLGt5
FC掲示板 おやさまでは、[21] 基本。 2006/11/27 11:54
おやさまは、「こうき」という思想を提言されています。
・・・・・・・・・・・・・・・
ここまでで、実は話題を中断してしまっています。

「こうき」という思想についてきちんと解説していないわけです。

「こうき」というのを「子富貴」と読むのが宗教上は的確で正しいことです。
 おふでさきに「にほんにもこふきが・・」とあるように、西洋には聖書と言う「子富貴」がある。

その聖書の教えを思想根拠に列強は侵略をし、http://thebbs.fc2.com/262762!/

[48] 基本。
このアヘン戦争は、中国を奴隷国家にしていく、最初の列強からの干渉でした。
以後、中国の人民は、毛沢東の共産革命までの長い間、帝国の奴隷として、不当・不法な圧迫を受けることになります。

 1840年アヘン戦争。     ←→ この年「貧に落ちきれ」との神命。
 1853年ぺりーの軍艦威嚇。  ←→ この年「母屋のとりこぼち」。酒肴で祝う。
 1856年唐人ハリス下田に。  ←→ この年、足達重助の四歳の娘、足立つ。たすけ開始。

米国の侵略に対しての、かれらが構築しようとする債務奴隷社会への、そこからの谷底世利上げとしてのオカルトが、おやさまのひながただったと言うわけです。
そこには「こふき」という謎が、あって、にほんにもこふきをという神意が悟られないまま今日まであると言う事です。

317 :基本。:2014/02/24(月) 23:52:56.82 ID:HoACLGt5
おやさまは、教典の文章によれば、こうである。
教祖は、世界の子供をたすけたい一心から、貧のどん底に落ち切り、 しかも勇んで通り、身を以て陽気ぐらしのひながたを示された。

債務奴隷になっている社会の谷底を、自分が「貧のどん底」に落ちきったら、なんでたすけたい一心だと言う事になるのか。
谷底の人々はそれでどう救われるというのか。
しかも勇んで通ったから、それのどこが谷底の救済になるのか。
まじめに考えたら、宗教のごまかしにしかすぎないのではと、そういいたくなる所です。

「こふき」という思想を、きちんと理解し、こうきをつくることが、天理教信者のなすべきことです。

318 :基本。:2014/02/25(火) 08:11:47.62 ID:zIo3WVRH
親神が教祖をやしろとして、じきじき表に現れている証拠として、よろ づたすけの道あけであるをびや許しをはじめとし、親神の守護を、数々、 目のあたりに示して、疑い深い人々の心を啓かれた。

教典本文の、↑これが又、おやさまの教えを理解しにくくさせる文言になっている。
疑い深い人々は、疑い深いだけであって、たすけられた人々は、たすけられたからまことの親神だと信じるほど単純では無い。

親神が親神である証拠証明は「地球規模」、「世界規模」の神の働きをしてみせて分かることであって、「おびやの神」とか、やまい助けの神と言う事では、当時新宗教として続々生まれた霊救教団と何の代わりも無いわけである。
親神は最初から、対世界、対科学文明至上主義との力比べに出ていて、その当時の信者には、たぶん今もそうだが、そういう世界規模の問題よりも、わが身わが内の問題でしか神を頼らない、神を信じられないという心の器であって、
おやさまは地場、神屋敷を構築し、特に「ぢば=天理王命」という、新たな元始まりの拠点の型づくりを普請していたと思慮されます。
そのいみでは、「人間始めだした証拠」としての地場は、神やかたは、Bおふでさき執筆後の、元始まりには、絶対に必要なものであって、
 みきという神の社→神屋敷としての神の社
こう言う仕掛けとして、先ずおびやたすけを開始されたわけです。

319 :基本。:2014/02/25(火) 08:26:05.28 ID:zIo3WVRH
話題が「こふき」からずれてしまったのは、FCおやさまの頃には、「債務奴隷」の問題と貸し物借り物の教理の関係が、中々に認知されない状況にいたからで、
債務奴隷という問題は、「高山対谷底」の、階級闘争的思案の道の足を踏み込みやすいわけです。

中山みきは「こふき」西洋のこふきを全面的に非難批判しているわけではなく、日本にもこふきが欲しいといわれている。
階級闘争、特に武力革命を手段とする共産革命思想は、「こふき」とは無縁であって、
高山に対する反高山であり、
中山みきお嫌いの、「学者学問至上主義」「科学力を持って人は神になるという思想」に立つ意味で、共産主義は、口で無神論となえるごとく、
埃の思想です。

天理教団批判も、教団を批判して組織化したとき同様の理の間違いに陥るわけです。
それくらいなら、安産の神様程度の民間のご利益神の方が、理の間違いも少ないと言うものです。

扇の伺いは、山中忠七さんの奥さんに最初渡された。
それがだんなが頂いてしまうと、男尊女卑、女のかげは薄くなる。
道の舞台から消えてしまう。
こう言う体質では、「こふき」は望むべくも無いということになります。

320 :基本。:2014/02/25(火) 08:51:15.67 ID:zIo3WVRH
第一章おやさま F
更に、教祖は、
このよふハりいでせめたるせかいなり なにかよろづを歌のりでせめ  一 21
せめるとててざしするでハないほどに くちでもゆハんふでさきのせめ 一 22
なにもかもちがハん事ハよけれども ちがいあるなら歌でしらする   一 23
とて、親神の思召を伝えられ、
  だん/\とふてにしらしてあるほどに
  はやく心にさとりとるよふ           四 72
と、後々繰り返し繰り返し思案させるよう、心を配られた。
この事は、 後日、
 これまでどんな事も言葉に述べた処が忘れる。忘れるからふでさきに 知らし置いた。            (明治三七・八・二三)
と仰せになつたように、
おふでさきは、耳に聽くだけでは、とかく忘れ がちになり易い人々の上を思い、筆に誌して知らされた親神の教である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
つまり、天理教とは理の間違いを歌で知らせ、悟らせようと言う教えです。

321 :基本。:2014/02/25(火) 09:00:07.04 ID:zIo3WVRH
このよふハりいでせめたるせかいなり なにかよろづを歌のりでせめ  一 21
「りいでせめたるせかい」
「理」ではなく「理意」、「りい」で責めたるせかいである。
つまり、科学至上主義には「理」はあっても「い」は無い。
親神に、八百万の神々の「意」が無い。

そこに大きな間違いの元があるわけです。
真理=宇宙意思 仏教で言えば仏陀の慈悲、宇宙に意思がある。
天=仁 儒教で言えば天には仁がある。天にまことがある。道がある。

こういう「意」を汲み取って生きようとしていた時代から、己の知恵才覚で科学技術で、理をわがままにする時代に、
人間は思い上がっていったわけです。

その違いを、理の歌で責めきると言う中山みきのおしえが、おふでさきです。

322 :基本。:2014/02/25(火) 18:41:19.62 ID:zIo3WVRH
こうき・・明治5年に制定された「こうき」がある。
http://www.geocities.jp/fujimoto_yasuhisa/bunsho/koukitaiouhyou.htm
 皇紀とは明治五年に制定されたわが国独自の日本紀元のことである。神武天皇即位の年を元年とし、毎年二月十一日が紀元節になっている。
 現在、世界的に使われている西暦は、キリスト教の開祖であるキリストの生誕日から数えられている。
日本人のわれわれが使用するには明らかに違和感を覚えるが、戦後の堕落した風潮の後押しもあって、不可思議に使われ続けている。
>>303
深谷源次郎が後に「天理人道」を説く三条の教憲を利用して大河原町の布教に大いなる功をあげたことは、この明治5年にその「天理人道」の短所があり、
奥野家におやさまが、赤衣を下付された明治6年、の前年明治5年には75日の断食をなされています。
明治5年 2月、「学問のすすめ」発刊。 3月、教部省設置。4月、三条の教憲(三条教則)を定む。
大小区制(庄屋、名主、年寄の制度廃止)。
  明治政府が思想統制にはいっていった、その入り口が「皇記」の制定、建国記念日の制定にあったわけです。
経済構造を変えるための政策が「庄屋、名主、年寄の制度廃止」でした。
この意味は、富国強兵、軍需産業に利するためでした。

天皇が神であり、イエスキリストのように、暦の基準として神武天皇をおいた。
 この事へのおやさまのなされたことは「75日」の断食でした。
 おやさまは、おやさまがおうけとりできない期間は、何も召し上がらないと言うひな型です。
明治5年は、1872年 そこから75日の断食は、おやさまの一日は1年です。 75日は人間の75年です。
1872年皇記制定、神武天皇は神。を1として  
→75年
1946年 1月1日 詔書 天皇の人間宣言

当時の弟子たちは、明治政府の情報統制、思想統制にもだまされて、
福沢諭吉の学問のすすめにも踊らされて、
これを抑止すべき、天理教団は金もうけ宗教に堕落して、日本は「念がいったら血肉が下る」敗戦となり、
おやさまの断食のみが、それでも子供可愛いと、肉体で予言されていたのであります。

