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【根本仏教】中観仏教について語ろう【龍樹】

1 :ダルマキールティ:2009/09/29(火) 18:26:40 ID:q1LfDAX0
中観派
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

中観派(ちゅうがんは、(sanskrit) maadhyamika माध्यमिक)は、インド大乗仏教哲学の2大
潮流の一つであり、龍樹(りゅうじゅ、(sanskrit) naagaarjuna、150年 - 250年頃)の『中論』
の著作によって創始された。

教理
この中観の教理の根幹は、般若経の教えが基盤となっている。

この世のすべての現象は、存在現象も含めて、原因(因)と条件(縁)によって生起(縁起)
しており、その現象はそのまま他の現象の原因もしくは条件となっている。このため、存在
現象にそれ独自の固有な本性があるわけではない「無自性」ので(無我)であり、存在現象
自体が「空(くうしょう)」であり、存在現象は「空(くう)」という「相」を持っている
とする。

その真実には存在しない現象を、人間が誤って認識するために様々な名称をつけている(仮)
が、存在現象自体が空なので、我々が現象を認識することそのものが誤りであり、すべての
とらわれから離れた、いずれにも偏らない「中(ちゅう)」の立場でなくてはならないという
修行方法を提示している。

この中の「空」の教えは、これ以後大乗仏教の中心的課題となり、禅宗やチベット仏教など
にも大きな影響を与えた。

2 :神も仏も名無しさん:2009/09/29(火) 19:58:17 ID:q1LfDAX0
ニヤーヤ学派
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ニヤーヤ学派(ニヤーヤがくは)はダルシャナ(インド哲学)の学派。シャド・
ダルシャナ(六派哲学)の1つに数えられる。インド論理学として代表的なもの
であり、論理の追求による解脱を目指す。ガウタマ(アクシャバーダ)が著した
とされる『ニヤーヤ・スートラ』を根本テキストとする。

インドにおいて、論理学の体系を整備したのはニヤーヤ学派である。この学派の
成立、あるいは、根本教典『ニヤーヤ・スートラ』の成立については、大乗仏教
中観派の開祖龍樹(ナーガールジュナ)らとの論争が大きく影響を及ぼしている
いうことが確かめられている。他には『ニヤーヤ・スートラ』以前に書かれたと
される仏教系論理学書『方便心論』の存在も知られていたが、この書がニヤーヤ
学派の成立にどのような影響を与えたのかはなかなか知られなかった。この点に
ついて一石を投じたのが梶山博士である。

http://homepage1.nifty.com/manikana/paper/ryuju.html

3 :神も仏も名無しさん:2009/09/29(火) 20:01:03 ID:q1LfDAX0

>ニヤーヤ学派

仏教ちゃいますやんw

4 :神も仏も名無しさん:2009/09/29(火) 20:58:35 ID:4xuRbERV
>>1
★前スレ

【根本仏教】中観仏教について語ろう【龍樹】
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1230059903/


5 :神も仏も名無しさん:2009/09/29(火) 22:13:46 ID:q1LfDAX0
なんか、上座部と大衆部が分裂したぞw 同じスレが2つも上がってるよw

6 :神も仏も名無しさん:2009/09/30(水) 07:14:28 ID:gHx/BFEA
瑜伽行派スレとかないんだね
唯識スレはあったけど

7 : ◆4yy3YEx6Zc :2009/10/02(金) 19:07:06 ID:la+z9X7M
>【根本仏教】中観仏教について語ろう【龍樹】U
>h ttp://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1254219116/
>
>B言語慣習を無視する発言は、
>http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1254216400/
>でやって下さい。
>例えば、すでに論拠を以って論破されているのに関わらず、同種発言を延々と繰り返したり、
>自己矛盾した発言をして、それを指摘されても全く改めずに繰り返す、といったことは、
>上記アドレスが最適です。こうした言語慣習無視者は、スルーが適当でしょう。

ということで、こちらのスレでは緩い括りでいきましょう。
権威付けやお墨付きが欲しい人は玉砕覚悟でUのスレッドにいって
正々堂々の議論を尽くされる事をおすすめしまsuw

8 : ◆4yy3YEx6Zc :2009/10/02(金) 20:20:46 ID:la+z9X7M
前スレ冒頭の流れ

1 名前:神も仏も名無しさん[] 投稿日:2008/12/24(水) 04:18:23 ID:uNHqTHK6
輪廻転生だの霊魂の存在だの、そんなインチキはどうでもいい。
ナーガールジュナ(龍樹)が説いた【空】を突き詰めた中観仏教について語ろう。

2 名前:神も仏も名無しさん[sage] 投稿日:2008/12/24(水) 04:56:34 ID:OQrBRPZ5
スレ立て乙。落ちないようにこれからもボチボチ覗きます。
良スレになればいいですね。

3 名前:神も仏も名無しさん[] 投稿日:2008/12/24(水) 09:50:32 ID:uNHqTHK6
自分は昔から霊魂とか輪廻転生とか神の存在だのはあるわけないと思ってた。
だから概してそういう事を説く宗教とは無縁だと思ってた。

4 名前:承狂 ◆nR84EH8w52 [] 投稿日:2008/12/24(水) 22:49:24 ID:WF9A0qUG
俺が答えて良いのか判らんが、
まぁ、信仰ってのは、信じて無い者から見たら理解は出来んわな。
今の日本社会はなんちゃってキリスト教社会だから、
そのイメージで信仰を理解してたら、仏教、殊に中観派は仏教哲学の真骨頂だから素人には難しいわな。

因みに、
龍樹菩薩も、中論で冒頭に帰依を表記されています。

5 名前:神も仏も名無しさん[sage] 投稿日:2008/12/24(水) 23:08:35 ID:CKEE0lQH
自力も最近よいと思えるようになってきた
神社の神の力ですがすがしい状態に引き上げてもらっていたけど

6 名前:神も仏も名無しさん[] 投稿日:2008/12/24(水) 23:45:32 ID:uNHqTHK6
>>4なるほどね。中観派の教えは自分みたいな合理主義者に向いてると思った。
因みに初心者向けの本ないかな?中観派は般若経が基盤らしいけど難し過ぎてさっぱりだわ。

>>5自分には無理だけど、人間は思い込む事で救われる部分もあるんだろね。それはわかる。

9 :神も仏も名無しさん:2009/10/04(日) 11:17:22 ID:oDp/n05N
前スレで無常の哲学のダルマキルティについて答えてくれた方、どうもありがとうございました。参考になりました。

10 : ◆4yy3YEx6Zc :2009/10/12(月) 23:14:59 ID:Gde6bWWv
正スレ【根本仏教】中観仏教について語ろう【龍樹】U
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1254219116/41
 『市居の在家による無責任な現状批判』 についての書き込み
内容:倶舎論サイコー!!

その補足前提として
正スレttp://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1254219116/49の
 『仏教系瞑想実習者のよくある状況』 についての私の思い
内容:言えないことを言っちゃうやり方について

を書き込みました。 

更に遡って
『変化すること自体はそんな難しくない。』 
と主張してみますw
やっぱり宗教やってる人間が
『自己変革できない、難しい』とか寝言いってちゃ駄目でしょw
宗教から自己変革とったら何が残るんですかw

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

無常である事。
物事が無常である事。
手を加えなくとも育つこと。
手を加えても終わりが来ること。
(次があるなら)今の在り様が次を決めること。

全ての人に無集中も含めて集中が常に起こっており
いかに望まぬ形の集中要素を抑制するか
何を手放すかが鍵であること。

何に親しみ、模倣するか。

11 : ◆4yy3YEx6Zc :2009/10/15(木) 04:30:31 ID:D7lHm5uU
根本乗:上座、部派、釈尊仏教(中村先生の解釈) と仮に根本乗の定義をします。
その時、根本乗は方法論としての唯識や中観の考え方を必要としません。
唯識や中観には唯、理解するためでさえ根本乗が必要です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
根本乗と大乗の比較をするとき、いつも浮かんでくる個人的な感触があります。


なにもないテーブルの上に指先から、一滴、水をたらす。

テーブルと、その上の一滴の水。
これが根本乗と大乗の関係です。

本当に根本乗が無ければ大乗はありません。
根本乗と大乗はテーブルとその上の滴の様に異質に見えますけど、
硬貨の裏と表のように相補不離の関係にあると思います。
一滴の水。根本乗があれば、そこには幽かにですが大乗の蔭があります。

あくまで比喩ですので、(テ−ブルは無常とは不離ではありましょうが)
現実のテーブルには必ず滴が不離であるわけではありませんw


華厳で海印三昧といいますが、海の最深部でも20キロないでしょう。
地球という大きな大きな球と、薄い薄いベールのような海。
根本乗と大乗の関係。

そうゆうわけで私も唯識や中観について慣例上「大乗」という言葉を使いますが、
釈尊の仏教や上座部については(「大乗」との比較において)、「大乗」より更にカラの空間をいつも感じます。

12 :tes:2009/10/20(火) 14:33:33 ID:HM4bE48c
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13 :神も仏も名無しさん:2009/11/01(日) 22:12:37 ID:+meeeTOy
age

14 :神も仏も名無しさん:2009/11/01(日) 22:32:56 ID:2tQsO0MC
何がしたいんだか

15 :神も仏も名無しさん:2009/11/01(日) 22:34:22 ID:+meeeTOy
>>14
重複スレが建った場合、どちらかを次スレとして使用するのは2chの基礎だと思ってたが・・・?

16 :つきピエa:2009/11/02(月) 00:07:43 ID:AawojW0w
おんころころ せんだり まとうぎ そわか

17 :承狂 ◆TptLNQXPVWuJ :2009/12/06(日) 11:33:41 ID:QJXh/9za
ホシュ♪

18 : ◆4yy3YEx6Zc :2010/01/12(火) 17:39:25 ID:PaeaMqL6
  あけましておめでとうございます。
 2010年になりました。2009年中はお世話になりました。

19 :保守  ◆4yy3YEx6Zc :2010/02/05(金) 21:42:42 ID:kKtND3nw
仲良きことは美しきかな

20 :神も仏も名無しさん:2010/02/16(火) 20:20:28 ID:+16a3bp5
http://ci.nii.ac.jp/naid/110007131041
空見考 : 『中論頌』と大乗経典との関連について

なかなか面白かった。
2chには多い。

21 :神も仏も名無しさん:2010/02/16(火) 22:11:28 ID:+16a3bp5
訂正。
最後の一行は別のスレに書く文でした。

22 :保守  ◆4yy3YEx6Zc :2010/02/18(木) 03:44:37 ID:qr7WY1Da
仏教を学んで疲れてしまう人がいます。

 日本の仏教は御仕事仏教の面が強いと思います。
職業者として御坊さんが社会に存在しており、修行は御坊さんの職業訓練に他ならない。
そういっても大きくは間違っていないと思います。

 私は修養の真似事を始めて15年程は祈ることを知りませんでした。
一部の禅では回向は躾けますが、己が為に祈ることや見返りを求めて行為することを悪し、としています。
(基督教徒に個人的に学んで知りましたが集中的な祈りは大きな力になります。