323 :基本。:2014/02/25(火) 19:06:49.82 ID:zIo3WVRH
おやさまは、言葉だけではなく身をもって「断食の日数で」数々の予言をされています。
>>322
> 天皇が神であり、イエスキリストのように、暦の基準として神武天皇をおいた。
> この事へのおやさまのなされたことは「75日」の断食でした。
> 1872年皇記制定、神武天皇は神。を1として   →75年
> 1946年 1月1日 詔書 天皇の人間宣言

山名系を代表者とする天理教団は、戦争協力体制にて布教戦線拡大を企てて、山名は台湾に布教に、満州に天理村をつくるなどの愚行に走っています。

満州天理村の出現

・・当時の天理教は地位が極めて不安定であり、神道事務局の傘下で神道の一派として扱われ、弾圧を何度も加えられていた。
1908年に神道事務局から独立した後も散発的に弾圧が行われるなどしており、天理教全体が政府に強い反発を持っていた。

このことから国策である中国大陸進出にも批判的立場であったが、
1931年頃に北海道・東北地方が大凶作となり、満州への開拓民入植が有効な経済政策と認識されるに至り、
天理教内部からも満州への集団移住を行うべきとの意見が出されるようになった。
また内務省からも天理教で国家的事業を行うことを提案されていたこともあり満州入植計画が具体化していった。

天理教の一機関である「天理教青年会」は1932年に入植地選定と購入を目的に役員を現地派遣、
秋に哈爾浜市の郊外、松花江の支流・阿什河右岸地区を入植地と定めた。
・・・
1934年1月16日、関東軍より開拓民の移民許可を受けた教団は、青年会員の中から信仰の篤い者を選び、移民団の結成を開始した。
現地では5月26日に集落の起工式を行い、途中河川氾濫や匪賊の襲撃被害により工事が遅延しながらも完成、9月7日には上棟式を行った。
「生琉里」(ふるさと)と命名された中央集落は中心部に教会を設置、その周りに村事務所・学校・診療所などの共用設備、さらにその左右に住居地を配置し小規模な城壁都市を形成していた。

ここに11月9日から入植が開始、翌1935年には入植者の増加によりもう一つ西側に「西生琉里」(にしふるさと)という集落を造成し、
双方を合わせて「天理村」と称するようになった。

324 :基本。:2014/02/25(火) 20:14:52.95 ID:zIo3WVRH
おやさまの断食の日数は、おやさまの一日は人間の一日、おやさまの三日は人間の三年と、誰でも数えられる数の教えなのに、
なぜ、御おやが、断食されたのか、数すら数えられない宗教学者の皆様には、おやさまの一日は人間の一年と言う神のお言葉を用いるお気持ちが無いわけで、
まさに「用いねば反対同様」の教義学者さんばかりの天理教でありました。

天理教の戦争協力に積極的だった松村吉太郎の子息は、鉄道輸送分野の戦争協力責任者であって、敗戦後には健康体で内地で過ごせた日はなく天理の病院で死にました。
満州に天理教青年会が布教戦線拡大した当時の青年会の方々は果たしてどのようなご生涯を終えられたか、・・・

天理教教団は、戦争協力は平気でする。
それで、おやさまに断食させる事を申し訳ないとも思わぬ、恐ろしい組織です。

325 :基本。:2014/02/25(火) 20:16:02.19 ID:zIo3WVRH
こんな問答がありました。
天理教のおふでさき 第十号 八十七 なに事も月日の心 をもうにわ にほんにこふき ほしい事から 解釈お願いします。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10118978590

(回答です。)
そのおうたは、次の八十八のおうたとあわせて意味が少しわかりやすくなります。
にほんにもこふきをたしかこしらへて それひろめたらからハまゝなり 第十号 八十八

註 親神は、人間を創め出したぢばのある所にこふきを作って置きたいと思って、いろいろと心を砕いている。
にほんにたすけ一条のこふきが出来て、これを世界の人間に知らせさえしたならば、親神の真意の未だ知られていなかった所へも、自由自在に真意を行きわたらせ、世界一列の心を澄ます。
ということです。
これで分かりますか?
分からなければまた質問してください!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もう一つの回答例もあります。

326 :基本。:2014/02/25(火) 20:20:23.68 ID:zIo3WVRH
papaspapar2818さん ご自身が懸命に汗をかくこと。
暖房やクーラーで、心地好く調整されている部屋で、女中に飯を炊いて貰ったり、妻に頭の上から爪先迄、設えて貰っているかの、そんな人にはわかりません。
理解しても頭だけです。
まずは汗をかくこと。
草むしり一つをバカにするかの輩には、絶対に判りません。
少なくとも、ない頭を使うより早いかと思われます。
もう一つ。
天理教を知らなくても、貴方の様に詰め込もうとせずとも、言葉知らずとも‘かしもの・かりものの理’を体感し 理解なさっている方は たくさんいらっしゃいます。
そんな人に出会える様な魂を磨いて下さい。
言葉をたくさん 知ったところで、その言葉は記号にしかならないことも多いにあります。
汗をかいてんだが?と仰有るならば、身分的にオッケーなら、3日ぐらいホームレスでもなさっては如何ですか?
昔の布教師は ホームレスみたいなものです(笑)神社の軒下なぞで、神さん神さんと お寺を見掛けりゃ 仏さん仏さんと まず そこから あなたはやり直しましょう

随分な事を申し上げましたが、恐らく わたしらの雲の上の人の中には、仮にもこの回答をご覧になられたらですね、苦笑いなさってらっしゃるか、
同じ様に歩かれた方なら そうだそうだと仰有ると思いますよ(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・

論理のすり替えですね。

327 :基本。:2014/02/25(火) 20:31:36.48 ID:zIo3WVRH
>>326
質問は、天理教のおふでさき 第十号 八十七 なに事も月日の心 をもうにわ にほんにこふき ほしい事から 解釈お願いします。
回答は、「理解しても頭だけです。 まずは汗をかくこと。 」から始まります。
天理教の中堅幹部は、おふでさきを馬鹿にしています。
「理解しても頭だけ、まずは汗をかくこと」
そんなちゃちなものがお筆先であるなら、天理教やめたらどうですか。
と、申し上げたいです。

「言葉知らずとも‘かしもの・かりものの理’を体感し 理解なさっている方は たくさんいらっしゃいます。
そんな人に出会える様な魂を磨いて下さい。 」とは、
まさに問題を「魂の徳」にすり替えする、山名系の得意技です。
おやさまはおふでさきを、読むためにお残し下さっています。
布教師は汗かいたり野宿したりしたとして、「75日の断食」してますか?
おやさまは人間じゃない、神です。
その神が直々お書きになった「理」の書物を馬鹿にする、よほどの布教体験をしたつもりなのでしょう。
おやさまの教えを、しっかりと読み取りたいご質問を、軽くいなした態度は、天理教団幹部の戦争協力体質と同根、高慢な思い上がりとしか言えません。

328 :基本。:2014/02/25(火) 20:43:22.43 ID:zIo3WVRH
>>326-327
> 質問は、天理教のおふでさき 第十号 八十七 なに事も月日の心 をもうにわ にほんにこふき ほしい事から 解釈お願いします。
(別の回答例です)
おやさまは夜に 元はじまりの話などをお話されていまして、こふきをつくれ‘書いてみなさい’と言われますが、おやさまが首を縦に振るかのモノをお書きになられた方は…ですね。
そういったくだりではないでしょうか。
 ふでさき・おさしづ・みかぐらうた の知識を詰めたところでですね、
 あー例えば 高校三年迄の勉強を頭に詰めたところで、そのすべてを日常の暮らしに全力で役立てながら、社会貢献にたゆまぬ努力で 尽くしきるかの人はいますか?
 あー わからない?
あー 矢持さんでしたか? 手元に解釈本はございますが、敢えて広げませんでした。
解釈本で済む範疇ならば、道友社で販売しております。・・・・
それじゃあだめ!と仰有るならば、特別に勉強しすぎて分派者となってしまった方のご意見も直接アクセスなさって 聞いてみるのもよいでしょう。
あなたが教内の方ならば、互いに心の垣根を払う努力をしましてですね、立場があってもですね‘完璧な先生’の如く常に振る舞いなさいとおやさまが雛形にあるか否か考えてみてはいかがでしょうか?
さて、ある時 お茶所でしたか、私らに針ヶ別所方面ですか?そっちへ行け!と暗に目的としては‘天理教から追い出そうとするかの天理教の人’が居ましたが、
自身は純粋に何か教祖に触れたくてですね、誰も居ない牢屋に行ったコトもあります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「何ことも」 どんな事も ジャンルを問わずどんな事も です。
「月日の心をもうには」 月日が天より思うには です。
「にほんにこふき」 にほん、道の者と言う理解 です。
「 ほしい事から 」 欲しいことが原因である。 です。