出家者であれば個人として世俗の利を求めない態度は望ましいのでしょう。
しかし在家で(日本流の言わば社会内職制としての)修行をすると、2重の意味で社会貢献を求められつつも収入は
半人分ということになります。


今、私は紆余曲折の末、普通に座りもし、祈りもします。
職能者としての坊様の倫理基準で、在家の自分の生活を責めることも減りました。

 そんな私から言わせていただきのですが、周囲に仏教を学んで疲れてしまう人がいませんか?
上に書いた構造的な問題以前に御坊さんでも俗人でも、それまでやってきた悪い習慣を止めるときには痛みはあります。
仏教ですべての問題が解決するとはとても申せません。しかし、若く善意もあり病気も無く職も有る人が、
シジフォスの刑罰を思わせる状態に長く長く留まり、ついには熱意を失って落ち込むのを見ますとやはり違和感を感じます。

 筏を捨てる喩が有るとおり、もし重荷になるようなら、それまでに役に立った教えを置いて行くのもアリ、なのが仏教だと思います。
これは都合に合わせて白と言ったり黒と言ったりすることではありません。
これは37菩提分法などの自分が精力を注いで頼りにする方法、たとえば慈悲の瞑想や随息観など現実に威力のある手段をさしていると思います。

単に呼吸法や禅定の技術を教える教師と宗教者は別です。失うことのない財を与えるのが宗教だと思います。
基督教であれ仏教であれ隷属をほどき、自律を促し、喜びを増すのが宗教だと思います。
皆さんご自愛下さいますように。

23 :神も仏も名無しさん:2010/02/18(木) 21:22:12 ID:kFuuCkhj
法師が法統を守ってくれたから、
今我々は仏教を知ることができた。
プロの人には本当に頭が下がります。
南無仏、南無法、南無僧。

24 :神も仏も名無しさん:2010/02/19(金) 12:33:46 ID:Yw4e4zwd
>>185
    |┃.―――--.、
    |┃リ,,リ,,ノノ,,;;;;;;;ヽ
    |┃     "ミ;;;;:} なんで、不可侵条約破ったんだよう
    |┃  , _,,,..、  |;;;:| 前線からの報告だって信用しないでギリギリまで石油輸送してたじゃないか・・
    |┃  ヒ''tュ_  i;;;;| 君だけは本当の同志だと思ってたのに・・
    |┃| ` -     ト'{ 君の真似して僕まで日本との不可侵破っちゃったじゃないかあ・・プ
    |┃i _ >、     }〉} 
    |┃|||;|||llii;;,>、 .!-'
    |┃='"     |   
    |┃ ゛,,,  ,, ' {    
    |┃~~  _,,-"ヽ     
    |┃、_;;,..-" _ ,i`ー-  
    |┃ \  /o/  |  

25 :神も仏も名無しさん:2010/02/19(金) 12:43:59 ID:TetOEiUN
どこの誤爆だよw

26 :保守  ◆4yy3YEx6Zc :2010/03/01(月) 01:46:01 ID:ZS7EXPEH
他国の御坊さんと比べて日本のお坊さんはお行儀よく、
四無量心の特に 悲と捨 の部分に篤いと思います。
悲も捨も共に目立ちにくい要素でありますけど重要です。

他スレに書いた臨終時の心については断見になりかねない面もあります。
良師を求めれば私程度の体験は確実にできます。
黴臭く思えるかもしれませんが伝統のある宗教・宗派を頼られることをお勧めします。

27 :神も仏も名無しさん:2010/03/05(金) 15:33:54 ID:qG6M/lB6
あげとこ

28 :保守  ◆4yy3YEx6Zc :2010/03/07(日) 19:01:21 ID:zsk4bGuP
村上 春樹が若い人に強く支持されています。
慈悲の瞑想に親しむうちに気がついたのですが、
村上氏は宗教についてミスリードしている部分があると思います。

小説家は物事を象徴化することにより普遍性を高めます。
その象徴化に伴う切り捨てられた部分を使って現実の面で粗探しをする。
そのような粗探しをしたいのではありません。

村上氏の為した普遍化とそれを支持する雰囲気を観察した結果から言いたいのです。
村上氏自身が設定した小説の主題から当然、掬い取るべき事柄を
未だ蒸留できていないように感じます。

私も氏の作品は好きです。氏の作品を支持する空気は確実に存在します。
不定形の雰囲気としてしか認められないミスリードには抵抗しにくいので、あえて書いてみました。

大乗でも上座でも慈悲の瞑想に手応えが感じられるほど習熟すれば
明確に指摘できることですけど、すべての人が仏教の修養するわけではありませんからねw
慈悲の瞑想に親しめば、村上氏に対する理解を一つ確実にすすめることができると思います。

29 :神も仏も名無しさん:2010/04/21(水) 07:22:52 ID:GTFWm/+Z
>>11
部派仏教やその末端のスリランカ上座部は根本ではないだろ
中村元先生もそんなこた言って無いよ
そこんとこをテラワダの信者は意図的にごっちゃにしてウソをいうから困るな

30 :保守 ◆4yy3YEx6Zc :2010/05/24(月) 07:44:09 ID:FDLYBNQU
尋がある時があり、尋がない時がある。

手と胃どちらが重要か。消化器と呼吸器どちらが重要か?

31 :保守 ◆4yy3YEx6Zc :2010/05/24(月) 17:15:08 ID:FDLYBNQU
上座部と大乗では五禅支に関するやり方と定義が少しちがうのね。
実習と論書それぞれ別の系統の先生(二人とも大乗)に習って差異がなかったから気がつかんかった。
なんかググルと上座部系の五禅支ばっかり引っ掛ってくるのが笑える。

禅や密教でも五禅支が基本になるのは変わらんのに・・・なんか寂しいわね。
>>30は某ポッドキャストへのレスポンスw

32 :だいおう:2010/06/06(日) 22:50:20 ID:3AUIURMF
どれ、過疎っているから、サービスだ。
五禅支ねえ・・・
まあ、たしかに、ワシの最初の独学修行は偶然的に五禅支に近いものだったが・・・
禅(臨済宗)や密教をやるときにはそういうものではないが・・・

33 :神も仏も名無しさん:2010/06/19(土) 23:08:52 ID:qzhCAQXV
新譯般若波羅蜜多心經


觀自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空。度一切苦厄。
彼菩薩如是思念仏語、後滅一切苦。即曰「舍利子!如是観察。色是無常。色即是空。受想行識亦復如是。
舍利子!如是観察者。即知。諸法空相。」
爾時聖觀自在開眼。而感興自語。「於第一義。戯論寂滅。諸法実相。不生不滅不垢不淨不摯s減。
故知空義不戯論聖者。無罣礙於。色受想行識。眼耳鼻舌身意。色聲香味觸法。眼界。乃至意識界。
若欲通空義赴。応讃嘆法義語衆。是到涅槃之初道也。即曰。
『是如来所説語!到梵行道!無明亦無明盡。乃至老死。亦老死盡。苦集滅道。智慧亦無所得。』如是。
此中無所得為最上。以何故?以無所得故。菩提薩埵。修般若波羅蜜多。修智度故。心無罣礙。無罣礙故。無有恐怖。遠離顛倒夢想。究竟涅槃。
三世諸佛。依般若波羅蜜多故。得阿耨多羅三藐三菩提。
故知般若波羅蜜多。是大神咒。是大明咒是無上咒。是無等等咒。能除一切苦。真實不虛故。
說般若波羅蜜多咒即說咒曰
唵 揭帝揭帝 波羅揭帝 波羅僧揭帝菩提娑婆訶
新譯般若波羅蜜多心經

34 :保守  ◆4yy3YEx6Zc :2010/07/17(土) 05:35:17 ID:4vgYSo9r
>>32
>まあ、たしかに、ワシの最初の独学修行は偶然的に五禅支に近いものだったが・・・
>禅(臨済宗)や密教をやるときにはそういうものではないが・・・

自分もそうなのですが、先生についている時は先生に任せるしかないです。
初めは教えられた通りにやるしかないですね。
凄く大雑把な話になりますが基督教や日本の修養者は深いところまで行っているけれども、
その意味を知らない人(教えない人)が多いような気がします。もちろん伝承のしっかりしている人の話ですよ。
果実の味に蕩れれば理屈なんてどうでもいいのかもしれません。

35 :保守  ◆4yy3YEx6Zc :2010/07/17(土) 09:08:12 ID:4vgYSo9r
アクセス規制も本格的に厳しくなって書き込めない日の方が多いですし、
テラワダと曹洞宗のスレッドが複数あり、各々の住人様も増えてきたようですから、
このスレッドもそろそろ寿命かもしれません。

>>29
日本の禅は、禅を嗜む当事者の方々が思う以上に大乗大乗している印象があります。どんなに腐ってもマトモな寺なら自分欲得の願いをかなえようと座る馬鹿はいません。
成仏目的だと押さえなければならない要素が阿羅漢目的より多くなります。そうすると必要な労力も大きくなって勢い一個半個を言うようにもなります。

中村先生が全集で想定しているお釈迦様の実践形態も部派のそれも禅にくらべて構成要素が少ないことは共通しています。

この構成要素・評価軸は言葉じゃないんです。自分が初めについた先生は随息観のみ御指導されていましてアビダルマについては一切話されませんでした。
折に触れて一言二言の御指導がありますが、伝承の恐ろしさというのでしょうか。美意識に近いような感覚でなんとなく大乗の評価軸が仕込まれます。
現在で25年目になりますが、先生と対面して話した時間は2時間に満たないと思います。優劣は言えませんし言う意味もありませんが一日は24時間なんです。
そのような文脈でやはり部派仏教は大乗にくらべてお釈迦様の御指導された形態に近いと思います。

36 :神も仏も名無しさん:2010/07/27(火) 08:07:12 ID:7eOU2eVR
本人も言葉じゃないと言ってるけど、理屈じゃなく、単なるあなたの実感で、これのほうが自分は好きだ!正しいと思う!ってはなしなんですね。

考古学的見地とか無視の考え方はここで語る意味ないのではないでしょうか。
仏教は現実的な智慧を持って諸問題は説かれるという思想です。超能力的なものでは全く無い。
全てには原因があるのだから、それを除けば当然苦は滅するというあたりまえの法則を説いているのみで、
あとはではどうやって解くのか?それは智慧でひたすら磨くしかない、そういう話。
結構あたりまえのことを言ってるだけなのです。
その方法論として鋭さを磨く道を提案された。瞑想はそのための手段であり目的ではないんですよ。

37 :神も仏も名無しさん:2010/08/05(木) 07:40:36 ID:KkSbntZu
山口益先生の空の世界読んでるんだけど難しいねー。


38 :保守  ◆4yy3YEx6Zc :2010/09/25(土) 13:42:01 ID:VnSOc6Y2
今日は給料日だが相変わらず財布は薄いですw

39 :真言・念仏・禅は謗法邪宗:2010/10/17(日) 13:35:48 ID:bhE5zqpR

真言・念仏・禅の邪宗が広まった理由
まず、邪義「真言」が、なぜ広まったのか。
それは、像法の末に伝教(最澄)が「法華経最第一」を確立した「後」に、空海(弘法)によって伝来したからである。

つまり、天台・伝教の破折を「まぬかれている」のだ。

伝教(最澄)が南都六宗の邪義を破った後に、空海(弘法)によって伝来した真言が、
後に天台宗の人々が真言に「籠絡されていく落とし穴」となってしまった。

真言は、天台の一念三千の法を「盗み入れて」自宗の極理となし、
「真言宗は天台宗と法理の次元では同じだが、天台宗にない印と真言という事相があるから勝れている」
との邪義を立てた。
その策略にかかり、天台宗を真言へとおとしめてしまったのが比叡山第3代座主の「慈覚(円仁)」である。

伝教が一生の闘争で確立した「法華経最第一」の原則を崩し、「理同事勝」の邪義を唱え、
天台宗の真言密教化に踏み切ってしまった慈覚が、謗法の端緒を開く元凶となった。
さらに、慈覚の弟子「安然」は、禅宗を促し、「恵心」は、念仏を広める役割をした。

高徳・碩学と仰がれた慈覚が、後世の安然や恵心の邪義を引き出す呼び水になったのだ。
法をより深くむしばむ害虫は、他宗ではなく正法を護るべき天台宗の中にいた。
(よって現在の天台宗は、慈覚・安然・恵心の謗法を引継ぐ邪宗・謗法宗である)

そして、謗法に毒された人々を救うため、末法悪世の変革のために、次々と起こる
大難・迫害に命がけで戦い勝ち越えてきた、末法における妙法流布の法華経の行者が
日蓮である。

謗法の人々も今は法華経を誹謗しているが、亡国・亡身の危機に直面した
とき、一切の仏寺・一切の神寺を捨てて、「南無妙法蓮華経」と唱えるようになるだろう。


40 :保守  ◆4yy3YEx6Zc :2010/10/25(月) 21:00:40 ID:jE1I6YPt
今日も給料日だが相変わらず財布は薄いですw
仕事で汗をかくのが楽しいのが救いです

41 :保守  ◆4yy3YEx6Zc :2010/11/02(火) 22:05:52 ID:wldHVemA
『もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら』

この本もまぁまぁおもしろかったです。
ニコ生のニー仏先生
(現在ミャンマーで修行中、
(スダンマチャーラ比丘のポッドキャストに一寸だけ出演している
の事とか
手塚真監督の奥さんの漫画とか読んでいると、より楽しめる。

42 : ◆4yy3YEx6Zc :2010/12/21(火) 03:03:40 ID:NV00Wknb
もし五蘊が自我ならば
〔自我は〕生成と消滅のあるものとなる

もし〔自我が〕五蘊以外のものならば
五蘊の特徴(相)を持たないことになる

18章 148ページ

43 :149-152 ようやく  ◆4yy3YEx6Zc :2010/12/21(火) 22:23:41 ID:NV00Wknb

心に現れてくる「私」はある程度はっきりとしている
しかし、その「私」は、からだのような指差せる存在物としては見出すことはできない

五蘊のいずれかが自分であるとすると最も微細な意識の比重が重い
しかし無条件に私=微細な心ではない。微細な心=私ではない。
微細な心以外=私ではない。五蘊と不異同一な自我は連続性がないので自我と呼べない

もし私が五蘊以外のものなら三時の別と自他がなくなり私ということもできなくなる

(五蘊に生成と消滅を見ることとは別に)
五蘊が自分であるという間違った見解を否定し 中略 ものの実体をつかむ心を滅することができる
そうすると(五蘊のありようは五蘊のありようであるけれども)
実体を持った自我などというものは存在していない、という理解が心の中に刻まれていく


44 :18-2  ◆4yy3YEx6Zc :2010/12/21(火) 22:28:08 ID:NV00Wknb

もし「私」という自我がなければ
どうして「私のもの」がありえようか
「私」と「私のもの」〔という概念〕を鎮めると
「私」と「私のもの」に対するとらわれはなくなる

18章 152ページ

45 :152-154  ◆4yy3YEx6Zc :2010/12/22(水) 09:36:40 ID:LJ0YlLhz
 自我について追求していくと、五蘊の中にも、五蘊以外にも、それ自体の側から存在している独立した「私」を見出すことはできません。
そして、そのような実体を持った「私」が存在しないということを理解すれば、「私のもの」が実体を持って存在しているという思いも生じてきません。
 「私」や「自我」が、それ自体の自性によって成立していると考えるのは間違った考えかたであり、それと同様に、「私のもの」がその自性によって成立していると考えることも間違っているのです。
 一般的に「私のもの」を示す時は、「私のからだ」「私の目」などと表現することができますが、からだや目などに「私の」という言葉をつけて表現する時は、「私」という自我がその対象となっています。
したがって、もし「私」がその自性によって成立していないなら、「私のもの」がそれ自体の自性によって成立していることなどありえません。
 もっと幅広く言うと、ものの善し悪しや、輪廻と涅槃などの区別はみな、「私」を土台として、「私」に依存して存在しています。
このように考えるならば、ものの善し悪しや輪廻と涅槃もなくなってしまうので、「もし『私』という自我がなければ、『私のもの』も存在しない」と言われているのです。
 これと同様に、聖なる仏陀の自我もまた、汚れのない五蘊に依存して存在しているだけの自我であり、仏陀や聖者たちも、それ自体の側から独立して存在しているのではありません。
 このように、輪廻と涅槃に現れる現象はみな、真如を見る者の心には、そのすべて関する戯論(心によって作り出された虚構の概念)が滅した感覚が生じているのです。
 そこでこの偈の後半では、「『私』と『私のもの』〔という概念〕を鎮めると『私』と『私のもの』に対するとらわれはなくなる」と言われていますが、
「私」と「私のもの」という概念には実体がないことが見えてくる時、「私」と「私のもの」を対象としてそれにとらわれ、執着する気持ちが生じてくることはありません。
アーリヤデーヴァの『四百論』の中にも、 輪廻の種は意識であり 意識は対象物を享受する 〔故に、〕対象物の無我を見たならば、 輪廻の種は滅せられる (第十四章三五〇偈)と
述べられているように、無我を見る心が強く育ってくると、対象物の実体にとらわれている心は自然に消滅していき、輪廻の種を滅することができる、と言われているのです。

46 :152-154  ようやく  ◆4yy3YEx6Zc :2010/12/22(水) 10:46:03 ID:LJ0YlLhz

(18-1(自我は五蘊でも五蘊以外でもない)を受けて)
私・自我がそのような存在であるなら「私のもの」を実体としてつかむ対象とする思いは生じない

(すべての概念・名を意味しないが)
善し悪しや輪廻と涅槃の区別(概念・名)は「私」に依存している

(大乗ではそのプトガラのありようはさておき)
仏陀の自我も五蘊に依存して在り、独存しているのではない

(禅定の深浅とは別に)
あるように見る者の心には、虚構(概念)が減ぜられた感覚が起こっている

(見性体験やお題目ももちろん有効ではありますけれど)
対象物の実体にとらわれている心が自然に消滅していくことで、輪廻の種を滅することができる

47 :18-3 154-156  ようやく  ◆w86yK6XLmMuG :2010/12/23(木) 04:59:54 ID:zWdmlzJv

実体視してつかもうとする心のない人には、
その人の内にも外にも何かが決定的に欠落する
(つかもうとする心があるうちは内外は一貫しない)

48 :18-4 155-156  ようやく  ◆4yy3YEx6Zc :2010/12/23(木) 05:17:33 ID:zWdmlzJv

 省 略

49 :一休み  160 205    ◆4yy3YEx6Zc :2010/12/24(金) 03:46:48 ID:6lCc5z8E

このように瞑想することによって、☆の体験が実際に得られたなら、そのような体験は、
言葉で表現したり、考えたりすることのできないものであり、言葉と思考の対象を超えたものである、
ということがここで言われているのです。 166

相対否定よりも絶対否定の方が痕跡が少なく
目の荒い笊で砂金を掬うように、体験は言葉や概念をすりぬけてなにも残りません
これはすり抜けて行くのを自覚させられたゆえです。あるいは私がすり抜けていくのを自覚します



 これ(中観)は、長い時間をかけて考えるべきことであり、資糧を積み、仏陀と上師に(よくよく)祈願をして、
これらをみな結び合わせて修行し、 中略 
 そしてそれは、よく考えれば知ることのできるものであり、知ることができないものではありませんが、
簡単ではありません。 205

修養は強制ではありません。授記

50 :18-5  ◆4yy3YEx6Zc :2010/12/24(金) 04:00:30 ID:6lCc5z8E

行為と煩悩を滅すれば解脱〔に至る〕
行為と煩悩は誤った認識〔妄分別〕から生じ
それら〔の誤った認識〕は戯論から生じる
そして戯論は、空によって滅せられる

18章 156ページ

51 :18-6 160-162  ようやく  ◆4yy3YEx6Zc :2010/12/24(金) 06:58:42 ID:6lCc5z8E

(前提を踏まえる必要があり、場合によっては)
空もまた真実の成立でない

52 :18-9  ◆4yy3YEx6Zc :2010/12/24(金) 07:00:17 ID:6lCc5z8E

他から知るのではなく
寂静で、戯論によって作り出される虚構もなく
概念思考(妄分別)もなく、意味が異なることもない
これが★の特徴(相)である

18章170ページ

53 : ◆4yy3YEx6Zc :2010/12/24(金) 12:58:03 ID:6lCc5z8E
私には18-4  155-156 の要約を書く力がないと少し前に気がつきました。
ですので今から生活を変えてみますw

~>>47までの偈・底本文章の解釈も、
なんとかそう言えるだけの根拠がいくつかある程度ですので、
そちらも自分なりに確かにしていくつもりです

>>42->>48まで
子供じみた凡俗である◆4yy3YEx6Zcの科目付けの試みでした

ps
 使わせていただいた種本はおすすめです。
良書ではあると思いましたが論書を読むのはなかなか苦しいですw
今回、写経のつもりでゴリゴリ科目をつけようと開始しました。が速攻で待った!がかかりました。
 自分は在家として楽で正しい修養を、と考えてきました。
そして正しく伝える事は疎かにしていたので、どうもスピ系に似た語り口になりがちです。
自業自得ですね。地に足をつけてがんばりたいと思います

54 :神も仏も名無しさん:2011/01/10(月) 09:17:00 ID:IbdeVt/D
空というのは、真理とは全く関係ない。
思考の便宜上の道具。
何をいれても成り立つ関数の方程式のごときもの。
あまりまじめに追求すると現実生活がお留守になる。


55 :神も仏も名無しさん:2011/01/11(火) 18:42:03 ID:Nt6GErnG
>>54
そんなことはない。「空(相互依存性・関係性)」は、日々の生活にも科学に
も密接な関係がある、不可欠な原理。何を入れても成り立つのが、原理である。

56 :神も仏も名無しさん:2011/01/30(日) 11:50:19 ID:KDpQKGp4
日本の大乗仏教は悪
地獄に落ちるぞとか言って脅すのはマジキチの所業