329 :基本。:2014/02/25(火) 20:50:43.32 ID:zIo3WVRH
親神様の守護を目の当たりに見て心が啓かれた。
それは、手引きとしての信心であって、
第一章おやさま F
更に、教祖は、
このよふハりいでせめたるせかいなり なにかよろづを歌のりでせめ  一 21
せめるとててざしするでハないほどに くちでもゆハんふでさきのせめ 一 22
なにもかもちがハん事ハよけれども ちがいあるなら歌でしらする   一 23
とて、親神の思召を伝えられ、
  だん/\とふてにしらしてあるほどに
  はやく心にさとりとるよふ           四 72
と、後々繰り返し繰り返し思案させるよう、心を配られた。
この事は、 後日、
 これまでどんな事も言葉に述べた処が忘れる。忘れるからふでさきに 知らし置いた。            (明治三七・八・二三)
と仰せになつたように、
おふでさきは、耳に聽くだけでは、とかく忘れ がちになり易い人々の上を思い、筆に誌して知らされた親神の教である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
つまり、天理教とは理の間違いを歌で知らせ、悟らせようと言う教えだから、
お筆先を読んで、心が忘れている教えは無いか、 お筆先のお歌に知らされた間違いを、今しているのではないかと、勉強して勉強して勉強して、
それが、信者の務めです。
 ごまかしの回答例には、自分の不勉強を恥もなく、開き直っていて、惨めです。

330 :基本。:2014/02/25(火) 21:09:03.29 ID:zIo3WVRH
だん/\とふてにしらしてあるほどに
  はやく心にさとりとるよふ           四 72
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
> 質問は、天理教のおふでさき 第十号 八十七 なに事も月日の心 をもうにわ にほんにこふき ほしい事から 解釈お願いします。

にほんにこふきが欲しい。
それが筆に知らされた理の知らせです。
それを早く心に悟りとtるようにとの神意があって、それが分かっていない理の間違いがあって、
お筆先に知らされたわけです。

こう言う場合先ず、10号の冒頭と末尾を読みます。
冒頭は、
10号 78才老女 明治8年6月
しんぢつの心月日がみさだめて 天よりわたすあたゑなるのわ (10-1)
一寸したる事とハさらにをもうなよ 天よりふかいをもハくがある (10-2)
このはなしどふゆう事であろふなら からてんじくも心すまして (10-3)
このように、
冒頭を読みますと、つまり、「こふき」の話題は、「天よりわたす与え」の話題だと分かります。

末尾を読みますと、こうあります。
月日よりこのはたらきをしかけた いかなこふてきたるとゆうても (10-101)
心よりしんぢつハかりすみきりて とんな事でもをやにもたれる (10-102)
 このさきハせかへぢううハどこまでも  よふきづくめにみなしてかゝる (10-103)
 たん/\とこのみちすじのよふたいハ  みなハが事とをもてしやんせ (10-104)
これが、10号のまとめです。

つまり、「天より渡す与え」→「こふきが欲しい」
→「世界中は陽気に」→「道すじの様態は皆わが事と思って思案せよ」

 これで、10号の神意の骨格が、誰でもわかります。

331 :基本。:2014/02/25(火) 21:16:49.42 ID:zIo3WVRH
  だん/\とふてにしらしてあるほどに
  はやく心にさとりとるよふ           四 72
と、後々繰り返し繰り返し思案させるよう、心を配られた。
この事は、 後日、
 これまでどんな事も言葉に述べた処が忘れる。忘れるからふでさきに 知らし置いた。            (明治三七・八・二三)
と仰せになつたように、
おふでさきは、耳に聽くだけでは、とかく忘れ がちになり易い人々の上を思い、筆に誌して知らされた親神の教である
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「こふき」
それは、教理の書き物であるかもしれません。しかしおやさまは「それで良い」とは言われなかった。
「天より渡す与え」それさえあれば、世界をたすけられる。
わが事と思って、思案されることです。

おやさまの断食は、天理教の高弟たちの「悟り」違いが最悪の原因だとしっかりお分かりください。

332 :基本。:2014/02/26(水) 05:49:06.48 ID:ARmYnkGG
明治5年は、日本を神国日本として「皇記」を制定した年であり、列強に遅れたアジアの日本が、和魂洋才の旗印で、天皇を中心とした富国強兵に一丸となるよう、法や制度を変えていった初年度と言う事です。
おやさまの目には、当然ながら怖き危なき道が見えていたわけです。
そこで、おやさまご自身は75日の断食にて、その理の間違いによって起きる国民の難儀を、自らの肉体の難儀としてお通り下された。
巨大権力を手に入れたものは「神」となって、軍事力と経済力による支配で谷底をままにできるという、恐ろしい時代の到来を、日を切って、75日で片付ける予言をされていたわけです。
仮に、当時の高弟たちが、その理を理解で来ていたら、現人神天皇が人間だと言う宣言は、75年もかからずに、75月、6年3月で叶っていたわけです。

天皇を政治権力に組み込む軍事国家、官僚機構の基礎をこしらえたのは、「大久保利通」です。
「大久保政権」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E4%B9%85%E4%BF%9D%E5%88%A9%E9%80%9A

明治6年(1873年)に内務省を設置し、自ら初代内務卿(参議兼任)として実権を握ると、学制や地租改正、徴兵令などを実施した。そして「富国強兵」をスローガンとして、殖産興業政策を推進した。

・・・・・・・・・・・・・・大久保はプロイセン(ドイツ)を目標とした国家を目指していたといわれる。
明治6年(1873年)以降の大久保存命中の政権は、一般に「大久保政権」と呼ばれる。
当時、大久保への権力の集中は「有司専制」として批判された。
また、現在に至るまでの日本の官僚機構(霞ヶ関官界)の基礎は、内務省を設置した大久保によって築かれたともいわれている。
明治11年(1878年)5月紀尾井坂(東京都千代田区紀尾井町)にて暗殺された
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しかし、大久保がいなくなったからと言って、神国日本の帝国主義化には歯止めが利かなかった。
天理教は、おやさまのお働きを、邪魔していたと言う事です。

333 :基本。:2014/02/26(水) 06:10:17.26 ID:ARmYnkGG
「富国」という言葉が示すように「富貴」を求めて、「富国強兵」に走る。
富貴になる道が、軍事行動では得られないと、そういうおやさまの教えをもっと真剣に分からなければならなかったわけですが、
軍事行動と共に布教権線を拡大することが天理教団の発展につながると、山名系天理教団幹部は妄想し、暴走し、
「ほんみち」は天皇よりも「人間甘露台様が偉い」という論理で、反政府団体として裁判にかけられました。
【「ほんみち派第一次不敬事件」】 昭和3年。
 3月初旬、ほんみち派の「研究資料」が完成する。3.20日頃、大西愛治郎の若宮・愛信が側近の幹部の楠平助に「奈良県庁に『研究資料』を直ちに持って行け」と激しく迫った。
3.22日、幹部役員会が開かれ、概要「愛信の所作は、速やかに研究資料を世に公開し、来るべき大国難に備えるべしとの神示」と聞き分け、奈良県庁、警察その他に資料を送付することを決定した。
 3.22日、高田警察、3.23日、奈良県庁、、警察部保安課、3.24日、同内務部、3.26日、一般社会への喧伝開始。
研究資料の配布先は、内閣、各省、府県庁、警察署、外国公使館、貴族院衆議院各議員、知名士、有力者に配布された。
教内は、「高山に対する神の思惑の打ち出し」と位置づけた。
 4.3日、警察・検察当局が報道管制を敷きつつ摘発に動いた。
教義で天皇の神格を否定したとして、研究所を閉鎖し、4.9日、教祖・大西愛治郎夫妻が逮捕されたのを始め、天理研究会員約500名が拘引された。
そのうち180名が不敬罪で起訴された。
これを「ほんみち派第一次不敬事件」と云う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ほんみちのとった行動は大規模な反政府運動ではなく、信仰的天皇の神格否定であったが、「不敬罪」という法律があって、処罰の対象になった。

こふき 子富貴とは異なった方向では、上に通じさせることは出来ない。
「こふき」をつくる。
それは、おさしづの「家業第一、親孝心」。書き下げ一条の実践にあります。
宗教家業の集金組織していては、軍事や侵略や支配やで、富国しようという発想となんら変わりないからです。

334 :基本。:2014/02/26(水) 06:21:19.04 ID:ARmYnkGG
第一章 おやさま G
そして、何人にも親しみ易く、覚え易いようにと、歌によせてものされ たばかりでなく、屡々、譬喩を用いて理を説かれたのも、深い親神の思 召を うなずき易く、理解し易いように、との親心からである。即ち、