57 : ◆4yy3YEx6Zc :2011/01/31(月) 05:53:22 ID:ZKwCdojw
ゲシュタルトの祈り

われはわが事をなさん 汝は汝のことをなせ

わが生くるは 汝の期待にそわんがために非ず
汝もまた われの期待にそわんとて生くるに非ず

汝は汝、われはわれなり

されど、我らの心 たまたまふれあうことあらば それにこしたことなし
もし心通わざれば それもせんかたなし

(フレデリック・パールズ : 國分康孝訳)

58 :神も仏も名無しさん:2011/03/12(土) 00:57:38.65 ID:/+xgZEIq
 __          〆 ⌒ ヽ
| ● | サッ      i.   ^、,^ i
  ̄ |         (6- (III)(III)
c~~⌒ )       ノ⌒ヽ 、 '◇〉 此処で一旦、駒ー斜瑠でぇーす
  ̄| |   ,____/  \ \⌒\) 
   i ゝ_/ i i      \ノ`\丿 
   ヽ__|  ヽ ヽ    ノ      ノノ
       ゝ  _\ 二ノ
        \. ヽ
          ) )
        / /
       (  く
        \ ο  
          ̄
坐禅と見性73章社会的関係性と損在が人
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1289689033/
坐禅と見性スレ避難所第1章
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/11155/1296476490/
【仏経】悟りを開いた人のスレ90【天空寺】
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1296618056/
悟りを開いた人のスレ の避難所 13
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/8276/1294520561/
悟りを開いた人に聞いてみるスレ【人生相談】6
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/jinsei/1293371851/
【秘密の】 馬鹿者の集い 【しゃべり場】その3
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1279184518/
【正定】坐禅・立禅・歩行禅(経行)実践スレ
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1251513262/
宗教ジョークを作ろう
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/psy/1267655053/

59 :神も仏も名無しさん:2011/03/21(月) 21:47:06.54 ID:V0iZwote
テスト

60 :神も仏も名無しさん:2011/03/21(月) 23:06:52.91 ID:V0iZwote
行為主体について、誰か教えて下さい。

A氏がプールで泳いで居たとします。

この時の行為主体は、A氏の事を言いますか?それとも、A氏が「泳ぎたい」と言う意志の事を言いますか?

61 :神も仏も名無しさん:2011/03/21(月) 23:21:53.45 ID:h3sY1Kox
>>60
このスレ的には、「主体なんかない」でしょ?w
諸法が縁起して、様々な事象がそこに顕現しているってだけで。

62 :神も仏も名無しさん:2011/03/22(火) 00:24:57.76 ID:nq+kd6Y4
>>61
質問の答えになっていません。
答えれないなら、答えないで下さい。

>このスレ的には、「主体なんかない」でしょ?W
>諸法が縁起して、様々な事象がそこに顕現しているってだけで。

そうですね。
61の名無しさんみたいに、中観に書かれている内容を暗記して満足したくないから、「行為主体」を聞いているんです。

第10章 火と薪との考察 は、「行為主体」が絡んでくるのではないのですか?

このスレと「行為主体」が関係あるかないかは、私が決めることで、あなたが決めることではないと思っています。

私の質問 >>60に対して、丁寧に答えて頂ける方お待ちしています。

63 :神も仏も名無しさん:2011/03/22(火) 00:46:57.92 ID:+VFF4zt3
>>62
それならば、どちらも世俗諦に於ける「主体」でしょう?w
敢えて「行為」という点に、より注視するなら、
「肉体(色)を有す存在としてのA氏」を指すのみでしょう。
(基本的に「色」抜きに「識或いは行」のみで主体とすることはありません。
「識のみが」、「主体として」、他と関わるということがあり得ない以上、それのみを主体と称することが適切とは思えません。)

10章は、
世俗として主体があり(薪があり)行為があり(火があり)、勝義として>>61である、
ということが述べられているんじゃないの?

64 :神も仏も名無しさん:2011/03/22(火) 03:15:08.87 ID:Uc2dPnqd
満足したくない。上に立ちたい。そういうのは好き。神の化身よ何?が本当の言いたい事です。
とオチャが言う。

65 :神も仏も名無しさん:2011/03/26(土) 21:58:43.64 ID:zYSyNEH1
>>60
>この時の行為主体は、A氏の事を言いますか?それとも、A氏が「泳ぎたい」と言う意志の事を言いますか?

現代日本の言語習慣では、一般にA氏と言うでしょう。

中観の勝義では、行為主体も、行為も言うことができません。
曰く、有るのでもなく、無いのでもなく、有って無いのでもなく、
有るのでもなく無いのでもないのでもない、と表現されます。

この意味は、要するに x という何らかの本質を仮設して、
その x について何らかの論理的判定、判断を与えられないという意味です。


66 :神も仏も名無しさん:2011/04/10(日) 17:53:03.16 ID:5NXfMXYv
ぼったんの震災以降の通信妨害w
坐禅と見性73章社会的関係性と損在が人

598:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム ◆pottan7VXM :2011/03/11(金) 22:21:36.19 ID:kPlEbR34
599:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム 600:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム 603:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム
604:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム 610:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム611:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム
618:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム 619:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム 620:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム
621:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム 622:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム 624:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム
625:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム 626:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム 631:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム
632:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム 633:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム 635:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム
636:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム644:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム 645:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム
647:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム 648:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム 649:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム
651:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム 653:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム654:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム
655:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム 656:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム 657:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム
658:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム
659:チゥ(* ^)(◎o◎)オヨヨポッタム ◆pottan7VXM :2011/03/17(木) 01:16:29.79 ID:MJUwF4hl

http://2chnull.info/r/psy/1289689033/1-1001
沢尻エリカ様の夫はハイパーメディアクリエイターらしんで、
ぼったんの職業はハイパー有漏禅クリィエイターぼったん師匠w
有漏がとまりませんw
漏れる、ほめてくれえwかまってくれえw尊敬してくれえwと漏れる音がぼったんからいつも流れるw

SSB48、シコシコぼったん48倍増w
ヘビー有漏ローテンション(ヘビーな有漏の循環w)
有漏ウォンチュウ♪(ぼったん有漏ほめてほしーのw、)
有漏ウォンチュウ♪(ぼったん有漏かまってほしーのw)
有漏ニーヂュウ♪(有漏はぼったんに必要w)
有漏ニーヂュウ♪(有漏ぼったんは褒めて尊敬する人が必要なのw)


67 :神も仏も名無しさん:2011/04/10(日) 17:55:23.41 ID:5NXfMXYv
なぜ、ぼったんはアク禁常習で垂れ流すのか?
ぼったん調教タイムw

道元、弁道話
経典を読むことは、仏が人々の機根に応じて、ただちに悟るしかたや、
道順を追うてしかたを教え、--中略--
(ぼったんのようにw)ただいたずらに思慮分別をたくまくしてーーー中略ーー
おろかにも(ぼったんのようにw)口を動かして仏道に到ろうとつとめるのはーー中略ーー
ぼったんのようにw)経文を読みながら修行する道が分からないのは(垂れ流しのアク禁常習、繰り返しw)、
医術を学ぶものが薬の調合を忘れるようなもので、何の得るところがあろう。
(ぼったんのようにw)休むひまもなく口に称えるのは(垂れ流しのアク禁常習、繰り返しw)、
春の田の蛙が昼も夜もなくようなものである(まさに、垂れ流しのアク禁常習、繰り返しwぼったんw)
つづまるところ、何の益もない。
まして(ぼったんのようにw)、名誉や利益に深く惑わされている輩は、
こうしたことが捨てがたいのである(まさに、垂れ流しのアク禁常習、繰り返しwぼったんw)。
それは(ぼったんのようにw)、
利欲や貧欲のこころがはなはだ深いためである(それ故に、ぼったんは垂れ流しでアク禁常習、繰り返しw)
昔もすでにこうした輩はいたのであり、(ぼったんのようにw)今日もいないはずはあるまい。
まことにあわれむべきである。
ぼったん返答の基本w
851 :チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◆pottan7VXM :2010/11/01(月) 15:16:17 ID:QnKrBPk+
>>843 名無し と言う女のスカートの後ろからちょっかい出すヒッキー君

たろすけ返答の基本w
767 :たろすけ ◆JRCMycYHTZw5 :2010/10/24(日) 22:28:40 ID:Y66wc
だけど、まだまだ罵詈雑言を禅的批判と称して続けるのであれば、基本もう相手にしない。


68 :神も仏も名無しさん:2011/04/10(日) 18:54:07.26 ID:KGyceAeN
 発 者 同         . 。_   ____           争
 生 同 .じ     .    /´ |  (ゝ___)          い
 .し 士 .レ      .__/'r-┴<ゝi,,ノ   ro、      は、
 .な で .ベ      ∠ゝ (ゝ.//`   ./`|  }⌒j
 .い し .ル        } ⌒ /`ヽ、_∠l,ノ ・ヽ´
 .! ! か の       /  ´..:.} >、、___,  .r、 ソ、`\
             /   ..:.:.}   /   |∨ ` ̄
            /   ..:.:./    |   丶
           / _、 ..:.:.:.{    .{.:.:.   \
          {   ..:Y  .ゝ、   {.:.:.:.:.    ヽ
          |、  ..:/ 丿 .:〉   >.- ⌒  .  ヽ
          / {. ..:./ ソ ..:./  .(    ..:.:.:`  ..:}
         ./..:.:}.:.:./ ヘ、 ..:./   .\ ..:.:r_,ノ、.:.:}
        ./..:.:/|.:/   {.:./     X.:.:}.}   X X
        /..:.:/ .}.:|    }:/       .Y丶ヽ  Y.:Y
  . __/.:/ { }  《.〈、     _,,__>.:》丶   Y.:\
  /.:.:.:.:.::/   !.:.:ゝ  ゝ.:. ̄ヾ ´:.:.:.:.:.:.:.:.:ヾゝ   \.: ̄>


69 :神も仏も名無しさん:2011/04/20(水) 12:13:46.11 ID:9dMHll6q
中論読んでも分け解らん

70 :神も仏も名無しさん:2011/05/03(火) 13:12:52.59 ID:xX+LMChi
短い詩でまとめようとしてるからね。
だから注釈が必要。

個人的には青目註が世俗の感覚に近いのでオススメしたいが
手軽な現代語訳がないんだよな

71 :神も仏も名無しさん:2011/05/23(月) 23:49:33.06 ID:UbdYijTo
青目註は訓読しかないよね。
重要性を考えれば岩波文庫とか中公文庫に現代語訳があってもいいくらいなのに。

現代語で読めるのは2種類あるプラサンナパダーか。どっちも高いけど。
仏護注とか般若灯論とか読んでみたいけどチベット語からの全訳はいつ出るんだろう。
順中論や大乗中観釈論に至っては国訳すらないし…。

72 :神も仏も名無しさん:2011/05/24(火) 05:51:00.96 ID:nU8jo9wY
プラサンナパダーは、恐らく山口益訳が一番いいよ未見だけど。部分訳では丹治訳、長尾訳がいい。
全訳は、奥住訳が参考になる、本多恵訳は見るだけ無駄だ。この人の訳はほんと適当。
仏護註は2/3ぐらいの梵本が出たから、そちらから訳されるでしょう。釈論の漢訳は難しくて手が着けにくい。

73 :神も仏も名無しさん:2011/05/25(水) 02:13:23.79 ID:RBOyqxa8
山口益訳も1〜11章までの部分訳では無かったですか。
高いので同じく未見だけど、いいなら図書館で見てみようかな。
丹治訳、長尾訳は読みやすかったのでこれで全訳があれば良かったのに…。

本多訳は駄目ですか?奥住訳の日本語が分かりにくいので古本で探してたのに。
クマーリラやダルマキールティも本多訳が出てるけど、信頼できないんでしょうか?