  このさきハみちにたとへてはなしする
  どこの事ともさらにゆハんで          一 46

  やまさかやいばらぐろふもがけみちも
  つるぎのなかもとふりぬけたら         一 47

  まだみへるひのなかもありふちなかも
  それをこしたらほそいみちあり         一 48

と、神一条の道を進む者の道すがらを、山坂や、茨の畔などにたとえて、
この道は、一時はいかに難渋なものであろうとも、一すじに親神にもた れて通り切るならば、段々、道は開けて、細道となり、遂には、たのも しい往還道に出られると、希望と楽しみとを与えて、励まされた。
そし て、自ら真先にかかる中を勇んで通り、陽気ぐらしのひながたを示され た。
・・・・・・・・・・・・・・・・
ひな型を示されたと言う事は、用木ならば通らなければならない道を示されたということです。
「神一条の道を進む者の道すがら」
これは、端的に言えば、世界を普請する者です。
おやさまのひな型は、なかでも「山坂」からの道は、「社会学習体験」みたいなもので、通ったことの無い人には、なぜ通らねばならないかの意味すら分からないでしょう。

高度に発達した資本主義経済社会において、谷底から競りあがると言う事は、「山坂体験」「いばらくろ体験」「崖道体験」「剣の中体験」「・・・」
絶対に学習しておかねばならないものです。

335 :基本。:2014/02/27(木) 00:36:47.59 ID:vMI3Awoz
日常の生活の中の天理教ならば、家業第一、親孝心で暮らしていけば良いわけです。
しかし、高山に道をつけると言う事になると、平凡な暮らしでございますと言うわけにはいきません。
日常の中におやさまの教えを、互い助け合いを実践し通ると言う事ならば、何も山坂を登る必要は無いわけです。

なんで山坂なのか。高山に道を付けるには上っていかねばならないわけです。
なんで茨くろなのか、高山は、そんな簡単には耳を傾けてはくれないし、登ってくる谷底の者を、簡単に受け入れないのが高山です。
では登っていけば、がけ道があって、落ちる、落とされる危険がある。
それでも高山に道を付けようとしたら、「剣の中」。暴力や威力の妨害が、きちんとなされる。
高山から認められた証拠みたいな、ご挨拶です。
そして「火の中」「ふちの中」。
こういう事を通り抜けないと、道はつかない。
道を付けようという場合の、神一条の道です。

しかし、
よろづよのせかいぢふうをみハたせバ
みちのしだいもいろ/\にある (1-45)

そんな危険な道を通らずとも、道の次第も色々にあるのです。
「神一条、神一序」ならば、これは、おやさまの内の者として、絶対に通るべき道ですが、
高弟たちの死に様を見れば、通れない人は、最初から、内側の神一条には関わらぬことです。

336 :神も仏も名無しさん:2014/02/28(金) 11:54:04.93 ID:ELmJEu2u
http://crx7601.com/archives/37327029.html

↑とふぢんが日本の地に入り込んでままにする?

337 :基本。:2014/02/28(金) 15:18:41.43 ID:V28vigJu
第一章おやさま H
又、人の心を水にたとえ、親神の思召をくみとれないのは、濁水のよ うに心が濁つているからで、
心を治めて、我が身思案をなくすれば、心 は、清水の如く澄んで、いかなる理もみな映ると教えられた。
そして、 我が身勝手の心遣いを、埃にたとえては、親神をほおきとして、心得違 いのほこりを、絶えず掃除するようにと諭された。
 更に又、陽気ぐらしの世界の建設を普請にたとえては、
これに与る人 達を、しんばしら、とうりやう、よふぼくなどと称んで、その持場々々 の役割を示すなど、人々が容易に理解して、早く心の成人をするように と心を尽された。
 このように、子供可愛い一条の親心から、譬喩を用いて分り易く教え ると共に、いかにもして、親神の理を得心させたいとの思召から、
初め、 親神を神といい、次に月日と称え、更にをやと仰せられるなど、
成人に 応じ、言葉をかえて仕込まれた。
 即ち、神というては、この世を創めた神、元こしらえた神、真実の神 などと、言葉をそえて親神の理を明かし、
或は、
  たすけでもをかみきとふでいくてなし
  うかがいたてゝいくでなけれど         三 45
と仰せられ、神というも、これまでありきたりの拝み祈祷の神でなく、
この世人間を造り、古も今も変ることなく、人間の身上や生活を守護し ている真実の神であると教えられた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
教典本文は、「親神の理」について語るのに、お筆先三号45のお歌の理を示している。
このレトリックは、容易に見破れない応法レトリックです。

338 :基本。:2014/02/28(金) 15:31:32.92 ID:V28vigJu
教典本文は、『いかにもして、親神の理を得心させたいとの思召から、』と、理由を示し、
『初め、 親神を神といい、次に月日と称え、更にをやと仰せられるなど、
成人に 応じ、言葉をかえて仕込まれた。』
『即ち、神というては、この世を創めた神、元こしらえた神、真実の神 などと、言葉をそえて親神の理を明かし、』
と、いわゆる「神・月日・おや」「元の神・実の神」を示しておいてから、

「或いは」と言葉をつないで、そういう神の説きわけと同じ趣旨で、「たすけでもをかみきとふでいくてなし うかがいたてゝいくでなけれど 」なのだと示しているのである。

神と言ってもありきたりの神ではなく、それは「神であり月日でありおやである神」「元の神であり・実の神である」と、言葉を添えて「親神の理を明かした」ように、
親神はたすけでも拝み祈祷で行くたすけではなく、神に伺いを立てていくのではないけれどという、「たすけの本質の違い」を、明示している。

それは、拝み祈祷で行かない。伺いたてていくのでは無い、けれど伺い立てて
行くこともある。
「いくてなし」は澄んでいる。
「いくでなけれど」は濁っている。
現実にはおさしづ伺いをたてての天理教であり、扇の伺いたててのおたすけであった。
これを、さらりと、親神の理の話題に、「あるいは」と、示されているわけです。

たすけの本質的な違いと言う重大な内容です。

339 :基本。:2014/02/28(金) 18:59:44.94 ID:V28vigJu
神というては、この世を創めた神、元こしらえた神、真実の神 などと、言葉をそえて親神の理を明かし、
或は、
  たすけでもをかみきとふでいくてなし うかがいたてゝいくでなけれど         三 45
と仰せられ、神というも、これまでありきたりの拝み祈祷の神でなく、
この世人間を造り、古も今も変ることなく、人間の身上や生活を守護し ている
真実の神であると教えられた。
 ここで「親神の理を明かす」お歌として使われている「三45」のおうた。
この次に、次のお歌に「親神の理の本質」が、きちんと説かれていて、「三45、46.47」が、一セットに重大なのですが、そこは伏せてある。
応法レトリックの、手法の一つです。
原典そのもので、その意味を再確認しないと、理が見えないという仕掛けになっています。

340 :基本。:2014/02/28(金) 19:44:41.82 ID:V28vigJu
>>339
> ここで「親神の理を明かす」お歌として使われている「三45」のおうた。
> この次に、次のお歌に「親神の理の本質」が、きちんと説かれていて
たすけでもをかみきとふでいくてなし うかがいたてゝいくでなけれど (3-45)
このところよろつの事をときゝかす 神いちじよでむねのうちより (3-46)

//////////////
拝み祈祷の宗教では無いという解釈は一人歩きしていて、八島系の「櫟本分署跡」の見解をご紹介しましょう。
原典をちゃんと読めない、親神をまことの神と思っていない、共産思想におやさまの教えのご都合解釈を施した、偽神楽の異端組織批判も、しておきましょう。
櫟本分署跡の愚かな主張
ベストアンサーに選ばれた回答 fixed753さん http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1287851837

教理の制定者二代目真柱は教祖伝は認めず「槁本天理教教祖伝」として出されました。
たしかに
教祖の長男秀司は大阪の米の相場で失敗し、借金をつくり集めた金を持って教祖の次女小寒夫婦、夫藤助の兄、改三郎、弟の又吉で大阪に借金の返済に行ってます(後に「小寒の大阪布教」の創作となる)時は安政二年です。
その借金を返す為に、田地を質にだし母屋も売り払いました。
教祖は天然自然が神であり神がかりを否定し「悟りばかりであるほどに」と、全て自分の責任で語っています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[異端教理批判]
このたびハ神がをもていでゝるから よろづの事をみなをしへるで (3-136)
おやさまはお筆先で、「この度、神が表に出ている」と、明示しています。
天下りか、天啓か、中山みきの悟りか、それは共産思想利用で天理教信者の献金を生活費に当てる、実は山名系の八島系には、
奇跡、神秘、霊救は説けない訳で、それ説いたら共産思想グループに除名されるわけで、
一生懸命、思想だ悟りだと、天理教信者を誘導するわけです。
「神は表に現れている」「よろづの委細を教える」。
八島系は原典が苦手で、貸し物借り物の教理が苦手です。
おたすけのかわりに、革命運動で教会に信者集めようとした悪です。

めへ/\のみのうちよりのかりものを
しらずにいてハなにもわからん (3-137)

341 :基本。:2014/02/28(金) 20:03:39.60 ID:V28vigJu
櫟本分署跡の愚かな主張
ベストアンサーに選ばれた回答 fixed753さん http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1287851837

教理の制定者二代目真柱は教祖伝は認めず「槁本天理教教祖伝」として出されました。
たしかに
教祖の長男秀司は大阪の米の相場で失敗し、借金をつくり集めた金を持って教祖の次女小寒夫婦、夫藤助の兄、改三郎、弟の又吉で大阪に借金の返済に行ってます(後に「小寒の大阪布教」の創作となる)時は安政二年です。
その借金を返す為に、田地を質にだし母屋も売り払いました。

教祖は天然自然が神であり神がかりを否定し「悟りばかりであるほどに」と、全て自分の責任で語っています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[異端教理批判]
中山秀司が相場と博打で財産なくした事はおさしづにもきちんと神は告げています。
小寒の大阪府教は、先に紹介しました「天日染め」の史実にも明らかです。
>>236-238
この時、博打で儲けさせてくれと(基本の推測では藤助同行したと)らがおやさまに頼んで、博打で連戦戦勝し、おやさまが「しのぎは許す」と言われた、それ以上に勝とうとして、大きく勝負に出た。そして負けた。
「大変なことをしてくれたと」おやさまは遠く大阪を見て言われたと伝承されています。
足入れ婚の状態にあった、藤助との縁談は破談となっています。

おやさまは「若き神小寒」と言われていて、小寒様にも神がかりがあった。
櫟本分署跡系は、「小寒の神がかり」否定、「大工の伊蔵のおさしづ否定」、
神秘を認めない共産主義思想だけでは信者がついてこないので、偽神楽をおつとめすることが、教祖のおしえだと、そこだけは神秘を入れないと仕方ないわけで、
神名も「天理王命」でなないと、
もう幼稚園児並みの宗教知識しかない、一般天理教信者を資金源にしようと必死です。

342 :基本。:2014/02/28(金) 20:21:17.64 ID:V28vigJu
櫟本分署跡の愚かな主張
ベストアンサーに選ばれた回答 fixed753さん http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1287851837
おふでさきでは、
かまいつきものばけものはさらにあると思うなと「さらに…」と念を押して語っています。
みかぐら歌に

 無理に出ようというでなし心定めのつくまでは しっかり思案をせにゃならん
私の言う事も鵜呑みにせずしっかり考えなさいと、はっきりした態度をとってます。
拝み祈祷でいくでなし というのに 天理教教会での「たすけたまへ天理王命」も 矛盾していて、教祖 中山みきの教えは正しく説かれ教えられていません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[異端教理批判]
共産主義者のお筆先解釈は、もともと神のお言葉と思っていないから、とんでもない勘違いが平気でとかれたりします。
「かまいつきものばけものは」無いと言う、共産主義者の言いたいこととして解釈されています。
 これは以下の一連のお歌の中の文言です。

これからハにち/\月日はたらくで とんなしごとをするやしれんで (14-15)
このよふにかまいつきものばけものも かならすあるとさらにをもうな (14-16)
いまゝでに月日ざんねん山/\と つもりてあるをみなはらすでな (14-17)
このはらしどふしてはらす事ならば 月日の心みなしてみせる (14-18)

これから日日月日が働いて、仕事をする。
この世には「かまいつき物ばけものも」必ずあると、いまさら思うな。
親神が、「かまいつき物ばけもの」現象を起こして、神の残念を晴らす。
これが、まともな解釈です。

343 :神も仏も名無しさん:2014/02/28(金) 21:17:28.54 ID:ELmJEu2u
http://crx7601.com/archives/37327029.html

↑とふぢんが日本の地に入り込んでままにする?


なぜ日本のスケート連盟の名誉会長が朝鮮人なのか?

344 :基本。:2014/02/28(金) 21:34:42.86 ID:V28vigJu
「かならすあると」「さらにをもうな 」この意味ですが、
古文単語辞書 によれば、こうです。 さらにの意味は、
ますます・改めて
少しも・まったく・決して
↑ こんな風ですから、
「さらにおもうな」は、「改めて思うな」か「決して思うな」のどちらかです。
 古文辞書 - Weblio古語辞典古語辞典 によれば、こうです。
さらにもあらず = いうまでもない
さらにもいはず = あらためて言うまでも無い。もちろんである。
  「必ずあるなんて、決して思うんじゃないよ」
  「必ずあるなんて、改めて思うまでも無い」
まるで意味の反する二つの解釈が出来てしまうわけです。

そこで、続いているお歌の意味を「決して思うな」で読んでみたら、意味は通らないか通るかですが、
 これからハにち/\月日はたらくで とんなしごとをするやしれんで (14-15)
 このよふにかまいつきものばけものも かならすあるとさらにをもうな (14-16)
いまゝでに月日ざんねん山/\と つもりてあるをみなはらすでな (14-17)
このはらしどふしてはらす事ならば 月日の心みなしてみせる (14-18)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
必ずあると、いまさら思うんじゃないよ。
きちんと、かまい憑き物化け物は、あるんだよ。

基本は、こちらを採用します。

345 :基本。:2014/02/28(金) 21:52:15.17 ID:V28vigJu
八島系櫟本分署後の異端思想は、実は「神秘心霊の否定」であり、明治政府の意図と同じ中身です。
教典本文に、
  たすけでもをかみきとふでいくてなし
  うかがいたてゝいくでなけれど         三 45
これを、親神の教えの本質と二代真柱が示されたのは、「神秘・心霊」が、あるという反語的意味です。

明治6年1月15日教部省達2号を以て『梓巫市子並憑祈祷孤下げ等禁止』
1873年(明治6年)、中山みき、飯降伊蔵にかんろだいの雛型(木製)を造るよう命じる。

かんろだいつとめは、加持では無い、祈祷では無い、狐下げなどでは無い。禁止できるならしてみよというおやさまの御態度があります。
お札は出している、御供は出している。伺いはしている。
神秘心霊を否定し、天皇教に統制しようとする高山の意図、
それに対しておやさまは、「神秘心霊で力比べする」意図をお持ちだったわけです。

346 :基本。:2014/03/01(土) 00:34:20.17 ID:TI5NwXRX
>>345
> おやさまは、「神秘心霊で力比べする」意図をお持ちだったわけです。
この視点で、天理教教典本文を検証します。
『教祖の姿は、世の常の人々と異るところはないが、その心は、親神の 心である。
しかし、常に、真近にその姿に接し、その声を聞く人々は、 日頃の心安さになれて、その話に耳をかそうとしないばかりか、
或は憑 きものと笑い、或は気の違つた人と罵つた。』
 『かかる人々に、親神の教を納得させるのは、並大抵なことでなかつた とはいえ、教祖が月日のやしろにおわす真実を納得させずしては、いつ までも、たすけ一条の道は啓かれず、陽気ぐらしへの立て替えは望めな い。』
『されば、教祖は、頑是ない子供をはぐくみ育てるように、世の人々 の身にもなつて、説き聽かせ、或は筆に誌し、又は、親神の自由自在の 働きを目のあたり知らせ、
身を以て行に示すなど、うまずたゆまず導か れた。』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『身を以て行に示す』 逸話遍からです。
教祖は、綿木の実から綿を集める時は、手に布を巻いてチュッチュッとお引きになったが、大層早かった。
又、その綿から糸を紡ぎ機を織るのが、とてもお上手であった。
 糸を括って紺屋へ持って行き、染めてから織ると模様が出るのであるが、
中でも最も得意とされたのは、玉に分銅、猫に小判などという手の込んだ模様ものであった、という。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これがひな型です。

機械が万能の時代になるという産業革命の思想は高山の横暴と侵略主義を生みました。
そのイギリス人エドモンド・カートライト(Edmund Cartwright)が製造した。力織機はそれまでの手織機に代わって織物生産の主役となり、産業革命を主導した。
 それでは高級な織物は「機械織り」でしょうか、いいえ違います。

 中山みきは、手織りで自らデザインした織物を、つくって見せた。
ひながたです。

347 :基本。:2014/03/01(土) 01:13:00.53 ID:TI5NwXRX
>>346
> おやさまは、「神秘心霊で力比べする」意図をお持ちだったわけです。
【染物】逸話篇14
 ある時、教祖が、「明朝、染物をせよ。」と、仰せになって、こかんが、早速、その用意に取りかかっていた。
すると、ちょうど同じ夜、大豆越でも、山中忠七が、扇の伺によってこのことを知ったので、早速、妻女のそのがその用意をして、翌朝未明に起き、泥や布地を背負うてお屋敷へ帰って来た。
そして、その趣きを申し上げると、教祖は、
「ああそうか。不思議な事やな。ゆうべ、こかんと話をしていたところやった。」
と、言って、お喜び下された。 こういう事が度々あった。
 染物は、後にかんろだいのぢばと定められた場所の艮(註、東北)にあった井戸の水で、お染めになった。
教祖が、「井戸水を汲み置け。」
と、仰せになると、井戸水を汲んで置く。
そして、布に泥土を塗って、その水に浸し、浸しては乾かし、乾かしては浸す。二、三回そうしているうちに、綺麗なビンロージ色に染まった。
この井戸の水は、金気水であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
産業革命、合成染料が発明されて、染物は工業化されました。
http://www.med.akita-u.ac.jp/~doubutu/gijutubu/industry.html
◾アニリン紫(1856年 英 パーキン)・・・紫は王族の色(1gの染料に9000個の地中海産小貝が必要)
本当はマラリアの特効薬キニーネを合成しようとした。
抗マラリア薬クロロキンが合成されたのは1994年
◾アリザリンレッド(1869年 独 グレーベとリーベルマン)・・・アカネ科植物の根からとったアリザリン(赤)はミイラの包帯に使用
◾インジゴブルー(1880年 独 バイヤー)・・・藍、ジーパンの染色
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おやさまの染色、天日染めと、合成染料と、人間を「富貴」にしてくれるのは、「神秘心霊」ですか「科学工業」ですか。