仏護註の梵文は創価大の年報に出てますね。梵語読めないのでさっぱりだけど。
ついでに、無畏論は参考になります?戦前に2種類訳が出てますが。

74 :神も仏も名無しさん:2011/05/25(水) 05:37:19.28 ID:VSgMoLqC
山口訳は未完だったと思います。丹治先生は全訳がライフワークでしょう。本多訳は全く使えない。
クマ・ダルの訳は見てないけど同じという評判です。無畏は参考になると思います。これもどうぞ。
http://ci.nii.ac.jp/search?q=智恵のともしび&range=0&count=&sortorder=&type=0

75 :神も仏も名無しさん:2011/05/26(木) 03:07:18.21 ID:bserbMfe
本多訳他のも評判悪いんですね。何冊か買ってしまったのに…とほほ。
結局プラサンナパダーは奥住訳を頑張って読むのがいいのかな。
無畏論は簡潔であまり参考にならないと聞いたけど、探してみます。

灯論の立川訳のご教示どうもです。
一応「梵語仏典の研究 論書編」を片手に現代語訳の文献をいろいろ漁ってましたが、
上記訳は未見でした。図書館でコピってきます。
灯論も部分訳は結構あるみたいですけどね…。

76 :宗教法人GLAの教義によれば:2011/06/12(日) 22:50:16.08 ID:daRnFsQg


★★★エホバ=ヤハウェ=アラー=高橋信次=エル・ランティ★★★
(釈迦、イエス・キリスト、モーセはエル・ランティの意識の一部)



★★★大天使ミカエル=アポロ=エリヤ=マルティン・ルター=如意輪観音=高橋佳子★★★



77 : ◆Jv2O2uu7gXuE :2011/07/22(金) 02:20:16.72 ID:npICWeiE
^^


78 :黒住忠宗:2011/07/22(金) 10:16:56.48 ID:rNP1qzWQ
『信じ切る者は癒される』
見せかけの「苦難」にとらえられて「もう駄目だ」と絶望をせず、
ただひたすらに「神の子・人間」を信じ、感謝と祈りと愛との
生活に徹せられたならば、必ずよくなって行くのである。
常に私達を愛し、みまもり給うところの無限絶対の「神様」を
想(おも)い観(み)ることが何よりも大切なのである。

世界人類が平和でありますように

79 :神も仏も名無しさん:2011/07/22(金) 11:29:30.88 ID:aL4Yhxxj
うぜ
すぐ誤るなら出てくるな
創価にも劣る薄っぺらい偽善者 裏切り者
仏罰で地獄に堕ちろ

80 :神も仏も名無しさん:2011/09/08(木) 12:03:33.18 ID:Xb/Nu7S5
hosyu

81 :神も仏も名無しさん:2011/09/09(金) 15:04:16.53 ID:nR4rNkE4
無畏論の訳はなかなか入手困難ですね

82 :神も仏も名無しさん:2011/10/10(月) 14:23:16.29 ID:7fTm9Mfa
無畏論の訳には寺本婉雅と明石澄達との二つがある
前者は無畏疏という訳題になってる

83 :神も仏も名無しさん:2011/10/23(日) 01:14:23.14 ID:Y4dft6/b
仏教哲学にお詳しいこちらの皆様
教えてください
最近 中観思想とやらをとあるきっかけで知った者です
どちらかというと元々は目に見えないものを信じるタイプで、習慣的に神社参拝をし、なんとなく輪廻を信じた思想で生きてた者です

ですが神は存在しない事が証明されたと知り、輪廻転生への疑問がわき、中観思想というものを知り、そのうち仏教の哲学をちゃんと知ってみたいと思うようになりました

この手の本はどれも難しいと聞くしなにから手にとればいいかさっぱりなんですが
超初心者の手始めに読むにおすすめな本はありますか?


84 :神も仏も名無しさん:2011/10/23(日) 03:50:13.51 ID:0CohYkHG
>>83
http://repository.meijigakuin.ac.jp/dspace/handle/10723/72

http://repository.meijigakuin.ac.jp/dspace/handle/10723/816

http://www.amazon.co.jp/dp/4333024617/

http://www.amazon.co.jp/dp/4650101166/

http://www.amazon.co.jp/dp/404198503X/

以上の順番で読むのがいいと思います。
最初の三つは分かりやすく、特に最初の二つは短く無料なので手軽ですが、
内容は素晴らしいと思います。

85 :神も仏も名無しさん:2011/10/23(日) 14:15:20.42 ID:Y4dft6/b
>>84 早いアドバイスくださり大変嬉しいです。早速書店へいってまいります ありがとうございましたゞ

86 :神も仏も名無しさん:2011/11/19(土) 00:34:05.39 ID:IqjS+MiO
角川文庫の仏教の思想の阿毘達磨、中観、唯識の巻
講談社学術文庫の龍樹、世親
を何度も繰り返し読みつつ
中公文庫の龍樹論集、世親論集(あと絶版だけど世界の名著の大乗仏典)
を読み解いていくのが仏教思想の入門にはいいんじゃないかな。

上でも話題になったけど中論の注釈書で入手しやすいものが無いのが痛い。

87 :神も仏も名無しさん:2011/11/19(土) 19:42:29.53 ID:UQElD8jk
角川ソフィア文庫の梶山先生他の『中観』は良い。また、同先生の『空入門』が良い。
しかし、学術文庫の中村先生『龍樹』は注意を要する。
『中論頌』以外の龍樹自身の諸論、特に『縁起心論』と同論所依経を殆ど無視して、
『中論頌』を読んでる。結果、「八不の縁起」を可逆的相依だと誤解してる。

88 :神も仏も名無しさん:2011/11/19(土) 19:44:02.64 ID:UQElD8jk
>>84
勉強になります。

89 :神も仏も名無しさん:2011/11/25(金) 08:18:27.95 ID:UrsYqHuK


90 :承狂 ◆TptLNQXPVWuJ :2011/12/16(金) 06:18:15.80 ID:uGx2Ug8M
たまには上げておこうか。

91 :承狂 ◆TptLNQXPVWuJ :2012/01/28(土) 15:31:05.81 ID:zgO2k29Q
定有則著常
定無則著断
是故有智者
不応著有無

若法有定性
非無則是常
先有而今無
是則為断滅


(^。^)でも転生なんか無いがな。(笑)

92 :神も仏も名無しさん:2012/02/13(月) 10:28:38.03 ID:CxpKopur


93 :承狂 ◆TptLNQXPVWuJ :2012/05/13(日) 21:37:50.44 ID:PQ6MyAci
誰も来ないな

94 :brown:2012/05/15(火) 00:06:48.82 ID:KURjcnoH
>>60
「A氏(行為主体)がプールで泳ぐ(行為)」の分析。

今目の前でA氏がプールで泳いでいるとする。
ところで,そのA氏はプールで泳ぐ前のA氏と同じ人物かどうかという問題
なんですね。
もし同じだとすると,A氏は泳ぐ前に泳いでいることになってしまう。
もし違うとすると,A氏は泳がないことになってしまう。言い方を変えると,
泳いだのはA氏というよりはB氏だというようなことになってしまう。

要するに,厳密に考えると,あるとき泳いでいなかったA氏という人物が
次の時刻に泳いでいるといったような変化,その変化を貫いて,そこに
A氏なる同一人物がいるという証拠は,厳密に考えるとどこにもない
ということになる。
それ故に,行為と行為主体なる関係は,厳密なレベルでは成立しない(空性)
を論証したものです。

95 : 忍法帖【Lv=31,xxxPT】 :2012/05/20(日) 17:01:17.99 ID:HYsYVAe0
【ビッグガンガン】よいこの君主論【ステマ上等】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/comic/1334226113/
ビッグガンガン
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/comic/1332737475/
【投稿】ガンガン系・Gファンタジー志望【スクエニ】6
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/iga/1333737381/
架神恭介「戦闘破壊学園ダンゲロス」
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1320917293/
【横田卓馬】戦闘破壊学園ダンゲロス【架神恭介】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/comic/1324382686/

96 :神も仏も名無しさん:2012/06/17(日) 09:34:35.97 ID:Ho5A3dxz
石飛先生のサイトはいつの間にか猫ブログになってるな

97 :神も仏も名無しさん:2012/07/26(木) 11:13:42.66 ID:iYJrlgc2
龍樹のナーガルジュナー(Nāgārjuna)のどこからがどこが、苗字で
どこからどこが名前なんですか?

鳩摩羅什の場合は、どこからどこが苗字で、どこからが名前なんでしょうか?

設問自体がおかしいでしょうか?



98 :神も仏も名無しさん:2012/08/07(火) 22:31:51.24 ID:+Jx6wTYh
>>97
姓と名ではないがナーガールジュナの場合「ナーガ」と「アルジュナ」で分けるみたいよ
前者は蛇という意味でそれが転じて龍に
後者はマハーバラタに出てくる武将で英雄という意味
「龍樹」という漢訳に当たっては「龍」は意味で「樹」は音写というのが興味深い

99 :神も仏も名無しさん:2012/09/02(日) 22:08:43.88 ID:Gy+oxuFX
ナーガールジュナ

100 :承狂 ◆TptLNQXPVWuJ :2012/09/03(月) 17:29:35.50 ID:nGnAMqlS
>97
出家する際に、世俗の柵を捨てて名を捨てて、受戒得度して法名を得る。
空海さんとか最澄さんとかみたいに、名前であって姓名ではないんよ。
ちなみに、龍樹さんの場合、その多様すぎる伝説から、特定の個人名ではなくてある種の称号ではないかとの説もある。
あと、アルジュナというのは樹の名前だから龍樹ってのは意訳。

101 :神も仏も名無しさん:2012/09/13(木) 21:27:20.71 ID:cC9firtE
中観についての日本語訳でおすすめ教えてください。

102 :神も仏も名無しさん:2012/09/15(土) 21:53:03.18 ID:gooSnVaC
>>101
梶山雄一『龍樹論集』『大智度論』『世界の名著2』


103 :神も仏も名無しさん:2012/09/16(日) 18:24:34.46 ID:pQx+ZV9M
>>102
ありがとうございます。
今度探してきます

104 :承狂 ◆TptLNQXPVWuJ :2012/10/07(日) 18:18:36.56 ID:b8E2K6UG
ほしゅ

105 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】(2+0:3) :2012/10/07(日) 18:21:39.78 ID:7zEe/Y4P
勿論仏教に参加するよ!?♪。