348 :基本。:2014/03/01(土) 01:23:34.36 ID:TI5NwXRX
【おふでさき御執筆】逸話篇22
 教祖は、おふでさきについて、
「ふでさきというものありましょうがな。あんた、どないに見ている。あのふでさきも、一号から十七号まで直きに出来たのやない。
神様は、『書いたものは、豆腐屋の通い見てもいかんで。』と、仰っしゃって、耳へ聞かして下されましたのや。何んでやなあ、と思いましたら、
神様は、『筆、筆、筆を執れ。』と、仰っしゃりました。
七十二才の正月に、初めて筆執りました。
そして、筆持つと手がひとり動きました。天から、神様がしましたのや。書くだけ書いたら手がしびれて、動かんようになりました。
『心鎮めて、これを読んでみて、分からんこと尋ねよ。』と、仰っしゃった。
自分でに分からんとこは、入れ筆しましたのや。それがふでさきである。」
と、仰せられた。
 これは、後年、梅谷四郎兵衞にお聞かせ下されたお言葉である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
↑ 神は「分からんこと尋ねよ。」と言われた。
それで、みきは「自分でに分からんとこは、入れ筆しましたのや」

つまり、みきは神の自動書記に、加筆して分かるようにした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
これもひな型です。

349 :基本。:2014/03/01(土) 08:00:09.45 ID:TI5NwXRX
>>345
> おやさまは、「神秘心霊で力比べする」意図をお持ちだったわけです。
この視点に立って、おやさまのなされたことを見ますと、科学万能の時代に対する「神秘心霊万能」であることは明らかです。

五三 この屋敷から
明治十年、飯降よしゑ十二才の時、ある日、指先が痛んで仕方がな いので、教祖にお伺いに上がったところ、
 「三味線を持て。」と、仰せになった。
それで、早速その心を定めたが、当時櫟本の高品 には、三味線を教えてくれる所はない。
「郡山へでも、習いに行きま しょうか。」 と、お伺いすると、教祖は、
 「習いにやるのでもなければ、教えに来てもらうのでもないで。こ の屋敷から教え出すものばかりや。
世界から教えてもらうものは、 何もない。この屋敷から教え出すので、理があるのや。」
と、仰せられ、御自身で手を取って、直き直きお教え下されたのが、 おつとめの三味線である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
天理教教典本文には、こう書かれています。
たすけでもをかみきとふでいくてなし
  うかがいたてゝいくでなけれど         三 45
と仰せられ、神というも、これまでありきたりの拝み祈祷の神でなく、 この世人間を造り、古も今も変ることなく、人間の身上や生活を守護し ている真実の神であると教えられた。
>>337
>>339
> ここで「親神の理を明かす」お歌として使われている「三45」のおうた。
> この次に、次のお歌に「親神の理の本質」が、きちんと説かれていて、「三45、46.47」が、一セットに重大なのですが、そこは伏せてある。
> 応法レトリックの、手法の一つです。
> 原典そのもので、その意味を再確認しないと、理が見えないという仕掛けになっています。
たすけでもをかみきとふでいくてなし うかがいたてゝいくでなけれど (3-45)
このところよろつの事をときゝかす 神いちじよでむねのうちより (3-46)
よろづの事を説き聞かす。
そこには、三味線の弾き方も説き聞かす。
「こ の屋敷から教え出すものばかりや」。
これこそが、親神の理の本質なのです。

350 :基本。:2014/03/01(土) 08:12:38.03 ID:TI5NwXRX
おやさまのプライド、みき姉さんの心意気は、三味線だとて皆私が教えるよと言う、ものです。
「この屋敷から教え出すものばかりや」
 たすけでもをかみきとふでいくてなし うかがいたてゝいくでなけれど (3-45)
   このところよろつの事をときゝかす
   神いちじよでむねのうちより (3-46)
   わかるよふむねのうちよりしやんせよ 
   人たすけたらわがみたすかる (3-47)
「よろつ」とは、文字は濁っていません。「やおよろづの神」の事です。
各宗教宗派には膨大な研究書が残されています。
それらの教えの、だめを教えて、この世界をたすけるおやさまです。
それにおいては、霊救のもとは教えて下さると受け入れやすいのですが、実は、平凡な日常そのものについても、
おやさまは、教えだしていて下さる。これはなかなか分からないところです。

『人間の身上や生活を守護している真実の神であると教えられた。』(教典本文)
この意味するところは、「身上」「生活」そのことごとくを教える親神であるという、意味です。
ここに、おやさまの子としてのあり方が、書かれているわけです。

351 :基本。:2014/03/01(土) 08:20:29.28 ID:TI5NwXRX
このたびハたすけ一ちよにかゝるのも
わがみのためしかゝりたるうゑ (3-44)
たすけでもをかみきとふでいくてなし うかがいたてゝいくでなけれど (3-45)
わが身の験しのひな型は、逸話遍にあります。
三 内蔵 教祖は、天保九年十月二十六日、月日のやしろとお定まり下されて 後、親神様の思召しのまにまに内蔵にこもられる日が多かったが、
こ の年、秀司の足、またまた激しく痛み、戸板に乗って動作する程にな った時、
御みずからその足に息をかけ紙を貼って置かれたところ、
十 日程で平癒した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この、わが身の試しが、おやさまご自身の場合には自らが盲目となり、めくらの目を開けた。
自らがいざって歩くようになって、いざりの足を立てたわけですが、ひな型としては、わが子の身上を息でおたすけされている。
「身上」「生活」そのものを、おたすけくださる親神。
それは、「身上、生活」そのものを、「教えだす親神」であると言う事です。

352 :神も仏も名無しさん:2014/03/02(日) 02:34:55.09 ID:tnLQ5Hhx
正式ではないので、韓国大統領とか、日本の大臣にバカにされるんだが。
だって、今でてるのは、天皇じゃないよ。

天理教とかが都合が悪いんでしょ?

偽者なのはバレてるよ。

もっと天理教とかに大々的に宣伝しようか??

今出ている、皇居の皇室一家は、全部 代理で、皇族ではなくて、殿様、藩主や将軍家です。
なので、殿下ばかり。殿下は天皇の神殿にあがれない身分。

ちなみに、俺は天皇なので、偉いんだなー。

353 :おてんば私立学院総長 ◆Sh04QfwaGE :2014/03/02(日) 07:23:10.21 ID:9b5SnPyp
>>352
もっとも下村文部科学大臣なんかは韓国の小役人にまで馬鹿にされる始末だが。

354 :神も仏も名無しさん:2014/03/02(日) 09:40:28.79 ID:DqnnWSRT
   |_|                   |l
┌─┴─‐┐          ─◇
│| ̄ ̄ ̄|│  .人          /
│|___|│ (__)   ♪
└───‐┘ (__) 与作は木を切る〜
        (,,・∀・) __   __ ウンコッコ〜ウンコッコ〜♪
        (  つ¶ /\_\. |[l O |
        │ │ |\/__/ |┌┐|
        (__)_) __ll__  |└┘|
 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
 ̄ ̄ ̄ ̄  __∧____ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       l´
        │チョットおすぎとピーコはいってますけど
        │飯田でカラオケ喫茶のマスターやってます
       l,____

355 :朝鮮人犯罪多いね。:2014/03/02(日) 18:58:56.02 ID:zkek8c1n
アルゼンチンで27日、野犬を捕まえて自宅で殺し、肉を業者に販売していた70代の韓国人の男が現地警察に逮捕された。
複数の韓国メディアが報じた。  

現地メディアによると、男は首都ブエノスアイレスから車で2時間ほど離れたフロレンシオ・パレラで生活。
野犬を捕まえると数日間自宅で餌をやり、太らせた後で家の敷地内で殺していた。  

男は殺した犬の肉を黒いビニール袋に入れ、ブエノスアイレスの中心地、フローレス地区でアジア人が経営するスーパーマーケットに販売。
犬肉は主に同地区に住む韓国人が購入していたという。  

愛犬2匹がいなくなったという女性の通報を受け、警察が捜査。男の家に警察が突入し、犬を殺しているところを逮捕した。
しかし刑事処罰する法律がないことから、男は釈放された。  

現地警察の関係者は、「男は精神疾患を患っており、以前から犬を殺している」として隣人とトラブルになっていたと説明した。  

この事件は米国や英国のメディアも報道。
アルゼンチンにはペットに対する虐待行為を処罰する法律しかないことから、男は「肉の無断流通容疑」で処罰されるものとみられている。  