106 :神も仏も名無しさん:2012/10/07(日) 18:41:07.12 ID:N2bDsYnH
>>94
> 行為と行為主体なる関係は,厳密なレベルでは成立しない(空性)を論証したもの

そこでは、同一の対象には常に同じ述語が帰属できる、という
ライプニッツの同一者不可識別原理を使っているわけですね。
Aという同じはずの対象が「泳いでいる」と同時に「泳ぐ前である」ことになるが、
これは矛盾であり不可能なので、それらは同じ対象ではなかったのだ、と。
だが、中観派(特に帰謬論証派)の「空」の教理はそういうこっちゃないでしょう。

時間を渉って存続する同一性はない、というのは諸法無我の基本理解だけど、
述語が「時点tにおいて泳ぐ前である」とか「時点t+において泳いでいる」のように
時間個別的ならばこの問題は生じないので、その論証としても成功していない。




107 :神も仏も名無しさん:2012/12/04(火) 10:10:22.73 ID:wNK8KODX
T0099_.02.0029c04: 雜阿含經卷第五

http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/ddb-sat2.php?mode=detail&nonum=&kaeri=&mode2=2&useid=0099_,02,0032a21
T0099_.02.0032a22: 告仙尼。今當爲汝隨所樂説。佛告仙尼。色
T0099_.02.0032a23: 是常耶。爲無常耶。答言無常。世尊復問。仙
T0099_.02.0032a24: 尼。若無常者是苦耶。答言是苦。世尊復問
T0099_.02.0032a25: 仙尼。若無常苦是變易法。多聞聖弟子。寧於
T0099_.02.0032a26: 中見我異我相在不。答言。不也世尊。受想
T0099_.02.0032a27: 行識。亦復如是。復問。云何仙尼。色是如
T0099_.02.0032a28: 來耶。答言。不也世尊。受想行識。是如來
T0099_.02.0032a29: 耶。答言。不也世尊。復問。仙尼。異色有
T0099_.02.0032b01: 如來耶。異受想行識有如來耶。答言。不
T0099_.02.0032b02: 也世尊。復問。仙尼。色中有如來耶。受想
T0099_.02.0032b03: 行識中有如來耶。答言。不也世尊。復問。仙
T0099_.02.0032b04: 尼。如來中有色耶。如來中有受想行識耶。
T0099_.02.0032b05: 答言。不也世尊。復問。仙尼。非色非受想行
T0099_.02.0032b06: 識有如來耶。答言。不也世尊。佛告仙尼
  _  _  _

T0099_.02.0032a26: 見我異我相在不 ← 我と見るか? 異我か? 相在か? 不か?

我でもない、異我でもない、相在でもない

これが中論の基礎なのか?

108 :神も仏も名無しさん:2012/12/04(火) 10:18:09.25 ID:i8Rh9DH5
>>107
それは基礎といえば基礎だけど、四句分別と四句分別遮断の中道が中論の基礎で、
中論自体が名指しで引用するようにカーティヤーヤナへの教戒経が、基礎。
それに勝義空性経や、諸アーガマが基礎になっている。

それは諸註釈から裏付けられる

109 :神も仏も名無しさん:2012/12/04(火) 10:44:08.49 ID:wNK8KODX
http://www.geocities.jp/tubamedou/SonotaButten/Chuuron/Chuuron04a.htm
中論卷第四  龍樹菩薩造梵志青目釋  姚秦三藏鳩摩羅什譯  觀如來品第二十二
空は則ち説けない空でなくても説けない
但だ仮名を以って説くのみだ
諸法の実相は性空であるが故に如来の滅後をこう思惟してはならない
有るか? 無いか? 有であり、無であるのか? と
如来は本より畢竟じて空なのだ
如来は戯論を過ぎるが
而し人は戯論を生ずる

http://www.geocities.jp/tubamedou/SonotaButten/Chuuron/Chuuron04a.htm
中論觀四諦品第二十四
諸仏は、二諦に依り、衆生に、説法される
一は、世俗諦
二は、第一義諦で
若し、人が、二諦を、分別することを知らなければ
則ち、深い、仏法の、真実の義を知らない
世俗諦とは、一切の法は、性空だが、而し
世間は、顛倒の故に、虚妄の法を生じ
世間には、是れが、実である
諸の、賢聖は、真に、顛倒の性を知るが故に
『一切の法は、皆、空で、無生だ』と知り
聖人には、是れが、第一義諦で、実と名づける
『衆因縁より、生ずる法を、わたしは、即ち、是れは空だ』と説いた
何故ならば、衆縁が、具足、和合して、而も、物が生ずる
是の、物は、衆因縁に属するが故に、自性が無い
自性が無いが故に、空である
但だ、『衆生を引導するが故に、仮名の空を以って説いた』

110 :神も仏も名無しさん:2012/12/04(火) 10:51:49.57 ID:wNK8KODX
『四句分別遮断』と言うのは

『世俗の人は
 顛倒の故に虚妄の法を生じ戯論を生じているので
 諸法の実相は性空であるが故に
 如来の滅後を
 有るか? 無いか? 有であり、無であるのか? と
 こう思惟してはならない』

と言う事で良いんですか?

111 :神も仏も名無しさん:2012/12/04(火) 11:11:17.90 ID:i8Rh9DH5
>>110
全然違う。君は恐らく今生では、戒律レヴェルのこと、
十善戒だけ考えた方がいいと思う。

112 :神も仏も名無しさん:2012/12/04(火) 11:18:17.36 ID:wNK8KODX
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E5%96%84%E6%88%92

十善(十の善き戒め)

不殺生(ふせっしょう) 故意に生き物を殺さない
不偸盗(ふちゅうとう) 与えられていないものを自分のものとしない
不邪淫(ふじゃいん) 不倫をしない
不妄語(ふもうご) 嘘をつかない
不綺語(ふきご) 中身の無い言葉を話さない
不悪口(ふあっく) 乱暴な言葉を使わない
不両舌(ふりょうぜつ) 他人を仲違いさせるようなことを言わない
不慳貪(ふけんどん) 異常な欲を持たない
不瞋恚(ふしんに) 異常な怒りを持たない
不邪見(ふじゃけん) (善悪業報、輪廻等を否定する)誤った見解を持たない

十善戒って ↑ これで良いんですか?

113 :神も仏も名無しさん:2012/12/04(火) 11:24:47.49 ID:wNK8KODX
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AB%E9%82%A3%E8%AD%98
末那識(まなしき)
唯識説の説く八識のうち第七識であり、第八識(阿頼耶識)を所依として、第八識の見分を所縁として生じる識である
睡眠中でも深層において働き続け、根源的な心である阿頼耶識を対象として、それを自分であると考えて執着し続ける
この深層的な自我心を滅することによって、我々は初めて真の無我行を実践することができる
第七識・末那識と相応するものは、我癡・我見・我慢・我愛の四煩悩

http://www.j-theravada.net/pali/key-tanha.html
渇愛(タンハー)
渇愛は、再成し続け、喜びと愛着をともない、いつでも心の気に入る、という三つの特色をもち
五官を刺激したい、存在したい、壊したい、という三種類の欲で成り立っています
tanhâ(タンハー)とは「渇いている」「満たされていない」「ほしい」という生命の根元的な欲望で「渇愛」と訳されています
渇愛の特色の一つは『punabbhava』
これは puna (再び) と bhava (成ること) からできた言葉で、成っては消え、成っては消え、ずーっと何らかの状態に成り続けていくことです

http://www.geocities.jp/tubamedou/SonotaButten/Chuuron/Chuuron03a.htm
中論觀法品第十八
一切の心行は皆、是れは虚妄であり虚妄の故に滅するはずだ
諸法の実相は諸の心数法を出て無生、無滅であり涅槃のように寂滅の相だと
諸法の実相は即ち是れは涅槃であり涅槃を滅と名づける
是の滅は涅槃に向うものをも亦た滅と名づける
八聖道分を修習して、我、我所を滅する因縁の故に、無我、無我所を得て、智慧を決定する

114 :神も仏も名無しさん:2012/12/04(火) 11:30:38.69 ID:wNK8KODX
中阿含経などに説かれた、仏教で、悟りに至るための三十七菩提分法の

『八正道によって渇愛(タンハー)を滅して涅槃に至る』

と言う事で良いんですか?

115 :神も仏も名無しさん:2012/12/04(火) 11:41:08.41 ID:i8Rh9DH5
>>112
そう。それだけやるのが君にはあってる。
他は禅定・三昧、縁起・空性とかは考えない方がいいよ。

116 :神も仏も名無しさん:2012/12/04(火) 11:49:27.04 ID:wNK8KODX
私の場合は

『顛倒の故に虚妄の法を生じ戯論を生じているので』

禅定・三昧、縁起・空性を正しく捉える事が出来ないので

『禅定・三昧、縁起・空性とかは考えない方が良い!』

と言う事ですか?

117 :神も仏も名無しさん:2012/12/04(火) 11:57:00.92 ID:i8Rh9DH5
妄想はだれでも生じるけど、道・教えを誤解して捉えられないのでという意味

あるいは浄土もいいと思う。

本読むより、ちゃんとした先生につきましょう。

118 :神も仏も名無しさん:2012/12/04(火) 12:06:08.34 ID:wNK8KODX
八聖道分を修習して、我、我所を滅する因縁の故に、無我、無我所を得て、智慧を決定する

そして、縁起したものを離れて

http://www.geocities.jp/tubamedou/SonotaButten/Chuuron/Chuuron01a.htm
中論觀因緣品第一  龍樹菩薩造梵志青目釋  姚秦三藏鳩摩羅什譯
『生』でなく、亦た『滅』でもない
『常』でなく、亦た『断』でもない
『同一』でなく、亦た『別異』でもない
『来る』ことはなく、亦た『出る』こともない
能く、是の『因縁』を説いて、諸の『戯論』を滅せられた
わたしは、仏に稽首して礼する
『是れは諸説中の第一である』と
  _  _  _

礼拝帰依/ブッダン サラナン ガッチャーミ

普礼真言/オン サラバ タタギャタ ハン ナマンナノウ キャ ロミ

  屮(_ ._)屮   屮(_ ._)屮   屮(_ ._)屮

119 :神も仏も名無しさん:2012/12/04(火) 22:50:33.87 ID:wNK8KODX
http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/ddb-sat2.php?mode=detail&nonum=&kaeri=&mode2=2&useid=0099_.02.0086c20

T0099_.02.0086c21: 雜阿含經卷第十三

http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/ddb-sat2.php?mode=detail&nonum=&kaeri=&mode2=2&useid=0099_.02.0092c11