アルゼンチンには韓国のような犬肉を食す習慣はない。
1995年には韓国人2人が自宅の屋上でドーベルマン1匹を殺しているところを現地メディアが捉え、波紋を広げた。
http://news.searchina.net/id/1525457


朝鮮人は精神病であるとアルゼンチンで話題に
http://kininatta2chmatome.doorblog.jp/archives/7565832.html

356 :朝鮮人犯罪多いね。:2014/03/02(日) 20:02:07.29 ID:zkek8c1n
家の叔母は北朝鮮に行って拉致られそうになったが、幸いにも帰ることができた。

それからまわりで変なことが起こり始めた。

日本の地に入り込んだ北朝鮮人はとふぢんだろうな。
ゴキブリが。


なあ朝鮮earの基本。さん。

357 :基本。:2014/03/03(月) 01:00:21.85 ID:DTwkTiiw
埃には足を踏み込むなと教えられています。
つまり、北朝鮮には行かない事です。
基本朝鮮人説は、デマです。よ。(笑)
人種で差別する言動は、よろしくないです。

さて、基本教理については、天理教教典編打ち切ります。

358 :神も仏も名無しさん:2014/03/04(火) 17:55:05.24 ID:5TDd0mUk
基本さん、教典第一章の解説、ありがとうございました。
読み方・掘り下げ方、大変勉強になりました。
基本の残された文章は、必ず後輩達に伝わっていきます。
私には、基本さんのお道への愛、おやさまへの愛、しっかり伝わってきました。

359 :神も仏も名無しさん:2014/03/04(火) 21:28:52.30 ID:CaeuH8I6
   |_|                   |l
┌─┴─‐┐          ─◇
│| ̄ ̄ ̄|│  .人          /
│|___|│ (__)  ♪
└───‐┘ (__) 与作は木を切る〜
        (,,・∀・) __   __ ウンコッコ〜ウンコッコ〜♪
        (  つ¶ /\_\. |[l O |
        │ │ |\/__/ |┌┐|
        (__)_) __ll__  |└┘|
 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
 ̄ ̄ ̄ ̄  __∧____ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       l´
        │30分3千円でレッスンもやってます
        │詳しくはコチラ http://www.k5.dion.ne.jp/~iida/index21f.htm
       l,____

360 :神も仏も名無しさん:2014/03/08(土) 14:02:12.86 ID:GLShWTqh
*

361 :日本の国王カミ将軍@ ◆iM3j8MYBNNtg :2014/03/08(土) 17:34:57.59 ID:29R5FMjj
2014年3月2日付けで、トリップを変更した。 ◆iM3j8MYBNNtg  → ◆WSZ7beIuXw

2014年3月2日付けで、トリップを変更した。 ◆iM3j8MYBNNtg  → ◆WSZ7beIuXw

362 :天皇の直系血筋・DNA鑑定済み ◆WSZ7beIuXw :2014/03/08(土) 17:35:36.05 ID:29R5FMjj
「チェックをはいている女は他の男がチェック済だそうです」→俺「チェック済の意味によっては、その「他の男」というのを「横領」で殺害する必要がある。
聖書や日本でも昔からそうだが、カミは処女を好む。
つまり、依頼で処女が届いているはずなので、チェック〜で非処女にされた場合、した男は極刑。
http://twitter.com/4YoGun/status/442048845422141440

363 :天皇の直系血筋・DNA鑑定済み ◆WSZ7beIuXw :2014/03/08(土) 19:19:20.11 ID:29R5FMjj
5日正午すぎ、愛知県豊田市の山林に2人が乗って訓練飛行をしていた小型飛行機が墜落しました。
現場で1人の遺体が見つかり、警察と消防がもう1人の行方を捜すとともに、事故の詳しい状況を調べています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140305/k10015731351000.html
現場で2人の遺体が見つかりました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140305/k10015742051000.html

364 :天皇の直系血筋・DNA鑑定済み ◆WSZ7beIuXw :2014/03/08(土) 19:33:51.14 ID:29R5FMjj
これは、何度も書いているけど、俺へのプレゼント女、俺への贈呈女。
つまり、俺が最初にセックスして処女膜を奪う役目で、その為に、赤子・里子・現金支援をしているのに、
他が処女膜を奪ってしまうので、その赤子・里子・現金分を返してもらう・・・・奪った男に命で責任を負ってもらう。
ただ、それだけの事で、ルールとしては当然だと思う。

365 :天皇の直系血筋・DNA鑑定済み ◆WSZ7beIuXw :2014/03/09(日) 01:27:20.45 ID:xM7RbyuS
@latatuio 9 時間 なぜ処女厨は発狂するのか http://twitter.com/latatuio/status/442131812458844160

発狂というのは、漢字にあるように「王」のスキルなのでは?奴隷や下僕の人が発狂すると逮捕とかされるだろ?
俺みたいに国の「王」だと逮捕されないので発狂しても許される。
普通の人は発狂すると罪に問われる。また処女はレア・貴重品扱いなので、王が昔から貰うもの。
http://twitter.com/4YoGun/status/442264817760358400
これは勘違いしている「下々の人」が「なぜ処女厨は発狂するのか?」と云う愚問を投げかけてきたので、天才である俺が明確な回答をしてあげた。
「厨」の意味も、この手の下々の人達は間違えて言葉を使っているよね。かわいそうな文化wとか書いてみるwテストwwww
http://twitter.com/4YoGun/status/442266041289146368
ついでに「下々の人」に教えてあげると〜。「文化」というのは、その漢字が定義として示す通り、文章、明文・・・文として化けている。
何かが生じて、それが文として成立、残っているのが文化である。そして、発音の通り、文化〜ブンカ〜分化であるので、何かから分かれている。
http://twitter.com/4YoGun/status/442266819223494656

366 :天皇の直系血筋・DNA鑑定済み ◆WSZ7beIuXw :2014/03/09(日) 02:16:59.73 ID:xM7RbyuS
485 天皇の直系血筋・DNA鑑定済み ◆WSZ7beIuXw sho_gun_3@mail.goo.ne.jp 2014/03/02(日) 02:33:29.27 ID:5N5YjHfr0
>仮にもなにも法できちんと明記されています なので正式なほうです

正式ではないので、韓国大統領とか、日本の大臣にバカにされるんだが。
だって、今でてるのは、天皇じゃないよ。

天理教とかが都合が悪いんでしょ?

偽者なのはバレてるよ。

もっと天理教とかに大々的に宣伝しようか??

今出ている、皇居の皇室一家は、全部 代理で、皇族ではなくて、殿様、藩主や将軍家です。
なので、殿下ばかり。殿下は天皇の神殿にあがれない身分。

ちなみに、俺は天皇なので、偉いんだなー。

367 :天皇の直系血筋・DNA鑑定済み ◆WSZ7beIuXw :2014/03/09(日) 02:18:41.75 ID:xM7RbyuS
487 天皇の直系血筋・DNA鑑定済み ◆WSZ7beIuXw sho_gun_3@mail.goo.ne.jp 2014/03/02(日) 02:39:02.82 ID:5N5YjHfr0
>殿下とは、宮殿の殿堂の階下に語源があり、次第に皇族・王公の敬称となった。古くは、てんがと読み、後にでんかに転化した。

殿上人:天皇の日常生活の場である清涼殿南廂へ昇ることを許された者のこと。

殿上人〜殿へ上がれる人。
殿下 〜殿の下の人。

これだけでも、途中から間違えている・・・というか、途中で変更したのがわかる。


>1 外見的特長などでは天皇は選ばれない 

いや、選ばれるんだが。あんたが、いくらか居ても、外見的特長は重要である。
自分らの仲間の、ちびっこ軍団が、偽者で、残念でした。早く死ね。ごみ。

あんたら、みたいな詐欺師は死ね。

368 :おてんば私立学院総長 ◆Sh04QfwaGE :2014/03/09(日) 22:41:10.44 ID:lwtxknqV
>>359
『与作』の作曲者の七澤さんという人、今やワールドメイトの教団幹部になってるんだってさ。

369 :神も仏も名無しさん:2014/03/16(日) 18:16:08.75 ID:TD4lj6qe
   |_|                   |l
┌─┴─‐┐          ─◇
│| ̄ ̄ ̄|│  .人          /
│|___|│ (__)   ♪
└───‐┘ (__) 与作は木を切る〜
        (,,・∀・) __   __ ウンコッコ〜ウンコッコ〜♪
        (  つ¶ /\_\. |[l O |
        │ │ |\/__/ |┌┐|
        (__)_) __ll__  |└┘|
 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
 ̄ ̄ ̄ ̄  __∧____ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       l´
        │カラオケでひろげよう、ともだちのWAっ...WAっと!
        │
        │http://uploda.cc/img/img53256b681d0ff.jpg
       l,____