T0099_.02.0092c12: (三三五) 如是我聞。一時佛住拘留搜調牛聚
T0099_.02.0092c13: 落。爾時世尊告諸比丘。我今當爲汝等説
T0099_.02.0092c14: 法。初中後善。善義善味。純一滿淨。梵行清
T0099_.02.0092c15: 白。所謂第一義空經。諦聽善思。當爲汝
T0099_.02.0092c16: 説。云何爲第一義空經。諸比丘。眼生時無
T0099_.02.0092c17: 有來處。滅時無有去處。如是眼不實而生。
T0099_.02.0092c18: 生已盡滅。有業報而無作者。此陰滅已。異
T0099_.02.0092c19: 陰相續。除俗數法。耳鼻舌身意。亦如是
T0099_.02.0092c20: 説。除俗數法。俗數法者。謂此有故彼有。此
T0099_.02.0092c21: 起故彼起。如無明縁行。行縁識。廣説乃至
T0099_.02.0092c22: 純大苦聚集起。又復此無故彼無。此滅故彼
T0099_.02.0092c23: 滅。無明滅故行滅。行滅故識滅。如是廣説。
T0099_.02.0092c24: 乃至純大苦聚滅。比丘。是名第一義空法
T0099_.02.0092c25: 經。佛説此經已。諸比丘聞佛所説。歡喜奉
T0099_.02.0092c26: 行

120 :神も仏も名無しさん:2012/12/04(火) 23:07:32.34 ID:wNK8KODX
http://www.daitouryu.com/iyashi/voice/voice03.html

釈迦は「生命の再生」を次のように説く

生命(命体の意)は「火」であり、肉体は「薪(たきぎ/燃料の意)」であるが故に燃えるのである、と説く
薪が尽きれば、炎は消えるが、しかし薪が尽きても、「火種(ひだね)」は残る
残った火種こそ、渇愛による

「異蘊(いおん/「蘊」とは、五蘊(ごうん)を指し、集合体の意で、現象界の存在の五種の原理をいう
 色(しき)・受・想・行(ぎよう)・識の総称で、物質と精神との諸要素を収める
 色は物質および肉体、受は感受作用、想は表象作用、行は意志・記憶など、識は認識作用・意識
 一切存在は五蘊から成り立っており、それ故に、「無常」とか「無我」であると説かれる
 一方、異蘊はこれを否定し、墮落に向かわせ
 「慢断(我慢を断滅すること)ぜざるがゆえに、此の蘊を捨て己(おわ)りて異蘊相続して生ず」
 と言う一行が、そもそもの仏道の眼目とするところである)」

である、と
  _  _  _

我慢を断滅する事が出来ない場合は
此の蘊を捨て己(おわ)っても
異蘊相続して
又、次の、この世の生に戻り来る

121 :神も仏も名無しさん:2012/12/04(火) 23:31:10.80 ID:wNK8KODX
http://www28.atwiki.jp/buddha/pages/17.html

…此の陰滅し已らば異陰相續す
俗數法をば除く
耳・鼻・舌・身・意も 亦是の如く説き 俗數法をば除く
俗數法とは 謂ゆる此れ有るが故に彼れ有り。此れ起るが故に彼れ起る
無明に縁りて行、行に縁りて識、廣説乃至純大苦聚集起るが如く
又復た此れ無きが故に彼れ無く、此れ滅するが故に彼れ滅す
無明滅するが故に行滅し、行滅するが故に識滅す
是の如く廣説し 乃至純大苦聚滅す…

  _  _  _

バラモンの場合は
「アートマンは永久不滅 ・ 常住不変だっ!」

水野訳 SN 877
彼等(諸見者)を依著者なり【と知り】、かの現慧ある牟尼は依著【を知り】
「慧者は《種々の有》に戻り来たらず」【と知りて】、解脱者は諍論に至らず

【ブッダのことば】スッタニパータ<中村 元訳>
http://homepage3.nifty.com/hosai/dammapada-01/suttanipata-all-text.htm
877
かの聖者は、『これらの偏見はこだわりがある』と知って
諸々のこだわりを塾考し、知った上で、解脱せる人は論争におもむかない
思慮ある賢者は種々なる変化的生存を受けることがない

122 :神も仏も名無しさん:2012/12/05(水) 05:13:39.49 ID:CdsJs4gZ
瑜伽師地論(ゆがしじろん)の場合は

http://reigaku.jugem.jp/?eid=424

人が死ぬ時に
過去の長い間の経験により蓄積された
我愛が現起し
その力にうながされて
自己に愛著し
無始の時以来つづいてきた執着された
戯論(けろん)と
善悪(善でも悪でもないものも含める)業により
中有が形成される

そして、やがて

その中有が次に生まれるべき処を求めて母体に入り
ここで男性の精子と女性の卵子が結合するときに
中有は滅すると同時に生有が生じ
一切種子たる阿頼耶識(あらやしき)がこれに結合して
精子は成長して胎児を形成し出生に至る

123 :神も仏も名無しさん:2012/12/05(水) 05:20:20.16 ID:CdsJs4gZ
般若経の解説
http://www.dia.janis.or.jp/~soga/subindex.html
世尊は輪廻を説かれたのではなく、輪廻からの解脱を説かれた
世尊の時代、人々は(バラモンなどの)輪廻を信じていた
だから世尊は、(バラモンなどの)輪廻を方便として、正しい知恵を説かれた
あなたたちは、大きな激しい変化にばかり心を奪われたことだろう
「いつも」もまた無限の変化でできていることを、あなたたちは見なければならない
これまであなたたちは、(バラモンなどの)善行に励み、永遠ばかりを探してきた
だから、凝り固まり、ありのままに変化を見ることに慣れていない
無我を、縁起を、空を見ることがうまくない
あなたたちは、練習が必要だ
禅定に入ろうとする人は…
…この吐いて吸う大きな長い息を十数え、何度も繰り返し、なにも考えず、ただ息を数え続けます
  _  _  _

↑ 『(バラモンなどの)輪廻を方便として、その輪廻からの解脱を説かれた』と言う事であるらしい

124 :神も仏も名無しさん:2012/12/05(水) 19:14:48.67 ID:CdsJs4gZ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%88%E8%BF%A6

入滅

身体について…感覚について…心について…諸法について…

(それらを)観察し、熱心に、明確に理解し、よく気をつけていて、世界における欲と憂いを捨て去るべきである

みずからを灯明とし、みずからを依処として、法を灯明とし、法を依処として

いわゆる四念処(四念住)の修行を実践するように説いた

これが「自灯明・法灯明」の教えである

125 :神も仏も名無しさん:2012/12/05(水) 19:24:46.15 ID:CdsJs4gZ
チベット仏教ゲルク派 宗学研究室

http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%AA%B0%E3%82%82%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E7%81%AB%E4%BA%8B

「空」の本当の意味を深く知るには、中観自立論証派と中観帰謬論証派の見解の僅かな差を吟味する必要があります
なぜなら、その僅かな差こそが、中観哲学の最も微妙な部分だからです

チベット仏教の伝統では、中観帰謬論証派の見解を、思想哲学の究極と位置づけています
これに次ぐのが、中観自立論証派の見解です
それゆえ、最高の見解と次位の見解の差異を吟味することにより、究極の真理である「空」の意味を深く知ることができるわけです

では、何が両学派の見解の差なのでしょうか? よく知られているのは、空の論証方法の相異でしょう
これは、両学派の呼称にもなっています。けれども、一番本質的な差異は、世俗の次元での自相(自性)の有無です

自相とは、「それをそれたらしめている本質的な要素がそれ自体の側にある」と私たちが自然と思い込んでいる
その心が向かっている先です

自立論証派は
「火を火たらしめている本質的な要素は、熱さや燃焼作用である。それは、火自体の側にある固有の要素だ」
という自相を、世俗の次元では承認します
熱さや燃焼作用が火の自相として認められる…ということです
これは、私たちの常識的な考え方に近い立場でしょう

帰謬派は、そのような自相を、世俗の次元でも否定します

126 :神も仏も名無しさん:2012/12/05(水) 19:35:01.89 ID:CdsJs4gZ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%A4%E5%AD%A6%E6%B4%BE
サーンキヤ学派
人はプラクリティから展開した理性、自我意識などを主体であると思い込む錯覚に陥っているが
本来の自我であるプルシャに目覚めることで解脱が果たされるとしている
  _  _  _

http://archives.bukkyo-u.ac.jp/infolib/user_contents/repository_txt_pdfs/bungaku88/B088R001.pdf
http://archives.bukkyo-u.ac.jp/infolib/user_contents/repository_txt_pdfs/bungaku90/B090L031.pdf

「常住な自性」か? / 「無常な自性」か? / 「自性ではない」か?

実在論へのカマラシーラの対応は
直接知覚に関しては修所成慧としての
ヨーガ行者の直接知覚により無我が悟られ
また実在が直観されることはないと論じ
実在論を論破し無自性論証へと導く

127 :神も仏も名無しさん:2012/12/05(水) 20:00:44.45 ID:CdsJs4gZ
四句分別

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%9E

肯定
否定
肯定でも否定でもない
肯定でも否定でもある

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1083650855

有り
無し
有りかつ無し
有るに非ず無しに非ず

128 :神も仏も名無しさん:2012/12/05(水) 20:14:38.96 ID:CdsJs4gZ
http://blogs.yahoo.co.jp/dyhkr486/archive/2011/08/12

釈迦が説いた「中道」には
苦楽の二つの両極端を避ける「苦楽二辺の中道」の他に
釈迦が、カーティヤーヤナに語った
「すべては有る」という極端と「すべては無い」という極端のいずれにもよらない道
すなわち、「有無二辺の中道」というものがある

(以下、参考文献・石飛道子著・『構築された仏教思想・龍樹』佼成出版)

『ブッダは「有る」「無い」のいずれにもよらない中道を詳しく説明する代わりに
 禅定について「空性の住処」と名づけるやり方を仏弟子たちに教えた
 これは、瞑想している人の「想い」の中に何があるのか
 あるいは、何がないのかを観る方法である
 空無辺処、識無辺処というように、禅定が段階をおって進むごとに
 前の禅定の中にある不安な想いは次の禅定ではなくなっていく
 そのとき、なくなった不安について
 想いの中には「空」(空っぽ)であると観るのである
 ブッダは、瞑想にかんして「空」を教示したのであった』(P.38〜39)

129 :神も仏も名無しさん:2012/12/14(金) 22:59:12.12 ID:5vAFIdRQ
入中論自注が出版されましたね

130 :(-人-):2012/12/14(金) 23:18:10.53 ID:d17scmI4
心もまた空也

131 :神も仏も名無しさん:2012/12/15(土) 10:28:48.30 ID:pfPNuKM3
 
全訳 チャンドラキールティ 入中論/瓜生津隆真、中沢中/起心書房(2012/11)

空の立場から菩薩道の全容を描き出した、インド大乗仏教の不朽の名著
龍樹の諸論と、原始仏教から大乗仏教に及ぶ膨大な経論を駆使して
チャンドラキールティ(6〜7世紀)が十地の菩薩道と、それによって到達する仏の世界を論じた古典を全訳
龍樹研究に生涯をかけた碩学と、近代仏教学とチベット仏教の生きた伝統を踏まえた気鋭の解説を付す

カスタマーレビュー
//www.amazon.co.jp/product-reviews/4907022018/ref=cm_cr_dp_see_all_btm?ie=UTF8&amp;showViewpoints=1&amp;sortBy=bySubmissionDateDescending

132 :神も仏も名無しさん:2012/12/15(土) 11:18:03.59 ID:1Yus2bl+
瓜生津先生か・・・
牽強付会な事書いてなきゃいいが・・・

133 :神も仏も名無しさん:2012/12/15(土) 11:44:17.15 ID:H6EyK25r
>>132
中観にかんしては学会通説の方が牽強付会じゃね

134 :神も仏も名無しさん:2012/12/16(日) 20:15:27.34 ID:XPuSyMrF
最後の二章は後世の付加とかね。

135 :神も仏も名無しさん:2012/12/16(日) 20:39:56.81 ID:WtRykvdV
>>134
それは酷いよね

136 :神も仏も名無しさん:2012/12/20(木) 14:39:43.74 ID:SoRed3bG
>>135
おかしいよね。
石飛先生はその説を採ってないね。

137 :神も仏も名無しさん:2013/03/10(日) 16:34:03.36 ID:EqNHB9rr
順中論の現代語訳が出版されましたね

138 :神も仏も名無しさん:2013/03/10(日) 16:51:42.30 ID:gf9OcOOz
>>137
どなたの訳ですか?