370 :神も仏も名無しさん:2014/03/17(月) 19:26:46.13 ID:bjjGZ1CP
   |_|                   |l
┌─┴─‐┐          ─◇
│| ̄ ̄ ̄|│  .人          /
│|___|│ (__)   ♪
└───‐┘ (__) 与作は木を切る〜
        (,,・∀・) __   __ ウンコッコ〜ウンコッコ〜♪
        (  つ¶ /\_\. |[l O |
        │ │ |\/__/ |┌┐|
        (__)_) __ll__  |└┘|
 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
 ̄ ̄ ̄ ̄  __∧____ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       l´
        │ヤッパ、演歌っていえばサブちゃんダ゙ヨネ
        │
        │http://www.youtube.com/watch?v=bLYV-iZCV5I
       l,____

371 :神も仏も名無しさん:2014/03/17(月) 20:53:45.94 ID:6CkmtLe7
天皇の直系って? ドラゴニアンの直系を自慢しています?
まぁ、皇帝とは、悪魔崇拝の定義なので 悪魔の血統が王に成れる。

372 :神も仏も名無しさん:2014/03/17(月) 20:57:52.92 ID:6CkmtLe7
フリーメイスンの民主主義とは、Democracy=Demon+Cracy=「悪魔の支配」が語源。

373 :神も仏も名無しさん:2014/03/18(火) 19:52:12.43 ID:QK6Fchwx
関東大震災における朝鮮人よる日本人虐殺(避難所に放火)。
背乗り。成り済まし。
明治維新あたりからの人口増加率の伸び。

おやさまの「とふぢんがにほんの・・」というお言葉。


これらをあわせて考えると・・・

374 :神も仏も名無しさん:2014/03/19(水) 05:51:15.15 ID:bu/Zummk
関東大震災における朝鮮人よる日本人虐殺(避難 所に放火)。 背乗り。成り済まし。 明治維新あたりからの人口増加率の伸び。

おやさまの「とふぢんがにほんの・・」というお 言葉。

これらをあわせて考えると・・・ I

375 :神も仏も名無しさん:2014/03/22(土) 18:18:23.37 ID:cuDmdr9a
   |_|                   |l
┌─┴─‐┐          ─◇
│| ̄ ̄ ̄|│  .人          /
│|___|│ (__)   ♪
└───‐┘ (__) 与作は木を切る〜
        (,,・∀・) __   __ ウンコッコ〜ウンコッコ〜♪
        (  つ¶ /\_\. |[l O |
        │ │ |\/__/ |┌┐|
        (__)_) __ll__  |└┘|
 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
 ̄ ̄ ̄ ̄  __∧____ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       l´
        │演歌王への道は一日にして成らずか(´。`)
        │ヨーシ、コレ観て、ウンコッコも100点目指してがんばるどぉー!!
        │http://www.youtube.com/watch?v=T-AbtfPHqBA
       l,____

376 :神も仏も名無しさん:2014/03/24(月) 10:43:51.94 ID:I/cAXRCp
「床食いラーメン」でググるなよ!絶対だからな!

377 :神も仏も名無しさん:2014/03/29(土) 13:46:01.95 ID:ocCeoGID
ロシアとかアメリカCIAとかは熟知しているみたいだが、いま、現在、俺にビームや、咳払いをさせる攻撃をしてきている人達。
その人達には、その人達の家族親戚、親兄弟、若い男女に預けた子。売った子。全部に対し、「天皇への攻撃なので100倍返し!!」というルールが制定されている。

ソチオリンピック2014 http://pbs.twimg.com/media/Bge9_GiCIAEwSxQ.jpg
も、ロンドノリンピック2012 http://pbs.twimg.com/media/Ay3S7KsCUAAJDLX.jpg
と同様に、俺の血筋、俺・林田(仁、日日、日王、II王)を賞賛する開会儀式となっている。

地球最強の武力国家・と言われている「ロシア連邦」。
俺が、2月17日に出した画像 http://pbs.twimg.com/media/BgqzG65CQAA9za4.jpg に、
アメリカ合衆国オバマ大統領 http://pbs.twimg.com/media/BhsNHRTCUAAqGib.jpg
ロシア副首相も http://pbs.twimg.com/media/BhFmMNuCIAE1rA_.jpg 合わせている。
俺は、韓国朝鮮でも、王・韓国皇帝の上位の血筋であり、ロシアでは聖人の血筋。欧州では大帝の血筋で、
タイではアユタヤでラーマ9世よりも上、日本では天皇陛下の上位に、中華では始皇帝の上位に存在する血筋である。

この1番下に出している、俺の両手と一緒にある財布。
これは、橘紋、梅紋、菊紋(日本の皇族)、百合紋(韓国皇族、朝鮮王族)で、それぞれが、世界皇帝である俺の手中にある事を示している。
橘紋で代表的なのは、新興宗教では立正佼成会であり、梅紋では天理教である。
http://pbs.twimg.com/media/Bge9_GiCIAEwSxQ.jpg

378 :神も仏も名無しさん:2014/05/02(金) 04:30:31.52 ID:8oDCyNZu
基本。お前は本当にあほうだ。

おやさまが叱られる方の「あほう」だ。

高山が世界を、ままにするレベルもしらずに。

今やハイテクで、人は、死にたくなくとも、そう仕向けられる、何故だか解らずに。
それぐらいのテクノロジーは既に確立している。マインドコントロールテクノロジー。
「ある病気の人の周波数を、健常者に、浴びせたら同じ病気になる。これが、『おなじいんねん』」
「」内は俺の推論だ。証明はできていない。

おやさまが案じた怖き危なき道とは、失礼かも知れないが、一般常識ではかれるものではない。

天候すら思いのままにできる。

そう、「ままに」する「とふぢん」だよ。


かみのりいふくたいしょうだ。

379 :神も仏も名無しさん:2014/05/02(金) 04:40:16.39 ID:8oDCyNZu
だからこそ、おやさまは、いちれつはみな、もやのごとくやと、おっしゃったんだろうが。

380 :神も仏も名無しさん:2014/05/02(金) 05:56:57.05 ID:8oDCyNZu
なんでも、とふぢん側の説明によると、このもやのごとくやのなかでの、とふぢん支配が目にみえる、若しくは理解できる存在は、
周りからはおかしな存在に映るようになっているらしいから、基本。も、そのような存在の人が言っていることを、
お前の低次元な教理理解であしらわずに、真実をみよと仰ったおやさまの心を、思案して考えてみてくれよな。

381 :神も仏も名無しさん:2014/05/02(金) 06:09:53.99 ID:8oDCyNZu
例えば、牛だ。
牛は今、人に喰われるいんねんだが、そのいんねんは何時何処で作ったのだ?
草をはんで自らの肉を作り上げる存在が。

まさか前生で肉食の動物だった等と言うんじゃなかろうな。

382 :神も仏も名無しさん:2014/05/03(土) 03:48:30.26 ID:DmXr+YpV
「イベントコンパニオン、レースクィーンとセックス・乗っかる・性交しているのは、マネージャーばかりです」→俺「それなら、マネージャーを殺す必要があるし、
マネージャーの派遣団体にも、女に手出しをしていたら、女の分かかった現金を返却してもらう旨伝えればよいでしょ?組織が注意をするだろ」
http://twitter.com/4YoGun /status/462301511830097920

383 :神も仏も名無しさん:2014/05/04(日) 11:42:37.18 ID:61YIKFRd
「 4日午前7時半ごろ、大阪府泉南市信達市場の阪和道下り線で、高倉山トンネル内を含む3カ所にわたり計18台がからむ多重事故が発生
http://mainichi.jp/select/news/m20140504k0000e040111000c.html 」 2014年05月04日 10時00分

午前9時頃(九州関係)、高倉山(高松宮関係)、トンネル(豚寝る関係)、9台(九州関係)、5台〜ゴダイ(ゴダイゴ)、衝突、
18台〜一ハ・イヤ関係、10人搬送〜天人関係、高い場所〜偽・高所恐怖症関係
シルバー、ブルーの車(創価学会か、統一教会関係)
まぁ、また女関係だけど。

連絡があった。
シルバー、ブルー 〜 天理教 
5台 〜ゴダイ 〜ダイゴ 〜醍醐(上質な乳製品)  〜グラドルなどで乳が大きく、さらに上質な女。
9台 〜 キュダイ 〜ダイク 〜大工(とび職、佐官工)
高倉山。グラドル〜倉ドル  高い倉 〜グラドルは高い

だそうだ。俺に処女やグラドルを渡さないといけないのに、自分らで抱いた罪。
たいへんだなーwwwwwwwww
今まで、奪った女の人数分、絶命だぞwwwwwwwwwwwwww

384 :明治天皇の孫G林田 ◆WSZ7beIuXw :2014/06/17(火) 01:21:55.31 ID:t/1VI/Cf
俺が、せっかく、まちBBSに「アイドル・グラドル〜みたいな女を他の男と性行為をさせたり自分で性行為をすると、させた男達が事故死とかになるので、
死にたくない人は気をつけろ!特に女のランクによって、巻き添え含めて殺される人数が上がる。進行中」と宣伝してあげたのに、また消させたのが居る

404 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)