139 :神も仏も名無しさん:2013/03/10(日) 23:30:16.23 ID:30coMnH5
137じゃないけど。
大蔵出版の大竹晋『元魏漢訳ヴァスバンドゥ釈経論群の研究』に入ってます。
新国訳大蔵経で世親の釈経論の国訳してる先生ですが、
新国訳に収録されない予定の世親の釈経論はこれに現代語訳を収めたらしい。
ただ本屋で見たところ漢訳校訂と現代語訳のみで訓読文は無かったです。

後は清弁の翻訳がほしいですね。

140 :神も仏も名無しさん:2013/03/11(月) 06:02:51.16 ID:bJdsdXfr
>>139
ありがとうございます。
国訳は、新国訳でなされる予定ですね

141 :神も仏も名無しさん:2013/03/11(月) 21:06:10.23 ID:Hw+yqra9
新国訳は川崎信定先生かな

清弁の翻訳はいろんな人が部分的にやってるので、自分はそれを集めて
コピーして製本しました

139の本は順中論を内容上世親の作と推測してます

142 :神も仏も名無しさん:2013/03/11(月) 21:11:17.52 ID:Hw+yqra9
ごめんなさい
上で「新国訳は川崎信定先生かな」と書いたのは般若灯論の話です
順中論についてはわかりません

143 :139:2013/03/12(火) 01:30:38.61 ID:qm0ObRtq
>>140
書き方が分かりにくくてすみません。
大竹先生の書き方だと、新国訳のタイトルに含まれない著作を選んで、
『元魏漢訳ヴァスバンドゥ釈経論群の研究』で現代語訳したらしいです。

>>141
川崎先生は『一切智思想の研究』がほしいですが高いですね。
般若灯論や中観心論は私も翻訳論文をかなり集めましたが、抜けている章も多いので、全訳を期待しています。
般若灯論は国訳一切経にもありますが…やはり西蔵語訳からの翻訳が。
起心書房、入中論の次はこの辺を出してくれないものでしょうか。

144 :神も仏も名無しさん:2013/06/27(木) 23:21:41.27 ID:KHKQWYmx
山口瑞鳳先生の十二支縁起説や輪廻についての見解はどのようなものなのでしょうか。

145 :神も仏も名無しさん:2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:wmaja5pW
真面目に輪廻とかいってんのかw

146 :神も仏も名無しさん:2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:33pEfwXQ
いや、冗談だろう。

147 :神も仏も名無しさん:2013/08/20(火) NY:AN:NY.AN ID:CUSB3Ckm
中国観光?

148 :神も仏も名無しさん:2013/08/30(金) NY:AN:NY.AN ID:WzdGwLoF
阿含宗桐山教祖の逮捕歴

昭和二十七年八月十六日詐欺容疑、契約違反の容疑で逮捕
警視庁西新井署

十二月手形詐欺容疑で逮捕
千葉県松戸署

二十八年八月酒税法違反私文書偽造容疑逮捕
警視庁防犯課

二十九年三月酒税法違反私文書偽造に対する第一審判決
五月入所
十月東京高裁酒税法と私文書偽造により有罪

149 :神も仏も名無しさん:2013/09/06(金) 16:44:09.76 ID:/7RQ7zJg
中間派の間違いでは?

150 :承狂 ◆TptLNQXPVWuJ :2013/09/30(月) 06:44:00.22 ID:N9uvjSxe
ほしゅ

151 :神も仏も名無しさん:2013/10/22(火) 22:32:44.11 ID:XeNj8qOb
イェーイ、金倉先生の「悟りへの道」をゲットしたぜ!

152 :神も仏も名無しさん:2013/10/29(火) 15:20:55.70 ID:4LiuwLwB
為末大「努力すれば成功する、は間違っている」 「正論」なのに「炎上」してしまうのはなぜ
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4562303.html

努力をしようがしまいが、なになにで成功することがその人の運命なら、それは起きるし、
努力がそのために必要なら、その人は努力をせざるを得ない=ぐうたらな性格を持てないように、
遺伝的・両親からの刷り込みなどによってプログラムされて生まれ、成長する。

全ては龍樹菩薩がいう相依性縁起によって起きている。努力をしていると信じている主体は
幻想である。だからぐうたらものは自己を改善しなければなどと自らあくせくしないがよい。
努力が運命なら、その時が来たらいくらぐうたらをつづけたいと思っていても、外部の条件と
内部からの衝動がそれを許さなくなる。

153 :神も仏も名無しさん:2013/10/30(水) 15:31:53.65 ID:KZBP076c
必要条件と十分条件の違いを明瞭に意識することは、
仏教論理学を学ぶ上でも大切だよな。

154 :神も仏も名無しさん:2013/12/07(土) 10:08:38.04 ID:fxE4EP6r
はじめまして。
いま読み始めたところですが、講談社学術文庫版「龍樹」(中村元)87p8行めの無常の説明
「何ら生滅変化しない、常住な実体は存在しない、ということを意味している。」
これ、この真ん中の読点↑必要ないですよね? 意味が取りにくい気が・・・。

155 :神も仏も名無しさん:2014/03/07(金) 04:27:45.87 ID:kgpLLqvL
ね。

156 :揚げネタ:2014/04/04(金) 22:39:53.39 ID:HoOsLRjo
http://ai.2ch.net/test/read.cgi/psy/1395807242/876
876 神も仏も名無しさん sage 2014/04/04(金) 17:36:41.49 ID:gxCilNxJ
瞑想で悟った私が正しい〜なんてのは阿呆の戯言w

http://ai.2ch.net/test/read.cgi/psy/1395807242/888
888 神も仏も名無しさん sage New! 2014/04/04(金) 20:08:34.82 ID:gxCilNxJ
仏教なんて無関係な人間一般=大多数の人間にとり有用な考え方なり思考法なりとして仏教があるとも言え、
一部の固定的な仏教信者だけの為だけに仏教があるとするのは大きな間違い。
そもそも瞑想第一主義の人間は後者で、勝手に自分勝手な仏教の殻に篭っていなさいと言う事。
仏教は慈悲です。慈悲は生きとし生けるもの全てに対して安穏に生きてくれる事を願う事です。

http://ai.2ch.net/test/read.cgi/psy/1395807242/896
896 神も仏も名無しさん sage New! 2014/04/04(金) 22:21:06.18 ID:gxCilNxJ
海の底の事も宇宙のちょっと外の事も人間の遺伝子の事も、分かっている事は限定的なのですよ。
チベット仏教は仏教にあらず。
精子と卵子がどうのこうの〜をさも、コレが真実のように語るのは、現代用語で言えば、偽り妄想出鱈目です。
仏陀はその様な事は言っていません。
中有なんて後世の人間の造語に過ぎず、そのような後世の人間の作ったもの(=文化、伝統、伝承)など
に惑わされない取り組み方は大事だとは思います。

157 :揚げネタ:2014/04/04(金) 22:40:43.90 ID:HoOsLRjo
http://ai.2ch.net/test/read.cgi/psy/1395807242/880
880 神も仏も名無しさん sage 2014/04/04(金) 18:52:02.60 ID:gxCilNxJ
>> 878
その通りw
それを言えば仏陀は、仏陀は苦行の後に苦行を捨て中道に入って悟りを得た〜
で、仏陀と同様の悟りを得ようと思えば、仏陀同様に、苦行6年なり7年を得た後に瞑想をせねば悟りは得られない〜
と主張するに等しいw
私から見れば阿呆か?という一言。
仏陀から学ぶべきものは人間のやさしさ=慈悲の精神ですよ。中村元氏も晩年、宗教は慈悲と言っておられた。

http://ai.2ch.net/test/read.cgi/psy/1395807242/886
886 神も仏も名無しさん sage New! 2014/04/04(金) 19:59:40.69 ID:gxCilNxJ
仏陀の智慧に頼るから自灯明とは言えない〜と言うに等しいw
そもそも、真髄を見て吸収して自らのものとすればOKなのを、言葉に捉われ
自灯明法灯明〜では何が自灯明法灯明なのか!と言いたいw
自灯明法灯明と言う言葉自体が仏陀の言葉だろうがww
で、何に頼るっなって?w
馬鹿だと自覚していなければ、自らの思考能力の低いのを嘆く事です。

158 :も一つあった:2014/04/04(金) 23:13:54.30 ID:HoOsLRjo
http://ai.2ch.net/test/read.cgi/psy/1395807242/869
869 神も仏も名無しさん sage 2014/04/04(金) 14:59:02.00 ID:gxCilNxJ
十二支因縁、縁起〜は原初はもっと単純なものであり、十二支の形態は後世の人間による完成形〜
という見方は正しいでしょう。
何も十二支の一つ一つに焦点を当てて、また順観だの逆観だのとアレコレ言う事に何の重要性があろうか?

死を覚悟して死ぬまで淡々と生きる事に意味がある。真理など知る事に意味があるのではない。
真理などは人間が知りえないものと見極めよ。
仏陀ですら真理は知らなかった。知らないで構わないと気がついたのが仏陀。

159 :神も仏も名無しさん:2014/04/05(土) 00:58:00.03 ID:9jEVbHcY
>>158
仏陀は最後には
真理などどうでもよいと思ったのです。

160 :神も仏も名無しさん:2014/04/29(火) 20:48:28.07 ID:+uSGAx/0
>>158
> 死を覚悟して死ぬまで淡々と生きる事に意味がある。

これは間違い。生きることそれ自体に意味などない。

> 真理などは人間が知りえないものと見極めよ。

これは正しいが

> 仏陀ですら真理は知らなかった。知らないで構わないと気がついたのが仏陀。

知らないとか仏陀ですら、ではなくて知ることができない論理的な理由があるから知ることができない。
仏陀ですら知らないで構わなかったんだからそんなこと気にするな、ということではない。

>>159
真理がどうでもいいのではなくて、知ることができないと知ったんだよ。

いい加減なこと書くなあ・・・

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